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『コードD』File.extra めぐる学校の怪談 その4

『コードD』

 File.extra めぐる学校の怪談
 4 終わる学校の怪談

 十四年前。
「ゆまねえちゃん!」
 学校へ行くために家を出て歩いていた由麻は、子供のかん高い声を聞いて振り返った。そこに立っている子供は、相羽征市。由麻の家の近所に住む五歳の子供で、祖父と暮らしている。由麻は征市と遊ぶ事も多く、最近ではテレビを見てマイブームになっていた手品を教えていた。
「征ちゃん、おはよう。朝早くからどうしたの?」
 由麻が、駆けてきた征市に目線を合わせて聞く。征市は、真剣な表情で由麻の目を真っ直ぐ見つめる。今の由麻の気持ちを理解して、自分の願いを聞いてもらうためにじっと見ていた。
「がっこう、いっちゃだめだよ」
 征市の言葉に由麻は、息を飲み込む。予想はしていた言葉だったが、本当に聞かされると驚いてしまう。
「そんなこわいかおして、どうしたの?きょうはがっこうにいかないで」
「大丈夫よ、征ちゃん」
 由麻は征市の頭を撫でながら話す。目の前にいる幼い子供は全てを理解している。それは本能か、それとも、自分の中にある誰かに止めて欲しいという恐怖から出たわがままな願いが通じたからか。
「学校は怖くないからね」
 由麻は嘘をついた。由麻が通っているT高校は何者かによって多くの生徒が行方不明になっている。否、行方不明などという生易しいものではない。何者かによって多くの生徒が存在していた事を消されているのだ。生まれながらにして魔力を持っていた由麻だけは、生徒達が消えた事を覚えていた。そして、生徒達を消した存在に恐怖し、同時に憤怒した。
 由麻は、調査の末、その黒幕が旧校舎にいる事を突き止めた。黒幕の狙いは判らないが、自分なら止められると思っている。
「じゃ、かえってくる?」
「もちろん」
 それは征市を押しつかせるために吐いた二度目の嘘だ。由麻は勝つつもりでいるが、帰って来られる保証などないし、命に代えてでも黒幕の野望を阻止しようと考えている。
 それでも、帰って来たいという願いを込めて由麻は征市に話をした。
「征ちゃんがおじいちゃんの言う事をよく聞いていい子でいたら、必ず帰ってくるわよ」
「また、てじなおしえてくれる?」
「もちろんよ。だから、手品も練習してね」
「いっしょにオムライスたべようね!」
「うん、約束」
 由麻と征市は右手を出して小指をからめる。手が離れる瞬間、由麻はもっと長い間、手を握っていたいと感じていた。離れたくないと感じていた。
「やくそくだよ!またね、ゆまねえちゃん!」
征市は由麻と約束をした事で安心したのか走って家に戻っていく。指きりをした時、由麻は約束を破らなかったから、それを信じているのだ。それが今日、破られる。
「またね」
 由麻は静かに手を振り、征市が去った後、右手を見る。征市と指きりをしたその手には不思議な力が宿っているように感じた。その力を失わないように強く握りしめると、由麻は通学路を見る。
 夏は怪談の季節だと言われている。だが、T高校の怪談の季節はもう終わりだ。由麻が黒幕の野望ごとT高校に生み出された悲しい怪談を全て消し去るからである。
決意を胸に、由麻は一歩、足を踏み出した。

 征市は弾け飛ぶようにベッドから飛び起きると、目を見開き、肩で息をしていた。額にかいた汗を拭う事もなく、呆然とした表情をしている。
「くそっ!寝覚めの悪い……」
悪夢を見た。内容までは覚えていないが、その事実だけは心の奥底に不快感と共にこびりついて消える事がなかった。それと同時にその悪夢が重要だという事を征市は認識していた。
 征市がベッドの上で悪夢の内容を思い出そうとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。その後
『征市、どうしたー?入るぞ』
と、いう男の声が聞こえ、ドアが開いた。中に入って来たのは人間ではない。肖像画だ。
 肖像画に描かれているのは征市の祖父、相羽総一郎だ。絵として描かれた相羽総一郎の口が動き、征市に話しかけてくる。
『どうしたんだ、征市。ジャイアントゴキブリでも出たのか?』
「何でもないよ、二号。つーか、ジャイアントゴキブリって何だよ?」
 征市は目の前の肖像画の冗談で落ち着いたのか、征市の呼吸も落ち着く。
 話す事ができるこの肖像画の名前は二号。最初は『じじい二号』と呼ばれていたのだが、それが短くなって二号と呼ばれるようになったのだ。
『いいか、ジャイアントゴキブリってのはだなあ……。それより、今日はトライアンフで会議じゃないのか?』
「そうだったな。大事な話があるって聞いたよ」
 二号と話しながら、征市は奇妙な感覚に襲われた。過去にこの場面を経験した事を思い出したのだ。征市の記憶が正しければ、この後、征市は陸、湊と共にプライズの窃盗団と戦う。そして、トライアンフ事務所での会議の後、由麻と出会うはずだ。同じ事を繰り返している。
 枕元に置いてあった携帯電話がけたたましい音を鳴らす。アラームをセットしていたのかと思ったがそうではない。昨日、夜遅くまで手品の練習をしていて眠かったので、トライアンフでの会議に合わせて今よりも三十分後にセットしていたはずだった。画面を見るとトライアンフの事務所からの着信だった。これも、征市の記憶と同じだ。
『相羽さん、未来地区にプライズの窃盗団がいます。魔法警察だけでは対処できないコードDの指令です。陸君と若月さんも向かっています』
「判った。俺も行く」
 菜央との通話を終えた征市は支度をして家を出る。未来地区に向かうまでの間、そして、未来地区で窃盗団と戦いながら考える。何故、同じ事を繰り返しているのか。それを考え続けていた。
 征市は、彩弓が話した旧校舎に行ったために同じ一日を繰り返す事になってしまった女生徒の話を思い出した。今の征市とあの話では違う部分はあるものの、同じ時間を繰り返す事は共通している。
「いい仕事しましたね。あ、リーダーの素敵な二つの山で褒めてもらえるかも!」
「そういう事を言うと、また菜央さんに怒られますよ」
 陸と湊の台詞も前の時間と同じものだった。
「怒られる、で思い出したけれど、今日、午後から会議があったよな。急いで事務所に戻らないと」
 征市が口から出る言葉も同じだ。由麻と出会う前に戻されて、そこから完全に同じ事をやっている。
「おや?寝不足ですか?」
「ああ、そうなんだ。変な夢を見て、どうも寝た気がしないんだよな」
 征市の欠伸も、それを見た陸の反応も同じだった。
(由麻ねえちゃんを忘れていた罰なのかもしれないな)
 征市はそう思いながら、事務所へ向かうための道を見て歩き出す。同じ時を永遠に繰り返したとしても、それが由麻を忘れた事に対する罰ならば受け入れなければならないと思っているのだ。
(優しかった由麻ねえちゃん。あの時の俺にとって唯一の友達で、絶対忘れちゃいけなかったのに……)
『バカ!忘れたからって、征市にこんなひどい罰を与えるわけないじゃない!』
 征市は、少女の高い声を聞いて一度立ち止まると周囲を見る。
「征市さん、どうしたんですか?」
「セーイチさん、急がないとリーダーにおしおき部屋送りにされちゃいますよ!」
 湊と陸が、征市が急に立ち止まった事を疑問に思い、声をかける。だが、征市はそれを聞かずに周囲を見ていた。
「由麻ねえちゃん……なのか?」
「ねえちゃん?」
 独り言のように呟かれた征市の言葉を聞いた陸は、眉をしかめ、征市の顔の前で手を振った。
『そうよ。残された力を全部使ってあんたに話しかけているわ。姿が見えないかもしれないけれど、声は聞こえるわよね?』
「ああ、聞こえる。……俺だけみたいだけどな」
 征市はそう言うと、目の前で振られていた陸の手を叩いた。
『今から、旧校舎に向かって。まだ時田兄弟がそこにいて、彩弓が捕まっているの』
「彩弓が!?でも、どうして?」
『質問には後で答えるから、今は走って!』
「判った」
 征市は由麻の言葉に頷くと、陸と湊を見た。二人は心配した顔で征市を見ている。
「悪い。急用ができた。菜央には、行けないって伝えておいてくれ!」
 征市はそう言い残すと、二人が止める言葉も聞かずに走り出す。行き先はT高校の旧校舎だ。
『時間が繰り返すのもあいつらのせいよ。時田兄弟が箱庭のプライズを使ってこの街の時間を歪めているから』
「彩弓を利用しているかもしれないって事か」
『……そうよ』
 しばらくの沈黙の後、由麻は答える。それを聞いて、征市の表情が険しくなる。その様子を見て、由麻が静かな溜息を吐いたが、征市はそれに気付かない。
『あたしは戦えないけれど、征市の手で倒して!そして、奴らが続けようとする悪夢を……この、めぐる学校の怪談を終わらせて!』
「言われるまでもねぇ!」
 由麻の言葉に力強く答えて、征市は加速した。

 T高校の校門前に立った時、征市は自分が身震いするのを感じた。校舎の上には黒雲が浮かび、夏の昼間だというのに敷地の中は暗くなっていた。うっすらと寒気すら感じる。校舎を見上げると、貼り付けられた時計の針は四時四十四分を指している。
「不吉過ぎる」
『これもあいつらの仕業よ。この学校の悪霊達が最も力を発揮できる時間にとどめているの』
「時間まで操れるのかよ?」
 征市が不安そうな顔になるのを見て、由麻は急いで答える。
『ある程度は操れるみたいね。ただし、時間は流れるものだから、留めておけるのはこの学校の中だけの話よ。Q区周辺だったら、征市達にやった時みたいに数日くらいだったら時間を戻す事もできるみたいね。ただし、その周りまでは力が及ばないはず』
 征市は時間が戻される前に時田兄弟と旧校舎で対峙した時の事を思い出していた。
 箱庭のプライズはこの街の部分しか完成していない。しかし、完成する範囲が増えればそれだけ多くの地域を支配できるようになる。そして、全ての世界の過去、現在、未来を好きなように動かすのが彼らの望みだ。
『魔法使いじゃない彩弓の力を使ったから完全には戻せなかったのね。あたしはこの世界で征市にアドバイスができるし、征市は時間が戻った事に気が付いている。それが勝利の鍵よ』
 征市は由麻の言葉に頷いてから、門扉を開けて中に入った。砂で覆われた校庭を歩きながら、征市は口を開く。
「なあ……由麻ねえちゃん。あいつらと戦いに行く前に一つ聞いてもいいか?」
『何よ?時間がないんだから、早くしなさい』
 征市は煮え切らない口調で質問する。一刻も早く時田兄弟を倒さなければならないという焦りと征市のその口調に、由麻が苛立ちながら答えた。
「この戦いが終わったら、由麻ねえちゃんはどうなっちまうんだ?」
 その問いに、由麻はすぐに答えられなかった。征市は由麻が静かに息を飲むのを感じていた。
「残された力を全部使って、って言ったよな。それじゃ、もうすぐ由麻ねえちゃんはいなくなっちまうのかよ?」
『……仕方がないじゃない』
 歯切れの悪い由麻の答えが返ってくる。それを聞いて征市は声を震わせながら言う。
「仕方がないなんて言うなよ!いなくなったら、寂しいじゃないかよ!」
 叫びながら、征市は由麻がいなくなってしまったあの日の事を思い出し始めていた。幼い征市は、長く感じる一日の時間のほとんどを由麻の事を考えるのに使っていた。
 どれだけ待っても由麻が戻ってこないので、征市は由麻が帰って来た時に彼女を驚かせるために手品の練習を始めた。上手な手品ができれば、戻って来た時に褒めてもらえる。そうすれば、鼻が高い。そこまで深く考えていたか判らないが、征市は彼女に喜んでもらうために、手品を練習していた。
 戻って来た時に、この手品を見せよう。言いつけを守って祖父のいう事をきちんと聞くいい子であった事を自慢しよう。そして、オムライスを一緒に食べる約束を果たそう。
「まだ見てもらいたい手品があるんだよ。オムライスを一緒に食べる約束だってしただろ!」
『征市、子供みたいな事言わないで』
「俺はまだ子供だよ!」
 そう叫びながら、征市は悲しさと悔しさを感じていた。大好きな由麻の前なのに子供染みた事をして気を引く事しかできない自分への苛立ちが、彼の中で駆け巡る。
『征市』
 由麻の凛とした声が耳に入る。それは、かつて幼い征市がいたずらをした時に由麻に叱られた時の言葉に似ている。相手を諭す年上としての余裕と、優しさを感じさせる口調で由麻は征市を叱ったのだ。そして、今も征市は同じ口調の言葉を聞く。
『あたしは、あの時から全てが止まっている。進み続けたあんたの隣にはいられない』
「そうだよな……。わがまま言ってもどうにもならないよな」
『そうよ。どうにもならない。だけど、あんたの成長した姿を見られてあたしは嬉しかった。時間を超えてあんたと一緒に力を合わせて戦えた事がとても嬉しかった!だから……これ以上、望まないで……。あたしももっと一緒にいたい。だけど、それはできないんだから、あんたは前を向きなさい』
 その言葉が起爆剤となった。
 征市は奥歯を噛みしめて前を見る。既に右手に金属製のデッキケースを握り、臨戦態勢に入った。今の彼に迷いはない。
『あたしはもうすぐいなくなってしまう。だけど……。もし、少しだけ力が残っていたら、もう一度征市の手品を見たいな。もう立派なマジシャンなんでしょ?』
 “立派な”という言葉を聞いて征市はバツが悪そうな顔をする。
「立派ってほどじゃねぇよ。だけど、もうすぐ始まる夏のカーニバルで手品ショーをやるんだ。前座みたいなもんだけれど、俺の出番もある。由麻ねえちゃんに見てもらえるなら、それを見て欲しい」
『そうね。それじゃ、約束』
 征市は由麻が手を出すのを感じた。征市は、由麻の見えない手にからめるようにして自分の右手の小指を出す。
『戦いが終わったら、あたしは征市の手品ショーを見に行く。絶対に見に行く』
幼い頃にしたのと同じように指切りをした。もうすぐ由麻は消えてしまう。だから、これは不確かな約束だ。
 しかし、約束をした事実が征市の心に強い炎を灯す。もう、誰にも止められない。
『征市!何か来る!』
 由麻の声が警戒したような鋭い口調に変わる。それを聞いて、征市もすぐに気持ちを切り替えた。
 硬い地面を突き破って黒い人型の怪物が現れた。忘れもしない頭部の角。あれは彩弓を連れ去った鬼だ。
 黒い鬼は一体だけでなく、複数現れる。動きは早くないが、量が多いため、征市達は行く手を阻まれてしまった。
「くそっ!邪魔すんなよっ!」
 征市がデッキケースからカードを一枚引き抜いて、カードに魔力を溜め始める。邪魔をするのなら倒してしまえばいい。だが、全員の相手をしている暇はない。威嚇して相手の隙をついて通り抜けるつもりだ。
 相手が集まったところを見つめながら、カードを持った腕を伸ばす。すると、その瞬間、征市は魔力を弾丸にして撃つよりも早く、黒と緑の光弾が鬼達に撃ちこまれた。征市が驚いて背後を見ると、そこには陸と湊が立っていた。二人はカードを持ったまま征市に近づいてくる。
「お前達、一体どうしたんだよ?会議があるはずだろ?」
「征市さんの様子がおかしいから、菜央さんに連絡してこっちに来たんです」
「そうそう。後でリーダーに怒られたら困るなぁ~。ま、その時は三人で一緒におしおき部屋に行こうか!」
 二人は征市の横に並ぶ。陸は首から下げていたループタイのドクロを光らせ、湊は携帯電話のストラップについている雪ダルマの人形を光らせた。その光の中からそれぞれのデッキケースが現れる。
「うまく説明できないけれど、今のセーイチさん、好きな女の子にいいカッコ見せようとして必死になっている気がするんだ。見てて面白いんだよね」
 陸は軽い口調に征市に話しかけた。陸に自分の心が見透かされたような気がして、征市は頬を少し赤くする。
「茶化すなよ」
「僕もそうしたい気持ちはよく判る。だから、ここは僕達に任せて早く行きなよ!」
 そう言って、陸は征市の背中を押した。征市が湊を見ると、湊もゆっくり頷く。
「ここは、僕達に任せて下さい。大事なものがあるっていうのが、ものすごく伝わってきましたから……」
「お前ら……ありがとよ」
 征市は目を伏せながら、照れくさそうに礼を言った。それを見ながら、陸は再び、口を開く。
「ところで、その好きな女の子と彩弓ちゃん、どっちを取るつもりなのかな~?」
 陸の質問に、征市は少し悲しそうな顔をすると
「お前の言う好きな女の子にはさっきフラレちまったよ。『あんたは前を向きなさい』ってね」
と、答えた。陸が声をかけにくそうな顔をしているのを見て征市は
「そんな顔するな。これから一仕事してくる仲間を送り出す顔じゃないだろ?」
と、笑う。陸もそれを聞いて笑った。
「それもそうですね。フラレ記念パーティとか開いてあげますから、がんばってきて下さい!」
「嫌なパーティ計画してんじゃねぇよ!それじゃ、行ってくる!約束を果たしてくるぜ!」
 陸の冗談に笑うと、征市は旧校舎に向かって走った。鬼がデッキを取り出してそれを追いかけようとするが、その前に陸と湊が立ちはだかりデッキを突きつける。
「空気読めよ。お前は大将とやり合うって顔じゃないの。今日だけ引き立て役を甘んじて引き受けた僕の相手してよ」
「征市さんは大事な約束があるんだ。どんな奴が相手でも、その邪魔だけは絶対にさせない!」
 鬼は咆哮と共に五枚のシールドを並べる。陸の前には黒いシールドが並び、湊の前には緑色のシールドが並んだ。それぞれの闘志と視線がかち合い、戦いが始まった。

 右京は、彩弓を取り込んだ箱庭のプライズを苛立ちながら眺めていた。自分達は時間を超える能力を持った存在であり、征市達のような普通の人間を超えた長い寿命を持っている。そのため、彼らの想像を超えた箱庭のプライズのようなものを作って時間を動かす事もできる。自分達は超越した存在だと信じている。それ故、虫けらのようなトライアンフのメンバーによって自分の手駒が一つずつ潰される事が腹立たしい。
 大きな音がして扉と共に左京が吹き飛ばされながら教室に入ってくる。そして、扉の残骸と共に、窓際の壁に叩きつけられた。右京は、体を痙攣させながら小さく呻く左京ではなく、扉から入ってくる青年の姿を見ていた。
「由麻ねえちゃんの痛みが少しは判ったか?それと、次はお前だ」
「相羽……征市ィ……!」
 征市と右京の目が合う。互いの目に宿る強い怒りの感情がぶつかり合った。
「許さないぞ。お前だけは絶対に許さない!」
「それは俺のセリフだ。お前を倒して、全てを終わらせてやる!」
 征市は右手に金属製のデッキケースを持って右京に近づく。外から差し込む光を受けて輝くそのデッキケースを見て、右京は奥歯を強く噛みしめた。
「お前の野望はここで終わらせてやる!」
 征市は、そう言ってデッキケースを突き付ける。だが、その手に左京が飛び付き、デッキを奪った。左京はデッキを上半身全体で抱えるように窓辺まで走る。その体が黒い砂になって足元から崩れていった。
「ただでは終わらせねぇ!てめぇのデッキは俺が命に変えてぶっ壊してやるよ」
「やめろ!」
 征市はデッキケースに向かって手を伸ばすが、遅かった。左京と共に彼のデッキケースは黒い砂になって消えてしまった。征市は、そこに残った砂をかき分けてカードを探すが、そこ黒い砂以外の物はなかった。
「そんな……。俺のデッキが……」
「左京、最後だけはなかなか立派だったぞ。後は僕に任せろ。僕一人で全ての時間を支配した世界を満喫してやるよ。だが、その前に……」
 右京は征市にカードを向けると、その先から黒い光弾を発射した。征市はそれを受けて壁に叩きつけられる。衝撃と一瞬遅れてやってくる激しい痛みが征市の肉体を襲った。床にうつぶせで倒れた征市は、頭を上げて右京を見る。右京は征市を見下ろすと、かかとで彼の右手を思い切り踏みつけた。征市の悲鳴を聞きながら、恍惚とした表情を浮かべる。
「痛いか?苦しいか?だが、すぐ楽にはしてやらないよ。この僕の邪魔をしたんだ。苦しめて苦しめて苦しめ抜いた後で、箱庭のプライズに組み込んでやる」
 右京の足が征市の右手から離れる。それを見て安心したような顔をする征市だったが、その認識は甘かった。征市の顔が安堵の表情に変わった瞬間、右京は左手を踏みつけた。再び、教室の中に悲鳴が木霊する。
「死にたくなるまで痛めつけてやる」
「くっ……!ふざけ……がぁっ!」
 右京は征市の腹を蹴飛ばして仰向けにさせる。せき込む征市を見ながら右京は彼にカードを向ける。右京の指先にある一枚に黒い光が集まっていった。
「さてと、抵抗できないようにその腕は消し去ってやるよ。その次は脚だ。逃げられないようにしてやる。痛くても苦しくても受け入れろ。計画の邪魔をされた僕の痛みや苦しみはこんなものじゃない!」
「撃ちたきゃ、撃てよ……」
「何?」
 征市の抵抗に、右京が眉をひそめる。荒い息を吐き出しながら征市は言葉を続けた。
「撃てって言ったんだよ。腕でも脚でも好きなところを撃て。だがな、どこを撃っても俺の命が残っている限り、俺はお前と戦うのをやめない。どんな事をされても、お前を倒す!」
「生意気なんだよ!虫けらみたいな魔法使いの癖に!」
 右京の言葉が終わるのと共に光弾が発射される。征市はそれから目を逸らさずに光弾を睨み続けていた。すると、征市を狙って飛んだ光弾が空中で爆ぜて消え去った。征市も右京も驚いた顔でそれを見ていた。
「今のは何かの間違いだ!今度こそ!」
 右京はもう一度光弾を発射するが、それも征市に当たる前に消え去る。何度繰り返しても同じだった。
「馬鹿な……!こいつはもう、デュエル・マスターズカードを持っていない!それなのに、何で僕の魔力が弾かれるんだ!?」
 驚く右京の前で赤い光が集まっていった。赤い光は四角い形を形成すると、より強く輝く。それを見て、右京は目を閉じ、数歩、後退する。
「何だ、これ……。あたたかい……」
 激しくなる光を見ても、征市の目はダメージを受けない。自分を受け入れるようなあたたかさを感じ、征市はその光を手に取る。すると光は、赤い革製のデッキケースへと変化した。それは由麻が使っていたのと同じものだ。
「これ、由麻ねえちゃんのデッキか?」
『そうよ、征市。あたしがもう一度力を貸してあげる。これが最後の力になるわ』
「何だって!?」
 最後という言葉を聞いて、征市が戸惑う。
『しっかりしなさい!あんたは、右京を倒さなくちゃならないのよ!最後まで気をしっかり持て!』
 それを見て由麻が一喝する。由麻の言葉を聞いて、征市の目にも気迫が宿った。
「そのデッキ……。あの女が使っていたデッキか!」
 目のダメージが回復したらしく、右京が手にデッキケースを持って征市を睨みつける。乱暴な手つきでデッキを引き抜くと、そこから五枚のカードをシールドとして目の前に投げつけた。
「ああ、間違いない。由麻ねえちゃんのデッキだ」
 征市はデッキケースを開けると、中のデッキを取り出し、中のカードを見る。そこに入っていたカードが、これが由麻のデッキだという事を証明している。
 征市がカードを投げると、五枚のカードは赤い大きなシールドに変化する。そして、手札として五枚のカードを引いた時、戦いは始まった。
「終わらせてやるぜ、右京!お前の悪意ある行動に明日はない!」
「嘗めるなぁ!ただの魔法使いが!」
 初めて使うデッキだと言うのに、由麻から渡されたデッキは征市の手に馴染んでいた。由麻に守られているのを感じながら、征市はマナをタップして動き出す。
「《フェアリー・ライフ》でマナを増やす!」
 草の香りと共に、バトルゾーンに風が吹いた。その力で征市のマナゾーンのカードが増える。
「あの女のデッキだ。どんなカードを使うのか、全て判っている!だが、お前は僕のデッキが判らないだろう!僕が負ける事などありえない!」
 右京はそう言って、《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》を召喚する。彼が言うように、《ケミカル・プロディジー》を切り札にしたデッキとは別のデッキのようだった。
「お前がどんなデッキを使おうが関係ねぇ!勝つのは俺だ!《コッコ・ルピア》召喚!」
「本当にそう言えるか?未知なるカードを前にしても同じ言葉が吐けるか?」
 右京の場に黒い光と共に奇妙なクリーチャーが現れる。龍にも似た頭を持ち、蛇のように長く伸びた胴を持つクリーチャーだ。首の下には人の顔のようなものが見える。デュエリストとして戦っている征市は、様々な戦いで色々なクリーチャーを見てきたが、右京が召喚したクリーチャーは見た事がなかった。
「《神帝ムーラ》。僕の切り札の一つだ」
「《神帝ムーラ》?」
 征市は未知なるクリーチャー、《神帝ムーラ》を見ながら対策を考える。右京が切り札と呼んでいるものの、パワーは3000と高くない。
「本当の力を隠してるって事か。だったら、本当の力を出す前に倒す!《紅神龍バルガゲイザー》!」
 岩石のように硬い鱗を持つ赤い龍《紅神龍バルガゲイザー》が場に出る。攻撃する時に山札の上からドラゴンを出す、由麻の切り札とも言えるドラゴンだ。
「俺にも力を貸してくれ」
 征市に言われて《バルガゲイザー》は静かに頷く。
「弱い力を集めても、圧倒的な強さを持つ者には勝てないさ!例えば、神とかね!」
 《ムーラ》の横に新たなクリーチャーが現れる。それは《ムーラ》と同じように龍に似た顔、首の下にある人間の顔、蛇のように腰から伸びた胴を持つ、水色のクリーチャーだった。《ムーラ》とそのクリーチャーの胴は黒い光を出して繋がる。
「《神帝ムーラ》とリンクするゴッド《神帝マニ》だ。効果でカードをドロー!」
 リンクした《神帝マニ》が吠えると吸い寄せられるように山札の上のカードが右京の手元に飛んでいった。右京はそのカードを見ると攻撃せずにターンを終了する。
『おかしい。切り札って言いながら、それらしい効果を持ってないわ』
 征市の横で由麻の声が呟く。征市もそれは疑問に思っていた。
 右京が使っていたゴッド《ケミカル・プロディジー》は二体がリンクした事で完成された切り札となり、二体分の能力を使って征市に襲いかかった。しかし、リンクした《ムーラ》と《マニ》はパワーも低く、効果も一回のドローのみだ。圧倒的とは思えない。
「どうした?怯えているのか?」
「そんな事ねぇ!一気にケリつけてやるぜ!」
 征市はそう言って、カードを引いた。

「進化《悪魔神ドルバロム》!!」
「《大神秘ハルサ》でとどめだ!」
 陸と湊がそれぞれの切り札を使って鬼を蹴散らす。全ての鬼が消えた瞬間、チャイムが鳴り響いた。二人が時計を見ると時刻はまだ四時四十四分のままだった。
 チャイムを合図に、地面から新しい鬼が姿を見せる。二人は驚く事なく、疲れ切った顔でそれを見ていた。鬼が全て倒れるとチャイムが鳴って地面から新しい鬼が出てくるのだ。同じ事の繰り返しで二人の体力が減らされていく。
「出てくるのが巨乳の女の子だったらって考えても、楽にはならないか」
「ふざけてる場合じゃないですよ!こんなに出るなんて、さすがに僕達も……」
 陸と湊は強いデュエリストだ。目の前にいる鬼など大した敵ではない。しかし、あまりにも量が多すぎた。無限に復活する敵を相手にしていたら、消耗し続け、いつかは敗北してしまう。陸は自分で頬を叩き、湊は深呼吸をして気持ちを引き締める。そして、新しい鬼を見て目の前に五枚のシールドを並べた。
 それを見て、群れから一体の鬼が陸の前に出た。だが、その瞬間、金色に輝く光弾に吹き飛ばされた。
「誰だ!」
 突如、背後から飛んで来た光弾に驚いて陸が振り返る。すると、校門に二人の人影が見えた。
「やって来た援軍に誰だ、はないだろう」
「様子を見に来ました」
 二人はデッキを手に持って校庭に入ってくる。それは、一真と菜央だった。
「一真さん!リーダー!」
「来てくれたんですか?」
 二人は頷くと鬼達に近づく。
「陸、湊。気合いを入れろ!」
「無限に復活すると言っても、そのためのエネルギーを与えている何かがあるはずです。相羽さんは今、それを止めている。違いますか?」
 菜央の言う通りだった。征市と言葉を交わした訳ではないが、彼はこの学校に巣食う悪の中で最も強大な者と戦っている。それを倒せば、無限に供給されているエネルギーが途絶える事もあり得る。
「相羽さんの戦いが終わるまで耐えましょう。必ず勝ってくれるはずです!」
 菜央の前に五枚のシールドが現れる。援軍が来た事が、陸と湊に力を与え、彼らの力を蘇らせた。
「そうだね。こんなとこで弱音吐いてたら笑われちゃいそうだ!」
「征市さんなら、必ず勝てます!」
「行くぞ!こんな奴らに負けるな!俺達、トライアンフの力を見せてやれ!」
 トライアンフの気迫に戸惑いながら、鬼達は彼らに襲いかかった。気合いを入れ直した陸達もそれを迎え撃つ。それぞれ、五枚の手札を持ち、新たな戦いが始まった。

「《紅神龍ジャガルザー》でシールドをW・ブレイク!」
 赤い鱗を持つ龍《紅神龍ジャガルザー》が二枚のシールドに体当たりする。その背後では《コッコ・ルピア》が最後のシールドに突撃するために、脚に力を溜めていた。
「右京!お前はこれで終わりだ!」
 征市が負ける要素は皆無に等しかった。右京が召喚したゴッド《ムーラ・マニ》はリンクしたものの、シールドへ攻撃する事はなかった。それに対して、征市は序盤からドラゴンを使って攻撃を続け、右京のシールドを残り一枚にまで減らした。
「《コッコ・ルピア》で最後の――」
「待つんだ。まだ僕のシールド・トリガーが残っている!」
 シールドから黒い手が現れ、《コッコ・ルピア》を握り潰す。高い悲鳴と共に、羽根が宙を舞った。
「まず、《デーモン・ハンド》で一体。さらに、これだ!」
 破られたシールドが門のような形に変化する。その中から《ムーラ》や《マニ》に似た水色のクリーチャーが現れる。
「《ミラクルとミステリーの扉》で呼び出した。僕の第三の切り札《神帝アナ》!」
 《神帝アナ》は既にリンクしていた《ムーラ・マニ》と融合する。その巨大さに征市は驚き、言葉を失った。
『そんな……!三体のゴッドがリンクするなんて!』
 由麻もここまでは想像していなかった。唖然としている二人の前で、右京はマナをタップしてにやりと笑う。
「第三の切り札で終わりだと思うなよ。僕の第四の切り札にして神帝の長!真の切り札の出番だ!」
 右京が場に投げたカードが黒い光を発して変化する。長く伸びた首、そして額に小さな顔を持つ龍の頭。そのクリーチャーは出現と同時に三体の《神帝》と融合した。
「《神帝アージュ》!これで、僕の切り札は完成した!」
 数え切れないほどの龍の頭が征市を見ていた。蛇に睨まれた蛙のように征市は動く事ができなかった。
「愉快だな!お前、本当に数分前まで僕を倒すと言っていたデュエリストか?《神帝》の真の力を見てしまったんだ。仕方がないか」
 右京は笑いながら、右手を前に出す。全てが融合した《神帝》はゆっくりと動き出す。
「まずは、《ジャガルザー》だ。やれ!」
 右京の叫びが合図となった。《神帝》を形成する龍の頭が《ジャガルザー》に襲いかかる。それは、餌に群がる池の中の鯉の姿にも似ていた。いくつもの頭が《ジャガルザー》という餌を食い尽くすために集まる。あっという間に《ジャガルザー》の姿は影も形もなくなってしまった。
「た、確かに《神帝》は強力だ。だけど、それで終わりだろ?次のターンで決めてやる!」
「お前に次のターンなどない!全てが融合した《神帝》は、攻撃と同時にアンタップする能力を持つ!邪魔するブロッカーは全てなぎ倒し、目の前にあるシールドは全て喰らい尽くす!全てが《神帝》の餌なのだ!」
 新たな餌を求めるように《神帝》が征市のシールドに突っ込む。二枚のシールドが破られ、それが征市の手札となった。
「まだだ!《神帝》はまだ満たされていない!全てのシールドを食い尽くし、お前にたどり着くまで満足しない!」
 《神帝》が再び、シールドに突っ込む。しかし、その中に一枚が緑色の光を発した。《神帝》の全身が緑色のツタに覆われる。それを見て、征市の目に再び、光が宿った。
「シールド・トリガー《ナチュラル・トラップ》だ!強力な《神帝》でもシールド・トリガーまでは防げなかったみたいだな!」
 右京は絡まったツタを見て舌打ちをする。
「嘗めるな!《ムーラ》をリンクから外す!」
 黒い光と共に、《ムーラ》が他の三体から外れ、マナゾーンへ飛んでいく。他の三体は最後のシールドに突っ込んでいった。
「まだ攻撃する力が残っていたか。だけど、アンタップまではできない。そうだろう!」
 征市の言う通りだった。右京はもう、《神帝》に指示を出さない。
「ああ、そうさ!一体だけでも外れてしまったら《神帝》は真の力を発揮できない。だが、丸裸のお前にとどめを刺すのなら、これでも充分過ぎるんだよ」
 残った《神帝》の目は征市の姿を捉えている。そして、右京は体を震わせていた。
「待っていた!ついに!ついに相羽征市が手に入る!これで箱庭のプライズが完成するんだ!」
「勝手に決めるなよ」
 歓喜に震えていた右京に、征市が呟く。彼の目は熱く燃えていた。
「まだ俺のターンが残っている。これでお前を倒せる!」
「僕を倒す?僕にはシールドが一枚残っている。クリーチャーが一体もない状態でお前が勝てる訳がない。嘘をつくな!」
「嘘じゃねぇ!今から見せてやるぜ。『ウソのようなホントウ』って奴をな!」
 征市はマナのカードを八枚タップする。そして、一枚のカードを場に投げた。炎と共にそのカードは黒金色の鎧を着た龍へと変化する。
「召喚!《竜星バルガライザー》!!」
 二本の剣を持った龍《竜星バルガライザー》は登場と同時に地を蹴って最後のシールドへ飛んだ。
「スピードアタッカーか!?」
「そうだ。これならすぐに攻撃できる!《バルガライザー》で最後のシールドをブレイク!」
 《バルガライザー》の斬撃が最後のシールドを叩き割る。それはシールド・トリガーではなく、すぐに右京の手元に飛んでいった。
「最後のシールドは破られた。だけど、《バルガライザー》ではとどめは刺せない」
「ああ、そうだな。《バルガライザー》じゃとどめは刺せない」
 征市は静かな声で言う。しかし、落胆した様子はない。
「全力で戦ったから悔いはないとでも言うつもりか?最後の攻撃はただの悪あがきだったみたいだな」
「そうじゃねぇ!意味はあった。そして、俺は最後の賭けに勝った!」
『ええ、そうよ!征市、あんたの力を見せてやりなさい!』
 征市の山札の上のカードが炎に包まれたまま場に出る。そのカードは姿を変えながら、右京に向かって飛んでいく。
「馬鹿な!一体、何が起こった!?」
「《バルガライザー》は攻撃する時に山札の上のカードを一枚めくり、ドラゴンなら出す能力を持っている。その効果で俺が出すのは《ボルシャック・大和・ドラゴン》だ!」
 炎を振り払って《ボルシャック・大和・ドラゴン》が場に現れる。腰の鞘から刀を抜いた《ボルシャック・大和・ドラゴン》は両手でそれを持ち、跳躍した。
「右京、覚えておけ。これが俺達の力だ!」
 着地した《ボルシャック・大和・ドラゴン》の刀が右京の体に突き刺さる。彼は左手で刀の先を押さえ、征市に向かって右手を伸ばした。
「僕が……負ける?認めない!お前を手に入れて……僕は……僕、は……」
 力を失ったように、右京の右手が垂れ下がる。そして、彼の体は黒い砂となって消え去った。
「やったぜ、由麻ねえちゃん!」
『そんな事で喜んでるんじゃない!早く、彩弓を助ける!』
 由麻に言われて征市は急いで箱庭のプライズに近づいた。模型の街は黒い砂を出して崩れていく。征市は手を伸ばして彩弓を抱きしめた。彩弓は眠っていて目を覚まさないが、抱きしめた時に心臓の鼓動が聞こえた。無事だ。
 征市は彼女を背負うと急いで教室を出た。全速力で階段を駆け下り、外に出る。
「セーイチさん!」
 征市の姿を見て、陸達が駆け寄る。征市は戦いが終わった事を示すために、右手の親指を立てた。
「旧校舎を見て下さい!」
 湊に言われて征市は振り返った。旧校舎が黒い砂となって崩壊している。全てが終わったのだ。
「これも由麻ねえちゃんのお陰だな。ありがとう、由麻ねえちゃん」
 征市は静かに息を吐き出すように言葉を紡ぐ。しかし、由麻からの返答はない。征市は驚いてもう一度、由麻の名を呼んだ。しかし、同じだった。由麻の声はもう聞こえない。
「セーイチさん、由麻ねえちゃんって?」
 陸が不思議そうな顔をして問いかける。虚空を見つめていた征市は、少し寂しそうに微笑む。
「俺が好きだった女の子、かな?」
 そう言うと、征市は彩弓を背負ったまま校門に近づいた。
「帰ろうぜ。戦いは終わった。俺達には帰る場所がある」

 八月上旬。征市は初めての自分の晴れ舞台に緊張し、左手に人の字を書いて飲み込む。人から見えないステージの横にいてもショーを待つ人々の期待が伝わってくる。押し潰されそうだった。
 Y港開港百五十年を記念する夏のカーニバルには大勢の人が集まっていた。未来地区の特設ステージでも様々なイベントが行われている。その中の一つに征市の手品ショーがあった。彼は師匠の前座のようなもので、十分程度しか出番がないが、それでも彼一人でショーを進行させる事に変わりはない。
「くそっ!緊張するな……」
 師匠は「気楽にやれ」と言っていたが、征市にとってそれは無理な話だった。
 征市が緊張していると、「征市君」と聞き慣れた声が耳に届いた。声が聞こえた方向を見ると、白いワンピースを着た彩弓が立っていた。
「おい、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「お師匠さんが入っていいって言ってたよ」
「……マジで?」
 師匠の行動に征市は頭を抱えた。軽く脱力して、肩に乗っていた余計なものが取れた気がする。
「征市君、硬くなりすぎだよっ!笑って笑って!」
 彩弓はそう言って征市の頬を引っ張る。征市は「俺の顔で遊ぶな」と、言った。彩弓は手を離す。
「一体、何しに来たんだよ。もうすぐ、出番なんだけど」
「ん……。実は、この前助けてもらった時の事、思い出してたんだけどね」
 彩弓の言葉を聞いて、征市もT高校の事件を思い出していた。T高校の生徒は、自分達の学校が世界の運命を揺るがす事件の舞台になったとも知らず、部活の練習や用事がある生徒が登校している。菜央はT高校の旧校舎に奇妙な物があるという噂を聞いていた。征市が会議を抜けてT高校に向かったあの日、菜央はそれについて話すつもりだったのだ。
 あの後、征市は陸達とも話をしたが、誰も由麻の事を覚えていない。当然、魔法警察のMX班も存在せず、由麻と一緒にT高校に潜入捜査をした事を覚えていたのは征市だけだった。
 あれ以来、由麻の声は聞こえない。由麻は最後の力を振り絞って消えてしまったのだ。彼女がいた事を証明するのは、赤い革のデッキケースとその中に入った由麻のデッキだけだった。
「あれがどうかしたのか?」
「あの時、征市君に助けてもらったよね?それだけじゃなくて、他の子も一緒に助けてくれた気がしたの。わたしと同じくらいの歳の女の子」
「え……?」
 征市は自分の耳を疑った。心臓の鼓動が高鳴り、驚いた表情で彩弓を見る。
「菜央ちゃんじゃないと思うんだ。でも、あの時、来てたのはトライアンフのみんなだけだよね?……征市君?」
 征市の様子がおかしい事に気付き、彩弓は心配した顔で彼を見る。
「気のせいだろ?俺達以外にトライアンフのメンバーはいないんだぜ?」
「そっか。そうだよね。気のせいか」
 彩弓は納得していない顔で出て行った。
「気のせいなんかじゃねぇよ」
 彩弓が出て行った後、征市は呟く。彩弓は由麻の事を覚えていた。それが征市にはとても嬉しかった。
『見に来たわよ。約束したでしょ』
 征市がステージに上がろうとした時、彼の耳元で少女の声がする。征市はそれを聞いて静かに微笑む。
『手品を教えるのも、一緒にオムライスを食べるのもできないけれど、これは守る。だから、最高の手品を見せてあたしを満足させなさい!』
「そりゃ、右京を倒すのよりも難しいかもな。あと、お客さん。ステージ横じゃなくて、客席の方が見やすいよ」
『判った。客席に行ってる』
 短い会話が征市に力を与えた。彼はステージに上がり、観客の前に姿を見せる。
 拍手が彼を出迎えた。客席にはトライアンフのメンバーと彩弓もいる。そして、姿は見えないけれど、そこには間違いなく由麻がいた。征市は観客に礼をする。十四年前に約束したあの日から、手品の練習を怠った事はない。
「それでは皆さん、『ウソのようなホントウ』の華麗なるひと時にお付き合い下さい」
 そして、征市の手品ショーが始まった。

  『コードD』 File.extra めぐる学校の怪談
  The End
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