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『コードD』File.31 誘う者・誘われる者

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 征市は、菜央からの命令を受けてコンビのデッキ職人の事務所へ調査に向かう。そこで作られたデッキが裏のギルドや悪い魔法使いに供給されているからだ。デッキ職人の事務所に向かった征市は、そこで二人と激突し、一対二のデュエルが始まった。コンビのデッキ職人を下した征市が、デュエル中に乱入してきた謎の少年浅田十也(あさだじゅうや)と共に事務所を出ると、そこに峰岸春間(みねぎしはるま)と筒井智里(つついちさと)が現れる。十也、春間、智里の三人は、後から来た陸、湊を加えた征市達三人に対し、自分達を人造デュエリストだと名乗る。そこへオールバックの男、念(ねん)が現れる。自分が魔道書同盟の一員である事を明かした念は、デッキを取り出して征市に挑んだ。

  File.31 誘う者・誘われる者

 征市達は二度、魔道書同盟のメンバーを退けた事があった。六月には、彼らにとって最初の強敵とも言える幻(げん)を倒し、九月にはジャバウォックを取り込んだ全(ぜん)と戦った。
 今、征市と対峙している念はその二人とは全く別のオーラを漂わせている。自らデュエル・マスターズカードを使って相手を倒す事をせず、プライズや怪人に頼った二人とは違い、念は自分の手で征市と戦う事を選んだ。その気になれば、この場にいる三人の人造デュエリストに戦闘を命じる事もできるのにも関わらず、彼はそうしなかった。
「《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》!念のクリーチャーを焼き尽くせ!」
 征市の手札から赤い龍が現れる。《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》はその勢いを活かして滑空すると両腕で念の《ダンディ・ナスオ》と《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》を叩き潰す。
 征市は、魔道書同盟のメンバーと戦うのは初めてだった。六月のトライアンフ襲撃では、菜央が幻と戦い、九月のジャバウォックの事件では、真実が全を下した。かつてない強敵との遭遇に、少し緊張している。
「《バルガゲイザー》!念のシールドを攻撃だ!」
 攻撃を終えた《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》の上を、紅い鱗の龍《紅神龍バルガゲイザー》が飛ぶ。その口から吐かれた炎の弾が、念のシールドを弾き飛ばす。熱風が吹き荒れ、シールドがあった場所に煙が立ち上る。《バルガゲイザー》はその光景を見て満足したのか、煙の混ざった息を吐いた。
「うおー!すごいのだ!」
 《バルガゲイザー》の一撃を見て、十也が手を振りながら叫ぶ。春間と智里もその光景をじっと見つめていた。春間は戦いが始まってから一言も発していない。表情も変えずに観察していた。
「念様に……食べられちゃうね」
「だろうな」
 智里に服を引っ張られて春間は初めて口を開いた。念も満面の笑みを浮かべる。
「面白い!トライアンフオーストラリアの奴らとは大違いだ。相羽の孫、もっと俺を楽しませてもらうぞ!」
 煙が晴れて、そこから魔方陣が現れる。シールド・トリガーで《インフェルノ・サイン》が発動したのだ。
「やれ!《オルゼキア》!!」
 魔方陣からは《魔刻の斬将オルゼキア》が現れた。自らの体に黒い剣を刺し、赤い目で征市のバトルゾーンを見る。
「《コッコ・ルピア》《バルガゲイザー》《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》か。選べ!」
 《オルゼキア》の体が爆発し、その場に黒い剣が雨のように降り注ぐ。それが、征市の《コッコ・ルピア》と《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》を貫いていった。
「《ダンディ・ナスオ》を使った時からおかしいとは思っていたが、やっぱり墓地を利用したデッキか。厄介だぜ」
 W・ブレイカーを持つ《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》とサポートの《コッコ・ルピア》が破壊されたのは痛手だ。だが、それでも征市は《バルガゲイザー》を残しておきたかった。
 《バルガゲイザー》は攻撃時に山札の上のカードをめくり、それがドラゴンであればコストを払わずに出せるクリーチャーだ。《バルガゲイザー》が生き残っていれば、それだけドラゴンを増やせる可能性が高くなるとも言える。
「ふん。厄介なのは墓地から現れるクリーチャーだけではない。往け!」
 念の手から離れたカードが、黒、赤、緑色の光を発しながらクリーチャーの姿へと変化していく。円形の仮面をかぶった《鎧亜の咆哮キリュー・ジルヴェス》だ。緑色のマントを纏った人型のクリーチャーで、鍛えられた両腕で巨大な鎌を持って《バルガゲイザー》に突進していく。
「うおー!怪人まん丸男なのだ!」
 十也が“怪人”と称するように奇怪な姿をした《キリュー・ジルヴェス》は《バルガゲイザー》に鎌を突き立てる。圧倒的な体格差があるのに、その攻撃を受けて《バルガゲイザー》は身をよじらせて苦しむ。硬い鱗に包まれた尾が《キリュー・ジルヴェス》の体を弾き飛ばした瞬間、征市の場に唯一残っていた赤いドラゴンは息絶えた。
「《キリュー・ジルヴェス》は呼び出すのに闇、火、自然の三つのマナが必要なクリーチャーだ。それ故、闇のスレイヤーと火のスピードアタッカーを併せ持つ。さらに、破壊された時にマナになるのだ」
 放物線を描いて飛んでいく《キリュー・ジルヴェス》の肉体は緑色に輝くとカードの姿に戻り、念のマナゾーンへ飛んでいった。
「確かにやるな。だが、俺は負けない!」
 征市はカードを引くが、今の手札で召喚できるのは《コッコ・ルピア》だけだ。征市はうまく動けない事にもどかしさを感じながらその小鳥を召喚する。
 既に念は自分を倒せるカードを引いているかもしれない。征市は、念の華麗な逆転からそう考えていた。
 念は、征市の動きを見た後にカードをマナゾーンに置くと行動を開始した。マナゾーンにある七枚のカード全てをタップし、そこから現れたマナを一枚のカードに注ぎ込む。それは今までのカードとは比べ物にならない赤い光を発していた。
「まだ本当の力を見せないのか。早くお前の本気を見せてみろ、相羽の孫。でなければ、死ぬぞ」
 念の手からカードが離れた瞬間、その場を赤い光が包んだ。征市は、自分だけでなく、全てが一瞬で赤く変わってしまった事からその一撃で自分が倒されてしまったのかと誤解する。だが、すぐに光は止み、自分の体に異常がない事に気づくとその場に現れたクリーチャーを見た。
 青い鎧を纏い、目の前に立つ者を全て焼き尽くす大砲を背負った白い龍。その存在が場に現れた瞬間、征市の本能が警鐘を鳴らしていた。
「なんだよ、あのクリーチャー……!」
「怖い、です……」
 陸と湊もその姿に息を飲んでいる。直接対峙している征市は、息をするのも忘れてその存在に見ていた。
「《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》。念様の切り札だ」
 征市は、春間の声を聞いてしばらくしてからそれが白い龍の名前だと気付いた。征市もその名前だけは聞いた事がある。ドラゴンの中でも特に強力なクリーチャーであり、最強のドラゴンとも言われている。優れた者の前にしか姿を見せない。見た者は死ぬ。デュエリストの命を吸い取って自らのエネルギーにするなど、その強力さを語った噂は枚挙に暇がない。
 伝説のクリーチャーの姿を目の当たりにして、赤いブレザーの青年は恐怖と感激に震えていた。
「伝説がどれほどのものなのか、見せてみろよ!《ボルシャック・大和・ドラゴン》召喚!」
 征市も切り札の《ボルシャック・大和・ドラゴン》を召喚して対抗する。《ボルシャック・大和・ドラゴン》には《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》にはない長所がある。スピードアタッカーだ。
 征市によって召喚されたばかりの《ボルシャック・大和・ドラゴン》は腰に下げていた刀を鞘から引き抜くと、念のシールドを二枚ブレイクした。念は、ブレイクされてカードの姿に戻ったシールドを手札に加える。
「実に面白い。だが、もっとやれるだろう?足掻いてみせろ!」
 征市が攻撃をやめ、ターンを終えた瞬間、青い炎を噴き出しながら一枚のカードが龍に変化していく。青と黒の体色で四本の腕を持ち、それぞれの腕に透き通るような刀身の剣を持っている。
「念様の……《バザガジール・ドラゴン》だ」
 智里が静かにその名前を呼んだ。《バザガジール・ドラゴン》は《ボルシャック・大和・ドラゴン》にも負けぬスピードで空を飛ぶと、四本の剣で征市の切り札を狙う。空を飛んでその攻撃を回避しようとした《ボルシャック・大和・ドラゴン》は逃げきれないのを悟ると刀を奮ってその攻撃を捌こうとする。しかし、《バザガジール・ドラゴン》の最初の一振りが唯一の武器である刀を遥か上空に弾き飛ばしてしまった。他の二本が甲冑を破壊し、最後の一本が《ボルシャック・大和・ドラゴン》を貫く。上空を彷徨っていた刀が地面に刺さった瞬間、痙攣していた《ボルシャック・大和・ドラゴン》の体は動きを止め、赤い炎を噴き出して消え去った。
「《ボルシャック・大和・ドラゴン》!!」
「まだだ。《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》でシールドを攻撃!」
 念が《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》に命じると、白い龍は姿勢を低くして征市のシールドに狙いをつける。飛行機のエンジンが点火するような音と共に大砲から炎の弾が発射される。《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の巨体が押し戻されるほどの勢いで発射された炎の弾は征市のシールドにぶつかる。シールドに当たってもその勢いは消える事がなく、シールドを完全に焼き尽くした後、征市の横をかすめ、結界を突き破ると遥か後方まで飛んでいった。炎の弾は近くの雑居ビルに当たり、そのビルを爆破させた。
 シールドにも異常があった。通常の攻撃では、ブレイクされたシールドはカードの姿に戻ってデュエリストの手札に戻るのだが、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の攻撃によってブレイクされたシールドは手札に戻る気配がない。文字通り完全に破壊され、直接墓地に送られてしまったのだ。もちろん、シールド・トリガーも使えない。
「何て威力だ……」
 征市は、爆破されたビルを見た後、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の大砲を見た。まだ砲身が赤くなって煙が出ていた。
 かつて、征市は敵に敗北し、クリーチャーの攻撃を受けた事があったが、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》ほどのものではなかった。今、このドラゴンの攻撃を受けたら死んでしまうかもしれない。
「陸、湊。魔法警察を呼んでビルに向かってくれ。中に残っている人がいたら、避難を頼む」
 しばらく放心していた征市だったが、やるべき事を忘れたわけではない。結界を破って周囲に被害を与えるほどの力だったのは予想外だった。今は、念を倒す事に集中しなければならない。
「戻れ、《バザガジール・ドラゴン》」
 念の命令を受けて《バザガジール・ドラゴン》はカードの姿に変わると、主の手元に戻っていった。《バザガジール・ドラゴン》はターンの終わりと共に場から離れるドラゴンなのだ。それを知った征市は、逆転のためにカードを引く。
「《無双竜機ドルザーク》!召喚!!」
征市の場にガトリングガンや斧で武装した龍が現れる。《無双竜機ドルザーク》は他のドラゴンが攻撃 した時、相手のパワー5000以下のクリーチャーをマナに送る効果を持つドラゴンだ。自身はパワー7000のW・ブレイカーであり、充分な攻撃力を持っている。丁度、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》と同じパワーなので相討ちを狙う事もできる。
「除去のための龍か。それならば、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》とも殴り合える。だが……!」
 念の手札が赤く光り、再び《バザガジール・ドラゴン》が姿を現す。《バザガジール・ドラゴン》は《ドルザーク》の前に飛ぶと、持っていた四本の剣でその鎧を叩き割り、むき出しになった体に剣を突き立てた。
「《ドルザーク》はタップされていなかったはずだ!どうして……!?」
「征市!諦めるのだ!《バザガジール・ドラゴン》はアンタップ状態のクリーチャーを攻撃できるドラゴンなのだ!《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》に続く旦那の切り札だけあって、倒すのは不可能に近いのだ!」
「十也の言うとおりだ。お前に《バザガジール・ドラゴン》を、いや……俺を倒す術はない!」
 再び、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の大砲が火を吹く。シールドを破壊した炎の弾は、今度は道路を抉り取った。
「負けるかよ……!だったら、見せてやるぜ。大逆転って奴をな!」
 シールドブレイクによって手札が増えなかったため、選択肢は少ない。その状況で、征市は一枚のカードに全てを託した。六枚のカードをタップした征市は、その切り札にマナを注ぎ込み、場に投げる。燃え盛る炎の中から現れたのは、黒金の鎧を身に纏って、二本の方を持った龍、《竜星バルガライザー》だ。
「《バルガライザー》!《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》を攻撃!」
 《バルガライザー》は征市も命令を受けると《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》に向かって飛ぶ。そして、その咆哮が征市に力を貸した。
「頼む。来てくれ!」
 征市の手が赤く輝き、山札の上に触れる。《バルガライザー》は《バルガゲイザー》と同じように、攻撃する時に山札の上のカードをめくり、ドラゴンであればコストを支払わずに出せるドラゴンなのだ。
征市が山札の上のカードをめくった時、そのカードは燃え盛る炎を纏って場に飛び出した。炎を振り払って赤い蛇のようなドラゴン《紅神龍ジャガルザー》が現れる。
「これでいい。これで勝てる!」
 《バルガライザー》が刀を振り下ろして《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》に斬りかかる。その刀が触れる瞬間、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の大砲が火を噴いた。《バルガライザー》はその直撃を受けて消滅したが、残っていた二本の刀は勢いを保ったまま《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》に突き刺さり、白い龍の命を奪った。
「やれる!《コッコ・ルピア》でシールドをブレイク!」
 《コッコ・ルピア》が翼を広げてシールドへ突っ込んだ。これで、念のシールドは残り一枚。征市と同じ数になった。それを見て《ジャガルザー》の肉体が赤く輝く。
「《ジャガルザー》は他のクリーチャーがシールドをブレイクした時、俺の全てのクリーチャーをスピードアタッカーにする!もちろん、《ジャガルザー》自身も含む!」
 《ジャガルザー》が赤い巨体をくねらせながら、尾で念の最後のシールドを叩く。これで、念のシールドは全て失われた・
「俺はターンを終了する。《バザガジール・ドラゴン》でも倒せるクリーチャーは一体のみ。それに、二体倒されたとしても、俺は手札にあるもう一つの切り札でお前を倒す!」
 征市が裏向きになったカードを見せる。そのカードを見て、三人の人造デュエリストが顔を見合わせる。
「まだ切り札があるなんて、切り札のオンパレードなデッキなのだ!」
「ありえない!ブラフだ!そんなはったりで念様と勝負しようというのか!」
「でも、あれ……おいしそうなカードだよ。強い……かも」
「騒ぐな!」
 騒いでいる三人を念が一喝する。その顔には、笑みが浮かんでいた。征市に追い詰められているにも関わらず、彼は笑っているのだ。
「この俺を脅すのか。面白い!実に面白い!《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》のパワーを見せても屈する事なくここまで戦ったのはお前が初めてだ。胸を張れ!」
 念の場に《青銅の鎧》が現れ、それに続くように《キリュー・ジルヴェス》が現れる。《キリュー・ジルヴェス》の顔にある五つの目が輝く。その目の輝きを受けて、《青銅の鎧》の目の色が赤く変色した。途端に、《青銅の鎧》は鼻息を荒くし、征市のシールドへ突進していった。その槍が征市の最後のシールドを貫く。そのカードはシールド・トリガーではなかった。
「《キリュー・ジルヴェス》の能力で《青銅の鎧》をスピードアタッカーにしたか」
「その通り。《キリュー・ジルヴェス》は自身だけでなく、俺の全てのクリーチャーをスピードアタッカーにする。お前が使った《紅神龍ジャガルザー》と同じようにな」
「そんな……」
「俺が防御に回ると思ったか?確かに読みを間違える奴ならば、それで倒せるだろう。だが、俺はお前の手札に残っている《ボルシャック・大和・ドラゴン》の存在を読んでいた」
「俺の手札まで読んでいたっていうのか!?」
 征市が念を倒すために取っておいたのは彼が言うように《ボルシャック・大和・ドラゴン》だった。切り札の存在を言い当てられ、動揺が隠せない。
「年季の違いだ。それくらい、過去の経験で判る。さて……」
 念は《キリュー・ジルヴェス》を見た。そして、手を伸ばす。
「帰るぞ」
 念の言葉を受けて、彼のカードは全て手元に戻っていく。念は、それらをデッキケースにしまうと征市に背を向けた。
「待てよ!まだデュエルは終わっていない!どこに行くんだ!」
「デュエルはもう終わっている。どこに行くか、などお前に言う必要はない」
 念は数歩歩くと、目の前の空間を殴りつける。そこには結界があったのだ。結界は、念の拳に打ち砕かれ、消え去る。結界を破壊すると、念は振り返って征市を見た。
「もっと強くなれ。お前との戦いは楽しい。技を磨き、力をつけて、もっと俺を楽しませろ」
 念はそう言うと、再び、征市に背を向けて歩く。その背中に、三人の人造デュエリストが続いた。
 征市はその姿を追う事が出来なかった。力の差を見せつけられたのだ。念は、幻や全とは違い、完全に戦闘に特化した男だ。今の征市では、何度戦っても勝てない。
「俺の……完敗だ」
 認めたくない事実が自然に口から出る。屈辱的な事実と、突如、出現した巨大な壁の存在が征市の前に立ちふさがった。

 その夜。一真は、帰路に就きながら今日の事を考えていた。
 トライアンフの事務所に戻った征市達三人の表情は暗かった。いつも明るい陸でさえ、冗談の一つも言えずにいるほどの状況だったのだ。特にひどいのは征市で、事務所に戻ってからも一言「強くなりたい」と言っただけで、それ以外の言葉を発しなかった。
「強くなる方法、か」
 一真と菜央は、事務所の下に特訓用の施設を作っていた。これは、菜央が作り上げたコンピュータ上のシミュレータをベースにしたもので過去にトライアンフメンバーが遭遇した敵のコピーと戦えるように作られている。征市が求める力を与えられるかは判らないが、何もしないよりはましだ。
 一真は、自分の過去について考えていた。トライアンフのリーダーだった時は最強のデュエリストと言われていた一真だが、その前は少し強いデュエリストでしかなかった。ある事件がきっかけで強さを求め、自分を鍛え上げたのだ。今の征市は、強さを求める前の自分に似ている。一真は、そう感じた。
「一真、か?」
 女性のハスキーな声が聞こえて一真は車椅子のタイヤを止める。クリーム色のトレンチコートに身を包んだ女性が前から歩いてくる。今、その人物の事を考えていた一真は、思わず、目の前にいる女性を幻覚かと疑ってしまった。
 幻覚ではない。靴音を響かせながらウエーブがかった髪の女性は近づき、一真に妖しい微笑を浮かべる。
「久しぶりだな。かろうじて、まだ生きていたか」
「美音(みね)先輩……。お久しぶりです」
 一真は目の前の女性に頭を下げる。再会の感動と、自分の中にあるいくつかの苦しい感情が混ざり、声が出ない。平凡な挨拶以外に、かける言葉が出てこなかった。
 市井美音(しせいみね)。それが、一真の前にいる背の高い女性の名前だ。美音は一真の顎に指先で触れると、顎先を持ち上げて目を合わせた。
「私を見ろ、一真。お前が守ろうとし、お前が傷つけた女だ。また私に会えて嬉しいか?なら、喜べ。笑え」
 ガス灯を模した蛍光灯に照らされる美音の顔は白い。美しい白さではなく、病的な白さだ。その肌を見て、一真は何も言えずにいた。一真の記憶にあった美音はここにはいない。ここにいるのは、彼の知っている美音ではない。
 一真が何も言わないのを見て、美音は顔から妖しい微笑を消し、表情のない顔で問う。
「何も感じない、か……。冷たい男だ。だが、そんな事はどうでもいい事だ」
 美音は一真の顎先から手を離すと彼の首に手を回し、顔を近づける。互いの吐息を感じられるほどの距離に美音の目があった。その視線を受けた一真は、蛇に睨まれた蛙のように動く事ができずにいる。
「私のために働く気はないか?」
「突然、何を言い出すんです?」
 ようやく一真の口から言葉が出た。美音に支配されたこの空間の中では、口を動かすのもひどく億劫に感じられる。
「私のために、魔道書同盟の下で働け。トライアンフではなく、魔道書同盟でお前の力を使うのだ」
 美音の口から予想していなかった言葉が出た。一真の知り合いのはずの彼女が、何故、魔道書同盟への勧誘を始めるのか。理由が判らない。
「魔道書同盟はいい。生きる気力がなかった私に新たな希望を見せてくれた。今の私なら、その希望に向かって歩いて行ける」
 その言葉は一真を元気づける言葉でもあった。ただし、魔道書同盟の名が出てこなければ、の話である。
「私に希望をくれる組織だ。もちろん、一真も魔道書同盟の下で働くな?」
「お断りしますよ」
 一真の返事は素っ気ないものだった。それを想定していなかったのか、美音の顔に動揺が走る。
「今の俺はトライアンフのメンバーだ。今の仲間を裏切って、あいつらの敵になるような真似はできません」
 その言葉を聞いた美音は、一真から離れると右手で顔の右半分を覆った。
「一真、お前に私の頼みを断る権利があると思うか?」
 一真はそれに答えない。否定も肯定もせずに、その言葉を受け止めていた。それを見た美音は、名刺ほどの大きさの紙を一真の手に握らせる。
「明日、午後二時にそこへ来い。一晩だけ考える時間を与える。お前に許された返事は「YES」だけだ」
 美音が去っていくのを見ながら、一真は渡された紙を見る。そこには、過去に一真と美音が二人で一緒に行ったオープンカフェの名前が書かれている。
「いつもの場所で午後二時、か。懐かしい響きだ」
 一真は、渡された紙を握りつぶすと車椅子を動かして寮へ帰る道を急いだ。

 教会の地下にある暗い部屋に入った十也は顔を輝かせた。
「すげー!まるで、悪の秘密組織の隠れ家みたいなのだ!」
 十也ほど大げさなリアクションではないものの、春間と智里も教会の地下にこれほどの設備がある事に驚く。そして、三人の後に念が続いた。
「帰ってきたぞ。今日からこいつらを頼む」
「冗談じゃないわよっ!」
 全が大きな声で怒鳴ると、足早に念に近づき、機関銃のように言葉の弾丸を乱射していった。
「この三人は何よっ!何が、人造デュエリストよっ!そんなの聞いた事もないわっ!どこで作って来たのっ!それに、相羽征市と戦って勝てたのにどうしてとどめを刺さなかったのっ!チャンスを活かせないなんてただのおバカさんじゃないのっ!永遠(とわ)様復活のために余計な事はできないって事を判ってないのっ!?」
「オカマさん、すごいのだ!しゃべりっぱなしなのだ!」
「小生はオカマじゃないわっ!」
 全は、十也の言葉が気に入らなかったのか、今度は人造デュエリストの少年にかみつく。止めないとまずいと思った幻が近づくと、彼の肩を叩いた。
「諦めよう。念は、こういう男だ」
「判ってるわよ。だけど……!」
「挨拶だけだと言ったはずだ。今回は、不意打ちのようなもの。本当の戦いではない。それに俺もただ遊んでいただけと思われるのは心外だ」
 念は春間に目を向ける。彼は、持っていたアタッシュケースを開けて、中に入っている物を全に見せた。それは薬のカプセルを大きくしたような筒状の物体だった。カプセルと同じように片側は白く、もう片側の色は黄色や緑色など、カプセルによって違う色をしていた。
「怪人を作るのに使っていたジャバウォックのコアを量産したものだ。ジャバウォックのコアのように、回収し別の怪人に移植したり、戦闘データを取ったりする事はできないが、怪人を起動させる事はできる」
「一体、どこでこんなのを見つけてきたっていうのっ!?」
 アタッシュケースを覗きこんだ全は、カプセルを手に取って見る。また怪人が作れると判り、髪で隠れて下半分しか顔が見えないが、彼の表情は輝いていた。
 しかし、疑問は残る。念は、戦闘に特化した者だ。このカプセルを作れたとは思えない。その疑問は次に念が発する言葉で氷解する。
「ジャロール・ケーリックと言ったか。あの男に接触した。曰く、「面白いものを見せてもらったお礼」だそうだ」
「なるほどね。彼なら作れても不思議ではないか」
 ジャロールは、幻と全と共に行動する事もあった。その時にジャバウォックのコアや怪人のデータを分析したとしても不思議ではない。
「全、お前は怪人を作れ。それをどう使うのかは俺が考える」
「まるで、僕達のリーダーみたいだね」
「不満か?」
「いや、そうでもないさ」
 幻は念との会話を終えると、ズボンのポケットから一本の黒い羽ペンを取り出した。人造デュエリストの三人がそれに反応する。
「綺麗……」
「あれは、プライズか。美しき妹へのプレゼントに使えるかもしれない」
「あれで文字を書くなんてオシャレなのだ!」
 幻は、三人の感想を聞きながら階段へ向かう道を歩く。それを念が呼び止めた。
「どこへ行くつもりだ」
「僕には僕の作戦があってね。君が来る前から考えていた事があるんだ。永遠様復活には直接的にプラスにならないかもしれないけれど、戦略的に見たら大きなプラスになる。ちょっとトライアンフの柱をへし折ってやるのさ」
 念にそう告げると、幻は仲間から離れ、階段に足をかけた。

 戦いの翌日。トライアンフ事務所はまだ重い空気に包まれていた。菜央と陸はトライアンフアメリカから来たメールを読んで溜息を吐く。その内容は、「トライアンフオーストラリアが奇妙な壊滅させられた。他のトライアンフは注意せよ」というものだった。添付されたファイルには、念と三人の人造デュエリストの写真が入っていた。
「注意しろ、って言われてもね……。僕達は昨日、こいつらに会ったわけだし。一日遅いんだよ」
「注意したところで、何ができるわけでもないですし……。困りましたね……」
 征市が敗れるほどの力を持った敵の存在は、トライアンフのメンバーの心に重くのしかかっていた。 伝説のカードを操る念も厄介だが、他の三人の実力もきちんと判っていない。トライアンフオーストラリアを壊滅させたのだから、弱いわけではないだろう。
彼らの気持ちが落ち込んでいる理由はそれだけではなかった。朝から一真がずっと塞ぎ込んでいるのだ。心ここにあらずといった様子で、菜央達が話しかけても短い返事が返ってくるだけで会話が続かない。
 一真は時間を気にしているらしく、よく時計を見ていた。今も、顔を上げて壁に掛けられた時計で時間を確認している。
「一真さん、一体、どうしたんですか?三時のおやつが待ち遠しいんですか?さっき、昼ごはんを食べたばかりじゃないですか」
 軽いノリで陸が問いかけると、一真は首を振って「いや、何でもない」と答えて、再びデスクに向かった。
 一時半になると、一真は
「出かけてくる」
と、言い残して事務所を出る。一真の行動を怪しいと思っていた陸は、菜央を見た。
「ちょっと見に行ってきますよ。今日の一真さんはどこか変だ」
「お願いします」
 事務所を出た陸は、少し間隔を開けて一真を追った。この程度の尾行ならば、一真に気づかれそうなものだが、今日の彼は陸の存在に気づいていない。
「おかしい。やっぱりおかしい。いつもの一真さんじゃない」
 しばらく一真を追っていた陸は、一真がとあるオープンカフェに入るのが見えた。陸はその向かい側にあるコンビニに入って彼を見た。しばらくすると、一真の前に一人の女性が現れる。美音だ。
「お、美人じゃないの。一真さんの様子がおかしかったのは、恋の病か。時間を気にしていたのはデートの待ち合わせの時間に遅れたら困るからだったんだね。判っちゃえば簡単だ」
 陸は、その光景を見て重苦しい何かから解放されたような気分になった。笑顔でコンビニから出ると一真達がいるテーブルに近づく。その瞬間、美音が怒って立ち上がるのが見えた。笑顔だった陸も只事でない事に気づいて走る。
「駄目だな、一真さん。何言って怒らせたんだろう。デートなのに服装に気を使ってなかったとか、そういうのかな?」

「一真、それはどういう事だ!」
 一真の眼前に美音が立ち上がる。一真の口から告げられた拒否の言葉が彼女を怒らせたのだ。
「あなたに理解してもらえるまで何度でも言いましょう。俺の返事は「NO」だ。魔道書同盟の味方はしない!」
 はっきりと告げられる拒絶の意思。それを聞いて美音は、よろめきながら後ずさっていく。
「私がこれだけ頼んでいるんだぞ?一真、お願いだ。言う事を聞いてくれ」
 威圧的な言葉遣いから一転して、懇願するような口調に変わる。その言葉には、嗚咽のような震えも混ざっていた。一真は、それすらも容赦なく断ち切る。
「俺は、トライアンフの貴田一真です。過ちを犯したとしても、魔道書同盟に手を貸す事はない!」
「一真……」
 美音は、崩れるようにしてその場に座り込む。周囲の人間も先ほどから何事かと思って二人を見ていた。店員の一人が気を利かせて彼女に声をかけようとした瞬間、彼女の肩が小刻みに震えた。
「一真……!一真、一真、一真、一真、一真、一真、一真かぁずまぁぁっ!!」
 立ち上がった美音は、真っ赤な目で一真を見ていた。病的な白い肌と血走った目のコントラスト、そして、彼女から発せられる尋常ではない怒気に周囲の者達は驚いて一歩、引く。美音は周囲など見えていないらしく、懐から羽ペンを取り出すと一真に見せた。
「それは一体?」
「お前も知っているだろう。木口元喜(きくちもとき)がくれた。今は、幻と名乗っていたが、元喜の方がしっくり来る」
 美音をそう説明しながらその場を歩きまわり、指先で羽ペンを回す。
「これは、私の欲しいものを全てくれる魔法の羽ペンなんだ。普通の人のように歩き回れる体が欲しいと願ったから、今の私はお前と会う事ができた。そして、お前を説得したいと思えば、それに応じた物を出してくれる!」
 美音が羽ペンで空中に文字を書く。すると、何かが割れるような音と共に空の一部が砕け、デッキケースが落ちてきた。
「嘘だ……。欲しい物を無尽蔵に与えてくれるプライズなんて存在するわけがない!美音さん、それを使ってはいけない!」
 美音は一真の必死な表情を見て、満足したように笑う。
「一真、デュエルをしよう。私を止めたければ私を倒せ。私が勝ったら、お前には魔道書同盟に入ってもらう」
 美音の前に五枚のシールドが現れる。それは美音が一真を拒絶する壁であり、一真には、いつものシールドよりも強く高い壁に見えた。
「その約束、守ってもらいますよ」
 一真の目の前に五枚の緑色のシールドが現れる。互いに五枚のカードをドローしてデュエルが始まった。
「《幻緑の双月(ドリーミング・ムーンナイフ)》召喚!」
 一真の場にフェレットを連想させる小動物のクリーチャー、《幻緑の双月》が現れる。その姿を見て、美音は「懐かしい」と言って微笑むのだった。
「またそのデッキを使っているのか。次のターンにいつもと同じように《マイキーのペンチ》を出してくるのか?」
 美音の言葉を聞いても、一真は何も言い返さない。一真の頭脳は、一秒でも早く美音を倒すという目的を達成するためだけに動いている。他の事に使う余裕などない。
 《マイキーのペンチ》は一真のデッキにとって重要なクリーチャーだ。これを使う事で、一真のデッキの中に大量に入っている自然文明のクリーチャーはスピードアタッカーへと変化するのだ。
「まあいい。もっと早く、私がお前を打ち倒す!」
 美音の場に、金属製の巨大な槍を持ったビーストフォークが現れる。軽量だが、コストに比べて強力なパワーの《無頼勇騎ゴンタ》だ。“早く”という言葉に偽りはないらしく、速攻で挑んできた。
「《マイキーのペンチ》召喚!」
 ペンチを中心に様々な工具が合体した恐竜のようなクリーチャー《マイキーのペンチ》が姿を現す。予想通りの動きに、美音は笑いながらそれを見た。
「来たか。やっぱり、出したか。進歩がないな、一真!」
「《幻緑の双月》でシールドをブレイク!」
 《幻緑の双月》が持っていた木の槍で美音のシールドを貫く。それを手札に加えながら、美音は次の策を練っていた。
「痛い。痛いよ、一真。私に手を上げるなんて、どういう事だ?」
 これは美音自ら仕掛けてきたデュエルだ。デュエルが始まった異常、攻撃された事を咎める権利など誰にもありはしない。しかし、その言葉を聞いて、一真の手が少しだけ震えた。美音は、その一瞬の隙を見逃さない。
「《襲撃者エグゼドライブ》召喚!《ゴンタ》と《エグゼドライブ》で一真のシールドをブレイクだ!」
 金属製の装甲を纏った赤いトカゲ《襲撃者エグゼドライブ》が腕に付けた刃で一真のシールドを切り裂き、《ゴンタ》が巨大な拳を緑色の壁に打ち付ける。一真のクリーチャーの相手をせずに、シールドをブレイクする事を選んだのだ。
「クリーチャーなど、あとで全部消し去ってやる。早く、一真に……一真に触れたい……!」
 病的な肌とは対象に、その目には奇妙な光で輝いている。その瞳に射すくめられながら、一真はカードを引いた。

 一真から離れた場所でそのデュエルを見ていた陸は、彼ら以外誰もいなくなったオープンカフェの中に入る。美音から発せられるオーラに恐怖したのか、デュエルが始まるとすぐに客は避難した。陸も、今にも逃げ出してしまいたくなるのをこらえているのだ。
「一真さん!」
 一真は陸の声を聞いて彼の顔を見る。その時の一真は、今まで陸が見た事がない哀しそうな顔をしていた。自分の見られたくない一面を見られた、そんな顔だった。
「一真!この子が一真の後輩で悪魔と契約したという少年か!少年よ、初めまして。私は一真の元恋人だった市井美音だ!三年前に一真に傷つけられ、捨てられてしまった哀れな女だよ!」
「違う!」
 一真が首を振ってそれを否定する。美音はその光景を見ながら愉快そうに笑っていた。
「違う?違うのか!?本当に違うと言えるのか!?よく聞け、少年。三年前、一真は私の事を愛していた。そして、私も一真を愛していた。彼の愛に応え、彼も私の愛に応えた。当時、トライアンフにいなかった君は知らないだろうね。だが、ある日、事件は起こった。とあるコードDの事件を追っていた私と一真は、そこで敵のデュエリストと戦い、私は敗北し、再起不能になるほどのダメージを負った。一真はいつも、何かあったら私の事を守ると、言っていた。だが、その時に一真は私を助ける事ができなかった!嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
「違う……。違う……!」
 一真は美音の言葉に頭を押さえて悶える。彼に対して、とどめを刺すように彼女は言葉を続けた。
「ならば、何故、お前は引退する私を止めなかった!?愛していたのなら、私を手元に置いておきたいと思わなかったのか!?いらないから声をかけなかったのだ!お前は私を捨てたのだ!」
「ふざけるな!!」
 黙って話を聞いていた陸の口から怒声が飛んだ。怒りに燃える彼の目は、真っ直ぐ美音を見ている。
「さっきから黙って聞いてりゃ、勝手な事ばかり言って!あんたは、言う事が目茶苦茶なんだよ!本当に一真さんの恋人だったんなら、今になって一真さんを責めるなよ!」
「くだらないガキめ……!」
 陸の言葉に興奮したのか、美音は頭を押さえるとその場でふらついた。地面に手をつくと、肩で息をしながら黒い羽ペンで空に文字を書く。
「一真さん、あれは?」
「悪魔の力が宿った羽ペンだ。空に文字を書くと、魔力と引き換えに欲しい物を手に入れる事ができる。しかし、魔力がない者が使うと、代償として寿命が奪われる。陸、お前が悪魔と契約して魔力を手に入れるのと同じメカニズムだ」
 陸は、自分の契約内容と同じだと聞いて、驚いて美音の姿を見た。一真の名を何度も呟くその姿が、陸の目には痛々しく映る。自分の姿も周りにはこう映っているのか、と思った時、美音は立ち上がった。
「待たせたな、一真。フィナーレだ!」
 美音のシールドはもう残っていない。クリーチャーも《ゴンタ》一体のみだ。それに対して、一真にはデッキのエンジンとも言える《マイキーのペンチ》が残っている。シールドも二枚あった。
 美音は、元々トライアンフのメンバーだったが、引退しているのだ。最前線で戦っていないとはいえ、現役の一真に勝てるわけがない。
 陸が一真の勝利を確信した瞬間、美音が不気味な声で笑い始めた。そして、ウエーブがかった髪が下から風を受けているように波打つ。
「一真、魔道書同盟に入れ。私のために、力を貸せ!」
 叫び声と同時に、美音の手から一枚のカードが離れ、《ゴンタ》に刺さる。《ゴンタ》の体が黒い光と燃え盛る炎に包まれ、その中から獣のような声が聞こえる。カーテンのようにクリーチャーの姿を包んでいた炎が吹き飛び、《マイキーのペンチ》を焼いていく。その一撃で、《マイキーのペンチ》は一瞬の内に灰になってしまった。
「消し去ってやると言った。言葉通り、消し去ったぞ!」
 美音の場に立つ、鉱物の体を持つ一体のクリーチャーは、《マイキーのペンチ》から生まれた灰を踏みながら一真のシールドに近づいていった。右半身が闇のように黒く、左半身が炎のように赤い。体と同じで鉱物でできたその髪は、手のような機能を果たしているらしく、巨大なクリスタルを握っている。そして、右手で黒い槍を持っていた。
 生まれ変わったそのクリーチャーの名は《永遠のジャック・ヴァルディ》だ。多色のクリーチャーから進化する進化クリーチャーで、場に出た時、コスト5以下の単色のクリーチャーを破壊する事が出来る。《マイキーのペンチ》は火文明のコスト4のクリーチャーだから《ジャック・ヴァルディ》の効果で焼かれてしまったのだ。
「《ジャック・ヴァルディ》!W・ブレイク!」
 《ジャック・ヴァルディ》は美音の命令を受けて飛ぶと、持っていた槍で一真の身を守る二枚のシールドを破っていく。これで一真のシールドはなくなり、クリーチャーも全滅。形勢は逆転したと言ってもいい。
「一真、それがお前だ。お前は誰も守れない。それだけでなく、自分の身も守れないのだ。だが、魔道書同盟は違うぞ。私に新しい力をくれたように、お前にも自分の身を守る力をくれるはずだ」
「違う!魔道書同盟は、人々から奪うだけだ!何も与えてくれない!」
「ならば、私を倒してそれを証明してみせろ!」
 美音の声を聞いて、一真はカードを引く。引いたカードを見て一真は動きを止める。
「一真さん……」
 一真が勝てるカードを引いたのか、それとも引けなかったのか。今の動きから、陸は推理する事ができなかった。一真はゆっくり口を開く。
「美音さん、デュエルの前にした約束、覚えていますか?」
「私を止めたければ、私を倒せ。私が勝ったら魔道書同盟に入れ。覚えているとも。約束通り、魔道書同盟に入ってもらうぞ」
「そうですね。約束は約束だ……」
 一真はマナゾーンのカードを五枚タップすると、一枚のカードにそれを全て注ぎ込む。太陽のような熱い輝きを見て、美音は一真が約束について聞いた理由を知った。
「一真、この状況で引いたのか!?」
 一真は口ではそれに答えず、場に一体のクリーチャーを召喚する事で答えた。
「《衝撃のロウバンレイ》召喚!」
 全身から炎を噴き出し、巨大な翼を持った黒いクリーチャー《衝撃のロウバンレイ》は《ジャック・ヴァルディ》の横を走り、美音に向かって一直線に走っていく。
「《ロウバンレイ》は毎ターン、攻撃しなければならないスピードアタッカーだ。召喚したら、もう俺にも止められない!《ロウバンレイ》で美音さんを攻撃!」
 美音は白い顔をさらに青白くして《ロウバンレイ》を見ていた。喚く事も騒ぐ事もせずに、目を開けてじっと見ている。
 《ロウバンレイ》の翼と一体化した腕が美音の体に触れる瞬間、その部分が黒い灰となって、《ロウバンレイ》の攻撃を受け流す。それを見た瞬間、一真と陸は己の目を疑った。しかし、美音だけはそれを予想していたらしく、自分の腹から出た黒い灰を右手で握ると弱々しく笑った。
「代償は命。それくらい、私だって理解していたさ。トライアンフの元メンバーだったのだ。当たり前だろう?」
「美音さん……」
 美音からの魔力の供給が遮断され、《ジャック・ヴァルディ》は姿を消し、宙に浮いていた山札は重力に引かれて地面に落ちる。一真はデッキをケースにしまうと彼女に近づいた。
「賭けをしたかったんだ。私が人ではない終わりを迎える前に、一真が人として私を倒してくれるかどうか。だが、残念だな」
 黒い灰に変わったのは、腹だけではない。下半身と腕も黒い灰に変わり、地面へこぼれ落ちていく。
「一真、結局、お前は私を守れなかったのだ。お前にやれる最後のチャンスだったんだぞ?」
 灰となって体のほとんどの部位が消え去る。残っているのは頭部だけだ。美音は、視界の端で陸の姿を捉え、一真に話した。
「あの子も悪魔と契約しているのだな。悪魔の羽ペンを使っていたんだ。それくらい判るさ。一真、早くしないとあの子も私のように消えてしまうぞ。また私のような者を見たいのなら……それもいい……な……」
 黒い灰になって美音の体は完全に消えてしまう。一真はそれをずっと両手で受け止めていた。しかし、両手に乗っていたその灰も、銀色の光となってすぐに消えてしまった。
「美音さん……。勝手な人だ、あなたは……!引退して、ゆっくり静養すればまた別の道に進めたかもしれなかった。あなたがトライアンフに残っても、戦う事はできなかったし、過去に退治したデュエリストの仲間から恨みを買って傷つけられる事だってあったかもしれない。何で、魔道書同盟なんかに……!」
 灰が消えた掌を握りしめると、その手に熱い雫がこぼれ落ちる。美音の言うとおり、一真は彼女を守れなかった。トライアンフ最強と言われた男が、愛した者一人守る事が出来なかったのだ。
 一真は手を開き、涙をぬぐう。そして、背後にいる陸を見ずに行った。
「陸。トライアンフに戻るぞ。俺達はもっと強くならなくてはならない。そして、戦いを終わらせてお前は早く普通の人間に戻るんだ。美音さんのようにはなるな」
 陸は、仲間の仇であるジャロールを倒す目的さえ果たせれば、悪魔との契約によって命を落としても構わないと感じていた。しかし、目の前で命を落とす者を見て、その想いが揺らぎ始める。
「判りましたよ。戻りましょう、トライアンフへ」
 一真は、陸を連れてオープンカフェを離れる。かつての恋人との思い出をそこに置き去りにして。

 『File.32 俺か私かどこかの誰か』につづく
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