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『コードD』File.29 征市の夢~過去と元凶~

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 トライアンフは、魔法警察と共に裏のギルドの捜査を始めた。征市(せいいち)と彩矢(あや)は捜査中にとあるギルドの倉庫で赤い靴を見つける。捜査の翌日、征市はそれがギルドの倉庫に紛れ込んでいたプライズだと知る。彩矢を心配した征市が彼女に電話をかけると、彩矢は無事で彼女のルームメイト、留美が行方不明になっている事が判った。留美も赤い靴に興味を持っていた事から、二人は赤い靴のプライズが彼女を引き寄せたと判断し、留美を捜す。留美は征市達が調べたギルドの倉庫にいて、赤い靴を履こうとしていた。彩矢は留美を止め、赤い靴に戦いを挑み、勝利。赤い靴は力を失うのだった。

  File.29 征市の夢~過去と元凶~

 トライアンフと魔法警察の合同捜査も終わりに近づいていた。二週間近い捜査をした結果、人々に害をなすような団体やそれを支援する裏のギルドの多くを摘発できた。
 この二週間、毎日のように捜査をしていて疲れたせいか、いつもはよくしゃべる陸(りく)も今日は口数が少なかった。征市は、デパートで手品用品の実演販売の仕事をした後だったので、疲れがたまっているのか大きな欠伸をしていた。
「セーイチさん、今日の捜査が終わったからってリラックスしすぎですよ」
「そう言うなって。俺が捜査した時は赤い靴のプライズが暴走したからな。簡単な捜査でも緊張するんだよ」
 以前、征市が彩矢と捜査をした時に、ギルドの倉庫に紛れ込んでいた赤い靴のプライズが暴走する事件があった。赤い靴に取りついて人を操っていた悪魔は彩矢によって倒されたが、それが遅れていたらどうなっていたか判らない。
「あれは災難でしたね。でも、その後は異常がなかったんだからいいじゃないですか!」
「そうだな。このまま、捜査の終わりまでトラブルなしで乗り切りたいぜ」
 そう言った後で征市は再び欠伸をしてから魔法警察のパトカーに乗り込んだ。陸も同じように乗る。
「俺、しばらく寝るから家の近くについたら起こしてくれよ」
「はいはい、判りました」
 陸がそう言うと、征市はすぐに目を閉じてシートに背中を預けると眠ってしまった。それを見計らったかのようにパトカーが走り出した。
 日が沈みかけた午後のQ区を緩やかな速度で走った後、征市の家の前でパトカーは停まった。車の振動に揺られて陸も眠りかけていたが、停車したのを感じて目を覚ます。そして、隣にいる征市の体を揺すった。しかし、起きる気配はない。
「セーイチさん、ふざけてないで起きて下さいよ。おーい、セーイチさん!」
 声をかけて強く揺さぶっても起きない。仕方がないので陸は征市の頬を軽く叩いてみた。それでも征市は動かない。奇妙に思った陸は少し強く叩いたが、結果は同じだった。
「これだけやっても起きないなんて、まさかプライズのせい!?」
 征市と陸は過去にオルゴールのプライズによって眠らされた事がある。あの時は、陸の宿敵、ジャロール・ケーリックが起こした事件でオルゴールのプライズが使われていた。あのプライズはジャロールと一緒に姿を消してしまったため、見つかっていない。誰かが悪用している可能性もある。
 そこまで考えて陸はその可能性を否定した。オルゴールのプライズはその音色を聞いた者、全てを眠らせるプライズだ。今回のように征市だけを眠らせる事はできない。
「考えていても仕方がない!とにかく、今はセーイチさんを下ろさないと!」
 一緒に乗っていた魔法警察の職員と一緒に征市の体を抱えた陸は、鉄製の門をくぐって征市の家の敷地内に入った。ドアの前に来ると呼び鈴を押す。
『おぅ、征市!今、帰ったのか?ん?』
 ドアを開けて出てきたのは、肖像画だった。征市の祖父、相羽総一郎が描かれたその肖像画はプライズで、二号と名付けられている。征市の家族のような存在だ。
「二号、セーイチさんが目を覚まさないんだ。ちょっと中に入れてくれるかな?」
『何!?またそうなったのか?』
「また……?」
 二号は奇妙な事を言っていた。以前にもこうやって眠って目覚めない事があったのだ。それに関して疑問に思った陸だったが、征市を家の中に運び入れる事を優先した。二階の寝室に向かい、ベッドに寝かせる。陸は魔法警察を帰して征市を見た。そして、携帯電話を取り出してトライアンフの事務所に連絡を入れる。
『はいはーい。こちら、トライアンフ事務所でーす!』
 スピーカーから少女の声が聞こえる。彩矢だった。
「あれ?今日はリーダーいないの?」
『菜央さんだったら、魔法図書館に資料を借りに行くって言っていたわ。アタシと一真さんでお留守番。で、何かあったの?捜査が終わったらそのまま帰っていいって事になってるでしょ?』
「ああ、その事なんだけど……」
 陸は、征市が眠って目を覚まさないという話をした。陸が話している間、彩矢は『えー!』とオーバーに驚く事が何度かあった。
『征市さんが目を覚まさないなんて一大事じゃない!判ったわ!愛する征市さんのためにすぐに行くから!』
 彩矢はそう言うと一方的に通話を終えてしまった。彩矢が来たとしても、事態が好転するとは思えない。
「でも、一真さんが一緒だったって言ってたし。一真さんが来てくれるか、もしくは助言でもしてくれれば何とかなるかな。よし!」
 陸は、一度、部屋を出ると台所に向かう。何度か来た事がある家なので、どこに何があるのかは判っていた。
『おい、陸。何をするんだ?』
 二号が興味深そうな声で聞いてくる。陸は、やかんに水を入れて沸かした後、戸棚からティーカップを取り出し
「ああ、これから来るメンバーにお茶を出すんだよ。来客にお茶なしっていうわけにはいかないからね」
と、言った。
 ポットを見つけた陸が茶葉を探していると、呼び鈴が鳴った。電話からまだ五分も経っていない。征市の家と事務所が近いとは言っても、ここに来るためには坂を上る必要がある。こんなに早く着くとは思えない。
「あれ、おっかしいな。随分早いんだね」
『愛の力って奴だろ』
 二号が下品な顔で笑いながら陸の後をついていく。陸がドアを開けると、そこには彩矢ではない二人の人物がいた。
 片方は白をメインにした落ち着いた服装の女性、真実(まみ)だ。陸を見ると
「こんにちは」
と、言って微笑む。陸は彼女の気品のある微笑みに、思わず心惹かれるのを感じた。しかし、征市から彼女が魔道書同盟の一員である事を聞かされていたため、それを思い出し、眉間に皺を寄せた。
「陸君、そんな怖い顔しないでよっ!こんにちは!」
 真実の後ろに小柄な少女が立っていた。二つ結びにした髪が、輪をかけて少女を子供っぽく見せている。
 彼女の名は一ノ瀬彩弓(いちのせあゆみ)。陸が話をしていた彩矢の姉だ。歳は彩矢の一つ上で陸や菜央と同い年だ。陸と彩弓と菜央は、一緒の学校に通ったら同じ学年になるという話をした事があった。
「彩弓ちゃん。この人がどんな人だか判ってついてきてるわけ?知らない人について行っちゃ駄目だって学校で習わなかった?」
「え?だって、征市君のおじいちゃんの知り合いでしょ。それにしては若いと思うけれど、悪い人じゃなさそうだよ。それに、わたしの事子供扱いしないでよっ!」
 頬を膨らませて彩弓が怒る。陸は、彩弓の子供染みたリアクションに毒気を抜かれるのを感じながら、真実に顔を近づけると静かな声で話し始めた。
「あんた、一体何を企んでいるんだ。彩弓ちゃんまで騙して取り入ろうったってそうはいかないぞ」
「騙してなんかいませんよ。総一郎さんと知り合いというのは本当ですから」
 陸は、「総一郎さん」という呼び方から、真実とトライアンフの元総長がただの知り合いでない事を察した。それについて聞こうとした時、邪魔が入る。
『こらーっ!陸!そんな美人の姉ちゃんをお前だけで独り占めしようとするんじゃねぇ!』
「陸君!綺麗な人を見てすぐナンパしてると、菜央ちゃんに怒られちゃうよ!」
「ナンパじゃないよ!」
 陸は一人と一枚に言い返すと、溜息を吐いた。その後、気を取り直したように彩弓を見る。
「今日はどうしたの?セーイチさんに用事?」
「うん、暇だから一緒にどこか行こうかって思って。彩矢も最近、トライアンフで忙しいみたいだったし。征市君なら空いてるかな、って思ったんだよっ!それで、途中で真実さんに会ったの」
 真実は彩弓とは別の用事があったようだ。陸は彼女を見て同じように質問をする。
「あんたもまさか、暇だから一緒にどこか行こうと思ったなんて言うんじゃないよね?」
「それもいいかもしれませんね。どことなく、総一郎さんの面影もありますし。でも、今回、ここに来たのはそうではないのです」
 真実は質問に答えるとバッグから片手に載るくらいの大きさのオルゴールを取り出した。白を基調にしたそれは陸が知っているオルゴールのプライズと同じ物だった。
「何で、あんたがそれを持っているんだ!それはジャロールが使っていたプライズなのに。もしかして、あんた、ジャロールと繋がっているのか!」
「落ち着いて下さい」
 陸が伸ばした腕を真実がつかむ。険悪なムードを感じ取り、彩弓が遠慮がちな顔で二人を交互に見ていた。
「これは元々私が作った物です。いくつか作ったプライズですから、あなたの言うジャロールという人が持っているのかもしれません。ですが、そんな名前の人は知らないのです」
「信じられるもんか」
 陸は吐き捨てるように言うと、手を下ろす。そんな陸を見て彩弓が口を開いた。
「陸君、駄目だよ。真実さんにちゃんと謝らないと!真実さん、悪い人じゃないのにどうしてそういう事をするの?」
「それは……!」
 陸は事情を説明しようとして言葉に詰まる。彩弓の目は悲しみを湛えていた。出会ったばかりの真実を心の底から信じているのだ。
 陸もかつて、信じている者がいた。その男は元々トライアンフを裏切るために組織に潜入し、陸の仲間を傷つけていった。その男は魔道書同盟の一員だ。だから、真実が信用できない。今、彩弓と仲良くしているのも油断させるための罠なのかもしれない。
「はいはい、そこまで。喧嘩なんかしないの」
 軽い声と共に一人の少女が会話に入ってきた。彩矢だ。
「ほら、お姉ちゃんも泣かないで」
「泣いてなんかいないよっ!彩矢も陸君を説得してよ!陸君、真実さんの事信じないって言うんだよっ!」
「だから、それは――」
 言いかける陸の口を彩矢が手で塞ぐ。そして、彼の目を見ると、彩弓に聞こえないようにこう言った。
「魔道書同盟だから不安になるのも判るわ。前の事務所もメンバーも魔道書同盟の幻(げん)の裏切りでやられちゃったのも知ってる。でも、お姉ちゃんの言う事も聞いて。お姉ちゃんが信じられるって言う人は、信じていい人なの。アタシには判る」
 彩矢はそう言った後、自分にしか聞こえないような声で「だって、征市さんだってそうだもの」と、呟いた。
「はい!これで仲直り!真実さんだっけ?あなたはどうして征市さんの家に?」
 彩矢は振り返ると、真実に問いかけた。陸も仕方なく彼女を見る。
「どうしても、今日お会いしなければならない事があったからですわ。征市さんの知り合いの方もいらっしゃるのなら、ますます好都合。まいりましょうか」
 真実はそう言って陸達を促す。二号は『行こう行こう!美人の姉ちゃん万歳!』と言っていた。
「でも、セーイチさんは今、眠っていて起きないんだよ。別の日にしたら?」
 どうしても真実だけは征市に合わせたくないと思い、陸はそれを口にした。しかし、真実はそれを聞いて微笑むと
「判っています。だから、今日来たのです」
と、言った。
「征市さんが目を覚まさない事に関して何か知っているのね!?」
「えっ!?征市君、寝ちゃってるの!?」
 真実の口調から何かを察した彩矢が真実に問いかけ、一人蚊帳の外にいる彩弓が彩矢を見た。
『征市は寝てるから放っておいてみんなで楽しく遊ぼうぜ、って事だろ。ひゃっほー!俺だけのハーレム……あ、ちっ!』
 二号は喜んで周りを飛び回っていたが、思い出したように陸を見ると不快そうに舌打ちをした。陸は、二号の仕草など最初から気にしていなかったらしく思考に集中すると
「判りました。僕と彩矢ちゃんがいれば変な事はできないだろうし。じゃ、行こうか」
と、言った後、ドアを開けて家の中に入る。
 陸を先頭にして四人と一枚は寝室に向かう。ドアを開けて中に入っても征市は目を覚ます事がなかった。
「今のセーイチさんは何しても目を覚まさないよ。帰ってくる時からずっとこうだったんだ」
「ええっ!じゃあ、征市君、歩きながら寝てたの!?」
「いや、そうじゃなくて魔法警察のパトカーで帰ってきたんだよ。車だったから、僕も寝そうだった」
 陸はその時の事を思い出す。あれから、征市は起きる気配を見せていない。彩弓が征市の顔を軽く叩いても結果は同じだった。
「外からの刺激では、起きないでしょう。恐らく、中での出来事が原因です」
 真実はそう言うと、オルゴールのプライズを取り出して蓋に手をかける。蓋を開けようとする彼女の手を、陸が上から押さえる。
「それを使って何をするつもり?」
「今から、全員で征市さんの夢の中に入るのです。征市さんが目を覚まさない原因はそこにあります」
 まだ真実を信用できていない陸に、真実が説明する。彼の腕を彩矢がそっとつかんだ。
「今だけ、信じてみて。お姉ちゃんの人を見る目を」
「判ったよ」
 陸が諦めたような顔で手をどけると、真実は蓋を開いた。単調なメロディーがそこから流れてくる。それに耳を傾けていると、陸は自分の体から力が抜けるのを感じた。体は自分の体重を支える力を失い、床に倒れる。彩弓と彩矢も同じだった。それを見た真実は床に腰かけると
「では、行きましょうか」
と、言った。その言葉を聞いた瞬間、陸は気を失った。

 気がつくと、陸達は征市の家のリビングにいた。テーブルの上には何枚かのデュエル・マスターズカードが置かれていて、椅子に座った子供がそれを手にとって眺めていた。まだ小学生になっていないくらいの歳の子供だ。
「征市、またカードを見ていたのか」
「じいちゃん!」
 リビングに一人の老人が入ってくると、その子供は見ていたカードをテーブルに置き、顔を輝かせて老人に向かって走る。
「あれって元総長?じゃ、もしかして、この子は――」
「俺の子供の頃だな」
 陸達が声に驚いて振り返ると、そこには征市が立っていた。征市は真実が持っていたオルゴールのプライズを見ると、少し驚いた顔をして彼女を見た。
「それを使ってみんなを連れてきてくれたのか?」
「ええ。征市さんを知っているトライアンフの方には征市さんの過去を知って欲しかったのですが、全員にという訳にはいかないようですね」
 そう言うと、真実は彩弓と彩矢を見る。
「特に、この二人には知ってもらいたいものです」
「え?わたしたち?」
 彩弓は自分を指すと、彩矢と顔を見合わせる。征市も不思議そうな顔をして
「あんた、俺の知らない事も知っているみたいだな。何だか黒幕みたいだ」
と、言った。
「おれ、じいちゃんみたいに《ボルシャック・大和・ドラゴン》を使えるようになりたいよ!」
 幼い征市の声を聞いて、その場にいる者達は征市と祖父のやり取りを見た。総一郎は優しさに溢れた顔で征市の言葉を聞いている。
「そうか。いつか、使えるようになるといいな」
「絶対、使えるようになってみせるよ!」
 総一郎は征市の言葉に頷くと食事の準備を始めた。その光景を見て、現在の征市は呟く。
「これ、俺が小学生になる前だ。じゃ、奴が初めて俺の前に来たのは、この後……!」
 征市が目を大きく見開いてその光景を見ると、周囲の光景がノイズと共に変わっていった。
 幼い征市がベッドの上で泣いている。征市は、自分が泣いている理由が判っている。
「怖い」
 過去と現在の征市の言葉が重なった時、扉が開いて総一郎が手に包装された箱を持って入ってくる。泣いている征市を見ると、驚いた顔で征市に近づいた。
「どうしたんだ、征市。怖い夢でも見たのか?」
 征市は泣きながら総一郎の言葉に頷いた。
「変な女の子が出てきて、おれの誕生日は嘘だから……嘘の誕生日だから大人になれないって言ったんだ。大人になる前に死んじゃうって……」
「変な女の子?」
「自分の事をぼくって呼んでいる銀色の髪をした女の子」
 征市の口からその少女の特徴を聞いた時、総一郎の口が微かに動くのを現在の征市は見逃さなかった。彼が真実を見ると、真実もアイコンタクトに頷いて答える。
「四月一日はエイプリルフールだから、嘘の日が誕生日の子は生まれた事も嘘にされちゃうって言っていたんだ。だから」
「そんな事はない。今日は征市の誕生日なんだから悲しい事は忘れろ」
 総一郎は征市を優しく抱きしめた後、征市に手に持っていた箱を見せる。
「誕生日プレゼントだ。誕生日おめでとう、征市」
 征市は泣き止むと、ようやく笑顔を見せた。
「これで終わりじゃなかった。四月一日の夢に、その女の子は必ず現れるんだ」
 現在の征市は、他のメンバーに聞かせるように言う。その声が、彼の全身が静かに震えていた。
「今でも怖い。その女の子は、毎年、俺の誕生日が嘘だから、生まれてきた事も嘘だって……。大人になる前に必ず死んじゃうって……そう言うんだ。そう言うだけなのに、今でも怖く怖くてたまらない」
 征市は震える体を両手で抑えるが、その震えは収まるどころかますますひどくなっていた。その場に力なく座り込み、震えで歯が音を立てて鳴る。荒い息を吐くと声を上げて
「俺は本当に大人になる前に死んじまうのか?」
と、その場にいる者達に聞いた。
 彩弓も彩矢も陸も、答えられなかった。こんな弱々しい征市の姿を見た事がなかったから、ただ驚くだけで何も言えなかった。何か答えを口に出す事ができたとしても、それが征市の恐怖を振り払うための正解なのかは判らない。征市の気持ちに応えられる答えなど見つけられない。
 その中で、真実だけが征市に触れ、微笑みかける。
「大丈夫です。私はあなたを守るためにここに来たのですから。悪夢はもう今日で終わりにしましょう」
「本当に?」
 救いを求めた征市は手を伸ばし、その手を真実が両手で包むように握った。それと同時にノイズが周りの光景を変えていった。

 貴田一真(たかだかずま)は一年近く前まではトライアンフのリーダーだった。それ故、現リーダーの菜央にリーダーの代理としての仕事を頼まれる事も多い。事務所の留守番は誰にでもできる仕事ではないからだ。
 一真は、菜央が事務所に戻ってきたのを見ると、車椅子でリーダーのデスクから自分のデスクまで移動した。
「お帰り。征市に関しては、俺が電話で話した以上の事態にはなっていないみたいだ。今、彩矢が行って様子を見ている」
「相羽さんの事は陸君と彩矢さんに任せましょう。ところで、こういう資料を見つけたのですが」
 菜央はそう言うと、持っていた鞄から一冊のノートを取り出す。一真は、古ぼけたそのノートを受け取ると開いて中を見た。
「魔道書同盟に関する資料のようです。一真さんからもらった資料に書かれていなかった一冊に関する事が書かれています」
「元総長以外の人物の記録か。珍しいな」
 魔道書同盟に関する記録は、総一郎が書いた文書以外は皆無に等しかった。まともな資料はないと言ってもいいだろう。
 総一郎の資料には、魔道書同盟の正体は全五巻の魔道書のプライズであり、幻(げん)、全(ぜん)、念(ねん)、そして、永遠(とわ)と名前がつけられている事が書かれていた。全五巻でありながら、四つの名前しか記入されていないため、菜央は魔法図書館に通って空白の一冊について調べていたのだ。
「書かれていなかったのは、全ての始まりとなる一冊。そして、五冊の魔道書の中で唯一、加筆が加えられた魔道書、真実」
 菜央の綺麗な声が一真に耳に吸い込まれていく。それは、征市の前に何度か現れ、トライアンフのメンバーを全から助け出した謎の女性の名前と同じだった。
「何故、元総長の資料にその名がないのか、そこまでは書かれていませんでした」
「それは、元総長だけが知る、という事か」
 一真はノートに目を通しながらそう言った。そこには、菜央が言った以上の事はまとめられていない。書かれている事と言えば、多くのプライズを作った、という事くらいだ。
 資料に興味をなくした一真が、ノートを帰そうとして最後のページを見た時、彼の手が止まった。そこに書かれている事に彼は引きつけられたのだ。
「真実は、人間の味方になるように……そうなるように書かれたという事か」
 真実に書き加えられた文章は『人間を信じろ。人間は味方である』というものだった。他の魔道書同盟と違って、真実が征市に協力をしたのもそれが原因なのかもしれない。
「もちろん、これだけではないかもしれません。これから調べて行けば判る事は増えていくでしょう」
「そうだな。いつかは全てが明らかになる日が来るか」
 一真はノートを閉じると菜央に渡した。菜央は、それを自分のデスクの引き出しにしまう。
 一真は自分のデスクの上のパソコンを見ていた。メールが受信したのを確認し、それを読む。それはトライアンフアメリカに頼んでいた調査の結果だった。それを読んでいる途中で一真は菜央を見る。そして、彼女を呼んだ。
「菜央、ちょっと来てくれ。俺も気になっていた事があって調べていた事があったんだ」
 菜央は一真のデスクまで来るとパソコンの画面を見た。
「これは……」
 菜央は思わず、声を上げる。菜央に教えるように一真は言った。
「相羽。つまり、元総長や征市の親族達のリストだよ」

「お誕生日、おめでとう。今日で十九歳だね」
 ベッドから体を起こした過去の征市の前にその少女は立っていた。幼い征市が言っていたような銀髪の少女。前髪に隠れているわけでもなく、逆光でもないのに、その少女の顔は見えない。ただ、笑う口元が覗くだけだ。
「また、来たのか。毎年御苦労だな」
 過去の征市は皮肉っぽく言うが、その言葉に強さは感じられなかった。目の前の少女に対する言葉にできない恐怖が彼の心を縛り付けているのだ。
「征市君。この子が……」
「ああ、夢の中に出てくる女の子だ」
 彩弓の問いに、現在の征市が答える。過去のビジョンだと判っていても怖いのか、現在の征市も震えていた。
「強がっているつもり?笑っちゃうね!」
 銀髪の少女は口の端を歪めて愉快そうに笑う。顔は見えないはずなのに、征市達にはその目から伝わる殺気や怒気にも似たプレッシャーを感じ取っていた。過去に感じた事のない重圧に縛られる感覚に襲われながら、彼らは逃げる事ができなかった。
「何なんだよ、こいつ……。ジャバウォックなんかとは比べ物にならない」
 口の中の水分が完全に消えてしまったような乾いた口を動かして陸が言った言葉はそれだった。少女から発せられるプレッシャーの正体は強大な魔力ではない。正体不明の言葉にできない恐怖が空気の中に溶けて混ぜられたような感覚を味わっていた。
「征市さんは、こんな奴に脅されていたっていうの?」
 強気な彩矢もこの時だけは恐怖に屈するしかなかった。体中を撫で回すような不快な威圧感。しかし、それを振り払う事すら許されないような緊張感が漂っている。
「征市君……」
 彩弓は、現在の征市と過去の征市を見た。征市の誕生日を祝ったあの日、彼はこれだけの恐怖を与えられていた事を知って、それ以上の事は口にできなかった。
 そこにいる者達が恐怖に怯えている中、真実だけは腕を組んで銀髪の少女を凝視していた。それは視線を逸らせなかったのではない。逆に、全力で少女を見ているように見える。
「征市さん、御覧なさい。ここで目を背けてはあの子に勝つ事などできませんよ」
 凛とした声が響いた。征市は真実の声に促されるように銀髪の少女を見る。
「倉員瀬里奈(くらいんせりな)か……?」
 征市は、銀髪の少女を見て過去に戦った敵の名前を思い出す。
 かつて、幻と共にトライアンフの前に立ちふさがった少女、倉員瀬里奈。一度、トライアンフを壊滅させ、征市達が加わった後にもう一度トライアンフを襲撃した敵だ。
 だが、彼女は菜央に敗北し、それ以降姿を見せていない。それに銀髪の少女とは口調が違う。外見は似ているが、性格もどこか違っている。
「いや、違う。奴じゃない。じゃあ、一体、何者なんだ」
 征市が自分の記憶と称号しながら考えていると、銀髪の少女は過去の征市に話しかけた。
「ねぇ、征市君。あと一年のないんだよ。君は大人になる前に死んじゃうんだ。生まれてきた事が嘘だって教えてあげる。次の四月一日は絶対に来ないんだよ。断言できるんだ。相羽の血を引く者はみんな大人になれない。二十歳になる前に死んでいくんだよ。嘘じゃない事くらい、君にも判るよね?」
 征市は知っていた。自分の親族は二十歳になる前に全員死亡している。ある者は病気、ある者は交通事故。死因はそれぞれ違うが、征市の知っている親戚で――相羽の血を引く者で二十歳になった者はいない。大人になれた相羽は、総一郎だけだ。
 銀髪の少女は、過去の征市に近づくと肩に手を添えて顔を近づける。
「判るでしょ?君も同じだよ!嘘みたいな存在はそうやってみんな消えちゃえばいいのさ!」
 そして、少女は天を向いて笑いだした。高い笑い声が不快なリズムを伴って征市達の聴覚を刺激する。
「ねぇ……。だから、今、消してあげようか。征市君?」
 少女は、現在の征市を見た。これは征市の過去の記憶を掘り起こした夢のはずだ。夢の中の登場人物が、夢を観察している征市を見たのだ。
「見られている事に気づかないとでも思った?ずっと判っていたんだよ。君達が姉さんの力を借りて夢の中に入り込んでいたの。惜しかったな。今日は、夢の中で征市君を殺せると思っていたのに。本当に残念だよ!」
 少女はそう言って無邪気な声で笑う。その声から耳を守るように征市が耳を塞いだ。少女は笑い終えると静かに話し始める。
「今日は、征市君を殺すためにアシスタントを用意していたんだ。今のボクじゃ、自由に動けないから、こいつに殺すのを手伝ってもらう事にしたんだよ」
 少女がそう言うと、周りの風景にノイズが混じり、別の場所に変わろうとしていた。しかし、いつまで経っても場所は変わらない。黒や灰色の砂粒が集められたような光景が永遠に広がる世界へと変わっただけだった。
 少女の隣から黒い人影が現れる。それは人のような存在であって人ではない。下は黒いジーンズで上半身は奇妙な灰色をした肌を露出した格好で頭部は黒い馬のような生き物だ。首から下げた何本もの鎖が重なり合って音を立てる。
「夢魔だよ。姉さんがオルゴールのプライズを使ったように、ボクはこれを使って夢の中に入ったんだ。さあ、このままずっと眠っててよ。もう二度と目を覚まさなくていいんだよ」
「ふざけるなよ……」
 少女の声を聞きながら、征市は静かに口を開いた。恐怖に体が縛られている状態で、それでも言わずにはいられなかったのだ。
「俺はお前なんかには殺されない。何を企んでいるのか判らないけれど、俺は生きてみせる。必ず、大人になる!」
 その一言が合図となった。征市は懐からマッチの箱を取り出す。同時に陸は首から下げたループタイのドクロに手をかけ、彩矢は右手を天にかざす。デッキを取り出すためのプロセスだ。
「何、してるのかな?ボクと戦うつもり?でも、無理だよね?できないよね?だって、デッキを出せないんだもの!」
 少女の言うとおりだった。征市がマッチを擦っても炎はデッキに変化しない。陸のドクロも、彩矢の右手も光る事はなかった。
「嘘だろ?何で、デッキが……」
「ボクが夢魔に命じたのさ。夢の世界を作る時に、デッキを持ちこめないようにしろって。君達はある一定のプロセスを通してデッキを手元に持ってくる。一種の転移魔法みたいなものだね。だから、ボクはその転移魔法を封じたのさ。君達は夢の世界の中に何も持ちこめない」
 少女はそう言うと、征市にゆっくり近づく。白い両手が征市の首に触れた。
「今まで、君の魔力で邪魔されて殺す事ができなかった。だけど、何度でも試してみるもんだね。繰り返し植え付けた恐怖が君の心に隙を作ったんだよ。だから、夢魔を潜り込ませる事もできたし、こうやって首を絞める手に力をこめる事もできる!」
 少女の両手に力が入った瞬間、征市はその両手をつかんだ。体格差を考えて、征市が振りほどけないはずはない。しかし、その手が離れる事はなかった。
「征市君!」
「征市さん!」
 彩弓と彩矢が飛び出そうとするが、その体に鎖が巻きつく。陸が鎖の先を見ると、それは夢魔の首に繋がっていた。
「無ゥー駄、無駄ァ!お前達の抵ェ抗など許さない、認めない、させないィ!」
「くそっ!こんな奴、デッキが出せれば!」
 陸は何度も首のドクロに触れるが、デッキは出てこない。こうしている間にも、征市の顔がどんどん青ざめていく。
「征市君!しっかりして!征市君!」
「無ゥ駄だって、言ってるだろうが!理解しろ、理解、理解ィ!」
「そうだよ。これで復讐は終わるんだ。死んじゃえ!」
 少女が子供のようにあどけない声でそう言った時、その両手に黒い光弾が当たる。それを受けて少女は思わず手を離した。少女が光弾が飛んできた方向を見ると、そこにはデッキを持った真実がいた。デッキの中のカードから光弾が発射されたのだ。
「嘘……。どうして、姉さんがデッキを」
「あなたの考える事は最初からお見通しだったのよ。夢の世界に入る時に、違和感があった。だから、オルゴールのプライズの中にデッキケースを入れておいた。オルゴールのプライズは夢の世界に入る事ができる。正確には、人間や物を持ちこむ事ができるプライズ。デッキケースを持ちこむ事だってできるのよ」
 少女は、征市から離れると夢魔の近くまで走っていった。そして、何もない空間からドアを生み出すとそれを開ける。
「ボクはまだ負けてないからね。必ず、征市君を殺してあげる。大人になる前に絶対に終わらせてやるから!」
 少女はそう言うと、ドアの中に消えていった。ドアが閉じると、そのドアも消える。
「夢魔。適当に暴れて帰っておいで。征市君だけはボクのために残しておいてよね」
 少女の伝言が残り、夢魔は体を震わせた。彩弓と彩矢を縛っていた鎖が離れ、彼の首に戻っていく。
「お前らの始末は、俺の役ゥ目だ!消去、消去ォ!」
 夢魔の手が赤く光ると、デッキケースが現れる。真実と夢魔、それぞれが五枚のシールドを展開し、デュエルが始まった。
「《ストリーミング・シェイパー》!」
 真実の手から離れた青いカードによって水流が起こり、山札の上のカードが四枚めくられていく。その中の三枚が山札の横にある墓地へ飛んでいった。序盤から多くのカードを墓地へ移動させて、後で墓地にあるカードを使うのが真実の戦略だ。前のターンでも《エマージェンシー・タイフーン》を使っているため、早い段階で切り札を墓地に送り込む事ができた。
「呪文など無ゥー駄、無駄ァ!《リンパオ》突撃ィ!」
 夢魔が召喚した、赤い服を着た貴族のようなクリーチャー《早食王のリンパオ》が自分の背丈ほどもある巨大なフォークやナイフを振りかざしながら真実のシールドへ突撃してくる。それによって真実のシールドが一枚、ガラスが砕けるような音と共に破られていった。
「まだまだァ!《ホノオ》突撃ィ!」
 活発な少年のようなクリーチャー《一撃勇者ホノオ》が、炎を纏った燃える拳で真実のシールドを破っていった。真実がクリーチャーを出していない状態で、既に残りのシールドは三枚だ。
「真実!」
「大丈夫です。まだ始まったばかりですよ」
 真実はそう言うと口元に怪しい笑みを浮かべる。そして、彼女の目の前に奇妙な魔方陣が現れた。
「速攻。いい戦略ですね。……相手がシールド・トリガーを使わないとすれば」
「上等、上ゥ等!どんなシールド・トリガーでも俺の速攻は止められないィ!ノンストップ!」
「本当に?」
 魔方陣の中からマントを羽織った黒い騎士が姿を現す。両手に持っていた銃身が剣のように変化した銃を夢魔に向け、既に臨戦態勢に入っていた。
「《インフェルノ・サイン》で墓地から《邪眼皇ロマノフI世》を場に。切り札の力、見せて差し上げますわ」
 艶やかな唇がそう告げると、《ロマノフI世》が動き出す。真実が墓地から拾い上げたカードをかざすと右手の銃から黒い手が発射され、黒い羽根が舞い上がる。黒い手は《リンパオ》を包み込むと、そのまま消えてしまった。
「《ロマノフ》の効果で墓地の《デーモン・ハンド》を使用しました。そして、次は……」
 真実と《ロマノフ》の目が《ホノオ》に向けられる。少年の姿をしたヒューマノイドにも慈悲は与えない。左の銃から発射された黒い光弾がその体を貫いていった。
「呪文を墓地から利用する切り札か。だが、弾があるのはこっちも同じ!撃って撃って撃ちまくりィ!」
 次に夢魔の手から召喚されたのはインラインスケートのような靴を履いた少年のようなヒューマノイド《特攻小僧スカイラブ》だ。火を吹く靴で高く舞い上がると、その足で真実のシールドを破る。
「また、スピードアタッカーか。こう何度も使われたんじゃ、《ロマノフ》の除去も間に合わない!」
 《スカイラブ》は炎と共に姿を消すと、カードの姿で山札に戻っていった。そして、墓地が赤く輝き、破壊されたはずの《ホノオ》が手札に戻っていく。
「これが《スカイラブ》の効果ァ!墓地から同じ種族のクリーチャーを回収、回ィ収!」
 軽量な《ホノオ》が戻ったのを見て、真実は一体のブロッカーを召喚する。青と黒の体色の人型のクリーチャー《電脳封魔マクスヴァル》だ。相手の攻撃をブロックできるだけでなく、闇のクリーチャーのコストを下げる事もできる。
「さらに《マクスヴァル》をもう一体召喚。そして、ターン終了です」
 真実は攻撃しなかった。その行動に、征市達がざわめく。
「何で、攻撃しないの?このままじゃ、押し負けちゃうよ!」
 陸には理解できなかった。隣にいる彩矢もそれは同じで、顔中に疑問を浮かべている。
「手札を増やしたくないんだよ、真実は」
 それを見て征市が呟いた。
「夢魔のデッキは速攻デッキだ。軽量クリーチャーだけじゃなく、スピードアタッカーだって多く入っているだろう。シールドにスピードアタッカーが入っていたら、攻撃の隙をついて出されちまう。だが、一気にシールドをブレイクしてとどめまで持ち込めれば……!」
「でも、あの人の攻撃できるクリーチャーって《ロマノフ》だけですよ!あれじゃW・ブレイクが精一杯じゃないですか!」
「真実を……信じてくれ」
 征市は自分でも驚く言葉を口にしていた。
 本心は判らないが、彼女は魔道書同盟の一員だ。それ故、征市は真実を心の底から信用しているわけではなく、警戒している。それでも、今は真実を信じたかった。
「大丈夫ですよ、征市さん」
 真実は振り返る事なく征市に伝える。
「総一郎さんとの約束通り、あなたを死なせはしません」

「全員、二十歳になる前に死んでいる。これが相羽の一族の共通点ですか?」
「そうだ」
 菜央の問いに一真が答える。五十年前の魔道書同盟との戦いの後で生まれた相羽の人間は皆、十代でこの世を去っていた。偶然の一言では片付けにくい因果を感じる。
「魔道書同盟は、相羽の者達に――特に元総長に恨みを感じていたのかもしれないな。魔道書同盟と戦った魔法使いの子孫の中でも、こんな事になったのは相羽だけだ」
「ですが、何故、相羽の一族だけがこんな事に。それに、もしかしたら……」
 菜央が長い指を顎に当てて考える。そして、頭によぎった考えを否定しようとして口を閉じた。
「征市も二十歳になる前に死ぬ可能性がある。奴は今、十九歳だったな?」
 否定しようとした言葉を一真が告げた。認めたくなくても、その答えは逃げる事を許さない。
 五十年という長い月日の中で、消されていく命。魔道書同盟はその間、『永遠の牢獄』によって封印されていたはずだ。それでも、強く残る怨念で相羽の命を奪っていったのか。一体、何が魔道書同盟をそこまでさせるのか。何故、相羽の人間だけが恨まれなくてはならないのか。
「五十年前の再現みたいになっている。そんな気がするな」
 一真が優しく声をかける。だが、その直後、真剣な顔で
「覚悟だけはしておけ。戦いが厳しくなる事だけは間違いない」
と、言った。

 熱く燃える炎がその場を包んだ。《ロマノフ》は銃を持った手で守るように顔を隠す。真紅に染め上げられたマントが熱風でたなびく。
「出撃、出撃、出撃ィ!《マーズ・ディザスター》!!」
 夢魔が自分の三体のクリーチャーを進化元に、巨大なクリーチャーを召喚する。赤い三つの巨大な球体を体内に抱えたフェニックス《超神星マーズ・ディザスター》だ。
 《ロマノフ》を超える巨体で宙を舞った《マーズ・ディザスター》の球体が一つ、破裂する。その瞬間、大爆発が起こり、二体の《マクスヴァル》が溶けていった。
「征市さん、《マクスヴァル》が!」
「くそっ!メテオバーンか!」
 進化クリーチャーの中には、進化元のクリーチャーを墓地に送る事で特殊な効果を発揮するメテオバーンと呼ばれる能力を持つ者がいる。《マーズ・ディザスター》のメテオバーンは、敵も味方も関係なくバトルゾーンのパワー4000以下のクリーチャーを破壊する能力だ。
「もうシールドは無防備、無防備ィ!撃墜、撃墜、撃墜ィ!」
 三枚のシールドが無残にも割られていく。その中にシールド・トリガーはなかった。
「《マーズ・ディザスター》のパワーは13000!《ロマノフ》なんか敵じゃないぃ!無敵、無ゥ敵ィ!」
「それは違いますわ」
 涼しい声で真実がそう言うと、その手から一体のクリーチャーが召喚される。巨大な翼を広げ、スリットが入った金属製の仮面で顔を隠した龍の神《龍神メタル》だ。《メタル》は場に出ると、口から炎の弾を吐き出し、夢魔のマナゾーンにあるカードを一枚、焼き尽くした。
「何をするかと思ったら、そんな事か!無ゥー駄、無駄ァ!」
「《ロマノフ》!」
 凛とした声で命令を受けて《ロマノフ》は動き出す。真実がかざしたカードから黒い光が発せられ、それがロマノフの銃に力を与える。二丁の銃が空を撃つと、そこに魔方陣が現れた。
「《インフェルノ・サイン》か!」
 墓地からクリーチャーを呼び出す《インフェルノ・サイン》ならば、《マーズ・ディザスター》を倒せる切り札が出てくるかもしれない。征市が期待しながら見ていると、魔方陣から現れたのは《メタル》にそっくりな黒い龍の神だった。そのクリーチャーの名は《龍神ヘヴィ》だ。場に出た時、自分のクリーチャーと相手のクリーチャーを一体ずつ破壊する力を持つ。
「《ヘヴィ》の効果で《ロマノフ》を破壊!」
「何っ!」
 その行動に誰もが驚いた。征市も、《ヘヴィ》を出したのは《ヘヴィ》自体を破壊して《マーズ・ディザスター》を消し去り、《ロマノフ》でシールドを破るためだと思っていたのだ。
 《ヘヴィ》の口から発せられる青い光弾が《ロマノフ》と《マーズ・ディザスター》を破壊していく。そして、破壊を終えた《ヘヴィ》の背中から奇妙なものが伸びていく。同じように《メタル》の背中からも肉片が伸びていた。二体の神は背中で繋がり、繋がった場所からは巨大な目玉が現れる。
「ゴッド・リンク《ヘヴィ・メタル》!」
 融合した神、《ヘヴィ・メタル》は赤と黒の翼をはためかせて夢魔のシールドをブレイクしていった。それによって、五枚あった夢魔のシールドが三枚破られていく。
「T・ブレイクだと!?だが、無ゥー駄、無駄ァ!シールド・トリガー《エクスプレス・ドラグーン》!」
 シールドから四肢に巨大なリングを装備した小型の龍、《エクスプレス・ドラグーン》が現れる。もう真実のシールドは残っていない。攻撃されたら終わりだ。
「残念、残念ン!これでお前の負けだ!《エクスプレス・ドラグーン》!」
 夢魔が《エクスプレス・ドラグーン》に攻撃を告げた瞬間、彩弓は目を閉じた。彩矢と陸も諦めた表情でその場を見ている。
 だが、征市だけは違った。勝利を信じた表情で不敵に笑っている。
「見せてやれよ、真実。お前の切り札の力を!」
 《エクスプレス・ドラグーン》が真実に向かって跳躍した瞬間、《ヘヴィ・メタル》の体にある巨大な目が紫色の光を発した。その瞬間、《エクスプレス・ドラグーン》はその目に吸い寄せられていく。その瞬間、《エクスプレス・ドラグーン》の前にブラックホールのようなものが現れて、その体を飲み込んでいった。夢魔はそれを茫然とした顔で見ている。
「《ヘヴィ》はリンクしている時に相手のクリーチャーに《ヘヴィ》への攻撃を強制する能力がある。《ロマノフ》を破壊して《ヘヴィ》を残したのはこの能力を使うためだったんだな?」
 征市に聞かれて、真実は静かに頷く。そして、夢魔を見て解説を始めた。
「《ヘヴィ・メタル》のパワーは12000。《マーズ・ディザスター》には劣りますが、進化でないクリーチャーで倒せるパワーではないでしょう。速攻を意識したデッキで勝てるパワーではないはずです」
 真実の言うとおりだった。夢魔のクリーチャーでは、いや、夢魔のデッキに入っているカードではどうやっても《ヘヴィ・メタル》を破壊する事ができない。
「《ヘヴィ・メタル》でシールドブレイク!」
 夢魔は殴られていくシールドを見ている事しかできなかった。シールドを全て消し去った巨大な神の目は夢魔を見ていた。
「《ヘヴィ・メタル》で直接攻撃」
 《ヘヴィ・メタル》の目にエネルギーが集まっていく。チャージされたエネルギーが一気に爆発し、光線となって夢魔を焼き尽くしていった。

 征市が目を覚ますと、そこは自分の家の寝室だった。真実が自分の顔を見ていた。
「おはようございます、征市さん」
「ああ、おはよう。また助けられちまったみたいだな」
「それが約束ですからね」
 真実が優しい声でそう言った時、床で寝ていた陸達が目を覚ます。それを見た真実はオルゴールのプライズを持って寝室のドアに向かった。
「待ってくれ。いつか、じいさんとあんたの関係を教えてくれないか?」
 真実は一度立ち止まると、しばらく考えてから振り返る。
「判りました。その内、お教えしますわ」
と、言った後、陸達を見た真実は
「征市さんをお願いします」
と、言い残し、頭を下げた後に部屋を出て行った。
「魔道書同盟の一員なのに逃がしちゃいましたね」
 陸がどうでもいいような事を語るような口調で呟く。そして、真実の後を追うようにドアに向かった。
「リーダーへの報告は僕がやっておきますよ。……だからって二人といちゃいちゃすんなよな!」
「しねぇよ!」
 陸の言葉に反論すると、征市は彩弓と彩矢を見た。二人とも征市を見ている。何を話しかければいいか迷っているらしく、なかなか言葉が出なかった。
「ねぇ、征市君。明日って、怖い?」
 しばらくして、彩弓がそう聞いてくる。征市はしばらく考えた後、こう答えた。
「確かに怖い。あいつは、どんな手を使ってでも俺を殺してくるだろうからな。彩弓や彩矢を巻き込むかもしれない。俺が殺されるかもしれないって思うだけで……生まれる前からそんな強い悪意を向けられていると思うだけで震えてくるよ。でもな」
 征市は力強い口調でこう続けた。
「それでも、俺は明日に進みたい。魔道書同盟に勝って、俺の明日を手に入れたい」
「必ず、手に入るよ。ね、彩矢」
「もちろんよ!征市さんの邪魔なんて絶対にさせないわ!」
 二人の顔を見て、征市は笑う。恐怖は心の奥底にこびり付いている。だが、信じあえる仲間がいれば、あの少女の悪意に打ち勝つ事ができるかもしれない。他の相羽が進めなかった二十歳の時間へ進めるかもしれない。

 『File.30 作られた戦士達』につづく
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