スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『コードD』File.33 人形のプライズ

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 全(ぜん)が作り出した新たな怪人、ルーレット男によって征市(せいいち)と菜央(なお)の魂が入れ替わってしまった。ルーレット男を倒さない限り、二人は元に戻る事ができないだけでなく、デュエル・マスターズカードを使う事すらできなくなってしまう。陸(りく)、彩矢(あや)、湊(みなと)の三人はルーレット男と護衛についている智里(ちさと)に挑む。彩矢によってルーレット男は倒され、その効果で入れ替えられていた人々の魂は元に戻った。だが、征市の心には何故、ルーレット男が人々の魂を入れ替えたのか、疑問が残ったままだった。

  File.33 人形のプライズ

 湊は、また夢の世界にいた。普段とは違う空気を纏った光景を見て、また何かが始まるのだ、とすぐに理解し、予知夢の世界を動いていた。白や黒などの様々な色に変わる周囲の色。それ以外、何もない世界を歩き続けていた湊は、遠くの人影を見つけた。湊は、その人影に近づきながら、その正体は何なのか考える。
 予知夢に登場するのはほとんどがプライズだ。人間の姿をしていても、それは湊と話すためにプライズが人間の姿をしているだけであって、人間が予知夢に出てくる事は少ない。今度はどんなプライズが助けを求めているのか考えながら、湊はもう少しで声をかけられる位置まで近づいた。
 そこにいたのは、膝を折り曲げて座っている少女に見えた。だが、よく見るとそれは人形だった。スカートから覗く脚から球体関節が見えている。等身大の人形といっていいほどに精巧に作られたその人形の顔は長い髪に隠れていて見えない。
 少女の人形が肩を小刻みに震わせているのを見て、湊は一歩近づこうとした。しかし、腕を引っ張られてその歩みを止められる。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは自分と同じ顔をした少女だった。予知夢の世界に現れるその少女は湊の腕を握ってまま、首を振る。
「あなたは、この子に近づいちゃ駄目」
 意外な一言が湊の耳に入ってくる。今まで、少女は湊に哀しいプライズを助けるように言ってきた。湊も予知夢で少女のお告げを聞きながらプライズを助けてきた。その少女が、今回はプライズに近づく事を許さなかった。
 湊は、人形を見る。その人形は今も肩を震わせている。湊には、その仕草が泣いているように見えた。
 湊は少女の顔を見ると、腕を振り切って言う。
「悪いけど、僕は君の忠告を聞けないよ。目の前で困っている哀しいプライズがいたら、助けなくちゃいけない。君に言われるからやるんじゃなくて、僕自身がやりたいからそうするんだ」
 湊は少女に背を向けて続ける。彼の脳裏に、今まで事件に関わってきた様々なプライズの姿が蘇ってくる。
「トライアンフに入ってから、僕は色々な事件を見てきた。悪い奴らに利用されるプライズもある。僕にはそんなプライズの声を聞く力も、助ける力もある。だから、僕はこの力を正しい事に使いたい。今回もそれは同じだよ」
 宣言を終えた時、少女は止めなかった。湊は人形に近づいて優しく声をかける。
「どうしたの?何か悲しい事でもあったの?」
 すると、少女の人形は肩を震わせるのをやめて顔を上げる。完成された美と、宝石を埋め込んだような瞳が湊を吸い寄せる。服には、大小様々な動物のぬいぐるみが縫い付けてある。
 人形はゆっくり立ち上がると、首を下げる。長い髪に隠れて、人形の顔は再び見えなくなってしまった。そして、人形は再び、肩を震わせた。声をかけようとして立ち止まる。
 小刻みに震えるその人形の口からくぐもったような声が聞こえたのだ。意味をなさないその声の正体は笑い声だった。人形は何を思ったのか笑い出した。
 湊が何も言えずに見ていると、人形は顔を上げて笑い続けた。青いルビーのような瞳に、茫然とした湊の顔が映る。その瞳に、自分の心の奥深くを見透かされているような気分になって、湊は一歩足を引いた。
「ねぇ……」
 人形の口がゆっくりと静かに動く。少女らしい高い声が湊の耳に無遠慮に入り込んでくる。少女は射竦めながら湊に一歩近づく。青い瞳は、少女のような姿の少年の姿を決して逃しはしなかった。獲物を捕える肉食の獣のような目つきで、人形はこう言った。
「あなたは、お人形さんじゃないの?」
 その一言を聞いて、湊はもう一歩後退した。そして、そこで急に足の力が抜け、後ろに倒れる。
 人形の声を聞きながら、少しずつ目の前が暗くなっていくのを感じた。目の前にいるのは哀しいプライズなのか、それとも、ただの奇妙な人形なのか。今までの予知夢で感じた事のない違和感を覚えながら、夢の中での湊の意識は途切れていった。

 湊は目を覚ますと勢いよく体を起こした。気温が下がってきたとはいえ、部屋の中は寒くない。寒くないはずなのに、体の震えが止まらず、体を両腕で強く抱きしめた。腕が壊れるくらい強く抱きしめても、震えが止まる事はなかった。
「あ……雨だ」
 湊は、外で降りしきる雨の音に気付いて窓を開ける。それを見ながら、体が震えるのは雨のせいであって、決して自分の予知夢のせいではないと言い聞かせる。
『あなたは、お人形さんじゃないの?』
「違う……。僕は、人形なんかじゃない!」
 夢の中で聞いた人形の笑い声が耳の中をこだまする。耳を塞いでもそれは同じだった。そして、人形が最後に問いかけた何度も脳内で再生される。
 自分が人形だと言われた事がひどく不快に感じられた。夢の中で湊は倒れて意識を失ってしまったが、今、夢の中に戻る事ができたのならば、この手で人形を壊していたかもしれない。人形をバラバラに壊し、二度と不愉快な言葉を口にできないようにしなければならない。
 そこまで考えた時、ドアを叩くノックの音が聞こえた。湊ははっとして耳から手を離し、顔を上げる。ドアを開く事なく、男の声が聞こえた。
「湊。起きてるか?」
「はい、おはようございます!」
 湊はドアの向こう側にいる同居人に答える。少し強い声で言ったのは、自分の中の奇妙な気持ちを吹き飛ばそうと、無意識の内に思っていたからなのかもしれない。
 湊の同居人、若月(わかつき)は湊の親でもなければ親戚でもない。若月が勤めている柳沢研究所は生物学の研究をしている。本来、湊はその研究所に引き取られた子供であり、若月はあくまでその研究所が選出した保護者に過ぎない。若月と同じ姓を名乗っていても、血のつながりはないのだ。
 湊は、何故、自分が若月の元で暮らさなければならないのか詳しい理由は判らない。だが、定期的に研究所で検査を受ける事と何か関係がある事くらいは理解している。
「昨日も言ったと思うけれど、今日から実験が大詰めになるから。研究所に泊まりになると思う。湊も、これから毎日学校が終わったらすぐに研究所に来てくれ。サークルの方には、しばらく出られないって話をしておいてくれよ」
 若月には、トライアンフの事は手品のサークルに入っていると報告していた。今、トライアンフから離れる事はできない。しかし、若月や柳沢研究所に養われている身だから文句は言えない。
「判りました。行ってらっしゃい」
 挨拶を終えてから、湊は自分の手を見る。自分の中に人形を壊そうという暴力的な考えが生まれた事に恐怖したのだ。
「何で、あんな事を思ったんだ?何で……」
 それだけ人形が不愉快な事を言ったのだ。しかし、何が湊を不愉快にさせたのか、彼自身にも判らなかった。
「あの子も……僕の前に来るのかな」
 哀しいプライズのために戦う。それが湊の信念だった。しかし、少女の人形が目の前に出てきたら、いつものような信念を掲げて戦えるか判らない。自分の心の中に生まれた黒い気持ちを感じながら、湊はベッドから出た。

 若月は雨が降った日に電車に乗るのが嫌いだ。ただでさえ気分の悪い満員電車の空気に、雨を纏った嫌な湿気が混じってより不快なものに変わっていくからだ。
 しかし、今日からしばらく研究所に泊まり込みなので今日だけ我慢すれば、その不快さから別れられると思うとそれほど苦ではなかった。
 若月は、もうすぐ三十歳になろうという男だ。未だに独身で、浮いた話の一つもない。それは彼の仕事が忙しく、恋愛に使っている時間がないと彼の周囲の人間は思っている。
 彼が勤めている柳沢研究所は、海に面した場所にある。屋外の休憩所は海が見える場所にあって、所員も行き詰った時はここで気分を入れ替える事が多い。雨の日の空気と同じように湿気を纏った空気が流れているのだが、若月は、近くには緑があって少し遠くには青い海がある光景が気に入っていた。
 柳沢研究所の鉄製の門の前まで来た若月は、門の近くに備え付けられたスリットのついた四角い箱にカードキーを通す。すると、門が開き、若月を迎え入れた。この研究所のセキュリティは強固で、所員以外の人物が入る事は非常に難しく、入ったとしてもすぐに追い出されてしまう。
 若月はロッカーで着替えを終えると、会議室に向かった。これから行われる重大な実験についての会議が始まるのだ。
 会議室には既に何人かの所員が入っていた。若月が着席した後も、所員が入ってくる。最後に所長の柳沢が一人の男を連れて入ってきた。柳沢は若月よりも二回り年上の男だ。過去にこの分野で天才として名を轟かせた人物で、若月がこの研究所への就職を希望したのも、柳沢が書いた論文に触発されての事だった。
「諸君、おはよう。我々が長い間進めてきた研究が大詰めを迎えている。今までいくつもの試作品が生まれては消えていった。その中で最も完成度が高かった試作品は二体。その内の一体は若月君のところにいたね」
 柳沢の視線を受けて、若月は頷く。
「今こそ、我々の願いがかなう時が来た。この実験が成功すれば、我々の中から悲しみは消える。我々だけではない。全ての人々が悲しむ事なく暮らせるようになるのだ」
 柳沢は、そこまで話すと隣にいた男を見る。顔の上半分を白い布で隠し、黒と白のツートーンカラーの服を着た男、全は所長のアイコンタクトを受けて所員を見た。
「所長さんからも聞いていると思うけれど、自己紹介させてもらうわ。小生が魔道書同盟の全よ。小生の知識を貸すから、それを使って絶対に実験を成功させましょうねっ!」
 所員も事前に話は聞いていた。この実験を成功させるためには魔法の力が必要で、ここの研究に興味を示した魔法使いが来るという話だ。
 全の服装は奇妙だったが、所員はそれに驚く事なく、会議が終わるとそれぞれの仕事を始めた。全は柳沢所長と共に研究所の中を歩き始めた。
「所長さん、約束通り、小生に人造デュエリストの研究、開発に使った設備を見せてくれるのねっ!」
「もちろんです。魔法の力を貸していただく代わりに、我々は研究の成果をあなたにお見せする」
「すばらしいギブアンドテイクだわっ!」
 全が柳沢所長に連れられて入ったのは、金属製の巨大な扉の中だ。そこは、教会地下にある全の研究設備と同じように巨大なガラス製のシリンダーが並べられていた。全の研究設備と違うのは、柳沢研究所のシリンダーの数が教会地下のカプセルの数よりも少ない事。そして、シリンダーの中に入っているのが怪人ではなく、人間であるという事だった。
 全は、シリンダーの一つに近づくと、うっとりした表情でそれに頬ずりする。
「いいわ、この研究所。ここで得た知識を使って最強の怪人を作り上げてやるわっ!」

「これがその人形です」
 トライアンフの事務所。そこに集まった一真(かずま)、征市、陸に菜央はノートパソコンの画面を見せる。そこには、長い髪の少女の写真が写っていた。写真は一枚だけではなく、アングルを変えて撮ったものや、ポーズを変えて撮ったものもある。陸はそれらの写真を見て
「ローアングルで下着が見えるように撮った写真はありませんか?」
と、聞いたためすぐにおしおき部屋に送られた。事務所に入ってきた湊は、閉じたおしおき部屋の扉とその中から聞こえる陸の悲鳴を聞いて肩を震わせたが、すぐに「またか」という顔をした。陸がおしおき部屋に閉じ込められる光景が日常茶飯事になりすぎて慣れてきたのだ。
「菜央さん、ちょっと話がるんですけど……」
 メンバーに挨拶を終えた湊は、若月に言われた話を伝える。湊がしばらく休む事を聞いて、彼らは少し寂しそうな顔をしていた。
「でも、家の事情なら仕方ないな。俺達だけで何とかするから、心配しないで実験の手伝いを頑張れよ」
 征市は、そう言うと笑顔で湊の肩を叩いた。菜央も湊の顔を見て頷く。
「私達の事は心配しないで下さい。若月さんがトライアンフに入った頃に比べて、今は戦える人が増えましたから。しばらくこっちの事は忘れてそちらに専念して下さい」
 陸もおしおき部屋から出てきて
「そうそう!人造デュエリストの変態男が「妹萌えー!」とか言ってここに来るかもしれないから、その研究所にいた方が安全かもね。これからは先輩の僕達に任せときなよ!」
と、言った。
「みなさん、ありがとうございます。できるだけ早く帰って来られるようにがんばりますから!」
 湊はその場にいる全員を見て言った。その時に、湊の目に菜央のノートパソコンの画面が映る。一瞬だったが、湊は画面にあった存在に気がついた。それは予知夢に出てきた人形と全く同じ物だったのだ。
「その人形……。どうかしたんですか?」
 無視して研究所に行く事もできたが、気になるのも事実だ。湊は菜央に人形の詳細を聞いた。一真がそれに答える。
「とある金持ちが所持していた人形のプライズだ。人形と言っても手に持てるサイズじゃない。子供くらいの身長の等身大の人形だ。写真を見れば判るが、精巧に作られている。だが、この人形の価値は大きさにあるわけでもなければ、完成度にあるわけでもない。この人形は自分の意思で動くんだ」
「呪われているって事ですか!?」
 陸は、驚いた顔で一真に聞いた後、「ナンマンダブ、ナンマンダブ」と言って手を合わせていた。
「呪われているわけじゃない。自分の意思で考え、行動するというだけだ。誰かに危害を加えるようなプライズじゃない。所有者も自分の娘のように可愛がっていた。それが突然、消えてしまったんだから、驚くよりも先に悲しみが来るだろう」
「え?いなくなってしまったんですか?」
「そうだ。その人形を探して連れて帰るというのが魔法警察を通して俺達に来た依頼だ。いなくなったのは今朝だ。所有者の家はQ区内だから、遠くへは行っていないはずだ。人形のプライズは家を出る時にデッキも持って出て行っている。だから、魔法警察ではなく俺達の出番だ」
 最後の言葉は、湊だけでなく征市と陸を含めた三人に向けてのものだった。征市と陸は、それに頷く。
「セーイチさん、急ぎましょう!自分の意思で動いてしゃべれる人形が悪の手に渡ったら大変です!早く取り戻して乳酸菌飲料を飲ませてあげなくちゃ!」
「待て。何で乳酸菌飲料を飲ませるんだよ?大体、人形だから飲まないだろ?」
「最近の人形はグルメなんですよ。それに、こういう人形が乳酸菌飲料を飲んだら巨乳になると言われているんです!きっと、リーダーみたいなナイスな巨乳になりますよ!」
 そこまで言った瞬間、陸は再び、おしおき部屋に閉じ込められた。征市は「いい加減、学習しろよ」と、呟いた後
「俺は、彩矢と連絡を取って探してみる。陸がおしおき部屋から出たらそう伝えてくれ」
と、言って事務所を出た。その間、湊は画面の中の人形のプライズを見ていた。
「この人形が気になりますか?」
 視線に気がついて菜央が話しかける。湊は、この人形に関わるべきかどうか迷った。予知夢の中で少女に警告もされている。しかし、こうやって自分の前に出てくるという事は、関わらないように努力したとしても意味がないのかもしれない。湊の意思に関わらず、予知夢に出てきたプライズは彼の前に現れた。今回も、人形のプライズが湊の前に現れる運命だったのだ。
「僕も調査に協力させて下さい」
 湊は顔を上げて菜央に頼んだ。面喰った顔で菜央が聞き返す。
「いいんですか?研究所に迷惑はかかりませんか?」
「そうかもしれないけど……。今日だけは僕も手伝います」
「よく言った!」
 その言葉と共に陸がおしおき部屋から出てきた。体はボロボロだが、その顔と目が輝いている。
「湊君!一緒にかわいい人形を見つけて乳酸菌飲料を飲ませよう!」
「乳酸菌飲料は関係ないじゃないですか」
 陸の変な理屈に付き合いながら、湊は事務所を出た。

 暗い部屋の中で、幻(げん)は携帯電話の画面を春間(はるま)に突き付けた。幻の突然の行動に驚きながら画面を見た春間は驚いてそこに映っていたものを食い入るように見ていた。
「幻様。この少女は一体……」
「少女じゃないよ。人形のプライズ、マリアンヌさ。金持ちの家から家出したらしい」
「なるほど。薄汚い成金が金に物を言わせて可憐な人形を奪い取ったのですね。薄汚い野郎だ!屑め!」
 春間は、勝手に所有者の姿を想像し、想像上の所有者の人格を否定している。それを見て半ばあきれたような顔をしながら、幻は話を続けた。
「所有者はトライアンフに捜索を依頼したらしい。というのも、最初は魔法警察に依頼したんだけれど、マリアンヌは家にあったデッキを持ち去ってしまったから魔法警察では手に負えなくなってしまったのさ」
「きっと、所有者から逃れるために持って行ったのでしょう。己の運命を切り開こうとするその意思!私の妹にふさわしい!」
 春間はそう言って立ち上がると、幻を見て聞いた。
「幻様!マイシスター、マリアンヌの場所はどこですか?いえ、聞かずとも判ります。私は全ての妹のお兄ちゃんですから、妹が発する祈りを感じ取る事ができるのです!むむっ!判ったぞ、こっちか!」
 春間は、幻の答えを聞く事なく階段に向かって走り出した。そのまま、勢いをつけて上っていく。
「待っていろー!悪い奴らに誘拐される前に、お兄ちゃんが苺大福を持って駆けつけるからなー!」
 消えて行く春間の声を聞き、幻は
「人形だから苺大福を食べるとは思えないな」
と、誰に当てたものでもない言葉を発する。そして、背後にいた念(ねん)を見て、「ねぇ?」と、同意を求めた。
「幻、何の真似だ」
「彼にも羽を伸ばす時間をあげなくちゃいけないんじゃないかと思ってね。全は好きな研究をしているし、智里もこの間、外を歩き回って満足している。君も、相羽征市と戦って楽しんだじゃないか」
「春間にも楽しむ時間を与えろ、という事か?」
「彼のやる気を引き出してやっただけさ。今ならトライアンフのメンバーを倒してくれそうじゃないか?それだけのスペックはあるんだろう?」
「もちろんだ」
 念は、低い声で答えると春間を追うように階段に足をかける。その背中に幻が声を投げかけた。
「僕も全が行った研究所に行くよ。君が言った計画を実行する手伝いをしよう。トライアンフの奴らに邪魔されないようにしないとね」
「気をつけろ。奴らが今回の計画の真の目的に気付くとは思えないが慎重に行動しろ」
「判ってる」
 幻は、念の言葉に答えて携帯電話の画面を見た。
「こういう珍しいプライズに興味があるのは、春間だけじゃないって事さ。自分で動かなくっていいのは楽だね。期待してるよ」
 幻はにやりと笑うと携帯電話をポケットにしまって近くのソファに寝転んだ。

 陸と湊は、周囲の様子を観察しながら歩いていた。長い間歩いていたため、Q区から離れ、市営地下鉄で一駅離れたK内近くまで来ていた。
「セーイチさんの方はまだ見つからないんですね。判りました。見つけたらちゃんと乳酸菌飲料をあげるんですよ!いいですね!?」
 念を押すような口調で、征市達との連絡を終えた陸は携帯電話をしまった。
 今回の陸は気合が入っていた。首からは双眼鏡を下げ、遠くまで観察している。手には乳酸菌飲料が入ったビニール袋を抱えている。それは、途中で立ち寄ったコンビニで買ったものだ。
 額に皺をよせながら歩き、時折、双眼鏡を覗く陸の行動は目立つ。そうでなくても、陸は女性の目を引く外見をしているのだから余計目立ってしまう。そのため、湊は知り合いだと思われないように少し離れて歩くのだが、陸が何度も湊の名を呼ぶため、その努力も全て無駄になってしまった。
「ん……?あれは!」
 双眼鏡を見ていた陸は、驚いたような声を出す。そして、手を振って湊を呼んだ。
「湊君、いたよ!人形のプライズだ!」
 湊も、陸が見ていた方向を見る。そこは、中華街の入り口近くだった。中華街の中にある湯気の立つ肉まんを見ている一人の少女の姿が目に入る。
 いや、それは少女ではない。よく見ないと気がつかないが、それは少女ではなく人形だ。湊の予知夢に現れ、菜央のノートパソコンの画面に映っていた人形のプライズがそこにいた。
「間違いない。人形のプライズだ。肉まんを見ているって事は、肉まんを食べたいって思ってるのかな?いつか、君は自分の胸にある二つの肉まんで男達を魅了する事になるだろう」
「人形が成長するんですか?ふざけてないで、行きますよ!」
 陸に呆れながら湊は一歩踏み出す。だが、その前に一人の男が立ちふさがった。黒ずくめのロングコートの男、春間だ。春間は、湊を見ると「ああ」と感嘆のため息を漏らし、言葉を紡いだ。
「また会ったね、マイシスター!今日も可憐だ!」
 春間は、感激したような声でそう言って湊の手を取った。だが、すぐに彼の整った顔が曇る。
「しかし、残念だ!君との時間を楽しみたいのだが、今日は別のマイシスターを追い掛けているのだよ。移り気なお兄ちゃんを許しておくれ」
「湊君から離れろよ、変態!」
 陸が話に割って入り、春間の手を取る。春間は「触るな!」と言って陸の手をはねのけた。
「お前なぁ……。湊君、嫌がってるじゃないか。それに別のマイシスターって、お前のマイシスターは何人いるんだよ!」
「十二人いればいいと思っている!」
「十二人もいるなんておかしいよ!」
 陸は春間に突っ込んだ後、人形のプライズがいる場所を見た。同時に春間もその場所を見る。同時に同じ場所を見たため、二人はそれぞれの目的に気がついた。
「なるほどね。かわいい少女の人形だから、気色悪い変態が狙うのは予想していたけれど、ここまで気持ち悪い奴が現れるとは予想外だったよ。こんな奴に狙われて可哀想に」
 陸の言葉を聞いて、春間の眉が動く。挑発に対して挑発で返すように春間も口を開いた。
「私を馬鹿にしているのか?確かに、可哀想だ。可哀想なマリアンヌよ。こんな変態に狙われないように、お兄ちゃんがこの屑を葬ってやるから安心して明るい日の光の下を歩くのだ。大体、お前!手に持っているそれは何だ!」
「乳酸菌飲料だ!女の子の人形に飲ませるなら乳酸菌飲料だって決まっているじゃないか!これを飲んで巨乳になってもらうんだ!」
「ふざけるな!また、お前は巨乳、巨乳と……!貧乳の素晴らしさが何故、判らんのだ!?それに人形に乳酸菌飲料を与えるな、この馬鹿者が!巨乳になってしまったら、全世界の損失ではないか!ここは苺大福を与えるのが正解だ!」
 そう宣言して、春間はコートの前を開き、裏地のポケットから苺大福を取り出した。陸はそれを見て
「は?馬鹿じゃないの?人形に与えるのに苺大福なんてありえないよ。乳酸菌飲料以外なんて絶対にありえないね!」
と、嘲笑を含んだ声で言う。
「馬鹿は言っても理解できんようだな」
 春間は苺大福をしまうと、別のポケットからデッキケースを取り出した。陸もそれに対抗するようにループタイのドクロを光らせ、デッキを取り出す。
「最初からこうすればよかったのだ。巨乳、巨乳などと叫ぶ馬鹿に人間の言葉が通じるわけがないのだからな。これで勝った者があの少女の人形、マリアンヌを妹にする権利を手に入れる!いいな!?」
「貧乳、貧乳と狂ったように言う馬鹿にしてはいい案じゃないか。勝つのは僕だ!」
「人形の妹、マリアンヌよ。今、お兄ちゃんが助け出してやる!」
 闘志のこもった二人の前に、五枚のシールドが現れる。それぞれ、五枚のカードを引いてデュエルが始まった。
「湊君!ここは僕に任せて人形のプライズの元へ急ぐんだ!」
 戦いながら、陸は湊に指示を出す。
 湊はそれを聞くまで、陸が本気で馬鹿な事をしていると思っていた。しかし、その言葉を聞いた湊は、陸が春間を引きつけるためにやった演技だと思い始めた。
「陸さん、気をつけて下さい!」
「大丈夫!巨乳を馬鹿にしたこいつに捌きの鉄槌を下してやるのさ。巨乳を馬鹿にする屑には死の鉄槌を下してやる!」
 湊の考えは外れた。陸は春間を引きつけていたのではなく、ただ、春間の言った事が気に入らなかっただけなのだ。
「……行ってきますね」
 そう言って、湊はその場を離れて行く。それを悲しそうな顔をした春間が見ていた。
「おお、マイシスター。これからこの愚か者に制裁を加えるというのに行ってしまうのか」
「何が制裁だ!すぐにやっつけてやるよ!」
 《電脳封魔マクスヴァル》を召喚し、陸が動き出す。それを見て、春間も一枚のカードを場に出した。そのカードが変化し、金色の鎧と剣へと変化する。
「《グロリアス・ヘブンズアーム》。私が使うクロスギアの一つだ」
「光のクロスギア……?こいつ、防御型のデッキか?」
 春間が場に出した鎧のクロスギア《グロリアス・ヘブンズアーム》は、クロスしたクリーチャーが相手のシールドを攻撃した時にブロックされずに攻撃を通した場合、シールドの枚数を増やす能力を与える。クロスしたクリーチャーを放置すれば、半永久的にシールドを増やす事も不可能ではない。
「でも、クロス先のクリーチャーがいなければ意味がない。使う前に全部のクリーチャーを除去してやるよ!」
 陸は《ブレイン・チャージャー》を使って手札とマナを増やす。それを見た後、春間もカードを場に出した。光に包まれて現れたのは、銀色の曲線的な鎧だった。二つ目のクロスギアの登場に陸は驚く。
「私が使うのは《グロリアス・ヘブンズアーム》だけではない!お前が除去をメインにするのであれば、この《ペトリアル・フレーム》で耐性をつける!」
 春間が出した二つ目のクロスギア《ペトリアル・フレーム》は、クロスしたクリーチャーに呪文やクリーチャーの能力の対象として選ばれなくする能力を与える。陸のデッキに入っている《デーモン・ハンド》や《威牙の幻ハンゾウ》の除去が通じなくなってしまうのだ。
「僕の得意な攻撃が通用しないって事?これは……かなりきつい」
「もちろん、クロスギアだけではない。私はこれらのクロスギアをクロスするのにふさわしい最高のクリーチャーを用意している。貧乳の素晴らしさを理解しなかった事を後悔するのだな!」
「何!?」
 二つの強力なクロスギアを見て陸は弱気になっていたが、春間の言葉を聞いて声を荒げた。
「相変わらず、貧乳、貧乳って……そんなくだらない事ばかり言ってる奴に負けるか!」
 腹の底から声を絞り出し、陸はカードを引く。
 互いの主張はいつまでも平行線のままだ。譲れない強い信念をぶつけながら、戦いは続いた。

 人形のプライズは中華街を出ると、近くの道を歩いていた。広い路地へ出た時、湊は少女の人形に早足で近づき、肩に手を置いた。人形は驚いて振り返ると、青い瞳で湊を見た。
「君、人形のプライズだよね?」
「そんな名前じゃないわ。わたしの名はマリアンヌ。人形のプライズなんて呼ばないで」
 自らマリアンヌと名乗った人形は、高い声で話しながら湊を見つめ続けていた。
「お父様に言われて来たの?」
「そうなんだ。早く帰ろう」
 湊の説得を聞きながらマリアンヌは微笑む。そして、一歩後ずさった。
「待って!行かないでよ!何か不満な事でもあるの?」
 そこまで言って、湊は思い出す。湊の予知夢に現れるプライズは、自分の力ではどうにもできない事を解決するために夢に出てきた。マリアンヌも、他のプライズと同じように湊の力を求めているのかもしれない。
「不満なんてないわ」
 しかし、マリアンヌの答えはあっさりしたものだった。完成された美しさの上に貼り付けられた変わる事のない表情で少女は笑う。そして、湊の反応を見た後、少し声色を変え
「がっかりした?わたしを止めたいの?」
と、聞く。
「そうだよ。だって、君のお父さんが悲しんでいるんだ。早く帰って安心させてあげなくちゃ」
「そうね。あなたの言うとおり。でも、聞きたくない」
 マリアンヌはそう言うと笑いながらスカートについたぬいぐるみに手を入れる。その中から出てきたのはデッキケースだった。
「力づくで止めてみたら?」
 シールドを展開するマリアンヌの言葉に呼応するように、湊もデッキを取り出し、緑色の壁を目の前に並べた。
「女の子みたいな男の子。こんな子、初めて見た」
 舌っ足らずな声で話しながら、マリアンヌはペンギンのようなクリーチャー《森の特攻隊長ペンペン中尉》を召喚した。場を跳びまわりながら、湊を威嚇している。
「ドリームメイトのデッキ?急がないと大変な事になりそうだ」
 《ペンペン中尉》のようなかわいらしい動物の種族、ドリームメイトは軽量で数を増やす事に長けている。放っておくとあっという間に増殖し、相手のシールドを一斉に叩き割る事もある。
「だったら、僕はそれよりも早く切り札を出す!《西南の超人(キリノ・ジャイアント)》召喚!」
 緑色の肌と同色の鎧、そして、黒い色の袴の巨人《西南の超人》は場に出ると、腰の鞘から刀を抜いて《ペンペン中尉》を威嚇した。《西南の超人》は4コストのクリーチャーだ。本来なら、次の4ターン目に出るクリーチャーなのだが、湊のマナゾーンには既に四枚のカードが置かれている。何故なら、湊は前のターンで《フェアリー・ライフ》を使ってマナを増やしていたからだ。
「大きいねぇ……。じゃ、この子の出番!」
 マリアンヌのカードが赤い光を発して場に出る。そのカードは両手に巨大なナイフを持ち、赤い服を着た獣《早食王のリンパオ》が現れた。《リンパオ》は足早に湊のシールドに近づくと、持っていたナイフでそれを細切れにしてしまった。
「《リンパオ》はスピードアタッカーなの。早食いが大好き」
 《リンパオ》が細切れにしたシールドの欠片は一つに集まり、カードの姿に戻って、湊の手元に跳んでいった。シールド・トリガーではなかったが、それを見て湊の目の色が変わった。
「君の攻撃に少し感謝しなくちゃいけないね。僕が欲しかったカードが今、手元に来た」
 湊はマナゾーンにカードをチャージし、すぐにそこにある五枚のカードをタップする。そして、《リンパオ》の攻撃を受けて手札に戻ったシールドを場に投げた。
「《剛撃戦攻ドルゲーザ》召喚!」
 地面を突き破って、青い水棲生物を下半身に持つ緑色の巨人が現れる。上がジャイアント、下がアースイーターの《剛撃戦攻ドルゲーザ》は巨大な拳で地面を殴る。すると、湊の山札の上のカードがその勢いで三枚飛び、湊の手元に入った。
「《西南の超人》はジャイアントのコストを2下げる。そして、《ドルゲーザ》はジャイアントとアースイーターの数だけ自分のコストを下げ、カードを引く能力を持っている。つまり、今、《ドルゲーザ》のコストは5になっている!」
 湊はカードの能力を説明した後、《西南の超人》に目を向ける。ターゲットは攻撃して隙を見せた《リンパオ》だ。
「《西南の超人》で《リンパオ》を攻撃!」
 《西南の超人》の薙ぎが《リンパオ》に襲いかかる。《リンパオ》は両手のナイフでそれを受け止めるが、サイズが違いすぎる。《西南の超人》の刀が振り抜けた瞬間、二本のナイフは宙を舞い、《リンパオ》は地面に叩きつけられた。
 すると《リンパオ》は赤い光を出してカードの姿に戻る。それを見た《ペンペン中尉》はホイッスルを吹き、両手に持っていた鉄砲を打つ。すると、カードに戻った《リンパオ》はマリアンヌのマナゾーンへ飛んでいった。飛んでいくカードを見ながら《ペンペン中尉》はマナゾーンに敬礼する。
「《ペンペン中尉》は、仲間思い。倒れていったドリームメイトをマナに変えてあげるの」
 可愛らしい仕草で口元に手を当てたマリアンヌは、マナゾーンに一枚のカードを置く。これで、彼女のマナのカードは五枚になった。
「見せてあげる。ドリームメイトの将軍様を」

 陸の目の前で、山札のカードが弾き飛ばされていく。見えない力によって弾き飛ばされた五枚のカードは墓地に飛んでいった。
「これが、我が切り札《猛菌魚雷ヤサカノフカ》の力だ。シールドを食らい、さらに反撃する力までも奪う!」
 春間の声と共に、何もなかった場所から細長く伸びたクジラのような姿のクリーチャーが現れる。その体には《ペトリアル・フレーム》が、そして、尻尾には《グロリアス・ヘブンズアーム》がついていた。首からマントのように下げたクロスギア《インビジブル・スーツ》が《猛菌魚雷ヤサカノフカ》の姿を覆い隠したため、陸の《マクスヴァル》はその攻撃を防げなかったのだ。
「何が起こったんだ。僕の山札が破壊された?」
「その通りだ」
 陸が自分に聞くような声で呟いた疑問に春間が答えた。切り札の能力を自慢するように解説を続ける。
「私の切り札《ヤサカノフカ》の能力はシールドブレイク時に発生する余剰エネルギーを利用して使われる技、ブレイク・ボーナスだ。ブレイク・ボーナスはシールドブレイク後に《ヤサカノフカ》が残っていればブレイクしたシールドの数だけで特殊能力が行えるというもの。《ヤサカノフカ》はブレイクしたシールド一枚につき、相手の山札の上から四枚を墓地に送る事が出来る!」
「《ヤサカノフカ》はW・ブレイカーだから能力を二回使えた。それで八枚が墓地に行ったのか」
 陸は悔しそうな顔でしばらく自分の墓地を見ていたが、諦めたようにかぶりを振るとカードを引く。
 現在、陸の場には《マクスヴァル》が一体、《ガル・ヴォルフ》が一体いる。シールドは残り一枚だ。
 春間の場にいるクリーチャーは《ヤサカノフカ》のみ。しかし、各種クロスギアで強化されているため、《ガル・ヴォルフ》の攻撃でも、除去呪文でも破壊する事ができない。シールドは三枚残っている。
「ブレイク・ボーナスか。すごい能力だ」
 陸は扇状にして手札を広げると、それを見ながら呟いた。既に有頂天になっていた春間は、得意そうな表情を緩めて
「そうだろう、そうだろう!貧乳を愛しているからこれだけの事ができるのだ!お前も悔い改めて貧乳を愛するのだ!そして、美しき妹を追い求めろ!」
と、力説した。
「やなこった」
 陸は、手札から一枚のカードを引くと春間を見る。右手の指でそのカードを持ちながら、挑発的な笑顔を相手に向けていた。
「貴様!この期に及んで何をふざけた事を……!」
「ふざけてなんかいない。《ヤサカノフカ》のブレイク・ボーナスは確かにすごいけれど、僕の切り札のブレイク・ボーナスの方がもっとすごい!」
 陸はマナゾーンのカードを六枚タップする。そして、右手で持っていたカードに全ての黒いマナを注ぎ込んだ。陸の指からカードが離れ、それが《ガル・ヴォルフ》に刺さって黒い光を発する。
「出でよ、切り札……。《死神明王XENOM(ゼノム)》!!」
 黒い光が消え、巨大なデーモン・コマンドが現れた。一対の巨大な翼を広げた時、黒い羽根が舞い落ちる。右手には《悪魔神バロム》の胸像を取りつけた杖を持ち、《ヤサカノフカ》なら片手で握りつぶせるほど巨大な左の掌には見る者の心を凍りつかせるような目があった。
 陸の切り札《死神明王XENOM》の出現に、今まで余裕を見せていた春間は初めて怯えたような顔をした。
「《XENOM》でT・ブレイク!!そして、ブレイク・ボーナスだ!」
 《XENOM》が杖を横に薙ぐと、春間のシールドが全てブレイクされる。そして、左手の掌から黒い光弾が発射されて春間の手札、三枚を弾き飛ばした。弾き飛ばされたカードは全て墓地に置かれる。残りの手札が一枚になってしまった春間は呆然とした表情で手札と墓地を見ていた。
「一体、何をした?ブレイクされたシールドは手札に戻る。それがデュエル・マスターズの原則だ」
「それをぶち破るのが《XENOM》のすごいとこさ。こいつのブレイク・ボーナスは、ブレイクされたシールド一枚につき、相手の手札を捨てる能力。シールドをそのまま墓地に送る能力に比べるとちょっとインパクトに欠けるけれど、相手の反撃の目を摘み取るのが大好きなんだ」
 陸は冷たい目で春間を見ていた。春間は深い息を吐いて冷静さを取り戻すと
「これで勝ったと思うなよ!」
と、言って、場に節足動物のような脚を持つアースイーター《ストーム・クロウラー》を召喚する。《ストーム・クロウラー》の脚の一つが、春間のマナゾーンのカードを一枚、弾く。そのカードは春間の手元に戻っていった。
「《ストーム・クロウラー》はマナのカードを回収できるブロッカーだ。お前の《デーモン・ハンド》で破壊されないようにこうする」
 春間は残っていたマナゾーンのカードを三枚、タップする。光り輝く金のマナが《ヤサカノフカ》の体にクロスされていた《ペトリアル・フレーム》に注がれる。すると、《ペトリアル・フレーム》は分離し、《ストーム・クロウラー》の体に融合した。
「これで《ストーム・クロウラー》に除去呪文は効かなくなった!《ヤサカノフカ》で最後のシールドをブレイク!」
 《ヤサカノフカ》が吠えると、《インビジブル・スーツ》が《ヤサカノフカ》全体を覆い尽くす。その瞬間、《ヤサカノフカ》はその場から消えた。次の瞬間、陸の最後のシールドがブレイクされ、山札の上のカードが四枚、見えない力によって弾き飛ばされた。
「山札が残り少ないな。だけど、これで決着をつける!」
 陸がマナをタップし、一体のクリーチャーを召喚する。全身にある様々な腕で大量の黒い剣を持つデーモン・コマンド《魔刻の斬将オルゼキア》だ。《オルゼキア》は、《マクスヴァル》に剣を突き刺すと春間の場に投げつける。《マクスヴァル》の肉体は爆発し、その体から黒い剣が飛び出した。黒い剣は、《ヤサカノフカ》と《ストーム・クロウラー》に雨のように降り注いだ。
「あの世で神様に懺悔しな。……いや、違うな。地獄で巨乳の女神様に土下座して謝れ!!《XENOM》でとどめだ!」
 《XENOM》の光弾が春間に向かって飛ぶ。しかし、黒い影が光弾の前に現れ、拳一つでそれを砕いた。
 驚いた陸がその場を見ると、そこには念が立っていた。征市を倒すほどの実力を持った念の出現に、陸は驚き、身構えた。
「帰るぞ」
 念は、春間のカードを全て回収すると陸に背を向けてそう言った。湊に聞いていた時と同じで、念は陸に興味を示す事なく結界を破って去っていく。春間もそれに続いたが、結界を出たところで一度振り返る。
「いいか!次こそは貧乳の方が巨乳より優れている事を証明してやる!首を洗って待っていろ!」
 陸には、もう春間の言葉は聞こえていなかった。念の圧倒的な力に立ちすくんでいたのだ。
「やっぱり、僕でも相手にならないか。戦えって、言われても困るけどね」
 陸はカードを全てデッキケースに戻ると、湊を追うために歩き始めた。

「あはは!がんばれ!《ケンジ・パンダネルラ将軍》!」
 マリアンヌの切り札《独裁者ケンジ・パンダネルラ将軍》が、持っていた巨大な斧を振り回した瞬間、マリアンヌの山札の上のカードが突風によってめくられる。すると、そのカードは緑色の光を発し、《ペンペン中尉》となって場に飛び出した。
 《ケンジ・パンダネルラ将軍》は、攻撃時に山札の上のカードをめくり、それが進化でないドリームメイトかビークル・ビーであればコストを支払わずに場に出す能力を持つ。この進化クリーチャーがいる限り、ドリームメイト軍団は増殖し続けるのだ。
「それっ!W・ブレイク!」
 《ケンジ・パンダネルラ将軍》の斧が湊のシールドを二枚破っていく。これで、湊のシールドの残りは二枚だ。
 湊の場には、《西南の超人》が一体と《ドルゲーザ》が一体いる。マリアンヌの場には、《ケンジ・パンダネルラ将軍》と《ペンペン中尉》が一体ずついた。シールドは残り一枚だ。
「これ以上攻撃はさせない!《西南の超人》を二体召喚!」
 《西南の超人》が場に並んでいく。《西南の超人》のコストダウン能力によって二体目は2コスト、三体目は1コストで場に出た。
 さらに湊はマナゾーンのカードを一枚タップして召喚したばかりの《西南の超人》に一枚のカードを投げて進化させた。現れたのは、頭上に太陽に似た球体が浮いた、緑色のオーラのようなクリーチャー《宇宙巨匠ゼノン・ダヴィンチ》だ。
 それだけでは終わらず、湊はマナゾーンのカードを三枚タップし、《ゼノン・ダヴィンチ》に一枚のカードを投げつける。カードから発せられた緑色の光が《ゼノン・ダヴィンチ》を包んだ瞬間、その場に風が吹き荒れた。巨大な台風のような風の中で緑色の光が消え、風神のような姿の進化クリーチャー《神羅トルネード・ムーン》が現れる。
「僕の切り札が全て揃った!《トルネード・ムーン》で《ケンジ・パンダネルラ将軍》を攻撃!」
 《トルネード・ムーン》の風を纏った拳が《ケンジ・パンダネルラ将軍》を狙う。《ケンジ・パンダネルラ将軍》は斧を盾のように使ってそれを防いだが、力の差は歴然としていて結局、巨大な拳に押しつぶされてしまった。
 間髪入れずに《ドルゲーザ》がシールドを狙って動き出す。
「駄目。シールドには触らせない」
 マリアンヌがそう言って一枚のカードを場に投げる。鋭敏な戦闘機のような姿のクリーチャー《光牙忍ハヤブサマル》だ。《ハヤブサマル》は《ドルゲーザ》の拳をその身で受けてシールドを守る。
「だけど、そのブロックは無駄だ!《トルネード・ムーン》の効果発動!」
 まるで、衝撃波が《ハヤブサマル》の体を突き抜けたようにシールドに《ドルゲーザ》の拳の跡が現れ、二枚のシールドが砕ける。《トルネード・ムーン》が場にいる間、ジャイアントがブロックされた時、その効果でジャイアントはシールドを二枚ブレイクするのだ。
 これで、マリアンヌのシールドは0。残っていた《西南の超人》で攻撃すれば勝てる。
 湊が《西南の超人》に攻撃を命じようとした瞬間、《西南の超人》は膝をついて倒れた。彼の周囲には金色の光が漂っている。湊がその光が出た方向を追うと、マリアンヌのシールドにたどり着いた。シールド・トリガーで攻撃を止められたのだ。
「シールド・トリガー《スーパー・スパーク》。まだ終わらないよ!」
 マリアンヌは、すぐに一体のクリーチャーを召喚する。コアラのような外見をしたクリーチャー《森の指揮官コアラ大佐》だ。《コアラ大佐》が出た時、マリアンヌは光と火のマナをタップした。それによって、《コアラ大佐》の体が金色の光に包まれ、両腕が炎のように赤い光に包まれた。
「《コアラ大佐》は、場に出た時マナゾーンのカードをタップして攻撃できないクリーチャーを攻撃できるようにしたり、W・ブレイカーにしたりできるんだよ。もちろん、《コアラ大佐》を攻撃できるW・ブレイカーにしてもいいの。これで終わりだよ!」
 マリアンヌの高い声を聞いて《コアラ大佐》が飛び出す。赤くなった両の拳が湊のシールドを二枚砕いた。
「あとは、《ペンペン中尉》で――」
「いや、これで僕の勝ちだ!」
 湊が叫んだ瞬間、《ペンペン中尉》の体が緑色のツタのようなもので覆われる。シールド・トリガー《ナチュラル・トラップ》だ。効果で《ペンペン中尉》がマナゾーンに飛んでいった瞬間、湊とマリアンヌの視線が合った。
「負けちゃった」
「うん、そうだね。だから、帰ろう」
「……うん!」
 しばらく無言で考えていたマリアンヌは、元気のいい声で湊に答えた。

 その後、湊は魔法警察に連絡し、彼らが来るのを待った。魔法警察のパトカーが来るのを待ちながら、湊はマリアンヌが家を出た理由を聞いた。彼女が家を出た理由は単純なもので、「外の友達が欲しかった」というものだ。マリアンヌは大事に扱われたが、傷をつけられるのを恐れた所有者が外に出す事を許さなかった。そのため、今回、強硬手段に出たのだ。
「帰ったらお父様に謝らなくちゃ」
「そうだね……」
 マリアンヌの言葉を聞きながら、湊は満足感を味わっていた。予知夢の中で少女はマリアンヌに近づいてはいけないと警告し、マリアンヌは湊を不快にさせる一言を発した。しかし、実際にマリアンヌは湊を不快にさせるような言動を取らなかった。マリアンヌもまた、湊の助けを求めていたプライズだったのだ。
 しばらくすると、魔法警察のパトカーが来てマリアンヌが保護される。別れる前にマリアンヌは湊と握手をし
「友達になってくれる?」
と、聞いた。
「もちろんだよ。僕もマリアンヌの家に遊びに行くからね」
 湊が返事をした瞬間、貼り付けられたような表情のマリアンヌの顔が微笑んだように見えた。
「ねぇ」
 パトカーのドアが閉じる瞬間、マリアンヌが口を開く。彼女は、湊の目をしっかりと見たままこう言った。
「あなたは、お人形さんじゃないの?」
 様々な雑音が耳を通り抜けているのに、その一言だけが鮮明に聞こえた。それは夢の中でマリアンヌが言った一言だ。
 湊が何も言い返せないでいると、パトカーはドアを閉めて走り去ってしまう。それに少し遅れて陸がやってきた。
「あちゃー!もう人形のプライズは帰っちゃったか。せっかく、乳酸菌飲料を買ってきたのに……。あれ、湊君、どうしたの?」
 陸は、何も言わずにパトカーを見ている湊を見た。湊は呆然とした表情で口を開く。
「陸さん、僕って人形なんですか?」
 都会の喧騒の中に、湊の疑問が解けて消えて行った。

 『File.34 ネクロマンサーの笛』につづく
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

Twitter

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。