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『TOKYO決闘記』 特別編 人生最悪の日と人生最高の出会い

『TOKYO決闘記』

 私、一ノ瀬博成(いちのせひろなり)は東京連続失踪事件を調査している高校生である。
事件に深く関わる保持者、そして、その周りの人々。これは東京連続失踪事件とは何ら関係ない、彼らの日常を描いた話である。

 特別編 人生最悪の日と人生最高の出会い

 今から、二年ほど前の話。高校生になってから一ヶ月が経過した佐倉美和(さくらみわ)と金城豪人(かねしろごうと)の出会いの話である。
 その日の美和の金運は最悪だった。朝、テレビの占いでも金運が悪く、学校で友達に借りた雑誌を見てみるとそこでも金運が悪いと出ていた。
 何かの偶然だろうか、と思いながら美和は帰宅する。彼女の家と学校は電車で二駅離れている。その日もいつものように、電車に乗って帰宅した。電車の中で財布を落とすような事はなく、占いはただの偶然だったと美和が思い、自宅の扉の前まで来る。
「差し、押さえ……?」
 見慣れない札が家の前に貼ってあり、美和の頭が真っ白になる。こんな事はありえない。父も母も、家を手放すような借金をするとは思えない。両親は真面目で、美和もそれに倣って真面目に生きてきた。
「あ~、もし、あなたが佐倉さんのお嬢さんです?」
 いつの間にか、二人組の男が美和に近づいていた。思考停止していた美和は、それに気付かなかったのである。
 二人ともスーツに身を包んで一見普通の会社員のように見えるが、非常に危険なタイプの職業についていると本能的に判った。
「お父上の手紙を預かってますよ。それから、まだ残っている借金を返すために働いてもらいますので、契約書にサインを……」
 一方の男から手紙を受け取った美和。もう一方の男が契約書を近づけてくるが、それにサインをする事は彼女の未来を真っ黒に塗りつぶす事だ。
 それを察した美和は、鞄を男達に投げつけるとそのまま思いっきり走り出した。
「ちくしょう!待ちやがれ!」
 真面目さという仮面で隠していた本性が現れたのか、後ろから男の乱暴な声が聞こえる。何をどうすればいいのか判らなかったが、美和は走った。

 その夜、美和はたくさんの商店が並ぶ駅前にいた。ここは家から一駅離れた場所である。財布は鞄の中に入っていたが、定期入れだけは持っていたのでここまで逃げる事はできた。
 改めて考えると恐ろしい事をしてしまった、と美和は考える。美和を取り逃がした男達は、今頃必死になって彼女を探しているに違いない。
 もし、捕まったらどうなるだろうか。あの時に、大人しく契約書にサインをしていた方がよかったのではないか。抵抗した事で状況が悪化しているかもしれない。
 考えがどんどん暗い方向へ進んでいって泣きたくなってくる。
 父の手紙には、途方もない借金の額の大きさと、それを返すために美和にも働いてもらいたいという内容の文章が書いてあった。他にも何か書かれていたが、こうまでしないと返せないような借金を作った父の事を情けなく思い、途中でゴミ箱に捨ててしまった。
 もう、美和が帰る場所はない。温かい家庭も、楽しい学校生活も、そして、いつか自分も体験すると思っていた輝かしい未来も消えてしまうのだ。ここから先にあるのは、どうしようもない灰色の生き方である。
 美和は、頭を上げてショーウインドウを見た。そこにあったのは、美しい着物である。週に一度は、この呉服屋の前を通った。
 もうこの世にいない祖母は、よく着物を着ていた。美和もいつか着物を着たいと思っていた。それも、叶わない事なのかもしれない。
 ふと美和の脳裏に、灰色の未来から抜け出す最悪の選択肢が浮かんだ。未来など、かき消してしまえばいい。そう思った美和は、駅前の大きなデパートまで歩き、屋上へ向かった。
 八階の高さから飛び降りれば、自殺は成功するだろう。美和には死ぬ事のリスクよりも、灰色の未来から逃げ出す事の方が重要だった。自分の人生に汚らわしいものが入り込むよりも、楽しい思い出を纏ったまま死にたい。そう思った彼女はとうとう屋上に立つ。
 平日の夜に、デパートの屋上に来る人はいるものではない。危険防止のために金網が設置されているが、誰も見ていないのなら乗り越えて飛び降りる事は簡単だ。
 金網に近づきながら、美和は遺書を用意しなかった事に気付いた。だが、理由くらい父と母が察してくれるだろう、と考え、そのまま進む。
 金網に手をかけた時、誰かに右腕を取られる。借金取りが追ってきたのかと思い、驚いてその方向を向く。彼女の手を握っているのは、二十歳前後の白いスーツを着た長身の青年だった。
 青年は屈託のない顔で笑うと、
「やっと見つけたよ」
と言って美和の腕を引っ張った。スーツの二人組とは違うようだが、彼女を探していた事を考えると彼も借金取りの一人かもしれない。よく見ると、彼のスーツは生地も仕立ても一級品だ。各所にアクセサリーが散りばめられていて、特に首から下げた勾玉のようなアクセサリーは手が込んでいる。それだけ、悪い仕事をして儲けているのだろう。
 一瞬、抵抗する事も考えた美和だが、屋上から下の階に降りる頃になるともう諦めた。今、青年から逃げたとしても、また別の借金取りに捕まるだけだ。鬼ごっこは終わったのである。
 絶望しきっていた美和が連れて行かれたのは、そのデパートのレストラン街である。青年は美和に
「僕、ここに来たの初めてだから、どこがおいしいかよく判らないんだ。かわいい女の子の判断なら信頼できるから、君に任せるよ」
と笑顔で言う。
「え……?」
 呆気に取られている美和に対して、青年は催促するように言う。
「ほら、早くしないとレストラン街がしまっちゃうよ。どこにするの?」
 急に言われても、何と答えたらいいか判らない。
 仕方なく、美和はいくつかあるレストランの中から一軒を選んだ。そこは窓に映る街の景色をセールスポイントの一つにしているレストランである。青年も、「いい選択だ」と言って喜んでくれているようだった。
 立ち去ろうとする美和を連れて、青年はそのレストランに入る。
「大丈夫。僕のおごりだから」
 青年は、金銭の心配をする必要はないというように美和に告げた。食事が終わったら、また屋上に戻ろうと思っていた美和は彼に付き合う。窓際の席に座った二人は、同じコース料理を注文した。一人前の値段が五桁にもなるコース料理だが、青年は特に気にしていないようだった。これだけの金額は充分大金である。
 しばらくして、二人の前にソフトドリンクが運ばれてくる。青年はまだ二十歳前なのか、と疑問に思いその事を尋ねると
「車の運転があるんだ」
という答えが返ってきた。
「僕の名前は金城豪人だ」
 メインディッシュが運ばれてきた頃、青年は自己紹介をする。その後、「君の名前は?」と、美和に聞いてきた。
「佐倉、美和です……」
「いい名前だ。とても綺麗な名前だね」
 それだけの会話。それが終わると、二人は話す事もなく目の前の食事にありついた。
 とても食事などする気分ではなかったのに、美和は目の前の料理をおいしいと感じた。これが最後の晩餐になるのだ。これならば、合格である。
 デザートを食べ終わり、食事が終わる頃に豪人が口を開く。
「ところで、美和さん。君の家、大分借金があるみたいだね」
 その一言で、美和は夢のような時間から現実に引き戻される。この男も借金の取り立てに来た人間の一人だったのだ。
「君、すごく魅力的だからさ、僕の物になってみない?そうすれば、あんな額の借金なんてすぐに……」
「ふざけないで下さい!」
 美和がテーブルを叩く。和やかな雰囲気を楽しんでいた周りの客の鋭い視線が二人を刺した。豪人は、周りの視線が気になったが、怒りで頭に血が昇っている美和はそれどころではない。
「最初から、あなたもそれが目的だったんですね!?私をどうやって売り飛ばすつもりなんですか!馬鹿にしないで!」
 美和はつけていたナプキンを豪人に投げつけると、そのまま店を出て行った。
 その足で美和は屋上への階段を昇る。最後にまた一つ不快な記憶が増えてしまった。こんな事になるくらいなら、金城豪人の相手などしなければ良かった、と美和は後悔した。
 屋上から、夜の街が見える。あの灯りの一つ一つに、優しい家族の温もりがあるのだ。それは、失うまでありがたみに気付かない。失うのは一瞬、それも唐突に起こるのだ。
 金網に手をかけたところで、美和は再び何者かに手首をつかまれる。豪人が追ってきたのかと思って振り返ったが、そこにいたのは昼間見たスーツ姿の二人組だった。
「随分と手間かけさせてくれましたねぇ……。一緒に来てもらいますよ?」
 スーツ姿の男の一人には鼻に絆創膏が貼られている。美和が鞄をぶつけた箇所だ。
「あ……いやぁ……」
 涙を流しながら抵抗しようとするが、男達の腕力にはかなわない。人目につかないように、デパートの裏口から出た男達は黒塗りの車に美和を乗せた。中には男達の仲間と思われるスーツの男が運転席に座っていた。
「確保した。出せ」
 絆創膏の男が言うと、黒塗りの車は動き出す。ウインドウにスモークが貼られているため、外から中の様子が見えにくい。これから自分の身に何が起こるのかと恐怖し、美和の体は震えた。
「なあ、売る前に味見してもいいよな?」
 美和の隣にいる男が絆創膏の男に聞く。
「大事な商品だ。乱暴に扱うなよ」
「判ってるって」
 男達の会話から、彼らが美和に何をしようとしているのかが、判る。スモークが貼られているのは、その様子が外から見えないようにするためだったのだ。
「いやあ、ついてるぜ。こういう純情そうなのは滅多に出会えねぇ。大丈夫。お前はかわいいから借金くらいすぐに返せるようになるぜ」
 汚い言葉と共に、いやらしい手つきをした男の右手が近づく。こんな男に触られるのは嫌なのに、怖くて抵抗できない。
 美和が、絶望に涙を流した瞬間
「おい、後ろのあれ、何だ!?」
と、運転席の男が声をあげ、後部座席にいた二人の男は後ろを向く。黒塗りの車を追うように、白いスポーツカーが走っている。美和は運転席にいる男を見て、声をあげそうになった。運転しているのは金城豪人なのだ。
 彼の口が動く。声が聞こえたわけではない。だが、彼は美和に対して「大丈夫」と言って微笑んでいた。
「金城……さん」
 借金取りの一人ではなかったのか。どうしてそこまでするのか判らない。ただ一つだけ確かな事がある。
 彼は必死だった。黒塗りの車に乗っている男達から美和を取り戻す為に、全力で車を運転していた。
「くそっ!何のつもりだ!」
 黒塗りの車は速度を上げるが、豪人のスポーツカーもその後ろにぴったりついてくる。二台の車は、この時間が車の通りが少ない港へ向かう道路に移動していた。どちらも百キロを越えている。
「何なんだよ、あいつ!何で俺達を追いかけてくるんだよ!?」
 運転席の男は、パニックになっていた。そのため、カーブを曲がり切れずに黒塗りの車はくるくると回転し、フェンスに激突して止まった。一方、豪人のスポーツカーは黒塗りの車をうまく避け、二百メートルほど離れた場所に停車する。
「くそっ!ふざけやがって!」
 絆創膏の男が車から出ると、豪人はもう黒塗りの車の付近まで来ていた。彼は左手にボストンバックを持っている。絆創膏の男が忌々しげに豪人を睨みつけて殴りかかるが、豪人はそれを避けて右手が拳を叩き込む。それも、負傷した鼻に。
「この世には二種類の人間がいる。僕の愛を受けるのにふさわしい者とふさわしくない者だ。君達は論外だね。邪魔だから、これを持ってどこかへ行けよ」
 鼻を押さえて倒れている男に、豪人は冷たく言い放ってボストンバックを投げる。そして、そのまま車の後部座席のドアを開け、美和を見ると微笑んだ。
「助けに来たよ、お姫様」
 彼の笑顔を見た瞬間、美和は緊張の糸が切れて泣き出し、豪人に抱きついた。

 翌朝、豪人と美和は駅前にあるシティホテルの喫茶店で朝食を取っていた。あの後、美和は豪人に連れられてこのシティホテルに泊まる事になったのだ。部屋は二人とも別々の部屋を借り、豪人は「今日は疲れただろうから、ゆっくり休んだほうがいい」と言っただけで必要以上に彼女に迫らなかった。
 昨夜の豪人は非常に格好よかった。
「何枚あるか正確な数は忘れたけれど、その中に五千万か六千万くらいある。借金を返して鼻を治しても充分過ぎるくらいお釣りが来るだろ。車の修理くらいは自分の金でやれ」
 ボストンバックの中に入っていた札束を見て驚く男達に、豪人はそう告げた。金城豪人が自分の親の借金を肩代わりしてくれた事に、美和はしばらく気付かなかった。
 朝食を取りながら、豪人は「昨日はよく眠れた?」とか「これおいしいね」といったありふれた事しか言わなかった。美和の両親の借金に関する話題は何一つ言っていない。
 食事を終えて、ホテルから出た二人は豪人の提案で買い物に行く事になった。学校を無断欠席してしまう事になるが、仕方がない。豪人は美和の、彼女の一家の恩人なのだ。
「さすがにあれだけの金を下ろすのは大変だったよ。面倒な手続きがあったから、あの連中に先を越されてしまった」
 車を運転しながら、豪人は美和に話しかける。豪人は両親に言われて、美和を無事に保護するために彼女を追っていたのだ。
 父親の手紙には続きがあって、あの借金は父の友人の借金を肩代わりしたためにできてしまったものらしい。最後まで手紙を読んでおけばよかったと、美和は自分の行動を反省した。
「どうして、あんなに必死になって私を助けてくださったんですか?」
 豪人を見る美和の目に尊敬にも似た感情が宿るようになっていった。常に余裕に溢れた顔をしながら、彼はクールに物事をこなした。
「君の写真を見た時、魅力的だと思ったから。実際に会って、やっぱり好みだと思ったから」
 車を駐車場に止め、二人は歩きだす。向かったのは、美和がよく見に行く呉服屋だった。
「僕は、旅をする。それは、長い旅だ。目的地は僕にも判らない。一人で進むのは非常に大変だ。だから、誰かについてきて欲しい。ずっと一緒にいたくなるような誰かに……」
 豪人は、呉服屋の主人に頼んでおいたものを持ってきてもらった。それは、美和のために用意していた上品な薄緑の布だった。
「君と一緒に旅路を往く運命を感じていた。ずっと前から……。この布で君のための着物を作ってもらおう。そして、僕と一緒に来てもらいたい。残念だけど、嫌とは言わせない。僕はあいつらから即金で君を買ったんだから。あの時から、君は僕の所有物だ。僕は君をずっと大切にする」
 無茶苦茶な話だった。だが、目の前にいるこの男にならば、ついていってもいいと感じる。
「一つだけ聞かせて下さい」
「何だい?」
「金城さんはこの世に二種類の人間がいると言いました。私はどちらの人間ですか?」
笑顔で質問をする美和。豪人も笑ってそれに答える。
「当然だろう。もちろん、君は……」

 金城豪人、十九歳。佐倉美和、十五歳。その日、二人は主従関係の契約を交わした。
 正月と盆には美和の実家に帰省するという条件つきで、美和は豪人の所有物になったのである。
 豪人の活躍で、美和の大切なものは全て無事だった。金城豪人はこの後も、佐倉美和を悲しませないように戦い続ける。
 契約から二年と少し……。舞台は東京へ移る。
「東京連続失踪事件。追っていれば、保持者とも出会えそうだな」
 彼らの旅は、まだまだ続く。
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