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『コードD』File.40 香水

『コードD』
 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 年明けの征市(せいいち)達の初仕事は、怪盗アルケーからプライズを守る事だった。未来地区にあるプライズを盗むという予告状が来たのだ。
 未知なる敵を相手にするため、菜央(なお)は怪盗アルケーと対決した過去を持つ赤城勇騎(あかぎゆうき)と立法(りっぽう)高校新聞委員会のメンバーを呼び、彼らの力を借りる事にした。新聞委員会のメンバーで勇騎を信頼している少年、一ノ瀬博成(いちのせひろなり)、新聞委員会の委員長を務める少女、青海(おうみ)ゆかり、そして、女好きの美形の青年金城豪人(かねしろごうと)と共にトライアンフのメンバーは閉館後の博物館に潜入する。そこに現れたのはプライズの窃盗団だった。それを見た勇騎は彼らが怪盗アルケーではない事とアルケーは女性である事を話す。征市達はデュエル・マスターズカードを使って偽者のアルケーを撃破するが、彼らには逃げられてしまった。
 彼らの逃走を手伝ったのは、偽のアルケーと共に仕事をしている謎の女性、九條(くじょう)かほるだった。幻(げん)に依頼されて仕事をする彼女は次の獲物に狙いを定めるのだった。

  File.40 香水

 電灯を消し、暗くした事務所の部屋の中で陸(りく)が立っている。彼だけは、スポットライトに照らされているかのように、光が当たっていた。
「え~、皆さん。今回の犯人は大胆不敵と言わざると得ません。あの有名な怪盗アルケーの名を騙っているのですから。信じられません。彼らにも怪盗アルケーを名乗るにふさわしい実力があったらしく、私達の手から逃げてしまいました。しかし、このままで済むでしょうか?え~、芸術家の偽者が現れた場合、本物は偽者を激しく糾弾する事でしょう。もしかしたら、本物の怪盗アルケーは既に私達の前に現れて、偽者を観察していたかもしれない。ヒントは……巨乳。遠山陸三郎でした」
 言い終えるのと同時に全ての電灯がつく。そして、それを見ていた征市が口を開いた。
「陸。何やってんだ?」
「何って、古畑任三郎の物真似ですよ。セーイチさん、知らないんですか?」
「そういう事聞いてるんじゃねぇよ!何で事務所で物真似しなくちゃいけないのかって聞いてるんだ!」
 征市は怒鳴って近くにあったデスクを叩く。それを見た陸は、指を振りながら説明を始めた。
「判ってないですね、セーイチさんは。いいですか!今回の僕達の敵は怪盗を名乗っているんです!相手が怪盗を名乗るなら、こっちは名探偵で対抗してやろうじゃないですか!犯罪撲滅ですよ!」
「古畑は探偵じゃなくて刑事だろ?」
「細かい事はいいんですよ。あと、セーイチさんの分も用意しておきましたから」
 陸はそう言うと、近くにあった紙袋を征市に渡す。征市がそれを開けると、中にはインバネスコートと鹿打ち帽が入っていた。征市は不機嫌そうな顔で鹿打ち帽をかぶる。
「似合ってますよ。あとは、これですね」
 陸は自分のデスクの引き出しを開けると、パイプを取り出して征市に渡した。
「俺、タバコは吸わないんだけど。それに未成年だし」
「大丈夫ですよ。最近の禁煙志向に合わせてタバコじゃなくてシャボン玉が出るようになってますから!」
「ガキのおもちゃかよ!」
 征市は怒鳴って鹿打ち帽を叩きつけた。「せっかく、100円ショップで買ってきたのに……」という陸に
「勇騎達はもう宇宙科学館に行ってるんだぜ。俺達も急ぐぞ!」
と、言って事務所のエレベーターに向かった。
「あ、待って下さいよ!これだけは持って行って下さい!」
 陸は真剣な顔でそう言うと引き出しから三毛猫のぬいぐるみを取り出した。顔は白と茶と黒の毛が三色アイスのように分かれている。
「なんだ、そりゃ?」
「何って三毛猫の方のホームズですよ。セーイチさんがシャーロック・ホームズやってくれないんだったら、猫の方で我慢しますから!」
 征市は溜息を吐いて顔をしかめると何も言わずにエレベーターに乗り込んだ。
偽者の怪盗アルケー達が起こした事件から数日が経った。トライアンフは勇騎達や魔法警察の力を借りて周辺を調査したが、手掛かりは発見できなかった。そんな彼らを嘲笑うかのように、偽者のアルケーから再び、予告状が届いた。それは「宇宙科学館にある『空の石』を奪う」というものだった。今度こそ偽者のアルケーを捕えるために、トライアンフのメンバーと立法高校新聞委員会のメンバーは宇宙科学館に行く事にした。
「おかしな点が多いよな」
 市営地下鉄に乗って征市は口を開く。宇宙科学館の最寄り駅までは市営地下鉄で二十分ほどかかる。
「お、推理開始ですね。ミステリーっぽくなってきたな!」
 調子に乗る陸を無視して、征市は考えをまとめるために口を開く。
「今まで偽アルケーは予告状を出さなかった。何故、今になって予告状を出したんだ?」
「出すのを忘れてたんじゃないですか?もし、そうだったら、ドジですよね?」
「あのな……。本物のアルケーだって予告状を出さないんだぜ?今まで、ほとんどの奴が本物のアルケーの犯行だって思っていたんだ。偽者だって気付いていたのはアルケーに詳しい勇騎くらいのもんだろ。それともう一つ。俺達以外にも警備員がいたはずの博物館で、どうやって奴らが入って来たのか?」
 征市にとってはそれが重要だった。博物館では、過去にジャロールや魔道書同盟によって引き起こされた事件を参考に、警備を強化していた。今回は予告状が来ていたから、さらに警備に力が入っていたはずである。
それにも関わらず、偽者のアルケー達はすんなりと博物館に潜入していた。征市達がいなかったら、プライズを盗まれていたに違いない。
「とりあえず、宇宙科学館に着いたら、勇騎達の意見を聞こう。アルケーに関する情報はあいつらの方がたくさん持っているんだし、俺達二人で考えていても埒があかねぇ」
「そこで僕の名推理を披露すればいいんですね」
「しなくていいよ」
 征市はそう言うと、座席に体を預けて目を閉じた。

 普通の会社員にしか見えない黒髪の女性、九條かほるは、幻に一枚の紙を見せた。
 二人がいるレストランには、昼食を食べるために色々な人達がいた。周りからは、彼らは仕事の打ち合わせをしながら会食をしているように見える。それは間違いではない。
「これが空の石かい?普通の隕石じゃないか」
 幻はそれを見て口を尖らせる。かほるが見せたのは宇宙科学館のホームページにある空の石の写真をプリントアウトしたものだった。空の石は掌に乗るほどの大きさの隕石でどこから飛んできたものなのか判らない。
 彼は魔道書同盟の中でプライズの調査やそれを使った作戦を担当してきた。そのため、怪人の製作を担当する全(ぜん)や、戦闘が専門の念(ねん)よりはプライズに関する知識が豊富で目が利く。彼の目には、空の石はただの石にしか見えなかった。
 幻が落胆した顔を見て、かほるは溜息を吐き、口を開く。
「魔道書同盟の目利きだと聞いていたが、その程度か。失望したな」
「何だって?」
 かほるの挑発的な言葉遣いに、幻は眉を上げた。かほるはそれを見ながら軽く微笑み、冷静な顔で話を続ける。
「確かにこれは普通の隕石だ。だが、宇宙から来たプライズと言っても過言ではない。加工の仕方次第で強力なエネルギーを発するだろう。試しに怪人のコアにでも使ってみたらどうだ?」
「……詳しいね。どこで調べたんだか」
 幻は、かほるが怪人のエネルギー源に関する知識も持っている事に警戒した。ジャロールのように長い時間をかけて知識を蓄えた者ではなく、まだ二十代前半の若者が知っている事に驚きを隠せない。
「私がどこでどんな知識をどれだけ得ようと私の勝手だ。お前が私に仕事を依頼し、私が自分の持てる力を使って仕事を終える。言われた通り、空の石は必ず手に入れてみせるよ」
 かほるはそう言うと、伝票を持って幻の前から去っていった。
 今の幻は、主の完全復活のために強力なプライズを求めていた。ヴェルナーを生贄に捧げた事で主は目覚めかけたが、まだ完全に復活したわけではない。時折、目を開ける事があるだけで一日のほとんどを眠ったように過ごしている。さらに魔力を与える事で目覚めると考えた幻は、強力なプライズから魔力を抜き取る事を考えた。ジャロールにもプライズ探索の役目は頼んであるが、リスクを分散するためにかほるにも声をかけた。
 幻は、ジャロールがY市に姿を見せる前に一度、かほるの力を借りている。その時に力を合わせて作り上げたのがコンピュータウイルスのプライズだ。彼女は様々な仕事を請け負っているらしく、今まで彼女の力を借りる事はできなかった。最近になって手が空いたらしく、幻は強力なプライズの奪還を彼女に依頼した。すると、かほるは怪盗アルケーの偽者達を使い、プライズを盗む前に予告状まで出した。
 予告状を出して目立ち過ぎたため、偽者のアルケー達は魔女の帽子を盗めなかった。それについて、かほるは「面白い獲物が引っかかった」としか言わない。
「私がトライアンフを引き付ける役割を果たしてやろう。お前はジャロール・ケーリックにその役目を任せたかったようだが、私がやっても構わないだろう?それに、こうする事で目的のプライズ以外にもいいものが手に入る」
 そう言って、かほるは空の石以外にも狙っている物がある事を幻に説明した。それは勇騎と豪人が使っている特殊なデッキだ。彼らのデッキは普通のデュエリストが使っているものとは違う特別なものらしく、『保持者』と呼ばれる存在しか使う事ができない。本物の怪盗アルケーも保持者らしく、かほるは保持者が持つ三つの特別なデッキを狙っている。
「こんなに派手に動いて大丈夫かな。彼女なら、失敗はしないだろうけど……」
 失敗をしても、ジャロールがいるという安心感が幻を落ち着かせていた。かほるの勝利を期待しながら、窓からの景色を眺め、コーヒーに口をつける。

 宇宙科学館は、文字通り宇宙に関する事をテーマにした科学館だ。五階建ての建物で、外観はスペースシャトルをイメージしたものになっている。プラネタリウムなど各階に様々な設備がある。征市は、物販コーナーでソーラーカーの模型を買った陸と別れ、周辺を歩いていた。
 今回の予告状には日付と場所は書かれていたが、時間が書かれていなかった。今日は日曜日なので、一般の客も多い。こんな時に空の石を盗んだら、混雑して逃げる時にロスになるはずだ。偽者の怪盗アルケーが現れるなら、閉館後に違いない。
 トライアンフのメンバーはそう考えながらも、日中に彼らが来る可能性を否定しなかった。そのため、開館してからすぐ中に入り、交替で中を見張っていた。
 征市は、近くのテーブルで休んでいた勇騎を見つけて彼に近づく。勇騎は物販コーナーで買った宇宙食のラーメンを食べていた。
「お前、またそんなもの食べて……。もっとましなもん食えよ」
「カロリーメイトとウイダーを切らしていたんだ。たまには悪くない」
「一般人はカロリーメイトとウイダーをましなもんって言わねぇよ」
 征市は溜息を吐くと、近くにあった自販機でコーヒーを買って勇騎の前に座った。
「おかしな事はあったか?」
「ないな。奴らが通常通り開館させた事が最も奇妙だ」
 勇騎の言葉に征市が頷く。予告状には、普段と同じように運営し利用者に予告状が来た事は伏せておくように書いてあった。そのため、宇宙科学館に予告状が来た事は、科学館のスタッフと魔法警察、トライアンフ、そして、勇騎達しか知らない。
「様々な利用者が来た事で奴らはスムーズな逃亡が難しくなった。しかし、一般人に紛れる事で俺達に気付かれにくくなるというメリットもある」
「なるほどね」
 征市達は暗い部屋の中で偽者のアルケー達と対峙していたのだ。彼らは全身を黒一色の服装で固めていただけでなく、目も暗視ゴーグルで隠していた。顔を見ていないのだから、一般人に紛れていても見分けがつかない。
「ところで、空の石だっけ?そのプライズはどこにあるんだ?」
 征市の質問に対して、勇騎は細長いパンフレットを出す事で答える。パンフレットには台座に置かれた空の石の写真が載せてあった。その写真はホームページに載っているものと同じものだ。
 空の石は、プラネタリウムと並ぶ宇宙博物館の目玉の一つだ。昔、この地方に落ちた隕石の一部であり、空の石が落ちた場所に宇宙博物館が建てられたのだ。台座に固定されて動かす事はできないが、人々が触れるようになっている。最上階に上がる階段を上ってすぐの場所にあるようだ。
「隕石なんか盗んでどうするんだ?使い道があるようには思えないな」
「空の石をそのまま使うのではないはずだ。何らかの方法で加工し、エネルギーを取り出す電池のようなものとして使うに違いない」
「へぇ、そういうもんか」
 征市は勇騎の言葉に感心しながらパンフレットの写真を見た。
 そこで、館内放送が流れる。征市はコーヒーを飲みながらくつろいでいたが、勇騎はラーメンを食べる手を止め、鋭い目をしていた。
『宇宙科学館へお越しの皆様、初めまして。私は怪盗アルケーと名乗っている者だ』
 突如、聞こえてきた放送に征市は驚いて上を見る。他の利用者も何事か、とざわめき始めていた。
 スピーカーから流れるのは女の声だった。勇騎の話によると、怪盗アルケーは若い女性らしい。
「勇騎。こいつは本物のアルケーか?」
「いや、違う。恐らく、偽者の仲間だろう」
 注意深く聞き耳を立てている二人に放送の続きが聞こえてくる。
『突然だが、ゲームを始めよう。諸君らの体内には、特殊なウイルスが入り込んでいる。入口にアルコールの除菌スプレーがあったのを見ただろう?あの中にウイルスを入れておいた。人の手を通して感染し、宿主の中で繁殖する。そして、その後は空気を通して別の人間に感染する。最終的に感染者は死に至る』
 死に至るウイルスと聞いて利用者達の顔に動揺が生まれる。
 征市も入口のアルコール除菌のスプレーを利用した。全員が使うとは限らないが、インフルエンザや風邪の予防に使う者もいる。それを通してウイルスを散布するとは予想外だった。これは既に怪盗ではなく、テロと呼ぶべきだ。
『だが、安心して欲しい。我々は解毒剤ともいうべき薬を用意している。我々が感染して死んでしまっては困るからね。それをこの宇宙科学館の中に箱に入れて隠してある。がんばって探してみてくれたまえ』
 一方的な放送にヤジが飛ぶ。中には、外に出ようとする者もいた。
『言っておくが、シャッターが閉まっているので外に出る事はできない。携帯電話も通話できない状態になっている。嘘だと思うのなら、見てみるといい』
 征市は自分の携帯電話を取り出した。いつの間にか圏外になっている。
『君達にヒントを差し上げる事はできない。だが、探せば見つかるはずだ。最初の感染者が死に至るまであと三時間はある。ヤジを飛ばす暇はない。早くしないと死ぬぞ』
 最後にそう言って放送は終わった。
 征市達にとって、これは想定していなかった攻撃だった。トライアンフは魔法による攻撃に対しては鉄壁の防御力を誇るが、薬物や細菌を使った攻撃に対する訓練はしていない。
「奴ら、考えたな。俺達も解毒剤を探そう。奴らを捕まえるより、人の命の方が大事だ」
「違うな」
 勇騎は信じられない言葉を発すると立ち上がった。そして、トランシーバーを取り出す。前回、使ったトランシーバーと同じものだ。万が一の事態を想定して、菜央からメンバーに渡されている。
『ごきげんよう。愚かな魔法使い諸君』
 トランシーバーから放送の声と同じ声が聞こえる。征市は勇騎の手からトランシーバーを奪い取ると、怒りを込めて叫んだ。
「ふざけんな!何で関係ない人を巻き込むんだよ!」
『私に怒りをぶつけている暇があるのかな?そんな事より、私達もゲームをしようじゃないか』
「ゲームだと!?大勢の人の命がかかっているんだぞ!こんな時に――」
「判った。受けて立とう」
 勇騎は冷静な口調で言うと、征市の手からトランシーバーを取る。
『その声は保持者か。話せるな。そこにいる魔法使い君とは大違いだ』
トランシーバーの声は静かに笑う。そして、一呼吸おいてゲームの内容を告げた。
『ゲームの内容はシンプルだ。我々が空の石を盗むからそれを止めてみろ。ただ、止めるだけではつまらないから一つイベントを用意させてもらったが、気に入ってもらえたかな?』
「悪趣味だな」
『初めて人間らしい言葉が聞けたな。嬉しいよ』
 征市には、トランシーバーの奥で敵が微笑むのを見た気がした。邪悪な微笑みだ。
『空の石を私達が盗んだら、私達の勝利。私達が君達に捕まったら、君達の勝利だ。さあ、ゲームを始めよう』
 一方的に用件だけを告げると、トランシーバーからは何も聞こえなくなった。征市は怒りを紛らわすかのように近くにあったテーブルに握り拳を叩きつける。
「聞いたな?俺達がやる事は決まった。偽者のアルケーを捕える」
「待てよ!解毒剤を見つけるのが先だ!違うか!?」
 征市が吠えるように言うと、勇騎は右手の人差指を立てて口を開く。
「確かに、ウイルスが撒かれたのならば、俺達は解毒剤を見つけるべきだ。だが、それは本当にそんなものがあったなら、という仮定の話だ」
「どういう事だ?」
 勇騎の冷静な解説を聞いている内に、征市の頭の熱も冷めてくる。
「奴らは最初からウイルスを撒いていない。そして、解毒剤も存在しない。俺達の注意を空の石から逸らすのが目的だ。既にトランシーバーも使えなくなっている」
 勇騎が征市にトランシーバーを渡す。ノイズが聞こえるだけで正常に動作していなかった。
「でも、本当に大丈夫なのか?具合が悪そうにしている人もいるぞ」
 多くの人が怒りと焦りの表情で解毒剤を探している。それ以外に、寝込んでしまっている者もいた。
「プラシーボ効果を知っているか?何の効果もない薬を、患者に良薬だと思い込ませる事で効能を発揮させるという効果だ」
「つまり、あの人達は自分達がウイルスに感染したと思っているせいで倒れちまったって事か。病は気から、って奴だな」
 そこまで聞いて、征市は完全に冷静さを取り戻していた。そして、パンフレットを手に歩き出そうとする。
「どこへ行くつもりだ」
「一番上だ。空の石の前に行って奴らを迎え撃つ!」
「無駄だ。奴らはそこにはいない」
 勇騎はそう言うと、「ついて来い」と言って征市に背を向ける。勇騎が入ったのは関係者以外立ち入り禁止を書かれた扉だった。戸惑いながら、征市もそれに続く。
「今、展示されている空の石はレプリカだ。予告状が来た時点で本物は厳重に保管されている」
「だったら、問題ないんじゃねぇのか?あいつら、空の石がレプリカだって知らないだろうし……。まさか……!」
 征市の頭の中で、全ての疑問が消え、綺麗な答えが見つかっていた。これで、前回の事件での謎も全て解ける。
勇騎は何も言わずに関係者用の通路を進んでいった。そして、展示品の保管スペースまで来るとそのドアを開ける。鍵はかかっていなかった。
 中に入ると、様々な展示品の中に空の石はあった。その前に一人の女性が立っている。
「随分早かったな。ウイルスに感染した人々を見捨てるとは……。トライアンフは正義の味方だと聞いていたが、それは違うんだな」
 征市達に背を向けていた女性、かほるは振り返ると二人を見た。その手には灰色のデッキケースが握られている。
「お前の茶番に付き合っている余裕はない。存在しない解毒剤など探す必要がないからな」
「さすが、保持者。勘が鋭いな」
 かほるは微笑みながら勇騎に近づく。彼女の手の中で灰色のデッキケースが突然赤く輝き始めた。
「何故、お前がそのデッキを……!まさか、お前も……!?」
 勇騎はそれを見て初めて動揺した。表情を変えない勇騎の感情の変化を見て、征市も焦りを感じていた。
「そう、私は保持者だ。しかも、このデッキは君達が使っているのと同じように、君達の世界で作られたもの。私は六人目の保持者であり、最強の保持者でもある。それを教えてやる!」
「甘いな。例え、俺達と同じデッキだったとしても、お前は真実に辿りつく事はない。その資格がない!」
 勇騎も同じように自分のデッキケースを赤く光らせる。
 二人がデッキケースに手をかけようとしてその時、ドアが開いて何者かが入って来た。
「あれ?何だ、この匂い」
 最初にそれに気付いたのは征市だった。ほぼ同時に勇騎がドアを見て口を開く。
「来たか、アルケー」
 征市も驚いて振り向き、かほるもドアから入ってくる人影を凝視していた。
 そこに立っているのは全身を動きやすそうなデザインの黒の服でまとめ、紺色の仮面で顔を隠した人物、本物の怪盗アルケーだった。
「その女が私の偽者か。よくも私の仕事を汚してくれたな」
 アルケーはかほるに向かって一直線に歩きながらデッキケースを取り出す。それは青く輝き始めた。それを見てかほるは満足そうに笑い、手を叩く。
「素晴らしい!本物の怪盗アルケーまで来るとは!これで、赤城勇騎の『プロミネンス』だけでなく、アルケーの『ツナミ』まで手に入る!ここに金城豪人も来ているのならば、彼の『ネオウェーブ』も合わせて三つか」
「取らぬ狸の皮算用という言葉を知っているか?お前はここで真実の前に敗れる」
 アルケーを左腕で遮りながら勇騎が一歩前に出る。
「勝手に決めるな。あの女は私の仕事を汚した。戦うのは、私だ!」
 アルケーはその腕を掴んで前に出ようとする。
「勇騎、ここは俺が戦う。人々を不安にさせるような奴は絶対に許せねぇ!」
 征市も前に出た。三人のデュエリストの視線がぶつかる。
「保持者でない者に興味はないな。相羽征市、お前は私の相手にふさわしくない。赤城勇騎か怪盗アルケーなら相手になってやる」
 かほるは飽くまで挑発的な態度を崩すつもりはないらしい。その言葉が征市を苛立たせた。征市が彼女の言葉に反論しようとした瞬間、勇騎が手で彼を制する。
「何の真似だよ?」
「奴に関しては判らない事が多すぎる。俺が行く」
 不満そうな征市に勇騎はそう告げると、赤く輝く専用のデッキケース『プロミネンス』を手に前に進む。
「お前なら、あの女に勝てるって事か?」
「そのつもりだ。それに俺が負けたとしても、お前が倒してくれる。その前にアルケーの相手を頼む」
 征市は勇騎に言われて噂の大怪盗に目を向けた。アルケーは不満そうに腕を組んでいたが、征市を仮面越しに見つめた後、デッキケースを征市に突き付ける。
「肩慣らしには丁度いい。来い」
「人をかませ犬みたいに見てんじゃねー!」
 アルケーの挑発に乗った征市は、右手でマッチを擦る。マッチの炎が大きく燃え上がり、その炎が赤い革のデッキケースに変わった。
「勇騎!アルケーは任せておけ!こいつは俺が捕まえる!」
「頼んだ」
 勇騎の返答を聞いた征市は目の前に五枚の赤いシールドを並べる。アルケーもそれを見ながら五枚の青いシールドを並べた。
「行け!《コッコ・ルピア》!」
 先に行動を開始したのは征市だった。ドラゴンの召喚コストを減らし、行動を加速させる《コッコ・ルピア》を場に出す。
「ドラゴンデッキか。弱点をつくのはたやすい」
「おい!そりゃ、どういう――」
 征市が怒鳴っている途中で、《コッコ・ルピア》が濁流に飲み込まれる。水が引いた後に残っていたのは一枚のカードだった。《コッコ・ルピア》だったその赤いカードは、征市の手元に飛んでいく。
 手札に戻った《コッコ・ルピア》を見てから、視線を場に移す。そこには、パワードスーツを着た水色の子供のようなクリーチャーが立っていた。
「《斬隠テンサイ・ジャニット》だ。ドラゴンをうまく扱うためには《コッコ・ルピア》のようなファイアー・バードでサポートする必要がある。つまり、ファイアー・バードを場に残さなければ行動を遅らせる事ができる」
「正解、だな……」
 征市は苦い表情で呟くと《コッコ・ルピア》を再び、召喚する。
「だけど、どうするんだ?妨害だけしてても勝てないぜ?」
「君が気にする事ではない。次は切り札を直接狙う!」
 アルケーの言葉と共に、彼女の手札にあるカードが一枚青い輝きを放つ。征市がそれに気がついた時、彼のカードに鍵が刺さっていた。
「げっ!俺の《ボルシャック・大和・ドラゴン》が!」
 驚く征市の目の前で、鍵が刺さった《ボルシャック・大和・ドラゴン》のカードが地面に落ちていく。地に着く瞬間、カードは赤い光を出してシールドに変化した。征市の記憶の中に、カードをシールドに埋め込む力を持ったクリーチャーの姿があった。彼はその名前を口にする。
「やっぱり《パクリオ》か」
 アルケーの《斬隠テンサイ・ジャニット》の横に、ソファに腰掛けた紫色のサイバーロードの姿があった。そのサイバーロード《パクリオ》は目の前に戻って来た鍵を、白い布でふく。
 《テンサイ・ジャニット》が場にクリーチャーを手札に移動するように、《パクリオ》もカードを別の場所に移動する能力があるクリーチャーだ。《パクリオ》は相手の手札を見て、その中のカードを一枚、相手のシールドに変える能力を持つ。アルケーがそのシールドを攻撃するまで、征市はそこに隠された《ボルシャック・大和・ドラゴン》を使う事ができなくなった。
「妨害だけしていても勝てない、と言ったな?デッキを使いものにならなくなるまで妨害をしたら、どうなる?安全になった状態で攻撃に転じればいい」
「石橋を叩いて渡る、って奴か。怪盗なんかしてるから、もっと派手な事してくるかと思ったが、意外と堅実なんだな」
「怪盗をしているからこそ、堅実な手段を選ぶものさ」
 アルケーはそう言った後、自分の行動を終了する。《テンサイ・ジャニット》でシールドを攻撃できるが、リスクを避けたのか、彼女はそれをしなかった。それを見て、征市の目が輝く。
「堅実な動きをしているつもりなのかもしれないけれど、それは無駄だ!俺のデッキはドラゴンデッキ。言うなれば、デッキのほとんどが切り札でできているようなデッキだ!《コッコ・ルピア》さえ残っていれば、色々なドラゴンで相手にダメージを与える事ができる!」
 征市の手から赤い光と共に一枚のカードが飛ぶ。そのカードが場に舞い降り、龍の姿へと変化した瞬間、《テンサイ・ジャニット》と《パクリオ》の体が突然、発火した。
「《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》を召喚した。サイバーロードの進化を狙っていたのかもしれないけれど、そんな事はさせない!進化元のサイバーロードさえ潰しておけば勝てる!」
 征市の声に呼応すうように場に出たばかりの《ヘリオス・ティガ・ドラゴン》が雄叫びをあげる。アルケーはそれを見て、軽く笑った。
「進化元のサイバーロードさえ潰しておけば……か。見通しが甘い。私と戦うには実力が足りなかったようだな」
「負け惜しみ言うな!ここから一気に押し切るぜ!」
 征市は燃えるような瞳でアルケーの行動を見ていた。

 勇騎とかほるはそれぞれ赤い色のシールドを並べたまま、相手を見ている。この状態が一分ほど続いていた。
「何か言いたそうな顔をしているな」
 かほるがそう言ったのを見て、勇騎は口を開く。
「この世界に来て何をするつもりだ。ここには、俺達が知っているデュエル・マスターズはない。それに、保持者も存在しなかったはずだ」
「何かと思ったら、そんな事か。くだらない。確かに、私も君もこの世界にいるべき存在ではない。でも、それは些細な問題だ。この世界でしか得られない力を得て、保持者としての力を高める」
 話を終えたかほるは「本当にそんなくだらない事を言いたかったのか?」と、勇騎に聞いた。
「お前の考え方は判った。お前は俺達の世界とも少し違う場所にいたようだが、保持者である事に変わりはない」
 勇騎はそう言った後、「さて――」と呟き、天を指すように右手の指を伸ばした。
「様々な仕事を請け負う『万屋』のような人間がいると聞いた事がある。本職の人間と同じかそれ以上の実力を持ち、あらゆる職業で才能を発揮する万能の切り札のような人間らしい。契約期間は三ヶ月間。延長をした者には破滅が訪れる。最高の切り札でもあり、長い間持ち続けていると破滅をもたらす存在。その事から『ジョーカー』とも呼ばれる存在、九條かほる。それはお前の事だろう?」
「知っていたのか?」
 勇騎の話を聞いたかほるは、動じずに答える。自分の事を知っていた事に驚き、目に多少の変化があったものの、彼女は冷静さを保っていた。
「この事件を調べている時に知った。お前は、以前、偽者のアルケー達が潜入した博物館の警備会社にいた事がある。その時にその会社の弱みを握っていた。警備会社を脅す事で、スムーズな侵入に成功した。今回も同じだ。様々な者の弱みを握る事で意のままに操り、仕事をやりやすくしていた」
 それを聞いてかほるは手を叩く。
「想像以上だ。私の想像以上に君は頭が働く。倒すのに、骨が折れそうだ」
「倒す?馬鹿な事を言うな」
 冷静だった勇騎の口調に、微量な怒気が混じる。
「お前は俺を倒す事はできない。今から、お前は真実にひれ伏す」
「違うな。ゲームの勝者は私だ。君達のデッキも空の石も手に入れてみせる!」
 二人の闘志がぶつかり合い、もう一つのデュエルが始まった。

 解毒剤を探していた陸は、大きな魔力がぶつかり合うのを感じて、展示品の保管スペースまで来た。見ると、征市と見た事のないデュエリストが戦っている。奥では、勇騎がいた。彼も陸が知らない女性と戦っていた。
「セーイチさん!」
 陸に呼ばれて征市は振り返った。
「陸、ウイルスがばら撒かれたっていうのは偽アルケー達のハッタリだ!ウイルスも解毒剤も存在しない!科学館に来た人を落ち着かせて、お前達は他の偽アルケー達を探せ!」
「え?どういう事なんですか?」
「勇騎が今、戦っているのが偽アルケーの一人だ!他にも仲間がいるかもしれねぇ!」
「判りました!で、セーイチさんの相手は?」
「こいつは本物のアルケーだ!判ったら、急げ!」
「えぇっ!?本物!?」
 本物のアルケーを見て驚いていた陸だが、自分のやるべき事を思い出し、部屋を出て行った。
「さあ、決着つけようぜ!」
 征市が場に右手を掲げると、彼の切り札《ボルシャック・大和・ドラゴン》が鞘から刀を抜いてアルケーのシールドまで飛ぶ。すると、その横を水流が通って行った。滝のように流れる水は、後方に立ってドラゴンを支援していた《コッコ・ルピア》を流していく。
「しまった!また《テンサイ・ジャニット》か!」
 《テンサイ・ジャニット》はニンジャ・ストライクを持つ。そのため、相手の攻撃に反応して出す事もできるのだ。
《ボルシャック・大和・ドラゴン》は振り返る事なく、シールドに突っ込み、刀で二枚のシールドを切り裂いていく。シールドが完全に砕けたのを見て初めて振り返り、悲しそうな声で啼いた。
「そんな声を出す必要はない。すぐにお前も消える」
 今の攻撃でシールドが残り一枚まで減らされたアルケーだったが、彼女は強気な姿勢を崩していない。場に残っているのはクリオネに似た姿のサイバー・ウイルス《テンペスト・ベビー》とヤドカリのようなサイバー・クラスター《トーピード・クラスター》。そして、巨大な要塞のような姿のブロッカー《ルナ・ブルーダイナソー》の三体だけだ。どれもパワーが低く、この状況を打破できるカードではない。
 それに対して、征市のシールドは無傷の状態だった。《パクリオ》でシールドに変えられた《ボルシャック・大和・ドラゴン》を含めて六枚のカードが彼を守っている。そして、場には切り札の《ボルシャック・大和・ドラゴン》がいる。それ以外のクリーチャーは場にいないが、これだけで充分過ぎるほどのパワーがある。それに、征市のデッキの中には、まだ強力なドラゴンが眠っているのだ。
「すぐに消えるって、どういう事だよ?お前のデッキに俺の《ボルシャック・大和・ドラゴン》を倒せるカードがあるっていうのか?」
 征市はアルケーの行動が気になっていた。彼女は妨害ばかりで致命的なダメージを与えて来ない。度重なる妨害で攻撃のリズムを崩されたのは事実だが、それは攻撃を遅らせただけでそれ以上の被害はなかった。
「まだ判っていなかったようだな。私のデッキに入っているカードがどんなカードだったのか」
 アルケーの指が綺麗な動きでマナのカードをタップしていく。三枚のカードをタップした時点で、そこから出た青いマナを受けて一体のクリーチャーが場に出る。召喚と同時にドローするクリーチャー《クゥリャン》だ。カードを引いたアルケーは続けて、もう一回マナのタップを行う。次にタップされたカードは六枚だ。
「思い出してみるといい。私のクリーチャー達を」
「お前のクリーチャー?《テンサイ・ジャニット》に《パクリオ》に《テンペスト・ベビー》に……まさか!」
 征市は驚いた顔でアルケーを見た。彼女の顔は仮面に隠れていたが、その仮面の奥で怪盗の顔が笑うのを征市は見た気がした。
「その通り。『サイバー』とつく種族のクリーチャー。そして、場に出た時に能力を発揮するクリーチャーだと言う事だ!」
 アルケーの手札にある一枚のカードが、六個の青いマナを吸収する。そのカードはアルケーの指を離れ、《クゥリャン》に刺さった。それと同時に、カードから出た巨大な津波が場の全てを飲み込んでいく。それは、自分のクリーチャーも相手のクリーチャーも関係ない。《ボルシャック・大和・ドラゴン》も逃げる事ができずに飲み込まれてしまった。
「アルケー!お前、何をした!?」
「私の切り札を使っただけさ。見ろ!」
 巨大な波を切り裂いて、一体のロボットのようなクリーチャーが現れる。右腕についた二つのドリルが高い音を立てて回っている。
「私の切り札《超電磁トワイライトΣ(シグマ)》だ。『サイバー』とつく種族のクリーチャーなら、どんなクリーチャーからでも進化できるサイバー・コマンドだ」
 アルケーに名を紹介された《トワイライトΣ》は右腕のドリルを波に突き刺す。すると、その中から三体のクリーチャーが飛び出して来た。
 一体は細長い体のサイバーロード《コーライル》だ。そして、他の二体は《ルナ・ブルーダイナソー》と《クゥリャン》だった。
「どういう事だ。もしかして、クリーチャーが入れ替わったのか!?」
「そうだ。そして、君の《ボルシャック・大和・ドラゴン》は今、消える!」
 波が消え、その中から《ボルシャック・大和・ドラゴン》のカードが姿を見せた。征市が手を伸ばしてそれを掴もうとすると、そのカードは彼の手を離れ、山札の上に飛んでいった。
「《トワイライトΣ》は場に出た時、進化ではない『サイバー』とつく種族のクリーチャーを手札に戻す。そして、戻した数と同じ数の『サイバー』のクリーチャーを出す事ができる。私は、場にあった三体を戻して、新たにこの三体を召喚し直した。そして、《コーライル》の効果で《ボルシャック・大和・ドラゴン》を山札の上に戻したのだ」
 《コーライル》は場に出た時、相手のクリーチャーを一体、山札の上に戻す能力を持つ。これにより、ドローの妨害もできるため、手札に戻されるより性質が悪い。
「ここからが本当の戦いだ。《トワイライトΣ》でW・ブレイク!」
 二つのドリルが征市のシールドに穴を開けていく。その中にはシールド・トリガーはなく、征市は舌打ちしてそれらのカードを手札に加えた。
「場に出た時の効果を再利用するのかよ。だったら、これ以上、利用させないようにするだけだ!《コッコ・ルピア》、《ボルシャック・大和・ドラゴン》を召喚!《ボルシャック・大和・ドラゴン》でシールドを攻撃!」
 征市の《ボルシャック・大和・ドラゴン》が矢のように飛んでいく。だが、その前に《ルナ・ブルーダイナソー》が立ちはだかり、その刀を受け止めた。《ボルシャック・大和・ドラゴン》の斬撃は《ルナ・ブルーダイナソー》を紙でも裂くように容易く引き裂いたが、これで攻撃が終了してしまう。それを見てアルケーはカードを引き、マナをタップする。
「切り札は一枚だけではない。もう一度、君が嘗めてかかった妨害を見せてあげよう」
 新しい《クゥリャン》が場に出てそれが《トワイライトΣ》に姿を変えて行く。《ボルシャック・大和・ドラゴン》は再び、波に飲み込まれ、山札の上に飛ばされていった。
 今回、場に出たのは《コーライル》と、青い体に赤いハサミを持ったサイバー・クラスター《アングラー・クラスター》だ。《アングラー・クラスター》がハサミを鳴らした瞬間、アルケーのマナが青く光った。すると、《アングラー・クラスター》の体も青く光り、本来の体の二倍はある青いオーラの鎧に包まれた。
「《アングラー・クラスター》はマナゾーンのカードが全て水文明のカードだった時、パワーを3000増やすブロッカーだ。この時点でパワーは6000ある。君の切り札ともいい勝負じゃないか」
 《ボルシャック・大和・ドラゴン》はパワーアップしていない時点でパワーが6000だ。正面からぶつかっていったら、相討ちになってしまう。
 パワーの計算をして悩んでいる征市の前で二体の《トワイライトΣ》がシールドを貫く。一枚もシールド・トリガーが出る事がなく、四枚のカードは空しく宙を舞った。
「ブロッカーのいない君のデッキでは防御は不可能だ。口ほどにもなかったな」
「本当にそう思うか?」
 アルケーが満足そうに言った時、征市はそれにかぶせるように言うとカードを引いた。《コーライル》に戻された《ボルシャック・大和・ドラゴン》が再び、手札に戻る。だが、今使うべきカードはこれではなかった。
「最後の最後までデュエルは判らねぇんだよ!《コッコ・ルピア》があれば、まだ何とかなる!」
 そう言った征市はマナのカードを四枚タップした。それを見て、アルケーは軽く息を吐く。
「《ボルシャック・大和・ドラゴン》か?無駄だ。私の場には《アングラー・クラスター》がいる。スピードアタッカーのドラゴンを出しても、ブロックするだけだ!」
「《大和》じゃねぇ!こっちの《ボルシャック》だ!」
 征市が場に炎を纏った一枚の赤いカードを投げる。そのカードは場に着く瞬間、爆発したような輝きを見せると龍の形に変化した。《ボルシャック・大和・ドラゴン》に酷似した外見のその龍が装備していたのは和風の甲冑ではなかった。特徴的な鎧を纏ったその龍は右手を伸ばし、その掌から炎の塊を飛ばす。すると、それは《アングラー・クラスター》の体をオーラの鎧ごと突き破った。
「見たか?これが俺のもう一体の切り札《ボルシャック・NEX(ネックス)》だ!場に出た時、山札から名前に《ルピア》とつくクリーチャーを探して場に出す事ができる!」
 《アングラー・クラスター》を突き破った炎の矢は《ボルシャック・NEX》の隣に着地する。炎の中から現れたのは、青と白の体毛のファイアー・バード《ボッコ・ルピア》だった。
「その鳥は……場に出た時、ドラゴンの数だけブロッカーを破壊するクリーチャーか」
 アルケーにとってこれは予想外だった。征市のファイアー・バードはコストを下げる《コッコ・ルピア》と《ルピア・ラピア》だけだと思っていたからだ。
 しかし、突然の出来事に驚いただけでアルケーが有利だという事実は変わらなかった。
「素晴らしい切り札だ。だが、召喚酔いをしていては、攻撃できない。《コッコ・ルピア》だけでは、勝てないな」
「そんな事は言われなくたって判ってる。だから、こいつの出番だ!」
 アルケーの言葉に答えた征市は一枚の赤いカードを《ボルシャック・NEX》に投げる。そのカードが刺さり、カードから出た赤い光を受けて《ボルシャック・NEX》は姿を変えていく。
 最初に飛び出して来たのは鎖がついた鉄球だった。地面に叩きつけられた鉄球からは、煙が出ている。鉄球が叩きつけられた直後、複数の龍の雄叫びが響いた。アルケーが鉄球から声の聞こえた場所に視線を向けると、そこには胴に三つの龍の頭がついた進化ドラゴン《超竜バジュラ》が立っていた。《バジュラ》は鉄球がついた鎖を引っ張ると、カウボーイがロープを回すように頭上で振り回し始める。
「《ボルシャック・NEX》を進化させた。進化クリーチャーに召喚酔いはない!《超竜バジュラ》でシールドブレイク!」
 征市の命令を聞いて《バジュラ》が鉄球を振り回しながら足を踏み出す。その震動で、アルケーのマナのカードが二枚弾け飛んだ。
「《バジュラ》の攻撃でマナが二枚破壊されたか。だが、問題はないな」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!これで決まりだ!」
 《バジュラ》の鉄球がアルケーのシールドに振り下ろされる。だが、鉄球がシールドに触れる前に突如現れた波に押し戻された。波は《バジュラ》の巨体も飲み込んでいく。
「何っ!?《バジュラ》の攻撃が消された?嘘だろ?」
 征市が驚いて場を見ると、波の中から下半身が龍の頭のサイバーロードが出てきた。《テンサイ・ジャニット》と同じように、ニンジャ・ストライクを持つクリーチャーのようだ。
「嘘などではない。緊急時のために入れておいた《斬隠オロチ》だ。これで《バジュラ》は消え、山札から別のクリーチャーが出る。だが、それは召喚酔いになっている!」
 アルケーの前で二体の《トワイライトΣ》が手を伸ばした。その手は征市を狙っていた。
「これで終わりだよ。勇敢なデュエリスト君」

 赤い光と共に勇騎の《戦極竜ヴァルキリアス・ムサシ》と、その効果で場に出た《武装竜鬼ジオゴクトラ》、《バザガベルグ・疾風・ドラゴン》がかほるのシールドに突っ込む。腕を組んで勇騎を観察していたその保持者のシールドは三枚残っていて、一枚ずつ破られていった。
 最後の一枚を《ジオゴクトラ》の斧が割った瞬間、そこから真っ黒な手が飛び出し、手刀で《ヴァルキリアス・ムサシ》の胴を貫いた。
「《デーモン・ハンド》か」
「その通り。《デーモン・ハンド》はいいぞ。勝利を手繰り寄せる神の手であり、相手に絶望を与える悪魔の手でもあるのだからな」
 かほるの言葉と共に、《デーモン・ハンド》は親指を突き出し、それを下に向けた。同時に《ヴァルキリアス・ムサシ》の効果で《ジオゴクトラ》と《バザガベルグ・疾風・ドラゴン》がその場に倒れる。
「《ヴァルキリアス・ムサシ》の効果で特攻を仕掛けるのはいい。私のデッキに《デーモン・ハンド》が入っていなかったら止められなかったからな」
 シールド、そして、クリーチャーがないにも関わらず、かほるは余裕のある振る舞いを見せている。勇騎の場に、クリーチャーがいないせいかもしれないが、まだ彼の場にはシールドが五枚、無傷のまま残っている。本来なら、余裕を感じていられないはずだ。
「神、で思い出したが、私の切り札も神だ」
 かほるは言葉を発しながら、静かな手つきでマナのカードをタップしていく。その数、十三枚。
「私に勝てると思い込んでいる愚かな君に判決を申し渡す!死刑!!」
『異議なし』
 地獄の底に住む怨霊が発するような声が聞こえた。かほるの判決に賛同するその声と共に、マナゾーンのカードからマナが出る。それはかほるが頭上に放り投げた緑色のカードに集まっていく。
『異議なし』
『異議なし』
「さあ、我が切り札の誕生だ!」
 緑色のカードに照らされて、マナから赤と黒のカードが飛び立つ。それらは、光を出しながら融合した。あまりの光の明るさに勇騎は一度、腕で目を隠す。光が収まってから顔を上げると、そこには巨大な翼を広げ、止まり木に乗った二体の巨大な鳥がいた。
「《ゴッド・サーガ》で《ゲキメツ》を出したのか」
「ご名答。ゴッドはいいぞ。進化でもスピードアタッカーでもないのに、召喚酔いがないからな。そして、圧倒的なパワーで敵を叩き潰す。私にふさわしい切り札だ」
 かほるが使用した《ゴッド・サーガ》はマナからゴッドを二体呼び出す呪文だ。13と呪文の中でも最大級のマナコストのカードだが、それを使うためにかほるのデッキにはマナを増やす手段がたくさん入っていた。そのため、勇騎の猛攻に耐え、切り札を出す事に成功したのだ。
 彼女が使うゴッドの片割れ《竜極神ゲキ》は闇のゴッドである。種族にドラゴン・ゾンビを持つためなのか、顔はどこか朽ちたような形になっている。また、《ゲキ》の下半身は普通の鳥とは違い、人間の足のようにあぐらをかいたようになっている。
 《ゲキ》とリンクする事で真価を発揮する《竜極神メツ》は火のゴッドだ。種族にアーマード・ドラゴンを持つせいなのか、頭部を金色の兜で保護している。《メツ》は《ゲキ》とは違い、鳥のような足で止まり木に止まっていた。
「《ゲキメツ》でシールドを攻撃!」
 《ゲキ》と《メツ》が翼を羽ばたかせると勇騎のマナのカードが二枚弾け飛んだ。そして、彼のシールド四枚がひび割れた。
「マナの破壊に加えて、Q(クワトロ)・ブレイクまで持っているのか。切り札を名乗るだけの事はある」
 そう言った勇騎のシールドが一枚、緑色の光を出して輝く。除去呪文を警戒したかほるはそれを睨んだが、出てきたのは《フェアリー・ライフ》だった。風に吹かれて勇騎のカードがマナゾーンへ飛んでいく。
「そんな貧弱なシールド・トリガーしか出ないとは哀れだ。それが本当に歴戦を勝ち抜いた保持者の実力か?」
「お前にも、今に判る時が来る」
 そう言うと、勇騎は場に《竜装 ザンゲキ・マッハアーマー》をジェネレートした。それを見て、一瞬、かほるの眉が動く。
「《ボルメテウス・武者・ドラゴン》を出すつもりか?」
 《ボルメテウス・武者・ドラゴン》は勇騎の切り札だ。《竜装 ザンゲキ・マッハアーマー》をコストを支払わずにクロスする事が可能なドラゴンで、シールドを捨てる事により、攻撃時に相手のパワー6000以下のクリーチャーを一体破壊する力を持つ。
「だが、そんな事はさせない!召喚!」
 かほるの場に全身が赤い刺でできたような龍が現れる。その龍、《黒神龍ドボルザーク》は登場時に、山札からゴッドのカードを引き寄せるブロッカーだ。《ドボルザーク》の全身が赤い怪しげな光を放つと、それに吸い寄せられるかのように山札から一枚カードが飛んできてかほるの手に収まる。それを見て満足したように笑ったかほるは、自分の切り札に攻撃の命令を出した。
「《ゲキメツ》で最後のシールドをブレイク!」
 勇騎に向かって《ゲキメツ》が羽ばたく。それによって、再び、マナゾーンのカード二枚が破壊され、最後のシールドが砕けて行った。
「シールドがなければ、《ボルメテウス・武者・ドラゴン》の除去能力は使えない。これで私の勝ちだ!」
 部屋の中にかほるの高らかな笑いが響き渡る。だが、それを見ても勇騎は表情を変える事がなかった。
「お前に保持者は向いていない」
 勇騎は山札からカードを引きながら、そう呟く。それを見てかほるは笑うのをやめて勇騎を見た。
「負け惜しみか。保持者とは言っても、まだまだ子供だな」
「本当の事を言っただけだ。確かにお前は強い。それに俺が持っていない様々な力を持っている。だが、それだけだ。戦いを全く知らない」
 勇騎がマナにある七枚のカードを全てタップする。そこから出た赤いマナは彼が持つ一枚のカードに集まっていった。
「保持者は戦いにおいて最後の最後まで油断しない。お前は戦いの中で遊び過ぎている。だから、真実に到達できない!」
 勇騎が場にカードを投げると、巨大な雄叫びと共に一体のドラゴンが場に出てきた。四本の足で体を支える金色の龍だ。
「《ボルメテウス・武者・ドラゴン》!?いや、しかし、赤くない……。このクリーチャーは一体……!?」
 かほるの記憶の中にある《ボルメテウス・武者・ドラゴン》は赤い鎧を着たクリーチャーだった。だが、目の前にいる勇騎の切り札は金色の鎧を着ている。その龍はかほるが見ている前で、《ザンゲキ・マッハアーマー》をその身に纏った。
「俺の切り札《ボルメテウス・剣誠・ドラゴン》だ。《ボルメテウス・武者・ドラゴン》と同じように《ザンゲキ・マッハアーマー》をコストを支払わずにクロスし、相手のパワー6000以下のクリーチャーを破壊する能力を持つ。ただ一つの違いは、シールドを犠牲にする必要がない事だ」
 勇騎の淡々とした口調で伝えられる切り札の能力。それはかほるの敗北を意味していた。
 そして、時を同じくして征市とアルケーの場にも変化が訪れていた。
「俺はまだ負けてねぇ!出ろ!」
 征市の声と共に、彼の山札の一番上のカードが飛ぶ。それが赤い炎に包まれたかと思うと黒金の鎧を纏ったドラゴンに変化してアルケーのシールドに向かって飛んでいった。《バジュラ》を除去したと思って安心していたアルケーはそのドラゴンを見て絶句する。
「俺のデッキはドラゴンデッキ。デッキのほとんどが切り札でできているみたいなもんだって言っただろ!そして、この《竜星バルガライザー》がスピードアタッカーを持つ!」
 征市が説明を終えた時、《バルガライザー》の斬撃がアルケーの最後のシールドを切り裂く。
「だが、まだだ。《テンサイ・ジャニット》で《コッコ・ルピア》を手札に!」
 まだアルケーにも対抗策が残っていたらしく、《コッコ・ルピア》が波に飲まれていく。
「どうだ。これで《コッコ・ルピア》は――」
「誰も、《コッコ・ルピア》でとどめを刺すなんて言ってねぇ!《バルガライザー》の効果で出たこいつでとどめだ!」
「何っ!?」
 見ると、《バルガライザー》の横にもう一体の《バルガライザー》が立っている。
「《バルガライザー》はただのスピードアタッカーじゃねぇ。攻撃した時に山札の上からドラゴンを呼ぶんだ!」
 怪盗アルケーを征市の《バルガライザー》が睨み、かほるを勇騎の《ボルメテウス・剣誠・ドラゴン》が見た。
「嘘みたいな逆転劇だろ?だけど、嘘じゃない。『ウソのようなホントウ』って奴だ!《バルガライザー》でとどめだ!」
「《ボルメテウス・剣誠・ドラゴン》で《ドボルザーク》を破壊し、九條かほるに直接攻撃!」
 《ボルメテウス・剣誠・ドラゴン》の背中の剣が《ドボルザーク》を突き刺し、その爪がかほるに振り下ろされる。そして、《バルガライザー》の斬撃がアルケーを襲った。衝撃と共に床が揺れ、決着がついた。
「よし、これでアルケーを逮捕だ!……って、あれ?」
 デッキケースにカードをしまった征市がアルケーのいた場所を見ると、怪盗の姿を消えていた。征市がその場に近づくと、いい香りだけが残っていた。偽のアルケーが残した物に似ているが、こっちの方がいい香りだと征市は感じた。
「しまった!」
 勇騎はそう言うと、血相を変えて走り出す。彼が走り寄った先には、何かが置かれていたと思われる台があった。征市も気になって彼に近づく。
「勇騎、それは何だ?」
「本物の空の石が展示されていた台だ。奴に奪われてしまった」
 驚く征市のブレザーのポケットの中からノイズが聞こえた。それはトランシーバーから発せられたものだった。征市がポケットからそれを取り出すと、声が聞こえてきた。
『今回は私の負けにしておこう。しかし、仕事だけは成功させなければならない。空の石は頂いていくよ。次は“東京”で会おう』
 それはかほるの声だった。征市はトランシーバーを潰しそうなくらい強く握りしめながら空の石が乗っていた台を見ていた。
「セーイチさん!」
 入口から陸が走ってくる。その後ろからはトライアンフのメンバーや勇騎の仲間達も続いた。
「悪いな。偽アルケーの親玉に空の石を盗まれちまった」
「そうなんですか。他の偽アルケーは、全員捕まえましたよ。今、魔法警察に引き渡しました。あと……言いにくいんですけど……」
「どうした?」
 煮え切らない言い方をする陸に勇騎が聞いた。それを見て、陸は怪しげな笑みを浮かべながら話を続けた。

「納得がいかねぇ」
 既に周りの景色は夜に変わっていた。征市は腕を組み、不機嫌そうな顔をしている。
 彼が納得できないと思うのも当然だった。科学館の館長は盗難に備えて空の石のレプリカを作り、それを展示していた。その情報を知っていたため、かほるは展示してある空の石ではなく、隠してあった空の石を狙ったのだ。
 しかし、かほるが盗んだ空の石がレプリカであり、展示してあるものが本物だったのだ。あの時、保管スペースには、強力なデュエリストが集まり、戦っていた。魔力の放出量が多かったため、かほるはそれが空の石から出ている魔力であるかどうかの区別がつけられなかったのだ。
 館長の機転で空の石が救われたのか、というと実はそうではない。館長はアルケーが空の石を狙っていると聞いて慌てていて、本物とレプリカを間違えてしまったのだ。
「俺も納得ができない」
「勇騎君、機嫌直してよ」
 冷静な勇騎もそれを聞いて機嫌を損ねてしまい、博成が彼をなだめていた。
 一同は、JRの駅の近くに集まっている。Lタワーが見渡せる場所にあるこの駅は、トライアンフ事務所の最寄り駅でもある。勇騎達が通っている立法高校の最寄り駅まで、この駅から乗り換えなしで行く事ができる。
「納得できないというか、僕も妙に引っかかっている事があるんですよね」
「何か気になるのか?」
 陸は顎に手を当てて必死に考えていた。征市が彼に声をかける。
「アルケーを見たのはほんの少しなんですけど……どっかで見たような巨乳だったなぁって……。ちょっと!リーダー!そんな怖い顔しないで下さいよ!見たの一瞬だから、詳しくは判りませんって!やめて!」
 菜央は怖い顔をして事務所がある方角を指していた。ここからおしおき部屋に連れて行かれる事はないだろうが、陸はおしおき部屋に入れられるかもしれない恐怖で身を震わせている。
「奴は東京に逃げたみたいだな。何をしてくるか判らないから気をつけろよ」
「ああ、善処する」
 征市が出した手を勇騎が握る。彩矢とゆかりは奇妙なアイコンタクトを取っていた。それは二人にしか判らない熱い思いが込められていた。
「じゃあな。また会おうぜ」
 征市がそう言うと、勇騎達は手を振ってから駅の中に向かった。それを見た征市の胸に少しだけ寂しさのようなものがこみ上げる。
「行っちまったな。俺達も帰ろう」
 征市の言葉を合図に、トライアンフのメンバー達は事務所に向かって歩き始めた。
「ねぇ、そこのあんた。あんただよ、赤いブレザーのあんた」
 すると、数歩も歩かぬ内に征市が呼び止められる。声の主は、詰襟の学生服に身を包んだ長身の少女だった。足元には、簡単なテーブルが置かれていて手にはひょうたんのような物を持っている。
「占ってやるから、ちょっと時間貸してくれないかな?」
「別に占いなんか必要ねぇよ。それに、そう言うのって高いんじゃねぇのか?」
 征市が呼びとめられたのを見て、他のメンバーも詰襟の少女を見る。興味深そうに見る者も警戒しながら見る者もいた。
「あんた、面白そうだからね。無料でいいよ」
 少女は征市の目を見た。その目を見て、征市は彼女が敵ではないと本能的に判断した。だからと言って信用する理由はないのだが、疑う理由もない。征市は一歩、彼女に近づいた後、仲間に声をかける。
「先に行っててくれ。俺もすぐに追いつくから」
 それを聞いて陸達はその場を去っていった。征市と少女は、テーブルを隔ててそこにあった椅子に座る。少女はひょうたんから湯呑茶碗の中に透明の液体を注ぎ入れると軽く揺らした。そこから漂う匂いから、征市はそれが日本酒である事を理解した。
「近い内に試練が訪れる。それもとてつもなく大きな試練だ。試練に立ち向かう中で、あんたは多くのものを失い、同じくらい多くのものを得る。最後の試練は、三月の終わり」
「何とでも解釈できるな」
 征市は皮肉っぽく言ってみたが、信じていない訳ではなかった。少女の言葉には、口では説明しがたい説得力があったのだ。他の者なら信じていないかもしれないが、征市は彼女を信じた。
「試練を乗り越えられるかどうかは判らない。それにあんたはまだ、試練が何なのかを知らない。試練に勝ちたかったら、今から努力して成長する事だね」
 そういうと、少女は湯呑茶碗の中身を飲み干して立ち上がった。征市が立ち上がったのを見て、テーブルと椅子を片づける。占いの結果を自分の中で反芻しながら、征市は彼女に背を向けて歩き出した。
「一つ、聞きたいんだが、あんたの名前は?」
 途中立ち止まって征市が一つだけ質問をする。彼女は間髪入れず、それに答えた。
「亀島美土里(かめしまみどり)。保持者で占い師、それと女子高生」
「保持者だって!?」
 想像していなかった言葉に驚き、征市は振り返る。だが、そこにはもう美土里と名乗った少女の姿はなかった。
「保持者だ、なんて言われたら、余計信じたくなっちまうじゃねぇか。タダって言うから占ってもらったらこれかよ」
 征市はぼやきながら、占いの結果を考えていた。
 三月が終われば四月が来る。四月一日は征市の誕生日だ。次の誕生日に征市は二十歳になる。だが、夢に出てくる少女は征市が二十歳になれない、大人になれないと言っている。彼女の予言を乗り越える事が試練になる。
「よく判らねぇけど、気を引き締めろってのは理解したぜ」
 夜のY市に征市の言葉が響いた。

「何のつもりだ」
 勇騎は改札口に向かう事なく、白い服を着たその女性を見ていた。博成達を先に向かわせたため、そこにいるのは勇騎とその女性、真実(まみ)だけだ。
「何のつもり、と聞かれてもよく判りませんね」
「聞きたい事はたくさんあるが、一つだけ聞く。元々この世界にいないはずの俺達を何のために呼んだ?」
 勇騎に問われた真実は、指先を唇に当て、焦らすような仕草で保持者を見た。
「この世界の人間じゃない俺達は、これ以上ここにいられない。この電車に乗ったら、俺達が次に来る場所はY市Q区じゃない。横浜市だ。同じ電車に乗っても二度とY市に来る事はできなくなる。これから俺達の力を借りたくなったとしても、二度と貸す事はできない」
「彼の最後の戦いの事を考えているのですか?」
「ああ」
 勇騎は一部だけだが、未来を見通す力を持っている。征市の未来も少しだけだが見る事に成功した。
「お前が俺達をこの世界に呼ぶのであれば、今よりもっと適したタイミングがあったはずだ。それなのに、何故」
「多分、他の世界で同じように戦う人を見て欲しかったから。深い理由はありませんわ」
 真実はそう言うと、いたずら好きな子供のような目で勇騎を見る。
「今度はこっちの質問です。あなたが征市さん達に協力してくれたのは何故?あなたにはあなたの戦いがある。それに、見ず知らずの信用できるかどうかも判らない私の言葉を聞いて征市さん達に力を貸すなんて、あなたの性格からして考えられない」
「その答えはシンプルだ」
 勇騎はそう言うと、真実を指して言った。
「お前の名前に“真実”という言葉があった。それだけで充分だ」
 勇騎はそう言うと改札口に向かう。歩きながら、彼は言った。
「今から三カ月の内に、あいつの最後の戦いが始まって終わる。勝つか負けるか、そこまでは見えない。俺に言えるのはそれだけだ」
「ありがとう、勇騎さん」
 真実の礼を聞き、勇騎は改札を通った。彼らのいる世界へ帰るために。

 『File.41 征市暴走』につづく
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