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『TOKYO決闘記』 第三十一話 絵画

『TOKYO決闘記』




私、一ノ瀬博成は東京連続失踪事件の謎を調査した高校二年生だ。
孤独な戦いを続けていた赤城勇騎は、金城豪人に保護されて、彼が住んでいるマンションに連れてこられる。豪人の前から去ろうとする勇騎だったが、私達と再会し、私達の前からいなくならないと決める。
そこへ現れたヴェルデと亀島美土里。鎧の侵食によるダメージを受けていたヴェルデは自分の体を元に戻すため、勇騎にデュエルを挑む。ヴェルデのアーク・セラフィムに圧倒される勇騎だったが、《ヴァルキリアス・ムサシ》を使い、サムライを展開して勝利。さらに、この世界と自然文明の世界をつなぐ道を作り、そこにヴェルデを帰す事に成功したのだった。
20XX年 一ノ瀬博成

第三十一話 絵画
最初に違和感を覚えたのは、小学校の頃の同級生と話をした時の事だった。当時、高校生だったドナルドは道で偶然出会った旧友と話をしていたのだが、旧友が思い出としてすぐに記憶から引き出せる出来事がドナルドには思い出せない。一緒に体験した事だったはずなのに。
次に違和感を覚えたのは大学に進学してからだっただろうか。同じアパートに住む学生同士のパーティで他の若者は過去の思い出の事を語るのだが、ドナルドは思い出と言えるほどの楽しい出来事を思い出せないでいた。
思い出せないのは、子供の頃の思い出。彼自身の境遇が不幸だったのではない。家族からも子供の時の話を聞く事があるし、アルバムにも楽しい思い出の記録としての写真がいくつも残っている。彼も普通の幸せを与えられたごく普通の人間だった。
それにも関わらず、彼は子供の事の思い出を思い出せない事を奇妙に思っていた。彼は失われた自分の思い出を取り戻そうとして、いつの頃からか、忘れたはずの思い出を絵に描き始めた。親や親戚から聞いた話を元に、過去の自分の思い出を蘇らせるための絵を描いたのだ。
だが、どれだけ話を聞いても写真を見ても、できあがった絵は自分の思い出とは違うものだった。忘れている思い出だが、彼には判る。これは違う、と。
それから彼は、地元で人々の思い出を絵にする仕事をしていた。人々は喜んで彼の絵を買い、彼は生活をするには困らないくらいの金を稼いでいた。人々は喜んでくれたし、生活も苦労はしていないが、最も欲しい過去の思い出は手に入らない。
三年前、一人の日本人に出会った。その名は千秋千里。彼によって保持者としての能力を与えられた彼は、その能力を使ってさらに多くの人々の思い出を絵にした。その中の多くは気に入らないものだったが、いくつかは書いた後で確かな手応えを感じられた。これは自分の思い出に似ている、と。
ある日、彼が気に入った絵が盗まれた。日本の美術館に飾ってあった彼の作品がアルケーと名乗る怪盗に盗まれたのだ。最初にその話を聞いた時はショックを受けたものだが、二回、三回と続く内に彼は気付いた。アルケーは自分が本当に気に入った作品だけを選んで盗んでいる。この怪盗は自分の作品なら何でも褒める芸術評論家とは違い、本当の理解者だと。
そして、今、ドナルド・マックイーンの前には怪盗アルケーがいた。
「チョコ、食べますか?」
ここは、ドナルドが住むマンションの一つ。メインの居住空間として使っている場所だ。彼にとって最もプライベートな場所だと言ってもいい。
テーブルを挟んで座っているのは青海ゆかり。初めて入ったドナルド・マックイーンの家のせいか、夜の十時という遅い時間であるせいか、緊張した顔で目の前の画家を見ている。
「おいしいですよ。ゴディバもウォンカも僕の大好物なんです」
「それよりも、どうしてアタシがアルケーだと思ったのか、その理由を教えてもらおうかしら?」
正確に言うと、ドナルド・マックイーンと一緒にいるのは怪盗アルケーではなく、青海ゆかりだ。ゆかりとアルケーは同じ肉体を共有しているが、別の存在である。
「今、目の前にいるのは怪盗アルケーではなく青海ゆかりさんですね?」
「そうよ。アタシはアルケーなんて怪盗じゃない。青海ゆかり。ただの高校生よ」
ゆかりは、警戒しながら目の前にある箱に入ったチョコレートを一粒取り出す。口に入れて思わず「おいしい」と、呟いてしまった。
「ええ、あなたとアルケーが別の人格である事は判っています。いや……別人格というのも少し不適切ですね」
「別人格っていう言い方が適切だろうが不適切だろうがアタシにはどうでもいいのよ。何でアタシを呼び出したの?狙いは何!?」
数日前、ゆかりの家に一通の手紙が届いた。ごく普通の白い封筒に入った何の変哲もない手紙で、差出人の名前は書かれていなかった。不審に思いつつも開けて中を見てみると、それはゆかりとアルケーの二人に宛てられたドナルドからの招待状だった。
「深い意味はありません。僕は自分の作品を理解してくれている怪盗アルケーに会いたいだけなのですから」
「何でアルケーがあなたの理解者なの?絵を盗んでいくじゃない!」
「詳しい事は説明している時間はありません。アルケーは消えかかっている。一刻も早く僕に会わせて下さい」
ドナルドの表情に混ざっていた微笑が消えた。時間がないという事がゆかりにも伝わってきている。
ゆかりが、自分の中にいる怪盗アルケーを意識したのは『球舞』との戦いが終わった直後だ。気がつくと、知らない倉庫の中にいる事が何度かあった。知らないはずの場所なのに、帰り道は自分の体が記憶している。その倉庫には、怪盗アルケーによって盗まれたはずのドナルド・マックイーンの絵が隠されていた。ある時は、ゆかり自身がその絵を持って立っていた事もある。
ゆかりが自分自身を怪盗アルケーだと思う理由はそれだけではなかった。去年、豪人の家で行われたホームパーティから帰る時に電車の中で見た夢。『球舞』のメンバー、五箇条一個(ごかじょういっこ)が言っていた怪盗アルケーの正体がゆかりの別人格だというニュアンスの言葉。
この二つの出来事から、ゆかりは自分が知らない間に怪盗アルケーになっていた事を自覚する。
「会わせて下さい、って言われてもアタシが自分の意思で怪盗アルケーになるんじゃないのよ。気がついたら勝手になっているだけ。アルケーが出たければ出てくるんじゃない?」
「今までであれば、彼女は自由に表へ出てきたでしょう。ですが、今の彼女は消えかかっているのです。ゆかりさんが自らの中へ押し込めている限り、出る事はできない」
「だったら、出なくていいわ。そんな奴。勝手に体使われてそんな悪い事してたなんて、こっちからしたらいい迷惑よ!」
「お願いします。今の僕には彼女の力が必要なんです」
懇願するドナルドだったが、ゆかりの考えは変わらない。勝手に体を使って怪盗をしたアルケーを許す理由はない。自分の力で押し込める事が可能ならば、ずっと出て来なければいいと考えている。
「嫌よ!あんたにとっては必要でも、アタシにとっては邪魔なの!困るの!」
「では……仕方ありませんね」
悲しそうな目をしてドナルドはゆかりを見る。その目を見てゆかりは背筋に寒気を感じた。彼はゆかりを犠牲にしてでもアルケーを出すつもりだった。今まで下手に出て交渉していた時に対応していればよかった。そんな考えがゆかりの中に生まれる。
「あなたには、眠ってもらおうと思います。僕が描く絵の中でずっと……」
何を言っているのか判らなかった。目の前にいる画家の言葉が理解できなかった。だが、危険性を感じたゆかりは瞬時に決断を下す。
もし、ドナルドが『試験官』の一人だった時のために、勇騎が外についている。携帯電話にゆかりからの着信があれば、すぐにドナルドのマンションの中に乗り込む手はずになっているのだ。今、ゆかりは勇騎を呼ぶ事にして携帯電話を手に取った。
「……あれ?」
携帯電話を取ったものの、どこへ連絡すればいいのか思い出せない。誰かにかければ通話をしなくても外に待っているその人物はゆかりを助けに来てくれるはずだった。だが、その人物が勇騎なのか博成なのか、それとも豪人なのかが思い出せないのだ。
「ゆかりさん、変な事をされては困ります。抵抗せずにアルケーを出して下さい」
ドナルドの横で小さな装置が浮いている。今までなかったはずの装置を見てゆかりは呟いた。
「ガチャガチャの機械……?」
カプセルに入った玩具などを出す機械。ゆかりも何度かそれを見かけた事がある。しかし、目の前にあるその機械は古びたデザインのもので、色褪せていて金属の部分もところどころ錆ついていた。
カプセルが乗っているはずの部分には、丸いチョコレートが乗っていた。ドナルドはそこに乗っていたチョコレートをつまんで口に入れる。
「外にいるお友達を呼んで助けてもらうつもりだったみたいですね。でも、あなたはもう誰を呼ぼうとしていたのか判らなくなっている。僕の『チョコレート・ファクトリー』の効果でね」
ドナルドはその機械を差して言う。『チョコレート・ファクトリー』と呼ばれた機械がゆかりの記憶を奪ったのだ。その事実からゆかりはドナルドが『試験官』の一人である事に気づいた。
「あなたも『試験官』の一人だったのね」
「ええ、そうです。『チョコレート・ファクトリー』がどんな能力なのか詳しくは話しませんが、あなたの中からアルケーを残してあなただけを消す事も出来るんですよ」
ゆかりに逃げ場はない。ここは大人しくアルケーを呼び出す事に専念した方が良さそうだ。
「判ったわ……」
ゆかりは、自分の中にいるアルケーを呼び出す事を強く念じる。それと同時に勇騎の顔が浮かんでいた。
(お願い、勇騎ちゃん。助けに来て……!)
意識をアルケーに乗っ取られる直前、彼女はその事を強く願っていた。

呼ばれたような気がした勇騎は、近くのコンビニからドナルドのマンションを見る。ゆかりからの着信はまだない。
「勇騎君、どうしたの?何かあった?」
隣には念のためついてきた博成がいる。張り込みで疲れたのか欠伸をしていた。
「いや……俺の気のせいだろう」
「そっか。ねぇ、これ見てよ。雑誌の怪盗アルケー特集」
博成は週刊誌の記事を広げている。「有識者が推理する怪盗アルケーの正体!」と大きく書かれた見出しと四ページの記事。複数の人物による対談でアルケーの正体について語っているが、どれも的外れである。
「警察のガードが脆いところを狙うから警察関係者って書いてあったり、複数犯だって書いてあったり、色々書いてあるね」
「気楽なものだな」
的外れな推理を鼻で嗤いながら、勇騎はその中で一つだけ気になった記事を見つけた。怪盗アルケーの出現回数が減っているというものだ。
『球舞』との戦いが終わってから、怪盗アルケーがドナルドの絵を盗む回数は間違いなく減っている。『球舞』という邪魔者が消えたのだから、増えてもおかしくはないはずなのだ。この事には勇騎も疑問を持っていた。
「一ノ瀬、お前は学校があるだろう。俺が見張っておくからお前は帰れ」
「あ、ごめんね。委員長を任せたよ」
博成が去ってから、勇騎は考える。ゆかりは、ドナルドの家に招待された理由を新聞委員会の取材だと言っていた。だが、ドナルド・マックイーンの特集は高校の校内新聞で扱うレベルの記事ではない。それに、取材ならば博成を連れていかなかった理由が気になる。
疑問はまだ残る。ドナルドが『試験官』かもしれないと疑うのはともかく、招待されたからと言ってそこへ取材に行こうと思う理由が判らない。危険ならば近づかなければいいし、取材の助手として勇騎や豪人を連れて行けばいい。保持者ならば『試験官』と戦えるからだ。
「青海……。お前は何を隠しているんだ」
ゆかりの行動に疑問を抱きながらも、その答えを見つける事ができない。博成が暇つぶしのために取った週刊誌の記事を目で追いながら勇騎は考えていた。
その時、勇騎は見張っていたドナルドのマンションから二つの大きな気配を感じた。色にして例えるのならば両方とも青。その内の一つは勇騎もよく知っている気配だった。
「怪盗アルケー……!?」
勇騎はすぐにコンビニを出てドナルドのマンションへ走る。もし、ドナルドが『試験官』でゆかりと一緒にいるところにアルケーが現れたらどうなるのか、勇騎には想像できない。アルケーの狙いは判らないが、勇騎達との戦いを有利にするために、ゆかりを人質にする事も考えられる。
「青海、無事でいてくれ……!」
走りながら勇騎は、その事を強く願っていた。

「僕のアトリエへようこそ」
ドナルドは、ようやく現れた理解者、怪盗アルケーに頭を垂れる。待ち望んでいた出会いに、彼の声が震えた。
「初めまして、ドナルド・マックイーン。あなたのファンの怪盗アルケーだ。私の愛の表わし方は世間では受け入れられないようだが、君には判ってもらえて嬉しいよ」
アルケーも丁重に迎えられた事を喜んでいる。思うようにゆかりの意識を乗っ取れなかった事に彼女も苛立っていたのだ。
「わざわざ表へ出してもらって悪いが、私にも目的があるのでね」
『ツナミ』を取り出し、戦う準備を始めるアルケー。ドナルドも同じように準備を始めていた。
「僕が勝ったら、あなたの思い出を全て僕に下さい」
「さっきの妙な能力で私の記憶を奪うのか。いいだろう。私が勝ったら、『ブランク』に閉じ込めて君を永遠に私のものにする」
一瞬の静けさの後に二人は動き出す。だが、ドナルドはカードではなく『チョコレート・ファクトリー』のレバーに手をかけた。
「王子様が来ているようですね」
「そうだな。この小娘を守るために来たボディーガードが異変に気付いたようだ」
「彼には、悪いですが……」
一つのチョコレートを取り出し、それを口に入れるドナルド。その様子を見てアルケーが聞く。
「それは、何の記憶だ?」
「赤城勇騎君の記憶の中から、ここに来た目的を一時的に奪いました。僕の能力はあくまで一時的に記憶や思い出を奪うだけですし、聡明な彼の事ですから、戦いが終わる頃にはここに辿り着くでしょう。だけど、これで戦う間は誰にも邪魔はさせません」
「助かるな」
チョコレートを食べているドナルドを見ながらアルケーはカードをマナに置く。ドナルドもそれに続いた。
「奪うと決めたものは必ず奪う。それが、怪盗というものだ!」
アルケーは《メディカル・アルナイル》を召喚する。この事から、彼女のデッキはグランド・デビルをメインにしたデッキだという事が判る。
「僕も描くと決めた題材を変えるつもりはありません。アルケー、あなたの思い出を僕に下さい!」
ドナルドは《幻緑の双月(ドリーミング・ムーンナイフ)》を召喚してマナを増やした。現在、彼のマナゾーンには自然と水のカードが置かれている。
「私の記憶で何を描くつもりなのか気にはなるが、私のものは渡さない」
アルケーは《スナイプ・アルフェラス》を《メディカル・アルナイル》の隣に並べる。どちらのクリーチャーもグランド・デビルのサポートに最適な存在であり、この二体がどれだけ長く場に残るかで勝負が決まると言っても過言ではない。
「《スナイプ・アルフェラス》がいれば手札が増える。君は《幻緑の双月》で消費しているようだが大丈夫か?」
「心配いりませんよ」
ドナルドは綺麗な顔で微笑む。それと同時に彼の場には奇術師のような姿をしたリキッド・ピープルが現れた。その奇術師がその場で飛んで宙返りすると、同じようにドナルドの山札の上のカードも宙に飛んだ。
「ふむ、いいですね。出しましょう」
そのカードに主の指が触れると場に《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》が出てくる。一体分のコストで二体のクリーチャーが現れたのだ。
「いい奇術師だ」
「自分のコストより小さいクリーチャーを出す《アクア・ジェスタールーペ》です。これなら場も増えるし、さらに……」
ドナルドが山札の上に触れるとカードが彼の手に吸いつく。それは青く光っていた。
「《アクア・ジェスタールーペ》が場にいる間、二体目のクリーチャーを出せば一枚引く事が出来ます。手札も心配いらないんですよ」
《幻緑の双月》がアルケーのシールドをブレイクしていく。先制攻撃を受けたアルケーはそのカードを手札に加えた。
「クリーチャーを出してドローできるのは君だけではない。《ウェバリス》と《メールワスプ》を召喚する!」
アルケーは軽量ブロッカーの《封魔ウェバリス》を召喚する。続いてスレイヤーブロッカーの《封魔メールワスプ》を召喚した。彼女のクリーチャーが場に出る度、《スナイプ・アルフェラス》の頭部が怪しく光る。その光と共にアルケーの山札の上のカードが彼女の手に飛んでいくのだった。
「《スナイプ・アルフェラス》がいる限りドローできて、《メディカル・アルナイル》がいる限りグランド・デビルは不死身でいられる……。堅い防御ですね。派手な仕事を成功させるための堅実な準備といったところですか」
アルケーの場に並んだクリーチャーを見た後で少し手を止めたドナルドは、場に一体のクリーチャーを出す。巨大な角を持ったその獣の雄叫びは、夜の静寂を引き裂いた。
「《鳴動するギガ・ホーン》を召喚しました。これで僕はこのカードを手札に」
ドナルドが手札に加えたのは進化クリーチャーの《大勇者「ふたつ牙」(デュアル・ファング)》だった。場に二体の進化元がいるため、次のターンには進化できる。
「進化元を止めるのは無理かもしれないな。ならば……!」
突然、《アクア・ジェスタールーペ》の前に右半身が巨大な魚の頭部でできたような人型の生物が現れる。巨大な魚の顎が開き、中から水流が吐き出された。水流に飲み込まれた《アクア・ジェスタールーペ》はカードに変わり、ドナルドの手元に飛んでいった。
「《封魔バルゾー》だ。ドローに使われる奇術師はこれで戻せた」
「ドローだけが特技ではないですが……これはつらい」
そう言いながらも、ドナルドは穏やかな表情を崩さない。恋人とのささやかな会話を楽しむような喜びを感じながら、彼はカードを引いた。

千里は真っ暗な部屋の中にいた。そこで何をする訳でもなく、膝を抱えている。
彼は今でも力を使えば未来を見る事ができる。彼が見る未来は、彼の求めた未来だ。だが、そこには香寿美の姿があった。この計画の初期から千里の傍にいた香寿美の姿が見えるのだ。いつもの彼女のように不機嫌そうな顔で千里の前に立っている。
「香寿美は、もういない……」
香寿美は、自分が飼いならしていたと思っていた墨川一夜に敗北した。千里の手の届く場所にはいない。
「香寿美はいないのに、私の未来には香寿美がいる。よく判らない」
ふと、顔を上げるとドアが開いて光が部屋の中に入ってくるのが見えた。千里はそれを見て手を伸ばし、歩く事を知らない赤ん坊のように這ってドアまで近づく。
「香寿美……?」
期待して彼が呟くとドアが開く。そこに立っていたのが、香寿美ではなく彼女の部下だった者の一人だ。千里を見て一瞬、驚いた顔をした彼は小さな箱を千里に渡す。
「ああ、回収してくれたのか。御苦労だった……。墨川一夜と彼が持っていた『ブランク』はどうなった?」
「申し訳ありません。保持者と『ブランク』は見失ってしまいました」
「そうか。仕方がない……」
報告を終えた部下は帰っていく。
勇騎と一夜の戦いが終わった直後、建物に火をつけたのは香寿美の部下達だ。
千里は彼らに保持者のデッキの回収を頼んでいた。一夜が敗れ、弱ったところを襲い、『エクスプロード』を強奪。そして、力を使って衰弱した勇騎の『プロミネンス』も奪い取るつもりだった。
しかし、勇騎に近づくよりも先に豪人が勇騎を発見し、それ以上の深追いはできなくなった。
一夜も一度、捕獲に成功したが途中で隙を見て脱走した。あのダメージでは、生きている事さえ難しいはずだ。
「彼の存在はどうでもいい。これが重要だ」
千里は部下から受け取った箱を開ける。その中には、灰色のデッキケース『エクスプロード』があった。彼が手に取るとそのデッキケースは黒い光を発した。
同時に、千里の意識はどこかに飛ばされる。気がつくと、彼は瓦礫だらけの場所にいた。崩れたビルの面影からここは崩壊した東京だと判る。人の姿はなく、空からの光も届かない。どこも同じようになっていると、千里は理解した。夢の中で異常な事が起きてもすんなりと受け入れられる時のように受け入れた。
「ははは、はーはははは!!」
これは、彼が見る未来の光景だ。『エクスプロード』を手にした事で、より鮮明に見る事ができた。
人間も人間が作った物も等しく終わりを迎える未来。それが千里の見た未来であり、彼がこの目で見たいと思っている光景だ。世界の終わりを見る、という常人には理解できないような目的のために彼は多くの犠牲を出して自分の計画を進めている。
振り向くと、そこには香寿美がいた。不満そうに腕を組んで立っている。
千里はそれを見て笑った。
「大丈夫だよ、香寿美。私がしなければならない事は判っている。人類に終わりを授けて、私はそれを見守る。君がいなくても、きちんとやれるさ」
千里がそう言った時、彼の周りの光景が変化する。それは崩壊した東京の街並みではなく、彼が住むマンションの一室だ。手に持っていた『エクスプロード』の光は消え、灰色に戻っている。
「オリジナルのデッキか。想像以上だ。私の想像以上の力を持っている!」
再び、千里は笑い始める。一夜に香寿美が敗北してから、抜け殻のようになっていた彼が感情を取りもどした。

ドナルドは自分が何らかのアクションを起こす度に脳内にビジョンが浮かび上がるのを感じていた。初めて浮かぶはずの光景だが、懐かしさを感じる。それは、今まで両親や親戚から聞いていた幼い頃の思い出の風景だった。誰かから聞いた時よりも、アルバムの写真を見た時よりも鮮明な光景にドナルドは心を奪われていた。
右手を虚空へ伸ばして、彼は気付く。今は、アルケーとの対戦中で絵を描く余裕などない事に。
「絵を描きたくなったか?」
アルケーはドナルドの奇妙な行動を見て、動きを止める。彼は頬をかいて笑った。
「ええ、こういう事はよくあるんです。何よりも絵を描くのを優先したくなってしまうんです。それだけに集中してしまう。僕は描いている瞬間に思い出に触れている事が幸せだった。特に、僕の思い出と似た何かを呼び起こす思い出が最高でした。もう少しで僕は自分の思い出に届きそうな気がする」
「残念だが、それはかなわない」
「何故です?」
「私が君を捕らえるからだ。誰にも渡さない」
「それは困りますね」
世間話でもしているように笑いながらドナルドは答える。彼のシールドは四枚残っているが、クリーチャーの数は一枚だ。
対して、アルケーのシールドはゼロ。しかし、《スナイプ・アルフェラス》と《メディカル・アルナイル》がいて、軽量ブロッカーの《ウェバリス》と《メールワスプ》が二体揃っている。不死身となったブロッカーが攻撃を阻むのだ。強固な防御と言っていいだろう。さらに、アルケーのデッキには瞬時に攻撃に転じられるような切り札が入っている。
その光景を見ても、ドナルドは笑っている。ひなたぼっこをする猫のように穏やかな表情で場を見ているのだ。
「でも、それはあなたが勝ったと仮定しての話です。まだあなたが勝ったわけじゃない。《アクア・サーファー》!」
場にサーフボードに乗った人型のクリーチャーが現れる。そのクリーチャー、《アクア・サーファー》の足元から発せられる波がアルケーの《メディカル・アルナイル》を飲みこんでいった。
「《メディカル・アルナイル》が戻されたか。これで私のクリーチャーは不死身ではなくなったが、その程度だ。また召喚すればいい」
「いえ、その隙は与えません。あなたがグランド・デビルを増やすなら、僕はそれ以上の物量で攻撃します」
ドナルドはアルケーの言葉をはっきりと打ち消す。すると、突然《アクア・サーファー》が地中に飲みこまれた。《アクア・サーファー》が飲みこまれた場所が青く輝き、そこから何かが顔を出す。
「《母なる紋章》を使いました。これで《アクア・サーファー》をマナゾーンのクリーチャーと交換します。僕が出すのはこの切り札です!」
場に現れたのは、青く丸い頭部が特徴的な人型のロボットだった。正六角形を組み合わせたような模様の頭部が天井の明りを受けて光る。
「《サイバー・G・ホーガン》。これが僕の切り札です」
場に出た《サイバー・G・ホーガン》は右手で自分の足元を叩く。すると、ドナルドの山札の上にある二枚のカードが衝撃で飛んだ。ドナルドはそれを掴んでカードを見るとすぐに場に出す。
「《サイバー・G・ホーガン》の効果で《アクア・サーファー》と《封魔ベルアリタ》を場に!《アクア・サーファー》の効果で《スナイプ・アルフェラス》を手札に戻します!」
《アクア・サーファー》の波で《スナイプ・アルフェラス》が弾き飛ばされ、アルケーはそのカードを手に取る。怪盗の目は自分のカードではなく、場に現れた《サイバー・G・ホーガン》を見ていた。
「激流連鎖。山札の上二枚を見て、自身よりコストが低いクリーチャーであれば場に出せるカードか」
「その通りです。そして、僕の連鎖はまだ終わっていません」
《アクア・サーファー》と共に場に現れた《封魔ベルアリタ》の体が輝く。ドナルドの山札の上のカードがまた飛んでいった。
「《ベルアリタ》の連鎖で山札の上の《タコ・ジュランゾ》を場に。《タコ・ジュランゾ》の連鎖で《アクア・ジェスタールーペ》を場に。さらに、《アクア・ジェスタールーペ》の連鎖で《アクア・アナライザー》を場に!」
全てのクリーチャーの連鎖が終わった時、そこにはドナルドのクリーチャーが六体並んでいた。アルケー以上の物量で攻めると言ったその言葉に嘘はない。彼はアルケーを上回る展開力でアルケー以上のクリーチャーを並べたのだ。
「《アクア・アナライザー》で山札の上のカード五枚を並び替えてターンを終了します」
「また連鎖が出るかもしれないという事だな」
ドナルドはこのカードの他にも手札と山札の上を入れ替える《テンペスト・ベビー》を使う事もあった。これも全て連鎖のチャンスを狙っての事だったのだ。次も今と同じように大量の連鎖が起こるかもしれない。
「ええ、僕のデッキの《サイバー・G・ホーガン》は一枚だけではないですから」
「だが、一手遅かったな」
「え?それはどういう――」
戸惑った顔でドナルドが聞くよりも先に、アルケーが三体のグランド・デビルの上に一枚のカードを重ねる。大津波がアルケーの場を飲みこんでいった。
「君が私以上の物量で攻めるつもりならそれでいい。ならば私は、この切り札でその物量を全て消し去る!」
ドナルドは眼前で広がる巨大な二対の翼を見ていた。青い翼を持つそのクリーチャーを見て、アルケーの言っている事が絵空事でないと悟る。
「超神星……《ネプチューン・シュトローム》ですか」
「ご名答」
アルケーが答えるのと同時に彼女の切り札、《超神星ネプチューン・シュトローム》は持っていた武器を振る。それから一瞬遅れて、巨大な波がドナルドのクリーチャーを飲みこんでいく。波が消えた時、そこにクリーチャーは一体も残っていなかった。
「クリーチャーを並べるのは私だけだ。君には並べさせない!T・ブレイク!」
《ネプチューン・シュトローム》の攻撃でドナルドのシールド、三枚が破られる。
「さすがですよ。ですが!」
最後に破られたシールドから波が押し寄せる。その波はあっという間に《ネプチューン・シュトローム》の巨体を飲みこんでいった。
「シールド・トリガーで《アクア・サーファー》を出しました。さらに……」
ドナルドは山札の上から出した《サイバー・G・ホーガン》を召喚する。前のターンと同じように六体のクリーチャーが場に並んだ。
「あなたの切り札、《ネプチューン・シュトローム》は相手クリーチャーを山札の上に戻す能力。普通のデッキならば痛手を負うでしょうが、僕にとっては大したダメージではないんです。これでターン終了」
シールド・トリガーで出た《アクア・サーファー》は攻撃できるにも関わらず、ドナルドは攻撃を命令しなかった。それを疑問に思ったアルケーがドナルドに訪ねる。
「どういうつもりだ?攻撃のチャンスを捨てたのか?」
「それは違います。確実に勝つために、六体の召喚酔いがなくなるのを待っていたんです。これだけの数がいれば、シールド・トリガーを受けても逆転できますからね」
「合理的な判断だ」
カードを引くアルケーの手に震えはない。静かな動作でカードを動かす。
「安全で合理的だ。しかし、無意味だ。私がこのターンで勝つ!」
アルケーは《ウェバリス》を召喚する。そして、そのカードに一枚のカードを重ねた。
「進化クリーチャー!?それならば召喚酔いせずに攻撃できます。しかし、僕のシールドはまだ一枚残っています。どんな切り札でもシールドをブレイクして僕にとどめを刺す事など不可能です!」
「凡人が不可能だと思う事を可能する。それが芸術家と怪盗の仕事だ!」
「無茶をおっしゃいますが……!そんな……!」
驚くドナルドの前で最後のシールドが音を立てて割れていく。アルケーの場に視線を向けると、その進化クリーチャーの姿を見て納得した。
「《魔皇アゼルザード》ですか。それならば納得できますね」
《魔皇アゼルザード》は、自身の攻撃が可能な時に進化元のクリーチャーを捨てる事で相手のシールドを一枚ブレイクできる進化クリーチャーだ。それは通常の攻撃としてカウントされず、この能力を使った後も攻撃ができる。
「シールド・トリガーは出なかったようだな。《アゼルザード》!ドナルド・マックイーンに直接攻撃!」
《アゼルザード》が右手でドナルドを殴り倒す。彼が後ろに吹き飛ばされた時、全ては終わった。
世界が元の世界に戻るのを感じながら、アルケーはドナルドに近づく。倒れたドナルドの右手は何かを探しているように動いていた。
「何を欲しがっているんだ?命乞いは聞かない。君はこの中で私の物になるのだ」
『ブランク』を右手に持つアルケーを見ながら、ドナルドは消え入りそうな声で答えた。
「最後に一つ。チョコを口に入れておきたいんです。ウォンカのチョコレートを一つだけ……」
「君の頼みだ。それくらいは聞こう」
アルケーはテーブルの上にあるウォンカのチョコレートを取ると、袋から出してドナルドに手渡した。アルケーからチョコレートを受け取った彼がそれを口にした瞬間、芸術家の脳裏にあるビジョンが浮かんだ。
それはどこまでも広がる海岸線だった。両親や親戚から聞いていた彼の思い出の光景であり、チョコレートの味と共に鮮明に呼び起こされる。
「ありがとうございます、アルケー。僕は……満足です……」
ドナルドは眠るように目を閉じる。その上に、アルケーは静かに『ブランク』を落とした。

「青海!無事か!?」
アルケーがドナルド・マックイーンを封じた『ブランク』を『ツナミ』の中にしまい、テーブルの上にあるゴディバのチョコレートを口に入れた時、ドアを叩く音と共にその声は聞こえた。アルケーは含み笑いをすると、ドアに向かって答える。
「大丈夫よ、勇騎ちゃん。入って来て!」
すぐにドアが開く。ゆかりが入った時からこの部屋には鍵がかかっていなかった。
部屋の中に入った勇騎は安堵のため息をつく。そして、アルケーに数歩、近づいたところで自分の違和感の正体に気が付いて立ち止まった。
「青海……。お前は本当に青海なのか?」
「当たり前じゃない!青海ゆかり本人よ!」
「質問させてくれ。ここにいるはずのドナルド・マックイーンはどこだ。お前が手に持っている物はなんだ」
静かな沈黙が流れる。アルケーは質問に答えず、ゆかりがしないような冷酷な顔で笑った。
「質問は一つにしてくれるか?だが、まあいい。今の私は機嫌がいいから教えてやる。ドナルド・マックイーンは『試験官』の一人だ。彼は私に興味を持っていて、私も彼に興味を持っていた。彼の才能を永遠に私の物にするために『ブランク』に閉じ込めた。そして……私が手に持っているこれが何か、説明しなくても判るだろう?」
アルケーの手の中で『ツナミ』が青く輝く。勇騎はそれを信じられないものでも見るような目で見ていた。
「私は青海ゆかりであり、怪盗アルケーでもある。赤城勇騎。保持者として貴様に挑む!」

第三十一話 終

第三十二話予告
ついに怪盗アルケーの正体が明かされた。怪盗アルケーが青海ゆかりの体を使った理由を知り、赤城勇騎は愕然とする。
「その力。その強さ。必ず奪ってみせる!」
窓から入る月の光の下で、彼と彼女の全てが終わる時が来た。
第三十二話 月光
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