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『コードD』File.20 征市新生

『コードD』

 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 Y市にとって最大のイベント、Y港開港百五十周年のカーニバルが開催されようとしていた。三日続くそのイベントの初日に手品ショーをやる事になっていた相羽征市(あいばせいいち)は、自分のファンだと名乗る女性に出会う。真実と名乗ったその女性は、自分が魔道書同盟の一員である事を明かし、征市はそれに警戒した。
 一方、トライアンフのメンバーは過去に倒したはずのプライズが復活した事件についての調査をしていた。調査の結果、蘇ったプライズは怪人と同じ成分によって生み出されていた事が判る。裏に魔道書同盟の全(ぜん)の気配を感じながら、彼らはカーニバルで人々が巻き込まれないようにする事を考え、動き出す。
 カーニバル当日。手品ショーの舞台の前に現れた怪人、キメラ男。キメラ男は疑似的にプライズを生み出す事ができるプライズだった。貴田一真(たかだかずま)、遠山陸(とおやまりく)、若月湊(わかつきみなと)が疑似プライズと戦い、征市はキメラ男に挑む。しかし、征市はキメラ男に敗北。その場で力尽きてデッキを奪われてしまうのだった。

  File.20 征市新生

 征市はゆっくりまぶたを開けた。目に映る情報と視神経を通り抜けるが脳がそれをきちんと処理していない状態がしばらく続いた後、征市はこの場所が自分の家で自分がベッドに寝かされている事に気がついた。
「気がついた?」
 ベッドの横で彩弓が椅子に座っていた。その頬が涙で濡れていたのを見て、征市は不思議に思った。
「よかった。心配して菜央ちゃんもお見舞いに来てくれたんだよ」
「そうか。俺、大事なカーニバルの前なのに倒れたのか。菜央が見舞いに来てくれるなんて珍しい事もあるもんだな」
「征市君?」
 征市がそう言ってベッドから上半身を起こそうとした時、彩弓は額に首をかしげて彼を見ていた。話がかみ合っていないのを感じ、征市は自分が何故、倒れたのかを考える。
(いや、待てよ。それよりも、俺の体……おかしくないか?)
 自分の体の中にある何かが消えている。全身をせわしなく駆け廻り、絶えず肉体の中で暴れていた征市の力。魔力が自分の中から消えていたのだ。
「彩弓。今は……今は、何月何日だ?」
 手を震わせ、言葉を噛みながら征市はそう聞いた。目は彩弓を見る事なく、虚空を見つめている。乾いた口中を不快にざらつき、心臓も気色悪いビートを刻み、征市の不安を煽る。
 しばらくそうしていた征市は、彩弓の答えに希望を感じ、彼女を見た。彩弓は征市の問いに戸惑い、彼から視線を逸らす。しかし、彩弓は征市の目を見た。その目に溜められるだけの涙を溜め、肩で一度呼吸をした後、征市が求めていなかった答えを突きつける。
「今は……八月十七日だよ、征市君。カーニバルの最初の日から三日も経ったんだ」
 その答えを聞いた時、征市は何も感じなかった。言葉にするならば「ああ、やっぱりな」という冷めた思いだ。
 キメラ男との戦いを思い出す。征市は、怪人に敗北しデッキを奪われた。魔力が消えたが、命が消えなかっただけましだという事は征市も理解している。魔力が消えたら、デュエル・マスターズカードは征市を守ってくれない。魔法での攻撃から身を守るすべがないから殺されてもおかしくないのだ。
「そっか。カーニバル、終わっちまったのか……。俺、練習してたんだぜ」
 征市は言葉を探して彩弓との会話を始めようとした。口に出す事でカーニバルが終わった事を深く理解する。自分の中にある無念を呼び起こす。
「うん、知ってる」
「師匠にカーニバルでショーをやっていいって言われる前から、ずっと……ずっとこんな舞台に立つために練習してたんだぜ」
「知ってるよ。いつも見てたもん」
 彩弓の声が涙声に変わっていた。それを聞いて征市の心も震える。彩弓と話せば話すほど、心にある怒りや悲しみが大きくなっていく。
「何で……俺の初舞台の時にこんな……!こんなのないだろ!!」
 征市の怒声に彩弓が震える。征市はそれにも構わず、布団に頭を押し付けると喚き散らすように続けた。
「ずっと待ってたんだよ!本物のマジシャンを夢見た時からずっと舞台に立つのを待ち続けていたんだ!なのに……!なのに……あの野郎ォ……!!」
 征市の右手が布団を引きちぎらんばかりの強さで握りしめる。その手が、声が、そして体が震えた。
「征市君。その……自棄にならないで、ね?次の舞台があるし、それに悪い奴が来たら今度こそやっつけちゃえばいいんだよっ!征市君は正義の味方だもんねっ!」
 彩弓の言葉を聞いて征市の震えが止まる。征市が顔を上げて横を見ると彩弓が笑顔で見ていた。その笑顔を見た時に、征市は自分の中で強く弾けるどす黒い気持ちを感じ、それに自分のコントロールを委ねた。
「何が判るんだよ……」
「……え?」
「お前に、何が判るんだよっ!?」
 征市はベッドから起き上がると、彩弓に飛びつき、床に押し倒す。体が、キメラ男との戦いで受けたダメージで悲鳴を上げるのを感じながら、征市は目の前にいる彩弓に自分の中にある怒りを全てぶつけた。
「もう、俺は駄目なんだよ!魔力は奴に負けた時に全部なくなっちまったんだ!デッキもない!戦う力なんか俺には残ってねぇんだ!なのに、なのに……!次の舞台があるだとか、今度こそやっつければいいだとか、勝手の事言うんじゃねぇよ!俺はもう、戦う事すらできない役立たずなんだよ!」
 彩弓は目を大きく開けて征市の顔を見ていた。その目が征市を見て揺れている。
「もう、俺には何も残っちゃいない。もう嫌だ。何もかも嫌なんだ……。お前も今すぐどこかに行っちまえよ!目障りなんだよ!」
 そう叫んだ征市の頭を包むように、彩弓が手を伸ばす。その頬に涙が流れるのを征市は見ていた。
「怖くて泣いたのか?泣けよ。俺は、悲しくて涙も出ねぇよ……」
「そんな事ないよ」
 彩弓が静かに言って、征市の頬に温かい手が触れる。その時、征市は自分の視界がぼやけていくのを感じた。泣いているのは、自分なのだ。
「俺、泣いてなんか――」
 彩弓は、征市の頭をつかむと自分の胸に引き寄せる。子供をあやすように彼の頭を撫でて言った。
「泣いてもいいよ。わたし以外は誰も見ていないから。誰だってつらい時は、こうやって誰かに心の中を見せて泣いていいんだよ」
「……ああ」
 その言葉に征市は嗚咽交じりの声で頷き、涙を流した。体を震わせ、自分の心を全てさらけ出すようにして泣いた。舞台に立てなかった事も、魔力を失った事も忘れてただ泣く事だけに集中していた。

「《維新の超人(リョウマ・ジャイアント)》!シールドをブレイクだ!」
 湊の命令を受けて、体に《竜装 ザンゲキ・マッハアーマー》を纏った《維新の超人》が動く。その刀の横薙ぎで二枚あったキメラ男のシールドが破られる。ガラスを砕くような音が噴水広場に響き渡った。
 征市がキメラ男に敗北して以来、未来地区の一部の施設と山城公園は立ち入り禁止になっている。陸と共にキメラ男を探していた湊は、噴水広場でキメラ男を発見し、戦いを挑んだのだ。
「なかなかだ。だが……」
 両肩に黒いチェス駒、和風の甲冑の胴体、そして、ひびが入った白い仮面という奇妙な出で立ちのキメラ男は、一枚のカードを自分の《腐敗聖者ベガ》に投げつける。その姿は、陸と湊が見ている前で赤、紫、青の翼を持つ巨大な龍《極仙龍バイオレンス・サンダー》へと姿を変えていった。
「このパワーに勝てるか!?」
 《バイオレンス・サンダー》の槍のひと振りで《維新の超人》が消え去る。その後、《バイオレンス・サンダー》とキメラ男は獲物を見るような目つきで湊を見ていた。
「湊君!」
「陸さん、大丈夫です。相手のシールドはもうないけれど、僕のシールドはまだ残っています」
 そう言うものの、湊は焦っていた。《バイオレンス・サンダー》の能力でパワー6000以下のクリーチャーは攻撃する前に破壊されてしまう可能性が高い。手札にカードを握ってチャンスを待っていても、手札が破壊されてしまう。
 湊は《バイオレンス・サンダー》を除去できるような切り札を願ってカードを引くが、手元に来たのはただのクロスギアだった。それをマナゾーンにチャージしてキメラ男を見る。
「あの男のように散れ」
 キメラ男は《無頼聖者スカイソード》を召喚した後、濃い緑色のマントに円の形をした仮面、そして両手で長い柄の鎌を持った怪人《鎧亜の咆哮キリュー・ジルヴェス》を召喚する。
「《キリュー・ジルヴェス》は場に出た時、全てのクリーチャーをスピードアタッカーにする能力を持つ。やれ……!」
 まず《バイオレンス・サンダー》が動き、湊のシールドを破っていく。一枚目が砕かれ、二枚目にひびが入った瞬間、その場を緑色の光が包んだ。シールド・トリガーだ。
「《ナチュラル・トラップ》!《キリュー・ジルヴェス》をマナに!」
 湊が場に投げたカードから緑色のツタが出て《キリュー・ジルヴェス》の体を縛り上げる。カードの姿に戻った《キリュー・ジルヴェス》はマナゾーンへ移動するのだった。
「これで……僕の勝ちだ!」
 シールドがブレイクされる事によって湊の手札に《維新の超人》が来た。マナゾーンには《ザンゲキ・マッハアーマー》が置いてある。効果で《維新の超人》に《ザンゲキ・マッハアーマー》を装備すればスピードアタッカーになり、勝てる。
 キメラ男のバックルから笑い声が聞こえた。全の声だ。
『これは愉快ねっ!キメラ男ちゃん、説明してやりなさいっ!』
「そうですね、マスター。彼の身を持って教えてやりましょう」
 キメラ男がそう言うのと同時に《スカイソード》が灰色の地面を蹴って動き出した。
「そんな!《キリュー・ジルヴェス》はマナに送ったのに!」
「《キリュー・ジルヴェス》の効果は《キリュー・ジルヴェス》自体が場を離れてもターンが終わるまで続く。運と知識が足りなかったな」
「湊君!」
 陸は思わず手を伸ばす。だが、彼の目の前で湊は《スカイソード》の剣によって斬られ、その場に倒れた。
 キメラ男は湊のデッキを奪うと、黒い煙を出して消えていった。それと同時に陸が湊に駆け寄る。
「湊君!しっかりしてくれよ!」
 陸が湊の肩を揺するが、湊は返事をしない。陸は携帯電話で魔法警察に連絡をするのだった。

「陸君!」
 魔法警察の医務室の前にあるソファで座っていた陸に菜央の声が届く。俯いていた陸は、その声を聞いて顔を上げた。
「リーダー、事務所は……」
「一真さんに鍵を渡して任せてきました。それより……」
 乾いた音が響く。しばらくして、陸はそれが自分の頬が叩かれた音だという事に気づいた。
「何で勝手に戦いに行くんですか!キメラ男には相羽さんも負けてしまったのを忘れてしまったんですか!」
 菜央はそう叫ぶと陸の腕につかみかかる。
「陸君だって知っているでしょう?私が仲間を失う事が何よりも怖いって思っている事……。それなのに、何で……」
「セーイチさんが負けたのは僕らの責任だからですよ」
 陸はそう言うと、菜央の手を振り払って歩く。その行動に面食らいながら、菜央もついていった。
「陸君達の責任って、どういう事ですか?」
「リーダー、カーニバルの前に僕にした命令、覚えていますか?カーニバルの初日だけはセーイチさんをパトロールから外すけれど、セーイチさんにキメラ男がいる事を伝えろっていう命令。僕と湊君はあれを無視したんです」
 早足で歩く陸についていきながら菜央はそれを聞いて言葉を失った。陸は歩きながら話し続ける。
「理由は簡単なもんで『そんなつまらない事でセーイチさんに余計な心配させたくない』って事でした。でも、きちんと報告していたら、キメラ男に負けなかったかもしれない。僕達は心のどこかで怪人を嘗めていたんですよ!」
 二人はいつの間にか魔法警察の建物から出ていた。午後の日差しが二人を上から照りつける。
「だから、キメラ男は僕達二人のどっちかが倒すって決めていたんです。湊君は負けちゃったから、今度は僕が……!」
「陸君!待って下さい!」
 菜央は、歩いていく陸の前に先回りする。彼はそれを見て一度立ち止まった。
 菜央が陸の顔を見上げると、彼の目は何かに憑かれたように険しい目つきをしていた。征市が倒された事のショックが陸を追い詰めていた事を知り、菜央は愕然とする。
「何ですか?」
「陸君が相羽さんにキメラ男の事を伝えなかったとしても、それは陸君だけの責任ではありません!だから、そんな風に一人で背負いこまないで……!」
「だけど……!」
 陸が強く手を握り締める。
「確かに、結果は変わらなかったかもしれないけれど、僕が伝えていたら心の準備くらいできたかもしれないんだ!僕のせいじゃないのかもしれないけれど、僕のせいかもしれないんだ!それに、征市さんも湊君も戦えなくなったなら、次は僕が戦うしかない。一真さんは強いけれど、現役じゃない。それにリーダーはトライアンフの事務所を守っていかなくちゃならないからね」
「陸君……」
 陸が言い終わるのと同時に、彼の携帯電話が鳴る。彼がそれを取り出し通話を始めた瞬間、一真の声が聞こえてきた。
『陸。山城公園にキメラ男が現れた。急いで向かってくれ』
「了解です、一真さん」
 陸は携帯電話をしまうと、菜央の横を通り、山城公園に向かって走り始めた。
「待って下さい、陸君!」
 菜央もそれについていく。しかし、菜央の声は陸に届かない。大切な存在が消えてしまうような危うい気持ちを感じながら、菜央は陸に声をかけながら走るのだった。

 彩弓が帰った後、征市はベッドから降りて廊下を歩いていた。体に痛みは残るが、それが気にならないくらいの強い力をもらった。征市はそう感じていた。魔力ともカードとも違う戦う力を彩弓からもらったのだ。
「いつまでもベッドの上ですねてるわけにはいかないよな」
 征市が向かったのは書斎だった。ここならば、失われた魔力を取り戻す方法について書かれた本があるかもしれないからだ。
 征市は特別な訓練や精霊の契約など、後天的な要因で魔力を得たのではない。祖父、相羽総一郎(そういちろう)と暮らしていたため、先天的に魔力が身についたのだ。物心付く前から魔力を得ていたとも言える。
 以前の魔力を取り戻せるかどうかは判らない。それにデッキも失っている。それでも征市は再び戦うために動き出したのだ。
 征市が書斎の扉を開けた瞬間、熱風が彼の顔に吹き付ける。それと同時に、白いカーテンが風にあおられて窓枠に当たる音が聞こえた。征市は書斎の窓を開けていない。彩弓はこの部屋に入る事はないので開ける事はない。窓を開けた人物は征市の目の前で魔道書を読んでいた。征市に気づくと優雅な手つきで本を閉じ、近くの本棚に戻す。
「ごきげんよう、征市さん」
「真実か」
 カーニバル前日と同じように白いノースリーブのワンピースを着た真実は首を少し傾けて上品な微笑を見せる。その笑顔に、征市は無機質な声で答えた。
「何の用だ?」
「お見舞いですわ。尤も、私よりもあの子に来てもらった方が嬉しかったかもしれませんね」
 真実はそう言って、自分の長い黒髪をつかむと顔の横で二つ結びにしてみる。彩弓を表しているようだった。
「勝手に決めるなよ。それより、何でお前がここにいるんだ?」
「お見舞いと申し上げました。この書斎も久しぶりです。変わっていない部分もあるけれど、変わった部分もある。時間が流れたのね……」
 真実はそう言うと、近くの柱にそっと手を置いた。その動作を見た征市は、真実がこの書斎についてよく知っている事を理解した。それ故、総一郎とどういう関係だったのかが気になる。
「じいさんと知り合いだったのか?」
「ええ、私は総一郎さんに恋をしていました」
 真実は征市の目を真正面から捉えて答える。静かで控えめにも聞こえる声だったが、彼女の目からはその強い意志を感じさせる。
「それでも、私はプライズですから。どれだけ想っていても総一郎さんと一緒になれない事くらい理解していました」
「そんな……!」
 淡々とした口調でそう続けた真実の言葉に思わず征市は感情的になって口を開く。だが、考えるまでもなく人間とプライズが恋をする事などおかしいのは征市にも判った。それに、一真が調べた資料によれば総一郎は魔道書同盟と戦った魔法使いなのだ。敵と恋をする事も周りは認めないだろう。
「でも、じいさんはどう思っていたんだ?あんたがじいさんに頼んでメモにあんたとの事を書かなかったって事は、じいさんだってあんたの事を――」
「それは、また今度お話しましょう」
 真実によって告げられたその一言で、その話題は終わる。彼女はいつの間にか右手に赤い革のデッキケースを持っていた。使いこまれているが、それによって新品とは違う味わいを見せている。
「差し上げますわ」
 真実はそう言って征市にデッキケースを持っていた手を出す。その言葉に戸惑った征市の視線はデッキケースと真実の顔を往復していた。
「元々、総一郎さんが私に下さったものです。それが長い時間をかけてあなたの手に渡る。素敵な事だとは思いませんか?」
「でもよ……」
「戦う力は必要でしょう?」
 真実はそう言うと、半ば強引にデッキケースを征市に握らせる。それと同時にデッキケースに刻まれた龍を模した飾りが赤く輝いた。真実は「まあ」と、驚きながらそれを見る。
「もう魔力が戻っているなんて。さすが総一郎さんのお孫さんですね」
「え……?」
 征市は戸惑いながらデッキを見ていた。真実が言うように、征市は魔力が戻っている事に気がついた。征市はその原因が真実から受け取ったデッキにあると感じたが、そうではない事に気づく。それ以前に外部から大量の魔力を注がれていたのだ。デッキを受け取った事は、征市の全身に魔力が行きわたるためのきっかけに過ぎない。
「何で、魔力が……。まさか……」
 征市は、彩弓が自分の頭を抱き締めた事を思い出す。あの時、征市は何かが満たされていくのを感じていた。彩弓と魔力が頭の中で繋がらないが、それ以外に説明できるような理由もなく、征市はそれについて考えるのを保留にした。
「確かに、力も武器もある。でもよ……。俺には、闘志がない」
 征市は自虐的な顔で嗤う。
 真実が征市に渡したデッキは、総一郎が組んだものだ。デッキを手にした瞬間、征市は魔力の波長でそれを理解した。祖父が作ったデッキならば、怪人に負けるはずがない。征市はその力を知っている。
 しかし、征市は祖父のデッキを使って敗北したのだ。次は勝つとしても、敗北の恐怖が深い根となって心に巣食っている。
「デッキもらっておいてこういう事言うの悪いけど、俺、戦わないかもしれないぜ」
「それでもいいのです」
 戦う事を放棄した征市に対して、真実は優しく答えた。
「戦わなくてもいいのか?」
「デッキも魔力も選択肢を広げるための道具と力でしかないのですから。戦いたい時に戦えないのは嫌でしょう?」
「戦いたくないのに力があるってのも嫌だけどな」
 征市が皮肉っぽく言い返すと真実は微笑んで答える。
「戦いたいと思う時が来ますわ。近いうちにね……」
 そして、真実は征市に背を向けると開いた窓に向かって歩き、そこから飛び降りた。予想外の出来事に征市は何もできずにしばらく窓を眺めていた。その後、窓に駆け寄り真実を探す。すると、近くの道を真実の服と同じように白い外車が通っていく。その後部座席にいる真実が征市を見つけて手を振るのを見て、征市は腰の力が抜け、その場に座り込んだ。
「……ったく。脅かすんじゃねぇよ。寿命が縮んだじゃねぇか」
 征市はそう呟いてしばらく休むと、立ち上がって書斎を出た。デッキは書斎に置いておいてもよかったのだが、何故か手放す気にはなれなかった。闘志はないと言ったのは嘘なのかもしれない。
 一階のリビングに降りた征市は、テレビをつける。くだらないワイドショーを眺めながら、その情報を受け流していた。
『征市、調子はいいのか?』
 征市の頭上から声が聞こえた。総一郎を描いた肖像画のプライズ、二号だ。二号にしては珍しく、言葉に征市を心配するようなニュアンスがこもっている。
「まあまあだな」
『そうかそうか。ちびっこい彩弓にトライアンフのリーダーの姉ちゃんも来て両手に花だったみたいだな』
「俺が起きた時は、菜央は帰った後だったみたいだけどな。つーか、下世話な言い方するなよ」
 征市はそう言って頭上で浮いている二号を見た。そこに描かれた顔はいやらしい笑みを浮かべている。
『どっちを嫁にするのか今の内に考えとけよ』
「知るか、馬鹿」
 二号と漫才のような会話をしながら、征市は普段の自分に戻っていくのを感じていた。あとは、闘志だ。再び、キメラ男に、魔道書同盟に立ち向かえる闘志が戻ればいい。
 そう考えながら征市がテレビを見ていると、山城公園が映った。生放送らしく画面の上にLIVEの文字が見える。そこではキメラ男と頭部が黒いポーンのチェス駒のような怪人が暴れていた。現場の中継をしていたニュースキャスターも襲われ、その直後、画面に砂嵐が流れる。
「あの野郎……」
 怒りで手が震える。カーニバルを潰しただけでなく、まだ人を襲っていたのだ。その怒りが征市の心の中で熱い炎となって燃え上がる。しかし、怒りだけでは闘志にならない。
 手の震えは闘争心から来る武者震いなのか、それとも恐怖による震えなのか征市には判らなかった。
『征市……』
 二号もその震えを見て征市にどう声をかければいいのか判らなかった。一度、目を閉じた征市はしばらくして目を開けると二号に告げた。
「二号。山城公園に行ってくる」
『そう来なくっちゃな!靴はちゃんと磨いておいたぜ!』
「お前、肖像画のプライズだろ?靴、磨けるのか?」
『悪い。征市に褒めてもらいたくて嘘をついた。本当はあのちっこい嬢ちゃんがやってくれた』
「彩弓が?」
『早くお前が大勢の観客の前で手品ショーをするのが見たいから、早く外に出てくれるようにって言ってたぜ。モテモテだな』
「ああ……モテモテなんだよ」
 今、伝わった彩弓の想いが征市の心の起爆剤となる。もう、二度と負けない。
 心に宿る闘志のように赤いブレザーを羽織り、その襟に羽根を模したラペルピンをつけた征市は彩弓が磨いてくれた靴を履いて家を出るのだった。

「《威牙の幻ハンゾウ》召喚!」
 陸の手から離れたカードは、黒いカエルのような姿へと変わる。《ハンゾウ》は口から紫色の息を《スカイソード》に吹きかけた。すると、《スカイソード》は溶けてその場に崩れ落ちていく。陸についてきた菜央と、山城公園を散歩していた彩弓がそれを見ていた。
 山城公園は他にも魔法警察が警備に当たっていた。しかし、その魔法警察もキメラ男が生み出したチェス駒の兵士によって傷つき、倒れている。
『《バイオレンス・サンダー》の進化元を除去すれば勝てると思っているの?無駄よっ!』
「マスターの言うとおりだ。それに、準備は整っている」
 キメラ男は《腐敗無頼トリプルマウス》に一枚のカードを投げつける。それによって《トリプルマウス》は《バイオレンス・サンダー》に進化した。
「しまった!間に合わなかった!」
 陸の前で《バイオレンス・サンダー》は巨大な翼で羽ばたきながら近づく。芝で覆われていたはずの山城公園の地面がいつの間にか水で覆われ、波がキメラ男に三枚の手札を与える。そして《バイオレンス・サンダー》の紫の龍の首が黒い光線を吐き、陸の手札を三枚砕いた。最後に赤い頭部が《ハンゾウ》に炎を吐いて焼き尽くす。
 自分のクリーチャーが全滅する瞬間。しかし、陸はそれを見て腕を組んで笑った。
「それで《ハンゾウ》を除去したと思ってる?甘いよ!」
 陸がそう叫んだ瞬間、《バイオレンス・サンダー》が吐いた炎の横に《ハンゾウ》の姿が現れる。
「何で!?テレポートしたの?」
「《威牙の幻ハンゾウ》の特殊能力です」
 その光景を見て彩弓が叫び、菜央がそれに答える。
「おっと。ここから先は僕が説明するよ。《ハンゾウ》はマナに闇のカードがあれば、破壊される時にシールドを身代りにして生き残れる。《バイオレンス・サンダー》が焼いたのは残像みたいなもんさ」
 炎によって陸のシールドが一枚焼き尽くされる。だが、《バイオレンス・サンダー》の攻撃はそれで終わったわけではない。残り二枚のシールドも《バイオレンス・サンダー》の槍で砕かれていった。
「シールド0か。だけど、これでこっちの切り札も来た!」
 陸が《ハンゾウ》に一枚のカードを投げる事でその姿が変わっていく。場に現れたのは、台座に座って陸の切り札《悪魔神ドルバロム》だ。その力によって、陸とキメラ男の闇以外のマナが腐って消えていく。
「《ドルバロム》のパワーは《バイオレンス・サンダー》よりも上だ!《ドルバロム》!殺せぇっ!!」
 《ドルバロム》が《バイオレンス・サンダー》に右腕を向ける。一瞬、黒い光の筋が《バイオレンス・サンダー》の肉体を貫いた事だけは彩弓も菜央も認識できた。その直後、《バイオレンス・サンダー》の巨体が倒れた。
「これでお前の切り札は倒した!来いよ!とどめを差してやる!」
 《ドルバロム》と陸が腕を組んでキメラ男を威圧する。キメラ男のシールドは一枚残っているが、それは陸の手札にある《冥府の覇者ガジラビュート》で跡形もなく破壊できる。陸だけでなく、陸の後ろで戦いを見守っている菜央もそれを確信した。
「ああ、お前の望みどおり攻撃してやろう」
 だが、キメラ男は落ち着いた口調でそう言うと、マナゾーンのカードを五枚タップして一体のクリーチャーを召喚する。濃い緑色のマントを纏ったそのクリーチャーの姿を見て陸の息が止まった。
「《キリュー・ジルヴェス》だ。さっきも見ただろう。効果はスピードアタッカー。つまり……!」
 キメラ男が右手を開いて陸に向ける。それと同時に《キリュー・ジルヴェス》が鎌を振り上げて陸に飛んできた。
「このターンでお前を倒せる!」
 《キリュー・ジルヴェス》の鎌が陸に近づこうとしている。それを見ながら、菜央は力の限り叫んだ。
「陸君!《ハンゾウ》をニンジャ・ストライクで出すんです!」
「いや……無理ですよ、リーダー」
 陸は白い顔をして自分の手札を菜央に見せる。その中に、菜央が言った《ハンゾウ》は一枚も入っていなかった。
 そして《キリュー・ジルヴェス》の鎌が陸の体を切り裂く。陸はその衝撃でカードを散らしながら後方に吹き飛んだ。それに菜央が駆けよる。
「陸君!陸君……!?そ、そんな……!いやぁぁぁーっ!!」
 人々が動く事を拒むような重い空気がその場を包む。その中でキメラ男はデッキケースを片手に菜央に向かって歩いていた。
「そんな……。何で、陸君まで……」
 陸を抱きかかえた菜央がキメラ男を見る事はなかった。彼女にキメラ男が近づく。
『キメラ男ちゃん。刃向かうなら、やっつけちゃいなさい。刃向かう力もないなら……怪人の材料として連れて来てもいいわっ!』
「承知しました、マスター」
 全の命令に、キメラ男が答えた。
 彩弓は、征市にもう一度立ち上がってもらうにはどうしたらいいのか考えるために山城公園を散歩していたはずだった。そして、気がついたら戦いに巻き込まれていて、大切な友達が敵に敗れている。そんな危険な状況の中で、自分は何をすればいいのか判らない。
「無様だ。これがトライアンフか」
 いつもならば、征市が助けに来てくれた。だが、その征市はもう戦う事ができない。
『幻もこんな奴らを倒せなかったなんておかしいわっ!』
 それでも、目を閉じた時に浮かべるのは征市の姿だった。彼女が思い浮かべる正義の味方は一人しかいない。彩弓は、彼の名を叫ぶ。
「助けて、征市君!!」
 突如、聞こえてくる爆音。そして、体中に纏わりつく熱風。キメラ男は足を止めて、爆音が聞こえた方向を見た。そこでは、チェス駒の兵士が魔法警察に攻撃していたはずだった。今まで聞こえていたはずのチェス駒の兵士の声も足音も聞こえない。煙が全てを覆い隠している。
「俺を呼んだか?」
 煙に中から若い男の声が聞こえる。その声を聞いて菜央は煙の中にいるその人物を探し、キメラ男は後退する。そして、彩弓は表情を輝かせるとその英雄の名を叫んだ。
「征市君っ!」
 Q区特有の潮風で煙が流されていく。幕が上がって真の主役、相羽征市がその場に姿を見せた。その背後には、敗れて散っていったチェス駒の兵士達の残骸が残っていた。
「よう、キメラ男。久し振りだな」
 赤いブレザーを夏の風でなびかせ、手には赤い革のデッキケースを持ちながら征市はそこにいるトライアンフメンバーと彩弓に近づいた。
「馬鹿な……。お前の魔力はあの時に……!」
『キメラ男ちゃんっ!しっかりしてっ!あんなのは、ただのはったりよっ!魔力が戻っているはずがないわっ!だから、戦いなさいっ!!』
 全は、征市を恐れて後退するキメラ男に命じた。だが、それだけでキメラ男の恐怖が消えるわけではない。
「はったりなんかじゃねぇよ。俺にもよく判らないけれど、奇跡が起きちゃったみたいだな」
 征市はキメラ男に対していたずら好きな子供のように笑うと、顔を引き締めて彩弓達に近づく。
「菜央。陸がやられて悲しいのは判る。だけど、お前はトライアンフのリーダーだ。……みんなを頼むぞ」
 征市は菜央の目を見てそう告げる。菜央は歯を食いしばりながら立ち上がると、携帯電話を取り出して電話をかける。通話先は魔法警察だ。
「至急、応援をお願いいたします。怪人キメラ男によって魔法警察、及びトライアンフのメンバーが重軽傷を負っているのです。敵のキメラ男はまだここで活動を続けています。しかし……」
 菜央は魔法警察への電話を一言止めて征市の背中を見る。その背中を見て、菜央は彼にこの場の全てを託す事に決めた。
「すぐに私の部下がキメラ男を倒します。ですから、この場にいる怪我人を助けるために急いでここに来て下さい!」
 通話を終えると、菜央は征市を見た。彼の目は、今、彩弓を見ている。
「心配してたか?」
「少しね。でも、よかった……。やっぱり、征市君は征市君だねっ!」
「何だよ、それ。訳判らねぇって」
 征市は軽く笑った後、キメラ男を見る。そして、背を向けた彩弓に語りかけた。
「怖いか?怖いなら、今すぐ逃げろ」
「怖くない。征市君が戦うところを見ているよ」
「判った。じゃ、俺が守る」
 彩弓の答えを聞き、征市はデッキケースから四十枚のカードを取り出す。それらのカードは炎を纏ったまま、縦横無尽に暴れまわり、その中の五枚は赤いシールドへと変化し、征市を守る壁として立つ。そして、残った中から五枚が征市の手元に手札として加わり、残りの三十枚は征市の右腕の近くに浮いていた。
「白馬の王子でも気取っているつもりか?」
「はっ、くだらねぇ」
 キメラ男の問いに、征市は吐き捨てるような笑いで返すと奇形な怪人の姿を睨みつけた。
「白馬の王子様なんてガラじゃねぇよ。名乗るんだったら……そうだな。俺が名乗るんだったら、正義の味方の方がいいに決まってる」
 そう言って、征市はマナゾーンにカードをチャージする。その言葉を聞いた時、スピーカーから全の『きーっ!』と言う声が聞こえ
『キメラ男ちゃん!そんな歯の浮くような事を言う奴、二度と立ち上がれないようにぼこぼこにしてあげちゃいなさいっ!』
というキメラ男への命令がその場に響いた。
「承知しました、マスター」
 キメラ男は主の命令に答えるとカードを引き、マナにカードをチャージする。だが、まだ動く事はできない。
「行くぜ!《フェアリー・ライフ》!」
 征市は、その直後にすぐ行動を開始する。《フェアリー・ライフ》はコスト2で山札の上のカードをマナに置く軽量呪文だ。後半で大型のクリーチャーを使う陸も愛用している。
「新たなデッキを用意したところで無駄だ!」
「そいつはどうかな?召喚!」
 征市の手札から、一枚のカードが飛び出し、赤い光と共に姿を変えていく。それはオレンジ色の体毛をもった小鳥《コッコ・ルピア》に変化した。
「うわぁー、かわいー!」
 その愛らしい外見に彩弓が声を上げる。そして、キメラ男は《青銅の鎧》を召喚しながら《コッコ・ルピア》の姿を見て鼻で嗤った。
「そんな、小型クリーチャーなど役に立つか?」
「役に立つさ。まあ、見てろって」
 だが、征市はカードを引いただけで行動を終えてしまう。それを見てキメラ男が笑いながら動く。
「ははははは!デッキを変えても、お前の本質は変わらない!手札にどんな切り札を隠し持っていたとしても、無駄だ!落ちろ!」
 キメラ男は体中にいくつもの口を持った獣のようなクリーチャー《腐敗無頼トリプルマウス》を召喚した。その口の一つが征市の手札の一枚に食いつき、それを空中に放り投げる。征市は、表情を変えずにそれを眺めていた。
「へぇ、手札を捨てるクリーチャーか」
「それだけではない。《フェアリー・ライフ》や《青銅の鎧》と同じようにマナを増やす事もできる!」
 キメラ男が言うように、彼のマナは六枚になっていた。キメラ男の切り札《バイオレンス・サンダー》は強力な能力を持つが、召喚するには10ものマナが必要になる重いクリーチャーなのだ。マナを増やす方法は必要である。
「だけど、その能力が仇となったな。来い、《ザークピッチ》!」
 《トリプルマウス》によって空へ捨てられた手札は炎を纏い、火の鳥の姿へと変化して場に降りてきた。
「この前のデュエルでも出しただろ?《翔竜提督ザークピッチ》。相手の手札破壊を受けて場に出るクリーチャーだ。さらに……!」
 征市が山札へ手を伸ばすと、その上から三枚がめくられ、それら全てが征市の手元へ飛んでいった。それを見て初めてキメラ男が吠える。
「前回は一枚だったはずだ。何故、今は三枚も……」
「《ザークピッチ》の能力は場に出た時に山札の上を三枚めくってアーマード・ドラゴンかファイアー・バードを全て手札にくわえる能力だ。このデッキはドラゴンとファイアー・バードが多いからな。こいつの力が充分に発揮できる」
 説明を終えた征市は、マナに置かれていた五枚のカードを全てタップして手札に加えたばかりのカードを一枚手札から抜き出すと場に召喚する。それと同時にキメラ男の《青銅の鎧》と《トリプルマウス》の姿が炎に包まれた。
「我がクリーチャーが全滅……!?」
「《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》を召喚した」
 征市の場には、全身を棘のような鋭い突起状の物体で武装したドラゴン《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》が立っていた。その能力で相手のパワー2000以下のクリーチャーは全て破壊される。特殊能力を持っていたがパワーが低いキメラ男クリーチャーは、その能力で全滅したのだ。
「一気に先制攻撃だ!《ザークピッチ》でシールドをW・ブレイク!」
 《ザークピッチ》は肩についた二門の大砲でキメラ男のシールドを撃ち抜く。しかし、それによって砕かれた二枚目のシールドから、黒い手が現れて《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》の肉体を貫いていった。
「《デーモン・ハンド》か……。嫌なカードだぜ」
 そのカードを見た瞬間、征市は足が震えるのを感じた。抑えようと思っても抑えられるものではない。それを見たキメラ男と全が笑う。
『傑作だわっ!またシールド・トリガーの《デーモン・ハンド》でお前をやっつけてやるわっ!』
「トラウマを克服できていないようだな、小僧。この手で貴様の闘志も未来も抉り取ってやる」
 足の震えは手にも伝わって来る。征市はそれを打ち消すようにゆっくり深呼吸する。
「やってみろよ。お前が何かする前に俺の切り札がお前の野望を打ち砕くぜ」
「貴様……。言ってくれるな!」
 挑発を受けてキメラ男が動き出した。

 彩弓が征市の戦いを間近で見るのは二回目だった。一度は、チェス駒のプライズが征市の祖父の姿で征市に戦いを挑んだ時の事である。その時の事は今でも鮮やかな映像と共に記憶に残っている。あの時、初めて見る戦いで彩弓は征市の勝利を念じていた。
 そして、今。デュエル・マスターズがよく判らない彩弓にできる事は征市の勝利を祈る事だけだった。あの時以上に強く念じていた。
「《バイオレンス・サンダー》!!相羽征市のシールドに絶望を与えろ!」
 だが、その祈りも空しく《バイオレンス・サンダー》が現れる。その炎は征市の《コッコ・ルピア》を焼き尽くしていく。
「お前の行動は判った。ドラゴンの動きを活性化させているのはその鳥だ!《コッコ・ルピア》がなくては何もできまい!」
 同時に音を立ててシールドが砕け、破片が周囲へ飛び散っていく。その中にシールド・トリガーはない。そして、これで征市のシールドはなくなってしまった。
「首の皮一枚って奴か……」
 キメラ男のバトルゾーンにいるクリーチャーは《バイオレンス・サンダー》のみ。しかし、シールドは三枚も残っている。
 征市の場にいるのは広げた翼にミサイルを取り付けた《インフィニティ・ドラゴン》だけだった。そして、手札もシールドもない。絶体絶命のピンチだった。
「《インフィニティ・ドラゴン》はW・ブレイカー。普通に攻撃してもシールド二枚をブレイクして終わりか。勝ち目はないな」
 だが、言葉とは裏腹に征市は不敵な笑みを浮かべている。勝利を確信したような顔だった。
「何を企んでいる?手札なしに逆転などできるはずがない!例え、スピードアタッカーが来たとしても、シールドブレイクが限界だ!」
「ああ、そうだな。だけど、このデッキならそれでも逆転できるかもしれない。タネも仕掛けもなしにやるもんじゃねぇが……俺の手品ショーを見せてやるよ!」
 征市は右手で山札の上のカードをつかむとそれを空へ投げた。そして、左手でマナゾーンにある八枚のカードをタップする。タップされたマナゾーンのカードから赤い球体が現れ、空を飛んでいるカードに吸い込まれていった。カードが炎に包まれ、地面に降りていく。そして、その場にいる全員の前で炎が消え、中から一体の龍が出てきた。
「俺の新しい切り札《竜星バルガライザー》!!」
 黒金の鎧に二本の刀を持った龍は、場に出るのと同時に地面を蹴ってキメラ男のシールドへ突撃していく。
「《バルガライザー》はスピードアタッカーでW・ブレイカーだ。これなら、シールドは全てブレイクできる!」
「だが、シールドがブレイクできても攻撃は届かん!」
『そうよっ!無駄よっ!』
「征市君!」
 キメラ男、全、そして彩弓から声をかけられても征市は不敵な笑みを崩さない。それどころか、征市は唇の端をより強調して歪めてみせた。
「無駄かどうかはこれから決まる。さあ……」
 征市は静かに息を吐くと、山札の上に右手を置く。
「来い!!」
 そして、山札の上を強くこすった。すると、一番上のカードがめくれ、炎に包まれながらバトルゾーンに飛び出す。炎を振り払ってその場に現れたのは《ボルシャック・大和・ドラゴン》だった。
「《バルガライザー》はただのスピードアタッカーじゃない。攻撃した時に山札の上のカードをめくり、ドラゴンだったら場に出す事ができる!そして、《ボルシャック・大和・ドラゴン》はスピードアタッカーだ」
 征市の説明と共に、《バルガライザー》の攻撃でキメラ男のシールド二枚が弾け飛んだ。そして、《インフィニティ・ドラゴン》が翼のミサイルで最後のシールドを撃ち抜く。
『キメラ男ちゃんっ!』
 全が叫ぶのを聞きながらキメラ男は自分のシールドを見る。そのシールドにひびが入った瞬間、ひびから黒いものが見えるのをキメラ男は見逃さなかった。
「やはり、勝つのは本当に強い者だ!シールド・トリガー《デーモン・ハンド》!《ボルシャック・大和・ドラゴン》を破壊する!」
 砕けたシールドから黒い手が《ボルシャック・大和・ドラゴン》へ飛んでくる。《ボルシャック・大和・ドラゴン》は刀を握りながら少しずつ後退していった。
「逃げるな、《ボルシャック・大和・ドラゴン》!お前は俺が守る!」
 そう言って征市は山札の上のカードをめくって《インフィニティ・ドラゴン》に投げた。すると、カードはミサイルへと変わり、翼にセットされる。《インフィニティ・ドラゴン》は《デーモン・ハンド》目がけてそのミサイルを発射した。爆音が轟き、黒い手は跡形もなくその姿を消した。
「シールド・トリガーを防いだ!?何をした!?」
「《インフィニティ・ドラゴン》の特殊能力だ。ドラゴンが場を離れる時、山札の上のカードをめくってそれがドラゴンかファイアー・バードだったら場にとどまらせる力を持っている!」
 《ボルシャック・大和・ドラゴン》は刀の切っ先をキメラ男に向ける。征市と《ボルシャック・大和・ドラゴン》を止める者は誰もいない。
「《ボルシャック・大和・ドラゴン》でとどめだ!」
 地面を蹴って跳んだ《ボルシャック・大和・ドラゴン》の刀がキメラ男を真っ二つに切り裂いた。それによってキメラ男は爆発し、その肉体は霧散する。
「勝った……か」
 征市は新しいデッキケースにカードをしまうと、彩弓を見るために振り返った。
「勝ったぜ」
「うん!征市君、完全復活だね!」
 征市は手を上げてそれに答える。
 全は、キメラ男を超えるような怪人で襲いかかってくるだろう。だが、征市は負ける気がしなかった。新たなデッキと新たな闘志。二つの武器を持って征市は再び歩き出した。

 『File.21 世界一強い女の子』につづく
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