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『TOKYO決闘記』 第三十話 深緑

『TOKYO決闘記』
 私、一ノ瀬博成は東京連続失踪事件の謎を調査した高校二年生だ。
 体が蝕まれていくのを実感していたヴェルデは、コスモガーデンで出会った占い師、亀島美土里に戦いを挑む。相手の守護霊の声を聞く能力『スタンド・バイ・ミー』でヴェルデの想いを知った美土里は彼に対して、本当にやるべき事を問いただす。美土里に勝利する直前に力尽きて倒れるヴェルデ。彼の行くべき道はすでに決まっている。
 一方、廃工場で激突する勇騎と一夜。短時間だが未来を見る『プロミネンス・ネクスト・レベル』を使う勇騎だったが、一夜の『エクスプロード・フルフォース』でそれを遮られる。有利な状況から『ヘヴィ・デス・メタル』によって逆転され、不利な状況に追い込まれる勇騎だったが、持てる力を使い、勝利する。
 戦闘後、廃工場の中で何者かによって炎に包まれる一夜。勇騎は、廃工場から避難しながら、ただその様子を見る事しかできなかった。

 20XX年 一ノ瀬博成

 第三十話 深緑
 勇騎は目を覚まし、見慣れない天井を見つめた。しばらくして、そこは金城豪人が住んでいるマンションの一室だと思い出す。何度かホームパーティに呼ばれた事があった。
 立ち上がろうとした勇騎は、頭痛を感じて顔をしかめる。
 数日間、追われているという緊張のせいか、まともに休む事ができなかった。その上、一夜との激しい戦いをしたばかりだ。その後、廃工場を離れると大雨が降ってきた。体調を崩すのも無理はない。
 そう思いながら、勇騎は元々いた世界で戦っていた時はどうだったのか考える。その時もこの程度で体調を崩しただろうか、と。
「あ、気がつかれましたか?」
 少女の声を聞いた勇騎は声のした方を見る。佐倉美和がそこに立っていた。
「俺は、どうしてここへ……」
「保持者同士の力のぶつかり合いを感じた豪人様が、廃工場近くまで様子を見に行かれたのです。ひどい雨の中、燃え盛る廃工場の近くで勇騎さんが倒れているのを連れて来られました」
「俺は、どのくらい寝ていたんだ?」
「一日くらいです」
「そうか」
 勇騎は近くに置いてあった上着を持って立ち上がると
「世話になった」
と、言って部屋を出ようとした。
「ちょっと待った」
 だが、出ようとして玄関を開けたところに豪人が立っている。出口をふさぐようにして立っているので出る事ができない。
「せっかく助けてあげたんだから、もうちょっとしっかり礼をしても罰は当たらないんじゃないかな?」
「俺にできる事などたかが知れている」
「それくらい判っているよ。この戦いに僕も巻き込めって言っているのさ」
「何?」
 勇騎は驚いた目で豪人を見る。豪人はいつものように涼しげな顔で笑っていた。
「お前、正気か?それに、俺が戦っている事をどこで聞いた?」
「博成君が教えてくれたよ。『試験官』とか名乗っている奴が君の学校に乗り込んだらしいじゃないか。奴らは保持者で僕らが使うデッキと同じようなデッキを持っている。僕の前にも『試験官』の奴が来るかもしれないね」
「なら、話は早い。お前も佐倉をどこか安全な場所へ連れて行け」
「美和は僕と一緒になると決めた時から危険だって覚悟の上さ」
「金城!お前……!」
「いつもの君らしくないな。何をカリカリしているんだい?」
 豪人に言われて勇騎は我に帰る。『球舞』の九重九十九を倒した後に『プロミネンス・ネクスト・レベル』を使って見た予知。『試験官』に敗北するという漠然とした未来を見た時から、勇騎の心に焦りが生まれていた。今もなお、その流れは変わっていない。『プロミネンス・ネクスト・レベル』で示された未来は変わる事がないからだ。
「俺は……俺達が『試験官』に敗れる未来を見た。奴らの目的が何なのかは判らない。だが、敗れるのならば奴らの被害が最小限になるように戦うしかない」
「未来が見えるようになってから君は弱くなったんじゃないのか?」
 豪人の鋭い一言が勇騎の胸に突き刺さる。
「なあ、『球舞』のボスに見えない不安を抱いていた時も勝利するための道を探したじゃないか。なのに、今度は負ける未来が見えるから最初から負けるために戦うっていうのかい?」
「そうは言っていない!俺は……」
「倒してしまえばいいのさ。『球舞』のような悪い奴らだったらね」
 豪人はそう言うと勇騎に道を譲る。
「博成君がずっと君を探していた。君が見た未来を彼は信じていない。彼が信じているのは、君が勝つ未来さ」
「金城……」
 その場に流れる一瞬の静寂。そこへ軽快な足音が聞こえてきた。
「噂をすれば何とやらってね」
と、豪人が玄関から退く。一歩外へ出た勇騎の目に三人の姿が映った。
「勇騎君!」
 初めに見たのは、博成だ。数日会わなかっただけなのに、彼の姿が懐かしく感じる。
「お兄ちゃん。博成さん、お兄ちゃんの事ずっと探してたんだよ」
「そうよ!落ち込んでる暇があったら何とかしなさいって言ったら急にやる気を出してね!」
 日芽とゆかりも一緒だった。『球舞』との戦いで一緒だった仲間達が、再び、ここに集まっている。
「俺は……」
 何を言い出せばいいか迷った勇騎に、博成が手を差し出した。
「おかえり、勇騎君。僕と一緒に真実を追いかけよう」
「一ノ瀬」
 戸惑う勇騎に、博成は続ける。
「守ってもらってばかりの僕だけど、僕も『試験官』の奴らを恐れずに戦うよ。勇騎君みたいにカードを使って戦う事はできないけれど、勇騎君の近くにいる事はできる。この戦いの全てを見る事が僕の戦いだ」
「危険だ、と言ってもお前はやめないだろうな」
「当たり前さ」
 勇騎は博成の手を握り返す。
 勇騎は、目の前にいるこの世界の友人に感謝していた。数日間味わった孤独は辛く冷たいものだった。だが、博成が手を差し伸べてくれた今なら、『試験官』に勝てるような気がしていた。
 勇騎はそこではっとして博成達を押しのけて進む。その場に水を差すように金属音を響かせながら勇騎達に近づく何かがいた。重い金属が重なり合う音。そして、何かの容器の中で液体が動いているような音が聞こえる。
「え?何々?早速悪い奴が出たの!?」
「判らないな。だが、二人の人間が階段を上ってきたのは俺にも判る」
 勇騎の真剣な表情を見て、すぐ彼の後ろに隠れたゆかりが尋ねる。
「なーるほど。じゃ、一ノ瀬ちゃん、見てきてよ」
「え!?何で僕が行かなくちゃならないのさ!」
「だって、男の子でしょ!?それに、今、勇騎ちゃんのために戦って死ぬって……」
「勇騎君のために戦って死ぬなんて一言も言ってないよ!」
「来るぞ」
 博成とゆかりの漫才のようなやりとりも緊張感のある勇騎の一言で静まる。
 階段を見ながら、博成は自分の心臓が暴れ出すのを感じていた。博成は『試験官』の人間を久留間大吉しか知らない。彼は『試験官』がどういう存在で、メンバーが何人いるかは言わなかった。大吉のように奇妙な能力を持った者がいるかもしれない。その“奇妙な能力”に対しての緊張感が博成の心臓を鷲掴みにしていた。
 全員が見つめる中で、カツン、という金属音と共にその人物は姿を現した。
「ヴェルデ……なのか」
 勇騎を含め、その場にいた全員が彼の名を思い出す。だが、彼の姿を見てそう尋ねたくなるのも無理はない。彼の首から下を覆い尽くす金色の鎧。その異様さに声が出せなかった。
 勇騎も過去にその鎧が彼の体を侵食しているのを見た事がある。だが、それは腕の一部だった。
 豪人はヴェルデが『球舞』の二階堂十三階と戦う時にそれを見た。あの時は鎧をうまく使っていた彼だが、今は、完全に取り込まれているように見える。
「そう。あんた達もよく知っているヴェルデだ。だけど、ここまでまずい事になっていたのは知らなかったみたいだね?」
 ヴェルデの後ろに美土里が立つ。詰襟姿の女子高生は、そこにいる者達の視線を集めながら持っていた瓢箪の中に入っている酒を飲んだ。
「お前は誰だ?」
 勇騎に声をかけられて、美土里は瓢箪から口を離す。
「それ、昨日からよく聞かれるね。亀島美土里。保持者で占い師、それと女子高生」
「保持者……。保持者って事はこの子も『試験官』!?」
「なら話は早い。お前を倒して『試験官』について全て話してもらおうか」
 勇騎は『プロミネンス』を取り出し、美土里に突き付ける。だが、返ってきたのは素っ気ない返事だった。
「あたしは戦うつもりで来たんじゃない。確かに保持者で占い師、『試験官』で女子高生だけど、あんたらを倒すのが目的でもデッキを奪うのが目的でもない」
「俺達を倒すのも、デッキを奪うのも、目的のための過程とも取れるな」
「もの判りの悪い男だね。そういうの、女に嫌われるよ」
 勇騎の挑発を受けて近づこうとする美土里だったが、ヴェルデがそれを手で制する。そして、彼が勇騎に近づき、右手に持っていた『グランドクロス』を光らせた。
「俺と戦え」
 勇騎以外の仲間が、全員目を見開く。ヴェルデが勇騎に戦いを挑んでいるのだ。
「ヴェルデ君!何言ってるんだよ!勇騎君は仲間じゃないか!『試験官』っていう奴らが『球舞』みたいに何か企んでいるかもしれないのに、何でそんな事を!」
「待つんだ、博成君」
 今まで黙っていた豪人が博成の肩に手を置く。豪人も、今、自分の目の前で起こっている事が信じられなかったし、信じたくなかった。ヴェルデは仲間を大切にする人間だから、勇騎を手にかける事はないと思っていたのだ。
「あいつに操られているんですよ、きっと!『試験官』だから、何か変な能力を使って!それでヴェルデ君を操って!」
「黙りな、坊や。自分で自分の言っている言葉が信じられないのに、叫んで空しくないかい?」
「く……!」
 博成は黙る。今の一言でヴェルデが敵になってしまったと理解し、同時に自分の考えが相手に読まれた事に疑問を感じたからだ。
「あたしがどうしてあんたの考えている事が判ったかどうかなんて、どうでもいい事さ。それよりも、今はこっちが重要だ」
 美土里に促されて、そこにいる者達は勇騎とヴェルデを見る。
 勇騎はヴェルデに促されて階段を降りる。美土里もその後に続き、一度だけ博成達のいる方を振り向いた。ついて来い、という意味のようだ。博成達も無言でついていく。
 二人が戦う場所に決めたのは、マンションの地下駐車場だった。互いに突き付けたデッキの、赤と緑の光が周囲を包む時、世界は戦うための姿へ変わっていく。
「勝負!」
 五枚のシールド、五枚の手札の準備が終わり、その声で戦いが始まった。
「『シシオウ』に『フェアリー・アクセラー』をクロス!マナを増やしながらシールドブレイク!」
 先に仕掛けたのは勇騎だった。2コストの軽量サムライクリーチャー、『シシオウ』に『フェアリー・アクセラー』をクロスしてマナを増やし、相手を圧倒しながら後続につなぐ作戦のようだ。
「『霊騎ラグマール』召喚。そして、『ラグマール』をマナに!」
「アーク・セラフィム……。うまくクリーチャーで場をコントロールして俺のクリーチャーを除去する作戦か」
 勇騎の『シシオウ』がマナへ姿を変えていく。ヴェルデのデッキはマナを増やす能力もマナからクリーチャーを呼び戻す能力も長けている。『ラグマール』のような除去に使えるクリーチャーが、マナから手札に戻ってくる事もあるのだ。
「俺のデッキにはお前のデッキほどのマナ回収能力はない。だが、マナを増やしたのは失敗だったな!『ザンゲキ・マッハアーマー』、ジェネレート!コストを減らして『ビワノシン』を召喚だ!」
 ヴェルデのデッキで除去を担当するのは自然文明のカード。クリーチャーをマナに送る事で倒すのが自然文明の除去だ。勇騎のマナは『フェアリー・アクセラー』の効果と『ラグマール』による除去で増えた。普段よりも早くマナが溜まり、デッキを支える『マッハアーマー』を早い段階で出せたのだ。充分なマナがあったから、二人で行動する旅人のようなサムライクリーチャー、『ビワノシン』も出す事ができた。
「マナが増えたのはお前だけじゃない。俺のマナの使い方を見せてやる!」
 ヴェルデが一枚のカードを投げた瞬間、その場の中央でポン、と音がして小動物のようなドリームメイト達が現れる。大きな布を持っていたそのドリームメイト達は、円を描くような動きでせわしなく踊っていた。緊張して見ていたゆかりも思わず「キャー!何あれ!カワイイじゃない!」と叫び、美和の顔も緩む。
「このカードは……。そういう事か」
 だが、勇騎はそれがかわいいだけのカードでない事を知っている。
 『カラフル・ダンス』。山札の上から五枚マナに置き、そこから五枚マナのカードを墓地に送る呪文だ。
「え?でも、それじゃマナを入れ替えるだけじゃ……」
 博成はヴェルデの行った行為に疑問を持つ。ヴェルデが捨てたのは、『カラフル・ダンス』を使った時の四枚とまだタップしていなかった一枚。これから使えるマナゾーンのカードが五枚残されているが、マナが増えたわけではない。
「よく見てごらん。マナはこれから増える。爆発的にね」
 豪人が言うように、その爆発的なマナブーストはすぐ起こった。
「『霊騎スピリット・サティーク』召喚!」
 『ラグマール』とは違う、緑色の天使がヴェルデのマナを照らす。そこに、『カラフル・ダンス』で墓地に送ったカードが全て現れたのだ。
「マナが復活した!?」
「『霊騎スピリット・サティーク』は、墓地にあるアーク・セラフィムをマナとして再生するクリーチャーだ。ヴェルデ君のデッキは、クリーチャーが破壊されてもマナとして蘇る」
 博成の疑問に豪人が答える。
 破壊すら自らの肥やしにしてしまう恐ろしい再生能力。さらに、アーク・セラフィムの中の恐ろしい一枚を博成は思い出す。
「じゃ、アレが出たらヴェルデ君のクリーチャーは永遠に墓地から蘇り続けるんじゃ……!」
「そうなるだろうね」
 勇騎のサムライデッキは、火と自然で構成されている。火力で焼き尽くしても、自然のカードでマナに送っても、ヴェルデのクリーチャーは何事もなかったかのように蘇るのだ。
 ヴェルデは追い打ちをかけるかのように、復活したマナでクリーチャーを召喚する。
「『霊騎アラク・カイ・バデス』召喚!」
 今度現れたのは、光のアーク・セラフィムだ。他のアーク・セラフィムのパワーを2000増やし、ターンの終わりにアンタップする能力を与える。
「やはり、一筋縄ではいかないか。だが……」
 勇騎は、場に新たなクロスギアをジェネレートする。削岩機のようなデザインの機械に、博成は見覚えがあった。
「『デュアル・スティンガー』だ!」
 数日前に大吉が勇騎相手に使っていたクロスギアである。クロスしたクリーチャーに、ブロッカー破壊能力を与える。
「『ビワノシン』に『デュアル・スティンガー』、そして、『フェアリー・アクセラー』をクロス!『アラク・カイ・バデス』はブロッカーだったな!」
 『ビワノシン』の片割れが『デュアル・スティンガー』を振り回し、金色の天使の体を粉々に打ち砕く。もう一体の『ビワノシン』は頭についた『フェアリー・アクセラー』を振っている。すると、マナゾーンが光り始め、そこに一枚のカードが足された。
「すごい!クロスギアの効果でこれだけの事ができるなんて!」
「一ノ瀬、『ビワノシン』の真の力はこれからだ」
 二人の『ビワノシン』が空へ手を上げると、一枚のカードが降ってきて勇騎の手札めがけて飛んでいく。勇騎はその一枚を難なくつかむと手札に加えた。
「『ビワノシン』は、アクセル能力を持つクリーチャーだ。クロスギアがクロスされている時に攻撃すれば、山札からサムライのカードを手札に加える事ができる」
 自分達のやるべき事をやった『ビワノシン』は互いに顔を見合せ頷く。二人は手を握り合ったまま走って、ヴェルデのシールドに体当たりした。
「これで、二枚。残り三枚だな」
「だが、これでいい」
 ヴェルデがそう言ったのは負け惜しみではない。勇騎が『フェアリー・アクセラー』の効果でマナを増やしたとしても、ヴェルデのデッキの爆発的なマナブーストには及ばない。マナの扱いに長けるヴェルデのデッキでは、マナはすぐ手札に変える事も可能なのだ。
「仲間に会うために、俺は本当にやるべき事をする。俺のデッキが動き出すのはこれからだ」
 ヴェルデがゆっくりした動きでカードを引き、彼のターンが始まった。

 ドナルド・マックイーンは、日本にもいくつかのマンションを持っている。
 今、彼がいる1DKのアパートだけは借りているもので、何かに行き詰った時のみここに来る。目を閉じて、何も考えないようにする時のみに使うので『瞑想ルーム』とも呼んでいる。雑念を振り払うため、ここには仕事の資料も生活に必要なものも置いていない。あるのは、仮眠を取るためのベッドだけだ。
「どうぞ」
 ベッドに腰かけて目を閉じていたドナルドは、ドアの前に立つ気配に気づいて目を開ける。ここのドアに鍵は掛かっていないし、それを知っているのは『試験官』のメンバーだけだ。
 ドアを開けて入ってきたのは、白峰だった。手には、二種類の紙袋を持っている。
「差し入れだ」
「あなたが差し入れなんて珍しいですね。大吉君はよく蕎麦を打ってくれましたが」
「あいつは蕎麦しか考えていないような奴だった」
「僕も似たようなものです」
 玄関から動かない白峰は黙ってドナルドに紙袋を投げる。両手で受け取ったドナルドは中身を見て声を上げた。
「いいですね。ゴディバにウォンカ。僕の大好物です」
 輸入食品専門の店の紙袋からウォンカのチョコバーを取り出したドナルドは、封を開けて食べ始める。そして、満足したように微笑んだ。
「ゴディバはともかく、ウォンカはガキの小遣いでも買えるような普通のチョコレートだろ?そんなもののどこがいいんだ」
「昔から食べ続けていて今になってもやめられない味だからですよ。ゴディバが好きなのとはちょっと違います」
 ドナルドはチョコバーを食べ終えると白峰を見た。
「香寿美さんが敗北してから、千里の様子がおかしいです」
「香寿美が?」
 大吉が勇騎に敗れた翌日から千里の元を去った白峰はその事を初めて知る。だが、動揺したのは一瞬だった。
「だが、俺にはもう関係のない事だ。俺は千里には力を貸さないし、俺の力も俺が生きるためだけに使う。ここに来たのも、お前に別れを言うためだ」
「そうですか」
 白峰はドアに手をかけてから、一瞬、迷ったような表情をする。そして、ドナルドを見て言った。
「お前も日本から出て行った方がいいんじゃないのか?こっちにもアトリエを作るらしいが、絵はここじゃなくても描けるだろう?」
「日本じゃなくても描けるものはありますが、日本にいないとクリアできない目的があるんです。あなたが生きるために千里から離れるのと同じように、僕は僕の目的のために千里に協力しているんですよ。心配いりません」
「そうだな」
 白峰は、納得したように頷くとドアを開けて出ていく。
「命があったらまた会おう」
と、言い残して。
 ドナルドは、ウォンカのチョコバーの余韻を楽しみながら、ゴディバのチョコを一粒口に入れる。濃縮されたような単純さのない甘みを楽しみながら、千里の事を思い出していた。
 香寿美が敗れた事を、彼女の研究所の所員から聞いた時、千里は明らかに動揺していた。心配したドナルドが、見えた未来に間違いがあったのか尋ねたが千里はいつものように「間違いはない」と答えていた。あの言葉に嘘はない。嘘はないが、香寿美の敗北だけは予想外だったのかもしれない。
 ドナルドは、ゴディバのチョコレートが入っていた容器を見る。ビジネスの意味で千里に力を貸していたが、もうすぐそれも必要ではなくなるのかもしれない。過去の思い出ばかりを見る事に固執していた彼はふとそんな風に考えた。

 勇騎の『バザカベルグ・疾風・ドラゴン』が仕事を終えて手札に戻っていく。クリーチャーを召喚しても『ラグマール』によってマナにされてしまうので、召喚酔いせず、反撃を受けない『バザカベルグ』で攻めていくしかない。
 ヴェルデは、マナからクリーチャー回収をする能力がある『霊騎サンダール』を使って、何度も『ラグマール』を使いまわしていた。このターンで『サンダール』を破壊する事に成功したが、ヴェルデの持っている『サンダール』は一枚であるとは限らない。
「おい、あんた」
 二人の戦いを見守っていた豪人に美土里が声をかける。突然の出来事に豪人は驚いた。
「赤城勇騎が何かを企んでいる。そのためには、保持者であるあんたの協力が必要だ。あいつが戦いながらそう言っている」
「彼は何も言わなかったが……そういう事か」
 美土里の能力『スタンド・バイ・ミー』は守護霊の声を聞く能力。勇騎はその能力の全てを知っているわけではないが、彼女の能力を利用して豪人に作戦を伝える事を思いついたのだ。
「だが、君はヴェルデ君の味方じゃないのか?勇騎君の作戦を伝える事は、ヴェルデ君を倒す事になるかもしれない」
「大丈夫だ。今でもあたしはあいつの味方さ。これはあいつのためになる。あたしの能力を利用されたのは気に入らないが、なかなかやる男だな」
「彼はそういう男さ」
 ヴェルデに聞こえないように作戦が豪人に耳打ちされる。作戦を理解した豪人は、それがヴェルデのためになる事だと理解し、彼の後ろに回った。
 ヴェルデの背後に回ったとしても、カードが見えるわけではない。博成達が使っている普通のカードとは違い、保持者達が使うデッキは自分にしかカードの効果が見えないようになっている。
「赤城、俺はお前に負けるつもりはない。お前を倒してこの不完全な体を治す」
 ヴェルデのシールドは残り二枚。クリーチャーは『アヴァラルド公』、『スピリット・サティーク』、『セフィア・パルテノン』の三体だ。どのクリーチャーも場に出た時に効果を発揮するアーク・セラフィムであり、シールドブレイク数も一枚なので勇騎にとって大きな脅威とは言えない。
 一方、勇騎のシールドは無傷の五枚。クリーチャーは一体も残っていないが、手札にある『バザカベルグ・疾風・ドラゴン』を使えば、二枚のシールドをブレイクし、その次のターンに直接攻撃をくわえる事も可能だ。他には、『フェアリー・アクセラー』、『デュアル・スティンガー』、『ザンゲキ・マッハアーマー』が場に残っている。
「俺を倒した後はどうするつもりだ。不完全な体で他の保持者を捜せるのか?金城はここにいるが、居場所がはっきりしない怪盗アルケーはどうする?墨川一夜も今どうなっているのか判らない。他の保持者を捜す時間がお前に残っているのか?」
「お前のデッキを奪えば、少しは回復する。するはずだ!そうすれば、探す時間は充分残っている!」
 カードを引くヴェルデの手が震えている。豪人がヴェルデの背後に回ったのもヴェルデは気がつかなかった。鎧によって彼の体は周囲の想像以上にダメージを受けているのだ。
「今、この場で俺はお前に勝つ!生きるために!」
 ヴェルデが残っていた三体のアーク・セラフィムに一枚のカードを重ねる。その瞬間、その場を閃光が包む。光が治まってから目を開いた勇騎が見たのは、彼らの上空にいる巨大な生命体『ビッグバン・アナスタシス』だった。
「俺の切り札、『超新星ビッグバン・アナスタシス』。場にいるアーク・セラフィム三体を使って進化させた」
「何て大きなクリーチャーなんだ!」
 博成が驚くのも無理はない。『ビッグバン』によって周囲の光が遮られ、勇騎達のまわりは影になっている。
「パワー13000のT・ブレイカーか。『バザカベルグ』でも倒せないな……」
「驚くのはそこだけじゃない。『ビッグバン』の力なら、この場を制圧できる!」
 ヴェルデが叫んだ瞬間、空から五つの隕石が落ちてくる。地面に激突した時点でそれらはクリーチャーに姿を変えた。
「『ビッグバン・アナスタシス』は、登場と同時に山札の上から五枚をめくり、その中から好きな数を場に出せるフェニックスだ。『ライデン』一体、『スピリット・サティーク』一体、『マルディス』一体、『サンダール』二体を場に!」
 T・ブレイカー一体に続き、五体のアーク・セラフィム。しかも、それらは『マルディス』の効果でブロッカーになっている。
「これでもまだだ。九重九十九を倒したお前にはまだ足りない。ならば……!」
 ヴェルデのマナはまだ残っている。彼は出したばかりの『ライデン』に一枚のカードを重ねた。
「進化!『聖帝ソルダリオス』!!」
 二つの巨大な馬のようなものにまたがる半身半馬の天使、『ソルダリオス』。このクリーチャーも、クリーチャーを増やす能力を持っているのだ。
「『ソルダリオス』のメテオバーン!マナから『アラク・カイ・バデス』を!そして、シールドをW・ブレイク!!」
 『ソルダリオス』によって破られていくシールド。その中にはシールド・トリガーの『地獄スクラッパー』があったが、『アラク・カイ・バデス』によって強化されたアーク・セラフィムには通用しない。
「『ビッグバン・アナスタシス』でT・ブレイク!!」
 勇騎の前で散っていく全てのシールド。その中に、状況を打破できるシールド・トリガーは入っていなかった。
「形勢逆転だな。ここからどうやっても逆転できるはずがない!」
 ヴェルデが自信を持って言うのも無理はない。『マルディス』によってブロッカーとしての力を与えられたアーク・セラフィムの完全な防御。クリーチャーを除去するにも数が多く、『アラク・カイ・バデス』によって強化されているため、パワーも高い。絶体絶命とは、まさにこの事だった。
「いや、逆転は可能だ」
 誰もがヴェルデの勝利だと考えていた時、勇騎は静かに呟く。彼のデッキから煙が立ち上り、足元に赤い歯車のような火文明のマークが現れる。『プロミネンス・ネクスト・レベル』が発動したのだ。
「未来を見ても無駄だ!俺が勝つ結末が待っているだけだ!」
「未来を見るために俺はこの能力を発動したんじゃない。いずれ、真意が判る」
 勇騎は山札からカードを引き、自分のターンを始める。このターンでヴェルデの防御を突破し、シールド二枚をブレイクし、直接攻撃をしなければ負けてしまうのだ。
「ヴェルデ、お前のデッキは確かに強い。だが、墓地に送る除去じゃなく、マナに送る除去だったのが問題だ」
 その言葉にそこにいる全員が息をのむ。マナに送る除去だからこそ、回収の方法が少なく、クリーチャーの再利用も難しかったはずなのだ。だが、勇騎はこのシステムが問題だと指摘した。
「確かにマナに送られたら対処は難しい。だが、俺のデッキならば一枚で対処できる。『ボルグゲンパク』召喚!」
 勇騎が召喚したのは、サムライのドラゴン、『ボルグゲンパク』。場に出た時に好きなだけマナにあるサムライを回収する能力を持っている。
「お前、まさかこれを狙っていたのか!?」
「ああ、お前がラグマールを使った時からな」
 勇騎の発言にヴェルデの自信が崩れる。目の前にいる火文明の保持者は、攻略不可能だと思っていた九重九十九さえも倒してしまった男なのだ。完璧なはずの自分の防御が崩されるかもしれないという恐怖を感じていた。
「三枚のカードを回収した。その内の一体は、『ポッポ・弥太郎・パッピー』だ!」
 勇騎の手から放たれたカードから、一体のファイアー・バードが出現する。それは、サムライやドラゴンを守る軽量なクリーチャーだった。
「この時点で使ったのは7マナ。お前の除去と『フェアリー・アクセラー』の効果で俺のマナにはまだ余裕がある!」
 ヴェルデの使ったデッキの弱点の一つ。相手のクリーチャーをマナに送るために、相手も多くのマナを手に入れてしまう点がそれだ。今、その弱点がヴェルデを追い詰めていた。
「でも、勇騎君が使えるマナは残り5枚。『マッハアーマー』をクロスするのにも4マナかかるし、それじゃ『バザカベルグ』は呼べないよ!」
「大丈夫だ、一ノ瀬。俺はこのターンで決着をつける」
 勇騎は落ち着いた表情で博成に答えると、持っていた切り札を表向きにしてヴェルデに見せる。
「奇遇だな。俺の切り札も『ビッグバン』と同じようにクリーチャーを増やす進化クリーチャーだ。『ボルグゲンパク』と『ポッポ・弥太郎・パッピー』を『戦極竜ヴァルキリアス・ムサシ』に進化ボルテックス!!」
 二体のサムライを進化元に一体のサムライドラゴンが誕生する。巨大な剣を持ったそのクリーチャー、『ヴァルキリアス・ムサシ』は剣の先をヴェルデが指揮するアーク・セラフィムの軍勢に向けた。
「『ヴァルキリアス・ムサシ』は、場に出た時に俺の手札から二体のサムライを呼び出す。一体は、『バザカベルグ・疾風・ドラゴン』。もう一体は『ボルバルザーク・紫電・ドラゴン』だ!!」
 『ムサシ』の横に並ぶ二体のサムライ。『ボルバルザーク・紫電・ドラゴン』は、二回の攻撃が可能なW・ブレイカーのドラゴン。勇騎は一枚の切り札で戦局を変えようとしていた。
「『バザカベルグ・疾風・ドラゴン』に『デュアル・スティンガー』をクロス!アタックトリガーで『マルディス』を破壊!」
 『バザカベルグ』が目の前に立ちふさがる『マルディス』を難なく破壊してシールドに進んでいく。だが、その前には『アラク・カイ・バデス』が立ちふさがった。
「止めた!止めたぞ、赤城!」
「ああ、止められたな。だが、俺の二体のサムライの攻撃は誰が止めるんだ?」
 『マルディス』が破壊され、『アラク・カイ・バデス』が破壊された事でヴェルデのブロッカーは一体もいなくなった。強固な防御陣を突破したのだ。
「『ヴァルキリアス・ムサシ』!シールドをW・ブレイク!!」
 『ムサシ』が持っていた二本の剣がシールドを真っ二つに切り裂く。崩れていくシールドの中にシールド・トリガーはない。
「く……!そんな……、俺は帰れないのか!?帰れずに負けるのか!」
 ヴェルデの顔が変わっていく。人間だった顔から、銀色の狼のような獣の姿に。その姿を初めて見る者達は、ヴェルデの体を覆う鎧を見た時と同じように驚愕していた。
「金城!今だ!」
 その勇騎の言葉を聞いて、ヴェルデは自分の背後に豪人がいた事に気づく。豪人は腕を組んだまま、手に持っていた『ネオウエーブ』を光らせた。
「ヴェルデ、お前は帰れ」
 背後の豪人に気を取られていたヴェルデは、再び、勇騎の方を向く。
「俺は『プロミネンス・ネクスト・レベル』でお前が仲間のいる世界に帰る未来を見た。今から俺達がその道を作る!」
 驚く博成達の前で、『ボルバルザーク・紫電・ドラゴン』は左の刀を振るう。直接攻撃かと思って身構えるヴェルデだったが、それはヴェルデに当たらず背後の空間を切り裂いた。その裂け目から別の世界が見える。
「オ……オオオッ!!」
 もう人語を話せなくなっているヴェルデは、吠える事で気持ちを表す。そこに映るのは彼が住んでいた自然文明の世界だ。
「イチかバチかだったが、成功したな。俺の『プロミネンス・ネクスト・レベル』と金城の『ネオウエーブ』の波長をうまく合わせればできると信じていた。だが、そう長くは……持た、ない……」
 勇騎の息が切れてくる。別の世界とつながる道をコントロールするほどの力だ。体に負担がかからないはずがない。
「ヴェルデ!最後の一撃だ!歯をくいしばれ!」
 『ボルバルザーク・紫電・ドラゴン』の右の刀の斬撃がヴェルデの胴体に炸裂する。それによって、体を覆っていた鎧が砕け、顔と同じ銀色の体毛が露出した。
「紫電の直接攻撃のエネルギーを利用してお前を自然文明の世界に飛ばす。鎧が体を覆っていたからできた事だ。鎧がない生身の肉体だったら、耐えられたかどうか判らなかったがな」
 ヴェルデの姿は、空間の裂け目に吸い込まれて消える。やがて、その裂け目も消えていった。
 犬の遠吠えのような声がその場に響く。感謝の感情を表しているようなその声はしばらく続いた。
 美土里は地面に落ちていた『グランドクロス』を拾うと、戦いを終えた勇騎の前に持って行った。
「あんた達の事、この世界での仲間だって」
「俺達に?」
「ああ、最後に「ありがとう」ってあいつが言ってた」
 勇騎は『グランドクロス』を受け取る。
 ヴェルデの長い戦いは終わった。彼はこの世界の仲間に囲まれて去って行った。そして、これから故郷の世界で仲間達と暮らすのだ。
「行こう」
 勇騎はそこにいる仲間達を連れて歩く。ヴェルデとは違う自分達の“これから”を守るために。

 第三十話 終

 第三十一話予告
 ドナルド・マックイーンが青海ゆかりに宛てた招待状。怪盗アルケーの正体が彼女だと知っている彼は、アルケーと話をするために一人で来るように指定する。
「僕のアトリエへようこそ」
 アルケーを最大の理解者だと信じる男、ドナルド・マックイーンと怪盗アルケーの奪い合いが始まる。
 第三十一話 絵画
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