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『コードD』File.37 父と娘

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 魔道書同盟が関係している柳沢研究所。そこで、陸にデッキを突き付けられたトライアンフメンバーは戸惑い、菜央が前に出る。研究所に向かう征市達の前に現れる春間(はるま)、智里(ちさと)、そして、防衛男達。人造デュエリストの相手を一真と彩矢に任せた征市は、防衛男を蹴散らしながら研究所の建物に向かった。
 研究所の中を調べていた征市は、過去の資料が置かれていた部屋で人造デュエリストに関する記録を見る。それには、征市が人造デュエリストの試作一号機である事が記されていた。さらに、その資料には彩弓(あゆみ)と彩矢の存在が彼のバックアップである事まで書かれている。戸惑う征市の耳に、彩弓を捉えたという全(ぜん)の放送が届く。征市が外にある休憩所に出ると、そこには、念(ねん)、十也(じゅうや)、全がいた。念と十也にデュエルを挑まれた征市は、彩弓を背に隠し、十也を撃破するのだった。
 若月(わかつき)に閉じ込められていた湊(みなと)は、自分によく似た少女、小春(こはる)によって部屋から解放される。所長の娘で、今は生きていないはずの小春が蘇る事を望んでいない事を知った湊は、蓮華(れんげ)を救うために歩き出すのだった。

  File.37 父と娘

 念の手からカードが離れ、マナに置かれる。
 対戦相手がマナをチャージするという見慣れた光景であるにも関わらず、征市はそれを見て手が震えるのを感じていた。
「《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》召喚!」
 先に行動を起こしたのは、征市だった。場に現れたクリーチャーを見て、念は眉を動かす。
「マナゾーンに火、自然、水の三種類のマナが揃っている。前に使ったデッキとは違うデッキか」
「そんな事、どうだっていいだろ!」
 征市は少し震えたような声で叫ぶ。念は、怯える犬が威嚇のために吠えるような征市の声を聞いて、落胆したように深いため息を吐いた。
「面白くないな、相羽の孫。怯えるお前など倒して面白くはない。だが……」
 念の手から離れたカードが黒い闇を纏ってクリーチャーへ姿を変える。灰色の肌で、胴体に巨大な口を持つ《停滞の影タイム・トリッパー》が現れたのだ。《タイム・トリッパー》は胴体についた口で絶えず何かを吸い込み、顔についた口からはよだれを垂らしている。
「それでも、全力で相手をするのが俺の流儀だ。相羽の孫。二度と俺の前に姿を現わせなくなるように、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の炎で完全に焼き尽くしてやる」
 念の口から発せられた《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の名を聞いて、征市の目が大きく開いた。同時に、彼の脳裏に伝説のカードの圧倒的な力が思い出される。シールドだけでなく結界さえも突き破る力を持ったそのドラゴンよりも強い力を、征市はまだ手に入れていないと感じている。
「《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》が出る前だ。それよりも早く、攻撃を仕掛ける!」
 征市がマナゾーンにカードをチャージしても、《タイム・トリッパー》の吸引により、タップされてしまう。
「くそっ!」
 悪態をついてから、忌々しげな目で《タイム・トリッパー》を見る。征市の手札の中に、今、《タイム・トリッパー》を除去できるカードはない。急がなければならないという焦りと、行動を妨害される苛立ちが征市の心を揺さぶる。
「何か……何かないのかよ!俺のデッキだろ!?」
 征市の指にカードを曲げてしまいかねない力がこもる。それを見て、彩弓は彼がカードを持っていた手を両手で握った。征市は驚いて背後にいる彩弓を見る。
「彩弓?」
「征市君、笑って!」
 彩弓はそう言うと、征市の顔に手を伸ばし、頬を引っ張った。口角を持ち上げて笑顔にしたかったようだが、彼女の身長が低かったため、ブルドッグの口のように垂れ下がってしまう。精一杯持ち上げようとしている彩弓の姿を見て、征市は彼女の手をつかみ、自分の頬から手を離させた。溜息をつき、軽く微笑む。
「お前なぁ。俺を笑わせたいのか、俺をひどい顔にしたいのか、はっきりしろよ。ブルドッグみたいになるところだったぞ?」
「う……。だって、征市君、手品の時は楽しそうにしてるから、笑えばいいかな~って思って」
 申し訳なさそうにしている彩弓を見て、征市は噴き出す。そして、この彩弓は偽者ではない、と確信した。
「あ、笑うなんてひどいよっ!」
「笑わせたかったんだろ?成功したんだから、いいじゃねぇか」
「だけど、そういう意味じゃなくて……!」
 慌てる彩弓に背を向けて、征市は敵と対峙する。振り向く瞬間、静かに「ありがとう」と呟いた。
「ん?征市君、何か言った?」
「いや、何でもねぇよ」
 振り返った征市は、自分の手札を見た後、目を閉じて一度深呼吸する。念は、征市が目を開いた瞬間、彼の瞳の奥に熱い炎が宿るのを見て、自分の背筋に寒気を感じた。
「きーっ!早く戦いなさいっ!ふざけてるんじゃないわっ!」
「全!」
 データを取るために残っていた全が、征市と彩弓のやり取りを見て声を上げる。それを聞いて、念は大声を出して全の名を呼ぶ。その声に潜んだ怒気を感じて、全は体を震わせた。
「な、何よっ!小生は、注意しただけじゃないっ!」
「邪魔をするな。いい気分なんだ」
 全は、念の口元が笑っている事に気付いた。過去の経験から、今の念の邪魔をする事はできない事を理解する。
「全、お前は先に行け。データなら、十也の戦いで充分だろう。俺には足止めしかできん」
「念、何を弱気な事言ってるのよっ!こいつを倒すんじゃなかったのっ!?」
「倒すつもりだ。……だが、俺の想像以上に手強くなっている。この男を倒すのは容易ではない」
 念が征市の事を認めているような発言を聞いて、全は顔色を変えた。そして、何も言わずに研究所に戻る。
「《パクリオ》召喚!」
 征市のカードから飛び出した《パクリオ》が現れ、念の手札一枚に鍵が刺さる。そのカードは《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》だった。《パクリオ》の鍵の効果で、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》はシールドに変えられてしまう。
「《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》はギリギリまで使わせない。それに、使わせたとしても俺は負けない!」
 征市の声と共に《青銅の鎧》が動き、持っていた槍でシールドを貫く。シールドをブレイクされたにも関わらず、念の口元は笑っている。
「見せてみろ。本当のお前の力を!」
「ああ!今から見せてやるぜ。『ウソのようなホントウ』って奴をな!」

 湊は、蓮華の部屋の前に立っていた。この研究所に来てから何度も遊びに来ていた場所だ。いつもとは違う気持ちを胸に抱き、湊はドアノブを握る。
 ドアを開いた湊の目に入ったのは、男の後ろ姿。そして、男から逃れるように後ずさりをする蓮華の姿だった。
「蓮華!」
 自分の名を呼ばれて、蓮華は湊を見る。蓮華は、そこで初めて湊が部屋に入って来た事に気がついたらしく、彼を見て驚いた顔をしていた。
「湊ちゃん!助けて!」
 蓮華が声を上げたのを聞いて、部屋にいた男が振り返る。湊の目の前に立っていたのは所長だった。その目を見て、湊は息を飲む。
 彼の目は血走っていた。狂気に支配された男は湊を見ても理解できなかったらしく
「何だ、お前は」
と、低い声で呟く。
 所長の顔を見るのは初めてではなかった。若月に連れられて挨拶をした事もある。その時は、湊に対しても優しそうな顔を見せていた。
(止めなくちゃいけない。それができるのは僕だけだ!)
 湊は小春の言葉を思い出した。今の所長は、小春を蘇らせる事だけを考えて目の前の幸せを追う事ができない。それは辛すぎる。
「邪魔をするな!」
 湊を見て、所長は腕を振り上げた。その腕が振り下ろされるよりも先に、湊はカードを通して魔力を光弾として発射する。光弾は所長の足元で小さな爆発を起こし、所長はその場に尻もちをついて倒れる。その隙に、湊は蓮華の手を引いた。
「ここから逃げよう!」
 蓮華は湊の言葉に頷く。それを湊が見るのとほぼ同時に二人は駆け出していた。
「待て!」
 所長が立ち上がって二人を追いかけるために部屋を出ようとする。しかし、部屋を出る瞬間、何かに掴まれたような感覚があって立ち止まった。ふいに懐かしさが駆け巡り、目から狂気の色が消える。
「小春……?」
 それは、娘が自分の服の袖を引っ張る時の感覚に似ていた。久しく忘れていた感覚を思い出し、所長は振り返って部屋の中を見る。そこには誰もいなかった。
「そうだ。小春はもういない。小春は……これから蘇る!」
 所長の目に、もう一度狂気の色が宿る。目を血走らせながら、所長は足を踏み出した。

 湊は逃げる途中で仲間から来たメールの内容を思い出していた。蓮華の部屋に来るまでの間にチェックしたそれらのメールで、トライアンフのメンバーがこの研究所に集まっている事が判った。陸と戦っている菜央以外の三人は、湊を助け出すために彼を探している事も書かれていた。
「僕達がいる場所を知らせないと。でも、一体どこなら見つけてくれるんだろう?」
 考えながら歩いていると、自分の手が蓮華に引かれるのを感じて湊は立ち止まった。蓮華の視線の先を追うと、そこは放送室だった。研究所の中にアナウンスをする時にこの部屋を使うのだ。
「そう言えば、さっき、全がここを使っていたね。よし!」
 湊は連での手を引いて放送室の中に入る。全が慌てていたのか、ここには鍵がかかっていなかった。
 湊は機材のスイッチが入っている事を確認すると、目の前のマイクに向かって大きな声を出した。
「一真さん、征市さん、彩矢さん、僕は放送室です!助けに来て下さい!」
 放送を終えると、湊は蓮華を見た。
「お友達が、助けに来てくれる?」
「きっと、大丈夫だよ。僕の仲間がここまで来てくれる。そしたら、もう怖い事なんて何もない。心配いらないよ」
 湊は蓮華の顔を見て、これからどうするか考えた。
 ここから逃げる事で、蓮華の身の安全は保障される。しかし、彼女をどうやって生活させたらいいかが判らない。
 自分だって同じだ。いざとなったら、陸と同じようにトライアンフで働けばいいかもしれないが、若月の手から離れて生活できるかどうか判らない。まだ子供だから、一人で生活できる力などないのだ。
「あの人、悲しそうだったね」
 蓮華が静かに口を開く。これからの生活について考えていた湊は、その一言で現実に引き戻された。
「あの人って?」
「蓮華の部屋に来た男の人だよ。怖いけれど、悲しそうな目をしてた。何でかな?」
 蓮華に聞かれて、湊は答えにつまる。所長も、今まで陸が救ってきたプライズと同じように、哀しい器なのかもしれない。
 湊がそんな事を考えていると、放送室のドアが開いた。征市達だと思ってドアを見た湊は息を飲んだ。そこには、目を血走らせた所長が立っていたからだ。
「その子供を渡せ。娘を……小春を蘇らせるのに必要なんだ」
 所長が蓮華を狙っているのを見て、湊は、彼女をかばうように蓮華に背を見せて立つ。そして、カードを取り出して威嚇した。
「やめて下さい。あなた達に渡したら、蓮華が……いなくなってしまうじゃないですか!」
 蓮華の目の前で「殺されてしまう」とは言えず、湊は言葉を選んだ。それを聞いた所長は、それが些細な事であるような顔で湊を見る。
「欲しいのは小春だ。その子供じゃない!邪魔をするな!」
 所長は懐からデッキを取り出した。驚く湊の前に、黒いシールドが五枚現れる。
「そんな……。デュエリストだったなんて……!」
「全、と言ったかな。彼に肉体を改造してもらったのだ。いずれ、トライアンフという奴らが我々の邪魔をしに来る。だから、我々の手で邪魔者を排除できるようにしてやる、とね!」
 湊は悔しさに奥歯を噛みしめながら所長を見ていた。
 全が所長に手を出していたのは予想外の出来事だった。肉体を改造したという事は、彼の体には怪人の肉体と同じような部分があるのかもしれない。所長は、目的のためにそこまで悪魔に魂を売り渡してしまったのだ。
 湊もデッキを取り出すと、目の前に緑色のシールドを並べる。五枚のカードを手札として取り、所長を見た。そこで、湊は信じられないものを見た。所長の背後に小春がいるのだ。蓮華にも見えるかと思って振り返ったが、彼女は湊の背中に頭を押しつけて隠れているので見る事ができない。
「渡さないのなら、失敗作のお前を廃棄して奪い取る!」
 所長も気づいていないようだった。湊が小春を見ると、彼女は湊にだけ聞こえるような小さい声でこう言った。
「お父さんを止めて。この戦いで勝って」
 小春の言葉に湊は首肯して答える。そして、所長を見た。
「哀しい器よ、目覚めなさい」

 念の場にいる《ダンディ・ナスオ》、《タイム・トリッパー》、《青銅の鎧》が《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》の炎に包まれていく。その炎を振り切って、征市の《無頼勇騎ウインドアックス》が巨大な斧を念のシールドに振り下ろした。
「これで、お前のクリーチャーは全滅だ!前みたいに《キリュー・ジルヴェス》の力を使って特攻なんかはさせないぜ!」
 念のデッキで最も警戒すべきなのは、切り札の《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》だが、それ以外にも凶悪なカードは大量に入っている。
 今、征市が挙げた《鎧亜の咆哮キリュー・ジルヴェス》もその一枚だ。《キリュー・ジルヴェス》が場に出たターンのみという限定された時間だけだが、場にいる自分のクリーチャーにスピードアタッカーとスレイヤーを追加し、破壊されてもマナに行く能力を与える。念のデッキに入っている小型クリーチャーのほとんどは場に出た時に仕事を終えるため、後は何もしない事が多いが、《キリュー・ジルヴェス》の能力を悪用して大型クリーチャーを倒す鉄砲玉として利用する事もある。
 征市が《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》の能力を使って小型クリーチャーを破壊したのには、《キリュー・ジルヴェス》の能力を使わせないためでもあった。
 征市の場には、《ウインドアックス》と《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》が一体ずつ。そして、シールドが五枚残っていた。
 それに対して、念のシールドは三枚。クリーチャーも全滅してしまった。それでも油断はできない。念は、マナも手札も充分揃っているからだ。
「いい反応だ。だが、それでは俺を止められん!」
 念のシールドの前に金色の魔方陣が現れる。そこから炎と共に巨大な影が現れた。爪が伸びた白い足が、大地に叩きつけられる。
「ひっ!」
 その巨大さと荘厳さに驚き、彩弓が悲鳴を上げる。征市も自分の本能が発する警告を押さえるのに必死になっていた。
 巨大な大砲を背負い、青い鎧を纏い、立ちふさがる敵を叩きつぶして主に勝利を運ぶ龍。《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》が姿を現したのだ。
「シールド・トリガー《インフェルノ・サイン》だ。既に《ダンディ・ナスオ》の効果で墓地に送っていたこいつを呼び寄せた。そして、お前のクリーチャーにはこいつで対処する!」
 念がカードを投げると、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の横で青い火柱が立った。その火柱から青と黒の体色で四本の腕を持ち、それぞれの腕に透き通るような刀身の剣を持った龍《バザガジール・ドラゴン》が現れる。
 《バザガジール・ドラゴン》は、《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》の眼前に目にも留まらぬ速さで移動すると、四本の剣を突き出して《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》の鎧を砕き、胴体に剣を突き刺した。
「次はシールドだ!《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》で攻撃!」
 念の命令を聞いた《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》は姿勢を低くすると、大砲の照準を征市のシールドに向けた。天まで届くような轟音と共に、大砲が火を吹き、二つの炎の弾が打ち出される。炎の弾は征市のシールドをたやすく突き破ると、空に向かって飛んでいった。遥かかなたまで飛んでいった後、花火のように大きな音を出して消える。
「研究所を傷つけるわけにはいかない。わずかだが、出力は抑えた」
「嫌みのつもりか?俺には全力を出す必要がないって言いたいのかよ!」
「違うな」
 吠える征市を、念と《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》が見る。
「《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》で完全に焼き尽くすと言っただろう。今のお前はさっきと違い、腑抜けではないが、その言葉に嘘はない。どんな相手でも、丁重に葬ってやるのが俺のやり方だ。出力は最大ではなくても、全力である事に変わりはない!」
 《バザガジール・ドラゴン》が体から青い炎を噴き出してカードに戻っていく。それは、征市のターンになったという合図だ。
「全力か。だったら、俺も全力で行くぜ!」
 征市が場に一枚のカードを投げる。すると、場の《ウインドアックス》がマナへ移動し、マナから三枚の赤いカードがバトルゾーンに飛び出し、空中で融合した。星が生まれるような爆発と共に、体が赤い炎で包まれた、要塞のような不死鳥が現れる。
「《超神星アレス・ヴァーミンガム》。俺の切り札の一つだ」
「ほぅ……。そういう手で来たか」
 《超神星アレス・ヴァーミンガム》のパワーは一万を超えている。《バザガジール・ドラゴン》はタップされていないクリーチャーでも攻撃可能だが、パワーは8000だ。念が《アレス・ヴァーミンガム》を倒すには、除去呪文を使うか《キリュー・ジルヴェス》を使うしかない。
「念、切り札のパワーが足りないっていうのがお前のデッキの弱点だ!《アレス・ヴァーミンガム》でW・ブレイク!」
 《アレス・ヴァーミンガム》の二門の大砲が念のシールド二枚を撃ち抜く。征市が警戒していたシールド・トリガーは出る気配がなかった。
「《アレス・ヴァーミンガム》のパワーならば《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》も打ち倒せる。それをしなかったという事は、真正面から殴り合う覚悟を決めたと考えていいな?」
「どうかな?」
 征市と念は歯をむき出しにして笑い合う。その一瞬後に、念は《バザガジール・ドラゴン》を召喚し、二体の龍に命令を下した。
「《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》!《バザガジール・ドラゴン》!シールドへの総攻撃を開始だ!」
 《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の大砲が火を吹き、征市のシールドを焼き尽くす。さらに、その炎の後から飛んできた《バザガジール・ドラゴン》が四本の剣で最後のシールドを細切れにしていった。最後のカードはシールド・トリガーではなかったが、それが無事に手札に戻ったのを見て征市は微笑む。
「最後のシールドを《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》で焼かなくていいのかよ?シールド・トリガーが出たかもしれなかったんだぜ?」
「お前が殴り合う事を選んだのだ。ここで逃げた奴は勝つ事ができない」
「嫌いじゃないぜ。お前みたいな考え方をする奴。敵にしておくのが勿体ない」
「全くだ。だが、敵同士だからこそ、ここまで熱い戦いができるのも事実!」
 念の言葉に満足したように笑った征市はカードをタップすると、戻って来た最後のシールドに六つの赤いマナを注ぎ込む。炎を纏ったそのカードは征市の手を離れ、場に降り立つ瞬間に甲冑を来て二本足で立つ龍へと姿を変えた。
「行こうぜ、《ボルシャック・大和・ドラゴン》!!」
 征市の声を聞いて、《ボルシャック・大和・ドラゴン》は高らかに吠えると腰の鞘から刀を引き抜いた。その刀の切っ先は、最後のシールドとそれに守られた念に向いている。
「《アレス・ヴァーミンガム》で最後のシールドをブレイク!」
 《アレス・ヴァーミンガム》の二門の大砲が一枚のシールドに向かって弾丸を発射する。一枚のシールドをブレイクするのには過剰なエネルギーを受け、最後のシールドは粉々になって砕けた。細かい破片が集まってカードに戻ると、それが念の手元へ飛んでいく。それを見た念は、征市に視線を移し、口を開いた。
「見事だ、相羽の孫。俺の前で名乗る権利を与える」
「何?」
 眉をしかめる征市に、念は続ける。
「俺は、敵の名を覚えるつもりはない。名乗らせるのは、ライバルとしてふさわしいと認めた者だけだ。人間で俺の前で名乗ったのは相羽総一郎、ただ一人。お前で二人目だ」
 それを聞いた征市の心が震える。総一郎の名を出された事で研究所の中で見た人造デュエリスト試作一号機に関する資料が頭をよぎったが、それはすぐに消えた。それ以上に総一郎と同じように認められた事が嬉しい。
「じいさんと同じくらいに強くなったって思っていいのか?そいつは嬉しいな。だけど、残念だ。せっかく認めてくれたライバルも、今、ここで消えちまうんだからな!」
 征市は鋭い目で念を見た。二人の間に流れる空気を感じ取り、彩弓は一歩下がってそれを見つめる。今だけ自分に課せられた使命を全て忘れ、戦う事だけを考えた二人がそこにいる。しばらく見つめあった後、征市が口を開く。
「俺の名は、相羽征市。お前が覚える最後の名前だ!」
 征市の言葉を合図に《ボルシャック・大和・ドラゴン》が動き出す。助走の後、跳躍して刀を両手で握る。着地と同時にそれを念に向かって振り下ろした。砂埃が舞い、念の姿は見えなくなった。
「念、俺の勝ちだな」
 自分の勝利を噛みしめるように、征市はゆっくりとその言葉を呟いた。すると、それに答えるように
「そうだ。この戦いはお前の勝ちだ」
という念の声が砂煙の中から聞こえてきた。目を見開いて征市が声の聞こえた場所を見る。彩弓も征市が勝利したものだと感じて、驚きの表情で砂煙の中を見た。
 砂煙が晴れると、そこに刀を両手で持った《ボルシャック・大和・ドラゴン》の姿があった。両腕に力を入れて、何かを押している。それを見た征市の脳裏に嫌な光景が浮かんだ。それを否定しながら刀の先を見ると、そこに無傷の念が立っている。彼は両手で《ボルシャック・大和・ドラゴン》の刀を受け止めていたのだ。
「さすがにこれほどのパワーは堪える。だが、耐えてみせよう。ライバルに会えた喜びが俺に力をくれるのだからな!」
 獣の咆哮にも似た声と共に、念が腕を動かす。すると、《ボルシャック・大和・ドラゴン》の刀が音を立てて折れた。バランスを失ってよろめいた《ボルシャック・大和・ドラゴン》の胴に向かって、念の拳が突き出される。鋭い正拳突きを受けて《ボルシャック・大和・ドラゴン》は倒れた。
 念は肩を落とし、震える手でカードをデッキケースの中に入れると征市に背を向けて歩き出した。
「今日という日を俺の胸に刻んでおこう。また会える日を楽しみにしている」
 念は結界を拳で突き破り、脱出する。征市はそれを追わなかった。今、追いかければ倒す事ができたかもしれないが、それは無粋であったし、それ以前にやらなければならない事があった。
「彩弓。この研究所に湊が閉じ込められているみたいなんだ。探すのを手伝ってくれ」
「湊君が!?えっと、よく判らないけれど、この建物の中から探せばいいんだよねっ?」
 彩弓は、研究所と湊の関係が判らず混乱していたようだが、やるべき事だけは理解してくれた。
「ああ。だけど、何がいるか判らないから手分けしてってわけにはいかないよな。俺についてこい!」
 征市はそう言うと、建物に向かって走り出す。彩弓もそれに続いた。
 二人が建物に入ってしばらくすると、一真と彩矢に出会った。
「菜央はまだ戦っているのか?」
「ええ、まだ陸君と一緒に外にいるみたいです」
 征市の問いに彩矢が答えた。その後、すぐに一真が口を開く。
「さっき、湊の声で放送があった。一度、放送室に行ってみよう。まだあの近くにいるかもしれない」
 一真の提案を聞き、メンバーは放送室を目指す。その途中で、征市は彩弓と彩矢の顔をちらりと見た。彩矢は征市の視線に気付き、
「何ですか、旦那様?あ!こんな時に、横顔がキレイだね、なんて言って口説くのはなしですよぉ!」
と、からかうような口調で言った。
「そ、そんな事言わねぇよ!」
と、答え、征市は人造デュエリストに関する資料を思い出す。あれには、彩弓と彩矢が征市のバックアップだと書かれていた。二人がそれを知っているのかどうか、征市には判らない。そして、それについて話を切り出す事もできない。
(今、話すべき事じゃないってのは判っている。だけど、気になるな)
 疑問を胸に抱え、征市は放送室への道を急いだ。

 陸の《凶刻の刃狼ガル・ヴォルフ》の剣が菜央の手札とシールドを貫く。次のターンでは、菜央の《迅雷の精霊ホワイト・ヘヴン》が陸の《ガル・ヴォルフ》を撃ち抜き、シールドに変えた。
 カードを出すたびに二人の視線がぶつかり合う。焦りを内に秘めた陸の視線に対し、菜央の目は落ち着きを持った色をしていた。陸は今までその目を見た事がなかったため、知る事がなかったその目。それは菜央が敵に向けて見せる目だった。
「僕はどんな事をしてでも目的を果たす!絶対に果たすんだ!」
 大声を出して菜央を威嚇しないと決意が揺るぎそうになる。陸は手を前に突き出し、クリーチャーへの攻撃の合図を出した。それを見て陸の《デュランザメス》が動き出す。《デュランザメス》は持っていた剣や斧を三枚のシールドに叩きつける。これで菜央のシールドは残り一枚になってしまった。
 陸のクリーチャーはシールドへの攻撃に使用した《デュランザメス》と召喚したばかりの《ガル・ヴォルフ》の二体だけだ。他のクリーチャーは場に残る事なく、シールドやマナに変えられてしまった。そのため、陸のシールドはまだ四枚残っている。しかし、この中の三枚は陸が召喚したクリーチャーである事が判っている。中身が判らないのは一枚だけだ。
 菜央のシールドは一枚でクリーチャーは《ホワイト・ヘヴン》と《無頼聖者スカイソード》だけだ。二体のクリーチャーで陸の巨大なデーモン・コマンドを倒すのは不可能に近い。しかし、菜央の目の奥に潜む情熱には陰りがなかった。
「陸君は、本当に目的を果たせると思っているんですか?」
「えっ?」
 菜央の質問を聞いて、陸は軽く驚いた顔をする。
「研究所の建物の中に、一真さんと相羽さんと一ノ瀬さんが向かいました。この三人ならば、途中で妨害されても目的地にたどり着き、実験を止める事ができるでしょう。それに、陸君が自分のやっている事に迷っています」
「そんな事はない!」
 陸は大きな声で菜央の言葉を否定する。だが、力強く否定しても、その言葉は自分の中で響いていた。それを振り払うように頭を振って、陸は再び、叫ぶ。
「僕は死んでしまった仲間を取り戻す!例え、何かを犠牲にしてでも……。何を敵に回してでもやり遂げなくちゃならないんだ!それが僕の……僕の償いだ!」
 陸の悲痛な叫びが空に吸い込まれる。菜央はそれに対して何も言わず、一枚のカードを場に投げた。するとそのカードが発する緑色の光を浴びて、《スカイソード》がカードに変わり、マナゾーンへ飛んでいく。その直後、一枚の金色に光るカードが場に飛んできて、《ホワイト・ヘヴン》の体に刺さる。金色の光が《ホワイト・ヘヴン》の体から溢れ出した。
「陸君。これで、チェックメイトです!」
 金色の光の中から同じ色の矢が飛び、《デュランザメス》と《ガル・ヴォルフ》に突き刺さる。それらの矢は二体のクリーチャーをシールドまで押し返す。すると、二体は金色の光に包まれてシールドに変わってしまった。
「何だよ……。何なんだよ、そのクリーチャーは!!」
 陸の前に現れた青いヒロイックな姿のエンジェル・コマンド。白い翼を持った断罪の天使の名は《白騎士の聖霊王 HEAVEN(ヘヴン)》。登場と同時に光文明以外のクリーチャーをシールドに変える進化クリーチャーだ。
 陸のデッキに入っているカードは闇文明を中心に水文明のカードを加えたものだ。墓地に行ったカードを再利用する事には長けていても、シールドに封じられたカードを自在に扱う術はない。
「《白騎士の聖霊王 HEAVEN(ヘヴン)》でT・ブレイク!!」
 菜央の高い声と共に、《HEAVEN》は右手に持っていた弓を引いて放つ動作をする。すると、弓の先からピンク色のビームが出て、陸のシールド三枚を貫いた。それらは菜央が封じたクリーチャーであったため、陸は何も言わずに手札に戻す。その中から一枚を引き抜き、すぐに場に出した。
「《デュランザメス》をもう一度召喚だ」
 《デュランザメス》は陸のデッキに入っている中でも特に高いパワーのクリーチャーだ。しかし、菜央の《HEAVEN》のパワーには及ばない。
「《スカイソード》を召喚!」
 菜央の場に再び、新たな《スカイソード》が現れる。《スカイソード》が両手に持っている剣を振るうと菜央のマナとシールドが増えた。そして、《HEAVEN》が弓を引き、ビームが陸のシールドを貫く。最後のシールドが貫かれた瞬間、陸は頭を抱えた。
「……っ!そんな!」
 しかし、驚いて声を上げたのは菜央だった。最後のシールドを貫いた瞬間、シールドが金色の魔方陣へと変化したのだ。シールド・トリガー呪文《インフェルノ・サイン》が発動したのだ。それを見て、陸が呆けたような顔で呟く。
「そうだ……。ナタリーだ。ナタリーが僕を勝たせてくれるんだ!生き返りたい一心で僕に力を貸してくれたんだ!」
 陸は高笑いをして墓地を見る。その目は、落ち着いていた菜央でもぞっとするほどの狂気を秘めていた。
「出でよ、《冥府の覇者ガジラビュート》!」
 金色の魔方陣をくぐって《冥府の覇者ガジラビュート》が地上に降り立つ。すると、《ガジラビュート》は持っていた剣を菜央のシールドに向かって投げつけた。二枚あったシールドの内、一枚に剣が刺さり、シールドは黒く変化して崩れ落ちていった。
「残りシールドは一枚。だけど、慎重にやらなくちゃ……。逆転されないように……慎重に」
 陸は、玩具で遊ぶ子供のように興奮した顔をしていた。右手に持ったカードを、自分を仰ぐように動かしている。陸が一瞬、悲しそうな顔をして目を伏せた時、それが右手から離れる。
「さようなら、リーダー。僕だって、本当はこんな事をしたくなかったのかもしれない。だけど、今でも忘れられない人がいるんだ。その人達と会うために、何かを捨てなくちゃいけない。僕の邪魔をするのがいけないんだ!それがリーダーの罪なんだ!だから、それを……」
 陸は顔を上げる。その目には涙が溢れていた。
「あの世で神様に懺悔しな」
 カードが《ガジラビュート》に触れた瞬間、その体を黒い光が覆う。その直後、《ガジラビュート》から黒い羽根がいくつも舞い上がった。それに触れた瞬間、《HEAVEN》の綺麗な青い体が黒く腐食していく。菜央のマナにも同じ事が起きていた。黒い羽根に触れた瞬間、手札とシールド以外の菜央のカードが全て破壊されてしまったのだ。
 この症状を見て、菜央は陸が切り札を出した事を理解した。《ガジラビュート》は既に別のクリーチャーへと変化している。鎮座した白い体の悪魔《悪魔神ドルバロム》がそこに現れたのだ。
「クリーチャーもマナもなければ逆転は不可能だ。《デュランザメス》!最後のシールドをぶち破れ!」
 たった一枚のシールドに《デュランザメス》の斧が振り下ろされ、剣が突き立てられる。過剰なまでの攻撃を受けて最後のシールドは崩壊した。
「《ドルバロム》でとどめだ!」
 白い体の悪魔は目を光らせてそれに答える。そして、無防備な菜央に向かって手を伸ばした。
「これでいいんだ。これでいいんだよ!」
『駄目だよ、陸』
 懐かしさを感じさせる声を聞いて、陸は自分の耳を疑った。そして、周囲を見回す。
「ナタリー?」
 それは確かにナタリーの声だった。そして、場の中央にナタリーが現れる。陸がナタリーの名を呼ぼうとした瞬間、彼女は悲しそうな顔で首を振った。
「どうして……?どうして、駄目なの?」
『あの子は、陸にとって大事な人なんでしょう?私や、陸の家族と同じくらい大事な人のはずでしょう?』
 ナタリーに聞かれて、陸は答えに詰まった。ナタリーは優しい声で、話を続ける。
『大事な人がいなくなっちゃう悲しみはよく判っているはずだよね?陸は優しい子だもんね』
「そうだよ。判っているよ……」
 大切な者を失う悲しみはよく判っていた。陸は両親を失い、家族とも言えるネバーランドの子供達を失い、トライアンフの仲間を失った。失う苦しさと悲しさが判っているからこそ、研究所の実験を守る事に協力したのだ。
「だから、ここの実験を守るんだ。そうすれば、僕は悲しくない」
『じゃあ、陸は何で泣いているの?』
 ナタリーに言われて、陸は自分の頬に手を当てる。そこを流れるのは自分の涙だった。
「嘘……。僕、泣いてなんか……!」
『また失っていいの?』
 ナタリーに言われて、陸は頭を抱えてうずくまる。
 判っているつもりだった。実験を守るために戦って勝利したら、倒された自分の仲間は傷つく。死ぬ事がなかったとしても、陸から離れてしまう。愛する人を取り戻すと言って、同じくらい大切な者をまた失うところだったのだ。今度は、他の誰でもない自分の意思で。
『嫌だよね。私もそれは嫌。陸が苦しんで悲しんでまで私を取り戻そうとするなんて、嫌だよ』
 ナタリーの目から涙が流れる。その一滴が地面に落ちた。
『だから……』
 ナタリーの姿が消えていく。それと同時に一滴だった涙の水の量が増え始めた。
『本当に大事な事って何なのか、もう一度考えて』
 ナタリーの姿も声も完全に消える。それと同時に涙は、海のように溢れ《ドルバロム》の体を押し戻していった。水流にもまれた《ドルバロム》は黒い光を発して二枚のカードへと変わり、陸の手元に飛んでいく。陸はそれを掴む事なく、ナタリーが流した涙の水流をずっと見ていた。
 水の中心には、サーフボードで波に乗った青い人型のクリーチャーがいる。陸の罪を責めるように、その相貌が彼を見ていた。
「シールド・トリガー《アクア・サーファー》です。これで《ドルバロム》を手札に戻しました」
 菜央の声を聞いて、陸は現実に引き戻される。そして、目の前で起こった事実を理解した。最後のシールドがシールド・トリガーで、《ドルバロム》は手札に戻され、攻撃ができなくなった。これで陸のターンは終わり、菜央の《アクア・サーファー》が攻撃を仕掛ける。クリーチャーの攻撃やブロックに反応して特殊な状況で場に出る《ハンゾウ》も手札にはない。陸の負けだった。
「ナタリーが止めてくれたんだね」
 陸はそう呟くと、両手を上げて降参のポーズを取った。
「僕の負けです。リーダー、とどめを刺して下さい」
 陸の気持ちを理解したのか《デュランザメス》も持っていた武器を地面に投げ捨てた。菜央はそれを見てカードを全てデッキケースに戻した。陸も同じようにカードをデッキケースに戻す。
「陸君、また力を貸して下さい。いつでもいいんです。私達はあなたを待っています」
「僕はリーダーを攻撃したのに?」
 陸の疑問に対して、菜央は笑顔で答える。
「だって、私達は仲間ですから」
 菜央はそう言うと、建物に向かって走っていく。陸はそれを追う事ができなかった。ただ、目の前の地面をずっと眺めていた。

 征市達三人が放送室に入った時、彼らは一体のクリーチャーの姿に絶句した。
 白い骨でできた体に薄紫色の煙。六本の腕とそれについた鋭い刃物。二本の角がついた髑髏の頭部。
 闇の究極進化クリーチャー《神羅スカル・ムーン》だ。
「やれ、《スカル・ムーン》」
 低い声で所長が命じる。それと共に《スカル・ムーン》の腕が《ドルゲーザ》に振り下ろされ、その体は一瞬でバラバラにされてしまった。
「究極進化かよ、あれは……。とんでもねぇパワーだ」
 究極進化のクリーチャーと何度も戦った事がある征市はその恐ろしさをよく理解していた。究極進化のクリーチャーはただ巨大なだけのクリーチャーではない。何らかの特殊能力を持っているのだ。その特殊能力が湊を追い詰めるかもしれない。
「《西南の超人(キリノ・ジャイアント)》!《ドルゲーザ》を助けて!」
 湊の願いを聞いて《西南の超人》は手から緑色の光を発射する。その光が《ドルゲーザ》の残骸に近づくと、光は強くなり《ドルゲーザ》が再生される。同時に、《西南の超人》はその場に倒れた。
「なるほど。セイバーを使って《ドルゲーザ》を助けたのね!よし!そのまま、やっちゃえ!」
 彩矢が湊を応援した瞬間、所長は近くのテーブルを思いっきり叩いて征市達を見た。
「静かにしろ!もう少しで小春が戻ってくるんだ……。邪魔者はここからいなくなれ!」
 血走った目で睨まれて彩矢は言葉を飲み込む。一真と征市もその目が発する気迫に驚き、何も言えなくなった。
 所長の場にいるクリーチャーは《スカル・ムーン》一体のみ。シールドは三枚残っている。
 湊の場にいるのは、《ドルゲーザ》だけだ。シールドは無傷の五枚だ。
「《西南の超人》召喚!《ドルゲーザ》でシールドをW・ブレイク!」
 命を救われた《ドルゲーザ》の拳が所長のシールドを突く。ひび割れたシールドはカードの姿に戻り、所長の手元に飛んでいった。
「邪魔者め!今から、《スカル・ムーン》の真の力を見せてやる!」
 所長がマナをタップし、一枚のカードにそれらのマナを注ぎ込む。所長がそのカードから手を離すと、カードから黒い手が伸び、《スカル・ムーン》の胴体を貫いた。
「そんな……!自分のクリーチャーを破壊した?」
 信じられない行動に湊は戸惑いを隠せなかった。《スカル・ムーン》はその場に倒れ、黒い手は所長の山札の上のカード三枚を引き、所長の手元に投げる。
「これが《邪魂創世》だ。自分のクリーチャー一体を生贄に捧げ、三枚ドローする呪文だ!」
 命を生贄にする事で効果を発動するその呪文。その効果を聞いて、湊は蓮華の顔を見た。彼女の命を犠牲にして小春を蘇らせようとする所長の思惑が体現したようなカードだったからだ。
「まだ終わりではない。私の下にいるクリーチャーは死なせない。そうだ……。このクリーチャーは小春なのだ!小春を死なせはしない!誰も小春の命を奪う事はできない!」
 早口でまくし立てる所長の声と共に、《スカル・ムーン》の頭部が胴体から分離して飛ぶ。宙に浮いた《スカル・ムーン》の頭部は猛スピードで《ドルゲーザ》に突進し、その体に角が突き刺さった。《ドルゲーザ》が苦悶に呻いた時、その体が一瞬、黒く光って消えた。そして、《スカル・ムーン》の頭部は胴体に戻り、再び融合して立ち上がった。
 何が起こったのか理解できず、湊も征市達も目を丸くしてその場を見ていた。愉快そうな顔で所長が解説する。
「《スカル・ムーン》は死なない。他者の命を奪う事で蘇る事ができるのだ!」
 所長は蓮華を見た。湊の背中にしがみついていた彼女の震えが、少年に伝わる。
「小春にお前の命を差し出せ。《ドルゲーザ》が《スカル・ムーン》に命を捧げたように!」
「《西南の超人》!」
 湊の命令を聞いて、《西南の超人》は《ドルゲーザ》がいた場所に手を伸ばす。しかし、その手から緑色の光は出ない。
「無駄だ。《スカル・ムーン》は命を操る。《スカル・ムーン》に命を捧げた者は助かる事がない!」
 《スカル・ムーン》の腕が湊のシールドに振り下ろされる。その途端、湊のシールド三枚が砕け散る。
「T・ブレイカー!?こんなクリーチャーに何度も攻撃されたら、耐えられない!」
 湊は《スカル・ムーン》のパワーに恐怖した後、自分の手札を見た。シールドを三枚ブレイクするT・ブレイクは強力だが、それによって手札も三枚増える。戦いの選択肢が広がるのだ。湊は手札にあるカードを見て、その中の一枚を掴んだ。
「《西南の超人》!進化だ!」
 湊の手から飛んだカードが《西南の超人》に刺さり、緑色の光に包まれてその体が変化する。頭上には太陽のような赤い球体が浮かび、体は緑色のオーラでできた巨人のようなクリーチャー《宇宙巨匠ゼノン・ダヴィンチ》だ。
「《ゼノン・ダヴィンチ》!最後のシールドをブレイク!」
《ゼノン・ダヴィンチ》の頭上の球体が所長のシールドに突っ込んでいく。巨大な球体の重さに耐えきれず、シールドは音を立てて割れていった。その中にシールド・トリガーはなく、所長はそれを手札に戻す。
「無駄だと言っている!再び《邪魂創世》だ!」
 所長の手札のカードから黒い手が伸び、《スカル・ムーン》の命を奪う。そして、《スカル・ムーン》は失われた自分の命の代わりとして《ゼノン・ダヴィンチ》を狙った。《ゼノン・ダヴィンチ》は黒い光と共に消え、頭上の球体が地に落ちる。
「《スカル・ムーン》の命は絶対に尽きない!小春の命と同じように誰にも消す事はできないのだ!」
 《スカル・ムーン》によって残っていた二枚のシールドも破られる。シールド・トリガーもなく、所長が言うように《スカル・ムーン》を倒す方法がない。
「諦めろ!そして、その娘を寄越せ!」
 湊は、所長に対して首を振る。所長は近くの机を叩いて威嚇するが、湊の決意は変わらない。変わるはずがなかった。
「命は物みたいに誰かにあげたり奪ったりできるものじゃない。人にたった一つだけある大切なものなんです。だから、僕は誰にも蓮華の命を渡さない。あなた達が小春さんを蘇らせるためだけに蓮華を生み出したとしてもそれは変わらない!」
「この……ガキが……!」
 所長は怒りで手を震わせる。十二歳の子供にここまで言われているのだ。激昂しないわけがない。
「若月さんの言う通りです」
 凛と響く声を聞いて、征市は振り向いた。そこには、菜央が立っていた。征市達は菜央に対して道を開ける。菜央は湊達に近づいて口を開く。
「命は誰かから奪うものではありません。それに、誰かにあげるためのものでもありません」
「どいつもこいつもふざけた事を……!どちらにしても、このガキは終わりだ!《スカル・ムーン》は誰にも殺せない!どんな者の命を奪ってでも生き延びるのだ!」
 所長の声を聞いた菜央はその場を見る。それだけで、彼女は全てを理解したようだった。
「若月さん。この人に命を教えてあげて下さい」
 自分達のリーダーの言葉を聞き、湊は頷いた。それと同時に、赤い球体が震える。
「聞いて下さい。命は一つしかない大切なものなんです。だから、誰だって誰かの命を奪う権利はないんです。それを判って下さい」
 湊の前で赤い球体が二つに割れる。その中から出て来たのは《ドルゲーザ》だった。突然のクリーチャーの登場に、所長は反論するのを忘れてその姿を見る。
「《ゼノン・ダヴィンチ》は進化クリーチャーが破壊された時、マナのカードに新たな命を託します。この効果で僕は 《ドルゲーザ》を出しました。《ゼノン・ダヴィンチ》が破壊された時に出たのだから、今、攻撃できます。つまり、僕の勝ちです」
 それを聞いた所長は力なくその場に座り込む。それと同時に《スカル・ムーン》がカードの姿に戻り、彼の足元へ飛んでいった。他のカードも力を失ってその場に落ちる。
 決着がついたように見えた。だが、所長は再び血走った目で湊を睨む。
「諦めん!その子供を私に寄越せ!」
「まだそんな事を!いい加減にして下さい!」
 湊が耐え切れず所長に掴みかかろうとした時、彼は後ろから腕を引っ張られた。立ち止まると、蓮華が彼の前に出る。前に出る瞬間、彼女は湊の顔を見て
「ありがとう、湊君」
と、言った。その言葉遣いは蓮華のものではない。湊はそう思いながら、目の前で起こっている事が信じられず、何度も瞬きをした。
 蓮華が自分の目の前で立ち止まったのを見て、所長の体は歓喜で震えた。
「おお……!来たか!これでいい。これで長年の夢が――」
「お父さん」
 少女が口を開いた時、所長の目の奥にあった狂気が少しずつ薄れていった。そして、所長は蓮華ではないその少女の名を口に出す。
「小、春……?」
「私がいる事にやっと気がついてくれたんですね」
 そう言って、蓮華の体を借りた小春は父に微笑んだ。
「ああ!小春!どうして……。まだ蘇らせるためのプロセスを何も行っていないのに……。まさか、奇跡が起きたのか!?」
 何が起こったのか判らず、自分の考えを口に出す所長に対して小春は首を横に振った。
「違うんです、お父さん。私は今、蓮華ちゃんの体を借りてしゃべっているんです。私が死んでからずっと思ってきた事を言います」
 小春の顔に哀しそうな表情が宿る。
「もう、やめて下さい。研究所の人達がどれだけがんばっても、死んだ人は蘇らないんです」
「そんな事はない。現に小春は、今、こうやって蘇っているじゃないか!」
「それは特別なんです。多分――」
 小春はここで湊の顔を見る。
「湊君の力と蓮華ちゃんの体を少しだけ借りたからなんです。不思議な魔力が起こしたちょっとした奇跡のお陰で話ができているんです」
 小春は征市達を見て
「放送を研究所の建物全てに届けて下さい」
と、頼んだ。それを聞いて征市が機材のスイッチを入れる。
「私は自分が死んでから、ずっとお父さんの事を見てきました。苦しんでいるお父さんの姿をずっと見てきたんです。とても悲しい時間でした」
 悲しい小春の声が放送室に響いた。彼女は話を続ける。
「私を蘇らせようとするお父さんを見て、私は何度もやめて、って叫びました。でも、何度叫んでもお父さんに私の声は届かなかったんです。このままでは、誰かの命が私の犠牲になってしまいます。そんな事は耐えられない。そう思って焦っていた時、私は湊君の夢に出る事ができたんです」
 自分の名前が話の中に出てきて、湊は戸惑った。それと同時に、予知夢の中に初めて小春が出てきた時の事を思い出していた。
「私は湊君が不思議な力を持っている事を知りました。それと同時に、湊君には私の姿が見える事も知りました。私の言っている事を理解してもらうのには時間がかかったけれど、何とか間に合って、今、こうやってお父さんと話をしています」
「小春がこうやって私の前に出て来られた理由は判った。それで、お父さんに何をして欲しいんだ?もうすぐ蘇らせてあげるから、待っていておくれ」
 所長は優しい声で小春に語りかける。それに対して、小春は首を横に振った。
「私は蘇る事なんて望んではいないんです。お父さんもそれだけを見ないで下さい。もっと大切な事があるんです」
 所長は反論できなかった。自分の娘の願いを、微動だにせずに聞いている。
「自分の時間を止めないで下さい。私、お父さんがずっと研究を続けるのを見ていました。とても苦しそうだった。だから、お願いです。もう苦しそうな顔も哀しそうな顔もしないで、自分が本当にしたい事をして生きて下さい。それが私の願いです」
 所長は小春を抱きしめ、泣き崩れた。声を上げて泣いている。
「一人では……寂しい」
「研究所の人達がいます。それに、私もずっとお父さんのそばにいます。今までも、これからも」
「本当なんだな?小春はずっと私のそばにいてくれるんだな?」
「もちろんです。お父さん」
 所長の腕の力が少し強くなる。小春も、父親の事を強く抱きしめた。
「ありがとう、お父さん。この体とはもうお別れです。でも、お父さんとお別れするわけじゃありません」
 小春は湊に目をやった。
「ありがとう、湊君。今までお父さんを助けてくれる人をずっと探してた。助けてくれたのは……手を差し伸べてくれたのは湊君だけだった。本当にありがとう。……そして、さようなら」
 少女は静かに目を閉じる。その瞬間
「これから、ずっとお父さんが幸せでいられますように……」
と、願って。

 征市達は建物の外を歩いていた。
 あれから、小春の意識は消え、蓮華の意識が戻った。娘との約束を破る事もなく、所長が蓮華を犠牲にして小春を蘇らせようとはしなかった。征市は、所員達が納得するかどうか心配していたが、所内に流れた放送が心を打ち、彼らも蓮華の命を犠牲にするような事はしなかった。
 これから研究所がどのような道に進んでいくのかは判らない。だが、命を犠牲にして誰かを蘇らせるような事はしないだろう、と征市は考えていた。
「なあ、湊」
 征市に呼ばれて、湊は彼を見る。
「小春……だっけ。あの子はいなくなっちまったのか?」
 蓮華が意識を取り戻した時、彼女は自分の事を抱き締めている所長に気付いた。そして、彼が泣いているのを見て、その頭を静かに撫でたのだ。自分を追い掛けた人物で、恐怖する理由はあっても、彼を慰める理由などないと言うのに。
「いいえ。小春さんが自分で言ったでしょう?いつまでも、お父さんのそばにいますよ」
 あの後、湊は部屋を出る瞬間、確かに小春の気配を感じ取っていた。だから、安心して研究所から出られたのだ。
 彼女もいつかは成仏して父の前から消える時が来るのかもしれない。それでも、その時まで彼女は父の幸せを願って祈り続けるのだろう。
 そんな小春の幸せを願いながら、湊は歩いていた。
征市が顔を上げると、そこに陸が立っていた。居心地が悪そうな顔で征市達を見ていたが、やがて、何かを決心したような顔で口を開いた。
「リーダー。僕、今でも、忘れられない大切な人達がいるんです。さっきの放送は聞こえていたけれど、それでも僕は忘れられない。前に進む事なんてできないかもしれない」
「そう……ですか」
 菜央は陸に近づく。その顔は少し悲しそうだった。
「でも、陸君は――」
 菜央がそこまで言いかけた時、陸は菜央を突き飛ばした。突然の事に、菜央は驚いた顔で陸を見る。彼の顔には辛そうな汗がにじんでいた。
「陸君?」
「確かに今でも忘れられない。前に進む事なんてできないかもしれない。でも、今の僕の周りにも大切な人はたくさんいるんです。前に進む事ができなくても進めるように努力する事はできる。だから……」
 陸の体に変化が起こり始めた。彼の体が手足から金色に変化していく。そのスピードは驚くほど早く、話している間に腕も腰も金色になってしまった。
「僕の事、嫌いにならないで下さい。また、仲間として、一緒にいて下さい」
 そう言った時、陸の体は全て金色に変わってしまう。それはまるで、全身が金でできた彫像のような姿だった。
「嘘……。陸君?陸君!?」
 金色に変わった陸に菜央が掴みかかる。だが、彼の体に変化はない。
「ほーほっほっ!成功よっ!成功だわっ!」
 彼らの耳に、不快な敵の声が入る。それは全の声だった。彼が遠くから歩いて来る。その隣には黒いマントで首から下を隠した男も一緒だった。
「全!お前、陸に何をした!?」
「教えてあげましょうか?」
 全がそう言って隣にいる男を見る。腰まで伸びた長い金髪をなびかせて、その男は腕を伸ばす。彼の腕は金色の鎧に覆われていた。その指先から、金色に光る光線が征市めがけて発射される。
「危ない!」
 そう言って、彩矢が征市の前に飛び出して来た。征市が止めるのも間に合わず、彼女は光線を受けて陸と同じように全身が金色になってしまう。
「判ったかしらっ!こうやって、金色に変えてやったのよっ!」
 全は勝ち誇ったような顔で隣にいる男を指した。そして、こう告げる。
「この子は、小生がこの研究所の研究データを元に作りだした究極の怪人よ。いや、怪人を超えた存在!あらゆる生命を超越した究極生命体よっ!」

 『File.38 始まる究極との激突』につづく
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