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『コードD』File.34 ネクロマンサーの笛

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 湊(みなと)の助けを求めるプライズが現れる彼の予知夢。その夢の世界で、湊は人形のプライズと出会う。夢の中の少女は、人形のプライズと関わらないよう忠告するが、湊はその忠告を無視して人形のプライズの事件を担当する。別れ際に人形のプライズが言った一言が湊の中で響いていた。
 湊の保護者、若月(わかつき)が勤める柳沢研究所に全(ぜん)が現れる。人造デュエリストの情報を得る代わりに全は魔法の力を貸す事になっているのだ。柳沢研究所で全は何をしようというのか。そして、柳沢所長の目的とは何か。

  File.34 ネクロマンサーの笛

 周りを大きな山で囲まれた山間部にその場所はあった。折れ曲がった鉄骨や砕けたコンクリートが並んだその場所は、人里から離れているため、誰も片づけようとはしない。誰も入らないように周囲をロープで囲っているのだが、かなりの年月が経っているせいか、そのロープも黒ずんでいた。
 まるで、建物の死骸を思わせるようなその場所を見て、奇妙な服装で歩く六十近い男、ジャロール・ケーリックは懐かしさを感じ、顔を綻ばせた。
「懐かしいというほどでもないかな。三年か……四年前なのだからね」
 ロープの外に立っていたジャロールは、静かにそう呟く。そして、赤紫のコートのポケットから金属の筒を二本、取り出した。それを組み合わせて一本の長い筒状の物体にすると、その先端に口をつけて息を吹き込む。
 すると、筒状の物体から奇妙な音色の音楽が流れてきた。例えるなら、それは鎮魂歌。死者に向けて送られる曲に似ていた。しかし、その旋律は魂を鎮めるどころか、聴く者の恐怖や不安を煽るように聴こえる。
 ジャロールが笛から口を離すと、ロープの中に両開きの黒い扉が現れる。その扉には、髑髏を思わせる紋様が描かれている。ジャロールが手をかける事なく、その扉が開き、中から白い煙が出てくる。そして、白い煙の中から黒い人影が出てきた。
「久しぶりだねぇ……。相変わらず、と言ってもいいのかな?君の時間はもう、流れていないのだからね。こう聞く事もおかしいか」
 ジャロールは扉から出てきた相手を見て軽く笑う。
「再び、この世界へようこそ、ナタリー。この僕、ジャロール理事長の顔を覚えているかな?」
「はい、ジャロール理事長」
 ブロンドの髪をした少女は血色のよくない顔で答えた。感情のないロボットを思わせる表情での返答に、ジャロールは満足した顔で微笑む。
「君は、僕の力で蘇る事ができた。生命を謳歌したいか!?したければ、ついて来たまえ!本当の意味で君を蘇らせるためには、君自身の手で贄を捧げなければならない!遠山陸の命を君の手で天に献上するんだ!」
 灰色をしたナタリーの目がジャロールの顔をしばらく見つめる。その意味をしばらく考えていたのか、そのままじっとしていたナタリーは、熟考の後に首を縦に振り、ロープから外へ出た。ジャロールがその手を取る。
「行こう、ナタリー!陸も君を待っている!」

 菜央はノートパソコンの画面を見つめたまま、マウスを動かす。彼女が見ているのは、インターネットでの大型掲示板だ。一真も同じように、自分のデスクの上にノートパソコンを置き、情報を収集している。二人が探している情報は一つ。死者を蘇らせる方法だ。
 ひと月ほど前から街で、死者を蘇らせる方法を発見しそれを使って死者を蘇らせようとしている会社がある、という噂が流れていた。最近では、その会社が死者を蘇らせるビジネスを始めるという噂まで流れ始めている。
 昨年九月のトライアンフ襲撃事件で多くの仲間の命を失い、今もそれを悔やんでいる二人だが、それらの命を蘇らせるために情報を探しているのではない。人を蘇らせる魔法など、存在しない。二人だけでなく、魔法使いならば、誰もがそれを知っている。二人が情報を探しているのは、死者を蘇らせようとする行為の危険性を理解しているからだ。噂がこれ以上広まる前に、手を打たなくてはならないし、本当に死者を蘇らせようとする者がいるのなら、止めなくてはならない。
 菜央が画面から目を離し、しばらく天井を眺めていると征市と彩矢が入ってきた。彩矢は手に紙の箱を持っている。
「たっだいまー!仕事熱心なのもいいけれど、この辺りで休憩にしない?ジェラート買ってきたわよ!」
「ありがとうございます、一ノ瀬さん。すぐに行きますから、休憩室で待っていて下さいね」
「りょーかい!」
 元気のよい返事と共に彩矢は隣の休憩室へ移動する。征市は、菜央のディスプレイを覗きこんだ。掲示板の内容に目を通し、落胆したような溜息を吐く。
「そっちも大した手掛かりはなしか」
「ええ。具体的な手掛かりは一つもなしです。……一真さんはどうですか?」
 菜央が声をかけると、一真は首を横に振った。
「こっちも駄目だ。ただ、一つだけ、関係がありそうな情報は見つけた」
 一真の言葉に反応して、二人は彼のディスプレイを見た。そこに書かれているのは、どこかの研究所で人工的に人間を作っているという噂だ。その技術を使って、優れた人間のクローンを作ったり悪くした臓器の交換用パーツを取るための人間を作ったりする事も可能だ、と言われている。
「パーツ取りのための人間ですか。嫌な感じだ」
「確かに、これは私達が探しているものとは違うものかもしれません。しかし、関係がないとは言えませんね」
「そうだな。調べる価値はある」
 一真はそう言うと、車椅子を押して移動した。征市と菜央もそれについていく。
休憩室に移動したメンバーはジェラートを食べた後、調査の結果について報告し、意見を交換した。征市と彩矢は街でのパトロールをしながら、例の噂に関する聞き込みを行っていたのだ。
「人間の工場みたいな研究所か……。確かに、それは気になるわね」
「そうだな。考えたくはないが、人間の体をハード、人間の魂をソフトと考えた場合、ハードを直せば復活できるっていうのもありそうだし。ただ、これも噂のレベルを超えてないんだよな」
 彼らが興味を示したのは、一真が調べた噂だった。人間を蘇らせるという事に関して、一番近いとも言える。
「確かに噂でしかありませんが、調査を続けるべきだと思います。私は、これが人造デュエリストにつながっている可能性も考えています」
 菜央の言葉に他の三人が頷く。人間と完全に同じ姿をした三人の人造デュエリスト。念が連れていた三人の敵は、何者かの手で生み出された存在なのだ。同じ魔道書同盟の全ならそれが可能かもしれないが、今まで人とは違う姿をした怪人を作っていた彼が、今頃になって人間と同じ姿をした者を作るとは思えない。
「一真さんは、引き続きその噂の調査をお願いします」
「判った。この噂、妙な感じがするからな。必ず、突き止めてみせる」
 休憩所から出て行った一真を見て、征市が呟く。
「こういう時は一人でも多い方がいいって思うな。今更だけど、湊がいなくなってから、少し寂しくなった気がするぜ」
「もう!征市さんにはアタシがいるじゃないですか!」
「いや、そういう意味じゃねぇよ。うるさい陸も非番だしな」
「そうですね。たまには静かなのもいいかもしれません」
 菜央は、そう言って微笑むとまだ誰もつけていない最後の一つを冷凍庫の中へしまった。

 その日、陸は新Y駅の近くを歩いていた。右手で、簡素な茶封筒を握りしめている。
 黙っていれば多くの女性を引き付けられる魅力を持った顔をしている陸だが、今の彼は違った。その目に宿る溢れんばかりの怒気に道行く人々は顔を逸らし、道を開ける。陸が怒りに身を震わせながら新Y駅付近に来るのには理由があった。
 昨日、帰宅した陸は自分宛に手紙が届いているのを見た。右手の茶封筒の中身がそれだ。手紙を送ってきたのはジャロールだった。手紙を破り捨てたくなる気持ちを押さえて中身を読むと、それには「死んだ人間を蘇らせる方法が見つかった。ナタリーに会わせてあげよう。トライアンフの仲間に知らせず、君一人でおいで」という言葉と、地図、待ち合わせの時間が書かれていた。ジャロールが指定した場所は、使われていない倉庫らしく、銀色の鍵が同封されていた。
 死んだ人間が蘇るわけがない。陸もこれくらいの事は判っている。だから、ジャロールの指定した場所へ向かうのはナタリーに会うためではない。ジャロールがナタリーの名を利用して陸を呼び出した事に腹を立てた陸は、今度こそジャロールを倒すために新Yに来たのだ。
 これが罠である事は承知している。五月、そして、九月にジャロールは陸やトライアンフのメンバーに対して罠を仕掛けた。その罠によってジャロールは陸達から逃れ、作戦を成功させている。今回も、罠が仕掛けられているに違いない。
「それでいい。だったら、罠ごとジャロールをぶっ壊してやるよ!」
 路地から離れた場所にたどり着いた陸は、封筒から鍵を取り出して扉に刺し入れる。鍵を開けた陸は、その倉庫に入った。四方が灰色のコンクリートで囲まれた倉庫は、多くの段ボールで溢れかえっていた。その奥に、椅子に座ったジャロールがいた。
「久しぶりだね、陸!やはり、ジャバウォックでは君達を倒す事はできなかったか!実に残念だ!でも、嬉しいよ!こうやって、また、君が僕の元に来てくれたんだからね!」
「ジャロール!」
 陸は隠し持っていたカードに自分の魔力を込める。そして、それを光弾に変えてすぐに発射した。黒く輝く光弾は、ジャロールに向かって飛ぶと爆発した。煙が倉庫の中に充満する。
「ふむ……。実に奇妙なご挨拶だ。しかし、君らしくていい!でも、そんな挨拶の仕方を見て、彼女は悲しんでいるかもしれないね?」
 煙が晴れてきた。既にデッキケースを取り出していた陸は、奥にいるはずのジャロールが姿を現すのを今か今かと待っていた。
「ねぇ、陸。君は賢いから僕の誘いが罠じゃないかと疑っていたかもしれない。しかし、今回は罠なんか仕掛けていないんだよ。感動の再会を見たいと思っていたんだ。罠なんて無粋な物、仕掛ける必要がないんだ!」
 煙が完全に消えた。その瞬間、陸は目に映る光景を見てデッキケースをその場に落とす。ジャロールの前にナタリーが立っていたのだ。そして、陸の光弾からジャロールを守るように、五枚の金色のシールドを並べている。
「な、ナタリー……?」
 陸は目の前にいるブロンドの髪の少女を忘れたわけではない。三年前、必死に手を伸ばして助けようとした少女の顔を忘れるはずがない。
 だが、信じられるわけがなかった。ナタリーは三年前に、多くの仲間と共にジャロールの儀式によって命を落としているのだ。
「嘘だ!ナタリーがここにいるわけがない!ナタリーは死んだんだぞ!きっと、全の怪人が化けているのか、新しい人造デュエリストだ!」
「正真正銘、本物のナタリーだよ。手紙に書いただろう?死んだ人間を蘇らせる方法を見つけた、って。だから、僕はナタリーを蘇らせて陸に会わせてあげたんだ。これを使ってね」
 ジャロールは金属製の笛を吹く。笛の音に合わせてナタリーは自分の山札の上のカードを五枚引いた。
「何だ、その笛は」
「ネクロマンサーの笛。死者を蘇らせる禁断のプライズさ!この笛の力を使って、僕はナタリーを蘇らせる事に成功したんだ!」
 ジャロールは自慢するような表情で笛を見せた後、再び、笛に口をつけた。笛の音を聞きながら、ナタリーが口を開く。
「久しぶりだね。陸」
「ナタリー?本当にナタリーなの?」
「そうだよ」
 そう言ってナタリーが陸に向ける笑顔は、彼がナタリーと一緒に過ごしていた時と同じものだった。それはずっと陸が求めていた笑顔だった。
 しかし、それを見て陸は恐怖を感じた。何かが違う。その違和感が心にこびり付いて、懐かしさや温かさの前に恐怖の感情が心を支配する。
「嘘だ。ナタリーじゃない!ナタリーがいるわけがない!」
 陸はデッキケースを拾うと、デッキを取り出して黒いシールドを展開する。五枚のカードを引くとナタリーを見た。
闘志が燃える陸の目を見て、ナタリーは目に悲しみを湛え、ジャロールは頭に手を当てた。
「本性を現せよ!何が目的なんだ!」
「陸。ひどい子だな、君は。ナタリーが君の前にいるんだ。それなのに、信じないなんて可哀想じゃないか!……仕方ないな」
 ジャロールが笛を吹く。それと共に、ナタリーが動き出した。
「最初からそれでいいんだよ。偽者のナタリーなんか、この手で叩き潰してやる!」
 先に動いたのは、陸だった。《エマージェンシー・タイフーン》によって場に現れた竜巻が、山札から弾き飛ばした二枚のカードを陸に与え、衝撃で陸の手札を一枚、弾き飛ばす。
「さあ、来いよ!ナタリーの振りをした偽者!」
 陸は目尻を上げてナタリーを見る。ナタリーは悲しそうな目をしながら、無理に笑顔を作って陸に言葉を投げかける。
「ねぇ、陸。ごはん、ちゃんと食べてる?」
 少女の口から優しい言葉が出た瞬間、陸の目にあった怒りや闘志は消え、戸惑いの色が浮かんだ。
「私より大きくなったんだね。良かった。きちんと食べているんだね」
 ナタリーは陸の事を気にかけてくれる少女だった。ナタリーらしい優しさを感じる言葉が、陸の心の侵入してくる。心の奥底にある違和感が侵入を拒んでも止める事ができない。
 ナタリーが金色の勾玉を思わせる《光陣の使徒ムルムル》が召喚する。それでも、陸の目は闘志を取り戻さない。
「ちゃんと……食べてるよ。僕は、ちゃんと生きてる」
 静かな声で陸はナタリーの言葉に答えた。それを聞いて、ナタリーは目尻を下げて喜んだ。
それを見ていたジャロールが口を開く。
「陸。実は、ナタリーは完全な状態で蘇ったわけじゃない。ネクロマンサーの笛は死んだ人間を蘇らせるプライズだが、あくまで一時的なものに過ぎない。本当の意味で蘇るには、デュエルで君の命を捧げる必要があるのさ」
 陸は驚いた目でナタリーを見る。ナタリーはしばらく動かなかったが、陸に見つめられて静かに首肯した。
「君の命、全てでなくていい。一部だけナタリーに分けてあげるんだ。いいね?」
「判ったよ」
 陸は手札を持っていた手を下げる。そして、自分のターンの終わりを宣言した。
「《アクアン》召喚」
 ナタリーがカードを動かし、クリーチャーを召喚したり呪文の効果を発動したりしても、陸の表情は変わらない。満足したような表情でナタリーを見ていた。
 陸は、大切な者を守れない。いつも、目の前で消えてしまう。父も母も、ナタリーもそうだった。自分の周りにいる大切な存在は、全て消えてしまうと思っている。だが、今、消えてしまったはずのナタリーを取り戻せるかもしれないのだ。自分の周りにいる人が全員消えてしまうわけではないと、自分に自信を持って言える日が来るのだ。
 その満足感が、陸の心に広がっていた。
「《知識の精霊ロードリエス》召喚」
 ナタリーの場に、また一体クリーチャーが現れる。青い体をしてたくさんの手を持つエンジェル・コマンド《知識の精霊ロードリエス》を見ても、陸は何もしない。《アクアン》が動き、シールドが一枚破られても陸の表情は変わらなかった。
 むしろ、シールドが破られた事で、ナタリーの復活が一歩近づいた事を感じ、もっと嬉しくなった。
「陸……」
「大丈夫だよ、ナタリー。僕の命をあげる。だから、遠慮しないで攻撃して」
 陸はカードを引くとすぐにマナに置き、ターンを終える。本当に何もせずに終わってしまいそうだった。
 ナタリーはそんな陸を見て、笑顔でカードを引いた。

 湊は自分によく似た少女とその光景を見ていた。
 季節は穏やかな風が吹く春。生命の息吹が感じられる季節の中、暖かな陽光を浴びて歩く二人の姿があった。
 一人は湊のそばにいる夢の中に出てくる少女だ。自分の隣にいる少女も緑溢れる道を歩く少女も同じ少女だった。二人を見て、湊はこれが隣にいる少女の記憶を映像化したものだと理解した。
 もう一人は、その少女の父親らしい男性だ。優しい顔で少女と目を合わせる。
 湊はその男性の顔を見た時、はっとして息を飲んだ。その男性は、柳沢所長だ。目の前にいる男性は過去の柳沢所長なのだ。
「所長さん、君のお父さんなの?」
 湊の問いに、少女は首を縦に振って答えた。
 目の前にいる柳沢所長の姿は、今よりも若かった。いつの頃なのか、湊が考えていたらすぐに景色がぼやけてしまう。
「お願い……」
 少女が口を開いた。注意して聞かなければ聞き取る事ができないようなか細い声が湊の耳に届く。
「お父さんを止めて。実験をやめさせて……」
「どうして、そんな事を――」
 湊が質問をしている途中で、春の日の下にいた二人も自分によく似た少女も消えてしまう。
 気がつくと、研究所の中にある自分に宛がわれた部屋のベッドの上にいた。今は、まだ昼間だが、研究の手伝いの途中で気分が悪くなった湊は、ここで休んでいたのだ。
 若月に手伝いを頼まれた日から、湊は研究所で生活をする事になった。今まで若月の家で生活をしていたのが研究所に変わっただけで、他の事はほとんど変わっていない。大きく変わった事と言えば、放課後、毎日のように顔を合わせていたトライアンフのメンバーと会えなくなった事。そして、その時間を若月達の研究の手伝いに当てるようになった事ぐらいだ。
 柳沢研究所に来てから、湊は色々な検査を行った。今まで一カ月に一回程度でよかった検査が毎日続いたのだ。何のための検査なのか湊には判らないが、保護者の若月や研究所のためだと思って我慢した。体調を崩したのが検査のせいなのかは判らない。
 部屋のドアが開き、若月が入ってきた。
「気分はどうだ?」
「しばらく休んだから、もう平気です。これから、まだ検査できますよ」
「判ったよ。でも、今日はもう休め。続きは明日からでいいさ」
 若月は近くにあった椅子を持ってくると、ベッドの横に置き、それに座った。
「ねぇ、若月さん」
「何だ?」
 しばらく黙考した後に、湊は口を開く。
「この研究所では、何の研究をしているんですか?そして、僕は何のための検査をしているんですか?」
 若月は研究チームの一員だ。所長も彼を信頼している。湊は、所長と若月の会話からそれを読み取っていた。
「知らなくていい」
 若月の返事は素っ気ないものだった。湊にとって予想外の返事をした若月は、それを告げた後に立ち上がる。
「知らなくていい、ってどういう事ですか!もし、変な検査とかされて、それで僕の気分が悪くなったんだとしたら――」
「検査は安全だ。それは、俺が一番よく知っている」
「でも……!」
「心配するな」
 若月は静かに息を吐き、そう言った。その表情は少し疲れているようにも見える。
「もうすぐ大事な実験が終わる。検査はそれに関係する事なんだ。詳しくは教えられない。だけど、安全だっていう事は俺が保証する」
 若月はそう言うと部屋から出て行った。それを見て、湊はベッドから出る。
 静かにドアに近づくと、それを開け、外に出た。周りに誰もいない事を確かめて、歩き始める。
 若月の言う事を信じていないわけではない。だが、理解できない部分が多すぎるのだ。せめて、何のための実験なのか、それくらいは知っておきたい。
「こっち……」
 歩いていると、そんな声が聞こえたような気がした。湊は振り返るがそこには誰もいない。周りを見回していると、誰かの足音が聞こえた。湊は、ドアが開いていた近くの部屋に入り、後ろ手でドアを閉める。
「そう、ここでいいの」
 また、少女の声が聞こえた。周りを見ても誰もいない。自分にそっくりの少女が湊を導いているようだった。
「だあれ?」
 部屋の主が声を出す。湊が部屋の中に目を向けると、部屋の中央に彼女は座っていた。
 真っ白な部屋と同じ白い入院着のような服を着た黒髪の少女。その少女の顔を見て、湊は自分の息が止まるかと思った。自分とまったく同じ顔をしていたのだ。
 少女も自分によく似た存在に驚いたのか、口を開けたまま湊を見ている。
「すごい……。蓮華(れんげ)のそっくりさんだ」
 しばらく湊の顔を見つめてから、少女は言葉を発した。
 湊は目の前にいる少女が、いつも自分の夢に出てくる少女とは違う事を感じ取った。蓮華と名乗った少女は、湊や夢の中の少女よりも年下だ。
「どういう事……?まさか、まさか……!」
 この研究所には、湊と同じ顔をした人物が集められているのかもしれない。何のために集められているのか、理由は判らないが蓮華を見て湊はそう思った。
「ねぇ、蓮華と遊ぼう?」
 蓮華はそう言って無邪気な顔をして湊の手を引っ張るのだった。

 あれから、征市達はネット上の情報を集めていた。時間が来たので彩矢は寮に帰り、三人で調査を進めていた。
情報を検索していた菜央の手が止まった。そして、すぐに征市と一真を呼ぶ。
 目を閉じて椅子にもたれかかって休んでいた征市と、調査を続けていた一真は菜央のデスクの前に移動した。
「これを見て下さい。例の噂に関係があるかどうかは判りませんが、こういうプライズがあるようです」
 菜央はノートパソコンの画面を見せる。ディスプレイに映っているのは、金属製の笛だった。この画像が魔法図書館の館長から送られてきたものだと言った菜央は、プライズについて説明を始める。
「このプライズの名は、ネクロマンサーの笛。海外の資料館で厳重に保管されていたプライズですが、数日前に盗まれてしまったようです」
「それと死者が蘇る事と何の関係が……いや、待て。ネクロマンサー?」
 征市の言葉を聞いて菜央が頷く。
「ネクロマンサーの笛は死者を一時的に蘇らせ、自由に操るプライズです。その効果はあくまで一時的なもので、操れる時間も長くはありません。ですが危険なプライズです」
 菜央はそう言った後、館長から送られてきた別の資料を見せる。それは、資料館の防犯カメラの映像の一コマだった。そこに映っている人間を征市はよく知っていた。
「ジャロール・ケーリック!奴が絡んでいるのか」
 征市もジャロールの存在はよく知っている。異常なまでに陸に執着している男だ。ネクロマンサーの笛を使って何かを企んでいるに違いない。
 そう考えた征市は、携帯電話を取り出した。
「陸に連絡する。今日、あいつは非番だったよな?」
「ええ……何事もないといいんですが」
「くそっ!無事でいろよ、陸!」
 征市はコール音を聞きながら、焦燥に駆られていた。

 《アクアン》が二枚目のシールドをブレイクするのを、陸は幸せそうな笑顔で見ていた。陸のシールドはこれで残り二枚だ。場には一体のクリーチャーも存在しない。
 対して、ナタリーの場には《アクアン》《ムルムル》《ロードリエス》が並んでいて、シールドは無傷の五枚だ。
「あと、二枚だね」
 陸は優しい声でナタリーに語りかける。それを聞いて、ナタリーも笑顔になった。
「ナタリー。完全な形で生き返ったら、何をするの?」
「そうだね……。何をしようか。新しい友達が欲しい。ネバーランドの友達はみんな、いなくなっちゃったから……」
 自分達がいた施設の事を思い出し、ナタリーは暗い顔をする。そんな彼女を励ますように陸が口を開いた。
「ナタリーはかわいいから、きっとみんなが好きになってくれるよ!」
「ありがとう、陸」
 陸は自分でも驚くほど優しい気持ちになっていた。それは、自分の命を捧げる事でナタリーを救えると判ったからなのかもしれない。ずっと悔やんできたナタリーとの別れに、決着がつくからなのかもしれない。
「陸は変わったね。ネバーランドにいた時よりもいい子になった。いい友達ができたんだね」
「友達……」
 その言葉で何かが引っかかった。ナタリーに自分の命を捧げる事で、自分が死んでしまったらトライアンフはどうなってしまうのか、と。
 ジャロールは命を捧げるのは一部でいいと言っていた。だが、陸は悪魔との契約で寿命を奪われているのだ。一部であっても命を奪われたら、死んでしまうかもしれない。
「嫌……だ」
 死んでしまう事の恐怖以上に我慢できない事があった。それは、菜央と別れる事だ。陸はまだ、菜央を支えていたいと思っているのだ。
「僕は……ここで死にたくない」
 陸の目に再び、闘志が宿る。そして、彼は手札から一枚のカードを引き抜くと黒いマナをカードに与えた。陸が投げた《デーモン・ハンド》のカードから黒い手が現れ、《アクアン》をつかみ、地面に開いた黒い穴に閉じ込める。
それを見て、ジャロールが眉を動かした。
「陸!何をするつもりなんだ?ナタリーのために命を捧げるんじゃなかったのか!」
「そのつもりだったけれど、やっぱりできない。ナタリーに命をあげたら、僕は死んでしまうかもしれない。死ぬ事自体が怖いんじゃない。ただ、どうしても別れたくない……仲間がいるんだ!」
「陸……」
 ナタリーは呆けたような顔で陸を見ていた。そんなナタリーに喝を入れるように、ジャロールが笛を吹いた。その音色を聞いて、ナタリーの目に好戦的な光が宿る。
「陸、悪い子になっちゃったんだね。ネバーランドにいた時からそうだった。大人になった時に困らないようにおしおきしてあげる!」
 ナタリーが手札にあるカードを投げると、カードは金色の魔方陣へと変化する。ナタリーが、空中に現れたその魔方陣に手札のカードを二枚投げると、魔方陣を通して二体のブロッカーが現れた。
 一体は、悪魔のような黒い肉体を金色の神々しい外装で包んだ《悪魔聖霊バルホルス》だ。もう一体は、巨大な大砲を抱えた《魔光王機デ・バウラ伯》だ。
「《ヘブンズ・ゲート》だよ、陸。そして、《ロードリエス》の効果でドロー!《デ・バウラ》の効果で今、使った《ヘブンズ・ゲート》を墓地から回収!」
 《ヘブンズ・ゲート》の効果で減ったナタリーの手札が一気に増えて行く。それを見て陸が警戒し始めた時、彼のポケットの中で携帯電話が大きな音を立てて鳴った。陸は右手に手札を持ち、左手で携帯電話をポケットから引き抜いて通話を始める。通話の相手は征市だった。
『陸!今、ジャロールが何か企んでいるみたいだ!奴は死んだ人間を蘇らせて自由に操るネクロマンサーの笛を持っている!何のためにそれを使うのかは判らねぇけれど、奴はまたお前を狙ってくるはずだ!』
「死者を操る……笛?」
 陸は征市の声を聞きながら、ジャロールが持っている金属製の笛を見た。ナタリーは、ジャロールが笛を吹いてから行動が変化した。それを思い出しながら、陸は電話の通話口に向かって疑問を投げかける。
「セーイチさん。それって金属でできた笛ですか?」
『ああ。……もしかして、ジャロールがいるのか?……おい、陸!聞いてるのか!?陸!』
 征市の声を聞きながら、陸は通話を終えて電源を切る。その目に宿るのは闘志ではなく、怒りに変わっていた。
「ジャロールゥゥゥッ!!」
 叫び声と共に陸の手札から一枚のカードが飛ぶ。そのカードから現れた《魔刻の斬将オルゼキア》は、口元を歪めて笑うと自分に剣を突き刺した。それによって《オルゼキア》は爆発し、ナタリーのクリーチャー達に黒い剣の雨を降らせる。《ムルムル》と《デ・バウラ》が他の二体の前に立って黒い剣の雨を防ぎ、倒れた。
「ナタリーを……ナタリーをどこまで傷つければ気が済むんだ、ジャロール!ネバーランドでナタリーを殺して、今、また利用して……。許さない、許さない!絶対に許さない!!」
 陸の咆哮を耳にしてジャロールの目にも動揺が浮かぶ。
「陸、君が電話で何を聞いたのかは判らない。だが、僕を信じてくれ」
「ネクロマンサーの笛。それは死者を蘇らせて自由に操るプライズなんだよな?そうだよな!!」
 ジャロールは陸の問いに答えない。代わりにネクロマンサーの笛を吹いてナタリーに命令する。
「ナタリー。ジャロール理事長の素晴らしい命令を聞きなさい。陸を殺すんだ」
「はい、ジャロール理事長」
 ナタリーは四枚のマナをタップすると、《リバース・チャージャー》を使った。黒い光に覆われたナタリーの手に墓地から《ムルムル》が戻ってくる。ナタリーは戻ってきた《ムルムル》を再び、召喚した。
「厄介だ。そう簡単に攻撃は通らないな」
 感情を怒りに任せていても、陸は物事を冷静に考える事を忘れていなかった。現時点でナタリーを止めるために何をすればいいのかを考えている。
 ナタリーの場にいる三体のブロッカーはいずれも凶悪なクリーチャーだった。《ロードリエス》は自分のブロッカーが場に出る時、カードを一枚引く能力を持つ。ナタリーのデッキはブロッカーが中心のデッキだ。ドローできる機会は多い。
 《バルホルス》は陸のクリーチャーに攻撃を強制するブロッカーだ。パワーは6000あるため、大抵のクリーチャーは倒す事ができる上に、ブロックした後にアンタップする能力を持っている。さらに《ムルムル》がブロッカーのパワーを3000増やすため、陸のクリーチャーがバトルしてこれらのブロッカーに打ち勝つ事は難しい。
(ナタリーを倒す事がナタリーを解放する事になるとは限らない。だけど、今はナタリーに勝たなくちゃ!)
 陸はカードを引き、場に一枚のカードを投げる。赤く燃える炎に包まれたデーモン・コマンド《冥府の覇者ガジラビュート》だ。《ガジラビュート》が持っていた剣を投げると、その剣はナタリーのシールドに刺さった。剣が刺さったシールドは炎に包まれ、灰を残して消えてしまう。《ガジラビュート》は場に出た時、相手のシールドを一枚、破壊する能力を持つのだ。ブロッカーがいても、その能力を防ぐ事はできない。
「陸。本気でナタリーと戦うつもりか?ナタリーを殺そうと言うのかい?」
 ジャロールの言葉を聞いて、陸は一度目を閉じる。辛そうな表情で硬く目を閉じていた。
「確かに、そうかもしれない。一度蘇ったナタリーを今度は、僕がこの手で殺める事になるのかもしれない。だけど……!」
 陸は目を開いてジャロールを見る。その目には、怒りとも闘志とも違う光が宿っていた。
「このまま、ナタリーをお前の好きにはさせない!そんな事は絶対に許せない!」
 ジャロールは悔しそうな表情で唇をかむ。そして、ネクロマンサーの笛を吹くとナタリーに命じた。
「ナタリー。君の切り札で陸の命を奪うんだ。命を奪えば、君は蘇る!」
「はい、ジャロール理事長」
 ナタリーは《エナジー・ライト》で二枚のカードをドローする。すると、その中の一枚が光に包まれ、場に飛び出した。黒い馬に乗った騎士のブロッカー《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》だ。呪文を使ったターン、コストを支払わずに召喚できるクリーチャーだ。
 さらに、ナタリーは《ブラッディ・シャドウ》に一枚のカードを投げる。そのカードが発する金色の光に包まれて、《ブラッディ・シャドウ》はその姿を変えていった。
「さあ、見るがいい!これがナタリーの切り札だよ!!」
 ジャロールの声と共に、金色の光の中からその龍は姿を現した。銀色の鎧を纏い、金色の翼を広げた《超神龍レイ・ソレイユ》。それがナタリーの切り札だった。
「ターン終了だよ。陸」
 《レイ・ソレイユ》は攻撃できるのに動かなかった。陸はそれに少し驚きながらカードを引く。今の手札に《バルホルス》を破壊できるカードはない。
「だったら、こいつだ!《ガル・ヴォルフ》!!」
 体中に狼の顔を持ち、四本足の下半身をしたデーモン・コマンド《凶刻の刃狼ガル・ヴォルフ》が場に現れる。《ガル・ヴォルフ》は四本の腕に持っていた剣の内、一本をナタリーに向かって投げる。
「その手札から、イニシエートを破壊する!」
 剣はナタリーの手札を全て上空に弾き飛ばす。飛んでいった手札の中から《ブラッディ・シャドウ》に向かって剣が飛び、同時にナタリーのシールドにも剣が飛んでいった。《ガル・ヴォルフ》は相手の手札だけでなく、シールドも破壊する事ができるのだ。
「そして、《ガジラビュート》で攻撃!」
「《バルホルス》でブロック!」
 剣を振り回しながら《ガジラビュート》がシールドに向かっていく。だが、《バルホルス》が立ちふさがり、持っていた二本の槍の一本で《ガジラビュート》を貫く。それだけでなく、もう一本の槍が飛び、陸のシールドまで貫いた。
パワーで劣る《ガジラビュート》が破壊される事までは判っていた。だが、シールドまで破られる理由が判らない。
動揺する陸の顔を見て、ジャロールが声を上げて笑った。
「陸。知らないのかい?《レイ・ソレイユ》は、自分のブロッカーがブロックした時、相手のシールドを一枚ブレイクする能力を持つ。ナタリーのデッキは究極のカウンターデッキなのさ!」
「そんな……!」
 《バルホルス》がいる限り強制的に攻撃しなければならない。クリーチャーがいる場合、攻撃をしないという選択肢まで奪われてしまう。
 ナタリーが《レイ・ソレイユ》で攻撃をしなかったのは、相手のターン中に攻撃を仕掛け、その後自分のターンで体勢を立て直すためだったのだ。完璧であり、究極の防御だった。
「行くよ、陸。《エナジー・ライト》でドロー」
 ナタリーの手札が増え、さらに《ブラッディ・シャドウ》が二体飛び出してくる。ナタリーのブロッカーはこれで六体だ。
 もう攻撃が届かないかもしれない。陸はそう感じ、弱気になっていた。
「足掻いてみせたまえ、陸!ナタリーを操った僕が憎いのだろう!だったら、もっと足掻いて僕を楽しませてくれたまえ!」
 嘲笑にも似たジャロールの声を聞きながら、陸は山札の上に手を置く。最初から攻撃を仕掛けていればよかったという後悔が頭をよぎった。
「悩んでいても仕方ない。何か、いいカード、来い!」
 陸はカードを引くと、そのカードに目が吸い寄せられた。それは紛れもない陸の最高の切り札だったからだ。
「陸、いいカードが引けたかい?」
 ジャロールの問いかけに、陸は一枚のカードを投げる事で答える。《ガル・ヴォルフ》に刺さったそのカードは黒い光を発した。カードから出る黒い光は《ガル・ヴォルフ》を包んだだけでなく、ナタリーの場まで到達した。
 過去に同じ光景を見て不安に思ったジャロールが上を見ると、そこから黒い羽根が降ってきた。ジャロールの本能が警告を発したが既に遅い。黒い羽根は《レイ・ソレイユ》に接触するとその体を風化させていった。同じように《ロードリエス》と《ムルムル》も風化し、二体のブロッカーは完全に消滅してしまった。それだけでなく、ナタリーのマナのカードも同じようにほとんど消えてしまったのだ。
「ジャロールは夢の世界でこいつを見た事があるよね?もう一度地獄を見せてやるよ。この《悪魔神ドルバロム》でな!」
 座禅をしているような白い悪魔《悪魔神ドルバロム》は陸の最大最強の切り札だ。場とマナから闇以外のカードを全て消し去る能力を持っている。闇でもあり光でもある《バルホルス》と《ブラッディ・シャドウ》は無事だったが、一万を超える《ドルバロム》のパワーを受け止める力はない。
「《ドルバロム》で攻撃!」
「いやっ!」
 圧倒的な力を持つ《ドルバロム》に恐怖し、ナタリーは《ブラッディ・シャドウ》でその攻撃を防いだ。《ドルバロム》の手が、アルミ缶でも潰すように《ブラッディ・シャドウ》の肉体を潰す。
 切り札の除去に成功したものの、ブロッカーに囲まれている事に変わりはない。陸は鋭い目でナタリーの場を見たまま、ターンの終了を宣言した。
「さ……《サイバー・ブレイン》」
 ナタリーは《サイバー・ブレイン》でカードを引く。だが、それだけでそれ以上の行動はできない。陸は追い打ちをかけるようにさらに攻撃を続けた。
「《インフェルノ・サイン》!蘇れ、《ガジラビュート》!」
 陸が使った《インフェルノ・サイン》で彼の場に魔方陣が現れる。そこから《ガジラビュート》が蘇った。《ガジラビュート》は再び、剣を投げ、ナタリーのシールドを破壊する。これで、ナタリーの残りのシールドは二枚だ。
その二枚を狙って《ドルバロム》が動く。しかし、その攻撃も《ブラッディ・シャドウ》の命を懸けた防御によって阻まれてしまった。
「ナタリー!戦うんだ!陸を攻撃しろ!」
 ジャロールは必死になってナタリーに声をかけ、笛を吹く。ナタリーは震えながらカードを引くと、一枚の呪文を使った。
「《ゾンビ・カーニバル》」
 ナタリーが使った一枚の呪文によって二体の《ブラッディ・シャドウ》と一体の《ムルムル》が手札に戻っていく。そして、呪文を使った事で二体の《ブラッディ・シャドウ》がもう一度、場に出た。
「何度も何度もしつこいんだよ!《ガル・ヴォルフ》!手札の《ムルムル》を破壊だ!」
 二体目の《ガル・ヴォルフ》が場に現れ、陸の命を受け、剣を投げる。手札とシールドに刺さった剣が、それぞれのカードを破壊していった。
「《ドルバロム》!《ガジラビュート》!攻撃だ!!」
 それぞれのデーモン・コマンドがナタリーのシールドを狙う。しかし、《ドルバロム》の攻撃を《ブラッディ・シャドウ》が受け、《ガジラビュート》を《バルホルス》が突き刺した。
 陸の行動が終わったのを見て、ナタリーもカードを引く。そのカードを見て、ナタリーの震えが止まった。
「これで……これで、勝てる!召喚」
 ナタリーの場に、煌びやかな翼の精霊が現れた。その精霊が左手に持っていたシールドを天へ向かって掲げた瞬間、《バルホルス》と《ブラッディ・シャドウ》が金色の光に包まれ、陸のシールドに突進してくる。
「陸。これには驚いただろう。ナタリーの切り札は《レイ・ソレイユ》だ。だが、それだけではなく、奥の手もちゃんと用意していたんだよ。《レイ・ソレイユ》が静の切り札だとしたら、これは動の切り札。攻撃できないクリーチャーを攻撃可能にする精霊!その名も《覚醒の精霊ダイヤモンド・エイヴン》だ!」
 陸にジャロールの言葉を聞く余裕はなかった。動かないと思っていた二体のブロッカーが自分目掛けて猛スピードで突進してくるのだ。今の陸を守るシールドは一枚。二体を受け止める余裕はない。
 《ブラッディ・シャドウ》の槍が、陸の最後のシールドを破る。その欠片を見ながら、陸は自分の敗北を覚悟した。
「やれ、ナタリー!陸にとどめを刺すんだ!」
 ジャロールの声と共に、《バルホルス》が遅れて突進してくる。その槍が陸の喉を狙っていた。
 陸と《バルホルス》が触れる瞬間、砂埃が舞い、その姿が隠れる。ジャロールはそれを見ながら拍手するように手を叩いた。
「残念だったねぇ、陸。もし、君がナタリーに勝てれば僕のパートナーにしてあげようかと思ったんだが、実に残念だ。パートナーには、ナタリーを選ぶとしよう」
 ジャロールはそう言ってネクロマンサーの笛を解体し、コートのポケットにしまった。そして、ナタリーに声をかける。
「ナタリー、初仕事ご苦労様。これから、君には僕のパートナーとして……。聞いているのかい?」
 ジャロールが話しかけてもナタリーは反応しない。場を眺めていた。
「ナタリー、決着はついたんだ。早くこの場を離れよう」
「ジャロール理事長。陸はまだ生きています」
 ジャロールが、淡々としたナタリーの声を聞いた瞬間、砂埃が晴れる。《バルホルス》の槍は、陸の喉に触れる寸前のところで止まっていた。
「馬鹿な!何故、攻撃しない!?」
「できないんだよ。《バルホルス》は既に死んでいる!」
 陸が言うのと共に、《バルホルス》の体が砂でできた城のように崩れていった。その奥にカエルのような姿のデーモン・コマンド《威牙の幻ハンゾウ》がいる。
「そうか……!《ハンゾウ》は、相手の攻撃に反応して出す事ができるクリーチャー。その効果で《バルホルス》を破壊したのか!」
「ご名答。そして、これからは僕のターンだ!」
 陸はカードを引くと《デーモン・ハンド》で《ダイヤモンド・エイヴン》を破壊する。そして、二体のデーモン・コマンドに攻撃を命じた。
「《ガル・ヴォルフ》!シールドブレイク!」
 《ガル・ヴォルフ》の剣がナタリーのシールドを砕き、その後ろから《ドルバロム》が現れ、ナタリーに手を伸ばした。
「これで、終わりだ。これで……!」
「陸」
 ナタリーが陸の名を呼ぶ。その声は、ネクロマンサーの笛で操られている時とは違う、温かみのある声だった。
「《ドルバロム》やめろ!」
 陸に言われて《ドルバロム》は手を止める。不満そうな顔で主を見た悪魔は腕を組んで息を吐いた。
「少しだけど、一緒にいられて良かった。元気なのが判って、私は嬉しいよ」
 陸が見ている前で、ナタリーの体が黒い灰になっていく。それは、悪魔の羽ペンを使った市井美音(しせいみね)の最期と同じだった。
「ああ、もうお別れなんだ」
 ナタリーは灰と化していく自分の四肢を見て、それを悟った。それでも、陸に優しい笑顔を向けるのを忘れない。
「陸、友達を大事にしてね。陸が必死になって、生きたいって、思うくらいなんだからいい子達ばかりなんだよね。陸が幸せそうでよかった」
「よくないよ!待ってよ!いなくならないで、ナタリー!」
 陸はカードをしまってナタリーに近づき、手を伸ばす。だが、陸がナタリーの体に手を触れても触れた場所から灰に変わるだけで触れる事すらできない。彼の目から涙の雫がこぼれ落ちた。
「言いたい事がたくさんあった!謝りたい事も、お礼を言いたい事もたくさんあるんだ!だから……まだ行かないでよ、ナタリー!」
「駄目。さよならなんだよ、陸」
 もうナタリーの体は、顔だけしか残っていない。陸は壊れ物を扱うようにそっとその顔に触れた。ナタリーは目を閉じて、最後に一言、言い残す。
「陸がずっと幸せでいられますように」
 最後の言葉を残し、少女は消える。強く握りしめた陸の手には黒い灰だけが残っていた。それも少しずつ消えていく。
「陸。やっぱり、君は素晴らしいな。友達を殺しかけるなんて、できるものじゃない!」
 ジャロールは拍手をしながら陸に近づく。赤い目をした陸は、彼の姿を見て拳を震わせた。
「僕に殴りかかるのかい?だが、やめておいた方がいい。そんな事より、もっといい事に時間を使うべきだ。実は……本当の意味でナタリーを蘇らせる方法がある」
「嘘をつくな!!」
 獣の咆哮のような声で陸が叫ぶ。それを聞いて、ジャロールは首を振った。
「嘘なんかついていないよ、陸。僕が知っている研究所で死者を蘇らせる研究をしているんだ。君の知っている人造デュエリストもそこで作られたものなんだよ。そこならば、命を生み出す事は不可能じゃない」
 ジャロールの言葉を聞いて、陸は手を開く。まだ、ジャロールの言葉を疑っているのだが、少しだけ彼の言葉に惹かれているのだ。
「そこで研究をすれば、ナタリーを生き返らせる事も不可能ではない。研究も最終段階に入っている。今、行っている実験が成功すれば、死者を蘇らせる技術が完成する」
 説明を続けたジャロールは指を振って「しかし」と付け加えた。
「この研究を邪魔しようとする者が現れるかもしれない。だから、陸。君を用心棒として連れていきたい。僕は研究の手伝いをする。研究の内容に興味があるからね」
 ジャロールは説明を終えると笑顔で手を差し出した。
「来てくれるね?」
 陸の体の中で心臓が強く動く。
 死者を蘇らせる事が可能になれば、ナタリーを蘇らせる事ができるだけでなく、自分が悪魔との契約によって死んだとしても蘇る事ができる。陸にとって大きな悩みが消えるのだ。
 陸は数時間、決断を悩んでいたように感じたが、それはほんの数分だったかもしれない。陸は何も言わずにジャロールの手を握った。
「僕をその研究所に連れて行ってくれ」
「了解だよ、陸。さあ、行こう!我らの目的地、柳沢研究所へ!」

 『File.35 命の研究所』につづく
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