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『コードD』File.17 無限増殖の罠

『コードD』

 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 仲間達の前に戻ってきた貴田一真(たかだかずま)は、全(ぜん)が作り出した怪人の情報と彼らが所属する魔道書同盟の情報を相羽征市(あいばせいいち)達に持ってきた。魔道書同盟は今から約五十年前に征市の祖父、総一郎(そういちろう)によって封じられた魔道書のプライズだったのだ。復活した彼らへの対抗策を聞いた征市は、Yスタジアムに透明男をおびき出し、デュエルで倒す事に成功する。
 征市の勝利をトライアンフの事務所で聞く琴田菜央(ことだなお)と遠山陸(とおやまりく)。陸は一真の情報に感謝し彼に握手を求めるが、一真はそれを拒否し陸にトライアンフの脱退を命じるのだった。

  File.17 無限増殖の罠

「陸にはトライアンフを抜けてもらう。代わりは俺が務める」
 一真の言葉がトライアンフ事務所の中に響いた。菜央も陸もその言葉に対して、何も言い返せないでいた。
「聞こえなかったのか?俺は、陸にトライアンフを抜けてもらうと言ったんだ」
「ちょっと待って下さいよ!」
 しばらくしてから一真は言葉を続けた。陸はその言葉に反論する。
「何で僕がトライアンフを抜けなくちゃならないんですか!?」
「そうです。いくら一真さんでもいきなり、それは……」
感情的に言い返す陸と同調するように、菜央も一真に対し、反対の意思を表す。だが、一真は菜央の言葉を聞かずに陸を見て
「お前、あの程度の実力でこれから戦えると思っているのか?」
と、聞いた。一真に負けたという事実を思い出し、陸は目を逸らす。
「魔道書同盟の実力は計り知れないものがある。中途半端な実力で挑んだら、ただでは済まない」
 結果的に魔道書同盟の一人、幻の策略を止められず歩けなくなるほどの傷を負った一真が言うと説得力がある。一真以外にも、多くのトライアンフのメンバーが彼の襲撃によってリタイアしているのだ。中には、死んだ者もいる。
「だけど……!それでも、僕は……っ!」
「いらないんだよ。お前」
 反論する言葉を考えている陸の胸に、一真の言葉が突き刺さる。最後の駄目押しにと言うように一真の冷たい言葉が口から出る。
「戦力外通告だと言っているんだ。お前の意見などは最初から聞いていない」
 陸は、その言葉を最後まで聞かずに事務所を飛び出した。
「陸君!」
「放っておけ!」
 菜央が彼を追って立ち上がるが、一真がそれを一喝する。一真の態度が気に食わなかったのか、菜央は元リーダーを睨みつける。
「何で陸君を追い出すような事をしたんですか!陸君は一年近く私と一緒に戦ってくれたんですよ。それを、よく判らない理由でトライアンフを抜けさせるなんて……」
「きちんとした理由ならあるさ」
 一真は静かにそう言うと、体ごと菜央に向き合った。
「陸が実力不足なのは事実だが、トライアンフを辞めさせた理由はそれじゃない。弱いと言われたら、強くなるための努力もするだろう」
「だったら、何故?」
「あいつが悪魔と契約して魔力を得ているからだ」
 その一言で、菜央は目を開き、息を飲む。一真は目で「判るだろう?」と問いかけてきた。
 魔法使いといっても先天的なものと後天的なものが存在する。普通の人間が魔力を得て魔法使いになる場合、様々な方法があるが、その中でも禁忌とされている方法は悪魔と契約するというものだ。最も危険な方法であり、悪魔に騙されてすぐに死んでしまうケースも多い。
 陸も悪魔と契約する事で魔力を得て、デュエリストとなった。そのため、彼が戦い続ければそれだけ命を代価として払い続ける事になるのだ。
「一真さんも……知っていたんですか」
「それを知ったのは、引退してからだ。現役の時に判っていればその時に辞めさせた」
 一真は淡々とした口調で菜央に答える。菜央は必死になって反論する方法を探す。だが、陸を追い出した一真へのやり切れない怒りばかりが込み上げてうまく言葉をまとめられない。
 一真のやり方が正しいのは判っている。菜央は今でも陸の体に刻みこまれた契約の模様を消す方法を探しているが、その資料は見つからない。今のところ、陸が戦わない事が最善の策なのだ。
「陸が抜けた穴は俺が埋める。現役を離れて長いが、それくらいの実力はあるつもりだ」
 伝えるべき事は全て伝えた、とでも言うように一真は事務所を出るために車椅子を動かす。菜央はその背中をずっと見ていた。
「それでも……それでも、私は陸君に残っていて欲しいんです」
 最後に呟いたその言葉は、一真に届く事もなく、宙に消えていった。

 とある教会の地下にある夜の闇のように暗い奇妙な部屋。
 ベッドで寝ていた幻は、全の泣く声で目を覚ました。顔を覆い隠すような長い黒髪を振り乱しながら、全は体中を震わせて泣いていた。
「どうしたんだ」
 自然に起きるのと起こされるのでは、目覚めた時の気分に大きな違いがある。幻は受動的な目覚めに不快感を覚えながら、全を泣きやませるために起き上がり、渋々その原因を聞いた。
「小生の……小生の透明男ちゃんが。透明男ちゃんがっ!」
「トライアンフのメンバーに倒されたって事?」
「うおおおおっ!!」
 全は、自分に向けられた問いに号泣する事で答えた。それを見た瞬間、幻の眠りかけていた頭が完全に目を覚ました。
 彼もトライアンフのメンバーと戦った事があるからその実力が理解できないわけではない。全が作り上げた怪人の実力は過去の戦いで熟知している。そのため、勝つ事はできなくても、トライアンフを苦しめる程度の事はできると考えていたのだ。だが、透明男は幻が驚くくらい早いタイミングで倒されてしまった。これは幻の予想を超えていた。
「ここまでやってくるとはね。驚いたよ」
 幻は苦い顔をして、自分がトライアンフにいた頃の菜央と陸を思い出した。あの頃の二人に征市と湊が加わっただけでこれほどの戦力になり、自分を脅かす存在になるというのは予想外だった。そして、菜央と陸がトライアンフを作り直した時に潰しておかなかった事を後悔した。
「落ち着いている場合じゃないわっ!透明男ちゃんの仇を取ってやるっ!」
 全が言い終わるのと同時に、何かが羽ばたくような音と金属製の扉が開く音がした。その音だけで幻は、全が送り出した怪人が何なのか理解した。
「彼ならば、うまくやってくれるね」
 幻の顔に自然と笑みがこぼれる。抑えようとしても、今回、野に放たれた怪人がもたらす効果を想像すると笑うのが抑えられないのだ。
「もちろんよっ!小生のかわいい子なのだからっ!」
 そこには、自分が作った怪人の敗北を嘆き悲しんでいる全はもういなかった。そこにあるのは作戦の成功を想像して笑う悪の姿だった。

 一真がトライアンフの事務所にやってきて一日が経過した。午前中の見回りを終えた征市は一真にそれを報告し、今、来たばかりの湊は荷物を置いて仕事の準備をしている。いつも様々な情報をまとめている菜央は、陸のデスクを見たまま何もしていない。ただ、時折静かに溜息を吐くだけだ。
「菜央」
 征市が名を呼ぶと、菜央は一瞬、体を震わせて彼を見た。
「相羽さん、どうかしましたか?」
 いつもの笑顔によく似た菜央の顔だったが、表情がどこか違う、と征市は感じていた。
征市は、一真の命令で陸がトライアンフを抜けた事を、昨晩、家に帰った後に菜央から電話で聞いた。突然の出来事に征市も怒ったのだが、一真が抜けさせた事情を聞いて何も言い返す事はできなかった。
 そして、今日、事務所に来る途中の湊に陸が抜けた事とその原因、そして、陸が魔力を得ていた方法を話した。
「疲れているみたいだったから、今日は帰ってもいいんじゃないか?一真さんがいるから、指揮を執る仕事は任せても大丈夫だと思うし」
 征市が一真を見ると、彼は無言で頷いた。菜央は弱々しく微笑み
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
と、返す。
「だけど、菜央!」
 征市が声を荒げた瞬間、デスクの上の電話が鳴り、菜央がそれを取る。そこにいるメンバーは会話の端々から漏れる言葉を聞く事で、それが魔法警察からかかってきたコードDに分類される事件の事だとすぐに理解できた。
「未来地区で事件です。魔法警察の調査班からの連絡が来ないので、相羽さんと若月さんで確認に行ってもらえますか?」
「判った。先に行った奴らからの連絡が来ないってのが不安だな」
 征市は、ジャロール・ケーリックが起こした事件を思い出す。あの事件では、多くの一般人だけでなく、魔法警察や征市と陸も手玉に取られたのだ。今回も、それと同規模の事件である事は間違いない。
「湊、気をつけろよ!」
「判りました。征市さんも気をつけて下さいね」
 二人はエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まる瞬間、征市は菜央の寂しそうな横顔を見ていた。
「陸の事を考えていたのか」
 二人だけになった事務所の中で一真が菜央に聞く。菜央は、陸のデスクを見ていた時の目ではなく、力のこもった目で一真を見ると
「陸君の事、私はまだ納得していませんから」
と、言い放った。目にも声にも一真の決定に対する強い不満がこもっている。それを聞いた一真は表情も変えずに
「それは、陸が好きだから?」
と、逆に聞き返した。予想していなかった返答を受けて菜央は顔を赤くする。
「ち、違います!私は、一真さんが勝手に話を進めて陸君を追い出した事を怒っているんです!リーダーは私なんですから」
 菜央は動揺したまま早い口調でそう言うと、パソコンのモニターを睨みつけた。怪人の情報を探そうとするが、その作業に集中できない。
「素直になった方がいいぞ」
「一真さん、これ以上言うと怒りますよ!」
 既に怒った口調で菜央が言うと、もう一度パソコンを見る。一真は、その様子を見ながら菜央に告げた。
「お前は俺のやり方が気に入らんかもしれないが、これよりいい方法はない。それに、陸はトライアンフのメンバーじゃなくなっただけで死んだわけじゃないんだ。だから、会おうと思ったらいつだって会える。長く一緒にいたいんだったら、戦いをやめさせなくては駄目だ」
 一真は、車椅子を押すとエレベーターに乗って外に移動してしまった。征市達を追いかけて、敵の正体を調べるためについていくのだ。
 一真の言う事は全て正しかった。だが、菜央にとって陸はただの仲間ではない。自分がトライアンフの事務所をY市に移した時から支えてくれた大切なスタッフなのだ。彼にトライアンフを辞めさせるとしても、もっといい方法があると思っている。
「陸君……」
 菜央の言葉が震え、モニターが滲んで見えなくなっていた。

 未来地区は多くの人々が倒れていた。夏休みに入り、観光に来た人々が多い。中には、魔法警察の姿もあった。
「これだけの人がやられるって、とんでもない事だよな」
 征市は危険を感じ取り、魔法警察に頼んでこの地区を一時的に封鎖した。これ以上、被害が出るのは避けるべきだと判断したのだ。
「こんな事ができるプライズがあるんですか?」
「判らないな。昨日みたいに怪人かもしれないぜ?」
 湊が不安そうに聞き、征市がそれに返す。プライズでも怪人でも、これだけの被害が出ている時点でただ事ではない。征市は携帯電話をポケットから取り出すとトライアンフの事務所にかけた。データベースに確認して、同じような状況を作り出せる怪人が存在するのか調べてもらうためだ。
「菜央か?怪人について調べてもらいたい事があるんだが――」
 その時、征市は違和感を覚えて振り返る。背後には、今まで倒れていたはずの人々が立ち上がっていた。目の焦点があっていないその人々は口を大きく開けて征市に襲いかかる。
「なんだよ、こいつら!離れろ!」
 征市はその中の一人を突き倒すと、湊の手を取って駆け出した。
「征市さん、あの人達は一体……?」
「判らない。とにかく、一度逃げて対策を立て直――」
 言葉の途中で征市は立ち止まる。一歩先にいた湊は振り返って征市を見た。
「征市さん?」
 征市は無言で左腕を押さえている。赤いブレザーのせいでよく見えなかったが、その腕からは血が滲んでいた。
「怪我したんですか!?しっかりして下さい!」
 心配して湊が近づくが、征市は彼を突き倒す。そして、焦点の合っていない目で湊を見ると、口を大きく開いて笑った。その口からは大きな犬歯が覗いている。
「え?そんな……?」
 征市も倒れている人々と同じように変化してしまった。征市は、ゆっくりとした足取りで湊に近づく。彼らに追いついたのか、征市に襲いかかった人達もその背後から現れた。
「しっかりして下さい、征市さん!征市さん!」
 湊が説得を試みるが、征市には全く通じない。征市の腕が湊の首に伸びた瞬間、湊は覚悟して目を瞑った。だが、いつまで経っても征市の腕は湊を捉える事はなかった。
 湊が目を開けると、征市の手は眼前で止まり、後ろにいる男に勢いをつけて振り下ろされた。
「征市さん!」
 征市は湊に背を向けるとカードを一枚取り出して人々を見た。そして、荒い息で呼吸しながら、こう言った。
「湊。何があったのかよく判らないけれど、俺はもう駄目だ。一真さんと菜央に対策聞いて何とかしてくれ。後は頼んだぜ!」
 征市が持っているカードが赤い光を発する。その光を見て生命の危険を感じ取ったのか、周りにいた人々が征市に飛びかかった。征市は飛びつかれる瞬間、湊に
「離れてろ!」
と、言って目の前の地面にカードを通して魔力を叩きこんだ。目の前で巻き起こる轟音と爆風から守るため、湊は腕で顔を保護する。そして、それが治まってから、湊は目の前の状況を確認した。
征市に襲いかかった人々も征市もその場に倒れている。至近距離から自分の魔力の爆発を受けたせいか、征市は傷だらけになっていた。着ている服もボロボロになっている。
「征市さん、しっかりして下さい!」
 湊は征市に駆け寄ったが、彼の手を取る前に立ち止まる。遠くから、同じように目の焦点が合っていない人達が歩いてくるのだ。彼らは、湊も同じように自分達の仲間にするつもりらしい。今、湊が状況を伝えなければトライアンフに勝利はない。
「征市さん、後で絶対に助けに来ますから、それまで待っていて下さい!」
 湊は倒れた征市にそう言い残し、去っていく。
 自分の非力さを感じながら、陸がここにいれば征市が襲われる前に何かできたかもしれないと、湊は思った。今はいない人間の事を考えていても意味はない。だが、戦い慣れた陸ならば、湊のようにただ逃げるだけで終わらなかったかもしれない。そう思っていた。

「そうか。そんな事があったのか」
 湊は、事務所に戻る途中で一真に出会うと未来地区で起きた事を全て説明した。それを聞いた一真はしばらく考えると
「恐らく、それは吸血男と呼ばれる怪人の仕業だ」
と、断言した。
「吸血男、ですか?」
「そうだ。よくあるヴァンパイアの話に似た怪人だ。奴に牙を突き立てられた者は、血液を通して魔力を注ぎこまれてしまう。それによって奴の忠実な僕(しもべ)として操られてしまうというわけだ。操られた人々も同じような行動を取って人々に牙を突き立て、仲間を増やしていく。こうやってネズミ算式に吸血男の僕が増えていく」
 湊は、未来地区にいた人々を思い出した。彼らの口には、異常なまでに発達し長く伸びた犬歯があった。あれは吸血男の影響なのだ。
「でも、征市さんだけはしばらく大丈夫でした」
「魔力があるからな、彼は。ある程度耐性があるんだ」
 言われてみればその通りだ。トライアンフのデュエリストならば、普通の人には効くような呪いも魔力によって守られているから効かない事が多い。征市が自我を取り戻したのも魔力によるものなのだ。
「無限に増えていくんですか?その人達を元に戻す方法はないんですか?」
 湊が一真にすがりつく。一真は、自分が持ち込んだ資料の内容を思い出しながら言った。
「増殖を止めて人々を元に戻す方法は簡単だ。吸血男を倒せばいい。奴の魔力によって増殖しているんだから、それで全てが終わる」
 一真はそう言うと、未来地区に向けて車椅子を動かした。
「どうしてそっちに行くんですか?危ないですよ!」
 湊が一真の前に回ってそれを止めようとする。だが、一真は「そこをどけ!」と、一喝するだけで聞き入れなかった。
「駄目です!征市さんが何で犠牲になったと思っているんですか!僕達に未来地区で操られている人々を助ける方法を見つけて欲しいからなんですよ!」
「それならば今、言った。吸血男を倒すしかない。奴は自分の周りに僕とした人間を集める習性がある。あの中に行くのは危険だが、闇の魔力を使えるデュエリストならば、吸血男の影響は受けない」
 一真は説明を終えると、湊を見る。それを聞いて湊は一真に道を譲った。
「僕、陸さんを呼んできます。だから、陸さんが来るまで待っていて下さい」
「陸を呼ぶ必要はない。今の俺なら、闇の魔力も使う事ができるからな」
 そう言い残すと、一真は車椅子を動かして未来地区に向かった。湊もどこかへ向かって走り出す。
「久しぶりの実戦か。腕が鳴る」
 一真の目に操られた人々の姿が映った。彼らは新しい獲物を見つけて近付いてくる。
「案内してもらうぞ。お前達のボスのところにな!」
 一真が不敵な顔で微笑むと、人々は彼に飛びかかった。

 陸は、高架下で時間を潰していた。ここを選んだのも深い意味はない。日陰になっているため、暑さから逃れやすいと感じたからだ。
「一真さんと初めて会ったのも、こんな場所だったっけ」
 陸は壁に書かれた落書きを見ながら過去の事を思い出していた。
 ネバーランドを出た後、陸はここで身につけた魔力を使ってフリーのデュエリストとして働いていた。依頼を受けてデュエリストと戦ったり、プライズの運び屋をしたりしていた。
 ある時、プライズを運んでいた陸は、一人の筋肉質な男に呼び止められる。その男は陸が運んでいるプライズを狙っていたのだった。
 二人はデュエルで戦い、結果は陸の敗北だった。筋肉質な男はとどめを差さずにこう言った。
「お前を探していたんだ。運び屋はやめて、俺のところで働け」
 陸に手を差し伸べた筋肉質な男―一真は、そう言った後で陸が運んでいたプライズが盗品だった事を話す。陸を雇った者は、それを知っていて陸を運び屋として使ったのだ。魔法警察が中身の検査をすれば、陸が怪しまれるかもしれない。
「向こうで魔法警察が待っている。お前にある選択肢は三つだ。魔法警察に捕まるか、このまま俺に倒されるか、俺の下で働くか、どれがいい?」
 一真が出した三つの選択肢の中で、陸は最後の選択肢を選んでトライアンフのメンバーとなった。そして、昨日までメンバーだったのだ。
「結局、僕は一真さんに一度も勝たないままトライアンフを抜けちゃったな。昨日の戦いを入れたら二連敗か」
 陸は、落書きまみれのコンクリートの壁を見ながら、溜息を吐くように呟く。もうトライアンフのメンバーではない陸が彼にリベンジする機会は二度と来ないのだ。
 それから五分ほどして陸がその場を離れようとした時、携帯電話から着信音が聞こえた。画面を見ると、湊からの着信だと判り、陸は硬直する。
「僕はもう、トライアンフのメンバーじゃないのに……」
 すぐに切れると思って待っていても、着信音は鳴りやまない。陸は仕方なく通話のボタンを押した。
『陸さん!征市さんを助けて下さい!』
 挨拶よりも早く聞こえてきたのは、湊の焦った声だった。そして、その第一声の内容は、陸の想像を超えたものだった。
「セーイチさんがどうかしたの?」
『さっき、怪人の罠にはまったんです。征市さんは、僕を逃がして……』
 それから湊は、吸血男にかまれた人々が操られている事や征市もかまれて操られてしまったが、湊を逃がした事、そして、吸血男を倒さない限り、人々が元に戻らない事を話した。
『今、一真さんが一人で向かっているんです。闇の魔力を使える魔法使いなら吸血男に操られないから、闇の魔力も使えるようになった今の自分なら大丈夫だって言うんですけれど、それだったら陸さんが――』
「一真さんがいるんだろう?それに僕はもうトライアンフの人間じゃない」
『でも!』
「相談する相手を間違えたね。それじゃ」
 陸は冷たい声で言うと、通話を終えた。ボタンを押す手が震えていた事には、自分でも気づかなかった。
 征市が相手の罠にはまるなんて、余程の事だというのも陸にはよく判っている。一真が闇の魔力を使えるようになったとしても、どの程度のものかは判らない。
「結局、僕の周りでは僕に関わった奴らがいなくなっていく。もっと早くいなくなればよかったのに……」
 最初に陸の周りからいなくなったのは両親だ。事故で陸だけが助かった。
 次に陸の周りからいなくなったのはネバーランドにいた子供達と先生だ。ジャロールの儀式のせいで、他の子供達と先生は陸だけを残していなくなった。
 そして、去年のトライアンフ襲撃で陸はたくさんの仲間を失っている。その時に生き残った一真も吸血男に立ち向かって死んでしまうかもしれない。新しく仲間になった征市も、もう息絶えているかもしれないのだ。
 そんな事を考えていると、再び着信音が響いた。画面に出たのは菜央の名前だった。トライアンフ事務所の電話ではない。彼女自身の携帯電話の番号なのだ。
 陸は、すぐに通話のボタンを押すと、聴覚に全神経を集中させた。
『もしもし、陸君。今、どこにいますか?』
 いつもの陸に命令するような威厳のある声ではなく、どこか遠慮したような声が陸の耳に届く。陸の頭の中で、昨日、トライアンフの事務所を離れてから菜央に言おうと思っていた言葉が暴れ出す。
『答えなくてもいいので、私の言う事を聞いて下さい。お願いします』
 陸が口から出す言葉を迷っていると、菜央は話を始めた。
『今、相羽さんが怪人達に捕まっています。詳しい事は、若月さんに聞いたかもしれませんね』
 陸は、菜央の言葉から次に来る言葉を予測していた。菜央は自分にトライアンフに戻って征市を助けるように言うつもりなのだ、と。
「リーダー、僕にトライアンフに戻ってセーイチさんを助けろって言いたいの?」
『陸君!』
 初めて聞こえた陸の返答に菜央が喜ぶ。だが、陸はそれを無視して続けた。
「悪いんだけど、僕はトライアンフには戻らないし、セーイチさんを助けない。その二つを命令したかったんでしょ?」
 陸は乱暴な言葉を吐き出して、通話を終えようとした。だが、菜央はそれを否定する。
『いいえ。陸君がしたくない事ならば、しなくていいと私は思っています』
「……っ!」
 予想外の返答に陸は言葉を詰まらせる。菜央は、話を続けた。
『今、怪人のところへ一真さんが向かっています。一真さんも相羽さんも陸君にとっては大切な仲間だったと思うのです。本当に大切な仲間だったら、陸君はこういう時にどうしますか?』
「それは、僕だったら……」
 陸は今、仲間を失ってまた一人になろうとしている。だが、一人になるかどうかは陸の選択にかかっている。もし、陸が戦えば仲間は助かるかもしれないのだ。
「でも、僕はもうトライアンフのメンバーじゃないんだ!一真さんにあんな事言われて、戻れるわけないじゃないか!」
『陸君、聞いて下さい。一真さんにも理由があったんです』
 陸が泣き叫ぶような声で話すと、菜央は静かな声で彼の注意を引きつけた。陸は黙って菜央の言葉を聞く。
 菜央の口から説明されたのは、昨日、陸が出ていった後の一真と菜央の会話だ。陸は、一真が自分の魔力の秘密を知っていた事に驚いた。
「じゃあ、一真さんは僕の事を考えてトライアンフを抜けさせたって言うの?」
『そうです。陸君が嫌いだから追い出すような事は、誰もしていないんです。でも……』
「でも?」
 スピーカーの向こうからすすり泣くような声が聞こえた。
『それでも私は、陸君に私の傍にいて欲しいんです!私が新しくトライアンフを作った時も一緒にいてくれた大切な仲間だから、こんな形で別れるのは嫌なんです。悪魔との契約を解いて身を守る方法も探します。だから、だから……まだ私の前からいなくならないで……!』
 泣き声のような菜央の声が、陸の心に響く。菜央は自分のために涙を流してくれているのだ。
「僕はいなくならないよ。一真さんがどう思うか、なんてつまらない事だよね」
『陸、君……!』
 大切なのは、自分で現状に納得しているかどうかだ。誰かに言われたから、なんていうのは言い訳にすらならない。今の陸には、自分の力と自分の選択でそれを変える事ができる。今、陸は自分の明日を自分の選択で決めた。
「僕はトライアンフに戻る。だから、菜央ちゃんは僕がトライアンフに戻る事をリーダーとして許可してくれないかな?」
『許可します。おかえりなさい、陸君』
 凛としたトライアンフリーダーの声が聞こえる。そして
『菜央ちゃんって呼んでくれたのは、久しぶりですね』
と、言った。
「だって、リーダーはリーダーじゃないですか。僕は、公私混合は避けたいんですよ」
 陸も普段の軽い口調で言い返す。そして、二人で笑った。
「さてと、リーダー。一真さんとセーイチさんはどこですか?」
『未来地区です。被害が拡大したので、周辺地区は魔法警察によって封鎖されています』
「了解!かなりヤバいみたいだね。すぐに行くよ!」
 そう言って通話を終えようとした陸は、思いだしたように言う。
「あ、そうそう。一真さんが僕を追い出した原因って他にもあるんじゃないですか?」
『え?他にあったんですか?』
 陸の言葉に、菜央が不思議そうな声で答える。
「そうです。一真さんは、僕だけじゃなくてセーイチさんや湊君までやめさせてリーダーの素晴らしきナイスバストを独り占めしようとしているんです!許せねー!」
『陸君。帰ってきたら、おしおき部屋があなたを待っていますからね』
 背筋が凍るような冷たい声が陸の耳を貫く。同時に通話が終わり、陸は携帯電話をしまった。
「やれやれ。帰ってきたら、ね。もちろん、帰るに決まっているじゃないか!」
 陸は未来地区に向けて一歩、足を踏み出した。

 夕焼けに照らされた未来地区の噴水広場にその怪人はいた。腕が傷だらけになったものの、一真はそれを苦痛に感じていない。倒すべき敵を見つけた今、痛みはどこかに消え去っていた。
「デュエリストか。大したものだ」
 人間に近い声でその怪人は話す。昨日、報告を受けた透明男は、人間の言語を話す事ができなかったが、目の前にいる怪人は違う、と一真は理解した。
 黒いマントを羽織ったその怪人、吸血男はゆっくり一真に近づいていく。不健康そうな青い肌や、マントの下から見えるタキシードから、一真は古い映画に出てくるようなヴァンパイアを連想した。
『さあ、吸血男ちゃん!早くそいつをやっつけるのよっ!』
ベルトのバックルから声が出る。透明男と同じようにスピーカーになっているのだ。
「もちろんだよ、ママ」
 吸血男は、一真に話しかけた時とは違う、甘えたような声で全に返事をする。それを見た一真は頭を抱えると
「早くかかってこい、マザコン」
と、挑発する。
「貴様、我を愚弄するつもりか!」
「マザコンと言った事を怒っているのか?それは悪かった。気にしていたとは知らなかった」
 言葉とは裏腹に一真の表情は相手に詫びる顔をしていなかった。不快に感じた吸血男は
「僕よ!こいつを食らいつくせ!」
と、叫んだ。背後で靴音がしたので振り向くと、そこには征市が立っていた。うつろな目をした征市は、よろけながら歩いて一真に近づいてくる。
「征市、お前も完全に操られてしまったのか。すぐに助けるから、そこで寝て待っていろ」
 一真はカードを取り出すと、それに自分の魔力を込める。だが、すぐにその腕の感覚がなくなってカードを落としてしまった。
「な……何が起きた?」
「また一人、使えるデュエリストが増えた」
 涼しい声が耳元で聞こえた。それは吸血男の声だった。一真の腕につかまり、その腕に牙を突き立てたのだ。
「いつの間に、近づいた……?足音くらい聞こえるはずだ」
「我は、人間の影から影へ移動できる。それならば、足音もしない」
 一真は、自分の意識が消えていくのを感じ、右手の親指と人差し指でこめかみを押さえる。それを見た吸血男は
「無駄だ。お前も闇の魔力を使えるようだが、所詮、付け焼刃に過ぎない。僕にかみつかれたのであれば、それでも耐えられるだろうが、我が直接かんで魔力を注入したのならば、自我は保てない」
「負け……るか」
 一真は吸血男に向かって手を伸ばす。だが、吸血男の姿は消え、離れた場所へ移動した。一真の手は空を切り、体は車椅子から転げ落ちた。
「無様だな、人間よ。カードを使わずに勝てるとは思わなかったぞ」
 吸血男は倒れた一真を見下ろしながら、デッキを出して挑発する。一真は、手に力を込めると、目の前の地面を叩いた。
「さて、次は逃げたトライアンフの子供を僕にしよう。次は誰がいいかな?」
 吸血男を止める事ができない。その事実が一真を苛立たせていた。
「僕は、次はないと思うな」
 一真は、聞き慣れた声とよく知った魔力の波長を感じた。目の前に陸が立っていた。陸は、手を差し出し
「立てますか?」
と、聞いてくる。
「陸、お前は帰れ」
「こんなとこ見て帰れるわけないでしょう。しっかりして下さいよ」
 陸は、体に力を入れて一真を立たせると、車椅子に座らせた。車椅子に体重を預けた一真を見ると、陸は安心して微笑む。
「今から、僕の実力があるって事を証明しますからそこで待っていて下さいよ。すぐに終わりますから」
 軽い口調で言った陸は、一真に背を向けて歩き出した。彼の目は、吸血男しか映っていない。
「待たせたね。選手交代で僕が戦う事になったからよろしく」
「誰が来ても同じ事だ。デュエルで魔力を奪ってから我の僕にしてやる!」
 二人がデッキケースを開け、カードが宙を舞う。そして、デュエルが始まった。
「《凶刻の刃狼ガル・ヴォルフ》召喚!」
 先に《幻緑の双月(ドリーミング・ムーンナイフ)》や《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》を召喚する事でマナを増やした陸は、4ターンという早い段階で《ガル・ヴォルフ》を召喚し、相手の動きを窺った。
 吸血男の場には、全身が金色に光り、体の左右にマニピュレータがついた飛行物体《時空の守護者ジル・ワーカ》かいた。《ジル・ワーカ》はパワー2000のブロッカーであり、破壊された時に相手クリーチャーを二体タップする事ができる。《幻緑の双月》も《青銅の鎧》もパワーは1000のため、攻撃を仕掛けられなかったのだ。
「厄介な《ジル・ワーカ》も手札の中にある状態だったら無防備!手札のガーディアンを破壊だ!」
 《ガル・ヴォルフ》の体についているいくつもの獣の口が吠える。遠吠えの合唱が、吸血男の手札を全て宙に弾き飛ばした。陸はそれらのカードを注意深く観察するが、その中にガーディアンは一枚もない。
「残念だったな。では、我のターンだ!」
 吸血男は、手札を取り戻すと行動を開始した。持っていた一枚のカードに五つのマナを注ぎこむと場に投げつけた。場に現れたのは、鎖でつないだ二つの鉄球を持った巨大な悪魔だった。鉄球を振り回しながら、陸を見る。
「《死神戦鬼ベル・ヘル・デ・バラン》だ。このパワーを相手にどこまで戦えるかな?」
 吸血男が召喚したクリーチャー《ベル・ヘル・デ・バラン》はプレイヤーへの攻撃ができないクリーチャーだ。だが、11000という破格のパワーに加え、自分のクリーチャーを犠牲にする事で進化ではないアンタップ状態のクリーチャーを攻撃できる特殊能力を持っている。
「厄介なパワー馬鹿か。恐ろしいね」
 陸のデッキでこのパワーに対抗できるクリーチャーは少ない。しばらく悩んでから、陸は一枚のカードを投げつける。陸が投げたカードから出た黒い手は《ベル・ヘル・デ・バラン》をつかみ、下に開いたブラックホールのような穴の中に引きずり込んでいった。
「でも、どんなパワーのクリーチャーでも《デーモン・ハンド》で除去すれば倒せる!《ガル・ヴォルフ》、先制攻撃だ!」
 陸は、今がチャンスだと感じたのか《ガル・ヴォルフ》に攻撃を命じる。《ジル・ワーカ》を使えばブロックもできたが、吸血男はそれを命じなかった。《ガル・ヴォルフ》の剣が吸血男のシールドを二枚砕いていく。それらのカードが手札に戻った時、吸血男は微笑んだ。
「先制攻撃とはやるな。一つだけ言っておく。怖いのは《ベル・ヘル・デ・バラン》だけではない!」
 吸血男の場に、恐竜の骨でできたような奇妙な生物が現れる。その名は《憤怒の猛将ダイダロス》。《ベル・ヘル・デ・バラン》と同じように11000という強力なパワーの持ち主でW・ブレイカーでもある。だが、このクリーチャーは自分のクリーチャー一体を破壊しなければ攻撃できないのだ。
「なるほど。それで《ジル・ワーカ》がいるんだね」
 陸も《ジル・ワーカ》がそこにいる理由を理解した。このガーディアンは単なるブロックだけでなく《ダイダロス》や《ベル・ヘル・デ・バラン》の効果で破壊して相手クリーチャーをタップするのに使う事もできるのだ。
「それだけではまだ半分しか正解していないな。早く正解に辿り着かないと死ぬぞ。辿り着いてもその時は既に、お前の負けが決まっている頃だろうな」
 吸血男の挑発を聞きながら、陸はカードを引いた。
 その後も、陸と吸血男の熾烈な戦いは続いた。互いに自分のカードを出しあい、相手を攻めていく。戦局は終盤に差し掛かろうとしていた。
 陸の《ガル・ヴォルフ》が吸血男の手札とシールドに剣を投げつける。剣が突き刺さった二枚のカードは同時に灰のように崩れていった。
「よっしゃ!これでシールドは残り一枚だ!」
 陸が言うように、吸血男のシールドは最後の一枚が残っているだけだった。だが、《ジル・ワーカ》二体が攻撃を阻み、《ベル・ヘル・デ・バラン》が陸のクリーチャーが動き出すのを待ち構えていた。
 陸のシールドは一枚も残っていない。クリーチャーは巨大なキャタピラのような下半身で動くデーモン・コマンド《甲魔戦攻ギリメギス》と今、召喚したばかりの《ガル・ヴォルフ》だけだ。
「シールド一枚で喜ぶとは……。ここから勝利する道のりはお前には見えないだろう!召喚!」
 吸血男の場に、液体で出来たような小さな人間が現れる。体が小さく、それに対して頭が大きいその生命体は《アクアン》といい、召喚と同時に山札の上を五枚めくり、その中から光か闇のカードを手札に加え、それ以外のカードを墓地に送る能力を持っている。
 《アクアン》の効果で吸血男の山札が光ると、その上の五枚のカードが空へ飛んでいった。その全てのカードが吸血男の手札に加わる。
「こんなに手札が増えてしまった。《ジル・ワーカ》をもう一体召喚するとしよう」
 吸血男の場にはさらに一体の《ジル・ワーカ》が追加され、合計三体の《ジル・ワーカ》が陸を睨みつけていた。一体でブロック、そして破壊された時のタップを加えると合計三体の動きを止める事ができるのだ。三体いる事で九体のクリーチャーを止められる計算になる。
「このターンで《アクアン》を倒さないといけないし、それに《ベル・ヘル・デ・バラン》も邪魔だし、何より《ジル・ワーカ》が嫌だ。じゃ、僕の切り札の出番だね!」
 陸が投げたカードが《ガル・ヴォルフ》の背中に突き刺さると、黒い光を出してその姿を変化させていく。光が消える頃になると、《ガル・ヴォルフ》は台座に座った巨大な悪魔の神《悪魔神バロム》に変わっていた。《バロム》の周囲を舞う黒い羽根によって《ジル・ワーカ》の表面にひびが入り、体が割れていく。そして、《アクアン》の体内の水分が消えて干からびていった。その結果、残っていたのは闇のクリーチャーである《ベル・ヘル・デ・バラン》だけだった。
「まだだ、《ジル・ワーカ》!お前の仕事はまだ残っている!」
 吸血男が命じると、地面に転がっていた《ジル・ワーカ》のマニピュレータが陸のクリーチャー二体をつかみ、行動を阻む。攻撃のチャンスだったが、ここで陸はターンを終了した。
「《バロム》のパワーは12000だ。《ベル・ヘル・デ・バラン》にも勝てる!」
 陸には自信があった。このターンで《ギリメギス》を失ったとしても問題はない。《バロム》が生き残っていれば勝てると思っていた。
「そうか。確かにこのパワーはきつい」
 吸血男は、そこで初めて苦しそうな顔を見せた。その顔を見て陸の緊張が緩む。
 だが、すぐに吸血男の口元が緩み、鋭く尖った犬歯が見えた。
「しかし、それは大した問題ではないのだ。何故なら、我の切り札で二体とも破壊するのだからな!」
 吸血男の前に巨大な精霊が立ちはだかる。高貴な鎧だが、陸は恐怖を感じずにはいられなかった。何故なら、その胴体にある赤い巨大な目が陸を睨んでいて、その鎧を纏っているのが悪魔だからである。
「我の切り札《悪魔聖霊アウゼス》!」
 天使でもあり、悪魔でもあるクリーチャー《アウゼス》は、自分のデーモン・コマンドかエンジェル・コマンドが攻撃する時にタップされているクリーチャーを破壊する力を持っている。《ベル・ヘル・デ・バラン》が《ギリメギス》を攻撃すれば《アウゼス》が《バロム》を破壊し、《ベル・ヘル・デ・バラン》と《ギリメギス》の一騎打ちで《ギリメギス》が破壊される。
 それを計算した陸は、吸血男が言った二体とも破壊するという言葉の意味を理解した。
「《ベル・ヘル・デ・バラン》!《ギリメギス》を攻撃せよ!」
 《ベル・ヘル・デ・バラン》は地面を揺るがせながら《ギリメギス》に近づいていく。そして《アウゼス》の胴体の目から赤い光線が発射され、《バロム》の体を塵一つ残さず焼き尽くした。
「《バロム》!」
 最強だと信じていた自分の切り札が無残な姿で倒されるのを見て、陸は叫び、手を伸ばした。それを見て吸血男は笑う。
「愉快だ。我は飲まないが、酒の肴には今のような表情をした人間の血が最高だ。もっと悲しめ。もっと苦しめ!」
「いや、苦しむのはお前だよ」
 冷たい陸の言葉が、その場にある全ての音を消し去った。陸は手札から一枚のカードを場に投げる。そのカードが出した煙が《ベル・ヘル・デ・バラン》にまとわりつき、その力を奪っていく。《ギリメギス》に向かって歩いていたはずの《ベル・ヘル・デ・バラン》はその場で倒れてしまった。その体を《ギリメギス》がキャタピラで轢き潰していく。
「一体、何をした!?」
「よく見ろよ」
 頭に血管を浮かび上がらせて怒鳴る吸血男に対して、陸は冷静な表情を崩さずに場を指した。《ギリメギス》の隣には、巻物をくわえたカエルのようなクリーチャーがいた。その口から煙がもれている。
「《威牙の幻ハンゾウ》。相手の攻撃かブロックに反応して登場するクリーチャーだ。効果で相手のクリーチャーのパワーを6000減らす事ができる!」
 《ベル・ヘル・デ・バラン》のパワーが高くても6000も減らされてしまったら《ギリメギス》に勝ち目はなかった。これで、吸血男のクリーチャーは《アウゼス》のみになった。
「まだだ!我を守る盾も、我が操る剣もある。このターン、お前の攻撃を耐えて《アウゼス》で首を切り落としてやる!」
 陸は頭をかきながら欠伸をして
「ごめん。聞いてなかったんだけど、何か言った?」
と、聞き返す。その態度が吸血男をさらに怒らせた。
「そんなに怒るなって。もうすぐ僕の勝ちで終わるんだからさ」
 陸はマナゾーンにある六枚のカードをタップして一体のクリーチャーを召喚する。現れた一体の魔神《冥府の覇者ガジラビュート》は持っていた剣をシールドに投げつける。剣が突き刺さったシールドは粉々に砕け散り、吸血男の無防備な姿がさらされた。吸血男は、怒る事も忘れて陸の顔を見ていた。
「我が、デュエリスト如きに……!」
「あの世で神様に懺悔しな。……いや、この場合は何か違うな」
 陸は首を傾けて考えると、手を叩いてもう一度決め台詞を言った。
「ヴァンパイア野郎にはこっちの方がお似合いだ。その命、神に還しなさい」
 《ギリメギス》が持っていた剣で吸血男の心臓を突き刺す。吸血男は胸を押さえてよろめくと涙を流しながら
「ママ!ママー!どうして、我がーっ!」
と、叫んで爆発した。
「陸!」
 カードを片づけた陸は、一真の声を聞いて振り返った。吸血男が倒されたため、体調が元に戻ったようだ。
「セーイチさんは、どうなりましたか?」
「まだ意識を取り戻していないが、静かに眠っているよ。今、魔法警察に連絡したから、すぐに来てくれるだろう」
「よかった」
 陸が安堵した表情で言うと、一真は腕を組んで一喝する。
「よくない!お前、何で戻ってきた!」
 陸は一真を見ると
「理由はリーダーと湊君から聞きましたよ。僕が弱いからじゃなく、悪魔と契約しているからトライアンフをやめさせたって事」
と、言った。
「だったら、何故戻ってきた?お前、死にたいのか?」
「心の底から死にたいなんて思う人はいませんよ。当たり前じゃないですか」
 一真は「何故」と聞くのを押さえて陸が話すのを待った。
「でも、僕は戦わなくちゃならない。それが生きてきた証だと思うし、これからもそういう生き方しかできないと思うからです」
「後悔するぞ」
「かもね」
 二人は目を合わせる。そして、何も言わない。
 遠くから魔法警察のパトカーのサイレンが聞こえてくると、二人は無言のまま速度を合わせてそこから離れた。二人が帰る場所、トライアンフの事務所に向かうために。

 『File.18 子供の町』につづく
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