スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『コードD』File.28 赤い靴と踊ろう!

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
ジャバウォックの力を取り込んだ全(ぜん)によって、トライアンフのメンバーは肉体から魂のようなものを切り離され、吸い込まれてしまった。全の中で再生を始めるジャバウォックは、トライアンフメンバーを効率よく吸収するためにゲームを提案する。そのゲームを受け入れた六人はジャバウォックが出す問題を全て解き、ジャバウォックのコアに挑戦する。
 一方、抜け殻となったトライアンフメンバーの肉体に手を出そうとする全の前に真実が現れる。彼女は白いチェス駒のプライズを使って幻(げん)の動きを止め、全に挑むのだった。善戦する真実だったが、勝利の直前になって全は自分の肉体に取り込んだトライアンフメンバーを人質に使い、真実を脅す。真実は攻撃を中止し、反撃のチャンスを狙う。
 体内では、最後に残った征市がジャバウォックのコアと戦っていた。征市の切り札《超竜バジュラ》さえも退ける《神羅ドラグ・ムーン》に苦戦するものの、征市は勝利し、全の肉体から脱出する。征市達が元に戻ったのを見て真実は全を撃破。Q区最大の戦いはトライアンフの勝利で終わったのだった。

  File.28 赤い靴と踊ろう!

 Y市の港に近い倉庫の中。そこで向かい合っている二人の男がいた。
 一人は黒服の男だ。手に数枚のカードを持って目の前の男を見ている。黒服の男の命乞いをするような視線を受けながら、彼と対峙している青年は右手で自分のカードの束から一枚引いた。
「そんな目をするもんじゃないぜ。今まであんたは悪い事をしてきたみたいだけど、ここがターニングポイントだ。心を入れ替えて反省しな!」
 カードを引いてそう言ったのは、燃えるような赤いブレザーを羽織った青年だった。二十歳前後に見えるその青年は少し目にかかる黒い前髪を指先ではらうと、持っていたカードを一枚、手首のスナップを使って投げつける。すると、カードは赤い炎を出して武者の鎧を纏ったドラゴンへと変化を遂げていった。人間の数倍の大きさのドラゴンの姿を見て、黒服の男は声を上げて腰を抜かす。
「ビビるなよ。あんたもプロの用心棒だろ?俺の《ボルシャック・大和・ドラゴン》がそんなに怖いのか?」
 ブレザーの青年が言い終わる前に、《ボルシャック・大和・ドラゴン》は刀を抜いて切っ先を黒服の男に向けた。指示を仰ぐように、横目で青年の顔を見る。
「行くぜ、《ボルシャック・大和・ドラゴン》!とどめだ!!」
 青年の命令を聞いて《ボルシャック・大和・ドラゴン》は両足に力を入れて跳び、刀を振り下ろした。巨大な質量の刀が黒服の男に叩きつけられてデュエルは終了する。赤いブレザーの青年は自分の周りにあるカードをしまいながら、黒服の男から紫色の煙のようなものが飛んでいくのを見ていた。
「旦那様!こっちは終わりましたわ!」
 勢いよく倉庫の扉が開いて、少女の声が飛び込んでくる。赤いブレザーの青年、相羽征市(あいばせいいち)は振り返ると「お疲れ様」と言うように少女に手を振った。
 魔法に関する事件を扱う二つの組織。今日は、その合同捜査だったのだ。
 数を活かした捜査で事件を追う魔法警察と、デュエル・マスターズカードを使う凶悪な魔法使いの相手をするトライアンフが力を合わせて裏のギルドを追い詰めていた。征市と少女はトライアンフのメンバーである。この捜査での担当は、魔法警察のサポートだ。戦闘用魔法の中でも最高の存在と言われているデュエル・マスターズだが、魔法警察の中にはその使い手がいない。そのため、カードを使えるデュエリストが事件に関与している時は、魔法に関する事件の国際的な捜査機関とも言えるトライアンフのメンバーの力を借りる事になる。このような事件は『コードD』と呼ばれている。トライアンフの宿敵、魔道書同盟の幻(げん)と全(ぜん)が退いた今、コードDと呼べるような事件はあまり発生していない。トライアンフ所長の琴田菜央(ことだなお)は、一部の裏のギルドが魔道書同盟を支援していた事実を知り、魔法警察と共にギルドの捜査を行う事にした。トライアンフのメンバーは交替で捜査に参加しているのだ。
「彩矢(あや)、旦那様はやめてくれって」
「えー!?だって、将来を誓い合った仲じゃないですか♪」
「勝手に決めんな!」
 少女は気にしていない様子で征市に腕をからめてくる。毛先に軽いウエーブがかかった黒に近いこげ茶の髪が、入口から入ってきた波風に揺れる。
 少女の名は一ノ瀬彩矢(いちのせあや)。征市の知り合い、一ノ瀬彩弓(あゆみ)の妹で、十五歳だ。元々、トライアンフアメリカのメンバーだったが、先月、日本に来てトライアンフのメンバーとして加わる事になった。学校帰りらしく、姉と同じ高校の制服を着ている。
「用心棒は俺が何とかしたけれど、他の倉庫はどうだったんだ?」
 征市は倉庫を出て、彩矢に聞く。暗い倉庫から明るい屋外に出たため、征市は光に慣れず目を細めた。征市の問いかけを聞いて、彩矢は胸の前で手を叩いて答える。
「それはもう、バッチリですよ!隠し持っていたプライズやカードがいっぱい出てきました。こっちの倉庫ですよ!」
 彩矢の後について征市は別の倉庫に移動する。その倉庫の中では、魔法警察の職員がプライズやデュエル・マスターズカードを押収していた。盗品であるもの、取り扱いには許可が必要なものなど様々なプライズがある。その中には、魔道書同盟のような組織への出荷の準備が終わっていたものもあった。荷物の量は多いが、整理されているらしく、職員達はスムーズに動いていた。
「あっ!あれ、かわいい~!」
 征市が段ボールに詰められて管理されたプライズを見ていると、彩矢が声を上げて一つの棚に近づく。そこに、一足の赤い靴が飾られていた。子供用の靴なのか、サイズは小さくシンプルなデザインだ。特別なプライズなのか、この棚には赤い靴以外の物は飾られていなかった。
 彩矢は、それを手に取ると目を輝かせながら征市を見た。
「どうしたんでしょう、これ?他は人を殺す呪いの道具とかばっかりなのにこれだけラブリー!子供用の余所行きの靴みたいですね」
「だな。昔は足を大きくしないために、足を氷水に入れていた時代もあったらしい。だから、これくらいのサイズの大人用の靴があっても不思議じゃないのかもな。さすがにこれは子供用だと思うけど」
 征市もデザインを見てこれが大人の履く靴として適さないと感じていた。それと同時に、この靴だけが場違いに感じながら、彩矢から赤い靴を取る。
「これは魔法警察が持っていくんだから、そろそろ片づけろよ。それに、門限なんじゃないのか?」
「おっと、そうでした!せっかくだから、写真を撮って……」
 彩矢は携帯電話で赤い靴の写真を撮ると「じゃ、また明日!」と言って征市に手を振って倉庫を出て行った。

 その夜。彩矢は寮でルームメイトの霧島留美(きりしまるみ)と話をしていた。
「ねえ、彩矢。今日はどこに行ってたの?もしかして、日本まで追いかけてきた彼氏のとことか?」
「彼氏じゃないわ。アタシの大切な旦那様よ♪」
 彩矢と留美は非常に気が合う者同士で、ルームメイトとしての相性はとてもよかった。彩矢は毎日のように征市の事を話題として出す。そのため、一部の生徒からは「愛する人を追ってアメリカから日本に来た」と思われている。
「はいはい。で、今日も門限ギリギリまでどこに行ってたの?デート?」
「うん。デートみたいなものね。結婚前だけど、二人で共同作業みたいな」
 プライズに関する話はできない。トライアンフのメンバーとして仕事をする上で秘密を守るのは大切な事だ。事件に深く関わったのならともかく、事件とは完全に無関係な友人に秘密を漏らす事で事件との繋がりを作るべきではない。
「へぇ、何だか隠してる感じじゃない。今日は、旦那様の写真撮ってないの?」
「もちろん、今日も撮ってるわよ。ほら!」
 彩矢は携帯電話のフォルダを開いて留美に写真を見せる。毎日のように撮っているため、かなりの量の写真があった。
「この人、正義の味方だっけ?若いから学生に見えるけど、警察とか?」
「まあ、似たようなものね」
「ふーん、あれ?」
 留美はフォルダの中に征市以外の写真を見つけた。彩矢はそれを見て
「それ、今日、旦那様と一緒にいる時に見つけたの。すっごくかわいかったから、思わず撮っちゃった!」
と、説明する。留美もそれに興味を覚えたらしく、写真をじっと見ていた。
「子供の靴みたいね、これ。確かにかわいいわ」
 話題は征市に関する事から赤い靴に関する事に移り、時間は流れていった。

 征市はQ区の住宅街が並ぶ坂道を降りると、通りに面したモダンな建物の前に立った。大正時代には銀行として使われていた建物で今は博物館として使われている。この中にトライアンフの事務所があるのだ。征市は博物館の関係者専用通路を通ってとある絵画の前に立った。絵画の下の白い壁に手を触れると、自動ドアのように壁が動いた。ドアの中に入ると、そこは人が数人立って入れる程度の狭い部屋のようになっていた。その中に入るとドアが閉まり、部屋はトライアンフ事務所まで移動する。この移動装置を征市達はエレベーターと呼んでいた。エレベーターが止まり、ドアが開くとすぐに事務所だ。征市は地下に作られて窓がないオフィスに入るとそこにいるメンバーを見る。
 一番奥のデスクで書類に目を通しているのはトライアンフのリーダー、琴田菜央だ。茶色のショートボブの髪型が非常に似合う肌が白い少女で、テレビに出てくるアイドルなどよりも可愛らしい顔立ちをしている。軍服をアレンジしたような上着を着ていて、その上からでも判るほどスタイルがよく、メンバーの一人の陸(りく)がそのスタイルの良さを絶賛している。
 菜央は、書類を見るためにかけていた眼鏡を外すと事務所に入ってきた征市を見た。
「相羽さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。今日は一真(かずま)さんと湊(みなと)が出かけてるのか」
 征市は自分の近くのデスクに一人しかいないのを見てそう尋ねる。
「そうなんですよ。で、僕はデスクワーク。……体動かす方が好きなんだけどなぁ」
 征市の近くのデスクで書類と睨みあっている少年がぼやいた。モデルのような外見の少年、遠山陸(とおやまりく)だ。現在のトライアンフでも古いメンバーであり、菜央との付き合いは長い。長身で甘いマスクの持ち主、自然な茶色の髪がマッチした外見の彼はぼやく姿も絵になっている。黒いシャツに銀色のドクロのカメオがついたループタイで首元を締めていた。
 トライアンフ最強と言われた男、貴田一真(たかだかずま)と予知夢を見る事ができる少年、若月湊(わかつきみなと)もトライアンフのメンバーであり、デュエリストだ。トライアンフのメンバーは、全員、専用のデッキを持っている。それぞれの魔力の波長に合わせたデッキで戦うのだ。
「そう言わないで下さい、陸君。魔道書同盟とのゴタゴタで書類も溜まっていたんですから」
「うーん、魔道書同盟と一緒に書類もやっつけられたらいいのにな~」
「そんな簡単にはいかねぇだろ。ところで、菜央。昨日の捜査の資料はできてるか?」
 征市は、陸の肩を軽くたたいた後、菜央を見る。菜央は頷いた後、一枚の資料を征市に見せた。
「ええ。予想通り、魔道書同盟との繋がりがあるギルドでした。……それと、一つ問題が」
「問題?」
 菜央の言った言葉をそのまま呟いて征市は渡された資料を受け取る。
「その資料にも書いてあるように、ギルドの記録と実際に押収されたデッキの数が合わなくなっているのです。何者かに持ち出された可能性もあります。既に調整が終わっていてすぐにでも使える状態になっているデッキなので、悪用される危険性があります」
「なるほど。でも、一つだったら記録のミスって事も考えられるんじゃないのか?」
「その可能性も考えられますが、ギルドでは捜査の前日にも在庫のチェックを行っていました。記録のミスの可能性は低いと考えていいでしょう。それに……」
 菜央は征市が見ているのとは別の紙を彼に渡した。それには征市が昨日見た赤い靴の写真が載っている。
「この靴はギルドも知らないと言っていました。他の物に関しては全て容疑を認めているのに、これに関しては知らないと言い張っているようです」
「俺も昨日見たけど、確かに変だったな。場違いな感じだった。これだけ特別なプライズみたいに棚一つ使って置いてあったし」
 征市が眉間にしわを寄せて赤い靴の写真を見ていると、電話が鳴った。同時に陸が立ち上がり、赤い靴の写真を見る。
「セーイチさん、これはあれですよ!シンデレ~ラに呪われ~る、とかそういう類の奴ですよ、きっと!」
「なんだよ、そのシンデレ~ラに呪われ~るってのは。シンデレラはガラスの靴だろ?赤い靴は関係ないじゃないか」
「いや、でも靴繋がりだし。靴って言えば山城公園に赤い靴はいてた女の子の像がありましたよね。これってあれと関係するんじゃないですか?」
「うん、一理あるな」
 昨日見た赤い靴は子供用のサイズだった。陸が言うように何か関係があるのかもしれない。
「妙な事になりました」
 電話を終えた菜央は受話器を置き、二人を見る。
「赤い靴のプライズが、魔法警察の保管庫から突如、姿を消してしまったそうです」
「マジかよ、それ。じゃ、勝手に移動するプライズなのか?」
 征市の言葉に菜央は無言で頷く。そして、デスクに向かってノートパソコンのキーボードで何か打ち込みながら話を始めた。
「相羽さんと陸君は『赤い靴』という童話を知っていますか?」
 征市と陸の二人は顔を見合わせた後、菜央を見て首を横に振った。その二人に菜央が簡単な説明をする。
「『赤い靴』の童話で出てくる赤い靴は、それを履いた少女に死ぬまで踊り続ける呪いをかけるというものです。靴を脱ぐ事も踊りをやめる事もできずに足が勝手に踊り出すというものでした。止めるために少女は足を切り落とす羽目になります。その靴の元となったのがこのプライズです」
 菜央はノートパソコンの画面を二人に向ける。そこには、赤い靴の絵と魔道書の引用らしい説明文が書かれていた。
「赤い靴は人間を誘惑し、人間に寄生するタイプのプライズです。自分に興味を示した人間の魔力や生気を奪い取り、踊らせます」
「呪いだ!やっぱり、シンデレ~ラに呪われ~る、なんだ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
 征市が陸の発言をたしなめると、菜央に説明の続きを促した。
「赤い靴を履いた人間の踊りを見た者は誘惑され、この世ではないどこかに連れて行かれると言われています。それによって、過去にいくつかの小国が滅ぼされた例もあります」
「国を滅ぼすって、冗談じゃねぇ……。そんなヤバい物が目の前にあったのに気がつかなかったのかよ」
 征市は、昨日の捜査を思い出す。あの時、征市は赤い靴を見て彩矢と話に花を咲かせるだけで目の前のプライズをよく見ていなかった。今、自分の注意力を悔やんでいる。
 そんな征市を慰めるように、菜央が付け加えた。
「相羽さんが気がつかないのも無理はありません。赤い靴は全く魔力を発しないプライズですし、自分を履く気がない人間には興味がないのですから」
「じゃあ、赤い靴を履こうと思った人がいたらどうなるんですか?僕は履こうと思わないですけど」
 陸がモニターの中の赤い靴を履いた少女の絵を見ながら聞く。
「恐らく、靴に魅了されて履く事になるでしょう。そうなったら、脱ぐ事は出来ないのですから、童話にもあるように履いた人の足を切り落とす事でしか止める事はできません」
「げげっ!」
 征市と陸が同時に叫んでモニターから顔を遠ざける。そして、自分の足が切り落とされた時の事を想像し、自分の足首を見てつかんだ。そして、征市は思い出したように顔を上げる。
「なあ、菜央。もし、ちょっとでも赤い靴に興味がある人間がいたら、赤い靴はそいつを誘惑するかもしれないって事だよな?」
「ええ、自分の事を気に入った相手を選ぶようです。まさか……!」
 征市は無言で頷くと、すぐに身を翻して出入り口に向かった。
「俺は彩矢を探す。魔法警察から連絡があるかもしれないから、二人はここにいてくれ!」
 征市は早口でそう言い残すと、事務所を出てエレベーターに乗り込むのだった。

 その日、彩矢は寄り道をする事なく真っ直ぐ寮に戻った。これは彼女にとって非常に珍しい事である。放課後になったら、征市と一緒にどこかに出かけたりトライアンフのメンバー達と一緒に事件の捜査をしたりして門限ギリギリまで帰ってこない事が多いのだ。
 彩矢がすぐに帰ったのには理由がある。体調が悪いらしく、朝から寝込んでいたルームメイトの留美を気遣っているからだ。一緒にいて快方に向かうというものではないが、一人でいる事で精神的にまいってしまう事もある。彼女を元気づけるためにも早く帰ろう、何か欲しい物があったら買ってきてあげよう、と考えながら彩矢は帰路を急いだ。
「留美、た~だいまっ!」
 ドアを開けて彩矢が部屋に入っても、留美の反応はない。風邪ならば反応する余裕もないだろうと思い、彩矢は奥へ進む。二段ベッドの上を見て彩矢はもう一度声をかけた。
「留美、大丈夫?……寝てるのかしら?」
 留美の反応が全くない。彼女は眠りが深い方ではなかった。疲れていてぐっすり眠っているとも考えられるが、彩矢は心配になって上のベッドを覗き込んだ。そこには誰も眠っていない。
「嘘……」
 体調が回復して出かけた可能性もある。そう思いながら、彩矢は心のどこかで不安に感じていた。第六感が彼女に警鐘を鳴らしている。ベッドを見ながら思案していると、鞄の中で携帯電話が震動し、音を立てた。取り出してディスプレイを見ると、征市からの着信だと判る。
『彩矢、無事か!?赤い靴はお前のとこには行ってないよな?』
 いきなり、身を案じる声が聞こえて彩矢は驚いたが、征市が自分の心配をしている事が嬉しくなり微笑んで答えた。
「もちろん、大丈夫ですよ!ところで、赤い靴って昨日の……?」
『ああ、そうだ。実は……』
 彩矢は征市から赤い靴に関する説明を聞いた。確かに、自分は赤い靴に興味を持っていたが、それは一時的なもので今日の昼頃には完全に忘れていた。
 彩矢は話を聞きながら周囲を見る。昨日、見た赤い靴は彼女の周りにはなかった。下駄箱の中にもそれはない。代わりに留美の靴が一足なくなっている事に気がついた。
『そうか。それならいいんだが……』
「いや……全っ然よくないですよ!」
 征市の安心した声を聞きながら思い出す。赤い靴に興味を持っていたのは彩矢だけではない。昨日、赤い靴の写真を見た留美も興味を抱いていたはずだ。
「アタシの友達が、アタシが撮った赤い靴の写真を見たんです。もしかしたら……!」
『ああ、赤い靴に選ばれたかもしれねぇ。とにかく、外で落ち合おう。昨日のギルドの倉庫でいいな?』
 彩矢は征市と落ち合う約束をして寮を出る。街を走りながらルームメイトを心配する気持ちと、無関係なはずの留美を巻き込む赤い靴への怒りが混ざった不思議な気持ちが彩矢の心を支配していた。
ギルドの倉庫に人影はなく、静かだった。征市は既に来ていて魔法警察の応援を頼んだ事を彩矢に話した。
「赤い靴と、お前の友達を捜すように頼んだ。ここに手掛かりがあるかもしれないから探してみよう」
 征市の言葉に頷くと、彩矢は赤い靴が保管されていた倉庫に入る。
 倉庫の中は暗かった。光源は窓から差す日の光しかない。しかし、今は倉庫の中に余計な物がないので見通しはよかった。彩矢が奥を見ると、そこには台に置かれた赤い靴とその隣にいる一人の少女の姿があった。
「留美!」
「見つかったのか!?」
 彩矢の声を聞いて、別の倉庫を捜していた征市も中に入る。
 留美は、童話に出てくるお姫様が着るような白いドレスを着ていた。普段の彼女が着るような服ではない。留美の目は虚ろで、ルームメイトの言葉も届かない。操られているような心が感じられない仕草で、裸足の足を赤い靴に入れようとする。しかし、サイズが合わないせいか、途中で詰まってしまう。
『邪魔なものを切り落とせ。指でもかかとでもいい』
 倉庫に響く低い声がそう言った後、金属音がして台の近くの地面に何かが落ちた。それは銀色に光る大きいナイフだった。留美はその冷たい輝きに魅入られたかのようにしばらくその刃物をじっと見た後、赤い靴から足を抜いてナイフを足に当てようとした。
「駄目!留美、それはやめてーっ!」
 彩矢は叫ぶとデッキケースからカードを取り出し、それを赤い靴に向ける。指先に魔力を込めるとカードが赤く光り、先端から赤い光弾が発射された。光弾は、赤い靴に当たると綺麗に並んでいたそれを弾き飛ばした。それと同時に、留美の体は糸の切れた人形のように力が抜け、地面に倒れる。
「おい!しっかりしろよ!」
 征市は、慌てて留美に駆け寄ると抱きかかえた。征市の言葉に反応はなかったが、胸は規則正しい鼓動を維持している。それを見た征市は、魔法警察を呼ぶために携帯電話を取り出した。
「彩矢、こっちは大丈夫だ!そのくだらねぇプライズを叩きつぶしてやれ!」
 征市の言葉を聞いた彩矢は、彼に背を向けたまま右手の親指を立てて返答した。
「よくも人の友達にひどい事してくれたわね。覚悟はいい?」
 彩矢は留美が持っていたナイフを拾って強く握ると、赤い靴に向かって突き立てた。しかし、それは赤い靴に刺さる事はなく、空中で止まっていた。デュエル・マスターズカードによって受け止められていたのだ。
「どういう事!?」
『デュエル・マスターズカードを使えるプライズもある。カードでお前を抵抗できなくなるまで痛めつけてやろう』
 赤い靴から白いもやのようなものが出てきた。もやは人の形となり、そこに赤い靴を履いた子供くらいの大きさの悪魔が立っていた。全身がけばけばしい赤い色や青い色をしていて、体よりも大きな翼を広げて彩矢を威嚇する。
「痛めつける?それはこっちのセリフなのよ!」
 彩矢がデッキケースからカードを取り出す。すると、彼女の手を離れた四十枚のカードはその周囲を自由自在に飛びまわると自動でシャッフルされ、右手の近くに浮いた状態で留まった。その上から五枚のカードが飛ぶと赤い光を発してドアくらいの大きさの壁――シールドへ変化する。半透明で赤い色をした五枚のシールドは彩矢を守るように立っていた。そして、彩矢が右手を伸ばすとカードの束の上から五枚のカードがその手に飛んでくる。
 赤い靴の悪魔も同じように青いシールドを五枚並べて彩矢を見た。それと同時に、二人の魔力が周囲に見えない壁を作る。結界を張る事で相手が逃げる事や、周囲の人間が手を出す事を封じているのだ。準備が整い、デュエルが始まった。
「彩矢!それはきっとギルドからなくなっていたデッキだ。既に調整が終わっているはずだから、気をつけろ!」
「大丈夫ですって!アタシを信じて下さい!」
 征市のアドバイスを聞きながら、彩矢はカードを場に出す。青い光と水と共にカードは巨大な青いマニピュレーターへと姿を変えて行く。クリーチャーが装備する事で力を発揮するクロスギア《助太刀メモリー・アクセラー》だ。これを装備したクリーチャーが攻撃する事で、山札のカードを一枚ドローする事ができる。
「あんたも道具なんだから、観念してお縄につきなさい!」
『冗談じゃない!人間が俺の道具だ!俺が暴れるための道具なんだよ!』
 黒い光と共に、赤い靴の悪魔の場に一体のクリーチャーが現れる。灰色の粘土でできた顔と手足があるだけの貧弱そうな外見のクリーチャー《ねじれる者ボーン・スライム》だ。液状の肉体が絶えず地面に流れ続けている。
「《ボーン・スライム》。ブロッカーとしても攻撃用のクリーチャーとしても使える便利なカードね。だけど……」
 彩矢は《ボーン・スライム》の脆弱さを見抜いていた。《ボーン・スライム》は攻撃もブロックもできる1コストのクリーチャーだ。しかし、シールドへの攻撃をした場合、攻撃の後、即座に破壊されてしまう。それに相手の攻撃をブロックするとしても、パワー1000ではまともに受け止める事はできない。一度仕事をしただけで墓地に行ってしまう。
「そんな軟弱者、怖くないわ!《幻緑の双月(ドリーミング・ムーンナイフ)》召喚!」
 緑色の光と共に、頭に葉っぱを乗せたオコジョのような小動物が場に出る。《幻緑の双月》が彩矢の方を見て高い声でキューイキューイと鳴くと、彼女の手札にあるカードが一枚、光を発しながらシールドの手前にあるマナゾーンに落ちて行った。彩矢はマナゾーンに置かれたカードを傾けるとそこから青いマナを出し、それを《幻緑の双月》に向かって飛ばす。
「《幻緑の双月》に《メモリー・アクセラー》をクロスよ!」
 青い光を帯びた《幻緑の双月》に吸いつくようにして《メモリー・アクセラー》が両腕に装着される。《幻緑の双月》は巨大なマニピュレーターがクロスされた手を開いたり閉じたりして不思議そうな顔で見ていた。
『《エマージェンシー・タイフーン》!入れ替われ、手札!』
 巨大な竜巻が現れ、赤い靴の悪魔の山札のカードが弾かれた。そして、山札の上から二枚のカードが赤い靴の悪魔の手元に飛んでいく。その直後、竜巻が赤い靴の悪魔の手札を襲い、その中から一枚のカードを空に向かって弾き飛ばした。飛んでいったカードは山札の隣にある墓地に置かれる。赤い靴の悪魔の目は手札と墓地を行き来していた。その後、手札を見て巨大な牙をむき出しにして笑った。
『いいカードが来た。それっ《ボーン・スライム》で攻撃だ!』
「嘘っ!?」
 《ボーン・スライム》がゲル状になった体で移動し、腕を伸ばすと右端のシールドを叩いた。シールドはテレビでガラスが砕けるように細かい形に砕けると光を発してカードの姿に戻る。戻ったカードは彩矢の手札に戻った。
『《ボーン・スライム》、よくやった。――死ね』
 赤い靴の悪魔が低い声で言い放つと、《ボーン・スライム》は溶けながら蒸発して姿を消した。そこには黒いカードだけが残っていて、そのカードも自分の力で宙に浮くと墓地へ飛んでいった。
「意外ね。《ボーン・スライム》はブロックに使うと思っていたわ」
 彩矢にとって予想外の出来事が起こっていた。《幻緑の双月》と《ボーン・スライム》はパワー1000のクリーチャーだ。相討ち覚悟で《幻緑の双月》の攻撃を受け止める事もできる。《メモリー・アクセラー》をクロスしているから余計にブロックして早めに潰しておきたいはずである。しかし、《ボーン・スライム》は攻撃に使われた。この事から彩矢は一つの仮説を立てる。
「速攻、ね……」
 小型クリーチャーを召喚し、早いターンで相手を倒すタイプの戦略がある。《ボーン・スライム》は最初から攻撃用のクリーチャーとして入っていたと思えば《幻緑の双月》をブロックしなかった事も説明がつく。しかし、それでは《エマージェンシー・タイフーン》を使った理由が説明できない。手札を増やすのならばもっと使いやすいカードがあるはずだ。それに《エマージェンシー・タイフーン》は二枚引いて一枚捨てるカードだ。単純に手札を増やすカードとしては効率が悪い。
「まだ全貌がつかめない感じだけど、アタシはアタシのやり方でやるだけよ!《ボルット・紫郎・バルット》召喚!」
 赤いカードが炎を纏って彩矢の手を離れる。カードは《幻緑の双月》の隣に着地する直前に赤い翼を広げた小鳥へと進化した。黒い兜飾りの下から覗く青い目が彩矢の山札を見ていた。彩矢に召喚された《ボルット・紫郎・バルット》が翼を羽ばたかせると、山札の中から一枚のカードが飛び出した。
「《ボルット・紫郎・バルット》の効果で《バジュラズ・ソウル》を手札に加えるわ」
 彩矢は右手を伸ばしてそのカードを手札に加える。《ボルット・紫郎・バルット》は場に出た時、山札からクロスギアを選び手札に加える能力を持つ。彩矢が手札に加えた《バジュラズ・ソウル》は彼女のデッキに入っているクロスギアの中でも特に強力なものだった。切り札の一つと言ってもいい。
 強力なカードが手札に来た事で心に余裕が生まれる。彩矢は明るい声で《幻緑の双月》に攻撃の命令を下した。
「《幻緑の双月》でシールドをブレイク!そして、《メモリー・アクセラー》の効果でドロー!」
 《幻緑の双月》が右手のマニピュレーターを山札に飛ばす。ロケットパンチのように飛んでいったマニピュレーターが山札に当たると上のカードが彩矢の手札に飛んでいった。そして、左手のマニピュレーターも同じように飛ばす。飛んでいった先には、赤い靴の悪魔のシールドがあった。中央のシールドにマニピュレーターが当たり、シールドが砕けて行く。
『シールド一枚くらいはくれてやってもいい。こっちの準備はもうできているのだ。行け!』
 赤い靴の悪魔がカードをタップすると二枚の黒いカードを場に投げる。すると、墓地から二枚のカードが飛んできて、それぞれ黒いカードと融合した。黒いカードはそれぞれ怨念に満ち溢れたようなうなり声をあげると人に近い形に姿を変えていった。
『《ワーム・ゴワルスキー》!そして《デスマーチ》!』
 シルエットこそ人に近い形だが、おぞましさ故に思わず目を向けたくなるような二体の怪物が姿を現す。プロレスラーの覆面のような顔をし、体中に巨大な毒々しい色の芋虫を巻きつけている《鬼面妖蟲ワーム・ゴワルスキー》と、ピエロの顔を人を威圧するようなイメージにアレンジした顔を持ち両手の糸で自分の分身の人形達を操る《死神術士デスマーチ》だ。二体のクリーチャーは彩矢に顔を向けると歪んだ笑顔を向ける。
『この二体は墓地のクリーチャーの怨念の餌にして登場する墓地進化の能力を持ったクリーチャーだ。進化クリーチャーだから、当然召喚酔いはない!』
「それで破壊されやすい《ボーン・スライム》で攻撃したり《エマージェンシー・タイフーン》を使ってカードを墓地に送ったりしたのね」
 納得した彩矢を見て頷くと、赤い靴の悪魔が《幻緑の双月》を指した。それを見て《死神術士デスマーチ》が跳び、手の糸を伸ばす。《幻緑の双月》はその糸にからめとられてしまった。
『いい事を教えてやろう。《デスマーチ》のパワーは1000。《幻緑の双月》と同じパワーだ』
「へぇ。でも、わざわざ教えてくれるって事はアタシにとってはあまりいい事じゃなさそうね」
『そうだ。もっといい事を教えてやろう。《デスマーチ》がバトルする時、バトルした相手のクリーチャーはパワーが4000マイナスされる!《幻緑の双月》は《デスマーチ》に触れる事なく消え去るのだ!』
 《デスマーチ》の指から出た糸は《幻緑の双月》の全身を覆い尽くしていた。もう、《幻緑の双月》の体の中で糸に隠れていない部分はない。《デスマーチ》が糸を引いて自分の手に戻すと、その場に《幻緑の双月》の姿はなく、ただ一枚のカードが置かれているだけだった。
『さらに《ワーム・ゴワルスキー》でシールドをブレイク!』
 《ワーム・ゴワルスキー》は悪役レスラーのようにポーズを決めると彩矢のシールドに向かって走っていく。そして、腕を交差させて跳ぶとシールドに突っ込んでいった。シールドを破った事で満足したのか《ワーム・ゴワルスキー》は《デスマーチ》のそばまで戻ると、互いに手を伸ばしてハイタッチした。
「ご機嫌みたいね。でも、喜ぶのはまだ早いわよ?」
 彩矢がそう言ってウインクすると、二体の上に巨大な赤い鉄の塊が現れる。
「シールド・トリガー、《地獄スクラッパー》!」
 彩矢の掛け声と共に、《地獄スクラッパー》は起動し、二体の墓地進化クリーチャーを粉々に潰していく。しかし、そこから《ワーム・ゴワルスキー》の体に巻きついていた芋虫が跳びはねた。彩矢の手札に向かっている。
「いやっ!来ないでよ、気持ち悪い!」
『無駄だ!《ワーム・ゴワルスキー》は破壊された時に相手の手札を捨てる能力を持っている。手札にある《バジュラズ・ソウル》を捨てろ!』
 芋虫の体当たりで彩矢の手札が宙に飛ばされる。赤い靴の悪魔は牙を見せつけて笑った。
「ええっと、プロレスの技だったかしら、これ?クロスカウンター!」
 彩矢は首をかしげると技名を叫ぶ。それと同時に空中に飛ばされたカードが赤く輝き、地面に着地する。着地の瞬間、カードは燃え上がり赤い炎の鳥へと変化した。《翔竜提督ザークピッチ》だ。
「《ザークピッチ》は相手のターンに手札から墓地へ捨てられる時に場に出る効果を持つクリーチャーよ。さらに……!」
 彩矢が自分の山札に手を伸ばすと、山札の上のカードが三枚、宙を舞った。その中の一枚が彼女の手元に収まる。
「場に出たら山札の上から三枚をめくってアーマード・ドラゴンかファイアー・バードを手札に加える能力を持っている。それにパワー6000のW・ブレイカーよ。もう観念したら?」
『まだだ!まだ戦いは始まったばかりだ!』
 赤い靴の悪魔が挑発に乗ってきたのを見た彩矢はカードを一枚引いた。悪魔が言うように戦いはまだ始まったばかりだ。終わるまで油断はできない。

 魔法警察のパトカーが倉庫の前に止まった時、征市に抱きかかえられていた留美は目を覚ました。二、三度瞬きをした後、周りを見る。
「ここは……?」
「気がついたか。ここがどこなのかは後で説明する。今は、何も考えるな」
 征市は優しい声で言うと、魔法警察の救護班に彼女を預ける。そして、
「今、倉庫の中で彩矢が赤い靴と戦っています。俺が様子を見に行きますからその子をお願いします」
と言って倉庫に入った。征市は倉庫に入った時、赤い鎧を纏ったドラゴンが場に出るのを見た。彩矢の切り札《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》だ。《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》は腰の鞘から二本の刀を抜くと空へかざした。すると、上空に赤い穴が開き、そこから龍を模した形の機械、《バジュラズ・ソウル》が現れる。
「《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》の能力の一つ、侍流ジェネレートよ!場に出た時、どんなクロスギアでもコストを支払わずに場に出す事ができる!」
 強力な切り札を出す事に成功した彩矢だったが、これ以上の行動はできなかった。彩矢の場にいるクリーチャーは《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》だけだったが、それ一体で充分過ぎる力を持っていると言える。
 《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》はタップした後に、ターン中、一度だけアンタップできる能力を持つ。簡単に言えば、二回攻撃ができる能力だと言ってもいい。今、彩矢の場にある《メモリー・アクセラー》や《バジュラズ・ソウル》の攻撃した時に発生する能力を二度使う事ができるのだ。シールドは二枚しか残っていないが、赤い靴の悪魔の場にクリーチャーの姿はない。次のターンで赤い靴の悪魔のシールド二枚をブレイクし、再攻撃でとどめを刺す事が可能だ。
「やったな、彩矢!これでお前の勝ちだ!」
『それ、本気で言ってんのか?』
 赤い靴の悪魔は征市を馬鹿にしたように笑う。すると、カードを引き、マナゾーンにカードを置いて彩矢の《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》を見た。
『俺が本当の切り札を教えてやるよ。シールドを二枚ブレイクして、しかも、《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》を場から消すおまけつきだ』
「何っ!嘘だろ!?」
 彩矢のシールドを二枚ブレイクする。もしくは、《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》をバトルゾーン以外のどこかへ移動する。その二つの内の一つをやるのならば可能だと征市は思っていた。しかし、赤い靴の悪魔はその二つを同時にやるというのだ。
「面白いじゃない。世界一強い女の子のアタシが評価してあげるからやってみせなさい!」
 追い詰められかねない状況で、彩矢は逆に相手を挑発した。それでも赤い靴の悪魔は自分のペースを崩さずにクリーチャーを召喚する。
『まずは1マナで《デスマーチ》召喚!』
 墓地のカードと融合して《デスマーチ》が場に出る。《デスマーチ》はバトルした時にクリーチャーのパワーを下げる能力を持っているが、《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》のパワーは7000だ。勝てるわけがない。
 征市がそう思って《デスマーチ》を見ていると、その体に一枚の青いカードが刺さった。青いカードから巨大なクリスタルが現れ、クリスタルの魔力で場の足元に水がたまり、青い光を発しながら《デスマーチ》が変化していく。
『究極進化!《神羅スパイラル・ムーン》!!』
 溜まった水を波立たせながら現れたのは、巨大な翼を持つ龍にも似た生物《スパイラル・ムーン》だった。《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》に匹敵する巨大な体躯の《スパイラル・ムーン》は巨体とは思えない俊敏な動きで泳ぎ、彩矢のシールドへ向かう。そして、津波と共に姿を現すと二枚のシールドをブレイクしていった。
『まずはW・ブレイク。さらにこうだ!』
 《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》が《スパイラル・ムーン》の起こした津波に飲み込まれていく。すると、《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》の姿が場から消え、赤いカードだけが場に残った。そのカードは水飛沫をあげて飛び、彩矢の手元に戻っていく。
「進化だからすぐにW・ブレイクができる。それと、攻撃した時の能力で《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》を手札に戻したのね?」
 彩矢は赤い靴の悪魔に問いかけながら納得する。
 究極進化は進化クリーチャーからしか進化できないという決まりがある。それ故、一度場に出た究極進化は圧倒的な力を使って暴れまわる事ができる。W・ブレイカーだけでなく攻撃時にクリーチャーを手札に戻す事など、朝飯前なのだ。
『お前がどんな切り札を出しても召喚酔いしている内に手札に戻してやる。おっと、もうシールドがなかったな』
「残念だけど、アタシが次に出す切り札は召喚酔いしない。それに、《スパイラル・ムーン》を倒せる!」
 彩矢に対して余裕のある笑みを見せた赤い靴の悪魔だったが、彼女の自信に満ち溢れた言葉を聞いて表情を凍らせる。間髪入れずに彩矢は手札から一枚のカードを取り出し、場に投げた。
「行くよ!《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》!!」
 二門の大砲を背負った金色の龍が場に現れる。《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》が雄叫びをあげると、《メモリー・アクセラー》が両手に、そして、《バジュラズ・ソウル》がパーツごとに分離し体の各部と合体した。《バジュラズ・ソウル》についていた鎖つきの巨大な鉄球を振り回しながら《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》は《スパイラル・ムーン》を追って飛んだ。
『召喚酔いなしだと!?それに、その能力はなんだ!』
「《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》は場に出た時に自分のクロスギアをノーコストでクロスする能力を持ったドラゴンだ。スピードアタッカーだからクロスしたクロスギアの能力をすぐに使う事ができる」
 彩矢の代わりに征市が説明する。それを聞いた赤い靴の悪魔はかぶりを振って《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》を見た。そして、震える声で反論する。
『だが、《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》のパワーは7000!《スパイラル・ムーン》と相討ちで終わる!』
「逃げんじゃないわよ、このぉっ!」
 彩矢の言葉に呼応するように《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》が水中を逃げる《スパイラル・ムーン》に向かって熱せられた鉄球を投げる。すると、水面が爆発を起こしたかのような水飛沫をあげ、三枚のカードが吹き飛んでいった。その直後、足元を覆っていた水が消えた。
『何で?何故、同じパワーなのに――』
「それについて、アタシから説明するわ。《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》がクロスしていた《バジュラズ・ソウル》はクリーチャーのパワーを2000増やす効果を持っているのよ。さらに……」
 《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》がもう一度鉄球を振り回すと、シールドに向けて投げつけた。しかし、それはシールドから大きく反れる。
『どこを狙っている。下手くそ!……ぎゃあっ!』
 《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》を煽る赤い靴の悪魔の前で、マナゾーンのカードが二枚鉄球に潰された。彩矢は説明を続ける。
「《バジュラズ・ソウル》をクロスしたクリーチャーは攻撃時に相手のマナを二枚破壊できる。あなたの負けよ!」
『くそっ!まだだ!まだ、墓地進化がある!墓地進化のカードを引けば……!』
「ああ、それは無理よ」
 彩矢は自分の顔の前で手を横に振る。そして、笑顔で続けた。
「今、マナから墓地に送ったカードで墓地進化のカードは合わせて八枚。《デスマーチ》四枚と《ワーム・ゴワルスキー》四枚が墓地にあるはずよ。どう?他に墓地進化のカードはある?」
 赤い靴の悪魔は慌てて墓地のカードを見た。確かにそこに全ての墓地進化のカードがある。墓地を利用して進化するクリーチャーとは言っても、場に出るためには手札から召喚する必要がある。このままでは出す事ができない。
『そんな……。そんな……』
 戦意を喪失して怯える赤い靴の悪魔の前で彩矢はもう一体の龍を召喚する。《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》のように赤い甲冑を身に纏い、煌びやかな剣を持った龍《バザカベルグ・疾風・ドラゴン》だ。
「この《バザカベルグ・疾風・ドラゴン》もスピードアタッカーでW・ブレイカーなの」
『まだそんな強力なドラゴンが……。ずるい』
「ずるい?そんな事ないわよね?」
 彩矢は同意を求めると、ウインクする。それと同時に《バザカベルグ・疾風・ドラゴン》が赤い靴の悪魔のシールドを二枚ブレイクし、《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》が鉄球を振り回す。
「だって、世界一強い女の子の切り札なんだもんっ!」
 速度を上げた鉄球が叩きつけられ、赤い靴の悪魔は霧散した。その場には力を失った赤い靴と主を失ったデュエル・マスターズカードだけが散乱していた。
「やったな、彩矢。お疲れさん」
 彩矢はデッキをしまうと不安そうな顔になり
「留美はどうでした?」
と、聞いてきた。
「もう意識を取り戻している。救護班の人達に任せてあるからもう心配いらないよ」
「よかった……」
 それを聞いた彩矢は安心したように溜息を吐く。そして、赤い靴を見た。
「これももう、ただのかわいい靴になっちゃいましたね」
「人を勝手に操る靴なんて全然かわいくねぇよ。無害な方がいい」
征市は、そう言って赤い靴を拾い上げると倉庫を出た。彩矢もそれに続いた。今までの季節に比べて 早く訪れる夕焼けが二人を照らす。
「彩矢、門限は大丈夫なのか?」
「門限はまだ大丈夫ですけど……また赤い靴みたいなのが出てきたら怖いです。送ってもらえますか?」
 彩矢はそう言って征市を見上げる。征市は「彩矢ならどんなプライズが出ても大丈夫だ」という言葉を飲み込むと苦笑した。
「判った。送っていくよ」

 翌日の夜。
 留美の体に別条はなく、事件の翌日には退院できた。今も、寮の部屋の中で彩矢と一緒にいる。
「ええ、そうです。留美も大丈夫ですから」
 彩矢は携帯電話で征市と話している。その肩を彩矢が軽く叩いた。
「留美、どうしたの?」
「ねえ、彩矢。電話の相手っていつもの旦那様?昨日、私を助けてくれた人?」
「うん、まあ、そうね。助けてくれた人よ」
「お礼がしたいからちょっとわってくれる?」
「いいわよ」
 彩矢は、征市に留美が代わる事を告げると携帯電話を彼女に渡した。留美は、彩矢の携帯電話を受け取ると楽しそうに話していた。彩矢には、頬が赤く上気しているように見える。
「まだ熱でもあるのかしら?」
 彩矢がそう言う頃には、会話も終わり、留美は彩矢に携帯電話を返す。彩矢はその後、征市と少し話をして電話を切った。
「旦那様の名前って、相羽征市さんっていうのね。いい名前……」
 留美はそう言うと、手を合わせて天井を見ていた。彩矢が怪訝そうな顔で彼女を見ていると留美は
「私、征市さんの事、好きになっちゃったかも。勇敢な男の人ってまだ絶滅してなかったのね」
と、言って赤い頬を押さえた。
「ええ~っ!ちょっと待って!待って!征市さんはアタシの旦那様なの!留美でも取っちゃ駄目よ!」
 留美は彩矢の真剣なリアクションに微笑むと、静かに言った。
「旦那様って言ってもまだ結婚しているわけじゃないんだし。私にも脈はあるかもしれないじゃない」
「でも、駄目!征市さんだけは駄目なの~!!」
 彩矢の情けない絶叫が、寮に響き、秋の夜が更けていった。

 『File.29 征市の夢~過去と元凶~』につづく
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

Twitter

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。