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『コードD』File.15 見えない刃

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
トライアンフに敗れた倉員瀬里奈(くらいんせりな)と木口元喜(きくちもとき)。教会で休む二人の前に現れた謎の男、全(ぜん)は瀬里奈が作られた人格であると話す。瀬里奈の人格は消え去り、その肉体だけが残った。元喜は本来名乗っていた幻(げん)という名前で全と共にトライアンフを倒すための行動を開始する。
 一方、相羽征市(あいばせいいち)は、幻が念のために仕掛けておいたコンピュータウイルスのプライズを撃破した。しかし、ウイルスのプライズはすでにバックアップのために別の母体を作り出し、すぐにそこから攻撃用のウイルスを発信し始めた。琴田菜央(ことだなお)の誘導でウイルスプライズの母体がいる場所を探す征市、遠山陸(とおやまりく)、若月湊(わかつきみなと)の三人。ウイルスの妨害を受けながらも三人は母体が隠されていた廃工場に到達し、陸が母体を倒すのだった。

  File.15 見えない刃

 陸、彩弓(あゆみ)、湊の三人はその日も征市の家に来ていた。ダイニングに集まった四人は昼食を食べると、それぞれが好きな飲み物を飲んでくつろいでいた。夏の暑さからも日頃の仕事や勉強からも解放されるゆったりとした時間を過ごした後、征市は三人に「見て欲しいものがある」と言った。何が起こるのか待っている三人をよそに、征市は部屋の隅にあった丸い小さなテーブルを動かし、その上にコップや犬の形をした小さなスポンジやサイコロなど色々なものを置いていった。
 準備を終えた征市は三人を見ると、陸にデジタルカメラを渡し、
「今から、食後の余興としてマジックショーを始める」
と、言った。そして、手を叩いて三人の拍手を促す。最初に彩弓が拍手をし始め、湊がそれにつられて拍手をする。陸は、征市の手品のタネを見破ろうとして、まばたきもせずにその様子を見ていた。すると、拍手をする征市の手から赤い花びらが出てきた。それも一枚ではない。何枚もの花びらが華吹雪のように征市の手から出てくるのだ。
「すっごーい!」
 驚く彩弓を見て満足した様子の征市は
「まだまだこれからだぜ。次はこのスポンジを使った手品だ」
と、言って犬の形をした手のひらに載るくらいの大きさのスポンジを二つ手に取って観客に見せた。その後も征市は様々な手品で三人を魅了していった。陸は、時折デジタルカメラで写真を撮っている。
 十分ほど手品を続けた征市は、陸が飲んでいたコーラの瓶に別の瓶から移した水を入れた。それを三人に見せる。
「まずはこれを見てもらおうか。この瓶には水が入っているのが判るな?」
 征市が瓶を軽く振ると、中に入っていた水が揺れて音がする。征市は瓶の口を右手でつかみ
「で、それをこうやって念じて……」
と、言って左手で指を鳴らす。そして、瓶の口を下に向けた。
「あぁ!駄目だよ!そんな事したらこぼれちゃうよ!」
 彩弓が椅子から身を乗り出すが、瓶の口からは何もこぼれなかった。
「セーイチさん、そんなちゃちな手品じゃ僕は驚きませんって。蓋をしたんでしょ?」
 陸が笑いながら解説をして、彩弓も納得をした。だが、征市は微笑んだまま
「そう思うだろ?それじゃ、ここからが本番だ。テーブルの上からマッチ棒を取る」
 そう言って、マッチ棒を一本取って三人に見せる。すると、逆さにした瓶の口にそれを刺した。それだけではなく、マッチ棒を押し込んで瓶の中に入れてしまったのだ。
「げぇっ!どうなってんの?」
「不思議、ですね……」
 陸が目を向いて驚いている顔が気に入ったのか、二本目のマッチ棒を取り出してそれも押し込む。逆さになった瓶の中で二本のマッチ棒が泳いでいた。
しばらくその様子を見せた征市は、瓶を元の位置に戻すと瓶の口に右手を置いて左手で指を鳴らした。
「これでOKだ。瓶はどうなっていると思う?」
「どうなったんですか?」
 手品を始める前はそれを馬鹿にしていた陸も、今では彩弓と同じように身を乗り出して征市の手品を見ている。征市はコップに瓶の中に入っていた水を入れながら
「ほら、この通り。ただの瓶に戻ってしまったんだ」
と、言った。陸は腕を組んでその様子を見ている。そして、空になった瓶をしばらく見てこう言った。
「判りましたよ!瓶に仕掛けがしてあるんです!」
「じゃあ、見てみるか?」
 陸は、征市に渡された瓶を隅から隅まで見落としがないようにしっかり見る。だが、それは普通の瓶だった。陸が買ってきたコーラの瓶なのだから、仕掛けをしていない事は陸が一番よく判っていた。
「悔しいな。今日のところは僕の負けにしておいてあげましょう」
「いつも手品のタネ明かしをするって言うけれど、一度も成功してないじゃねぇか」
「トランプマジックなら僕は得意なんですよ。あれだったら、判ります」
「トランプを使ったのはしばらくはやらねぇよ。この手品は全部外でやるからな」
「ひょっとして開港百五十周年祭の時のですか?」
 征市が次の手品をしようとして新聞紙を手に取ると、湊が聞く。征市も興奮した様子で、
「そう!そうなんだよ!とうとう、俺も簡単なマジックショーをやらせてもらえる事になったんだ。俺一人でやるわけじゃないけれど、すごく楽しみなんだ!」
と、答える。
「わたしだけじゃなくて陸君や湊ちゃんを呼んだのは、練習の成果を見てもらうためなんだね」
「ああ、そうだ。陸に写真を撮ってもらったのも、動きにおかしいところがないのかチェックするためだ。陸だったら、後で手品のタネを考えるために疑わしいところで写真を取るだろうからな」
「げ……。僕の性格を利用したんですか」
 陸は征市に渡されたカメラを見る。陸は、征市が考えているように手品のタネを見抜くために何か仕掛けをしたと思われる場所で何枚か写真を撮っていた。そこで不自然なものがなければ征市の手品はそれだけ完成している事になる。
「どうだ?怪しいところはあったか?」
「動きに問題はないですね。一つ問題があるとすれば、セーイチさんの顔に問題があるところじゃないですか?」
「顔に?」
 陸の言葉を聞いて、征市は顔を曇らせる。手品というものは一種の演技のような部分もある。表情が硬ければ、それでタネや仕掛けがバレてしまう事があるのだ。
「表情とか視線とかに問題があったって事か?」
「ええ。僕みたいにナイスガイな顔ならいいんですけど、セーイチさんの顔じゃ公衆の面前で手品ショーをやるのは控えた方がいいでしょう。ピエロのメイクをすれば……いや、視線がいやらしいな」
「顔に問題ってそういう意味かよ!」
 征市は、陸の言葉の真意を理解して肩を落とす。陸は改めて、カメラで征市の動きをチェックしていた。陸が厳しい目で見ても、征市の動きに問題があるようには見えない。何度見てもタネも仕掛けも判らなかったからだ。
「冗談は抜きにして言うと、問題のない動きだと思いますよ。いつか、絶対タネ明かししてやりますけれどね。そうだな……。百五十年祭でセーイチさんが手品の出し物をしている時にしようかな?」
「陸君!そういう空気読めない事はしちゃいけないんだよっ!」
「陸さん……」
 彩弓と湊に冷たい目で見られた陸は、慌てながら
「冗談だよ!冗談だってば!そんな事しないって!」
と、弁明するが、二人の視線は変わらない。助けを求めるように征市を見るが「日頃の行いだろ」と、素っ気ない。周りを全員敵に回すような空気に耐えきれず、陸は天を仰いだ。すると、タイミングよく彼の携帯電話が軽快な音を鳴らす。
「お、電話だ、電話だ」
 わざとらしい声で陸は携帯電話を取り出し、通話を始める。通話の相手は菜央だったらしく、「あ、もしもし、リーダー?」と言った。
「はいはい……えっ!?判りました。今から、セーイチさんと湊君を引っ張って新Y駅に行きますよ」
 会話の中で自分達の名前が出たのを聞いて、征市と湊は反応する。陸は通話を終えて携帯電話を閉じると、二人の顔を見た。
「がんばってねっ、征市君!今から悪い奴らをやっつけに行くんでしょ!?」
「そうかもな」
 征市は、彩弓の言葉に頷いた後、陸に聞く。
「プライズか?」
「いえ、人を迎えに行くってだけの話ですよ。前のリーダーが新Y駅に来るらしいんで迎えに行けって」
「陸さんが話してくれた一真(かずま)さんですね?」
 湊の問いに陸は頷く。
 貴田一真(たかだかずま)は、昨年九月のトライアンフ襲撃事件の時までリーダーとして活躍していたデュエリストだ。トライアンフ最強の実力を持つデュエリストで、人望も厚く頼りになる男だった。襲撃事件の負傷により、今では一線を退いている。
「一真さんが何で来るのかは判らないけれど、行ってみようか。ほら、セーイチさんも支度して下さいよ!」
 陸に言われて、征市は慌てて赤いブレザーを羽織る。中にいた四人全員が外に出ると、彩弓だけが別れて三人のデュエリストは新Y駅に向かった。
 新Y駅は征市達がいるQ区から市営地下鉄で十駅離れた場所にある。他の電車への乗り継ぎが楽なのは新Y駅から七駅離れたY駅なのだが、新幹線が繋がっているため、新Y駅も利用者が多い。横に並んだ自動改札の近くに三人が探している車椅子の男はいた。
「一真さん!」
 陸が呼ぶと、その男は車椅子の車輪を回して移動する。
 非常に短くまとめたこげ茶色の髪に、多少、縦長の顔。黒いタンクトップから健康的に日焼けした肌と鍛えられた筋肉が見えた。
「久し振りだな、陸。新しいトライアンフはうまく行っているか?」
「ええ、もちろんですよ!」
 一真は陸の顔を見て笑った後、征市と湊を見た。
「君達がトライアンフの新しいメンバーか。俺は貴田一真。トライアンフのリーダーをしていた」
 そう言うと、一真は二人の顔を見て
「少しの間、陸と大事な話をしなければならないんだ。悪いけれど、二人は先にトライアンフの事務所まで帰っていてもらっていいかな?」
と、聞いた。
「一真さん、この二人は僕の仲間ですよ!僕達二人じゃないと駄目なんて……」
 陸が反論するが、その肩を征市が叩く。
「いいじゃないかよ。自己紹介とかは、後でしてもらえばいいわけだろ?」
 征市は陸にそう言うと、一真を見て
「じゃあ、俺達は先に事務所に戻ります。また後で」
「ああ、またな」
 征市と湊が市営地下鉄の駅に向かうのを見届けて、一真は車椅子を押した。陸が押そうとしたが「いいから」と、一真は自分で動かす。
「菜央とはよくメールをして近況を聞いていたんだ。元喜の相手は大変だったんだろうな」
「本当ですよ。味方だった時は、あいつのやり方で助かった時もあったけれど、敵に回すととんでもないですね」
 陸の言葉を聞いて一真が軽く笑う。そして、陸の顔を見上げると
「トライアンフをお前と菜央に任せた時はここまでやれるとは思わなかった。魔法警察と一緒にコードDの中でも簡単な事件なら解決できるだろう、くらいにか思っていなかったよ。トライアンフを潰した奴らまで倒してしまうとはな」
と、話す。陸は驚いた顔をしてこう言った。
「もしかして、一真さんが僕の事を褒めてる?本当に褒めてくれてるんですか!?」
「ああ」
 間髪入れずに一真が答えると、陸は飛びあがって喜んだ。その様子に、近くにいた通行人が目を向ける。だが、陸はそれすら気づかずに
「一真さん!メールじゃ伝わらなかった事まで細かく話しますよ!まずは、元喜の野郎がK公園に現れたところからかな」
と、身振り手振りを加えて、元喜との戦いを一真に解説する。
「なるほど。メールじゃ細かいところが省略されていたから、助かるな。元喜は、今もトライアンフにいた頃と同じようなデッキを使っていたのか」
「そうなんですよ。で、元喜はリーダーが倒しちゃったんですよ。戦ってるところ、僕も見たかったなぁ……」
 二人は、駅を出ると近くのオフィス街を歩く。昼休みが終わった後という時間のせいか、道を歩く人はほとんどいなかった。一真は広い道で急に車椅子を止める。
「一真さん、どうしたんですか?」
「陸、お前は立派にやっているんだな」
 一真は陸の問いに答えず、話を始める。
「大事な話があるって言っただろ?陸が立派にやっているのを聞いて確信が持てた」
「一真さん、何を言って――」
「陸」
 陸が聞こうとするのを、一真の言葉が止める。今まで和やかに話をしていた時とは違う一真の顔がそこにあった。それは、陸がかつて何度か見た一真の表情だった。陸や部下達に重要な指令を与える時はこの顔をする。
 陸は、全神経を一真が言う言葉を聞きとるために集中させた。
「お前、トライアンフを裏切って俺の組織で働け」

 暗い部屋。
 ベッドから起きた幻は、自分の体力が戻っていくのを感じていた。まだ体が思い通りに動くわけではないが、トライアンフに負けた時に比べると大違いだ。体中を支配していた不快感と力が抜けるような感覚がなくなっている。
「幻!起きたのねっ!もう、具合はいいのっ!?」
 長く伸びた黒い髪と頭の上半分を隠す白い布。黒で固めた服に白いマント。全身が白と黒で構成されたその男、全は、幻が目覚めた事に気がついたのか近づいてくる。幻はベッドから降りようとして周りの景色の違いを見た。
 いつもだったら、自分達は教会にいるはずだ。だが、幻の前に広がるのは薄汚れた教会の内装ではなかった。
 コンクリートが打ちっぱなしの壁に高い天井。そして、巨大な丸いカプセルがいくつも壁に並べられていた。そのカプセルの中には、奇妙な液体と人間のような生物が入っている。
「そうだね。君はこういう事が得意だった」
「そうよ。小生のかわいい子供達よっ!素晴らしいでしょう?」
 周りにあるカプセルの中身を指して、自慢するように胸を張って全が言う。
 幻は、教会に戻ってから今までの事を思い出していた。倒れて動けなくなった幻を、全は教会の地下に作られた彼の研究所まで連れてきたのだ。奥には、大きな椅子に座ったまま動かない瀬里奈の肉体があった。
「幻、お前はあれから一週間も寝ていたのよ」
「そうかい。僕が寝ていた時に何があった?」
 心配そうな口調で話す全に幻は聞く。
「そうねぇ……。あなたが作ったコンピュータウイルスのプライズがトライアンフにやられた事くらいかしら。いい具合に暴れてくれんだけれど、もうちょっとだったわねっ!」
「そうだよね。あれくらいで倒せる奴らじゃない、か……」
「落ち込む事はないわっ!小生の子供達があんな奴ら何とかしてやるわよっ!」
「僕は動けないから期待しているよ。君の怪人の働きにね」
 自信満々に言う全に対し、幻は軽く声をかけるとカプセルを見た。
 全が作り出しているのは怪人だ。プライズや様々な物をベースに生み出された人型の生命体。もちろん、デュエル・マスターズカードを使う事もできるので、トライアンフのメンバーのようなデュエリストを倒す事も可能だ。
「あれ?」
 カプセルを注意深く見ていた幻は、一つだけ空になっている事に気がついた。中に入っていた液体が外にも飛び散っている。
「あのカプセルはどうしたんだ?」
「あれにも素敵な子供が入っていたわよっ!今日から外で動かしているのっ!」
「へぇ、そうかい」
 幻はそう言うと、全が過去に怪人を暴れさせた時の事を思い出した。その時も怪人は多くの人を殺し、それを止めに来た魔法使いも手に掛けた。
「面白いな。プライズなんかとは比べ物にならないかもしれないね」
「そうでしょ。だから、しばらくは小生に任せて休んでなさいっ!」
 全の言葉を聞いて、幻は再び、ベッドにもぐり込むと目を閉じた。
「次に目を開ける時までに、その辺りにトライアンフの奴らの首でも並べといてよ」
と、言って。
「いやねぇ、幻は。首だけ並べるなんてそんな気持ち悪い事できないわっ!」
 全は嫌がりながらも、自分が送り出した怪人がそれだけの成果を上げる事を期待していた。それだけの自信があるのだ。
「さあ、早く私の子供の犠牲になりなさいっ!」

 陸は一真の言った事を理解できなかった。目を見開いたまま、一真を見続ける。
「え……?今、一真さん、何て言ったんですか?」
 そう聞き返すのが精一杯だった。聞き返した陸に対して、一真は再び、こう言った。
「トライアンフを裏切って俺の組織で働け。そう言ったんだ」
 裏切り。一真は間違いなくそう言ったのだ。
「冗談はよして下さいよ、一真さん。似合わないですよ、そんなの」
「冗談で言っているわけじゃない」
 必死になって絞り出した陸の言葉を、一真は簡単に否定する。そして、彼は言葉を続けた。
「元喜をお前達の元へ向かわせたのは、お前達の実力をテストするためだった。奴は未来のライバルを恐れたのか、お前達を倒そうとしていたが、その結果、どうなったか判るだろう?」
「僕達が……勝った」
「その通りだ」
 一真は、車椅子の車輪を押して陸の前まで来ると正面から彼を見た。
「元喜から送られた報告を見て、お前が俺の部下として最適だと思った。来いよ、陸。菜央を倒してトライアンフじゃない別の組織を作るんだ」
 一真が差し出した手を陸は叩く。そして、怒りを顔に浮かべてこう叫んだ。
「ふざけんなよ!アンタも元喜と同じで裏切り者かよ!アンタみたいな奴は……っ!!」
 陸が首から提げたループタイのカメオのドクロが怪しく光る。すると、陸の右手に黒い光が集まり、その光が金属製のデッキケースを形成した。それを見た一真は、何も言わずに右手を天にかざす。緑色の光と共に、一真の右手に金属で出来たデッキケースが収まった。そのケースは長年使っているのか、表面に多数の傷がついている。その傷の一つ一つが陸との経験の差を物語っているようだった。
「陸、俺のやり方は判っているな?口で言って判らない奴は、殴って判らせる」
「アンタの言う事なんか理解してたまるかよ!」
 二人の前に現れる黒と緑の波長の違う五枚のシールド。かつての師であり、上司でもある一真を相手に陸の戦いが始まった。
「《幻緑の双月(ドリーミング・ムーンナイフ)》!」
 一真のバトルゾーンに最初に現れたのは、小さなフェレットのようなクリーチャーだった。持っていた槍のようなものを左右に振ると、一真の手札が緑色の光を発しながら、マナゾーンへ移動する。
「そんな雑魚クリーチャーなんかこうしてやる!」
 陸が、三枚のマナゾーンのカードをタップすると、一枚の黒いカードを自分のシールドに投げる。そのカードがシールドと融合する、そこから黒いツタが伸び、《幻緑の双月》を締め付けた。《幻緑の双月》の肉体が砕け散る事で、その拘束は終わった。だが、一真のバトルゾーンには獲物を狙うようにまだ黒いバラのツタが蠢いている。
「《ローズ・キャッスル》をシールドにつけた。これで、簡単にクリーチャーは召喚させない!」
 一真はその様子を見て口元に笑みを浮かべ
「少しはやるじゃないか」
と、嬉しそうに言った。
「だが、この程度ではまだまだだな」
 一真が一枚のカードを場に投げると、それは赤い光を発して、いくつものペンチやドライバーでできた怪獣のような形のクリーチャーへと変化した。両腕と頭部がペンチそのものであり、何かを挟むようにせわしなく動いている。そのクリーチャーを見て、陸の動きが止まる。
「《マイキーのペンチ》か!」
「そうだ。お前もよく見た事があるだろう?」
 一真が召喚したクリーチャー、《マイキーのペンチ》はパワーが2000しかなく、攻撃という点で考えるならば貧弱なクリーチャーだ。しかし、このクリーチャーの真価は攻撃にあるのではない。それが判っている陸は、早く《マイキーのペンチ》を破壊しようとしてカードを引く。だが、手札の中に《マイキーのペンチ》を倒せるカードはない。
「《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》を召喚」
 陸は、《青銅の鎧》を出す事でマナを増やす事にした。現時点で倒す事ができないのならば、《デーモン・ハンド》のような除去呪文が使える状態になるまでマナを増やせばいいと判断したのだ。それを見て、一真は鼻で嗤った。
「《マイキーのペンチ》を止められなかったようだな。これで終わりにしてやるよ」
 一真は、カードをドローすると五枚のカードをタップする。マナから現れた光が一真の手札に合ったカードを包み、そのカードはバトルゾーンに移動する。光から現れたのは、体中を巨大な角で覆った琥珀色の獣だった。歩くたびに地面が揺れ、音がする。
「《鳴動するギガ・ホーン》!仲間を呼べ!」
 一真に命じられた《ギガ・ホーン》は、体中の角を光らせる。すると、一真の山札も同じように光り始め、宙に浮いた。宙に浮いたカードの束は一枚ずつ一真の前に飛んでいき、その姿を晒した。腕を組んでそれらを吟味した一真はその中の一枚を手に取り、陸に見せる。すると、他のカードはまた山札の形に戻っていった。
「俺がくわえるのは、《誕生の祈(バース・アイ)》だ」
 陸はそのカードの存在もよく知っていた。《誕生の祈》は相手シールドを攻撃してブロックされなかった時に、《ギガ・ホーン》と同じようにクリーチャーを手札に加える能力を持っている。
「《ギガ・ホーン》の仕事はまだ終わりじゃない。《ペンチ》!《ギガ・ホーン》を起こせ!」
 一真の命令を受け、《マイキーのペンチ》は敬礼すると、尻尾に生えたドライバーを飛ばす。飛んでいったドライバーが《ギガ・ホーン》の頭に刺さると、その目が赤く光り、《ギガ・ホーン》が吠えて動き出す。その足が向かった先には、《ローズ・キャッスル》をつけて要塞化された陸のシールドがあった。《ローズ・キャッスル》のバラのツタを蹴散らしながら、《ギガ・ホーン》は地面を蹴って突撃する。体当たりを受けて、そのシールドは粉々に砕け散っていった。それと共に、バラのツタが消える。
「《マイキーのペンチ》の効果か……。いつも思うけれど、厄介だよな」
 一真のバトルゾーンにあるクリーチャー、《マイキーのペンチ》は、自然文明か闇文明のクリーチャーにスピードアタッカーを追加する能力を持っている。今のように召喚されたばかりのクリーチャーがいきなりシールドをブレイクする事も可能なのだ。
「だったら、こいつだ!」
 陸が《デーモン・ハンド》を場に投げる。そのカードから現れた無数の黒い手が《マイキーのペンチ》の体をつかみ、バラバラに分解していった。さらに、陸の《青銅の鎧》が槍でシールドを貫く。
「どうだ!これで、奇襲は成功しない!」
 《マイキーのペンチ》がいなくなった事で、確かに一真のデッキの機動力は低下した。だが、彼はそれすらも気にしていないのか、表情を変えずにカードを引いた。
「《青銅の鎧》を召喚。さらに……」
 呼び出された《青銅の鎧》の効果で、一真のマナは七枚になっていた。残ったマナを全てタップすると、一真は一体のクリーチャーを召喚する。
「《マイキーのペンチ》を召喚」
 陸の前に再び《マイキーのペンチ》が立ちふさがる。ドライバーを頭に打ちこまれて《青銅の鎧》も動きだした。
「《マイキーのペンチ》は俺のデッキにとって重要なクリーチャーだ。一体だけだったとでも思ったのか?」
 一真の言葉と共に《ギガ・ホーン》が《青銅の鎧》を踏みつぶし、《青銅の鎧》の槍が陸のシールドを貫く。
 その動きと自信を見て、陸は座っているはずの一真が自分よりも大きく見えた。巨大なオーラに怯え、カードを手から落としそうになる。
「負けるかよ。裏切り者なんかに負けるか!」
 それでも、陸は自分の中にある闘志を振り絞ってカードを引いた。そして、巨大なデーモン・コマンド《甲魔戦攻ギリメギス》を召喚した。
「勝つんだ。僕は必ず勝つ!」
 陸は、奥歯を強く噛みしめて一真を睨む。一真は、カードを引くとそれを見て
「これで、全てが終わる」
と、宣言した。七枚のカードが全てタップされ、一真が引いたカードにその全てのマナがささげられる。
「お前はこの切り札を見るのは初めてだったな。見ろ!これが俺の切り札だ!」
 一真がバトルゾーンに投げたカードによって大地が震える。その振動は《ギガ・ホーン》を召喚した時とは比べ物にならなかった。そのカードから現れたのは、緑色の長い体をした龍だった。その龍の周りをいくつものオレンジ色の球体が浮いている。陸が数えてみると、その球体は一真のマナゾーンにあるカードと同じ数だけあった。
「俺の切り札《緑神龍バグナボーン》。パワー9000のW・ブレイカーだ。緑神龍だけあって、《マイキーのペンチ》の効果でスピードアタッカーになる」
 陸はそのクリーチャーの圧倒的なパワーを感じていた。《ギリメギス》と同じ9000のパワーを持ち、W・ブレイカーでスピードアタッカーの切り札。それが陸を見ていた。
「こいつらで総攻撃を仕掛けたら勝てそうだな。《バグナボーン》でシールドを攻撃!」
 《バグナボーン》がその巨大を揺らしながらシールドに近づく。その途中で、オレンジ色の球体が一つ砕けるのを陸は見逃さなかった。
「何をした!?」
「《バグナボーン》のアタックトリガーだ。よく見ていろ」
 地面がひび割れ、そこからバケツをかぶった侍のようなクリーチャーが飛び出す。命と引き換えにシールドがブレイクされるのを防ぐ《斬雪妖精バケット・バケット》だ。
「《バグナボーン》が攻撃する時、俺はマナゾーンにあるパワー3000以下のクリーチャーを出す事ができる。そして、出したクリーチャーも当然、《マイキーのペンチ》の効果でスピードアタッカーになる」
 一真の説明通り、《バケット・バケット》の頭にも《マイキーのペンチ》から飛び出したドライバーが刺さる。
「W・ブレイク!」
 《バグナボーン》の巨体が陸のシールドを砕いていった。その中にシールド・トリガーはなく、残り一枚のシールドだけが陸を守っていた。陸は呆然とした表情で最後のシールドを見つめている。
「これで終わりだな、陸。《ギガ・ホーン》でシールドをブレイク!」
 一真の命を受け、《ギガ・ホーン》が最後のシールドに向かって突進していった。

 征市と湊は、トライアンフ事務所の最寄り駅で降りて、山城公園の散歩道を歩いていた。平日の午後だが、いつもより人が多い。
「今日は人が多いですね」
「夏休みが近いからだろ。午前で授業が終わる学校もあるだろうし。それより、早く事務所行こうぜ。外は暑過ぎる」
 征市は上着を脱いで歩きだした。湊も今では夏服だ。いつも来ている黒い長袖のセーラー服とは違い、半袖で白と青のセーラー服で行動している。
「一真さん、陸さんとどんな話をするんでしょうか?」
「さあな。二人だけでする大事な話だっていうんだから、前のトライアンフの話かもしれないぜ?」
 そう言って、征市は過去のトライアンフの活動について考えていた。一真だったら、総一郎の行方について知っているかもしれない。そんな期待があった。
「前のトライアンフの事、僕はあまり知らないです」
「俺も詳しく教えてもらった事はないよ。色々なデュエリストがいたって事くらいかな」
「一真さん以外にも、トライアンフに戻って来てくれる人がいいですね」
「そうだな」
 トライアンフには、現在、征市達四人しかいない。一真のように実力のあるデュエリストが現場に復帰してくれれば、それだけ一人当たりの負担も減る。さらに、征市よりも目上のデュエリストがいれば、プライズに関する事件の知識や経験の豊富さで頼る事もできる。
「一人でも経験豊富なデュエリストが増えるってだけで心強いよ。元喜みたいに裏切り者じゃなければいいけどな」
「そんな事はないと思います。よく言えないけれど、一真さんからは悪いオーラみたいなものは感じませんでしたし……。それに、裏切り者が出るような予知夢も見ていません」
「なら、安心だ」
 二人は、その後も夏の日差しに照らされながら歩いていた。だが、征市が立ち止まり、湊もそれに合わせて止まる。一瞬、何もなかったはずの場所に巨大な魔力の爆発のようなものが現れたのを感じたのだ。
「どこだ?湊は見えたか?」
「いえ……。魔力は感じたんですが、プライズも魔法使いも見えませんでした」
 二人は周囲を注意深く見ていた。すると、近くにあった木が倒れる。その先には、歩いていた女子高生が数人いた。倒れてくる木に気づかず、そのまま歩き続けている。
「くそっ!」
 征市は、飛びだすとカードを一枚出して右手で持つと、それで木を受け止めた。それを見て初めて何が起こったのか理解したのか、女子高生達は驚いた顔で倒れている木とそれを受け止めている征市を見た。
「いいから……早く逃げ、ろ」
 喉から絞り出すような声で征市が言うと、女子高生達は逃げ始める。それを横目で確認した征市は、カードに自らの魔力を集めて木を粉砕した。
「はぁ……。環境団体なんかが見たら、俺が悪人扱いされそうだな」
 冗談を言いながら、征市は周囲を見る。湊も征市の傍に近づいて同じように周囲を警戒した。目には見えないが、どこかに敵がいるのは間違いない。二人が見張っていると、遠くで何かが倒れる音と、人々の悲鳴が聞こえた。
「行くぞ!」
 征市の合図と共に二人は走り出して、その場に近づく。その場所は、山城公園の外れにあるYスタジアムへ向かうための道だった。そこでも多くの人々が、倒れた木の下敷きになっていた。倒れている木は一本ではなく、何本もの木が倒れている。
「ひどい……。何て事を!」
 湊がそう言ってカードを取り出し、木に投げつける。魔力を帯びたカードによって木は粉々に粉砕された。征市も同じように他の木を破壊する。
「怒りをぶつけるのは後だ。今は、この人達を病院に連れて行かないとな」
 携帯電話を取り出して征市は番号をプッシュする。救急車を手配した後、魔法警察にも電話をかける。
 二ヶ所への連絡を終えた征市には、疑問に思う事があった。一瞬の魔力の爆発があった事以外、あの場所で異常はなかった。魔力以外に征市が確認できたものはない。視覚では何も捉えられなかったのだ。
「見えなかったけれど、そこに存在したのか。それとも、猛スピードで移動したのか。どっちにしでも厄介なものが動き出しているみたいだな」
 征市は、苦い顔で呟く。その目に敵の姿は見えない。だが、その場に残された悪の香りをかぎ取る事はできた。怒りで手が震えるのを感じながら、征市は被害にあった人々の元へ歩き出す。

「シールド・トリガー!《デーモン・ハンド》!」
 《ギガ・ホーン》がブレイクしたシールドから黒い手が現れて、《マイキーのペンチ》を殴りつける。その結果、《マイキーのペンチ》の効果で生み出されたドライバーは消え、《バケット・バケット》は動きを止めた。
「ギリギリで助かった。だけど……」
 自分のターンになって陸は、一真の場を見る。四枚のシールドに加え、切り札の《バグナボーン》に《ギガ・ホーン》。そして、シールド・セイバー能力を持っている《バケット・バケット》がいる。
 陸のシールドは全て破られてしまった。そして、クリーチャーも《ギリメギス》一体のみ。完全に追い詰められていた。
「失望したな」
「何?」
 一真は見下したような表情で陸を見ていた。その目つきが陸を苛立たせる。
「元喜の報告を読んで期待していたんだが、期待外れだったと言ったんだ。この程度の実力だったら、お前はいらない。一緒にいた二人を連れて行く」
 一真はゆっくりと右手を上げ、人差し指で陸を指した。
「お前は、ここで終わりだ」
 陸は何も言わない。ひったくるようにしてカードを引くと、それを見た。そのカードを見て、陸の顔に残酷な笑みが浮かぶ。その表情を見て、一真の表情が変化する。まだ戦いが終わっていない事を感じた表情だ。
「終わりって言った?そっちが終わりなんだよ!こいつで終わらせてやる!」
 陸は八枚のマナをタップすると、今引いたばかりのカードにその全てのマナを注ぎこむ。そのカードは陸の手を離れ、《ギリメギス》に刺さった。カードから生まれる黒い光が、《ギリメギス》の肉体を分解し、再構築していく。黒い光は、瞬く間に周囲を包みこみ、陸と一真にまるで夜の闇にいるような錯覚を起こさせた。
「さあ……あの世で神様に懺悔しな!」
 何かが爆発するかのような巨大な光が《ギリメギス》から発せられ、それと共に一真のクリーチャーの周囲を黒い羽根が舞う。舞い落ちた羽根に触れた瞬間、全てのクリーチャーの肉体が腐り始め、骨だけを残して滅び去ってしまう。
「俺のクリーチャーが全滅した!?そのカード、まさか……!」
 倒れていく一真のクリーチャーを見て、陸が高い声で笑う。そして、黒い光の中から陸の切り札が姿を現した。
 台座に座る巨体。青い体に濃紺の翼をした悪魔の神。《悪魔神バロム》。場に出た時に闇以外のクリーチャーを全て破壊する切り札が場に現れたのだ。
「クリーチャーは全滅だ!これで、僕が勝つ!《バロム》!シールドを壊せ!!」
 右手をシールドに向けて振り下ろそうとする《バロム》。しかし、その腕に地面から生えた草が絡みつく。
「え……?」
 唖然としている陸の前で、《バロム》の肉体は地面に吸い込まれていった。まるで、底なし沼にはまってしまったかのように、吸い寄せられていく。
「何で……?どうして……!?」
「よく見てみろ」
 一真に言われて、陸はバトルゾーンを注視した。全てが消えたはずのバトルゾーンで、バケツが音を立てて動いている。《バケット・バケット》が兜の代わりにかぶっていたバケツだ。《バロム》が地面に吸い込まれると、その肉体は二枚のカードになり、陸のマナゾーンへと飛んでいった。同時に、そのバケツも真っ二つに割れる。
「《バケット・バケット》の特殊能力はシールド・セイバーだけじゃない。破壊された時に相手のクリーチャーを一体マナゾーンに封じ込める事ができる」
「そうか。《バロム》の効果で、《バケット・バケット》の特殊能力が発動した……」
 自分で何が起こったのか整理する事で、陸は自分の判断ミスを呪った。だが、ここで《バロム》を出さなければ次のターンで負けていたのだ。
「大丈夫だ。これでマナは十枚。カードを引けば、まだチャンスはある!」
 陸はそう言うが、一真は静かに淡々とカードを引く。そして、4枚のカードをタップすると一体のクリーチャーを場に出した。
「《マイキーのペンチ》を召喚。さらに……」
 緑色の光と共に《青銅の鎧》が現れる。《マイキーのペンチ》によって頭部にドライバーを差し込まれた《青銅の鎧》は鼻息を荒くしながら陸に向かって走っていった。
「終わりだ、陸。眠れ!」
 陸は、阿呆のように口を開けて《青銅の鎧》が近づくのを見ている。無抵抗の陸に《青銅の鎧》の槍が振り下ろされた。

 『File.16 捕獲作戦』につづく
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