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『コードD』File.1 始まるエイプリルフール

『コードD』

 休日のショッピングモール。『家族みんなで楽しめる憩いの空間』をテーマにしたその場所は、今日も家族連れで賑わっていた。
 だが、それもさっきまでの話である。今、そのショッピングモールに買い物客はいない。静寂に包まれ、本来の機能を停止しているその場所の中で活動している者はごくわずかだ。ショッピングモールに侵入し、多くの客を人質にしようとした集団。その他に、駅に通じているメインの出入り口を駆ける人影があった。
「陸(りく)、客の避難は?」
「リーダーから連絡がありましたよ。OKだってさ!」
 逃げていった客や従業員達とは逆に、このショッピングモールに突入してきた三つの人影。その中の一人である赤いブレザーを着た若い青年が、隣にいたモデルのような外見の少年に問う。そして、テンポよく返事が返ってきた。
「あ、でも一人だけ逃げ遅れているとかって」
「まいったな。人質にされてなきゃいいんだが」
「征市(せいいち)さん、逃げ遅れた人質ってあの人じゃないですか?」
 セーラー服を着た十代前半の黒髪の子供が指した先には、征市と呼ばれた青年のよく知った顔があった。
「彩弓(あゆみ)。またお前か」
「えへへ。こんにちは、征市君っ!」
 征市の前に走ってやってきたのは、一人の小柄な少女。髪を二つ結びにした幼い雰囲気のある少女である。
「逃げ遅れたのはお前か?」
「うん、そうみたい。あのね。本屋さんで雑誌立ち読みしてて、気付いたら周り、誰もいなくなってて。それで、それで……!」
「判った判った。後でゆっくり聞いてやるよ」
 腕を振り回しながらその時の状況を語ろうとする彩弓だったが、征市に制止される。征市は、陸を見ると
「彩弓の避難誘導を頼む。俺は奴らを追う」
と、指示を出した。
「彩弓に手を出すなよ」
「セーイチさん、大丈夫ですって。僕が巨乳にしか目がないの知ってるでしょ?」
「あ!陸君、それってさりげなくひどくない!?」
「いやいやいや、単純に僕は大きさの事を言っているわけだから……」
 低レベルな言い争いを始めた陸と彩弓を置いて、征市は走り出す。セーラー服の子供、湊(みなと)もそれに続いた。
 エントランスホールの先にあるエスカレーター前まで来た時、全身を灰色の服でまとめ頭には灰色のフルフェイスヘルメットをつけた人物が立ちふさがった。
「止まれ!ここから先では、我らの団長が偉大なる実験を行っている!お前達に邪魔はさせん!」
 灰色の人物の妨害に軽く舌打ちをした征市は、湊を見て
「湊。ここは任せる。俺は先に行く」
と告げ、走り出した。
「判りました。気をつけて下さいね」
「待て!」
と、征市の背中にぶつかる声。その声を無視して、征市は停止したエスカレーターを駆けあがった。
 二階の噴水前広場に探していた男はいた。他のメンバーと同じように灰色で身を固めている他に、灰色のマントを羽織っている。男の前の床には、直径二十メートルほどの魔法陣が描かれていた。まだ全部は描き終わっていないようだが、完成直前だったようだ。
「お前ら、何故ここで実験をする事が判った?」
「お前達はここからの注意を逸らすために、別の場所で魔法を用いた簡単ないたずらをやった。タネを隠すために、意識を別の方向に向ける。手品では、基本として使われるテクニックだな。だが、俺達はそんな事には騙されない。相手が悪かったな」
「うるさい!黙れ!我々は実験を開始する!誰にも邪魔させるもんか!」
 リーダー格のその男は、拳銃を抜き出すと威嚇もせず、征市に発砲してきた。当然、避ける暇はない。だが、征市には避ける必要がないのだ。
 銃弾は、音もせずに征市の前で止まり、勢いをなくして下に落下し、ころんという金属音を響かせる。驚いた顔をしたリーダー格の男は、目を見開いて口を開けたまま征市を見た。
「魔法で悪事を働こうとしている割に、魔法に関する知識は少ないようだな。こいつが、銃弾を受け止めたんだよ」
 見ると、征市の目の前に一枚のカードが浮かんでいた。全体が青く、中央に銀色の龍のようなものが描かれたカード。征市に言われて、リーダー格の男はそれが何なのか思い出す。
「その力……。デュエル・マスターズか!何よりも戦闘に特化した魔法の奥儀で、機関銃による銃撃はおろか、核ミサイルすら受け止めると言われている、あの……!」
「ミサイルなんか受け止めた事はないから判らねぇけどな。ま、俺を殺して魔法陣を描く続きをしたかったら、デュエル・マスターズのカードを使って俺と戦うしかない。お前、裏のギルドからデッキを買ったんだろ?」
 征市に言われて、リーダー格の男は上着のポケットからゆっくりとカードの束を取り出す。征市はそれを見て満足したように笑うと
「それでいい。これが、一番ケリをつけやすい」
と言って、左手で上着の胸ポケットにあった白いポケットチーフを取り出す。右手にポケットチーフをかけ、指を一度鳴らしてポケットチーフを取ると、右手には銀色の長方形の物体が乗っていた。
「いいか。よく覚えておけ。今から起こる事をお前は疑うだろう。お前は俺に倒されてなけなしの魔力を失い、魔法警察に引き渡されるんだからな」
「出鱈目を言うな!デュエル・マスターズのカードがあれば勝負は五分と五分だ!」
「いいや、違うな。デッキを手にしたばかりで魔力も少ないお前とは違って、俺はこのカードでの戦いを知り尽くしているし、魔力も多い!」
 リーダー格の男は、征市の気迫に押されたように一歩下がる。否、気迫に押されたのではなく、征市との魔力の差によるプレッシャーに気圧されたのだ。
 征市が銀色のケースを開けると、カードの束が自ら飛んでいった。今、彼らの戦いが始まろうとしている。
「始めてやるよ。『ウソのようなホントウ』って奴をな」

 Flie.1 始まるエイプリルフール

 時はさかのぼり、春のある日。
 K県Y市Q区。
 港に面したY市の中で、明治から海外との交流が盛んだった地区だ。Y市は西洋らしさを残した場所が多く存在する市だが、その中でもQ区は特に西洋建築が多い場所として知られていて、観光名所も多い。
 そんな観光スポットから少し離れたQ区の住宅街。坂道に並ぶように建てられた家はどれも町並みに合わせた洋風の外観をしている。その中でも特に大きいのが古くからこの町にある相羽(あいば)邸だ。坂の最も上にある屋敷で、明治、大正にはレストハウスとして使用されていた事もある。関東大震災の時に半壊してしまったため、今、そこにあるのは太平洋戦争後に建て直されたものだ。当時のものよりも小さくなったが、今でも周囲の家より大きく存在感がある。
 その相羽邸に向かって坂道を駆け上がる一人の小柄な少女がいた。地元の高校の制服を着て髪を二つ結びにした少女は、小さな白い紙袋を大事そうに持ったまま、嬉しそうな顔で相羽邸の鉄製の門を開ける。門からドアまで移動すると呼び鈴を鳴らした。
「征市君っ!こんにちは!」
 しばらくすると、燃えるような赤いブレザーを羽織った黒髪の青年がドアを開けて出てきた。よく見知った顔を見て
「よ、やっぱり彩弓か」
と、挨拶する。赤いブレザーの青年が、今の相羽邸の住人、相羽征市だ。現在の形に相羽邸を建て直した相羽総一郎(そういちろう)の孫であり、この屋敷に一人で住んでいる。今はもうこの世にいない総一郎の遺言でこの屋敷に住み、屋敷で暮らすのに必要な多額の財産を受け取っているのだ。財産相続の条件が屋敷に住む事であり、その条件がなければ征市は屋敷を離れ、アパートで暮らしたいと思っている。
「どうした。学校サボったのか?」
「今、春休みだよ!」
「あ、そんなのあったな」
 征市の家に来たこの少女の名は一ノ瀬彩弓(いちのせあゆみ)。近くの高校の寮に住む女子高生だ。ただし、行動や外観、雰囲気が幼い事から制服を着ていなかったら中学生に間違われる事も多い。征市とは、この街に来た時からの知り合いで、一年近い付き合いである。
「まあいいや。上がって行けよ。今日も紅茶でいいんだろ?」
 エントランスを抜け、ダイニングルームに向かう二人。丁度自分のために紅茶を淹れるつもりで湯を沸かしていた征市は、客用のカップを棚から出した。
「えへへ~」
 着席した彩弓は笑顔で征市を見ている。笑顔でいる事が多い彩弓だが、今日は相羽邸に来た時から笑顔のままだ。
「なんだよ、気持ち悪い奴だな」
「それってひどくない!?これ、あげないからね!」
 彩弓は持っていた白い紙袋を征市に見せる。その紙袋が気になっていた征市はそれについて尋ねる。
「その袋、なんなんだ。ずっと持ってたけど、あげないとか言うって事は俺にくれるつもりで持ってきたって事か」
「え?まだ判らないの!?」
 征市の反応を見て彩弓は不思議そうに聞く。そして、紙袋から青い包装紙で包まれた小さな箱を取り出し
「誕生日プレゼントだよ!」
と、言った。
「誕生日?誰のだよ?」
「征市君のだよっ!自分の誕生日を忘れないでよっ!」
「ああ……今日だっけ?」
 彩弓と話している内に、征市は本日、四月一日が自分の誕生日だった事を思い出す。いつも自分の誕生日を忘れてしまうのだ。
「そうか。嘘っぽい日にちだから忘れてた」
「エイプリルフールだもんね。確かに嘘っぽい日だよね。でも、誕生日なのは本当だし、誕生日プレゼント用意したのも嘘じゃないよっ!開けてみて!」
「ん、判った。じゃあ、失敬して……」
 自分と彩弓の紅茶をテーブルの上に置いた征市は、白い紙袋の中からラッピングされた箱を受け取る。包装紙をはがして中の箱を開けると、その中には鳥の羽を模したような銀色のピンバッジが入っていた。……値札つきで。
「いいラペルピンだな。三千円の特価品か」
「え!嘘!値札取ったと思ったのに!」
 値札がついていた事に慌てる彩弓。そんな彩弓を見ながら、征市はキッチンにあったはさみでピンバッジの値札やブランドのタグを切り取る。
「買ったところに言えばラッピングする時に値札取ってくれるだろ?と言うより、プロならラッピングを頼まれた時に取る」
「だって、自分でラッピングしたかったんだもん。誰かに頼むなんて嫌じゃない?」
「自分でそこまでやりたかったのか。なかなか嬉しい事言ってくれるな」
 征市は彩弓の見ている前でブレザーの襟にピンバッジをつける。
「似合うか?」
「うん、似合うよ!十九歳の誕生日、おめでとう!」
「ああ、そうか。来年からは二十歳か」
 そう言って征市は紅茶に口をつける。
「大人の仲間入りだね」
「そうだな。誕生日が嘘くさい日だから、俺は毎年誕生日になる度に自分が誕生日を迎えた事が嘘なんじゃないかってずっと思ってたよ」
「でも、嘘じゃないよ。本当に誕生日なんだよ」
「そうだな。こうやって祝ってもらえて俺は幸せ者だ」
 それから先も、二人は他愛のない話をしながら春の午後をゆっくりと過ごした。

 Q区には、緑が多い。正確には田舎のような野生に近い自然ではなく、都市のデザインとの調和を考えられたコントロールされた緑だが、色々なところに設置されている。花壇も多く、Q区を散歩するだけで季節の草木を見て楽しむ事も可能だ。
「朝から探してますけど、本当にこの辺りでいいんですか?平和な町ですよ」
 Q区の街を歩きながら、一人の少年が携帯電話で通話しながら歩いている。自然な茶色の髪にモデルのように綺麗に配置された顔のパーツ。高い身長に長く延びた足、と優れた外見の少年である。黒のシャツに、銀色のドクロのカメオがついたループタイが印象的で、少年のルックスとマッチしている。
 通話しながら歩く姿が、携帯電話のCMの撮影のように美しい動作のように見えるせいか、その少年の外見自体が女性の目を引くためか、多くの通行人が彼を見ていた。
『三浦(みうら)さんからの情報です。時間帯にばらつきはあるものの、Q区で事件が増えているのは間違いないですから、引き続きパトロールを続けて下さい』
 少年の通話先からは少女のものらしい綺麗な声が聞こえる。
「判りました、リーダー。じゃ、成果があったら胸についた大きな二つの甘~い果実で僕を……」
 その時点で、電話が切れて、ツーツーという無機質な音が通話口から鳴り響く。
「またやっちまった」
と、呟いた少年は、携帯電話をポケットにしまうと歩き出した。
 少年の名は、遠山陸(とおやまりく)。十六歳の少年だ。
 彼が“リーダー”と呼んでいた少女の指示でパトロールをしているのには理由がある。しかし、それは極秘の任務であるため、内容を話す事はできない。
「まずいな。成果もない。リーダーも怒らせた。仕方ないから、パトロールの目的を理想の巨乳探しに変更するしかないな」
 パトロールで探す目的を勝手に変更した陸は、近くにある公園のベンチに座って休憩する。すると、彼の目に留まる人影があった。征市の家に行くのと同じように、坂を駆け降りる彩弓だ。
「あの子……」
 彩弓のスタイルが陸の目に留まったのではない。本能的に感じたのだ。今回、陸が追っている者に狙われていると。
「巨乳を追いかけたいけれど、仕事じゃ仕方ないな」
 残念そうに呟いた陸は、彩弓を追いかけていく。携帯電話で通話していた時とは違い、その目には仕事をするという意思を感じさせる鋭い輝きがあった。

 彩弓が帰った後、征市はダイニングで休んでいた。紅茶が入ったカップを持ったまま、眠っているかのように目を閉じている。
『女の子に誕生日を祝ってもらえるなんて幸せな奴だな、お前』
 征市の頭上から聞こえてくる声がある。目を開けた征市はその方向を見ずに言い返す。
「なんだよ、二号。見てたのか」
 征市の頭上に浮いているのは、白髪混じりの老紳士の肖像画だ。きりっとした表情で描かれたその老紳士の口だけが動いて話している。
 肖像画に描かれているのは、征市の祖父、相羽総一郎だ。征市はそのしゃべる肖像画の事を『じじい二号』と呼んでいて、それが短くなって今では『二号』と呼んでいる。
『俺がお前くらいの時にはモテモテでウハウハだったのに、あんなちっさいガキンチョみたいなのしか寄ってこないなんて哀れとしか言いようがないな』
「彩弓はそんなんじゃねぇよ。大体、モテたのは二号じゃなくてじじい本体の方だろ。肖像画が人間の女にモテるわけがない」
『総一郎がモテたって事は俺もモテたって事だ。お前もがんばれよ』
「うるせぇな。そんなくだらない事言いに来たのかよ?」
『いや、そうじゃない。お前を茶化すのが一番大事だが、他にも言う事がある』
 二号の口調が急に真面目なものになる。
『プライズ使って悪い事しようとしてる奴が動き出してるみたいだぜ。魔法警察だけじゃなく、もっとでかい組織がそれを追ってこっちに来てるみたいだ』
 プライズ。『神様からのご褒美』という意味を込めて名付けられたそれは、魔力を帯びた様々なアイテムを差す。人為的に生み出されるものや偶然魔力を帯びるもの、強力な魔法使いが長年使用する事で魔力を得るものなど、プライズへと変化する経緯はものによって異なる。二号も総一郎によって作り出されたプライズだ。
 多くの人はこの世界に魔法が存在する事を知らない。故に、プライズなどという魔力を帯びたアイテムが日常に侵食している事も知らない。
 プライズの中には意志を持って暴走するものも存在する。そんな暴走プライズの事件を追っているのが魔法警察である。魔法と同様、その存在も世間に知られていない。
「プライズの事件か。厄介だな。巻き込まれたくないもんだ」
『巻き込まれたくなかったら、外出を控えるんだな』
「そうするよ。……って、そんなわけにもいかないみたいだな」
 征市は女物のかわいらしいパスケースを手に取る。彩弓が忘れていったものだ。
「届けてくる。この中に寮のカードキーが入っているって前に言ってたからな。今頃、入れなくて慌ててるんじゃないか?」
『おいおい。それ忘れてったって事は、「あなたを寮にウエルカム」って事じゃないのか?あの嬢ちゃんのいる学校って大学まで続くいいとこの学校だろ?届けに行くついでに美人の女子大生とか美人の女教師とかをナンパしてこいよ』
「馬鹿言うな」
 征市は二号の冗談に答えながら、彩弓のパスケースを持ってクリーム色のコートを羽織る。
「なあ、二号。そのプライズの事件ってかなりヤバい奴がいると思うか?」
『詳しい事は判らないが、アレの出番かもしれないぜ』
「そうだな。念には念を入れておくべきか」
 ダイニングを出た征市はエントランスから階段を上って二階に行く。そして、書斎に入ると机から古びた木の箱を取り出した。
『お!とうとう、そいつの出番か!?』
「使いたくなかったけれど、仕方がないからな。念のため持っていく事にするぜ」
 木の箱を開けるとそこには、銀色の龍が描かれた青いカードの束が入っていた。征市はそれを手に取った。
「行ってくる」

 彩弓は、いつものように征市の家から寮に戻る道を進んでいたはずだった。だが、今日は違う。彼女の周囲を霧が包んでどう進んでいいのかが判らない。前も後ろも右も左も判らないような状況なのだ。
「何だか……怖いよ」
 いつもは明るい彩弓の顔が、恐怖で不安なものに変わっていく。Q区に住み始めて一年近くになるが、霧が出る事など一度もなかった。冬の寒い日ならばともかく、春の晴れた日に霧が出る事自体が異常である。
「だ、誰……?」
 霧の中から彩弓に近づいてくる足音が前から聞こえる。コツコツと時計の秒針のように正確なリズムで何者かが近づいてくるのだ。本能的に危険だと感じた彩弓は少しずつ後ずさりを始める。だが、数歩下がったところで背中に何かが当たる。
「ひぃっ!」
 驚いた顔で後ろを振り返る彩弓。そこには、彩弓と同じように驚いた顔をした征市が立っていた。
「征市君っ!驚かさないでよ!」
「驚いたのはこっちだ。いきなりでかい声出すなよ。ったく……」
 征市はコートのポケットから彩弓のパスケースを取り出すと、それで彼女の額を軽く叩く。
「忘れもんだ。これがないと寮に入れないんだろ?」
「わざわざこれを届けに来てくれたの?」
「そうだよ。あと、冷えると悪いからこれを着て行け」
 征市はクリーム色のコートを脱ぐと、彩弓に羽織らせる。
「う~ん、そのまま歩くとやっぱりコートが歩いているみたいに見えるな」
「む~、じゃ、いらないよ!」
「そう言うな。霧が出るくらいなんだ。冷えると悪い」
「征市君だって、冷えるかもしれないよ?」
「俺は寒いのには慣れてるから心配するな。早く帰らないと門限に間に合わなくなるかもしれないぜ?」
「うん……」
 征市の態度にどこか釈然としないものを感じながら、彩弓はその場を去る。彩弓がその場を去ったのを確認してから、征市は足音のする方向を向いた。
「誰だか判らないが、人様の町で随分好き勝手やってくれているみだいじゃねぇか。ただじゃ済まさないぜ」
 征市の言葉に反応したのか、霧の中からその人物は姿を現す。どこにでもいるような、シャツにジーンズといった普通の若者。だが、その顔は白い無表情な仮面に覆われていた。
『お前のせいで獲物を取り逃がした。どうしてくれる?』
 仮面の口元が動き、機械で合成したような音声が発せられる。
「彩弓をどうするつもりだったんだ?」
『……』
「ま、聞いたって言うわけがないわな。どうするつもりだったかなんてどうでもいい話だ。問題はお前みたいなプライズがいるって事なんだよな」
 仮面は、征市に背を向けていきなり走り出す。だが、数メートル走ったところで何かにぶつかって止まった。
「無駄だ。お前を逃がさないような結界を張ってある。出たければ、俺を倒すしかない」
『魔法使いか。結界を張れる程度の魔力で我々に刃向かおうとは笑わせてくれる!』
 仮面の嘲笑を受けて、征市の眉がぴくりと動く。そして、不機嫌そうにこう言い放った。
「俺、格下の奴に格下に見られるのはものすごく気に入らない。今すぐお前を黙らせてやるよ!」
 征市がブレザーのポケットからカードの束を取り出して空へ投げる。カードは好き勝手に飛びまわり、その内の五枚は征市の手元に飛んでくる。また、別の五枚のカードは征市の前の地面に落ちてくるとドアくらいの大きさはある透けた赤い壁へと変化した。自由に飛びまわっていた残りの三十枚は、再び一つの束を形成し、征市の前に降りてきた。
「知ってるだろ?デュエル・マスターズカードだ」
『ただの魔法使いではないという事か……』
 仮面も征市と同じようにカードの束を投げた。仮面の前に現れる五枚の青い壁。手元に集まるカードと三十枚の束。これで戦いの準備が終わった。
 デュエル・マスターズ。
 それは、レベルの高い魔法使い同士が戦う時に使う最強の戦闘用魔法だ。自らの魔力で生成したデュエル・マスターズカードを使って相手と戦う。強大な魔力と魔力がぶつかるため、敗北した者は死ぬ事もあり得る。
「始めようぜ。俺の大事な知り合いを狙った事を後悔させてやるよ」

 彩弓はその場から逃げていた。征市のコートを羽織ってからは道に迷う事がなく、帰路へと進める。だが、数歩進むと立ち止まり、振り向いて後ろを確かめているため、時間の割にほとんど進んでいない。
 背後からは、この世のものとは思えない生物の雄たけびや爆音、金属と金属のぶつかり合うような音が絶えず聞こえてくる。まるで、戦場だ。
「征市君……」
 征市はその戦場にいるはずなのだ。無事でいられるとは思えない。
「ありゃりゃ。誰かが勝手に始めちゃってるみたいな感じだね」
 気がつくと、彩弓の隣に一人の少年が立っていた。モデルのような外見の少年、陸は彩弓に気がつくと
「大丈夫だよ。誰が戦っているのか判らないけれど、多分、大丈夫だから」
と、彼女の表情を見て安心させるために説明した。
「ええっ!戦っているって、そんな!どう考えても大丈夫なわけないよ!」
 だが、説明は逆効果だったらしく、彩弓は慌てて征市の元へと引き返そうとする。
「ちょい待ち。君が行ったってどうにもならないよ」
 陸は彩弓の腕をつかんで彼女を止めようとするが、
「でも、このままじゃ、殺されちゃうかもしれないの!わたしの友達が!」
と、返してつかまれている腕を引っ張る。
「その友達がどんな子なのかは判らないけれど、間違いなく勝つよ」
 陸が静かに言い放ったのを聞いて彩弓はようやく納得したように動きを止める。
 そして、その瞬間、征市達がいる場所から霧を裂くような赤い光と、巨大な生物の鳴き声が聞こえてきた。
「さあて、そろそろクライマックスかな?」
 陸が楽しそうに呟くと、周囲からパトカーのサイレンが聞こえ始める。突然の霧、何者かが戦っているような音、突如現れた少年に続き、パトカーのサイレン。おかしな事がありすぎて彩弓の頭は混乱し始めていた。
「何が起こっているのか、全然判らないよ~。頭おかしくなりそう」
「一度寝て忘れればいいんだよ」
「そうできればいいんだけど……」
 戦いの音が止まった。そして、周囲の空気を支配していた霧も少しずつ消えていく。
「さて、どんな奴が戦っていたのか。場合によっては僕の出番かもね」
 そう言った陸は険しい表情で戦いの中心地へと進んでいくのだった。

 数分ほど時間をさかのぼる。
 仮面は地面に置かれた数枚のカードの中から四枚のカードを九十度傾ける。すると、そのカードがそれぞれ金色や青、黒い飴玉のような光を中心から出した。そして、仮面は扇のようにして手に持っていたカードの中から一枚を引き抜くとそれを征市に見せる。
『マナを四つ使って《魔弾バレット・バイス》を使う!これで、貴様の手札二枚を破壊だ!』
 四つの光が仮面の手元にあった《バレット・バイス》に吸い込まれていく。仮面はそのカードを投げ、巨大なライフルと剣が融合したような武器を構えた《レオパルドII世》と重厚な体と巨大な盾を持った《ルドヴィカII世》にそのカードの力を与える。
「《ルドヴィカ》は使った呪文の数だけシールドのブレイク数を増やすクリーチャーか。しかも、《レオパルド》とリンクしている時は、呪文や能力の対象に選ぶ事ができない。困った奴だ」
『のんきに解説していていいのか?喰らえ!』
 《レオパルド》が両腕で構えた銃から鎖が発射される。征市が手に持っていた二枚のカードはそれによって空高くへ弾き飛ばされてしまった。
『せっかく持っていたなけなしの手札が奪われた気分はどうだ?』
 いつの間にか表情を満面の笑みに変えていた仮面が聞く。今までもデュエル・マスターズで対抗してくる敵には持っている力を奪って勝ってきたのだ。今回もそれは変わらないはずだった。
「悪くない。むしろ、いい感じだ」
 だが、征市は相手に力を奪われて逆に微笑み返したのだ。予想外の反応に仮面は表情を凍りつかせる。
『負け惜しみか!?お前に手札はない!使役するクリーチャーも場には残っていない!私の場には、リンクした《ルドヴィカ》と《レオパルド》がいるのだ!』
「それに付け加えると、俺のシールドは三枚であんたのシールドは二枚ってとこだな。大丈夫だ。逆転の準備は整った!」
 空を舞っていた二枚のカードの一枚が、空中で激しく燃え上がる。その炎はどんどん激しさを増し、一羽の火の鳥となって、その場の中央へ舞い降りてきた。
「俺の切り札の一つ《翔竜提督ザークピッチ》だ。手札から破壊される時に、そのエネルギーを利用して登場する事ができる!」
『そんなカードがあっただと!?』
「まだだ。まだ俺の切り札の能力は残っている!」
 銃火器で武装した火の鳥《ザークピッチ》は天に向かって叫ぶ。すると、征市の右側にあったカードの束、山札の上から三枚のカードが宙を舞い始めた。
「《ザークピッチ》がその炎と共に産声を上げた時、こいつは山札から仲間を呼ぶ!」
 征市は宙を舞っていたカードの一枚を無造作につかむと、仮面を見据えた。
『まだだ……!お前が攻撃したとしても、私のシールドが破られるだけ。お前の攻撃を耐えて次のターンで私が攻撃すれば勝てる!やれ!』
 《レオパルド》が銃で征市の前にある壁、シールドを三枚打ち抜く。ガラスのように砕け散ったそれらのシールドは、元のカードのサイズに戻り、征市の手元に飛んでいった。
「今、シールドが破られるだけって言ったよな。本当にそれで終わると思うか?」
 征市の言葉を聞いて、仮面は背筋に悪寒が走るのを感じた。赤いブレザーの青年は不適に微笑んでいるが、この状態から勝利する方法があるなど、仮面には信じられなかった。
「いいか、よく聞け。これからお前の目の前で起こる事は夢でも幻でもない」
 征市は山札の上からカードを引く。緩慢に見えるその動作の一つ一つが仮面を苛立たせる。
 勝っている戦いであり、仮面自身も勝利を確信しているはずなのだ。だから、苛立つ理由など本来はどこにも存在しない。だが、征市の自信に満ち溢れた言葉が仮面の精神を揺さぶる。
「今すぐ見せてやる。『ウソのようなホントウ』って奴をな!」
 征市は地面に置かれていたカードの中から、六枚を選びそれを九十度傾ける。征市が手札から抜き去った一枚のカード目がけて、その六枚から出た幾筋もの光が吸い込まれていく。太陽のように眩しい輝きがその一枚から発せられていた。
「暴れたくてウズウズしていたみたいだな。行って来い!《紅神龍ジャガルザー》!!」
 征市が投げたカードの龍の絵が描かれた部分から紅い鱗(うろこ)で全身を覆った長い胴体の龍が飛び出してくる。《ルドヴィカ》《レオパルド》や《ザークピッチ》ほどの大きさはないにしても、そこに現れた巨大な龍は、自分を召喚した主人の敵を二つの目で見つめる。
『は……ははは!驚かせてくれるじゃないか!確かに、強い。それなりの力を持ったドラゴンだ。だが、魔法使いなら判るだろう?出したばかりのクリーチャーは召喚酔いという状態にあって行動できない事を』
 仮面は焦りを打ち消すように大きな声で叫ぶ。召喚された征市の《ジャガルザー》は、仮面を睨んではいるものの、動こうとはしていない。
『さあ来い。切り札の《ザークピッチ》で私のシールドを攻撃してこい。お前はそれくらいしかできないよ』
「そうだな。じゃ、遠慮なくやらせてもらうぜ」
 征市の言葉を受けて、《ザークピッチ》の両肩の銃身から炎の弾丸が発射される。マシンガンのように連続で打ち出される弾丸は、仮面を守っている二枚のシールドをあっと言う間に打ち抜いてしまった。
『これで終わりだな』
「そうかな?」
 征市がとぼけたような声を出した瞬間、《ジャガルザー》の身体が赤く輝き始め、その場にいる者達の血液を振るわせるような響く雄たけびを発した。
「準備はできた。《ジャガルザー》の召喚酔いは解除された」
『何をした!?一体、何をすればそんな事が……!?』
「知らないのか?《紅神龍ジャガルザー》は、ターボラッシュを持つクリーチャーだ。別のクリーチャーがシールドをブレイクする事でその能力は発動する。《ジャガルザー》のターボラッシュ、それは、俺のクリーチャー全員にスピードアタッカーを追加する能力!召喚酔いを無視して攻撃できる!」
 《ジャガルザー》の口に高エネルギーが集まって行く。仮面は手札を地面に落とし、腰が引けた状態でそれを見ていた。
『い、嫌だ!やっと自分に合う人間の体を乗っ取ったんだ!まだ消えるわけには……!』
「往生際が悪い。これで終わりだ!」
 《ジャガルザー》の口から滝のように光線が吐きだされ、仮面の全身を焼き尽くしていく。仮面は真っ二つに割れ、乗っ取られた人間は気を失ったようにその場に倒れた。
「任務終了ってとこか」
 征市の手元に全てのカードが戻って行く。そして、霧が晴れていった。
「……いや、仮面野郎の相手で全然気づかなかったが、もう一人ヤバいのがいるみたいだな」
 霧が完全に消え去った夕方の町で、征市を真正面から見つめる一人の少年、陸。その顔は笑っているようでもあり、その目は敵である者を見つめる目になっていた。陸の隣には、彩弓が立っていて混乱したまなざしを征市と陸に向ける。
「あんた、誰です?デュエル・マスターズカードを持っているみたいだけど、僕達の敵?それとも味方?」
「さあ。どっちだろうな」
 赤い夕焼け。サイレンの音と赤いパトランプ。
 世界が赤に染まる中で、赤いブレザーの青年は黒いシャツの少年と対峙していた。

 『File.2 トライアンフ』につづく


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