スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『コードD』File.32 俺か私かどこかの誰か

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 魔道書同盟の一員である念(ねん)が征市(せいいち)に戦いを挑んできた。念は圧倒的な強さを見せつけて征市に勝利し、結界を突き破って去っていった。強敵の存在を知り、征市はさらなる強さを求め始める。
 そして、一真(かずま)の前にトライアンフを引退した市井美音(しせいみね)が現れる。幻(げん)から受け取った悪魔の羽ペンで、魔力を取り戻した美音は、一真を魔道書同盟に勧誘する。一真の態度に業を煮やした美音は、一真の気を引くように悪魔の羽ペンを使ってデッキを取り出し、デュエルを挑む。一真は美音を止めるために戦うが、美音は力を使いすぎたため、一真の目の前で黒い灰と化し、命を落とす。自らの無力さを感じながら、一真は陸(りく)を率いてトライアンフ事務所に戻るのだった。

  File.32 俺か私かどこかの誰か

 征市は重い手提げ袋を持って山城公園の道を歩いている。今日は菜央(なお)が一緒だ。
「すみません、相羽さん。資料探しを手伝っていただいて」
「気にするなよ。今回の資料は、俺も早く目を通したかったんだ」
 征市の手提げ袋に入っているのは、菜央が魔法図書館に依頼して集めていた資料だ。五十年前の大戦や魔道書同盟について書かれた本や、悪魔との契約に関する本ばかりだ。魔道書同盟に関する情報は最近になってから明らかにされたものも多い。様々な情報にアンテナを張って資料を探してきてくれる館長に、菜央は感謝していた。
「陸、結構ショックだったみたいだな」
「ええ……。今まで、悪魔と契約した場合の終わりを明確に知らなかったのですから。終わりの瞬間を目の前で見て、悪魔と契約する事がどういう事なのか判ったのだと思います」
 征市が言ったのは、以前、一真の前に現れた元トライアンフメンバー、市井美音の話だ。魔力を失った彼女は、悪魔の羽ペンを使う事により、命を魔力に変えて一真に挑んだ。その結果、彼女の体は黒い灰となって消えてしまった。陸もその戦いを見ていて、自分の末路を網膜に焼きつけていた。あれ以来、陸の元気がない。
 菜央が、魔道書同盟に関する資料と共に悪魔との契約に関する資料を探したのは、最悪の事態から陸を救い出すためだ。美音のように黒い灰となって消えてしまう前に、悪魔との契約を解除する方法を見つけたい。菜央はそう思っている。
 陸は、一度敗北する事で魔力を失い、それによって悪魔との契約が一時的に無効になった事があった。しかし、改めて魔力を得るために陸自身が望んで悪魔との再契約を行ってしまったのだ。まだ彼は悪魔に命を吸い尽くされて死ぬかもしれないという恐怖と戦い続けている。
「ところで、相羽さん。特訓の成果は出ましたか?」
 念と敗れてからの二週間、征市は、ほぼ毎日トライアンフ事務所の地下に新しく作られた施設で特訓をしていた。特訓を始める前は何かにとりつかれたような必死の形相をしていた征市だったが、効果が出たせいか、最近の彼は今までのように穏やかな表情に戻っている。
「ああ、かなりいい感じだ。特訓施設作ってくれてありがとう。無理させちまったみたいで悪かったな」
「いえいえ。いずれ、必要になると思っていましたから、いいんですよ。それより……」
 征市と談笑していた時とは違う菜央の目が芝生の上のベンチに向けられる。ベンチには、ランチボックスから寿司を取り出して口に運ぶ少女と怪人が座っていた。頭部と胴体が一緒になった巨大な円のボディから腕と脚が生えたような姿の怪人は、征市達に気づくと隣に座っていた少女――人造デュエリストの筒井智里(つついちさと)の腕を引っ張る。
「やや!奴らはトライアンフの相羽征市と琴田菜央ですぞ。智里様」
「ん……。本当だ……」
 智里は口に入れたばかりの寿司を咀嚼すると、二人の顔を見た。ベンチを降りると、怪人を連れて征市達の前まで歩いてくる。
「こんにちは。さわやか三組の……筒井智里です。あたしと……ルー君の力、見せてあげる」
「ルー君じゃないですぞ!拙者はルーレット男ですぞ!」
「ルー君……でいいじゃない」
「よくないんですぞ!この名前は、我が主の全様がつけて下さった名前で、高貴な拙者にふさわ、ぎゃー!」
 智里の言葉に憤慨したルーレット男がカラフルな肉体を震わせながら叫ぶと、丸いルーレットになった体に赤い光弾が当たって吹き飛ばされる。智里が光弾の飛んできた方を見ると、征市が一枚のデュエル・マスターズカードを持っていた。カードを通して魔力を発射したのだ。
「ルー君だろうがルーレット男だろうが関係ねぇよ。新しい怪人と人造デュエリストか。今すぐ倒してやるからかかって来い!」
 征市は啖呵を切ると、左手にポケットチーフをかけ右手の指を鳴らした。すると、赤い光と共にポケットチーフが飛ばされ、左手には金属製のデッキケースが乗っていた。菜央も自分のデッキケースを取り出して、怪人と人造デュエリストのコンビを見た。
「ルー君……しっかり」
智里は怯えたような目でトライアンフの二人を見ながら、倒れたルーレット男を起こした。
「おお、智里様。かたじけないですぞ。こうなったら、あの二人を目茶苦茶にしてやるですぞ!」
「相羽さん、気をつけて!」
 菜央が言った瞬間、征市は自分の頭に違和感を覚えた。奇妙な管のようなものが額に刺さっているような触感が脳に伝わる。見ると、ルーレット男の右手の指が一本、伸びた状態で征市の額に刺さっているのだ。首を動かせないので横目で菜央を見ると、菜央の額にも同じようにルーレット男の指が刺さっていた。異物が侵入しているはずなのに痛みは感じない。菜央も痛みを感じている様子はなかった。
「よし!ルーレットで入れ替え!」
 ルーレット男のボディの円が回る。それを見て征市は目の前が回るような奇妙な感覚を味わっていた。スイカ割りをする前に木刀に額をつけて何度も回った時と同じような、脳をかき回される感覚に思考と感情が支配される。気がついたら、目の前が真っ暗になり、何も見えなくなっていた。
「ストップ!入れ替え完了ですぞ!」
 ルーレット男の満足したような声が聞こえ、征市の額の指が抜かれた。今まで、体が指に支えられていたのか、征市の体から力が抜け、激突するように地面に倒れる。不思議と痛みは感じなかった。自分の体ではないような違和感があり、体を動かす事がひどく億劫に感じた。
「ふふふ……楽しみ」
 智里の声と二人が去っていく足音を聞いた瞬間、征市の意識はそこで途切れた。

「しっかり!しっかりして下さい!」
 征市が目を開けた時、目の前に陸の顔があった。必死な形相で征市を見ている。湊の声が近くから聞こえる。陸だけでなく湊(みなと)もいるようだ。
 征市は、まだ働かない頭を駆使して何が起こったのか思い出す。菜央と一緒に魔法図書館に行って資料を借りた。その帰りに、人造デュエリストの智里とルーレット男に会い、ルーレット男の攻撃を受けて倒れた。
 魔法警察から連絡が行ったのか、それともパトロールの最中だったのかは判らないが、陸が駆けつけてくれた。周囲の景色が全く変わっていない事から、事件発生から時間が経っていない事が判る。
「目は開けているのに意識がないのかな?そうだ!」
 心配していた陸の目が輝く。そして、彼は何を思ったのか、征市に対して口を突き出して顔を近づけてきたのだ。
「おはようのチュウですよ。これで目覚めもバッチリですね!」
「気色悪いんだよ、馬鹿野郎!」
 征市は陸を突き飛ばして起き上がる。あまりの出来事に肩で息をしながら、倒れた陸を見る。征市は陸の行動に驚いていたが、陸も征市の行動に驚いていたらしく、尻もちをついた彼は目を何度も瞬きさせて征市の顔を見ていた。
「何がおはようのチュウだ!お前、男にそんな事する趣味があんのか?いつから、そんな奴になったんだよ!」
「え、男に……って、リーダー、何言ってるんですか?」
「あ?お前こそ何言って……待てよ」
 征市はそこまで話して奇妙な違和感に気付いた。自分の声が高い。男の声ではなく、女の声になっている。次に目線が違う。いつもの自分の目線よりも低い。そして、肩がこる。それぞれの肩に紐が食い込み、締めつけられているような感覚があった。
「菜央さん、どうしちゃったんですか。まるで、征市さんみたいですよ」
 湊も驚いて征市に近づく。湊が今まで声をかけていた人物を見て、征市は愕然とした。
「え……?俺?」
 自分の顔を指して言う。驚いた顔で見ていると、征市の体は起き上がり、陸と湊を見た。
「ん……。どうやら、逃げられてしまったようですね。陸君、若月さん、来てくれてありがとうございます」
 菜央のような口調で征市の肉体はそう言った。陸と湊は、目を見開き、これ以上はないという驚きを現した表情で征市と征市の体をした者を見た。
「おい、お前!俺の姿をした偽者か?」
 征市が自分の体に近づくと、征市の体は驚いて
「え!?私?」
と、意味の判らない事を言った。そこまで聞いて征市は、自分の胸に手を当てた。大きなものが二つ付いている。自分の体が「それはセクハラですよ!」と、騒ぐが気にしている場合ではない。
 自分の体の女性のような肉体への変化と、自分の姿をした菜央のような口調の存在。征市はそれらをつなぎ合わせて一つの結論に到達した。
「ま……まさか、俺達、入れ替わっちまったのか!?」

 トライアンフの事務所に、奇妙な空気が流れていた。
 征市のデスクには、菜央が座っている。普段の温厚な彼女とは違い、不機嫌そうな顔をして腕を組んで座っていた。
 菜央のデスクには、征市が座っている。デスクの上のノートパソコンで何かを調べていた。
他のメンバーは、落ち着かない様子で二人を見ている。陸と湊から話を聞いた一真は驚きつつも、その事実を受け入れていた。
「私達の前に現れたのは、ルーレット男でしたね。一真さんが持ってきて下さった資料の中にデータがありました」
 征市の姿をした菜央がノートパソコンの画面をメンバーに見せる。そこには、二人の前に現れた怪人の写真とデータが載っていた。
「ルーレット男は、魂を入れ替える怪人だ。征市と菜央の魂が入れ替えられたように、複数の人間の魂を入れ替える事ができる」
「何でこんな事する怪人を作ったんだ……。ふざけてやがるのか?」
 菜央の姿をした征市がそう呟くと、一真がその疑問に答えた。
「魂を入れ替える効果は魔道書同盟にとってメリットがあった。政府の要人と魂を入れ替えてスパイとして送り込む事ができる」
「なるほど。意味はあったってわけですね。ところで、セーイチさん」
 陸は一真の説明に頷いた後、征市を見た。その視線は本来、菜央のものである胸を見ている。
「巨乳って肩がこるって聞いたんですけど、本当なんですか?」
「ああ、入れ替わった時から肩が……って、何言わせんだよ!」
「陸君……」
 菜央がデスクから立ち上がる。その姿から立ち上るオーラが、陸の暗い未来を語っている。おしおき部屋の出番だ。
「げげっ!ぼ、僕は学術的興味で聞いたんですよ!いやらしい気持ちじゃなくて……!」
「セクハラはセクハラです!反省して下さい!」
 菜央がそう叫ぶと、陸は怯えたように頭を抱える。
 だが、何も起きなかった。いつもならば、おしおき部屋の扉が開き、その中から現れた黒い手によって陸が連れ込まれておしおきを受けるはずなのだが、扉は開かない。
「あれ?魂が入れ替わったから、おしおき部屋も使えないって事?じゃ、チャンスじゃないかな~?」
 陸はいやらしい微笑みを浮かべると、征市を見た。その視線に征市は恐怖を感じる。
「ま、待て、陸。何考えてんのか判らないけれど、落ち着け。な?」
「今ならおしおき部屋でおしおきを受ける事はない。魂がセーイチさんなのが気に入らないけれど、体はリーダー。千載一遇のチャンスとはまさにこの事だ!」
 陸はそう叫ぶと、征市に抱きついてきた。
「陸君!離れて下さい!駄目です!」
「陸さん!駄目ですよ!」
「そうだ、陸!離れろ!離れろって!」
「やわらかいよー!この胸は、この胸は僕のもんじゃー!!」
 菜央と湊が陸を征市から引きはがそうとするが、しっかりと抱きついているため、離れない。
「ちょ……!陸、やめ……!マジでやめろって……!」
「お?反応がかわいくなってきてますよ。もしかして、こういう事されるの本当は嫌じゃないとか?嫌よ嫌よも好きの内って言いますからねぇ?」
 征市の抵抗が弱くなってきたのを見て、陸の行動はますますエスカレートしてくる。体中を触れられながら、征市は抵抗できずに顔を真っ赤にしていた。それが一分ほど続いた時、とうとう征市が爆発する。
「陸……やめろーっ!!」
 壊れんばかりの勢いでおしおき部屋の扉が開き、黒い手が陸をつかんで引きずっていく。扉が閉まると、中から陸の叫び声が聞こえた。
「はぁ……はぁ……。ば、馬鹿野郎。体は菜央だけど、俺は男だぞ。触って何が楽しいんだよ……」
 征市は目に涙を浮かべ、乱れた服を直しながら言った。陸がおしおき部屋から解放された頃、一真が口を開く。
「魂が入れ替わったとは言っても、体に残った記憶がある。征市が菜央の体に残っていた記憶を頼っておしおき部屋を使ったとしてもおかしくはない」
「そ、それを先に言って下さいよ……。死ぬかと思った」
「うるせぇ!お前はおしおき部屋の中でくたばっちまえ!」
 征市が陸に文句を言った後、一真が話を続ける。
「だが、デュエル・マスターズカードを扱うとなると話は別だ。あれほど複雑なものの操作となると、体に残った本能的な記憶だけで使う事はできない」
「それは困りましたね。ところで、一真さん。この資料には書いていないのですが、戻る方法はないのですか?」
 菜央が聞くと、一真は首を横に振った。それを見て、征市と菜央が青ざめる。
「魂を戻すためには、ルーレット男の能力を使ってもう一度魂を入れ替えるか、奴を倒すしかない。タイムリミットは十二時間だ。それを過ぎたら、魂が肉体に戻る事はなくなる」
「げっ……。冗談じゃねぇ!」
 征市は叫んだ後、デスクを強く叩いて陸と湊を見た。
「陸!湊!今すぐルーレット男を探してぶちのめしてこい!これは、リーダーとしての命令だ!」
「う~ん、リーダーの姿でこういう男っぽい口調ってのも悪くないね。このままにしておいてもいいかも」
 必死になっている征市をおちょくるように陸が冗談めいた口調で言う。それを聞いた征市は、右手の親指でおしおき部屋の扉を指した。
「湊君!急いでルーレット男を探そう!」
 おしおき部屋の恐怖には勝てないので、陸は湊を引っ張って事務所を出ていく。それを見て征市はほっとしたように溜息を吐いた。
「相羽さん、誰がリーダーですか、誰が」
「体はリーダーだろ。それより、菜央もこっちへ来い」
 征市はそう言うと、自分のデスクから紐を取り出して菜央に渡す。
「今から、簡単な手品の練習をする。もし、戻れなかったら、明日の手品用品の実演販売はお前がやらなくちゃならないんだからな!」
「え……。あの、陸君や若月さんを信じましょう?手品の練習が嫌だからではないんですよ?ねぇ、一真さん?」
 菜央は救いを求めるような顔で一真を見た。だが、一真は首を振って
「付き合ってやれ」
と、言うのだった。
「まずは、切れた二本の紐を一本の長い紐にする手品だ。これ以外に五つの手品を今日中に覚えてもらうぞ!」
「あの……親指を切り離す手品は駄目ですか?」
「駄目だ」
 菜央の問いに即答しながら、征市の指導が始まった。

 今は廃屋となった教会の地下の暗い部屋。その中で、空になった大きなカプセルを見て全(ぜん)は満足そうに微笑んだ。
「気に入ったようだな」
「ええ、最高よっ!また、小生のかわいいかわいい怪人ちゃん達の出番が来るなんて夢みたいだわっ!」
 全は、念に対して怪人のコアを見せる。ルーレット男は、このコアを使って作りだした怪人だ。
 しかし、満足そうな全とは対照的に不満そうにしている者がいた。人造デュエリストの一人、春間(はるま)だ。
「理解できません。トライアンフの奴らを倒すのであれば、ルーレット男である必要がありません。もっと強い怪人がいたはずです。それに、智里ではなく、三羽烏最強の私を選んで下さらないとはどういう事ですか!私だって外に出て、心と心がつながった運命の妹を探したいのです!」
「変な事を言うもんじゃないわっ!」
 春間の言葉に義理堅く答えた全は、咳払いをした後で説明する。
「小生は怪人の事を最もよく理解しているの。ルーレット男ちゃんが他の怪人と比べて戦闘に向いていない事だって判っているわ。でもね、ルーレット男ちゃんだからこそできる事があるものよ。念は判るわよね?」
「魂の入れ替えか」
 全に話を振られた念は、低い声で答える。「ご名答」と、言って念を褒めた後、全は説明を続けた。
「魂を入れ替える事で、隠れていた永遠様の魂を見つける事ができるかもしれない。手間のかかる作業だけれど、いつかは正解にたどり着くわっ!」
「なるほど!さすがオカマさんなのだ!」
「小生は、オカマじゃないわっ!」
 十也(じゅうや)に答えた後、全は春間を見る。その目が理解できたかどうかを訊ねていた。春間は、洋画の俳優のように大袈裟に肩をすくめて答える。
「よく判りました。私が選ばれなかった事以外はね」
「春間は妹妹ってうるさいから仕方ないのだ。それにあみだくじでルーレット男と一緒に行く奴を決めたんだから仕方ないのだ」
「あみだくじなどで大事な事を決めたのか!誰だ!誰があみだくじなんかで私と妹の出会いを妨害した!」
「俺なのだ!」
「お前か!」
 獣のような声で春間が吠えると、「うおー!怖いのだー!」と、言って十也が逃げる。その背中を追って春間が走り出した。
「こんなガキっぽい二人よりも智里ちゃんの方が使えるわね。念もそう思ったから、智里ちゃんが作戦を担当する事に異を唱えなかったんでしょ?」
「さあな」
 念は短い返事をすると階段に足をかけた。
「こいつらはまだ不完全な部分が多い。様子を見に行って来る」
「パパは愛娘の様子が気になるのね。行ってらっしゃいっ!」
 全の冷やかしに対して、念は何の感情も帯びていない視線で答えてから背を向けて歩きだした。

「見つけたぞ、このヤロー!」
 未来地区のショッピングエリアにたどり着いた陸は血走った目でルーレット男と智里を見ていた。周りには多くの人が倒れている。彼らが目を覚ましてパニックの陥るのも時間の問題だ。そうなる前に解決しなくてはならない。陸の表情を見て、恐怖で智里は怯え、ルーレット男の後ろに隠れる。
「ルー君……怖い」
「拙者も怖いですぞ!」
「いいから早くリーダーとセーイチさんを元に戻せ!リーダーの体がこのままじゃ、大変なんだ!好きとか言って抱きついたり、キスしようとしたりして抱きついたとしても、体がセーイチさんだから、周りから見たら同性愛に思われちゃう!それだけは絶対に嫌だー!」
「あ、やっぱり気にしていたんですか」
「当たり前だよ!リーダーの体のナイス巨乳は堪能したけれど、魂がセーイチさんじゃ燃えないじゃないか!という訳で覚悟しろ!」
 陸はそう言うと、ルーレット男に向かって助走をつけて跳んだ。それを見てルーレット男は指を伸ばす。
「甘い!」
 しかし、陸は目の前にカードを出してルーレット男の右手の指を弾く。湊も自分に迫っていたルーレット男の指をカードで弾いた。
「お前がそうやって魂を入れ替えるのは判っているんだ。僕にそれが通じると思うなよ!」
「む、無念!まいりましたですぞ!」
 ルーレット男はそう叫ぶと、陸の前に手をついて土下座した。突然の事に驚きながら、陸は怪人の前で止まる。
「ルー君……駄目だよ。ちゃんとしないと……全様に怒られる」
「でも、仕方ないですぞ!拙者の必殺技が通じないとなるもうおしまいですぞ!何でも言う事を聞くから、命だけは助けて欲しいですぞ!」
「あ、うん。そこまで言うなら命だけは、ね……」
 陸は腑に落ちない、という顔をして足元のルーレット男を見た。抵抗するわけでもなく、すぐに降参する事がおかしいと感じているのだ。
「何だかおかしいけど、まあいいや。じゃ、ここにリーダーとセーイチさん呼ぶから元に戻してよ」
「判ったですぞ!」
 陸が事務所に連絡するために携帯電話を取り出した瞬間、ルーレット男の左手の指が伸びる。陸は再び、カードを出してそれを防いだ。
「甘い甘い。油断させておいて何か仕掛けるってのは古典的なんだよね!僕に通じるわけが――」
 そこまで言葉を口にした陸の手から携帯電話が落ちる。陸の後頭部にはルーレット男の右手の指が刺さっていた。
「ふっふっふ、攻撃を防いだと思って油断するとはまだまだですぞ。そんな間抜けはこれと入れ替えてやるですぞ!」
 ルーレット男の左手の指が湊に伸びた。しかし、それは湊に刺さる事なく、遥か後方へと飛んでいく。
「ルー君って……ノーコン?」
「いえいえ、コントロール抜群ですぞ。それっ!」
 ルーレット男の左手の指は、玩具屋に展示されているシンバルを叩くサルの人形に刺さった。
「ルーレットで入れ替え!」
 ルーレット男の掛け声と共に陸の体が痙攣し、倒れる。そして、しばらくすると陸に肉体は立ち上がり、両手を叩き始めた。
「陸さん、本当に玩具と入れ替わってしまったんですか……」
 湊は憐れんだ目で陸の肉体と、陸の魂が入ったサルの玩具を見た。
「ルー君は……逃げて」
 間髪入れずに智里が動く。彼女は湊の前に立ちふさがると、ランチボックスからデッキを取り出した。彼女の前に五枚のシールドが現れる。
「こんな事している場合じゃないのに!」
 陸の魂が入ったサルの玩具を横目で見ながら、湊は携帯電話のストラップについている雪ダルマの人形を光らせるとデッキケースに変換する。デッキケースからカードが飛び出し、その中の五枚が緑色の壁――シールドとなって彼の前に並んだ。智里も同じように、自分の身を守る緑色のシールドを五枚並べる。互いに五枚の手札を引き、デュエルが始まった。
「それっ……。《霊光の化身(スピリチュアル・トーテム)》召喚……」
 智里が《幻緑の双月(ドリーミング・ムーンナイフ)》に続いて召喚したのは、明るい黄色が目立つトーテムポールのようなクリーチャーだ。その能力を警戒しながら、湊はカードを引く。
「《西南の超人(キリノ・ジャイアント)》を召喚!」
 湊が最初に召喚したのは、全身が緑色で黒い袴を穿き、腰に鞘を掲げた巨人《西南の超人》だ。湊のデッキに多く入っているジャイアントのコストを2下げる事ができる。
「わ、おっきい……。でも、デュエルはおっきいだけじゃ駄目……。念様が……そう言ってたよ」
 続いて智里の場に現れたのは金色の鎧に身を包んだ虎のようなクリーチャー《無頼聖者スカイソード》だった。二本の剣を操り、智里の山札のカードをマナとシールドに変えていく。
「はい……これで、終わり」
 クリーチャーの数を増やしてはいるものの、攻撃に移る事がない。湊は智里の行動に疑問を覚えながら、自分にとって切り札の一つとも言えるクリーチャーを召喚する。
「行くよ!《ドルゲーザ》!!」
 下半身が水文明の青いアースイーター、上半身が自然文明の緑色をしたジャイアントという融合クリーチャー《剛撃戦攻ドルゲーザ》が地中から飛び出す。それにより地面が揺れ、湊の山札のカードが三枚、湊の手元に飛んでいった。
「《西南の超人》の効果で《ドルゲーザ》のコストを減らし、そして《ドルゲーザ》の効果で三枚ドロー!僕はこれでターン終了だ」
 湊は智里の動きに疑問を感じつつ、攻撃せずにターンを終了する。《西南の超人》は場に残る事で効果を発揮するクリーチャーだ。攻撃はパワーが高くW・ブレイカーの《ドルゲーザ》に任せておけばいい。
「動かないの……ずるい。だったら……」
 智里は、湊が攻撃を仕掛けないのを見て、唇を尖らせると一体のクリーチャーを召喚した。《霊光の化身》と同じように木でできた彫像のクリーチャー《口寄の化身(シャーマン・トーテム)》だ。《口寄の化身》が力強い舞いを踊ると、《幻緑の双月》《スカイソード》の姿が緑色の光に包まれ、その光が智里の山札に飛ぶ。光を受けた瞬間、山札のカードが二枚智里の手札に飛んでいった。
「ドローができるクリーチャー!?」
「えへへ。《口寄の化身》はね……ミステリー・トーテム以外の自分の種族の数だけ……カードを引かせてくれるんだよ」
 智里はゆっくりした口調で説明した後、《霊光の化身》を見る。アイコンタクトが通じ、《霊光の化身》が地面に伏せる。すると、《霊光の化身》の体の周囲から様々な植物が生え、《西南の超人》の体を縛り上げた。身動きができない《西南の超人》を《スカイソード》の剣が真っ二つに切り裂く。
「そんな……!《西南の超人》のパワーは《スカイソード》よりも1000高い3000なのに!」
「《霊光の化身》はね……自分をタップして相手を寝ころばせちゃうの……。そして、《霊光の化身》がタップされている時はね……他のクリーチャーのパワーが上がるの」
 湊は智里の説明を聞いて《西南の超人》が《スカイソード》の攻撃によって倒された理由を理解した。《霊光の化身》の能力によって《スカイソード》は攻撃時のみ、パワーが1500増えていたのだ。これによって《西南の超人》に攻撃した時の《スカイソード》のパワーは3500になっていた。500という微々たる違いだが、その微かな差で《西南の超人》は敗北したのだ。
「まだ、攻撃しない。ターン……終了」
 智里がターンを終えたのを見て、湊はカードを引く。智里はまだ切り札を出していないが、湊には高パワーの《ドルゲーザ》がいる。パワーで押し切る事も不可能ではない。
「《サイバー・ブレイン》でドロー!《フェアリー・ライフ》でマナを増やす!《ドルゲーザ》で《霊光の化身》を攻撃!」
 《ドルゲーザ》の巨大な拳が、《霊光の化身》を粉砕する。圧倒的なサイズの違いに、それを見ていた智里の他のクリーチャーは体を震わせて怯えた。
「うー、《霊光の化身》にはもっとがんばってもらいたかったのに……。じゃ……切り札、使うね」
「えっ……!?」
 湊がその言葉の意味を理解するよりも先に、智里は自分のカードを《口寄の化身》に投げつける。カードは《口寄の化身》の体に刺さり、緑色の光を発する。緑色の光は《口寄の化身》の姿を巨大な木彫りの面へと変えていった。木彫りの面からは半透明な腕と脚が生えている。
「ミステリー・トーテムの進化クリーチャー……《闘匠メサイヤ》だよ。それっ……」
 《闘匠メサイヤ》の拳が《ドルゲーザ》に襲いかかる。《ドルゲーザ》はそれを受け止めるが、力で押されている。
「もう一回……」
 《メサイヤ》のもう片方の拳が放たれるが、《ドルゲーザ》はそれも受け止める。両腕がふさがったのを見た《メサイヤ》は《ドルゲーザ》に頭突きをする。巨大な面の直撃を受けて《ドルゲーザ》は地面に倒れた。
「《メサイヤ》のパワーは13000……。力比べなら……負けないよ」
 智里はそう言うと、満足したような顔でランチボックスから寿司を取り出して口に運んだ。彼女が攻撃を仕掛けてこないのを見て、湊はカードを引いた。

 ルーレット男は未来地区のレストラン街を逃げていた。逃げながら人々の魂を入れ替える事も忘れていない。
「智里様、感謝しますぞ!このご恩は必ず、ぎゃー!」
 逃げている途中で、突如、目の前から飛んできた赤い光弾に撃ち抜かれルーレット男は倒れる。カラフルな体色の怪人の前に立ったのは、一人の少女だった。毛先がウエーブがかった髪の少女、彩矢(あや)だ。彼女はカードをはさんだ長い指をルーレット男に向ける。
「愛しの旦那様の魂を入れ替えたのはあなたね!早く征市さんの体を元に戻しなさい!征市さんの体がこのままじゃ、大変なのよ!好きとか言って抱きついたり、キスしようとしたりして抱きついたとしても、体が菜央ちゃんだから、周りから見たら同性愛に思われちゃう!それだけは絶対に嫌ー!」
 陸が言っていたのと同じようなセリフを口にして、彩矢は一歩、ルーレット男に近づいた。それを見て、ルーレット男は土下座する。
「む、無念!まいりましたですぞ!何でも言う事を聞くから、命だけは助けて欲しいですぞ!」
「何でも……ねぇ?」
 彩矢はあごに手を当てて考える素振りを見せる。だが、それも一瞬の事で再びカードをルーレット男に向けると光弾を発射した。
「な、何をするんですぞ?無抵抗の者に攻撃をするなんてひどいですぞ!」
「そうやって油断したところをどうにかしようって言うんでしょ?アタシには通じないわ!」
 彩矢はそう言うとデッキケースを取り出して目の前に赤いシールドを並べる。彩矢に奇襲は通用しないと判断したのか、ルーレット男も腰のデッキケースからデッキを取り出すと目の前に灰色のシールドを五枚、並べた。
「一気に決めるわよ!《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》!」
 マナを大量に増やしながら、彩矢は金色の龍を召喚する。《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》はスピードアタッカーを持つW・ブレイカーのドラゴンだ。ルーレット男のシールドめがけて全力で突進する。
「おのれ!ブレイクされるわけにはいかんのですぞ!」
 《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》の前に、赤を中心に金と緑色の肉体をしたドラゴン《龍仙ロマネスク》が立ちふさがる。ドラゴンの中でも珍しいブロッカーとしての能力を持った《ロマネスク》は《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》の突進を受け止めて倒れた。
「まだまだ!この子達でブレイク!」
 彩矢の場に二体いる《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》が木の槍でルーレット男のシールドを破っていく。その中にシールド・トリガーはないらしく、そのまま手札としてルーレット男の手元に戻っていった。
「シールドが破られたのはダメージですが、《ロマネスク》のおかげでマナは充分ありますぞ!まずは、二体目の《ロマネスク》召喚!」
 場に現れた二体目の《ロマネスク》は体の右側に装備した巨大な弓矢から、魔方陣を発生させる。魔方陣から飛んでいった矢は、ルーレット男の山札のカード四枚をマナに変えていった。
「さらに、このカードで入れ替えですぞ!」
 ルーレット男がかざした緑色のカードが、《ロマネスク》の隣に並んでいた《コッコ・ルピア》をカードの姿に変える。カードになった《コッコ・ルピア》はマナへ飛んでいき、マナから別のカードが一枚《ロマネスク》の下へ飛んでいった。すると、《ロマネスク》の下に水色の魔方陣が広がり、そこから巨大な龍のオーラが現れ、《ロマネスク》を取り込んでいった。
「そうか。《母なる紋章》を使ったのね?」
 《母なる紋章》とは、バトルゾーンにある自分のクリーチャーをマナに置き、マナゾーンにある同じ文明のクリーチャーと交換するカードだ。進化元がいれば進化クリーチャーを出す事もできる。
「そうですぞ!マナから現れた《超竜ヴァルキリアス》で蹴散らしてやるですぞ!」
 右腕に長い銃身の銃と体中の銃火器が目立つ進化ドラゴン《超竜ヴァルキリアス》が雄叫びをあげると、それに呼応して、マナゾーンから一枚のカードが飛び出した。炎に包まれたそのカードは彩矢の《青銅の鎧》二体に体当たりして焼き尽くした後、龍へと姿を変えた。場に出た時、相手の小型クリーチャーを全て破壊する《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》だ。
「《ヴァルキリアス》のパワーなら、《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》にも負けないですぞ!攻撃!」
 《ヴァルキリアス》の全身の銃火器が火を吹き、《ボルベルグ・クロス・ドラゴン》に銃弾の雨を浴びせる。突如、現れた強力な二体のドラゴンによって、彩矢のクリーチャーが一瞬の内に全滅してしまった。
「なかなかやってくれるわね。だったら……!」
 彩矢が緑色に光るカードを場に投げると、その光を受けて《ヴァルキリアス》の足元から緑色のツタが出てきた。《ヴァルキリアス》が避ける間もなく、ツタは超竜の体にまとわりつく。
「《ナチュラル・トラップ》よ。マナから出てきたクリーチャーは大人しくマナに帰りなさい!」
「おのれ!ですぞ!」
 ルーレット男のクリーチャーで最も厄介な《ヴァルキリアス》は除去できた。しかし、彩矢が使えるカードは残っていない。これでターンを終えるしかなかった。
「だが、《ヴァルキリアス》がいなくなっても問題ないですぞ!拙者にはもっと強い切り札があるんですぞ!」
「へえ、そう。だったら、それが出る前にやっつけちゃうわよ!」
 自信にあふれた彩矢の声を聞きながら、ルーレット男はカードを引き、戦い方を考えていた。

「そーれ……。《メサイヤ》……!」
 一体目の《メサイヤ》を《ナチュラル・トラップ》でマナに送った湊の前に二体目の《メサイヤ》が現れる。半透明の太い腕は、湊のシールドを三枚破っていった。だが、その内の一枚のシールドの欠片が緑色の光るのを見て、湊の表情が緩んだ。
「シールド・トリガーだ。これで《メサイヤ 》を――」
 そこまで言った時、湊は信じられない光景を目にした。《メサイヤ》によってブレイクされたシールドが、シールド・トリガーを発動させる事なく、手札に戻ってきたのだ。湊は、見間違いかと思って戻ってきたカードを見るが、それは《ナチュラル・トラップ》だった。シールドがブレイクされたのならば、間違いなくシールド・トリガーとしてコストを支払わずに効果が発動し、相手に牙をむくはずなのだ。
 湊の表情がおかしかったのか、智里は口に手を当てて静かな声で笑う。そして、《メサイヤ》の恐るべき秘密を離した。
「《メサイヤ》は……ブレイクしたシールドのシールド・トリガーを封じちゃうの。《メサイヤ》が攻撃したら……逆転はできないの」
 パワーが一万を超えるT・ブレイカーだという事だけでも驚異的な《メサイヤ》だが、それに加えてブレイクしたシールドのシールド・トリガーを封じるというとんでもない能力が隠されていた。
 放置するにはあまりにも危険すぎる。そう感じた湊は、自分のターンになると、《ナチュラル・トラップ》を使って《メサイヤ》を除去する。これで、智里のクリーチャーとシールドは0だ。
 しかし、湊の場にもクリーチャーの姿はない。シールドは二枚残っていた。
「ん……。二匹目の《メサイヤ》も……やられちゃった。それじゃ……こうしようか」
 智里は、巨大なバズーカを背負った機械の騎士《魔光王機デ・バウラ伯》を召喚した。そして、《口寄の化身》を召喚し、カードを二枚引く。
「《デ・バウラ伯》は……騎士様だから、種族が二つなんだよ。だから、二枚引けるの。終わりだよ」
 智里のターン終了の合図を受けて、湊はクリーチャーを一体召喚する。それは《西南の超人》だった。湊はそれ以上のアクションを起こす事が出来ずに、ターンを終えた。
「じゃ、行くよ。《青銅の鎧》を召喚。そして……」
 智里が掲げたカードが緑色の光を発する。そのカードから金色の魔方陣が現れ、《青銅の鎧》はそれに飛び込んでいく。すると、魔方陣を抜けた《青銅の鎧》はカードの姿に戻り、マナゾーンへ飛んでいった。すると、マナゾーンから緑色のカードが飛び、それと重なるようにして《口寄の化身》も跳躍した。一体と一枚は重なったまま、魔方陣に向かって移動している。その光景を見て、湊は言いようのない恐怖にとらわれる。
「進化……」
 智里が呟いたその一言が湊の本能的警告が正しかった事を証明する。魔方陣を潜り抜けた《口寄の化身》は《メサイヤ》となって場に舞い降りたからだ。
「呪文《母なる聖域》。場のクリーチャーとマナの進化クリーチャーを……入れ替えっこするカード。《ナチュラル・トラップ》じゃなくて《デーモン・ハンド》だったら、《メサイヤ》出なかったのにね」
 智里の言葉と共に《メサイヤ》の拳がシールドに振り下ろされる。砕かれるシールドを手札に戻し、湊は相手の場を見た。《西南の超人》で攻撃しようにも《デ・バウラ伯》で止められるのは目に見えている。
「だったら、こうするだけだ!」
 湊はマナゾーンのカードを五枚タップし、《ドルゲーザ》を召喚する。《ドルゲーザ》のパワーならば《デ・バウラ伯》と戦っても負ける事はない。しかし、《ドルゲーザ》は召喚酔いのため、このターン、動く事はできない。
「諦めた……?」
「いや、まだだ。《ドルゲーザ》の効果で三枚ドロー!」
 湊はカードを三枚引く。そして、それらのカードに目を走らせた。
「もう、逆転できるはずない……」
「いや、来たんだ!今、この状況を何とかできるカードが!」
 湊はマナゾーンのカードを一枚タップし、それにマナを注ぎ込む。それを《ドルゲーザ》に投げつけるとその姿が変わっていった。頭上に太陽のような赤い球体が浮いた、緑色のオーラのようなクリーチャー、《宇宙巨匠ゼノン・ダヴィンチ》だ。
「進化……クリーチャー?」
「そうだよ。《ゼノン・ダヴィンチ》は、ソウルシフトを使ってコストを下げる事ができる!重い《ドルゲーザ》を出した後でも、低いコストで進化する事ができる!」
 《ゼノン・ダヴィンチ》が持つソウルシフトとは、進化元のコストの分だけ、進化するのに必要なコストを減らす能力である。本来、《ゼノン・ダヴィンチ》を召喚するのに必要なコストは11だが、《ドルゲーザ》のコスト8と《西南の超人》のジャイアントのコストを2軽減する効果により、1コストで出す事ができたのだ。
「《デ・バウラ伯》でどっちをブロックしても攻撃は通る!《ゼノン・ダヴィンチ》で攻撃だ!」
 《ゼノン・ダヴィンチ》の頭上の太陽のような球体が智里にゆっくりとした速度で近づく。自分の敗北を思い知らされたせいか、智里は《デ・バウラ伯》でブロックするのも忘れてその球体を見ていた。
「そんな……。この子……食べたかったのに」
 智里は恨めしそうな声でそう言うと、視線を赤い球体から湊に向けた。その瞬間、球体が地面に激突する。巨大な爆発と共に、黒い煙がその場を包んだ。湊は勝利を確信して智里がいた場所を見ていた。
「なるほど。これがお前の戦いか……」
 男の低い声を聞いて、湊は背筋に寒気がするのを感じた。それは、征市、陸、湊三人の前で圧倒的な力を見せつけた存在、念の声だったからだ。
 黒い煙が晴れると、そこに念が智里を守るように立っていた。彼は、右手で赤い球体を受け止めている。
「これは帰そう。持って行け」
 念が右手で赤い球体を投げつけると、それが《ゼノン・ダヴィンチ》に当たり、湊の切り札を打ち消した。勝利を確信していたが、念が乱入した事により、予定が狂った。湊はカードを握りながら念と智里を睨む。
「悪くない。だが、相羽の孫には劣る。お前に俺と戦う資格はない」
 そう言うと、念は智里からデッキを奪い取り、彼女のクリーチャーをカードの姿に戻して片づけた。そして、智里の手を引いて結界を破り、外に出ていった。
「お前の勝ちだ。それは俺が保証する。だが、次はないと思え」
 念に連れられながら智里は「またね」と手を振る。湊は二人を、念の背中を追う事ができなかった。

「《コッコ・ルピア》召喚!さらに、《武装竜鬼ジオゴクトラ》召喚ですぞ!」
 ルーレット男の場に巨大な斧を持ち、武者のような鎧を纏ったドラゴン《武装竜鬼ジオゴクトラ》が現れた。それによって、ルーレット男の場にいる二体の《ルピア・ラピア》の羽が大きく広がり、顔が龍のように鋭く変化していった。
「《ジオゴクトラ》はコスト4以上のクリーチャーをドラゴンにするクリーチャーですぞ!さらに、パワーも2000アップ!」
「へぇ、じゃあ、これでドラゴンが三体になったわけね。《コッコ・ルピア》より《ルピア・ラピア》を優先していた理由がようやく判ったわ」
 ルーレット男の場には、《ジオゴクトラ》一体《ルピア・ラピア》二体、《コッコ・ルピア》が一体並んでいた。シールドは一枚である。
 ドラゴンのコストを下げるという点でもコストが軽いという点でも《ルピア・ラピア》よりも《コッコ・ルピア》の方が上だが、《ルピア・ラピア》は《ジオゴクトラ》の効果でドラゴン化する事ができる。その恩恵を与えるためにルーレット男は《ルピア・ラピア》を増やしていたのだ。
 彩矢のバトルゾーンにあるクリーチャーは、《ボルット・紫郎・バルット》と《ストーム・クロウラー》だ。シールドは二枚残っている。
 彩矢は手札にスピードアタッカーの切り札を持っている。そのため、このターン、ルーレット男の攻撃を防げば、彩矢の勝ちは確定する。しかし、最後まで油断はできない。ルーレット男が言っていた《ヴァルキリアス》より強い切り札が出ていないからだ。
「さあ、これからが本番ですぞ。呪文、発動!」
 ルーレット男が使った緑色のカードの効果で、《コッコ・ルピア》がマナに移動する。そして、空中に現れた金色の魔方陣にルーレット男の三体のクリーチャーが飛んでいった。魔方陣には、ルーレット男のマナからもカードが一枚飛んでいく。三体のクリーチャーと一枚のカードが魔方陣を通り抜けた瞬間、そこから熱風が吹き荒れた。一気に気温が高くなり、暑苦しさを感じる。あまりの暑さに、彩矢は首に巻いていたマフラーを外してしまったほどだ。
「これが、《母なる聖域》の効果ですぞ!これで、バトルゾーンの《コッコ・ルピア》とマナゾーンの切り札を入れ替えたんですぞ!これが最強の切り札《超新星ライラ・ボルストーム》ですぞ!」
 体に巨大なオレンジ色の球体を三つ取り込んだフェニックス《超新星ライラ・ボルストーム》は巨体に似つかわしくないスピードで彩矢のシールドへ突進していった。
「メテオバーン!発動ですぞ!」
 その途中で球体が一つ割れ、中からオレンジ色の光弾が飛び出していく。光弾は、彩矢の《ストーム・クロウラー》の体を突き破り、さらに、彩矢のマナゾーンのカードを一枚焼き尽くした。
「それだけではないですぞ!これが、《ライラ・ボルストーム》の真の力ですぞ!」
 ルーレット男の手札のカードが一枚、飛び出し、緑色のドラゴンに変化して場に出る。《緑神龍ザールベルグ》だ。《ザールベルグ》の雄叫びと共に、彩矢のマナゾーンのカードが二枚、ガラスのように砕けていった。
「《ライラ・ボルストーム》の効果で一枚、そして《ザールベルグ》の効果で二枚マナ破壊!これなら逆転もできないですぞ!さらに、T・ブレイク!!」
 《ライラ・ボルストーム》の豪腕が彩矢のシールド二枚をブレイクしていく。シールドは二枚とも《地獄スクラッパー》だった。一枚を使って《ザールベルグ》を破壊するが、《ライラ・ボルストーム》のパワーでは、破壊できない。
「メテオバーンでマナを破壊し、パワー5000以下のクリーチャーを一体破壊し、ドラゴンを出すなんて至れり尽くせりね」
「そうですぞ!《ライラ・ボルストーム》のメテオバーンはまだ二回分残っているですぞ!」
 一度でも大きなダメージだ。それに、彩矢はもう一度攻撃を受けたら負けてしまう。このターンで《ライラ・ボルストーム》を除去するか勝たなければならない。
 手札には前のターンから握っていた《バザガベルグ・疾風・ドラゴン》がある。このクリーチャーはスピードアタッカーだ。しかし、コストが8と重く、マナが三枚破壊されてしまった今、召喚するにはマナが一枚足りない。
「じゃあ、ここはこの切り札の出番ね♪」
 彩矢はルーレット男にウインクして微笑むと、マナゾーンにカードをチャージ。そして、今、チャージした分と合わせて七枚のカードをタップした。そこから現れる赤いマナを一枚のカードに注ぎ込み、場に投げつける。
「《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》召喚!!」
 二本の刀を振りかざす赤い龍《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》が場に現れる。そして、息つく間もなく、シールドに向かって突進していった。
「ルール違反ですぞ!召喚したばかりのクリーチャーは召喚酔いしているはずですぞ!」
「残念だったわね。《ボルット・紫郎・バルット》が場にいれば《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》は召喚酔いしないのよ!」
 《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》の右の刀の斬撃がルーレット男のシールドを真っ二つに両断する。さらに、左の刀がルーレット男を狙った。
「《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》は二回、攻撃できるドラゴンよ!《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》でとどめ!」
「ず、ずるいですぞーっ!」
 《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》の斬撃を受けて、ルーレット男は爆発する。怪人が使っていたカードはその場に散らばり、彩矢は自分のカードを全て手元に加えた。
「ずるくない。だって、世界一強い女の子の切り札なんだもん♪」

 その後、トライアンフ事務所。
 入れ替わった魂は全て元の持ち主の体に戻った。征市は「やっぱり自分の体が一番だな」と言い、菜央は「手品の練習はもうこりごりです」と言った。
 事件を解決した彩矢は、学校行事をサボってルーレット男を退治しに来たため、急いで学校に戻っていった。「反省文十枚も書かなくちゃいけないのよ、十枚!」と、湊に愚痴をこぼしていたが、「でも、旦那様のためだから、これくらい仕方がないわよね」とも言っていた。
「若月さん、ありがとうございます。助かりました」
「そんな、僕は……。ルーレット男を倒したのは彩矢さんですから」
「そうですよ、リーダー。僕にお礼言って下さい。ありがとうのチュウでいいですよ」
 陸はそう言って唇を尖らせて目を閉じる。湊はそれを見て「陸さんは何もしてないじゃないですか……」と、言った。
「陸。また、おしおき部屋送りにされるぞ」
「やだなぁ、一真さん。今のリーダーはおしおき部屋を使えないか弱い女の子ですよ。僕が一生守ってあげますよ。お礼はありがとうのチュウでいいですから」
「結構です!間に合ってます!」
 菜央がそう言って指を鳴らすと、おしおき部屋の扉が開き、陸がその中に引きずり込まれていった。
「陸君、何でいつもあんな事ばかり……」
 菜央は不満そうにそう言った後、征市を見た。彼が真剣な表情で考え込んでいるのが目に入ったからだ。
「相羽さん?どうかされたんですか?」
「ああ、実はあいつらが何のためにルーレット男を使ったのか疑問に思ったんだ。昔は要人の振りをするのに使ったみたいだが、今回、魂を入れ替えられたのは全員一般人だ。何のためにそんな事をするのかって思ってな」
「何か特別な事情があるのかもしれんな。調べてみよう」
 一真がそう言ってその場はお開きとなった。一つの疑問を残したまま、メンバーは解散する。

 智里を連れて念が教会地下の部屋に入る。
「失敗だったな」
 足音を響かせながら部屋に入った念はそう言って全を見る。その背後では、智里が申し訳なさそうな顔をして念に隠れていた。
「失敗したけれど、小生のせいじゃないわっ!」
「ご……ごめんなさい!」
 全の声に驚いたのか、智里は謝った後、大声で泣き始めた。春間は耳をふさぎながら、「だから巨乳の女は駄目なのだ。貧乳少女の泣き声ならばいい。それは天使のような可愛らしさがある。だが、巨乳の女の泣き声は駄目だ。びーびー泣くだけで芸術性がない」と持論を十也にぶつけていた。十也は「春間が何言ってるのか、全然聞こえないのだ!」と言っている。
「ち、智里ちゃんのせいじゃないわっ!お願いだから泣き止んで、ね?」
 全が優しく話しかけると、智里はようやく泣き止む。それを見て念が口を開いた。
「全、お前、人造デュエリストを作った研究所に興味はないか?」
「研究所?悪くないわね。でも、小生にそんな事をしている時間があるかしら?」
「心配するな。これも作戦の内だ。実はな……」
 全の耳に念の作戦が伝えられる。それを聞いた瞬間、髪に隠れた全の目が大きく開いた。
「念、それ……本当なの?」
「ああ、本当だ。この作戦をやるにはお前の力が必要だ。うまくいけばトライアンフを潰し、永遠様を復活させる事もできる。一石二鳥だ」
「最高の作戦ね」
 そう言うと、全は階段に足をかける。念が考えた最高の作戦を始めるために。

 『File.33 人形のプライズ』につづく
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

Twitter

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。