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『コードD』File.47 彼が求めた死闘

『コードD』



 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 キングによって征市(せいいち)の家が燃やされた次の朝。絶望的な気持ちで焼け跡を見つめるトライアンフメンバーは魔道書同盟の怪人が現れたと聞き、現場に向かう。山城公園で彼らを待っていたのは攻撃を受けると分裂するスライム男だった。全(ぜん)が最弱と評価したその怪人に苦戦するトライアンフメンバー。そこにキングが現れ、一真(かずま)に戦いを挑んだ。
 一方、相羽(あいば)邸の前では彩弓(あゆみ)が焼け跡を見つめていた。征市は真実(まみ)のチェス駒によって守られていたが、意識を失っていた。彩弓と、自分の気持ちを見つめ直した彩矢によって征市は一命を取り留める。目を覚ました征市は、チェス駒から包装された箱を受け取る。それは真実からのプレゼントだった。
 キングは、切り札《バルガライゾウ》の力を使い、一真を圧倒する。驚異的な力で一真を倒したキングとスライム男が陸(りく)と湊(みなと)を追い詰める。しかし、スライム男は彩矢によって全て焼き尽くされる。甘い言葉をかけるキングを拒否した彩矢は、彼を撃退するのだった。

  File.47 彼が求めた死闘

 征市の家が焼け、キングによって一真が重傷を負った戦いから数日が経った。
 征市は二号と一緒にトライアンフの独身寮に移り住んだ。総一郎に紹介されたイギリスの魔法学校に行く四月までは日本に住む予定になっている。彼の手品の師匠や手品グッズ実演販売の関係者は彼の身の回りの出来事に驚いていた。そして、イギリス行きを祝福してくれた。
 病院に運ばれた一真は、一命を取り留めた。しかし、デュエリストとしての再起は難しく、これからは新人デュエリストの訓練士としてトライアンフや魔法警察のサポートをすると決めた。
 今、トライアンフの事務所にはメンバー全員と彩弓が集まっている。五人の目が菜央(なお)を見ていた。デスクの上でノートパソコンに触れていた彼女は眼鏡を取るとモニタをメンバーに向けた。
「これは、魔法警察の方達が発見した魔道書同盟の本拠地の場所です。このすぐ近くにあります」
「すぐ近くっていうか……本当に目と鼻の先じゃないですか!」
 陸が驚くのも無理はなかった。
 魔道書同盟の本拠地はY市Q区内にある古びた教会だったのだ。トライアンフの事務所から少し歩けばすぐに着く場所だ。
 こんなに近くにあるのに見逃していたという事実に、彼らはしばらく言葉をなくしていた。少しして、湊が挙手して自分の意見を言う。
「これはきちんと探さなかったんじゃなくて、魔道書同盟が隠していたって事ですか?」
「おそらく、若月さんの言った事が正しいでしょう。魔法警察だけでなく、私達も見つけられなかったんですから。魔道書同盟は、完璧に近い結界か何かを使って本拠地を隠していた。しかし、必死になって隠していた本拠地を、今はさらけ出している。隠す事ができなくなったか、あるいは……」
「隠せなくなったっていう理由の方がこっちとしては都合がいいけれど、隠す必要がなくなったっていうのが正しいかもしれないわね。今、本拠地を見せて来たって事は、アタシ達を誘っているのかしら?」
 全員が彩矢と同じ事を考えていた。これが罠である事は誰の目から見ても明らかだ。だが、それでもトライアンフメンバーがやるべき事は決まっていた。
「今、本拠地に乗り込んでいく事は危険かもしれません。しかし、これは今まで後手で行動してきた私達が攻め込める唯一のチャンスなのです。魔法警察の皆さんに監視をしてもらい、異常がなければ明日の朝九時に、この教会に攻め込みます。異論はありませんね?」
 菜央は、その場にいる全員を強い意志を込めた視線で見つめる。最後に見つめられた征市が静かに手を上げた。
「悪い。俺は無理だ。家が火事になった時からどうも調子が悪いんだ」
 征市が申し訳なさそうに言った時、菜央は落胆した顔を見せた。しかし、すぐにいつもの彼女の顔に戻る。
「仕方がないですね。では、相羽さんは家で休んでいて下さい」
「悪いな。本当に悪い。後は任せる」
 征市はそう言って事務所を出る。彩弓もそれに続いた。
「セーイチさん、調子が悪いってどういう事?火事で受けたはずのダメージはもう回復したんでしょ?」
 陸の疑問に、彩矢が首を横に振って答えた。
「それはそうなんだけれど、調子が悪いって、本当はそういう意味じゃないの。ダメージが回復していないのは、体じゃなくて、ここよ」
 彩矢は自分の胸を指して言う。それを見た陸は、はっとした。
「そうか!心だ!」
「ええ、そうよ。心が折れちゃっているのね」
「無理もない。彩矢ちゃんみたいな巨乳のグラビアアイドルの写真集が家事で焼けちゃったんだね。だから、心に深いダメージが残るんだ。男なら、これで深い傷を負わないはずが……ハッ!?」
 そこまで言った陸は、背中で強い殺気を感じた。後ろを見るよりも先に、右に一歩動く。すると、その場所に黒い手が伸びていた。
「甘い甘い!もうおしおき部屋の世話にはならないよ!」
 黒い手が背中に触れる寸前のところで、陸はそれを横に避ける。黒い腕は陸ではなく、そこに合った空気をつかんだ。
「いえ、甘いのは陸君ですよ?」
 菜央が顔を伏せ、口元だけで笑う。少しだけ彼女の目を見た湊は、「ひっ!」とおののき、涙目で後ろに下がった。
 言葉では表現しようのない強烈なプレッシャーを感じた彩矢はおしおき部屋の扉を見た。そこからは無数の黒い腕が飛び出して来た。
 陸はそれらを華麗に避けようとしたが、その中の一本が陸の足をつかんだ。バランスを崩した陸はその場に転倒する。倒れた彼の全身に他の黒い手がつかみかかって来た。
「い、嫌だ!おしおき部屋は嫌だーっ!!」
 陸の叫びが事務所に木霊する。だが、それも空しく、彼の体はおしおき部屋に引きずり込まれてしまった。
「相羽さんは体ではなく、心にダメージを負っているという事ですか?」
 何事もなかったかのような冷静な声で菜央が聞いた。
「そ……そうね。体は文句なく大丈夫なはずよ。だけど、真実さんも総長も亡くなったでしょ?そのせいで、すごくショックを受けているみたいなの」
 湊は、自分の身内を亡くした者として柳沢所長を思い出していた。彼も唯一の家族を失い、その結果、狂気の研究を進めてしまったのだ。
 柳沢所長の例を知っているだけに、肉親を失った征市に今すぐ立ち直れとは言えない。
「じゃあ、休ませておけばいいじゃん」
 おしおき部屋から出た陸が話に加わった。
「大丈夫だ。僕だって強くなった。明日はセーイチさん抜きで、僕達だけで魔道書同盟を倒すんだ!」
 陸の力強い言葉に、菜央が頷く。
「明日は、私は事務所に残って指示を出します。うまく行けば、これが魔道書同盟との最後の戦いになるでしょう。皆さん、今日はゆっくり休んで下さい」

 永遠(とわ)は、鼻歌を唄いながら魔方陣を書いていた。彼女がいるのは教会の地下にある隠し部屋ではなく、祭壇の前だ。長椅子は全て片づけられていて床の上には邪魔な物が何もなかった。
「念(ねん)、とうとう明日だよ。明日、ボクが征市君を殺す事で全てが始まるのさ。長い間、準備をしてきた復讐が始まるんだよ!」
 永遠は顔を上げずに言った。奇妙なくらい『ボクが』を強調している。念はその言葉を聞かない振りをして
「ええ、明日が楽しみです」
と、言った。
「そうだね~。念がそう言ってくれると安心できるよ。念はボクを裏切って征市君に手を出すような事はしないって信用できるんだもんね」
 永遠は顔を上げない。その顔は笑顔だった。無邪気ささえ感じられる笑顔で一心不乱に魔方陣を書いている。
 ふと、念は不意を突けば永遠をなき者にできるのではないか、と考えた。念の目的の一つは、自分の全てを賭けた勝負をする事だ。人間への復讐も大事だが、それ以上に自分が求める死闘が大切だと思っている。
 今、永遠に反逆しなければそのチャンスは失われる。安心して背を向けている今の永遠なら簡単に殺せる。念は自分の主に向かって右手を伸ばした。
「ところでさ。裏切った姉さんがどうなったか、覚えているよね?」
 その言葉を聞いて、念の右手が止まる。
 背を向けているはずの永遠が、念に大きなプレッシャーを与える。永遠は何もしていない。それなのに、念は動く事ができなかった。指先は震えを感じている。
 世間話をするような気楽な口調で彼女は続けた。
「あはは!忘れる訳ないか。この間の出来事だもんね!もし、ボクの仲間が裏切ったら世界中どこまでも追いかけて姉さんと同じような目に合わせてやろうと思うんだ!その時は、念も協力してくれるよね!?」
 永遠は振り返らなかった。念を一度も見ていないのに、念は自分自身の心の中まで見透かされているように感じていた。
「もちろんです」
 自分の言葉の軽さを感じながら、そう返さずにはいられなかった。返事をした瞬間、体を拘束していたような奇妙なプレッシャーから解放されて腕が動くようになった。だが、それと同時に永遠を殺そうという気持ちはなくなっていた。
「やっぱり念はさすがだね!もちろん、幻(げん)と全も好きだよ!」
 永遠が振り返る。その顔は無邪気な笑顔だった。それを見た念は思う。
(覚悟を決めるか……。戦いのためなら仕方がない)

 事務所には、陸と菜央が残っていた。菜央は眼鏡をかけてパソコンに向かって何かの作業をしている。陸はコーヒーが入ったカップを持ってデスクに近づいた。
「お疲れ様。ちょっと休んだらどうです?」
「ありがとう、陸君。ちょっと休憩しましょうか?」
 眼鏡を外した菜央は、軽く伸びをして陸からコーヒーを受け取る。砂糖を入れるとそれを口に運んだ。
「さっきから何してるんですか?」
「明日のために色々なところに協力を要請しているんです」
「協力って、僕達以外に魔道書同盟と戦えるようなデュエリストはいないでしょ?」
「ええ。ですから、魔道書同盟以外がコードDレベルの事件を起こした時に、私達の代わりに何とかしてくれるように頼んでいるんです」
「あ、なるほどね」
 陸達が魔道書同盟との対決に専念している間、街は魔法を使った事件に対して無防備になってしまう。特にデュエリストがいないと解決できないような事件はトライアンフ抜きで解決するのは難しい。
だが、世の中にはフリーのデュエリストもいる。菜央は魔法警察を通して彼らに協力を要請していたのだ。
「この機に悪い事をする人達がいないとも限りません。ですから、用心しないと……」
「そうだね。でも、誰かが街を守ってくれるなら、僕達も安心して戦えるってもんです」
 一真と征市が戦えなくなった今、トライアンフだけで街を守るのは不可能に近い。しかし、これなら陸もそれを気兼ねする事なく戦える。
 明日の魔道書同盟との決戦では、ジャロールと同じように因縁のある相手との戦いもある。かつて、トライアンフのメンバーとして活動し、旧トライアンフを壊滅寸前まで追い込んだ男、幻だ。
戦う相手を選ぶ余裕があるとは限らない。しかし、陸は幻を自分の手で倒すと決めていた。
「ねぇ、菜央ちゃん」
「はい?」
 名前で呼ばれるのが久しぶりだったせいか、上ずった声で菜央が答える。陸は彼女を真剣な目で見つめ、聞いた。
「明日の戦い、僕の力だけじゃ幻に勝てるとは思えない。だから、力を貸して欲しいんだ」
「陸君……。やっぱり、幻と戦うつもりでいたんですね」
「あ、判っちゃった?」
 自分ではそれを表に出さないつもりでいた。しかし、そんな事はなく、近くにいる少女に見抜かれていたのだ。陸は頭をかきながら弁解しようとする。
「いや、その……。チームプレイは大事だから、全や念と戦うってのもあるかもしれない。戦う相手を選ぶなんておかしいかもね。だけど、奴は宿敵なんだ。ジャロールと同じでこの手で決着つけないと先に進めない気がする」
「陸君なら、絶対にそう言うと思っていました」
 旧トライアンフのメンバーの中で、魔道書同盟の本拠地に乗り込むのは陸だけだ。彼だけが過去のトライアンフのメンバーの無念を受け継ぐ事になる。
「僕って単純なのかな。まあいいや。話を戻すけれど、力を貸して欲しいんだ。菜央ちゃんのデッキに入っている《スーパー・スパーク》を一枚貸してくれない?」
 菜央は何も言わずに自分のデッキケースをデスクの引き出しから取り出す。デッキケースを開けて陸に言われたカードを取りだした後、しばらくそのカードを見ていた。自分の気持ちを込めるように見つめた後、笑顔で陸に渡す。
「貸すだけですからね。あげる訳じゃないんだから、必ず返して下さいね」
「もちろんさ。これがあれば百人力だよ」
 受け取ったカードをシャツの胸ポケットに入れると、陸は鞄を持ってエレベーターに向かう。
「明日だ。明日で全部終わらせよう。一年以上続いてきたあいつとの戦いも、全部」
「ええ。明日で必ず全てを」
 しばらく見つめあって二人は別れる。
 一人、エレベーターの中で胸のカードに手を当てる。自分以外の何かの力を感じるような不思議な気持ちが陸を満たして行った。

 湊が病室に入ると、一真はゆっくり目を開けて彼を見た。まだ起き上がる事はできない。
「そうか。明日、魔道書同盟の本拠地に乗り込むのか」
 湊の説明を聞いて、一真はもう一度目を閉じる。眠ってしまったのかと錯覚するほど長い時間の沈黙が続いた後、彼は口を開いた。
「頼む。勝ってくれ。情けない話だが、戦えない俺に言えるのはそれだけだ。一年に満たない時間の中で、君は自分で思っている以上に強くなったはずだ」
 そう言った後で、一真は枕元にあった自分のデッキケースに手を伸ばす。震える手でそれをつかむと、湊の胸元にそれを突き出した。
「奴らはどんな手を使ってくるか判らない。かつて、総長達をも圧倒した相手だ。これを持って行ってくれ」
「大事なデッキじゃないんですか?受け取れないですよ!」
 デッキを見た湊は、一真の言葉を拒絶する。しかし、一真はそれを見てゆっくりと首を横に振った。
「今の俺が持っていても意味のないものだ。だから、戦える者に使って欲しい」
 一真の目をじっと見つめ、湊はそのデッキを両手で受け取った。
「今まで、色々な人や色々なプライズが魔道書同盟のせいで傷つけられてきました。だから、僕はそれを止めるためにトライアンフの一員になった。明日の戦いで全てが終わるとは思えないけれど、一区切りにはなると思います」
 魔道書同盟はプライズの感情を捻じ曲げて無理矢理暴れさせる事もあった。人が人を思う感情を利用した卑劣な作戦を立てる事もあった。プライズの気持ちを理解できる湊にとって、魔道書同盟は許せない相手だ。
 人間の中にもプライズの気持ちを無視して、その力を悪用する者はいるだろう。しかし、魔道書同盟ほどの規模ではない。湊の戦いが続くとしても、今よりつらい戦いではなくなるはずだ。
「僕は負けません。この戦いは人だけでなく、プライズ達の未来もかかっているんですから」
「君は優しいな。湊がトライアンフにいてくれてよかった」
 そう言うと、一真は目を閉じた。
「今日は休むよ。来てくれてありがとう」
「こちらこそ、デッキありがとうございます。お大事に」
 病室を出た湊は、一真から受け取ったデッキケースを見た。湊のものよりも古いそのデッキケースには多くの傷がついている。その傷の一つ一つが歴戦の記憶を語っているようだった。
「今まで一真さんと戦ってくれてありがとう。明日はよろしく」
 そう言って湊はデッキを握りしめた。

 その日の天気は快晴だった。冬の冷たい空気が心地良く感じられる。
 トライアンフの事務所を出た陸、彩矢、湊の三人は魔道書同盟のいる古い教会に向かって歩いていた。魔法警察が二十四時間体制で監視しているが、今のところ、奇妙な動きをしているという報告はない。
 何もないのが、逆に不気味だった。まるで、嵐の前の静けさのようだと三人は感じていた。
「教会に着く前に言っておきたい事があるんだ」
 三人の先頭を歩いていた陸が口を開く。緊張していたせいか、それまで三人は事務所を出てからここまで誰も何も言わなかった。
「何?言いたい事があるなら、早く言ってよね」
 陸の話を聞くために彩矢と湊の二人は立ち止まって彼を見た。陸は腰に手を当てて振り返り、真剣な顔で二人を見ながらこう言った。
「この戦いが終わったら、菜央ちゃんと結婚しようと思う」
「ぷっ!」
 それを見た彩矢は口に手を当てて吹き出す。しばらく、腹を抱えて笑い続けていた。湊は陸が言った言葉の意味が理解できなかったのか口を開いたまま陸を見ていた。
「あはは!お腹痛~い。冗談やめてよ、陸君。何それ、死亡フラグ?」
「違うな。それくらい、リーダーを大切に思っているって事。大事な人がいるんだから、僕は負けられない。あいつらを倒して必ず帰るんだっていう決意表明みたいなもんかな」
「ふ~ん、それ面白いわね。アタシもやるから、湊ちゃんもやってみよ!」
「えっ、僕もですか?」
 急に話題を振られて驚いた湊は彩矢を見た。彼女は既に決まっていたらしく、すぐに口を開く。
「じゃ、アタシは姉さんが大事だから、姉さんともう一度会うために必ず帰る。はい!次は湊ちゃんの番!」
「えっと、僕は研究所の皆さんが家族みたいなものだし、トライアンフの皆さんも大事です。だから……!」
「優等生みたいな答えだね。学校で好きな子とかいないの?」
「陸さん!からかわないで下さいよ!」
 湊は頬を膨らませて歩こうとする。いつも通りの事を陸がしたせいか、緊張がいくらかほぐれていた。
 そこからしばらく歩くと、魔法警察の一人とすれ違った。彼に挨拶をして教会に向かう。
「ここか……」
 朽ち果てる事を運命として受け入れるような慎ましさを感じさせるような教会がそこにあった。古く手入れがされていない事が誰の目で見ても判るその建物の前に一人の男が立っている。チャコールグレイの詰襟の上に赤いマントを羽織ったその男、念は腕を組んだまま陸達三人を見ていた。
「お前達と戦うつもりはない」
 陸達がデッキケースを出すよりも先に、念は低い声で言った。
「じゃ、そこをどいて教会に中に入れてくれるって事?そこを守るためにいるんじゃないの?」
「言ったはずだ。戦うつもりはない。この場所を守るためであっても、俺はデュエル・マスターズカードを使って戦う事はしない。通りたければ通ればいい」
 念の言う事に驚き、三人は顔を見合わせる。そして、陸と湊は彩矢を見た。
「打ち合わせ通りに行くよ」
「彩矢さん、お願いします!」
「はいよ、任せておきなさい!世界一強い女の子の力、見せてやるわ!」
 彩矢に送り出されて、陸と湊の二人は教会の扉まで駆ける。門扉の前で念の横を通り過ぎたが、彼は陸達に見向きもしなかった。二人が教会の扉を開けて中に入ったところで彩矢は自分のデッキケースを取り出した。
「へぇ、本当に手を出さなかったわね」
「そう言ったはずだ。小娘、相羽征市はどこにいる?」
「征市さんはここには来ないわ!アンタの相手はアタシがしてあげるから、覚悟なさい!」
 彩矢は強気な表情でそう言うと、自分の眼前に五枚の赤いシールドを並べる。それを見て、今まで表情を変えなかった念の眉が少しだけ動いた。小さな動きだったが、彩矢はそれを見逃さなかった。
 念の小さな動きを見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。陸達との会話で解けたはずの緊張が、再び、彼女の体を支配する。
「小娘、もう一度聞く。相羽征市はどこだ?」
「征市さんは来ないって言ったでしょ!あんたの相手はアタシよ!二度も言わせないで!」
 緊張による恐怖から、声が大きくなる。念は「そうか……」と呟くだけで何も言わなかった。鉛のように重く鈍い空気がその場に流れる。息をするのも許されないような張りつめた緊張感の中で、彩矢は目の前にいる敵をじっと見つめていた。
「くだらない……冗談だな」
 あまりにも静かな言葉だった。静かで小さい、念らしくない声だった。それ故、彩矢は次の念の行動に気がつかなかった。
 一番右端のシールドが音を立てて割れていった。その音を聞いて、初めて彩矢はそれを見る。
「え?嘘。だって念はデッキも出していないのに……!」
「理解が遅い」
 念の声と共に、彩矢は彼の存在を認識する。彼は既に彩矢のシールドの前まで来ていた。彼の右の拳は、さっきまでシールドがあった空間に突き出されている。信じられない事だが、彼は素手でシールドを殴り壊したのだ。しかし、念ならば不可能ではない。デュエリストに直接攻撃を仕掛けるクリーチャーの一撃を素手で受け止め、倒す事ができる男ならばシールドを殴り壊せたとしても不思議ではなかった。
 彩矢の見ている前で、念は残り四枚のシールドにも自分の拳を叩きこむ。赤い欠片が、風を受けて舞う花弁のように散っていった。
「覚悟はしていたけれど、予想以上におかしな奴!だけど、これはどう?」
 飛び散ったシールドの欠片が輝き始める。あるものは赤く、あるものは緑色の輝きを発した。
 念のいる場所が影で覆われ、彼は空を見上げる。上空から赤い金属の塊が降って来たのだ。
「シールド・トリガー《地獄スクラッパー》よ。《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》を使うアンタでも、シールド・トリガーまでは壊せなかったみたいね。さらに!」
 頭上で腕を交差させて防御のポーズを試みる念だったが、自分の腕が動かない事に気付く。見ると、体が緑色のツタで拘束されていた。
「シールド・トリガー《ナチュラル・トラップ》。二つのシールド・トリガーでとどめよ!」
「本当にこれで俺を殺せると思ったか?」
 氷のように冷たい言葉が彩矢の耳元に届く。同時に緑色のツタが引きちぎられた。
「嘘!」
「この程度では拘束した内に入らん。次は上の玩具か」
 念が頭上で腕を交差させるのと《地獄スクラッパー》が彼を踏み潰すのは同時だった。激突の瞬間、砂埃が舞う。
「やった!……訳ないわよね」
 彩矢が言うように、念は無事だった。彼の背後には赤い鉄くずが転がっている。
「小娘。俺の戦いを侮辱した罪は後で償わせてやる。今は、お前にかまっている時間はない」
そう言うと念は彩矢達が歩いてきた道を進んでいった。
「どこに行くつもり!?」
「相羽征市が来ないのなら、奴をやる気にさせるだけだ。トライアンフの事務所を襲う。人質を取るような真似はしたくはなかったが、俺もこの戦いに全てを賭けている。奴と戦うためならどんな汚い事でもしよう」
「そんな……!」
 彩矢はもう一度自分のカードを手元に戻して念を追う。彼の前まで走り、もう一度シールドを並べた。
「戦いなさい!事務所には、絶対に行かせない!」
「お前に俺を止める権利などない!」
 また、念が彩矢のシールドを叩き割る。そして、その拳が彩矢の眼前に突き出された。彩矢の顔にそれが当たる事はなく、鼻先で止まる。
「邪魔をするな。今、ここでお前の命を奪う事は容易い。だが、そんな事をするのは俺の主義に反する。いいか。お前の命を奪う事など、呼吸をするよりも簡単だと言う事を忘れるな」
 念は彩矢の横を通り抜けて行く。今度は追いかける事ができなかった。
「そ、そうだわ。電話。電話をしないと……」
 震える手で携帯電話を取り出すが、一度、地面に落してしまった。彩矢はかがんでそれを拾う。まだ、手の震えが止まらない。
 通話先として選んだのは征市の番号だった。彼を戦場に出す事はしたくなかった。しかし、今、念を止められるのは征市だけだ。
「お願い、征市さん。早く……早く出て」

 独身寮の部屋の中にいた征市は箱に入った紺色のネクタイを見ていた。征市はまだこれを締めた事がない。箱から出してすらいなかった。
「もう、みんなが戦い始めている時間か」
 時計の針は九時十五分を指している。何も問題がなければ、戦いが始まっているはずだった。
 征市は部屋の隅を見つめる。そこには、今まで征市が使っていた二つのデッキが転がっている。今は、それに触れる事もできない。それを体が拒絶する。
静かな部屋にチャイムが鳴る音が響いた。征市は、それさえ拒絶するように塞ぎ込んでいる。
 『征市、客だぞ』
「……判ったよ」
 壁にかかった二号の声を聞いて仕方なく立ち上がる。足かせをされているような緩慢な動きでドアに向かった征市は、ゆっくりドアを開けた。
「おはようっ!征市君っ!」
「彩弓、か……」
 突然の来客に征市は目を丸くした。
「学校はどうした?」
 彼女は高校の制服を着ていた。今日は平日だ。
「えへへ。征市君が心配だったから、サボってきちゃった」
「風邪ひいてる訳じゃないんだ。俺はお前が心配だよ」
 征市はドアを閉めようとするが、彩弓は強引に玄関の中に入り込んできた。追い出す気にもならずに、征市は部屋の中に入れる。
 部屋の中に入った彩弓はフローリングの床に転がったネクタイの箱を見て顔を曇らせた。
「真実さんからのプレゼント、まだ締めてないんだね」
 征市は何も言わない。彩弓はしゃがんでそれを拾う。ネクタイと一緒に箱の中に入っていた白い封筒を取り出して征市の眼前に突き出す。
「手紙も読んでよ。きっと、伝えたい事があったんだよ」
「もう……いいよ。そんなものあっても、悲しくなるだけだ」
「でも!」
「うるさい!」
 征市の手がネクタイと手紙をはねのける。それらは床に叩き落とされた。
「もう、何をやっても戻ってこないんだよ。じいちゃんも真実も……。手紙を見たって悲しくなるだけだろ?俺は……俺は、この戦いが終われば大事な家族と一緒に暮らせると思っていた。じいちゃんと一緒にいられると思っていた!だけど、じいちゃんはもういないんだ!俺は何のために戦えばいいんだよ!もう、何もしたくねぇんだよ!」
 彩弓に怒鳴った征市は、力を失ったようにその場に座り込んだ。前髪が彼の表情を隠す。
『おい、征市!お前、いい加減に――』
 そこまで言いかけた二号を、彩弓が手で制した。そして、座り込んだ征市に近づくと包みこむように両手で彼を抱きしめた。
「何のつもりだよ?」
「泣いていいんだよ」
「……っ!」
 体が静かに震えた。
 祖父を失って傷ついているから、放っておいて欲しかった。それと同時に誰かに慰めて欲しかった。何かが体の奥から溢れてくる。
「他に誰も見ていない。誰にも言わないから、今は泣いていいんだよ」
 優しい声が、乾いた地面に降る慈雨のように胸に深く染みる。もう、自分の気持ちを抑える事はできなかった。
「俺は……俺はっ!大事なじいちゃんも、俺の事を気にかけてくれた真実も守れなかった!悔しいよ!俺はもう大事なものを何一つ守れない!全部失ってしまう!」
 頬を何かが伝う。一筋ではなく、幾筋もの涙が流れていた。
「怖いよ、怖いんだよ!どれだけ頑張っても何もかもなくなってしまうような気がするんだよ!逃げたいんだ!」
 嗚咽にも似た叫びで征市は自分の胸の内を吐き出した。彩弓は何も言わず、静かにそれを聞いている。
「まだ大丈夫だよ」
「えっ……?」
 泣き顔の征市が顔を上げる。そこには陽の光のような優しい顔で征市を見つめる彩弓の顔があった。
「征市君はまだ大丈夫。大事なものを失うなんて事はない。今、立てばまだ間に合うよ」
「本当に?」
「本当。征市君はわたしが大事じゃないの?」
 征市の目が揺れた。彩弓の言葉で暗く深い闇の底から、自分の心が救い出されたような気分だった。
「なんだよ……。俺にはまだ大事なものがあるんじゃないか」
 征市は、立ち上がった。そして、自分で叩き落したネクタイの箱と手紙を拾う。
「まだ大丈夫か?」
「もちろん」
 その声を聞いた後、封筒を開けて中身を広げる。女性らしい柔らかい文字で書かれた文章が、白い紙の上に並んでいた。
「彩弓」
「何?」
 彩弓は征市が手紙を読み終わるのを待っていた。手紙を読み終わった瞬間、征市が彼女を呼ぶ。
「泣くのはこれで終わりだ。俺は進んでいく。俺の手で魔道書同盟との関係に決着をつけなくちゃいけない」
 征市は彩弓を見た。その顔はさっきまでの落ち込んでいた征市のものではない。闘志に溢れた、本当の征市の顔だった。
 突然、征市の携帯電話が鳴る。画面には彩矢の名があった。
『征市さん!急いで事務所に行って下さい!できるだけ早く!』
 征市が口を開くよりも先に、慌てる彩矢の声が聞こえてきた。
「おい、一体どうしたんだよ?」
『念が……念が怒って事務所に向かっているんです!征市さんと戦えないのなら、事務所を襲うって。何だか切羽詰まっている感じでした!』
「判った。俺に任せておけ」
 通話を終えた征市は携帯電話をポケットにしまう。そして、紺のネクタイを箱から取り出すとそれを首に絞めた。
「いいネクタイだ。このメーカーの奴、欲しかったんだ。だけど、高いからなかなか手が出せなかったんだよな」
「いいプレゼントだったねっ!」
「ああ、そうだ。これと同じくらいいいプレゼントだ!」
 征市は胸元のラペルピンを指して言う。彼は部屋の隅で転がっている二つのデッキケースを取ると玄関を飛び出した。

 念は、トライアンフの事務所が入っている博物館の前にいた。
 ここに来るまでに魔法警察やフリーのデュエリストが何人も彼の行く手を阻むように立ちふさがった。しかし、念にとってそれは道に転がる小石のようなものでしかない。つまずく事すらしない。歩くついでに蹴飛ばすだけだ。
「何のつもりだ?」
 同じ人間に邪魔されるのはこれで三度目だった。震える足で目の前に立つ彩矢を睨みながら、念は言った。
「本当に事務所を攻撃するつもり?そんな事したら、征市さんが本気で怒るわよ!八つ裂きにされても知らないわよ!」
 自分の体で念の全てを受け止めるつもりでいるのか、目の前にいる少女は両手を広げていた。無駄な足掻きだとは思ったが、自分の力を見せられてそれでも立ちふさがる彩矢に感動を覚え始めていた。
「お前を殺す事など、息をするよりも簡単だと言ったはずだ」
「それでも、事務所を放って逃げ出す訳にはいかないのよ!そんな事したら、征市さんに会わす顔がないじゃない!」
「見上げた根性だ」
 念は軽く笑い、デッキケースから一枚のカードを取り出す。それが念の手を離れると赤い光を放った。光が消えるのと同時に、巨大な白い龍が姿を現す。体中に響く巨大な咆哮を聞きながら、彩矢はその龍の名前を呟いていた。
「《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》……。そんな!クリーチャーまで出せるの!?」
「ここまでする相手は滅多にいない。お前の根性に敬意を表して、これで事務所ごと焼き尽くす」
 《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》は四本の足を地面に押しつける。灰色の道に爪が突き刺さり、体が固定された。さらに地面に腹をつけるように体を低くする。
 そうやって体勢を整えた後、背中の大砲を建物に向けた。ジェットエンジンのような音と共に砲口に熱と光が集まって行く。
 自分と一緒に事務所を滅ぼすその光に、彩矢は釘付けになっていた。あまりの恐怖に、目を閉じたくても閉じる事ができない。震えながら、ずっと砲口を見ている。
「これで終わりだ」
 念が右腕を彩矢と事務所に向ける。《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》が大砲を発射した。
 砲口から放たれた光が自分に近づく瞬間、彩矢は時間がひどく遅く感じていた。熱線により、周囲の気温が少し上がる。外見だけ石畳に近づけた道の表面が溶け、空気中にその匂いが混じる。
 そんな事を感じながら強烈な光に耐え切れず目を閉じようとした時、赤い何かが自分の目の前に現れた。背中に巨大な翼を持つその何かは腰の鞘から刀を引き抜き、両手で握り、縦に振り下ろした。刀で熱線を受け止め、叩き斬ったのだ。熱線のエネルギーは空気中に散乱して消えて行った。
「……はぁ」
 息をするのを忘れていたように思える。十秒にも満たない出来事だったが、ひどく長く感じられた。緊張から解放された彩矢が、自分が助かった事を理解した時、その声が聞こえた。
「おい、念。お前のやりたかったのはこんな事だったのか?」
 靴の硬い音がその場に響く。声の主は、赤いブレザーと紺色のネクタイをなびかせながら歩いてくる。
 彩矢は、理解した。目の前にいるのは、声の主が呼び出した《ボルシャック・大和・ドラゴン》だ。赤いブレザーを羽織った誰よりも強いデュエリストが持つ切り札だ。
「違うよな。お前程の男がこんな事で満足する訳がない。お前が本当にしたい事をさせてやるよ」
 赤いブレザーの青年が右手を伸ばすと、彩矢の目の前にいた《ボルシャック・大和・ドラゴン》が赤い光を出してカードになる。そして、青年の右手に向かって飛んでいった。
「待たせたな。さあ、見せてやるぜ!『ウソのようなホントウ』って奴を!」
 右手の指先でカードを受け取った征市が念を見て言った。
「彩矢!」
 征市に続いて彩弓が彩矢のそばに駆け寄る。彩弓は息を切らせた後、上目遣いで彩矢を見て「大丈夫?」と聞いた。
「あ……うん。大丈夫、大丈夫なんだけど……」
 彩矢は体が抜けてその場に倒れそうになった。それを彩弓が支える。
「彩弓!彩矢を頼む。悪いけど、そっちには構っていられないからな」
 征市の目は念を捉えて離さない。念も同じで、彩矢でもトライアンフの事務所でもなく、征市だけを見ていた。
「うん、判ったよ。がんばってねっ!」
 そう言った彩弓に、征市は右手を出し親指を立てた。
「念、本気でやりたいだろ?ついてこい」
 征市が歩き出すと、念は何も言わずについていく。彩矢はずっとそれを見ていた。
「彩矢、本当に大丈夫?」
 彩弓が不安そうな顔で彩矢に聞く。彩矢は、軽く息を吐くような口調でこう言った。
「やっぱり、大丈夫じゃないかも。腰が抜けちゃって、体に力が入らないかな」
「判ったよ。今、事務所に入って菜央ちゃんに何とかしてもらうからねっ!」
 そう言うと、姉は彩矢を支え(引きずっているようにも見える)事務所が入っている建物まで歩き出した。

「《ボルシャック・大和・ドラゴン》で念のシールドを攻撃!」
 海を背にした征市が、《ボルシャック・大和・ドラゴン》に命じた。《ボルシャック・大和・ドラゴン》は刀を引き抜き、念の前にあるシールド二枚を切り裂く。
「《地獄スクラッパー》だ。《ルピア・ラピア》を破壊する!」
 念も攻撃されて大人しくしてはいなかった。シールドから飛び出た鉄の塊が征市の場にいる小鳥を潰していく。
 二人は山城公園に移動していた。征市が海を背にしているのは《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の結界を突き破るほどの砲撃の被害が出にくいからだ。
「《ルピア・ラピア》がやられたか。だけど、効果で《ルピア・ラピア》をマナに!そして、マナから《ザークピッチ》を手札に回収するぜ」
 征市は《ザークピッチ》のカードを念に見せつけるようにして言う。念のマナゾーンには《ロスト・ソウル》が一枚置かれていた。これで念は征市に対して手札破壊のカードを使いにくくなった。
「手札が無理ならバトルゾーンだ。《キリュー・ジルヴェス》を召喚!」
 念が一枚のカードに赤、緑、黒のマナを注ぎ込む。カードから現れたのは、鎌を持った人型のクリーチャー《鎧亜の咆哮キリュー・ジルヴェス》だった。《キリュー・ジルヴェス》の鎌が《ボルシャック・大和・ドラゴン》を突き刺し、《ボルシャック・大和・ドラゴン》の刀が《キリュー・ジルヴェス》を貫く。二体のクリーチャーは互いに倒れ、カードの姿へと戻った。
 しかし、《キリュー・ジルヴェス》だけは墓地に飛ぶ事はなく、光を発しながら念のマナゾーンに飛んでいく。
「切り札を呼んでもそれで相討ちか。相変わらず厄介なクリーチャーだ」
 呟きながら、征市はそれ以上のクリーチャーの存在を警戒していた。
 念のマナゾーンには、今、六枚のカードが置かれている。念の切り札、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》のコストは7だ。次のターンでそれが呼べる計算になる。既に念は《ディメンジョン・ゲート》を使って《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》のカードを一枚手に入れている。
 対して、征市の手元にある召喚可能なクリーチャーは《コッコ・ルピア》一体だけだった。それを召喚してターンを終える。
「それだけか。……行くぞ」
 炎のような赤い光と共に、念のシールドの前に四本足の白い龍が現れた。念の切り札、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》だ。
 征市は自分の鼓動が早鐘を打つのを感じていた。過去に念に勝利した事はあるが、一度、このクリーチャーに植えつけられた記憶は消えない。
「へっ、こんなに早く切り札を出していいのかよ?対抗策を隠し持っているかもしれないぜ?」
「はったりは通用しない」
「だよな」
 征市は歯を見せて軽く笑うと、マナゾーンのカードを六枚タップして、一枚のカードにマナを注ぎ込んだ。征市の手を離れた瞬間、カードは燃え上がり、巨大な翼を持った大きな火の鳥へと変化する。
「《翔竜提督ザークピッチ》だ。手札にアーマード・ドラゴンとファイアー・バードを加えてターンを終了する!」
「それで終わりか」
 念が呟いた瞬間、彼の手元から一枚のカードが飛ぶ。カードからは巨大な黒い手が飛び出し、それが《ザークピッチ》を握りしめた。
「《デーモン・ハンド》だ。そして、これを喰らえ!」
 《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》の大砲が征市のシールドに向けられる。そして、砲口から二条の赤い熱線が発射された。二条の熱線はシールドを打ち破っても勢いを緩める事がなかった。そのまま、海の上を通り過ぎて行く。
 赤い熱線を横目で見ながら征市は軽く息を吐き出した。何度見ても、慣れるものではない。
「ここで《ザークピッチ》を破壊されるとはな。だったら、こいつだ!」
 征市が投げたカードが赤い炎を纏い、龍の姿へと変化していく。特徴的な模様の鎧を纏った龍《ボルシャック・NEX》へと変化したカードは地に舞い降りる。さらに、その隣には《ボルシャック・NEX》の効果で現れた小鳥《スピア・ルピア》が立っていた。
「これで俺はターンを終える。お前のシールドは三枚だ。次のターンで切り札を召喚してシールドをブレイクし、決着をつける!」
「それはどうかな?」
 念が投げたカードから、鬼の頭のような下半身といくつもの腕、そして多数の黒い剣を持ったデーモン・コマンド《魔刻の斬将オルゼキア》が飛び出す。《オルゼキア》が自分の腹に剣を突き刺すと、その体から黒い剣が土砂降りの雨のように飛び出し、《コッコ・ルピア》と《スピア・ルピア》の上に降り注ぐ。二体のファイアー・バードは倒れ、《ボルシャック・NEX》は悲しそうに叫ぶ。
「泣いている場合か?次はお前の主だ」
 念の《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》が再び、シールドを撃ち抜いた。これで、征市の残っているシールドは一枚のみになってしまった。
「相羽征市。お前の実力はこの程度か。もっと俺を怯えさせろ。楽しませろ。お前の事だ。切り札を忍ばせているんだろう?」
 二体のクリーチャーを破壊されてから顔を伏せていた征市だったが、それを聞いて顔を上げる。その顔に絶望の色はない。あるのは不敵な笑顔だけだ。
「バレちまっちゃ、しょうがねぇ!見せてやるぜ!じいちゃんが死の間際に俺にくれた切り札の力を!」
 征市がマナのカード、七枚を全てタップする。そこから飛び出した赤い光は、征市が右手の指先で持った一枚のカードに吸い込まれていく。
 征市が手首のスナップを活かしてそれを投げると、そのカードは《ボルシャック・NEX》の背中に突き刺さり、赤い光を発した。光に包まれながら《ボルシャック・NEX》はその姿を変えて行く。
「さあ、その姿を見せてやれよ!じいちゃんが俺に遺した切り札《超竜サンバースト・NEX(ネックス)》!!」
 光の中から轟音と共に巨大な龍が飛び出す。背中についた二つのブースターで加速したその龍は四つの腕に持っていた金色の剣で《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》を切り裂く。そして、目にも留まらぬスピードで念のシールドの前に飛ぶと、シールド二枚を同じように切り裂いた。
「なんだ……?一体、何をした!」
 念には理解ができなかった。征市の切り札《サンバースト・NEX》はクリーチャーとシールドの両方に攻撃を仕掛けたのだ。本来、攻撃を仕掛けられるのはシールドかクリーチャーの内のどちらか一方と決まっている。だが、《サンバースト・NEX》はクリーチャーへの攻撃の後、方向転換してシールドに向かって来た。
「判らないなら教えてやるよ。《サンバースト・NEX》は、クリーチャーとのバトルで勝つとアンタップするクリーチャーだ。《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》をバトルで倒し、効果でアンタップ。そして、シールドをぶち破ったのさ!」
「クリーチャーを殺すのに最適の切り札という事か。だが……!」
 強大な切り札を前にしても、念の闘志は衰えない。むしろ、その力を見て歓喜の表情を浮かべている。
 地響きと共に、二体目の《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》が現れた。咆哮と共に、それはシールドを睨みつける。
「アンタップされているクリーチャーを攻撃する能力まではないはずだ。次のターン、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》でシールドを焼き尽くし、手札にある《バザガジール・ドラゴン》でお前を葬る」
「それは俺の台詞だ。召喚!」
 《サンバースト・NEX》の隣に赤い火柱が立ち上る。火柱を突き破って、侍のような甲冑を着た龍が飛び出した。
「説明不要だよな?俺の切り札、《ボルシャック・大和・ドラゴン》だ!《サンバースト・NEX》で念の最後のシールドをブレイク!!」
 《サンバースト・NEX》がブースターの力を使って飛び、手と一体化した剣で念の最後のシールドを突き刺す。ガラスのように砕けて行くシールドの中に、シールド・トリガーはなかった。
「これで終わりだ、念!《ボルシャック・大和・ドラゴン》で念にとどめだ!!」
 《ボルシャック・大和・ドラゴン》が地面に力を入れ、踏み出す。両手で持った刀に力を込め、念に向かって振り下ろした。
「まだだ!まだ俺は戦う!戦い続ける!」
 念は目を見開くと両手で《ボルシャック・大和・ドラゴン》の刀を受け止めた。しかし、力負けして少しずつ後ろに押されていく。
「うおおおおっ!!」
 獣のような叫び声と共に、念は《ボルシャック・大和・ドラゴン》の腹を蹴飛ばす。《ボルシャック・大和・ドラゴン》はその一撃を受けて、その場に倒れた。念は両手で受けた刀を頭上に投げ捨てた。
「さすがだ……。お前と戦うためなら、この命、投げ捨てても惜しくはない」
 肩で息をしながら、念は前を向いた。すると、そこに征市の姿はない。驚いた念は首を振って左右を探す。だが、どこにも赤いブレザーの青年の姿はなかった。
「ここだ!」
 征市の声を聞いた念は頭上を見る。そこに征市の姿はあった。《ボルシャック・大和・ドラゴン》の刀を両手で握り、勢いをつけて落下している。
「今度こそ終わりだ、念!喰らえっ!」
 念が受け止める間もなく、刀は彼の肩に食い込む。重力を受け、刀はそのまま腹部まで食い込んでいった。
「が……。ぐ……ぅ……」
 念は何かをつかもうとして右手を伸ばす。それが、征市の左肩に触れた。二人の視線がぶつかる。
「俺は……負ける、のか?」
「ああ、そうだ。これで終わるんだ」
「そうか……」
 念は静かに息を吐くと、《サンバースト・NEX》を見た。
「俺は……誰とも力を合わせようと思わなかった。俺だけで何でも出来たからだ。お前は、他人の力を得る事ができるのか……」
「得たんじゃない。もらったんだ。彩弓から、もう一度戦う勇気をもらった。じいちゃんからは最高の切り札をもらった。俺の力じゃないかもしれない。だけど、こうやってお前に勝ったぜ」
 征市が握っていた刀が消える。念は征市の肩をつかんでいた手を離すと、その手で深い傷口を抑えた。そこから黒い煙が噴き出す。
「それが、俺を魅了した、お前の強さか……。人間の持つ……力か……」
 傷口を抑えながら、念は震える。征市には、痛みに震えているように見えたがそうではなかった。誇り高い戦士がそんな事で震えるはずがない。
 笑っているのだ。自分の敗北を受け入れた念が口を開けて笑っていた。
「お前の勝ちだ……!さらばだ、俺の敵……。ふはは、ははははは!」
 笑い声が海沿いの道に響く。戦いの余韻に浸りながら、念の体は少しずつ黒い粒子になって消えていった。全てが消えた時、そこには赤い表紙の本と一つのデッキだけが残った。征市はそれらを拾い上げる。
「ああ……。じゃあな、俺の敵」
 最期まで自分と祖父以外を認めなかった男、念。戦う事に全てを賭けている男だった。
「俺はまだやる事がある。これで終わりじゃないんだよな」
 放心したように赤い表紙の本を見ていた征市は、自分の頬を叩いて歩き出す。その目には念と戦っている時と同じように闘志が宿っていた。
「永遠。次はお前だ。今からお前に『ウソのようなホントウ』って奴を見せてやる!待ってろよ!」

 『File.48 永遠の牢獄』につづく
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