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『コードD』File.extra めぐる学校の怪談 その3

『コードD』

 File.extra めぐる学校の怪談
 3 敵は旧校舎にあり

「僕らに逆らうな。この愚か者が!」
 木で出来た古い教室。夜の闇をろうそくの炎が照らしている。
 右京の前に立っていた二体の神が、それぞれ槍と剣を振り下ろす。それを見ていた少女の肉体はその攻撃によって跡形もなく消えてしまった。
「兄貴に逆らうからだ。馬鹿な奴!」
「そう言うな、左京。実力のない奴ほど、強い者に刃向かいたがるものだ。お前が負けたのは驚いたがな」
 横にいた左京にそう言って、右京は後ろを向く。そして、目の前の光景を疑った。
「兄貴、どうした?」
 左京も振り向いて右京が絶句した理由を知る。彼らにとって最も大切な町の模型が炎に包まれていたのだ。
「命と引き換えに模型を狙ったって事か?奴が俺達に挑んだのは囮?ちくしょー!ふざけやがって!」
 左京は、シャツを脱ぐとそれで炎に包まれた模型を叩く。だが、それで炎が消える事はなかった。
「僕らの計画が……。この女ァ!」
 右京は少女がいた場所を睨みつける。当たり前だが、そこには誰もいない。しかし、右京はずっとその場所を睨みつけていた。
「お前はもう僕らの手で死んだ。この学校のうわさの一部となって永遠に魂が救われる事はない。苦しめ!永遠に苦しめェ!」
 悔しさを顔全体で表しながら右京は叫んだ。
 この日から十四年。模型の修復が終わり、彼らの計画は再び、動き出す。

「うまく行かないわね」
 潜入捜査の一日目を終えたメンバーはトライアンフ事務所に集まっていた。由麻は、それぞれの報告を聞いたが、その中に事件解決に繋がりそうな情報はなかった。
 廊下にいた教師、音楽室のモーツァルト、美術室の彫刻、無限に続く階段に動く人体模型。どれも今まで聞いたうわさ以上の収穫は得られなかった。悪霊を操る親玉に繋がる情報は何もない。
「慣れない潜入捜査で疲れた。今日はもう家に帰って休みたいぜ」
 征市は上着を脱ぐと、それを置いてデスクにもたれかかった。それを見ていた陸は
「そうですか?僕は、色々な女子生徒の夏服チラリズムでかなり癒されたんですけど。ねっ!湊君」
と言って湊に同意を求める。その直後、菜央が邪悪なオーラを纏った笑顔で指を鳴らし、陸はおしおき部屋へ連れ込まれた。初めて見る特殊な光景に由麻は泣き出しそうな顔をしていたが、トライアンフのメンバーが平然としているのを見ていつもの強気な表情に戻そうと努力した。しかし、目には少し涙がたまっている。
「みなさん、お疲れ様でした。休憩室にちょっとしたお食事を用意してありますから、食べていって下さいね」
 菜央がそう言って休憩室に繋がる扉を開ける。湊と一真がそれに続いた。
「あたしは帰るわね」
 由麻がそう言ってバッグを手に取ろうとするが、征市がその手をつかんだ。
「いいじゃねぇか。食べて行けよ」
「でも、あたしはトライアンフじゃないし」
「無理にとは言わないけどよ。うちのリーダーがこういうご褒美用意してくれるのって珍しいんだ。お前にも楽しんでもらいたいのかもしれないし」
「……判ったわ」
 しばらく考えた後、由麻は頷いて休憩室の扉を開けた。征市もそれに続き、最後におしおき部屋から出て目から生気を失った陸が休憩室に入った。
 菜央は「ちょっとした食事」と言っていたが、一人暮らしをしていて料理が面倒に感じる征市にとってはその手間を省けるだけでもありがたい。そう思って征市が休憩室のテーブルの上を見ると、そこには様々なオードブルが用意されていた。小皿に綺麗に盛りつけられたそれらの食事に征市だけでなく、他のメンバーも思わず感嘆のため息を漏らす。
「いやー、さすがリーダー。潜入捜査で体育やったからお腹空いてたんですよ」
 陸は、そう言うと着席し、目の前にあったピザを一切れつかんで口に放り込む。円形になったピザから一切れのピザが取られる瞬間、チーズが糸を引いてそこにいる者達の食欲を煽った。
「な?俺の言った事聞いて正解だっただろ?」
「そうね」
 由麻はいつものように冷たい声とクールな表情を心がけようとしていたが、陸の手がピザからオードブルに映るのをそこから目が離せなくなっていた。彼女もオードブルが気になっていたのか、征市よりも先に座るとすぐに手を伸ばす。
「お前ら、子供みたいだな。……あっ!おい、陸!それは俺が狙ってた奴だぞ!」
「早い者勝ちですよ、セーイチさん。うまいうまい!セーイチさんが悔しがる表情を見ながら食べるからさらにおいしく感じるよ。あっ!由麻ちゃん、それ僕の!」
「早い者勝ちでしょ?」
 由麻が涼しい顔でそう言うのを見て、陸は悔しそうに唇を噛みながら彼女の口に運ばれていくオードブルを見ていた。
 その後も食事と会話が続き、メンバーは楽しい時間を過ごしていた。征市達は潜入捜査でデュエルをした時の話はしなかったが、学校での行動についての話をした。
 征市が担当するクラスに陸がいたのと同じように由麻のクラスに湊が入った事を湊が話し、教育実習で手品をやった実習生が珍しいのか征市に注目する女子が多いという事実を陸がわざとつまらなさそうに話した。陸は、本来ならば高校に通っている年齢なのだ。学校での生活が楽しかったらしく、話題は尽きなかった。
「じゃ、せっかくだからセーイチさんに手品やってもらおうよ」
 たくさんあったオードブルもなくなり、食後の紅茶やコーヒーを口に運んでいた時に陸がそう言った。メンバーの目が征市に向けられる。
「おいおい。俺、潜入捜査で疲れているって言っただろ?それに、準備だってしてないし」
 口ではそう言っているが、征市は立ち上がると上着を取りに隣の部屋に向かう。そして、上着を羽織ってすぐに戻ってくると
「少しだけだぞ」
と、念を押すように言った。メンバーから拍手が聞こえたのを見て、征市はうれしそうに笑うと、全員の視線を集められるような位置に移動する。
「じゃ、今から俺の手品ショーを始める。突然だけど、今日の食事は最高だったな。俺、オムライスが好きだから、欲を言えば卵料理があればもっとよかったんだが……菜央!冗談だ!これは、手品を盛り上げるための口上だから!満足しているし、卵料理もいらないからそっちを見るな!」
 征市が卵料理の話題を出した瞬間、菜央が征市とは違う方向を見たのを見て慌ててフォローした。菜央が見ていたのはおしおき部屋がある方向だ。おしおき部屋の扉とは壁一つ隔てているとは言え、安心はできない。
「さて」
 征市はわざとらしい咳払いをすると、上着の胸ポケットから真っ白なポケットチーフを取り出して全員に見えるように広げた。
「ただのポケットチーフだ。タネも仕掛けもない」
「セーイチさん、嘘言わないで下さいよ。タネも仕掛けもなしに手品が成立するわけないじゃないですか」
 陸がそう言うのを見て、征市は近くにいた湊に
「調べてくれるか?」
と言ってポケットチーフを渡す。湊が広げたり折ったりして調べるが、薄いポケットチーフに仕掛けができるスペースなど存在しない。
「陸さん、この中に何かを仕掛けるなんて無理ですよ」
「そうかなぁ……」
 陸はまだポケットチーフに疑いのまなざしを向けている。征市は湊からポケットチーフを受け取ると、それを半分ほど両手で握った。親指と人差し指を動かして、残った部分も征市の手の中に入っている。全てのポケットチーフが手の中に入った後、征市はそれを手の中でいじった。
「セーイチさん、ポケットチーフを手の中から消すのはなしですよ。どうせ、手の中に入れているように見せかけて上着の袖の中に入れてるんでしょ?」
 陸は頬に手を当てると征市に自分の推理を語る。だが、征市は「いや、違うな」と、言うと両手を開いた。その手には卵が乗っている。
「白いハンカチは白い卵に変わってしまったんだ。どうだ、驚いただろ?」
 征市がそう言うのと共に、トライアンフのメンバーと由麻から拍手が起こる。だが、菜央は
「そうですか。相羽さんは、そんなにオムライスが食べたかったのですか」
と、笑顔で征市を見ていた。それを見た征市は、卵を握る。
「あ、いや、そうじゃないんだ。これは手品だから!オードブルもピザもサンドウィッチもうまかったよ!オムライスよりも大好き!今、大好きになりました!」
 慌ててそう言うと、征市は卵を握ったまま両手を見せる。
「というわけだ。今から俺が好きなのはピザになった。だから、卵はいらない。それにポケットチーフがないと胸ポケットが寂しいからな」
「バラを指しとけばいいじゃないですか。明日、バラを口にくわえて教室に入ったらみんなが笑ってくれますよ」
「そんな馬鹿みたいな事できるかよ。胸ポケットにはこれだろ?」
 そう言うと、征市は手を開く。その手には、最初に征市が持っていた白いポケットチーフが乗っていた。
「へぇ……。卵に変えただけじゃなくて戻すなんてすごいわね。驚いたわ」
「褒めてくれるのか。嬉しいな。じゃあ、もっと面白い手品を見せてやるからよく見ててくれよ」
 征市は白いポケットチーフを胸ポケットにしまうと次の手品を始めた。
 その後も、征市のマジックショーは続き、そこにいるメンバーを楽しませた。由麻も身を乗り出してそれを見ている。
「これが最後の手品だ。俺は予言の手品をする」
 予言という不可能に近い行動にメンバーがざわめくのを見ながら征市は四枚のトランプと取り出した。表を向けると、それらは全てエースのカードだと判る。
「ここに、四種類のエースのカードがある。これを裏にしてシャッフルするんだが……。陸、疑っているなら、裏をチェックするか?」
「もちろんですよ!」
 陸は一度、征市が仕事で手品グッズを売っている時にトランプの手品のタネをバラした事がある。今回も仕掛けがないかチェックするためにカードを手に取ってよく見ていた。
「満足したか?じゃあ、それをシャッフルして一枚選んでくれ。その間、俺は後ろを向いているから」
 征市が背を向けたのを見て、陸はその中から一枚のカードを選び、自分で見た後他のメンバーにも見せた。
「あ、そうそう。俺の予言はもう終わっているから」
 征市は陸達に背を向けたままそう言った。その言葉にメンバーがそれぞれ顔を見合わせる。その中で由麻だけが何も言わずに征市を見ていた。
「じゃあ、陸。選んだカードを見せてくれるか」
「え?でも、見たら予言にならないんじゃないですか?」
「予言はもう終わっている。問題ないから見せてくれよ」
 征市がそう言うのを聞いて陸はハートのエースのカードを渡す。征市はブレザーのポケットから白い封筒を取り出すと陸に渡した。陸が中を開けて、入っていた紙を広げるとそこには、ハートの絵が描いてある。
「げぇっ!?こんなの書く時間なんかなかったはずなのに!」
「どんなカードが選ばれるか判っていれば書けるだろ?」
「確かに……そうですね」
 陸は征市に渡された四枚のエースやハートの絵が描かれた紙と封筒も見たが、おかしな部分は見つからない。
「じゃ、今夜の手品ショーはこれで終わりだ。陸、明日はこんな事やらせるなよな」
 征市は軽くぼやくと封筒とカードを片づけるために手を伸ばす。すると、由麻が歩いて来てその腕をつかんだ。
「ねぇ、征市。胸ポケットの中の封筒には、ハート以外の何が描いてあるのかしら?」
 その言葉を聞いて征市は由麻の目を見る。だが、すぐに
「何の事だか判らないな」
と、返した。
「予言なんか存在しない。征市は事前に四つのエースとそれに合わせた四枚の紙を用意しておけばよかった。封筒は四つ用意していたけれど、周りの人間がそれに気づくとは限らない。ちょっと頭を使えば判る手品よ」
 由麻が事務的な口調でタネを明かすと、彼女は征市に背を向ける。
「誰かに教わったような手品なんかやってないで、もっと役に立つ事に時間を使いなさい。人が使える時間は限られているのよ」
「判っているさ……」
 説教にも似た由麻の言葉を聞きながら、征市はカードとハートの絵が描かれた紙を見ていた。
「由麻さん!」
 湊が立ち上がって由麻を睨むが、彼女はそれを見ようとせずに出口に向かった。
「ごちそうさま。明日、また会いましょうね」
 そう言って、由麻は立ち去った。征市は何も言えずにそれを見ている。
「きつい言い方するなぁ。デュエルバージョンのナイスバディな由麻ちゃんになら叱られてみたいとか思うけれど、こういうのはちょっとなぁ……」
「陸さん、ふざけている場合じゃないですよ。征市さん、大丈夫ですか?」
 湊に注意されて陸もふざけ過ぎたと思ったのか、彼に謝った後征市を見る。征市は何も言わずに由麻が立ち去ったドアを見る。
「セーイチさん、どうしたんですか?」
「なぁ、由麻は何で俺が手品を教わった事を知っているんだ?」
 陸が征市を不安に思って聞くと、予想していなかった返事が返ってきた。不安に思った陸は彼の顔の前で開いた手を上下に動かす。それが煩わしいと感じた征市は陸の手を跳ね除けると、メンバーに聞く。
「由麻は、誰かに教わったような手品って言ってたよな?」
「そうだったような……」
 征市に聞かれて、陸は自分の記憶を思い出す。そう言っていたような気がした。
 征市は、その答えを聞くとすぐに駆けだす。そして、周りのメンバーが止める間もなく、部屋を出て行った。
「セーイチさん、どこに行くつもりなんだ?」
「あの様子だと由麻を追いかけに行くみたいだな。追うなよ」
 一真がそう命じると、陸と湊を見た。二人がその命令に戸惑っていると、菜央が口を開く。
「相羽さんと笹本さんには秘密にしておきたい話があったのです」
 そう言うと、菜央は隣の部屋に移動し、紙の束を持って休憩室に戻ってくる。そして、その紙の束を陸と湊に一部ずつ渡した。
「それは、今から十四年前の事件に関するレポートです。その年も今と同じようにT高校で生徒達が行方不明になる事件が発生していました」
 それを聞いて陸と湊の二人はレポートをチェックした。魔法警察が調査した事が書かれているそれらのレポートには、いつ、どの生徒が行方不明になったのかが記されていた。
「十四年前も魔法警察はこの事態の異常に気づいていた。そして、今年と同じように潜入捜査を行っていたんだ」
「しかし、十四年前の事件は解決せず、ある一人の女生徒が行方不明になったのを最後に行方不明になる生徒がいなくなりました」
 一真と菜央の言葉を聞きながら、二人はレポートにあったその女生徒の名前を見る。よく知っているはずの名前を口に出し、現実の理不尽さを飲み込もうとした。
「笹本……由麻」

 ガス灯を模した形の街頭がQ区を照らす。その優しい明かりの下で由麻は自分が取った行動について考えていた。
「何であんな事言っちゃったんだろう」
 普段の自信にあふれた由麻の声とは対照的に、沈んだ哀しそうな声が口から出る。征市の手品ショーが面白くなかったのではない。彼の手品を見ている時、とても楽しい気持ちになったのだ。それなのに、何故、空気を壊すような発言をしてあの場所を飛び出してしまったのかがよく判らない。
「何で?あんなにいい気分になれたのに……。すごく懐かしい気分に……」
 近くにあったベンチに腰を降ろす。由麻はそこで胸に手を当てて考えていた。しかし、どれだけ考えても自分の中にある奇妙な感覚の正体が判らない。
「初めて会ったはずなのに、何であんなに懐かしい感じがするの」
 資料で征市の名前と簡単な経歴は知っていた。だが、そんな紙に書かれているようなデータではない別のものを征市から感じたのだ。
「おかしい。今のあたしじゃ、何も判らない……」
(本当に判らない?)
 由麻の中で別の自分の声が頭を支配する。自分の中から聞こえてきたもう一つの声に戸惑いながら、由麻はその声に言い返す。
「判らないわよ!あたしはあいつと初めて会ったのよ。それなのに……、それなのに!」
(本当に初めてなの?)
 もう一つの声を聞いて由麻は目を見開く。そして、パスケースを取り出した。そのパスケースを開こうとする手が震える。
(そこに答えがある)
「見たくない」
(見ないと何も判らない)
 由麻の手は、彼女の意思を無視するように動き、パスケースを開いた。そこには、自分と五歳の男の子が一緒に写っている写真が入っていた。
(この写真の子をあたしは知っている)
「判らない……」
(この写真を撮ったのはいつ?)
「十四年前……」
(もう全てが判るでしょう?)
 由麻は写真を見たまま何も答えなかった。笹本由麻は十四年前の人間なのだ。今、ここにいる由麻は笹本由麻であって笹本由麻ではない。
「どうして……?」
 征市の事をすぐに思い出せなかった理由が判らない。もし、すぐに思い出せていたならば冷たい態度は取らなかったはずだ。
「どうして……?」
 由麻は、同じ言葉を呟く。自分が十四年前の人間だという事は、事実として無理矢理飲み込んだ。しかし、十四年前に何があったのか。十四年前の人間が、何故、現代にいるのか、それが判らなかった。
「由麻ちゃん?」
 子供のような声を聞いて、由麻は顔を上げる。そこには、彩弓の子供っぽい顔があった。
「彩弓……」
 由麻と彩弓は初対面ではない。彩弓にT高校の旧校舎の話をしたのは由麻なのだ。偶然、彩弓と知り合った由麻は彼女にT高校の怖い話について聞かれた。その時、咄嗟に思いついた嘘の話が旧校舎に入り込んで同じ一日を繰り返す少女の話だ。本当の話をして彩弓が興味を持つ事を恐れた由麻はそれを話したが、彩弓の興味は尽きる事がなく、今度、T高校の旧校舎で肝試しをすると言っている。それだけは避けたい。
「どうしたの?つらそうだよ?」
「何でもないわ」
 心配そうな顔をして顔を覗き込む彩弓から目を逸らして由麻は答えた。
「駄目だよ」
 しかし、彩弓は由麻を諭すように言う。
「由麻ちゃんは何でも自分でできそうだし、本当に何でもできるんだと思うけれど、それでもつらい時は誰かに助けてもらわなくちゃ駄目。周りに素直にならなくちゃ!」
「素直に……」
 もし、素直な態度で征市と接していたら、彼の手品を褒めていい気分で帰れたかもしれない。全ては自分の心がけ次第なのか。
「そうだよっ!素直なのが一番だよね!」
「そうね」
 由麻は彩弓に微笑む。彩弓も由麻の顔を見て笑った。
「うん、その調子!何があったのかよく判らないけれど素直になれば大丈夫だよっ!」
「ありがとう、彩弓」
 その後も、二人はしばらく話をして別れた。由麻の中にあった嫌な気持ちが全て消えている。
 征市に会ったら、謝ろう。その決意が由麻を動かしていた。彩弓が言うように、素直でいないせいで 由麻はトライアンフメンバーとの間に壁を作っている部分がある。まず、征市に謝る事でそれを変えていかなければならない。それをしなければ倒せないほどに、T高校に巣食う悪意は凶悪なのだ。
 そう決めて一歩歩いた由麻の耳に叫び声が届いた。あれは、彩弓だ。ついさっきまで話していたのだから、聞き間違えようがない。
「彩弓!」
 由麻は声がした方に駆けて行った。しばらく走ると、そこには全身真っ黒な人型の怪物に囲まれた彩弓がいた。気を失っているのか、人型の怪物にもたれるようにして立っている。
 怪物の頭部には一本の角があった。由麻は知っている。それらの正体はT高校のうわさにも出てくる黒い鬼だ。
「彩弓!」
 由麻が手を伸ばして叫んだ時、怪物と彩弓は下に開いた黒い穴の中に消えてしまった。由麻が駆け付けた時には、穴はふさがり、入る事ができなくなっていた。
「そんな……!どうして彩弓が……!」
 彩弓はT高校の怖い話に興味を持っていたが、別の高校の生徒だった。肝試しの会場としてT高校の旧校舎を候補にしているが、まだT高校に行った事もないのだ。その彩弓が連れ去られる理由が判らない。
「考えている場合じゃないわね……」
 一度戻ってトライアンフに応援を頼む事もできたが、事態は一刻を争う。彩弓が連れ去られた目的が判らない今、一秒だって迷っている時間はない。
 そう判断した由麻の足はT高校に向かって歩き出していた。

 夜の校舎は暗い。T高校の通学路は、繁華街から離れていてそこの光が届かないから同じQ区でも別世界のようだ。由麻は周囲に誰もいないのを確認すると正門を上って乗り越える。そこから、玄関までゆっくり歩いていく。
 左手に旧校舎が見えた。圧倒的な存在感と不気味な雰囲気を纏っている旧校舎だが、ここに彩弓はいない。彩弓をさらった鬼は由麻を挑発しているのか、魔力を放出し続けているのだ。由麻はその魔力を追ってここまで移動してきた。行くべき場所も判っている。
「まるで犬みたいね」
 そう呟くと、由麻は玄関の前に立った。ガラスの扉は当然、鍵がかかっている。由麻は鞄の中に入れていたキーケースから玄関の鍵を取り出すと鍵穴に入れた。この鍵は調査のために学校に許可を得て作った合鍵だ。潜入捜査が終わったら、返す事になっている。
 由麻は、扉を開けて玄関に入る。玄関で上履きに履き替える時間も惜しく感じ、土足のまま中に入る。
 鬼の魔力は、怪談に続いていた。由麻が玄関に近いその怪談を一歩ずつ踏みしめる。その魔力の反応がどんどん強くなっているのが判る。一階と二回の途中にある踊り場に大きな鏡があった。由麻はそれを見る。魔力は、そこから放出されているのだ。
「この鏡のうわさは多いわね」
 鏡に関する怪談は多く、このT高校でも多くの怪談があった。その中でも特に有名なのは、怪談の踊り場の鏡に関する話だ。夜に一人で踊り場の鏡の前に立つとどこかに連れて行かれるというのだ。その行先が異世界であったり地獄であったりとバリエーションが多い。
 由麻はその事から、鬼達は鏡を使って彩弓をどこかへ連れて行ったのだと考えた。
「彩弓、必ず助けてあげる」
 由麻は奥歯を噛みしめながら鏡に左手をつく。そして、鏡を見ると真剣な顔をした由麻の顔が不気味に微笑んだのだ。由麻はそれを見て離れようとするが体が動かない。それどころか、顔が鏡に近づいているような気さえする。
「どういう事……?そんなっ……!」
 由麻が自分の手を見て愕然とする。彼女がついていた左手は鏡の中に吸い込まれていたのだ。見ると、両足も吸い込まれて始めている。
「まさか、彩弓を囮に使って……?」
 おかしいと思ったのだ。彩弓を連れ去るのが目的だったら、魔力の痕跡を極力消すように努力したに違いない。それをはっきり放出した時点で罠だと気付くべきだったのだ。もし、トライアンフのメンバーと一緒だったら罠があっても助かっていただろう。これは由麻の判断ミスだ。
「違う。あたしは、トライアンフのメンバーに助けて欲しくなかったんじゃない。ただ……ただ……!」
 力を借りたいのは、一真でも陸でも湊でもない。たった一人。一人だけ、由麻が力を借りたい人物がいた。そんな事を考えている内に、腰から下と左腕が鏡の中に飲み込まれていた。無事な右腕を伸ばして由麻は力の限り叫ぶ。
「助けて……!助けて、征市!」
 由麻の体が一気に鏡の中に引きずり込まれる。無事なのは、右腕と顔だけだ。
 征市がここに来るはずがない。そう判っていたが、由麻はもう一度叫んだ。心の底から征市の力を借りたいと思ったからだ。
「助けて、征市!」
 その右腕に力がかかる。由麻が顔を上げると、そこには征市が立っていた。歯を食いしばって由麻の右腕を引っ張っている。
「征市!あんた、何で!?」
「話は後だ。今はこいつを何とかするぞ!」
 征市は足に力を入れて由麻を引っ張りだす。そして、デッキケースを取り出すと鏡を見た。鏡にはデッキケースを持った征市が映っている。しかし、本物の征市が鏡を睨みつけているのに対して、鏡の征市は不気味な顔で笑っていた。
「鏡ってのは、実物を左右逆に映すもんじゃないのか?本物の俺はもっといい顔してるぜ?」
 征市は、軽い口調でジョークを飛ばすと五枚のシールドを展開する。冷静さを感じさせる彼の口調とは正反対に熱い闘志を現した赤い色のシールドが暗い階段の踊り場を彩った。

 由麻は、征市の戦いを見ながら息を飲んだ。彼の背後で征市の戦いを見る事で、彼の背中に命を預けているような錯覚を覚える。
(それでもいい。だって……)
 今までの由麻だったら、トライアンフのメンバーの力を頼りたいとは思わなかった。だが、今は征市の力に頼りたいという気持ちが心の中に広がっている。由麻はそう感じる事を幸せに感じていた。
 それと同時に由麻は奇妙な感覚に襲われる。自分は、征市を守ろうと思っていたはずなのだ。何故、守らなければならないのか、理由はよく判っていないがそう感じていた。
「くそっ!思ったよりやるな」
 征市の手が止まる。彼の場には様々な武器で武装した火の鳥、《翔竜提督ザークピッチ》がいた。
それに対して、鏡の中の征市はコスト4以上のクリーチャーのパワーを増やし、ドラゴン化する《無双龍聖ジオ・マスターチャ》と《鳴動するギガ・ホーン》、そしてドラゴンをブロッカーにする《光神龍セブンス》がいた。シールドは残っていない。
「完璧なブロックだ!次のターンでとどめを差してやるぞ!」
 鏡の征市は《ギガ・ホーン》の効果で《光神龍スペル・デル・フィン》を手札に呼んでいた。《スペル・デル・フィン》が場に出れば征市は呪文を使えなくなる。シールド・トリガーは呪文が多い。《スペル・デル・フィン》が出る事で逆転の可能性を潰すつもりなのだ。
 そして、《セブンス》の能力と《ジオ・マスターチャ》の能力を組み合わせる事で完成する究極の防御態勢。本来、ブロッカーでないはずのクリーチャーも《セブンス》の効果で金色に輝く盾を装備している。
「次のターンか。まずいと思ったが、それは俺の勘違いだったみたいだな」
 征市は、わざと緩慢な動作でマナをタップし鏡の征市を挑発する。その動作を見て鏡は苛立ち、頭を抱える。
「馬鹿な!この防御を破れるとでも言うのか!?」
「ああ、さっき攻撃されていたら俺が負けていたかもしれないけれど、そんな『もしも』の話はしても意味がないよな」
 征市は手札の中から一枚のカードを引き抜くと、それにタップして生み出した五つのマナを注ぎ込む。征市の手から離れたそのカードは巨大な斧を持った人型のクリーチャーとなって場に現れた。
「《無頼勇騎ウインドアックス》だ!頼んだぜ、《ウインドアックス》!」
 征市を見て頷いた《ウインドアックス》は持っていた巨大な斧を《セブンス》に向けて投げた。それによって《セブンス》の体はバラバラに崩れていく。
「なんだ?何をしたんだ!?」
 焦る鏡の征市を見ながら、征市は説明を始めた。
「《ウインドアックス》は場に出た時に相手のブロッカーを一体破壊するクリーチャーだ。お前のブロッカーは三体だが、ブロッカーになる能力を与えている一体だけを破壊すれば逆転できる」
 征市が言うように《ジオ・マスターチャ》と《ギガ・ホーン》の盾が、《セブンス》が破壊された事によって砕け散った。それを見た《ザークピッチ》の目が光る。
「《ザークピッチ》!鏡の中の俺にとどめだ!」
 主に向かって吠えた《ザークピッチ》は、全身で炎をまき散らしながら鏡に突撃する。《ザークピッチ》の体が鏡を貫いた瞬間、鏡の中の征市は断末魔の叫びと共に黒い煙を出して消えていった。今、鏡に映っているのは本物と同じ動きをする鏡像の征市だ。
「やれやれ。ここはこれでOKってとこかな」
 征市はそう言ってデッキをしまうと振り返って由麻を見た。
「大丈夫か?」
 そう聞いて、手を伸ばす。由麻はその手を握った。征市の手の温もりを感じて、由麻の心が満たされていく。
 由麻は顔を上げて征市の目を見た。由麻はその目に仲間を心配する気持ち以外に、別の感情も混ざっているのを感じた。
「何で……何でここに来たのよ!」
 それでも、口から出てしまうのは想いとは正反対の言葉だった。それを聞いた征市は
「教えて欲しい事があったんだ」
と、答える。
「教えて欲しい事?」
「そうだ。俺の手品を見破っただろ?あれは、俺の大事な人が教えてくれた手品なんだ。もしかして……」
「違うわよ」
 征市の言葉を途中で切りながら由麻がはっきり否定した。
「あれくらい、手品に関する少しの知識とある程度の観察力があれば誰でも判るわ。あたしはあんたに手品を教えた事なんかない。この前、初めて会ったんだから、判るでしょう?」
 間髪入れずに由麻はそう言って、征市が何か言うのを止めた。それを聞いた後、征市は口を開く。
「確かに、手品のタネ明かしはそれで説明できるかもしれない。だけど、俺の名前を知っていたり俺の好きな食べ物を知っていたりしたのは何故なんだ?他の奴はどうでもよくて、何で俺だけなんだよ?」
「それは……」
 そこまで聞かれて由麻の歯切れが悪くなる。由麻に考える時間を与えないように、征市はすぐにこう言った。
「由麻ねえちゃんなんだろ?昔、俺の近所にいた由麻ねえちゃんだからじゃないのか!?」
「征、ちゃん……?」
 十四年前のように子供に呼ぶような言葉で由麻は征市を呼び、その頬に優しく触れた。征市はその手に触れる。
「征ちゃん……」
「覚えていてくれたのか。よかった……」
 征市は、そう言うと静かに息を吐き出す。そして、由麻も過去の事を思い出していた。
 十四年前。由麻は旧校舎にいる二人の魔法使いの存在を知った。その二人が生徒達の存在を消し、うわさに変えている事も理解した。そして、征市にそれらを説明する。
 両親や友人にも隠していたのだが、由麻には魔力があり、魔法警察からスカウトもされていた。そのため、自分の実力を過信し、旧校舎の魔法使いと一人で決着をつけに行ったのだ。その結果、由麻は敗北し、魂だけがT高校の付近をさまよい続けていた。
「何でだよ?確かに、そんな奴がいたら何とかしなくちゃいけないって思うのは判るけれど、何で由麻ねえちゃんが行かなくちゃいけなかったんだよ!」
 その話を由麻から聞いて征市は彼女の肩をつかんで叫ぶ。それを見て由麻は静かに言った。
「旧校舎の魔法使い、時田右京と左京の目的は征市……。あんただからよ」
「奴らの目的が俺?」
 由麻は頷き、説明を続けた。
 旧校舎の魔法使いの目的は生徒達をうわさに変える事以外に一つあった。それが相羽征市を入手する事だ。殺す事でなく、手に入れる事を目的にしていたのだ。
「だから、奴らを倒すか何とかしてそれを諦めさせようと思ったの。でも、駄目だった。十四年、時間は稼げたけれど、奴らはまた征市を狙っている」
「俺を……」
「征市を仲間にするつもりなのか、それは判らない。けれど、奴らの目的が征市だから、ここから先はあたし一人でどうにかするしかない」
 由麻は階段を下りる。近くの窓から旧校舎が見えた。その中の一室から、怪しい紫色の光が見える。隠す事を忘れているのではなく、むしろ、由麻を挑発しているように見える。由麻が拳を握り締めた時、征市はその手をつかんだ。
「待てよ、由麻ねえちゃん。奴らの目的が俺なら、これは俺の戦いでもある」
「征市!」
 由麻が止めようとするのも聞かず、征市は階段を下りながら窓を見る。
「奴らはあそこにいるんだな?」
「多分ね。それに、あたしをおびき寄せるために連れて行った彩弓も……無事だったら旧校舎に……」
「彩弓も!?」
 それを聞いた征市の目の色が変わるのを由麻は見逃さなかった。その変化に由麻は少しだけ落胆する。
「本当はあんたをおびき寄せるためかもしれない。これは罠よ」
「そうだな。でも、二人いる」
 そう言って、征市はデッキを取り出す。由麻もその想いに呼応してデッキを取り出した。
「十四年前は一人だったかもしれないけれど、今は俺がいる。あの時は何もできない子供だった。何も知らないガキだった!だけど、今は由麻ねえちゃんと一緒に戦えるんだ」
「戦える?それは違うわね」
 由麻はそう言って征市の前を歩いていく。そして、こう続けた。
「戦えるなんてもんじゃない。百人力よ。絶対に奴らを倒せるわ!」
下まで下りた由麻は征市に手を伸ばす。
「奴らを倒して彩弓を助けるわ。征市、力を貸してくれる?」
「もちろんだ」
 征市は下りて由麻の手をつかんだ。そして、旧校舎を見る。
 紫の光が二人を誘うように怪しく光り続けていた。

「来たみたいだ」
 椅子に座って眠るように目を閉じていた右京は目を開けた。引き戸が開き、征市と由麻が入ってくる。
「彩弓!」
「右京!左京!」
 教室に入って来て、征市は模型の上で浮いていた彩弓に駆け寄り、由麻はデッキを取り出して時田兄弟に向かって走った。
「させんよ!」
 右京は椅子から飛びあがると、征市の前に着地して模型を守るように手を広げた。一方、右京の隣にいた左京も由麻を見つけて彼女に飛びかかる。
「会いたかったぜ、メスガキィ!テメェだけは俺が八つと十六に裂いてぶっ殺してやろうって決めてたんだ!兄貴、こいつの相手は俺がやる!」
 左京の前に赤いシールドが五枚現れる。由麻も睨みつけるような左京の視線を逆に睨み返しながら五枚のシールドを展開した。それと同時に由麻の体が光り、成長した姿へと変わっていく。
「待っていたぞ、相羽征市。僕は時田右京。そして、弟の左京だ」
 自己紹介を終えた右京の前に五枚の黒いシールドが現れる。それを見た征市も自分の前に赤い五枚のシールドを展開した。
「お前ら、何が目的だ!」
 征市がカードを引き、マナをチャージしながら右京に問う。右京はそれを聞きながらカードを引き、行動を開始する。
「最終的な目的は、世界を僕達兄弟が好きなように操る事だ。現在も過去も未来も全て!」
 右京の手から一枚のカードが離れる。それは金色の光と共に勾玉のような姿で体の横に細い手のようなものがついたブロッカー《光陣の使徒ムルムル》へと変化する。
「馬鹿言うな。どんなプライズでもそんな事ができるわけがない!」
「それができるんだよ。あれを見てごらん」
 右京はそう言って部屋の奥にあった模型を指す。征市が目を凝らしてそれを見ると、模型の中には様々な住人の人形があった。
「箱庭のプライズさ。今は君の知り合いが入っているけれど、あのカプセルの中に強力な魔法使いをセットする事で模型の中の世界と現実の世界を完全にリンクさせる事ができる。模型を増やせばこの街だけでなく、別の街も操れるようになる。いずれ、箱庭のプライズで世界を支配できるようになる!」
「そのために、テメェの魔力が必要なんだ。相羽のクソガキ!」
 右京の説明に左京が付け加え、《フェアリー・ライフ》を放つ。それによって現れた芽が緑色の光を発して左京のマナが増えた。
「俺の魔力……?」
「そうだ。君の魔力だ」
「テメェを殺さずに箱庭のプライズにくくりつけて、魔力を生み出し続けるバッテリーとして利用するってわけだ。本当だったら、殺さないで使いたかったが、テメェが抵抗するんだったら痛い目に遭ってもらうぜ!」
「そんな事許さないわ!」
 由麻の《コッコ・ルピア》の隣に《紅神龍バルガゲイザー》が並ぶ。《バルガゲイザー》の瞳が左京を睨みつけていた。
「許すも許さないもねぇっ!俺達の目的の邪魔なんかさせてたまるかよ!」
 左京は両腕に巨大な爪を持った、人型の小型の龍のようなクリーチャー《機動闘竜メタルクロー》を召喚する。《メタルクロー》が腕を振ると炎の球が飛び、それが《コッコ・ルピア》を焼いていく。
「箱庭のプライズ……。こんな強力なプライズをどこで手に入れた!?」
 征市が《鳴動するギガ・ホーン》で山札の中にあったクリーチャーのカードを手札にくわえた。そして、右京を見る。
「それに、あんた達。十四年前と外見が変わらないのは何で?」
 この教室に入った時から違和感があった。由麻が十四年前に挑んだ時と今の時田兄弟の外見は全く同じなのだ。
「俺達がお前ら人間みたいに歳を取るわけがねぇんだよ!」
「僕と左京は、時を操る力を持っている。それを使って自分達の時間の流れを止めているんだ。今は、まだ自分達の時間しか操る事ができない。しかし!」
 右京と左京は箱庭のプライズを見た。その目に宿る光を見て、征市は背筋に悪寒が走るのを感じていた。
「箱庭のプライズを使えば、俺達は模型と同じ場所の時間を操れるようになる!」
「最終的に箱庭のプライズで全世界を操る事は話した。次は時間だ。全世界の、この時間とつながる過去と未来を全て操る!」
「それが目的だ!」
 右京と左京の声が重なり、二人はそれぞれ同時にカードを場に出す。右京が出したクリーチャーは、白い布を纏って赤い槍を持った青い神だ。召喚された時に風が山札を巻き込み、上のカードを弾いていく。右京は弾かれたカード二枚を取ると、手札の中から一枚のカードを墓地へ捨てた。
「僕の切り札の片割れ、《崇高神ケミカル》!」
「そして、俺の相棒《無上神アンダーワールド》だ!」
 左京の場に緑色の丸い体のゴッドが現れた。青い剣を地面に突き刺して由麻を見ている。
「ゴッドか。もう一体が現れる前に何とかしたいところだが……!」
 征市がカードを引いて右京の場を見る。右京の場には《ムルムル》を始めとした大量のブロッカーが並んでいる。征市の場に唯一残っている《ガトリング・フォース・ドラゴン》ならブロッカーを破壊しながら攻撃できるが、それでも倒せるブロッカーは一体だけだ。他のブロッカーで防がれてしまう。右京のシールドは残っていないのに攻撃が通らないのがもどかしい。
 ゴッドはリンクする相手がいなければ脅威ではないケースが多い。そのため、《ケミカル》をこのターンで除去できればいいが、そのためのカードがない。
「《トリプル・ブレイン》でドロー。ターン終了だ」
 征市はカードを引くと、力のこもった視線で右京を見る。状況を打破するためのカードは手札にある。後は、このターンをやり過ごすだけだ。
「どんなに強力でも、一体じゃ勝てないって事を教えてやるわ!《バルガゲイザー》!」
 由麻の声を聞いて《バルガゲイザー》が動き出す。その咆哮と共に山札のカードがめくれ、場に飛び出した。出てきたのは《ボルシャック・大和・ドラゴン》だ。
「《バルガゲイザー》でシールドブレイク!さらに《ボルシャック・大和・ドラゴン》でシールドブレイクよ!」
「くっ!このメスガキッ!!」
 ドラゴンの波状攻撃で左京のシールドも全て消えた。左京の場にいるのは《アンダーワールド》一体のみ。パワー3000のクリーチャーでは、ドラゴンを倒す事などできない。その現実を認識して、左京は奥歯を強く噛みしめながら場のカードを凝視する。
 征市と由麻はその様子を見て勝利を確信していた。しかし、右京だけは秘策があるらしく、静かに肩を揺らし、口に手を添えていた。まるで、抑えきれない笑いが自制心に逆らって表に出てくるような笑い方だ。
「さて、そろそろ終わりにしてやろうか。おい、左京。いつまで、負けそうな振りをしているんだ?」
 その言葉を聞いた左京は奥歯を噛むのをやめると、歯を見せて由麻に笑いかける。それを見た由麻は面喰って驚いていた。この状況から逆転されるなど、由麻には想像もできなかった。由麻のシールドは残り二枚だが、《アンダーワールド》はW・ブレイクですらない。そんなクリーチャーに敗北する事などありえないと思っている。
「まずは僕からだ。出でよ!《極上神プロディジー》!」
 右京の手札から召喚されたのは、《ケミカル》と同じように白い布を纏った神だ。金と青の鎧で身を守り、青い小さな剣と黒い大きな剣を持っている。《ケミカル》と《プロディジー》の足場は奇妙な力で引き寄せられ、融合する。二体のクリーチャーが合体したのだ。
「これが、僕の切り札《ケミカル・プロディジー》だ。パワー10000のW・ブレイカーでブロッカー!ターンの終わりにタップされたブロッカーを全てアンタップできる!さらに、ブロッカーが破壊された時に手札に戻す能力がある!攻防主体で邪魔な除去呪文にも隙はない!お前が《ウインドアックス》を使っても《ケミカル・プロディジー》は死なないんだ!」
「う……嘘だろ?」
 《ケミカル・プロディジー》は《ムルムル》の効果でさらにパワーが上がっている。クリーチャーで攻撃して倒そうにも、アンタップされているため攻撃は届かないし、他のブロッカーに阻まれてしまう。さらに、攻撃を邪魔するブロッカーも不死身になってしまっているのだ。《ガトリング・フォース・ドラゴン》でもこうなってしまってはどうする事もできない。
「征市!しっかりして!」
 動揺する征市を見て由麻が叱咤する。それを見た左京が軽く口笛を吹くと、持っていた一枚のカードにマナを注ぎ込んだ。
「おいおい、俺の方見ろよ。今、お前と戦ってんのは俺だろ?俺!今からぶっ殺してやるから楽しみにしてな!」
 黒い光と赤い炎を振りまいて左京の場にもう一体のゴッドが現れた。巨大な赤い槍を持ち、体中が地獄の業火で焼き尽くされたような神。《至高神オービタル》だ。《オービタル》と《アンダーワールド》も右京の《ケミカル・プロディジー》のように融合する。
「俺の《オービタル・アンダーワールド》はパワー9000のT・ブレイカー!さらに攻撃した時に手札を捨て、バトルに勝てばアンタップできるぜ!」
「パワー……9000!?」
 バトルに勝てばアンタップできる能力。そして、由麻のバトルゾーンにある二体のドラゴンを上回るパワー。これで、由麻のドラゴンは全て倒される事が決まった。
「さあ、受け止めろ。崇高にして極上なる一撃を……」
「ぶちかましてやるぜ!至高で無上な攻撃って奴で!」
 《ケミカル・プロディジー》の槍が征市のシールドを貫き、《オービタル・アンダーワールド》の剣が《バルガゲイザー》と《ボルシャック・大和・ドラゴン》を切り裂いた。神は圧倒的なパワーで場を制圧していった。
「おっと、これで終わりなわけがねぇ!喰らえっ!」
 左京が手をかざすと《オービタル・アンダーワールド》が由麻の手札に槍を投げる。それによって由麻の手札が一枚弾け飛んだ。
「まだまだ終わりじゃないぜ!もう一丁!」
 《オービタル・アンダーワールド》は同じ動作を繰り返し、もう一度由麻の手札を弾き飛ばした。これで、残った手札は一枚だ。
「今、墓地に行ったのは《ボルシャック・大和・ドラゴン》か。お前、スピードアタッカーはあと何枚あるんだ?今ので終わりか?」
 左京はいやらしい顔で笑った後、《オービタル・アンダーワールド》に命令を下す。
「《オービタル・アンダーワールド》!!シールドをぶち破れ!!」
 《オービタル・アンダーワールド》は槍を由麻の手札に投げて手札を弾き飛ばし、剣で二枚のシールドを切り裂く。ガラスのように砕け散ったシールドはカードの姿に戻ると由麻の手元に飛んでいった。しかし、由麻は逆転の可能性が秘められたそれらのカードを見る事なく、弾き飛ばされたカードを見ていた。
「そんな……。あのカード」
「諦めろよ!俺の方が強かったんだから!」
「でも、あのカード……!」
 由麻は残念そうに首を振ると下を見た。その肩が小刻みに震えている。その様子を見て満足したように左京は笑った。
「メスガキィ。待ってたぜ、お前をこうやって殺す時をよぉ!恐怖に震えろ!痛みを想像して怯えろ!何でお前が生き返ったかなんてどうでもいい!俺に殺されるために戻ってきた事を感謝してやるぜぇ!」
「馬鹿言うな」
 征市が呟いた一言を聞いて、左京は酔いが覚めたように、ぴたりと笑うのをやめる。そして、征市を睨みつけた。
「何のつもりだ、テメェ!」
「俺も由麻ねえちゃんもお前達には負けない。俺達は、既に勝利を掴んでいる!喰らえ!シールド・トリガー《ナチュラル・トラップ》!!」
 征市のシールドの欠片が緑色の光を発する。その途端、《ケミカル・プロディジー》の足元から緑色のツタが現れ、その体を縛り始めた。二体のゴッドの合体は解除され、《ケミカル》はカードの姿に戻されるとマナゾーンへ飛んでいった。
「だが、問題ない。片方は《プロディジー》は生き残っている!効果でアンタップしてターン終了だ!」
 予想外のダメージを受けて面喰った右京だったが、冷静に考えれば深いダメージではなかった。リンクが解除された事でブロッカーを手札に戻す能力は失われてしまったものの、《プロディジー》は単体でもブロッカーをアンタップする能力を持っている。さらに右京への攻撃はブロッカーで防ぐ事ができる。負ける要素は何一つない。
「ターン終了だな。判った」
 征市は素早い動作でマナのカードを七枚タップすると、手元にある一枚のカードに全てのマナを注いだ。赤い光を受けてそのカードは場に飛び立つ。さらに、征市はマナから二枚の赤いカードを取ると、そのカードに向かって投げつけた。三枚のカードが重なる瞬間、星が生まれたような超高音の爆発が起こり、そのまぶしさから右京は目を閉じた。
「何だ?何をした!?」
 光が収まってから右京は目を開ける。すると、征市の場に赤い巨大な不死鳥が現れたのが見えた。要塞と融合したような姿の不死鳥《超新星アレス・ヴァーミンガム》は征市の切り札の一つだ。
「俺の切り札《アレス・ヴァーミンガム》が出ただけだ。これから見せてやるよ。俺の逆転を!」
 《アレス・ヴァーミンガム》の体から赤い球が出てきて突然弾けた。それによって周囲の温度が一気に上がり、右京のブロッカーが溶け始めた。
「馬鹿な!僕のブロッカーが!」
「《アレス・ヴァーミンガム》のメテオバーンは、3コスト以下のブロッカーを焼き尽くす能力だ。もう残っているのは《プロディジー》だけみたいだな!喰らえ!」
 羽を広げて右京に突撃する《アレス・ヴァーミンガム》の前に《プロディジー》が両手を広げて立ちふさがる。高音を発する《アレス・ヴァーミンガム》の体に触れた事で《プロディジー》の肉体は溶けて消えていった。
「兄貴!」
「次はあたしの番よ!左京!」
 左京は驚いた顔で右京を見た。その左京に対して、由麻は挑発的な笑顔を向ける。
「テメェ!俺に怯えて泣いてたんじゃなかったのか!」
「怯える?そんな必要ないわ。あんたに捨てられたあたしの切り札が道を切り開く!」
 宙を舞っていたそのカードはいきなり、燃え始め、巨大な炎の鳥となって場に降り立った。
「《翔竜提督ザークピッチ》。手札破壊された時に場に出る切り札よ!」
「そんな馬鹿な。俺がメスガキに負けるなんて……」
「この僕が狙っていた相手に負けるなんて……」
「嘘だ」
 諦めが混じった二人の声が重なる。
「嘘じゃないぜ。『ウソのようなホントウ』って奴だ。《ガトリング・フォース・ドラゴン》!」
「《ザークピッチ》!」
 征市と由麻はそれぞれ自分のクリーチャーの名を呼ぶ。二人の視線がかち合い、同時に攻撃の命令を告げた。
「とどめだ!」
 《ガトリング・フォース・ドラゴン》の指の銃弾とザークピッチの方の銃から発せられる銃弾が右京と左京を撃ち続ける。煙が晴れた時、右京と左京の姿はそこにはなかった。
「終わった、わね」
 由麻はそう言ってデッキケースにカードをしまうと、少し寂しそうな顔で征市を見た。その姿がどんどん透明に近い、薄い色になっていく。
「由麻ねえちゃん、どうして……」
「終わったからよ。右京、左京との因縁も、あたしの役割も。だから、消えるのよ」
「待ってくれよ!」
 征市が由麻に手を伸ばすが、その手が彼女に触れる瞬間、由麻の姿は消えてしまった。何かを求めるように指先が宙を舞い、つかみ損ねた掌が空を切った。
「一方的すぎるじゃねぇか。十四年ぶりに会えてもうお別れなんてないだろ!もっと話したい事があった!俺がどれだけ手品ができるようになったか、もっと見せたかった!もっと……もっと俺を見てもらいたかったのに!」
 征市は膝をつくと、木の床に自分の手を思い切り打ちつけた。それ以外の動作を忘れたように何度も何度もそれを繰り返す。
「ちくしょう!勝手にいなくなるなよ!さよならくらい言わせてくれよ!ちくしょう!」
 涙が頬をつたって落ちた。征市は、自分の手に落ちた涙の雫を見て初めて自分が泣いていた事に気がついた。驚いた顔でしばらくそれを眺めていた後、手の甲で目をこすって立ち上がる。
「彩弓を助けないとな。俺のやるべき事はまだ終わっていない」
 彩弓は、箱庭のプライズの上で浮いた状態で眠っていた。征市が見た限りでは外傷もなく、悪夢を見ている様子もない。彩弓が無事な事に気がついて、征市は静かに息を吐いた。
「由麻ねえちゃん、行っちゃったんだな。俺、子供の頃に由麻ねえちゃんの事、好きだったんだぜ。だから、由麻ねえちゃんの言う事なら、何でも聞けた。嫌いなもの食べるとか、じいさんの手伝いするとか、そんな他愛のない事だけど、それをしっかり守っていれば由麻ねえちゃんが俺を好きになってくれるって信じて……」
 征市が一歩踏み出す。体がひどく疲れていた。昨日、由麻と出会い、今日から教育実習生として潜入捜査を始めたのだ。それだけの時間に、多くの出来事が詰め込まれていたように感じられる。
「由麻ねえちゃんは今の俺を好きでいてくれたのか?それとも、今の俺を見て俺の事嫌いになったか?なぁ、答えてくれよ……」
 答えてくれない事は判っている。だが、由麻に問いかけずにはいられなかった。
 気がついた時、征市は模型の中に足を踏み入れ、彩弓のすぐ傍まで来ていた。彩弓に手を触れられるほどの距離で、征市はこう呟く。
「俺、今でも好きなんだぜ。由麻ねえちゃんの事。でも、もうさよならなんだよな。だから……」
 別れの言葉を告げようとした征市の口の動きが止まる。右足に違和感があった。まるで、地面に縫いつけられたように動かす事ができない。
 同じように左足も動かなくなり始める。疑問に思った征市が自分の足を見た時、彼は息を飲んだ。
 地面から現れた黒い手が征市の足をつかんでいる。そして、征市の足は底なし沼に沈むように黒い闇の中に吸い寄せられていった。
「なんだよ。何がどうなってるんだよ!?」
「言っただろう?君が必要だと。君を必ず手に入れるんだ」
 闇の中に右京の顔が浮かび上がる。倒したはずの敵の姿を見て、征市は目の前の光景が信じられなくなった。
「くそっ!一体、どうすれば……!」
 悩んでいる間に、征市の体は腰まで闇に吸い込まれてしまった。もう体が自由に動かない。
「こいつ、倒したはずなのに。何でだよ!何で生きてるんだよ!」
「君が知る必要はない。さあ、飲み込まれろ!」
 闇の中からいくつもの黒い手が出てきて征市を引きずりこんでいく。消えゆく意識の中で征市は彩弓に向かって必死に手を伸ばしていた。
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