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『デュエマ族』第三話

『デュエマ族~一と新之助は奇妙な部活に入るようです~』

第三話 刑事の男 義男

その日、三島健人(みしまけんと)は朝から上機嫌だった。自分が所属しているデュエマ部の部員が五人揃ったため、生徒会から今年度の活動の許可が下りた。部長、阿部野静貴(あべのしずき)が入部希望者に対する条件を設けたせいで廃部の危機になったが、それも去った。抱えていた悩みがなくなって足取りも軽やかだ。音程の外れた鼻歌を唄いながら部室に向かう。途中、すれ違う生徒達が彼の鼻歌を聞き不快そうな顔で耳をふさいだが、上機嫌の健人の目にその姿は映っていない。
「義男(よしお)が変な事教えてないといいけど……」
一つ、引っかかる事があるとすればそれだった。今日は、三年だけは進路指導に関する事でホームルームが長くなった。そのため、部室には二年の石黒(いしぐろ)義男と新しく入って来た一年の松野一(まつのはじめ)と永瀬新之助(ながせしんのすけ)がいる。二人の指導をするのが義男の役目になるのだ。
「心配しても仕方がないね。よし!がんばって二人にデュエマの基礎を教えるぞ!」
一階にあるデュエマ部の部室の前に立った健人は、引き戸になっているドアを開けて部室に入った。
「みんな、こんにちはー!あれ?」
部室には誰もいない。義男も一も新之助もいなかった。
「トイレ?いや、三人で行く必要はないし……おや?」
考えながら部室の中を歩いていた健人は、テーブルの上にあった一枚の紙を見つけた。義男が残した書き置きらしい。健人はそれを手にとって目を通す。それにはこう書かれていた。
『みっちゃん先輩へ。イチとシンに学園デカとしての基そを教えてくる。みっちゃん先輩が何度も言っていたように、基そは大事だ。PS この紙は自動的に消滅するという事はないので、やぶって捨ててくれ』
健人は勢いよく紙を破り捨てると、拳を思いっきりテーブルに叩きつけた。痛かったらしく、左手で叩きつけた右手をさすっている。
「デュエマの基礎を教えろよ!学園デカの基礎ってなんだよ!それに基礎の『礎』って言う字、漢字で書けてないし!大体、自動的に消滅する事はないってなんだよ!そんなの当たり前だろ!?」
「健人、一人で何わめいてるの?」
自分を心配するような声が聞こえたので振り返ると、そこには部長の静貴が立っていた。
「ね、大丈夫?頭がおかしくなったの?」
「何でもないよ!義男が馬鹿な事やってたから付き合いきれないと思っただけさ。実はね……」
健人は義男が残した書き置きについて説明した。静貴は呆れながら彼の説明を聞く。
「義男も初めての後輩ができて舞い上がってるのね。去年のあたし達も同じようなもんだったじゃない」
「僕は義男が入部した時に舞い上がらなかったよ。なんだ、こいつって思った。今でも、なんだ、こいつって思ってる」
「そんな風に言わないの。義男も後輩ができて先輩らしく振舞いたいと思っているんだから、見守ってあげましょ?」
「でも、あいつ、目茶苦茶な事を教えそうで不安だよ。ちょっと、探しに行ってくる!」
「よし!それじゃ、あたしもついて行くわ!面白そうだし!」
「判ったよ。どこに行っているか判らないから手分けして探そう」
こうして二人は部室を出ると、義男達を探しに出かけた。健人は、真剣に。静貴は遊び半分で。

料理研究部は部員が多い部活だった。調理実習室に三十人近い人数の生徒が集まっている。一と新之助は初めて見る調理実習室が珍しく、よく周囲を見ていた。
「石黒、来てくれたか!」
料理研究部の部長が声をかけてくる。義男とも顔なじみらしい。料理研究部は多くの部員が女子生徒だが、男子生徒もいる。部長は男だ。エプロンには『愛だろ、愛っ』と書かれていた。
「部長、こんちは。今日はデュエマ部の新入部員を連れてきました。こいつらにも学園デカの仕事を教えてやろうと思います」
「そうかそうか。俺、料理研究部の部長の浜野(はまの)だ。よろしく。石黒は学園デカの仕事って難しそうな事言っているけど、ウチでは味見してもらっているだけだから。気楽に考えてくれよ」
「そうなんですか。よかった」
どんな難しい事をやらされるのかと不安だった新之助は、浜野部長の言葉で落ち着き胸を撫で下ろす。そして味見という言葉を聞いた一は目で調理中の食材を見て楽しみ、耳では調理している音を聞いて楽しみ、鼻で調理している匂いをかいで楽しんだ。
「義男先輩!学園デカって最高ですね!」
「イチ、そう思っているならお前はまだまだ考えが甘いぜ」
義男は渋い声でそう言うと腕を組み、険しい顔で調理している部員達を見る。大きなレンズのサングラスで目が隠れているが、その顔は楽しんでいる顔でない事が良く判った。
「あー!義男ちゃーん!」
黄色い声が聞こえて一と新之助は声の主を探す。呼ばれた義男は顔を隠すようにして額に手を当てた。
奥の席からポニーテールの可愛らしい少女が手を振ってやってくる。途中でまた「義男ちゃーん!」と呼ぶ。
「呼ばれてますよ、義男ちゃん」
一は笑いながら茶化すように言った。少女は義男達のすぐ傍まで来た。
「やっぱり来てくれたんだ!今年度も料理研究部でがんばるね!」
「人違いじゃないかい、お嬢さん?」
「もー、義男ちゃんったら!面白い冗談だね!」
人違いの振りに失敗して、義男は額に当てていた手をどかし、ポニーテールの少女を見る。心なしか、青ざめているように見えた。
「理沙(りさ)。お前、こんなところで油売ってていいのか?火を使ってる時に余所見はいけねぇだろう」
「もうできたから大丈夫!あ、この子達がデュエマ部の新入部員の子だね!はじめまして!わたし、義男ちゃんの幼馴染の向井(むかい)理沙です!夢は……えっと……」
自分の夢の話になった途端、理沙は顔を赤くして何度か義男を見る。
「言うな」
「夢は……義男ちゃんと結婚してかわいいお嫁さんになる事です!」
「おい、理沙!判ったから、あっち行けよ」
「うん!それじゃ、料理持ってくるね!今日は新しく入って来た子達に合わせて簡単なものにしたんだよ。オムレツなの!」
そう言うと、理沙は走って奥に向かう。それを見ていた義男の肩をにやけた顔の一が叩いた。
「かわいい幼馴染がいてうらやましいっすね、義男ちゃん」
「イチ、次にそう呼んだらお前をぶっ殺す」
「仲がいいんですね」
「ああ、仲はいいぞ」
義男は新之助が言った事を否定しなかった。それを聞いた一がまた茶化そうとした時、異臭が彼らの鼻をついた。
「うぇ……。なんだ、この匂い……」
「イチ、シン。気をつけろ。気をしっかり持っていないとただじゃすまねぇぞ」
義男は後輩二人に注意すると、サングラス越しに幼馴染の姿を見た。
「あの、義男先輩。この匂いは……」
「シン、今から匂いと味の話はするな。約束してくれ」
新之助はそれについて聞く前に理解した。異臭の正体は、笑顔の理沙が持ってきたオムレツだった。見た目は非常においしそうなオムレツだが、鼻を突き刺し嗅覚を破壊するような強烈なにおいが漂っている。一と新之助が助けを求めるように浜野部長を見ると、彼は申し訳なさそうな顔で声を出さずにこう言った。「味見をしてくれ」と。
「さ、義男ちゃん、召し上がれ」
「まだ作ってる奴がいるのに、お前は作り終えたのか。早いな」
「もう二年生だもん!それに慣れているし」
「そうだったな。俺も二年生で後輩がいるんだ。今日はこれを後輩二人に食べさせてやってもいいか?」
義男が一と新之助を見た。サングラス越しだったが、その目は助けを求めているのがよく判る。
「義男ちゃんは食べてくれないの?」
「今日は後輩に食べさせてやりたいんだ。もし、将来、理沙が俺の嫁になったら、俺の後輩にも料理を振る舞う事になるんだぜ。その練習だよ」
「あ、そうだね!じゃ、ちょっと待ってて!」
理沙は納得したらしく、奥に去った。
「義男先輩!僕達に食べさせるってどういう事ですか!」
「シン、何も言うな。先輩命令だ、食え!」
「無茶っすよ!俺、こんなとこで死にたくないですよ!」
「どうしたの~?」
能天気な声と共に、新たな異臭が近づいてくる。義男、一、新之助の三人は凍りついた表情で近づく異臭を放つ物体を見た。理沙が笑顔で両手にオムレツの皿を持ってきていた。
「理沙……その両手のオムレツはなんだ?」
「実は、今日、張り切っちゃって三人前、作っちゃったの!ところで、どうかしたの?喧嘩?」
近くのテーブルに新たなオムレツが置かれる。三人は力なく椅子に座った。
「僕達、義男先輩にオムレツを食べてもらおうと思って……」
「俺は後輩に食べてもらおうと思って……」
「それで譲り合ってたんだね!でも、もう大丈夫!三つあるから喧嘩はしなくてもいいよ!後片付けがあるから後でね!」
満足した様子で理沙は去っていく。三人は箸を持って目の前のオムレツのようなものを見た。
「俺、神様なんか信じちゃいねぇんだ。だけど、理沙の料理を食う前だけは祈るようにしている」
「何を祈るんすか?」
今にも泣き出しそうな一の声に、義男はこう答えた。
「神よ、俺をお守りください」
祈った後、義男はオムレツのような物に箸を伸ばした。

調理実習室を出た三人の顔は青ざめていた。新之助は
「僕……しばらくオムレツは見たくないよ……」
と、力なく呟いた。一は
「俺、もう好き嫌いはしない。今まで出された料理にまずいって言ったのも反省する」
と、言った。
「付き合わせて悪かったな」
義男は申し訳なさそうな声で二人に謝る。真剣な眼差しで彼が二人に謝ったのはこれが初めてだ。
「あれでも一年前よりはうまくなったんだ」
「え?嘘でしょう……?」
少女にも間違われる愛くるしい頬をげっそりさせながら新之助が聞く。口に出した後で自分の言葉が失礼だと思ったが、義男は気にしていない。今の料理(?)でもひどいのに、今よりもひどいというのは信じられなかった。
「本当だ。俺は学園デカとして理沙が作る料理を食い続ける。俺以外の人間が味見をして犠牲者を増やす訳にはいかねぇよ。それに、卒業する頃には人並みの味になっているだろ」
そう話すと義男は「次、行くぞ」と言って二人に背を向けた。
「自分を犠牲にして平和を守るって事か。義男先輩の生き方ってかっこいいじゃないか!」
「でも、何で僕達まで犠牲にならなくちゃいけないの……」
義男の説明に納得した一は目を輝かせて彼についていき、納得できないものを感じた新之助は首を傾げた後、とぼとぼ歩いてついていった。
三人が向かったのは体育館だった。中ではバスケ部が練習をしている。
「このミッションは、シンは付いて来れそうにないな。二人はこれを読んでデュエマの勉強をしてろ」
そう言うと、義男は懐から一枚の紙を出し、それを新之助の手に握らせるとバスケット部に向かって走っていった。
「勝負だ、バスケ部一年ども!この学園デカ、石黒義男様とスリーポイントシュート対決だ!」
「……あんな事やって勝てるのかな?」
新之助は疑問に思いながら義男を見ていたが、彼の興味は、すぐに義男に渡された紙に移っていった。新之助がそれを開いて見た時、一もそれを覗き込む。その紙にはデュエマのランクについて書かれていた。
デュエル・マスターズには三つのランクがある。
初心者はビギナーランク。中級者はミドルランク。上級者はマスターランクだ。一と新之助の二人は、公式大会に出場するために登録をしなければならない。登録をした時点で初めてビギナーランクのデュエリストとして認められる。
ランクを上げるには、七月、十一月、三月に行われるランクアップトーナメントで上位入賞するしかない。それが出来なければ、二人はビギナーランクのままだ。
「何々……。健人先輩と義男先輩はミドルランクで部長はマスターランクかよ!あの二人でミドルランクって事は、マスターランクの部長はどれだけ強いんだよ!こうしちゃいられないぜ!」
両手で握り拳を作って一は立ち上がった。
「は、一君、いきなり立ち上がってどうしたの!?」
「俺ももっと強くなってマスターランクになるんだ!そのために今から特訓だ!」
そう言うと、一はその場で腕立て伏せを始めた。
今は放課後とはいえ、生徒達が全員帰った訳ではない。近くを通りかかった生徒達が笑いながら一と新之助を見ている。それに気付いた新之助は顔を真っ赤にした。
「お前もやってみたらどうだ!強くなれそうな気がするぞ!」
「僕も君と同じくらい図太い神経が欲しいよ……」
顔を真っ赤にした新之助は、義男に渡された紙で顔を隠して言った。

「どこに行ったんだよ、義男の奴!」
義男のパトロールには一度だけ付き合った事がある。その時も彼は色々な部室を回っていた。それを覚えていた健人は、まだ部活をやっている教室を覗いていた。しかし、どこにも義男の姿はなかった。見つからない事に苛立ち始めた健人の顔は、怒りでブルドッグのようになっていた。
「お、三島じゃないか」
料理研究部の部室の前を通った時に、浜野に声をかけられた。彼のエプロンの文章は『愛だけじゃどうにもならない事もある』に変わっていた。
「浜野君、義男が来なかった?」
「ああ、来たぜ。毒……いや、味見をしていった」
「味見だって!?」
浜野は毒見と言いかけたが、健人の耳にそれは入っていなかった。味見と聞いた健人の頭の中ではいくつもおいしい料理のイメージが浮かんでいる。おいしい料理の中心には義男がいた。一口ずつ料理の皿に口をつけて偉そうに批評している。
「あいつ、部活サボって何やってんだ!僕だっておいしいものを味見したいよ!」
「ははは……」
『味見』をした三人がどうなったか知っている浜野は乾いた声で笑い、ゆっくり健人から眼を逸らした。
「義男、どこに行ったか知らない?」
「ああ、あいつなら――」
「あーっ!」
二人の声を遮って少女の高い声が廊下に響く。そこには理沙が立っていた。
「部長さん、この人もデュエマ部の人ですか?」
初めて見る男に興味を示したように理沙が近づいてくる。彼女の目は健人が腰から下げていたデッキケースを見ていた。
「うん、そうだよ」
「浜野君、この子は?」
「ああ、三島は初めて会うんだったな。二年の向井理沙って言って義男の幼馴染で……」
「将来の夢は義男ちゃんと結婚してかわいいお嫁さんになる事です!」
そう言うと、理沙は恥ずかしさからか、顔を赤くする。一方、健人はさらなる怒りで顔を真っ赤にしていた。健人を知っている浜野は彼の表情の変わりように驚き、「ひっ!」と小さく怯えた小動物のような声を出す。
(なんだよ、義男の奴!こんなかわいい幼馴染がいるなんておかしいじゃないか!何で、あんなサングラスかけた不良みたいな奴がモテて、僕がモテないんだよ!世の中おかしい!間違ってる!そうだ。こんな腐った世の中なんてみんな……みんな消えてなくなってしまえ!)
彼女いない歴と年齢が等しい健人の嫉妬はどす黒く燃え上がり、最終的にその標的は世界全てになっていた。
「あ、そうだ。この人もデュエマ部の人なら食べさせてあげなきゃ!」
理沙は胸の前でかわいらしく手を叩くと部室の中に戻って行った。一度、ドアから顔を出し、
「オムレツ、楽しみにしてて下さいね」
と、笑顔で言って戻る。
「オムレツって何のこと?食べさせてくれるの?」
嫉妬の炎が一瞬で沈下した健人が浜野に聞く。浜野は腕を組み、苦い顔をして答えた。
「ああ、そうだよ。石黒が後輩にも食わしてやりたいって言ったから、きっと先輩の三島にもって事なんだろう」
「なんだ!義男と結婚したいなんて言うから、頭大丈夫かと思ったけれど、いい子じゃないか!僕、オムレツ大好きなんだよね。あんなかわいい子の手料理が食べられるなんて今日はいい日だな~」
「お待たせしました~」
理沙の声を聞いてだらしなくにやけた健人が部室のドアを見た。だが、にやけ顔は一瞬で凍りつく。
理沙がオムレツと称して持ってきたものは健人の知っているオムレツとは異なるものだった。健人の知っているオムレツは幸せの象徴のようなものだった。だが、理沙が持ってきたそれは、形は全く同じだが、匂いが違っていた。その匂いをかいだ健人は、めまいを感じ、吐き気を覚え、これが地獄の象徴のようなものに思えた。
彼は、泣きそうな顔で浜野を見る。彼は力なく首を横に振った。
「食べて下さいね。はい!あ~んして」
かわいい女の子から「あ~んして」と言われる、健人がひそかに憧れていたシチュエーションだが今だけは拒否したかった。しかし、スプーンに乗ったオムレツのようなものは鼻先まで近づいていた。
(うわー!やめてくれー!)
健人は心の中で叫ぶ。口を開けたら、その瞬間、黄色い悪魔が口に押し込まれてしまうからだ。しかし、その叫びは誰にも届かない。
その日、健人はオムレツが嫌いになった。

ある教室に三人の男子生徒がいた。彼らは、一つの机を囲んで座っている。机の上には大量のデュエル・マスターズカードがあった。
三人の中の一人、扇子を持って自分を扇いでいた生徒が一枚のカードを手に取る。そのカードには、テキストの空白部分に有名人のものらしきサインが書かれていた。サインカードだ。
サインカードとは、文字通り普通のカードにサインが書かれたものである。有名プレイヤーだけでなく、カードの開発者やそのカードのイラストレーターのサインが書かれたものも存在する。
「ふぉっふぉっふぉっ、サインカードでこんなに儲けられるとはたまりまへんなぁ。売れすぎて笑いが止まりまへんがな!あんさんらもそうやろ!」
「そうですな!はっはっは!」
扇子の男子生徒に言われて、二人が返す。三人の笑い声が重なり、廊下まで響いた。
「ただのデュエル・マスターズカードにちょろっと何か書きこむだけで高値がついて飛ぶように売れる。こんな面白い商売、他にありまへんで!ふぉっふぉっふぉっ!」
「わっはっは!」
「さて……」
扇子の生徒は、扇子を折りたたんで懐にしまう。代わりにサインペンを取り出した。何も書かれていないカードにペン先を近づける。
「今日のノルマは一人十枚や。ぎょーさん作ってぎょーさん売りさばくでー!」
そう言って扇子の生徒が一枚目にサインを書いた時の事だった。
「うぅ、足がしびれる……」
「イチ、何言ってんだ!そんな事じゃ、結構なお手前の茶は飲めねぇぞ!」
「あの、義男先輩。今度はどこに行くんですか?料理研究部、バスケ部、茶道部って何の関係もない部活ばかりですけど」
「シンはもう飽きて来たか?安心しろ。次で終わる」
そう言った声と共に、教室のドアが開いた。教室の中にいた三人は驚いた顔でドアから入って来た義男達を見た。一と新之助の二人は初めて入る上級生の教室の中を見ている。義男は迷う事なく、教室の中に残っていた三人の生徒の中の一人を見て言った。
「やっぱり、ここにいたか。成田金三郎(なりたきんざぶろう)、他二名。お前達を偽サインカード製造、並びに販売の容疑で逮捕する!」
「えーっ!」
その場にいた三人と一と新之助は、驚いた顔で義男を見た。
「すげぇ!マジで刑事ドラマみたいだ!」
「え?逮捕って……あの人達、悪い人達なの?」
義男の言動に一は目を輝かせて興奮し、新之助は混乱した。
「どうする、親分?」
困った顔で取り巻きの二人が扇子の生徒、成田を見る。成田の額には血管が浮かび、手が震えていた。
「うろたえるんやない!あんさん、ワテらを逮捕するなんて言うとりますけど、何様やねん!」
「俺か?俺はあくまで俺様だ」
義男は余裕の表情でそう言うと軽く笑う。
「まあいい。知らないなら教えてやる」
義男は懐に手を入れる。そして、警察手帳のようなマークが入ったデッキケースを取り出し、高らかに宣言した。
「俺は烈光学園署の石黒義男巡査長!人呼んで学園デカだ!」
「が……学園デカやと!?」
「知っているのか、親分!?」
『学園デカ』という言葉に驚いた成田は驚いて椅子から立ち上がった。二人の子分がそれを見上げて聞く。
「聞いた事があるで。人も知らず、世も知らず、影となりて悪を討つ男がこの学園にいると……!それが、この学園デカ、石黒義男なんか!」
自分の噂を聞いた義男は得意そうに鼻をこすると、サングラスを光らせて成田を見る。
「成田!ネタはあがってんだ!お前が偽サインカードを作って売りさばいている事も、群馬県出身で山梨より西に行った事がないのに関西人に憧れて似非関西弁をしゃべっている事もお見通しだ!既に今日の捜査で裏付けは取っているんだぜ?」
「そうか!義男先輩が色々な部活を回っていたのも聞きこみのためだったのか!」
「じゃ、料理研究部に寄ったのも、バスケ部に寄ったのも、茶道部に寄ったのも聞きこみのためだったんですね!」
義男の意味不明な行動に振り回されていた二人の後輩は尊敬のまなざしで学園デカを見た。しかし、義男は気まずそうな声でこう返す。
「いや、料理研究部は理沙の料理から部員を守るためで、茶道部に寄ったのはバスケ部の練習に混ざったせいで喉が渇いてうまい茶でその渇きを潤したくなったからだ」
「バスケ部以外関係ないじゃないですか!」
「馬鹿野郎!料理研究部は意味があった。俺達が行かなかったら、他の部員が危なかった」
「それは……そうですけど……」
二人の中に芽生えかけていた尊敬の気持ちが急に萎んでいった。そのやり取りを見て、我慢できなくなったのか成田が口を挟む。
「ええい!さっきから訳の判らない事をごちゃごちゃと!大体、ワテらが偽サインカードを作った証拠がないですやろ?ワテらは人々のあこがれの的であるサインカードを安く仕入れて良心的な価格で売っているだけどす」
「けっ、何が良心的な価格だ。落書きした《シザーアイ》一枚で五千円もぼったくる癖によく言うぜ。確かに証拠なんかねぇ。だがな!」
そう言うと、義男はデッキケースを彼らに突き付けた。
「デュエマで決着をつける。正義の心ってのはカードに宿るもんだ。俺が勝ったらお前達三人を逮捕する!」
「ふん、正義などと安っぽい言葉を吐きおって……。ええですやろ。その条件を飲みます。ただし、ワテが勝ったら、今日の在庫を全部買い取ってもらいまっせ!」
成田は机の上にある大量のカードを指して言った。一枚で五千円もするようなカードだ。あれだけのカードの束を買い取る事になったらどれだけの額になるのか想像もつかない。中学生の小遣いでは買えないような額を払わされる事を想像して新之助は義男の腕をつかむ。
「駄目ですよ、義男先輩!逮捕なんかやめて帰りましょう!」
「馬鹿言うな。もう少しでこいつらを逮捕できるチャンスなんだぜ?チャンスは最大限利用しないとな!」
義男と成田はカードが置かれている机の隣の机の上にデッキを置いた。シャッフルを終えた後、相手にデッキを渡してシャッフルしてもらう。自分にデッキが返ってきたら、山札の上のカード五枚をシールドとしてセット。その後、山札の上のカード五枚を手札としてくわえる。
そして、二人は山札から少し離れた場所に何枚かのカードの束を置いた。不思議に思った一と新之助がそのカードを見る。
「イチとシンは初めて見るんだったな。これは、サイキック・クリーチャーだ。そして、サイキック・クリーチャーが置かれる場所が超次元ゾーンだ」
義男は後輩二人に説明した後、自分の超次元ゾーンにある八枚のサイキック・クリーチャーを成田に見せた。
「俺が使うサイキック・クリーチャーは《時空の喧嘩屋キル》二枚、《時空の英雄アンタッチャブル》二枚、《時空の戦猫シンカイヤヌス》一枚、《時空の脅威スヴァ》一枚、《時空の凶兵ブラック・ガンヴィート》一枚、そして《時空の封殺ディアスZ(ゼータ)》だ」
「義男先輩、すげぇ!相手に自分の使うカードを教えるなんて余裕みたいだ!」
「え?でも、教えちゃったら不利にならないの?」
義男の行動に驚く一と戸惑う新之助。二人を見て成田は扇子を取り出して自分を扇ぎながら馬鹿にしたように笑う。
「超次元ゾーンにあるサイキック・クリーチャーは公開情報。つまり、どのプレイヤーが見てもいいんでっせ。そんな事も知らないなんて、この子らは素人でっか?こんな初心者みたいなのが学園デカのサポートをしているとは、おかしくて笑いが止まりまへんで!お前らも笑え!」
「わっはっは!」
成田に知らなかった事を指摘され、二人は落ち込む。二人に背を向けていた義男は静かに溜息を吐くとこう言った。
「イチ!シン!判らない事は恥じゃねぇ!恥ずべきなのは、デュエマに落書きをして高く売りつけるような奴だ!デュエマを楽しむんじゃなく、金儲けの道具に使うような奴は駄目だ。お前達デュエマを楽しむ事が判っている。それに俺が後輩と認めた男達だ。だから胸を張れ!」
義男の言葉を聞いて二人は顔を見合わせる。義男は続けた。
「安心しろ。お前達がデュエマで判らない事は俺やデカチョーやみっちゃん先輩が全部教えてやる!だから、こんなくだらない事を言って笑う奴の言う事は気にすんな!」
サイキック・クリーチャーと超次元ゾーンについて判らなかった事は仕方ない。大切なのはそれを恥じる事ではなく、判らない事や知らない事を知ったり覚えたりする事だ。
義男の教えが身にしみた二人は胸を張って彼らの戦いを見た。
「ふん。弱い奴ほどよく吠えるというもんでっせ。ワテのサイキック・クリーチャーは《時空の英雄アンタッチャブル》、《時空の喧嘩屋キル》、《時空の踊り子マティーニ》、《時空の霊魔シュヴァル》、《時空の幸運ファイブスター》、《時空の不滅ギャラクシー》、《時空の凶兵ブラック・ガンヴィート》、《時空の封殺ディアスZ》がそれぞれ一枚ずつ。しかも、全部サインカードでっせ!」
「どうせ偽サインカードだろう?……エンジェル・コマンドとデーモン・コマンドメインの超次元ゾーン。使う超次元呪文は光と闇、特に《超次元ガードホール》には注意が必要だな」
呟いた後、義男は振り返って
「イチ、シン。もっと近くに来い。手札の内容まで判るところまでだ」
と二人に声をかけた。言われた通り、二人が義男の背後まで近づくと、彼は後ろから見やすいように手札のカードを大きく広げた。
「俺がどんな戦い方をするのか想像しながら後ろで見てろ。強くなるんだったら、人の戦いを見て学ぶのも大事だ」
そう言うと、義男は手札を睨んだ。しばらくそのまま考えた後、五枚の中から一枚を選んでタップし、マナゾーンに置く。
「俺は《腐敗勇騎トリプルマウス》をチャージしてターンを終了だ」
「あ、闇が入ってる……」
静かな声で新之助が呟いた。今、義男が使っているのは新之助が戦った時と同じように闇のカードが入っていた。
「考えながら見てろとは言ったが、俺の手札の内容をバラすような事は言うなよ」
新之助と一は、義男の注意を聞いて慌てて両手で口をふさぎ、何度も頷いた。
「二人に戦い方を教えながら戦うつもりでっか?ワテも随分、なめられたものでんな」
「気にすんな。二人が勝手に戦い方を見て学ぶだけだ。ターンエンド。あんたの番だぜ」
ターンを終了するのと同時に、義男は口の端を釣り上げて余裕の表情を見せた。それを見た成田は、不快そうに軽く息を吐いてドローすると、手札を扇子のように広げそれで自分を扇ぎ始めた。
「あんさん、随分余裕ぶってますな。ワテはそういう余裕ぶった人間が大っ嫌いなんや!これを見て吠え面かきなはれ!」
成田はセンスのように広げた手札の中から一枚のカードを引き抜くとマナゾーンに置いた。一と新之助は、それがどれだけ凶悪なカードを置くのかと思ったが、置かれたのはただの《フェアリー・ライフ》だった。
「《フェアリー・ライフ》をマナゾーンにチャージしてターン終了や。あんさんのターンやで」
「何だよ。吠え面かけって言うから期待したのに、《フェアリー・ライフ》をマナに置いただけじゃないか。義男先輩、こいつ対した事ないっすよ」
マナに置かれたカードを見た一は軽口を叩いて義男に目を向ける。彼は今も余裕のある表情をしているものだと思っていた。
しかし、そうではなかった。義男は体を震わせながらそのカードを見ている。その様子を見た成田は余裕の笑みを浮かべながら義男に問いかける。
「どうしたんや?あんさんのターンでっせ」
「おい、お前!」
突如、机を叩いて義男が立ち上がる。サングラスの奥の瞳は成田を見ていた。
「お、お前……!そのサインカードをどこで手に入れた!?」
彼にそう訊ねた後、義男は自分の考えを否定するように頭を振って座った。
「いや……まさかそんな事はねぇ!これもきっと偽サインカードのはずだ!」
「さて、どうですやろ?偽物と思いたければ思えばええんとちゃいまっか?」
一度のマナチャージで義男が追い詰められていた。一と新之助がマナゾーンに置かれた《フェアリー・ライフ》を見たが、ただのサイン入りのカードにしか見えない。二人が疑問に思っている事が伝わったのか、義男が口を開く。
「取り乱して悪かった。あれは俺が尊敬する若手アクション俳優、土方城(ひじかたじょう)のサインカードだ。土方城は知っているな?」
「ええと……よく刑事ドラマに出ている人ですよね?スタントを使わないでアクションをする人だって聞いてます」
狼狽する義男に戸惑いながら新之助が答えた。彼の返答に頷いた義男は話を続ける。
「そうだ。そして、デュエリストでもある。実力は対したもんじゃなくて、ビギナーランクらしいがな。子供にも優しく、デュエマのイベントで子供達のカードにサインをしてやる事もあるって聞いている……!まさか、これは本物か!?本物なのかよ!」
動揺する義男を見て成田は広げたカードで自分を扇ぎながら涼しい顔をしていた。
(くっくっく。確かにワテのデッキに入っているカードの多くは偽サインカードや。せやけど、一部のカードは本物のサインカードを使ってる。一部の本物を混ぜておけば、偽物も区別しづらくなるんや!)
「ほら、あんさんのターンでっせ。早くやりなはれ」
「判ってるぜ!マナのカードをアンタップしてドロー!《超次元エナジー・ホール》をマナにチャージ。自然を含む二枚のカードをタップして《フェアリー・ライフ》を使う!効果で《龍神ヘヴィ》をマナに!ターンエンドだ」
尊敬する俳優のサインカードに動揺したせいで義男の表情からは、もう余裕が消えていた。対戦は始まったばかりだが、この時点で成田は充分過ぎるアドバンテージを得ていた。
「もっと落ち着いた方がいいでっせ。ワテのターン、ドロー!《鼓動する石板》をマナに置いて《フェアリー・ライフ》や!効果でマナゾーンに《デ・バウラ伯》を置きまっせ!」
「くっ!また土方城のサインカードか!」
義男の目はマナに置かれた《デ・バウラ伯》ではなく、使われた《フェアリー・ライフ》を見ていた。そのカードもマナゾーンの《フェアリー・ライフ》と同じように土方城のサインが書かれていた。
土方城を尊敬する義男には、そのサインが本物である事が判った。義男は土方城のサインカードもサイン色紙も持っていない。しかし、彼のサインは何度か見た事があった。二枚の《フェアリー・ライフ》に書かれたカードは間違いなく本物だった。
「そんなに土方城のカードが気になりまっか?ターンエンドや」
墓地に置かれた土方城のサイン入り《フェアリー・ライフ》を見ていた義男は、成田のターン終了の声を聞いて我に帰る。使ったマナのアンタップを終え、山札の上のカードをドローした。
「《デ・バウラ伯》もサインカードか。それが本物かどうか、今は気にしてる場合じゃねぇな。マナゾーンに《アクア・サーファー》をチャージ。水を含む三枚をタップして《エナジー・ライト》を使う!効果で二枚ドローだ」
マナブーストのカードに続いて義男が使ったのは手札を二枚増やす《エナジー・ライト》だ。今までの行動で失った手札を補い、これからの戦いにつなげるために手札を増やした。
「いいか、二人とも。マナだけでも手札だけでも駄目だ。両方増やせるデッキなら、両方増やせるように動かせ」
義男は背後にいる一と新之助の二人に引いたカードを含んだ手札を見せた。二人が見たのを確認してから成田を見てターン終了の合図を告げる。
「《エナジー・ライト》でっか。手札を増やすのは基本中の基本やな。せやったら、ワテはこうしまっせ!」
成田のマナに闇のカード《死神の邪剣デスライオス》が置かれた。三つ目の文明の出現に、一と新之助は小さく声を挙げる。
しかし、義男は冷静だった。眉一つ動かす事なく、マナに置かれた闇のカードを見ていた。
「闇文明のカードか。ロクでもねぇ事を企んでやがるな?」
「その通りや!今、置いた《デスライオス》と《フェアリー・ライフ》をタップして《特攻人形ジェニー》を召喚!」
成田が召喚したのは義男達三人の予想通り、闇のクリーチャーだった。しかし、彼らの前に現れたのは黒を基調にした服を着た少女の人形のクリーチャーで、パワーも1000と弱いクリーチャーだ。
「おいおい、今さらパワー1000のザコクリーチャーかよ。これだけマナがあるなら、俺のデッキはもっと強いの出してるぞ」
闇のカードと直接対峙した事がない一はバトルゾーンに出て来た《特攻人形ジェニー》を見て鼻で笑う。しかし、新之助と義男が真剣な顔でバトルゾーンを見ているのを感じ、自分の考えが誤りである事に気付いた。
「ザコ?価値が判らない素人にはこのカードの良さが判らないみたいやな。このクリーチャーがザコでない事を証明してやりまっせ!あんさんらの先輩を使ってな!」
そう言った直後、成田はバトルゾーンに出した《特攻人形ジェニー》を墓地に置いた。突然の行動に一と新之助は不思議そうな顔で成田を見ていた。
「《特攻人形ジェニー》はバトルゾーンに出た時、自爆する事ができるクリーチャーや。そして、自爆した時に相手の手札を見ないで選び捨てる事ができる!真ん中のカードを捨ててもらいまっせ!」
「ちっ……!いいカードを選びやがるな」
軽く舌打ちした義男は、成田が指定したカードを手札から引き抜いて墓地に置いた。そのカードは《超次元ミカド・ホール》だった。
「5コストの呪文だ!くっそー、ここで捨てられてなければ次のターンに使えたのに!」
一が言うように義男が次のターンに多色でないカードをマナゾーンにチャージしていれば使えるマナは五枚になり、《ミカド・ホール》を使う事ができた。
「でも、これってそんなにすごい呪文なんですか?」
《ミカド・ホール》の能力を見て疑問に思った新之助が聞く。
《ミカド・ホール》が持っている能力の一つは、相手クリーチャー一体のパワーを2000マイナスする事だ。相手クリーチャー全体のパワーを下げるのなら5というコストも納得できる。しかし、一体のパワーしか下げられないのであれば、コストパフォーマンスが悪すぎる呪文だ。
「パワーマイナスだけじゃ、強力なカードとは言えねぇな。だが、《ミカド・ホール》みたいな超次元呪文はそれだけじゃ終わらねぇ。全ての超次元呪文は、超次元ゾーンからサイキック・クリーチャーを呼び出す事ができる。《ミカド・ホール》はコスト9以下の闇のサイキック・クリーチャーを一体出せる」
「じゃあ、この《ディアスZ》が出せるって事じゃないっすか!」
一は超次元ゾーンに置かれている一枚のカードを見た。彼が見た《ディアスZ》はパワー7000のW・ブレイカーだ。切り札として充分な性能を持っている。
「義男先輩、他にサイキック・クリーチャーを出す手段はないんですか?」
「ないな。超次元呪文か、サイキック・クリーチャーを呼び出す特殊なクリーチャーを使うしかない。サイキック・クリーチャーを出すためには、デッキの中にサイキック・クリーチャーを出すためのカードを入れておく必要があるんだ」
初めて見る特別なカードの出し方が判らなかった新之助の疑問に義男が答えた。
「ふぅ、危ない危ない。ここで捨ててなかったら、次のターンに切り札級のサイキック・クリーチャーを呼び出されていたかもしれんわ」
「予定が狂ったな……」
苦い顔をした義男は、手札のカードを持っていない左手で口元を軽くなでる。そして、手札のカードを左手に持ち替えると右手でカードを引いた。しばらく引いたカードを見た義男はマナゾーンに《フェアリー・ライフ》を置いた。
「イチ、シン。よく覚えておけ。闇文明の特技は破壊だ。バトルゾーンのクリーチャーと手札だけじゃねぇ。色々なものをぶっ壊していくのが闇文明の戦い方だ」
「クリーチャーと手札だけじゃないんですか?」
新之助は義男に尋ねながら自分の過去の戦いを思い出す。入部テストの時に義男のデッキの闇カードにクリーチャーを破壊され、長作(ちょうさく)との対戦では手札を破壊された。これだけでも厄介だというのに、それ以外にも破壊できるものがあると義男は言っている。
「ああ、それだけじゃねぇ。今から、それを教えてやる。闇文明が一番多くぶっ壊していくもの。それは……」
手札のカードを軽くシャッフルした義男は、マナのカード五枚全てをタップしてから一枚のカードをバトルゾーンに出した。それを見た成田は小さく呻いた。
「相手の戦略だ!《腐敗無頼トリプルマウス》を召喚。俺はマナを増やし、お前の手札を選んで捨てる!」
真っ直ぐ伸ばした指が一枚のカードを指した。それを見た成田は苦い顔をして指定されたカード、《ハッスル・キャッスル》を墓地に置く。場にあるだけで手札補充を助ける強力カードが捨てられたのを見て、義男は軽く息を吐いた。
「何でや!ベストの戦略は阻止したはずなのに、何でこんないい動きができるんや!」
「ああ、確かに俺が目指すベストの動きは阻止された。それだけの事ができるお前の実力は評価するぜ。だが、ベストを阻止しただけで満足する奴は、絶対に一流にはなれない」
山札の上のカードをマナゾーンに置きながら義男は続けた。
「後輩二人だけじゃなく、お前にも教えてやる。強い奴はベストの道筋が閉ざされただけじゃ対したダメージにはならねぇ。二つ目、三つ目の戦略の道筋を考えながらそれを実行する。デカチョーやみっちゃん先輩ならそうしてるぜ」
「く……。なめた事を!」
悔しそうな顔で成田はカードを引いた。義男も再び緊張した顔で成田を見る。一と新之助は義男の強さに驚き、興奮しながら彼の背中を見守っていた。

「おい!急げ急げ!」
義男を探すという名目で校内を歩いていた静貴は、そんな声を聞いた。声がした方を見ると、前方にバスケ部らしき男子生徒数人がいる。練習が終わったのか、全員が制服姿だ。
「ねぇ、何かあったの?」
男子生徒の様子に興味を覚えた静貴はその中の一人に話しかける。にきび面のその生徒は顔を赤くして口をパクパクさせている。他の生徒の嫉妬の視線に気付くと、彼は
「二年の教室で学園デカの石黒と成田って奴が賭けデュエマをやってるんすよ!」
と、説明する。
「成田……。聞いた事はあるわ。あの似非関西弁の子ね。それで、二人はどこ?」
「ご、ご案内するっす!」
緊張した口調でにきび面の男子生徒は言う。静貴は「ありがと」と礼を言うと、視界の端に映るうずくまった知り合いに声をかけた。
「おーい、健人ー!」
静貴の声を聞いて体を小さく痙攣させた健人はゆっくり顔を上げる。頬がこけ、死んだ魚のような目をして土気色になったその顔は、部室で分かれた時とは別人のようだった。あまりにひどいその顔に静貴だけでなく、バスケ部の生徒も驚いていた。
「げっ……。健人、どうしたの!?大丈夫!?」
「だ……駄目かも……」
「そうね、駄目そうね。何があったの?」
静貴が聞くと、健人の虚ろな目が大きく開いた。
「嫌だ、助けて……!!助けてよー!!」
叫び声を挙げた健人は急に立ち上がって髪をかきむしりながら暴れ出した。友人のあまりの豹変ぶりに、さすがの静貴も驚き、どうしていいか判らずにいる。
「ちょ、ちょっと健人、落ち着いて!」
「あああ!殺される!オムレツに殺されるよー!!」
「オムレツ?とにかく、このままじゃ駄目だわ。ごめんね、健人!」
健人が何故、オムレツに恐怖しているのか疑問を感じた静貴は首をひねる。しかし、その疑問はすぐに消え、やるべき事のために体が動いていた。少し足を開き、右の拳を握りしめた静貴は左手で健人の肩を押さえ、その腹を殴りつけた。
小さく呻いた健人は静かに一度痙攣すると、静貴にもたれかかるようにして倒れた。友人の体を軽々と抱き止めた静貴は近くにいたバスケ部員を呼ぶ。
「悪いんだけど、誰かこの子を保健室まで連れてってくれない?ええと、そこの君!」
「俺っすか!了解です!」
静貴に健人を渡された男子生徒は笑顔で彼の体を受け止める。だが、もたれかかる重さに顔をしかめた。
「一人じゃつらそうね。君も手伝ってくれる?あと、君は案内してくれるかな?」
「もちろんっす!」
的確な静貴の指示を聞いた二人は、それぞれ頼まれた行動を開始する。
にきび面の生徒に案内された静貴は階段を上ると廊下にいる人だかりを見つけた。その人だかりの先に義男がいる事に気付いた静貴は彼らに近づく。
「ちょっとごめんねー!通してね!義男、まだ戦ってるかしら?」
人だかりをかき分けながら静貴は教室の中に入る。教室の中にも多くの生徒がいて、義男と成田の対戦を見ていた。静貴は観戦ができるところまで移動して場を見守っていた。
成田のシールドは一枚、義男のシールドは四枚。シールドの枚数では義男が勝っていた。しかし、成田のシールドには城カード《ハッスル・キャッスル》がついて要塞化している。この効果で成田は自分のクリーチャーが出る度にドローできるようになっているのだ。
さらに、クリーチャーの数では成田が圧倒的に有利だった。《時空の幸運ファイブスター》が覚醒した《天運の覚醒者ライトニング・ファイブスター》を中心に《時空の喧嘩屋キル》と《時空の英雄アンタッチャブル》が並んでいる。三体のサイキック・クリーチャーを睨む義男のバトルゾーンには一体もクリーチャーがいない。
「ワテのターンやな。ワテの《ライトニング・ファイブスター》のパワーは10500!パワー6000以上のクリーチャーがいるから、《キル》を覚醒させまっせ!」
成田は《ライトニング・ファイブスター》の横に並んでいた《キル》を裏返す。すると、《キル》はコストとパワーが大きくなった別のクリーチャー《巨人の覚醒者セツダン》に覚醒した。
「《セツダン》は、パワー5000でパワーアタッカー2000を持つW・ブレイカーや。せやけど、それだけやありまへんで!《セツダン》がいる限り、ワイのサイキック・クリーチャーはあんさんのカードの能力で手札に戻らなくなるんや!《アクア・サーファー》も《スパイラル・ゲート》も怖くないで!」
「《キル》の能力の範囲が広がったな……。確かに厄介だ」
《キル》は相手のターン中、自分のサイキック・クリーチャーが相手のカードの効果で手札に戻される事を防ぐ。相手のターン限定のため、シールド・トリガーの《アクア・サーファー》のように自分のターン中に出たカードでは戻されてしまう。
しかし、《セツダン》に覚醒する事で効果が適用される範囲は広がり、自分のターン中でも手札に戻される効果は防ぐ事が可能になった。
「マナをアンタップ、そしてドロー。さて、《セツダン》に覚醒した事だし、そろそろ攻撃するとしまっか。せやけど、その前に……」
いやらしい笑みを浮かべた成田は、闇文明を含む四枚のマナゾーンのカードをタップし、一枚のカードを手札の中から出した。
「《解体人形ジェニー》を召喚!あんさんの手札を見せてもらいまっせ!」
「くっ!こっちの《ジェニー》も入っていたのか!」
義男は自分の手の中にある二枚のカードを見せる。それを見た成田は小さく笑う。
「ええカードを持っているやないか。手札にある《インフェルノ・サイン》を捨ててもらいましょか!」
「ちっ、いいタイミングで使ってきやがる……」
義男の墓地には切り札級のクリーチャーがいた。次のターン《インフェルノ・サイン》を使えば墓地から呼び出す事ができたのだ。
「クリーチャー出したから《ハッスル・キャッスル》の効果でドローするで。まあ、どんなクリーチャーが出ても《ライトニング・ファイブスター》がいる限り、ワテのクリーチャー達の敵じゃありまへんけどな!」
成田のサイキック・クリーチャーの中心にいる《ライトニング・ファイブスター》は自分の他のクリーチャーにバトルに勝つ能力を与える。この力があれば、《解体人形ジェニー》のようなパワー1000のクリーチャーでも、切り札級のパワーのクリーチャーを一方的に倒す事ができる。
「これだけの強力なクリーチャーがいれば充分や!《セツダン》でW・ブレイク!」
最初に動いたのは《セツダン》だった。無防備なシールドに対して容赦ない攻撃を加えていく。それを見た成田は満足そうな顔で《ライトニング・ファイブスター》に指を添える。
「さぁて、お次はこいつや!」
「いや、そいつはもう動けないぜ。俺がこのシールド・トリガーを使うからだ!」
義男は二枚目にブレイクされたシールドを表向きにする。そのカードを見た時、周囲がざわめく。
「あれは、《地獄門デス・ゲート》だ!」
「なんやて!」
ギャラリーの声を聞いた成田の顔が青ざめる。彼の手は《ライトニング・ファイブスター》から離れて自分の口を押さえていた。
「義男先輩!そのカード、すごいんすか?」
「すごいなんてもんじゃねぇ。一枚でこの不利な状況を引っくり返せるカードだ!《地獄門デス・ゲート》は相手のタップされていないクリーチャー一体を破壊するカード。そして、破壊されたクリーチャーよりもコストが小さいクリーチャーを墓地から出す呪文だ!」
闇のカードに詳しくない一が義男に問う。シールド・トリガーとして出たカードのタイミングの良さに義男は興奮を隠せずにいる。説明する口調にも熱がこもっていた。
「俺が選ぶのは《ライトニング・ファイブスター》だ。覚醒したサイキック・クリーチャーはコストが高い。それが仇になったな。これで俺はコストが8以下のクリーチャーを墓地から呼び出せる。俺が出すのは《邪眼皇ロマノフI世》だ!」
義男の墓地からマントを羽織った西洋風のダークロードが出てくる。切り札級のクリーチャーの登場にギャラリーから興奮した声が発せられる。
「何やて!《ロマノフ》やと!?」
「ああ、そうだ。俺の切り札《邪眼皇ロマノフI世》の効果で俺は山札の中から闇のカードを一枚選び墓地に置く事ができる」
義男は山札の中を見て全体を確認した後、一枚の闇カードを墓地に置いた。その後、山札をシャッフルする。
「でも、山札の中からカードを捨てちゃうなんて勿体ないよな。何でそんな能力がついてるんだ?」
「一君、義男先輩には考えがあるんだよ。きっと……」
新之助は入部テストで義男が使った戦術を思い出していた。あの時も義男は墓地を利用する戦術で切り札を手元に回収して勝利を収めた。今の行動にも意味があると信じている。
「成田、お前の動けるクリーチャーは《アンタッチャブル》だけになったな?どうする?」
「なら、ワテは《アンタッチャブル》を《変幻の覚醒者アンタッチャブル・パワード》に覚醒させてターン終了や」
《アンタッチャブル》はターンの終わりに覚醒するサイキック・クリーチャーだ。呪文やクリーチャーの能力で選ばれない効果を持っている。
《変幻の覚醒者アンタッチャブル・パワード》に覚醒するとパワーは5000に上がり、《アンタッチャブル》が元々持っていた選ばれない能力だけでなく、ブロックされないようになる。
しかし、自身への攻撃まで防ぐ事はできない。《ロマノフ》のパワーは8000だ。《ライトニング・ファイブスター》が破壊された今、タップしておく事は死につながる。
「いい判断だぜ。だが、俺の戦略の前には無意味だって事を教えてやる。まず、《トリプル・ブレイン》で三枚ドロー。そして……残った二枚のシールド、頂くぜ!成田ぁ!」
義男は指で鉄砲のような形を作ると、それを成田に向ける。成田はそれを見て大きくのけぞった。
「何をしとるんや!シールドを狙うのはええけどな!あんさんのシールドも少ないんやで!次のターン、《セツダン》でW・ブレイクして選ばれない《アンタッチャブル・パワード》でとどめや!」
「そいつらが俺のシールドに触れる事はできねぇよ。《ロマノフ》でプレイヤーを攻撃!そして、攻撃時の効果で俺は墓地から闇の6コスト以下の呪文を唱える。使うのはこれだぜ!」
ギャラリーが見守る中、義男の墓地にある十枚を超えるカードの中から一枚の呪文カードが出て来た。そのカードの名は《魔弾ロマノフ・ストライク》だった。驚いた目つきでそれを見つめる成田に、義男はそのカードを眼前に突き付ける。
「怖いか?このカードの能力、言ってみろよ」
「ま、《魔弾ロマノフ・ストライク》はクリーチャー一体のパワーを5000マイナスする呪文や……」
「それだけじゃねぇだろ!《ロマノフ》の効果で墓地から唱えた時、その後に全ての相手クリーチャーのパワーを5000マイナスする!これで、お前のクリーチャーは全滅!そして、効果を使い終わったから《ロマノフ・ストライク》を山札の下に置くぜ」
「何やとっ!」
たった一枚の呪文で成田のバトルゾーンにいた《セツダン》、《アンタッチャブル・パワード》、《解体人形ジェニー》の三体が破壊される。そのスーパープレイに魅了されたギャラリーが歓声を挙げた。
「なめるなっ!まだシールドが残ってる!ワテはニンジャ・ストライクで《光牙王機ゼロカゲ》を召喚!クリーチャーを出したから《ハッスル・キャッスル》の効果で一枚ドロー。《ゼロカゲ》で《ロマノフ》をブロックや!」
「いきなり、ブロッカーが出た!?」
義男の後で一と新之助が驚く。マナもタップせずにシールド・トリガーでもないのに、成田が突然クリーチャーを出したからだ。
「二人とも。あれはニンジャ・ストライクよ」
いつの間にか背後に来ていた静貴に驚き、一、新之助、義男の三人が振り返る。一瞬でそこにいる者達全員の視線を集めながら静貴は解説を始めた。
「ニンジャ・ストライクを持つクリーチャーはある程度のマナがあれば、相手の攻撃やブロックのタイミングでクリーチャーを召喚できる能力よ。今、成田君が出した《ゼロカゲ》は自分のマナゾーンにカードが七枚以上あれば、相手の攻撃やブロックに応じて出せるの」
「確かに、《ゼロカゲ》はブロッカーだ。だが、パワーは7000。《ロマノフ》のパワーには勝てないぜ」
義男が言うように、《ゼロカゲ》はブロックの直後破壊され、墓地に置かれた。だが、成田は動じていない。その顔には余裕の笑みすら浮かべている。
「何を企んでやがる?」
「まだ切り札があるってだけの話や!光文明を含む七枚のマナをタップして《不滅の精霊パーフェクト・ギャラクシー》を召喚!《ハッスル・キャッスル》の効果で一枚ドロー!そして《パーフェクト・ギャラクシー》のシールド・フォースや!《ハッスル・キャッスル》のシールドを選ぶで!」
《パーフェクト・ギャラクシー》を召喚して一枚ドローした後、成田は《ハッスル・キャッスル》で要塞化されたシールドを指先で叩いた。
「部長、シールド・フォースって何スか?」
「シールド・フォースっていうのは、クリーチャーを出した時に自分のシールド一枚を選んで、そのシールドから力を貰う能力の事よ。そのシールドがある限り能力は使えるわ。《パーフェクト・ギャラクシー》がシールド・フォースで得る能力は、場を離れなくなる能力と、ブロッカーよ」
「それじゃ、今の《パーフェクト・ギャラクシー》は破壊されないブロッカーになったって事ですか?パワー9000もあるから、《ロマノフ》じゃ倒せないですよ!」
「これでターンエンドや。どや?どんな闇の呪文でも《パーフェクト・ギャラクシー》は倒せまへんで!」
成田のバトルゾーンに現れた強大な切り札を見ても義男は動じない。ただ、静かに息を吐くと「予想通りだ」とだけ言った。
「お前のデッキは光、自然、闇の三色で組まれたコントロールデッキだ。それ故、《パーフェクト・ギャラクシー》を入れない理由がない。だから、いつ来ても対処できるように準備はしてあるんだぜ!」
アンタップ、ドローを済ませた義男はマナをチャージせずに自分のマナゾーンのカードを六枚タップする。そして、一枚の呪文カードをバトルゾーンに出した。
「《超次元バイス・ホール》だ。手札を見せろ。俺はその中から呪文を捨てる」
「《バイス・ホール》やと!?……いや、これだけじゃまだ致命傷にはならんはずや!」
「いや、お前も気付いているだろう?俺がこの呪文で超次元ゾーンから何と何を出すか。判ったらさっさと手札を見せな」
観念したように成田は手札のカードを義男に見せた。義男は手札を見た後、一度、成田のマナゾーンを見る。視線を手札に戻した義男は一枚の呪文カードを指して言った。
「《母なる紋章》を捨ててもらう。手札にニンジャ・ストライクのカードはなしか。これで行ける!」
サングラスの奥の瞳を光らせて、義男は超次元ゾーンから二枚のカードを出す。それらは《時空の戦猫シンカイヤヌス》と《キル》だった。
「《シンカイヤヌス》が場にいる時に、火文明のクリーチャーが出たら《ヤヌスグレンオー》に覚醒する。そして、《ヤヌスグレンオー》に覚醒した時、自分のクリーチャー一体にスピードアタッカーとパワーアタッカー+2000を与える!《キル》をスピードアタッカーにするぜ」
「やるわね、義男」
呟くように言った静貴は、目の前にいる一年二人の視線に気付いた。
「《バイス・ホール》は超次元ゾーンから闇の10コスト以下のサイキック・クリーチャー一体か、6コスト以下になるようにサイキック・クリーチャーを2体まで選んで出す事ができる呪文なの。義男はその効果を使って4コストの《シンカイヤヌス》と2コストの《キル》を出した。そして、《シンカイヤヌス》を覚醒させた。覚醒したサイキック・クリーチャーは召喚酔いがなくなるのよ」
「じゃ、《ヤヌスグレンオー》は召喚酔いじゃないから攻撃できて……」
「スピードアタッカーになった《キル》も攻撃できるって事ですね!」
「ええ、そうよ。《ヤヌスグレンオー》、《キル》、そして《ロマノフ》!義男の攻撃できるクリーチャーはこれで三体になった!充分な数よ!」
「そういう事だ。まず、《キル》で攻撃するぜ!」
義男は出たばかりの《キル》をタップして成田を見た。サングラス越しの挑発的な視線に射抜かれながら彼は《パーフェクト・ギャラクシー》に触れる。
「ブロックするしかないやんか!《パーフェクト・ギャラクシー》でブロックや!」
「これで《キル》は破壊。だが、俺にはまだ殴れるクリーチャーが二体も残っている!《ヤヌスグレンオー》で最後のシールドをブレイク!」
《ヤヌスグレンオー》がタップされる。成田は最後のシールドの中身を見ると、それを手札に加え、《ハッスル・キャッスル》を墓地に置いた。
「シールドはもうない!これで俺の勝ちだ!《ロマノフ》で成田を攻撃!効果で墓地の《デーモン・ハンド》を使い、《パーフェクト・ギャラクシー》を破壊する!」
成田は悔しそうな顔で《パーフェクト・ギャラクシー》を墓地に置いた。
「これで決まりだな」
「まだや!ニンジャ・ストライクで《光牙忍ハヤブサマル》を召喚!効果で《ハヤブサマル》をブロッカーにして《ロマノフ》の攻撃を止めるで!」
「何っ!」
ここまでは予想していなかったのか、義男は驚きの声をもらした。それを見て、成田はいやらしい顔つきで微笑む。
「《バイス・ホール》で手札を見た。その中にニンジャ・ストライクのカードはなかったはずだ!」
「最後のシールドに入っとったんや!何も妨害されずに勝てるとでも思っとったんか!?」
奇跡のようなカードの巡りあわせで成田の首はつながった。彼の語気の熱さから興奮が伝わってくる。
「最後の最後までデュエマは何が起こるか判らない。基本よ、義男!」
「判ってますぜ、デカチョー。そうだ。こんな事くらい、判ってるんだ……」
静貴の声を聞いた義男は、攻撃する前とは逆に今にも消え入りそうな声でそう言った。ブロックし、役目を終えた《ハヤブサマル》が墓地に置かれたのを見ると、ターン終了を宣言する。
「確かに、俺の攻撃は止められた。だがな!《ロマノフ》と《ヤヌスグレンオー》の二体を破壊出来るのか!?次のターン、お前に俺の攻撃が止められるのか!?」
成田の顔が歪む。義男は《バイス・ホール》の効果で成田の手札を見ていた。その中に逆転できるようなカードはない。
「マナをアンタップ。まだや。まだドローが残ってるんや。あのカードを引ければワテは勝てる!」
「悪人に引けるかよ!」
「絶対に引くんや!」
成田の指が山札の上のカードに触れる。その震える手で彼はカードを引いた。念じるように目を閉じたまま、カードを眼前に持ってくる。義男も、ギャラリーも、緊張した顔つきでそれを見ていた。
「は……」
目を開いた成田が発したのは意味をなさない一言だった。その後、彼の口から笑いが漏れる。
「ははははは!愉快や、実に愉快や!ワテにはデュエマの神様がついてるで!学園デカ、石黒義男!お前はワテには勝てん!ワテを逮捕する事などできへんのや!光文明を含む五枚のマナをタップ!《超次元ドラヴィタ・ホール》を使う!」
「このターンで引いたの!?いい引きだわ……」
ピンチで切り札を引き当てる運の良さに、ベテランの静貴も驚きを隠せなかった。義男は口元を手で押さえるようにして成田を見る。サングラス越しの瞳がどんな感情を映しているのか、それは誰にも判らない。
《超次元ドラヴィタ・ホール》は超次元呪文の中では唯一、殿堂入りとなった呪文だ。使用時に効果で墓地からコスト3以下の呪文を一枚手札に戻し、5コスト以下になるように複数のサイキック・クリーチャーを呼ぶか、光文明の7コスト以下のサイキック・クリーチャーを一体呼ぶ事ができる。
「効果で戻すのはあんさんに捨てられた《母なる紋章》や。これの怖さはあんさんも判っていたみたいやな?」
いやらしい顔で口を歪めながら成田は微笑み、マナゾーンにあるタップされた一枚のカードを指先で触れる。
「これを出されたくなかったんやろ?残念やったな。今から出すのがマナゾーンにあるこの切り札や。《ドラヴィタ・ホール》の効果で超次元ゾーンから《時空の不滅ギャラクシー》を出すで!」
成田は一体のサイキック・クリーチャーを呼び出す。そして、間髪入れずに自然文明を含む三枚のカードをタップした。
「《母なる紋章》を唱える!選ぶ文明は光や!効果で《時空の不滅ギャラクシー》を選ぶで!」
《母なる紋章》は選んだ自分のクリーチャーをマナに置く事で効果を発揮する。選んだクリーチャーと同じ文明のクリーチャーをマナから出せるのだ。もちろん、進化クリーチャーも出す事ができる。
「普通のクリーチャーやったら《母なる紋章》の効果でバトルゾーンから離れる。サイキック・クリーチャーやったらバトルゾーンにとどまる事ができず、超次元ゾーンに置かれる。せやけど、《時空の不滅ギャラクシー》は特別なんや!こいつはバトルゾーンを離れる代わりに、覚醒できる!これがワテの覚醒したサイキック・クリーチャー《撃滅の覚醒者キング・オブ・ギャラクシー》や!」
成田が《時空の不滅ギャラクシー》を裏返し、《撃滅の覚醒者キング・オブ・ギャラクシー》にした。覚醒した事で《キング・オブ・ギャラクシー》の召喚酔いは消えた。《キング・オブ・ギャラクシー》のパワーは11500だ。《ロマノフ》を倒す事ができる。
「ヤバいよ!《ロマノフ》を倒せるパワーだぜ!?」
「うん……。だけど、まだ《ヤヌスグレンオー》がいる。《キング・オブ・ギャラクシー》だけじゃ一体しか倒せないよ」
《キング・オブ・ギャラクシー》を見て一と新之助がそれぞれ声を漏らす。それを見た成田は笑った。
「初心者は黙っとるんやな!ワテの《母なる紋章》の効果が残っとるで!これでマナゾーンのカードの枚数以下のクリーチャーをマナから出す!ワテのマナのカードは十枚!コスト10以下の進化クリーチャー、ワテの切り札のこいつの出番や!」
そう言った成田はさっきから指先で触れていたカードをバトルゾーンの《キング・オブ・ギャラクシー》に重ねた。
「進化クリーチャー《悪魔神王バルカディアス》や!」
バトルゾーンに出た輝くカード、《悪魔神王バルカディアス》がその場にいる者達全てを睨む。それを見たギャラリー達の興奮は最高潮に達していた。
「《バルカディアス》だ!」
「あれが逆転の鍵だったんだ!」
「あれじゃ、学園デカはもう終わりだな」
義男の負けを悟ったようなギャラリーの声を聞いて、一と新之助は不安そうな顔で周囲を見た。高コストの進化クリーチャーだが、義男が負けるほど強力だとは思えなかったからだ。
「な、何だよ!一枚、切り札を出しただけでそんなになるものかよ!」
「義男のデッキにとっては天敵みたいな能力を持っているのよ」
観客に向けて言った一の一言に静貴が返す。
《バルカディアス》はバトルゾーンに出た時に自分以外の全てのクリーチャーを破壊する力を持っている。さらに、場にいる間、相手の呪文を封じる力も持っている。
《ロマノフ》で闇の呪文を使う義男のデッキはクリーチャーよりも呪文がメインになっている。《バルカディアス》がいるだけで、デッキの半分近くのカードを無力化できるのだ。
「止められるのか、と聞いたな。これがワテの答えや!あんさんの《ロマノフ》と《ヤヌスグレンオー》を破壊!さらにT・ブレイクで残りのシールドも全て頂きや!」
成田が《バルカディアス》をタップした瞬間、義男は開いた右手を前に突き出した。それを見た成田は怪訝そうな顔で目の前の学園デカを見る。
「なんや?デュエマに待ったはなしやで。それとも降参するんか?」
「どっちも違うな。これで俺の勝ちは決まった」
涼しげな言葉が不敵に笑う口元から飛び出す。その一言で部屋の空気に緊張が張り詰めた。
「何や?何を馬鹿な事を言っとるんや?クリーチャーもない。呪文も使えない。この状況であんさんが勝つ事なんて――」
「俺は《ロマノフ》が破壊された時の効果をまだ使っていない。それを使って……お前を逮捕する」
「馬鹿も休み休み言え!《ロマノフ》に破壊された時の効果なんてないやないか!」
義男の言葉の真意がつかめない成田はカードを握っていない左手で机を叩いた。一も新之助も義男の考えている事が判らずに静貴を見る。
「ええ、確かに《ロマノフ》に破壊された時の効果はないわ。《ロマノフ》にはね……」
意味深な言葉と共に、静貴は穏やかな微笑みを見せる。それと同時に義男が口を開いた。
「《ロマノフ》は三つの種族を持っている。言ってみろよ」
「《ロマノフ》の種族やと?ダークロードやろ?あと、ナイトや。それと……!」
三つ目の種族を口にしようとした瞬間、成田の目が大きく見開かれた。それを見た義男は、口元だけで満足したように笑う。
「それと、ドラゴン・ゾンビだ。俺は《ロマノフ》をバトルゾーンに出した時に効果で山札から闇のカードを墓地に置いた。もしもの時のために俺が置いたのはこいつだ!」
義男が墓地から引きずり出したカードを見て、全てのギャラリーが吠えた。教室は彼らの歓声で震えた。
「《黒神龍グールジェネレイド》だ。こいつは《グールジェネレイド》以外のドラゴンが破壊された時、墓地にあればコストを払わずに出せるドラゴンだ。お前にこれが止められるのか?」
「く……!ニンジャ・ストライクで!」
「前のターンに《バイス・ホール》で手札を見た時にニンジャ・ストライクのカードはなかった。《ハヤブサマル》は最後のシールド。今、引いたのは《ドラヴィタ・ホール》だ。お前の手札にニンジャ・ストライクはない」
義男の言葉が成田を追い詰める。結局、彼は何もできずにターンを終えた。それを見た義男はアンタップとドローを終えて《グールジェネレイド》に右手の指を添えた。
「成田金三郎、偽サインカードの製造、及び販売の容疑で逮捕だ!《グールジェネレイド》でとどめ!」
攻撃が通った瞬間、成田は震える手で手札のカードを机に叩きつける。その顔は怒りで真っ赤になっていた。
「ああ、負けや!デュエマはワテの負けや!せやけど、ワテが偽サインカードを作ったという証拠はどこにもないで!逮捕するって言うんなら、証拠を見せてみんかい!」
何度も机を叩きながら敗者は叫ぶ。ギャラリーはそれを見て往生際が悪いと思ったが、言っている事は間違っていなかったので何も言えなかった。誰も成田が偽サインカードを作ったという客観的な証拠を持っていない。
しばらくして静貴が彼らに近づき、成田の超次元ゾーンにあるカードを一枚手に取った。
「あ、それは……!」
怒りで真っ赤になっていた成田の顔が急に青くなる。それに構わず、静貴はそのカードを見ていた。
「へぇ、あたしのサインカードもあるんだ。ところで、義男。あたしの弱点って何だか覚えてる?」
「デカチョーの弱点はサインがうまく書けない事ですね。今では、色紙くらいの大きさのものには書けるようになった。だが、カードくらいの小さなものにはサインを書けない。サインカードなんか存在するはずがない。」
「その通り。でも、色々な人の前でそれ言っちゃ駄目よ?」
カードを見ながら静貴と義男は教室中に響き渡るような声で話す。静貴のサインカードが存在するはずがないという事実を知って、ギャラリーはざわついた。それを聞いた成田は、突然大声でわめき始める。
「存在しないなんて嘘や!その男がでたらめを言っているだけや!それに、逮捕って言っても逮捕して何をするんや!お前なんかにワテを裁く権利があるんか?」
「確かに、石黒義男にお前を裁く権利はない。それは彼の仕事ではない」
成田のわめき声に答えるように、ギャラリーの中から声がした。そして、その中から一人の少年が出てくる。
頭髪は黒く七三分けにした真面目そうな少年だ。着ている制服は、他の生徒のようにただサイズを合わせただけでなく、彼自身のために仕立てたようにぴったりと彼の体に合っている。スラックスの折り目ははっきりしていて、上着には皺ひとつなかった。そして、銀色のフレームの眼鏡の奥から鋭い瞳が見える。その少年はデュエマをしていた机に近づくと、こう言った。
「風紀委員会委員長の川田正義(かわだまさよし)だ。そこにいる石黒義男に頼んで成田金三郎の偽サインカードに関する調査を頼んでいた。やはり、偽サインカードの製造と販売が行われていたようだな」
「な、何を言うとるんや!」
成田のわめき声を聞いても眉一つ動かさずに川田は言い返す。
「石黒義男が何のためにお前とデュエマをしたのか、判っていなかったようだな。対戦の勝敗は重要ではない。お前に阿部野静貴の偽サインカードを出させればよかった。それを見て阿部野静貴がサインカードが偽物である事を判断する」
そこまで話した川田は静貴を見た。
「多忙かもしれないが、後でもう一度証言してくれるか?」
「もちろんよ」
「感謝する」
「あのデュエマはワテをはめるための罠やったんか!」
成田は近くの机を叩いて悔しそうにする。そして、一と新之助の二人は尊敬のまなざしで義男を見ていた。
「成田金三郎。お前の処分は、我々風紀委員会が決める」
「あんさんらにそんな権利があるんか!」
「あるとも。我々は、時と場合によっては生徒会長を拘束する事も許されている。烈光学園第二の権力、それが風紀委員会だ。自由を重んじるこの学園だからこそ、罪を犯した時の罰則も厳しい。停学か退学か、それは取り調べを受けるお前の態度次第だ」
その言葉と共に、ギャラリーから三人の男子生徒が出てくる。三人とも中学生とは思えないほど背が高く、体つきもがっしりしている。三人は成田とその部下の腕をつかんだ。
「連れて行け」
その一言で三人は成田達を連れて歩き出した。それを見ていた義男は上着のポケットからタバコのようなものを取り出して口にくわえる。
「自由の意味を勘違いした代償は大きいな。だろ、川さん?」
「人前でそれをくわえるのはやめておけ、石黒義男。俺はそれがタバコチョコなのを知っているが、周りに誤解されかねん」
「それもそうだな」
そう言うと、義男はくわえていたタバコチョコをつかみ、名残惜しそうな目でしばらく見た後、上着の中にしまった。
「成田金三郎の件、よくやった。またよろしく頼む」
「こちらこそよろしく」
二人はしばらく視線を合わせる。先に川田が動き、教室から出て行った。それに合わせるようにしてギャラリーも退室していく。
「すごいっすよ、義男先輩!」
「あそこまで考えていて対戦を受けたんですね!」
「まあな。成田の野郎がデカチョーの偽サインカードを出すかどうかは判らなかったし、デカチョーが来るかどうかも判らなかったが、結果オーライだ。事件も解決したし、帰ろうぜ」
義男は満足したような顔で出入り口のドアを見る。そして、その場で固まった。
彼だけではない。一と新之助もそこに立っている人物を見て固まる。
「義男ちゃん、学園デカの仕事、お疲れ様!ミックスジュース作って来たよ!」
「理沙!?まだいたのか!?」
「うん、そうだよ。義男ちゃんが悪い人とデュエマをしているからがんばってもらおうと思ってミックスジュース作ってたの!」
理沙は両手で盆を持っていて、その上にはたくさんの色が混ざってできた黒に近い色の液体が入ったグラスが三つ置かれていた。
「何で、三つも……」
「だって、義男ちゃんと二人の後輩ちゃんの分だよ!」
予想通りの最悪な答えを聞いて三人は顔を見合わせる。
「ここはデカチョーにどうにかしてもらおう。あの、デカチョー!……いねぇ」
彼らが周りを見ると、そこに静貴の姿はなかった。代わりに彼女がいた場所に一枚の紙が置かれていた。
「何々……。『グラビアの仕事があったのを思い出したから帰るわ。PS この紙は自動的に消滅するという事はないので、破って捨ててね!』だと……!?」
「義男ちゃ~ん、後輩ちゃ~ん」
理沙は三人に近づいている。グラスの中の液体から恐ろしい匂いが漂っていた。
一と新之助はすがるような目で義男を見る。そして、二人同時にこう言った。
「義男先輩!さっきみたいにカッコよく解決して下さいよー!!」

第三話 終

次回予告
「義男だ。理沙の世話焼きには困るが、何とか事件は解決したぜ。だが、トラブルはどこからともなく舞い込んでくるもんだな。次回もちょっとしたトラブルに関する話だ。カードショップの大会に出たイチとそれを見守るシン。そこでイチの対戦相手がイカサマをしたのを見ちまった。シン、お前はどうしたいんだ?かくしてイカサマ野郎との対決が始まる!『第四話 イカサマデュエリスト 恐怖の切り札』次回も読まないと逮捕だ!」
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