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『デュエマ族』第四話

『デュエマ族~一と新之助は奇妙な部活に入るようです~』

第四話 イカサマデュエリスト 恐怖の切り札
「一体、何がどうなってるの?」
ある晴れた日曜日。
永瀬新之助(ながせしんのすけ)は数週間前に呟いたのと全く同じセリフを口にしていた。その時と同じように、彼の腕を小さな少年が引いて走っている。学校の中か外かの違いしかない。
ここで、二人の紹介をしておこう。
新之助の腕を引っ張って走っているのは松野一(まつのはじめ)。制服を着ている時も私服の時も赤い野球帽をかぶっている。背は小さく、私服だと小学四年生くらいに見える。走っている姿は散歩中の小型犬のようだ。
引っ張られている少年は、永瀬新之助。一と同じ烈光(れっこう)学園の一年生で同じクラス。彼に連れられて同じデュエマ部に入った。新之助ほどではないが、小柄。見た目だけなら美少女に間違えられてしまいそうな繊細な可愛らしさを持つ少年である。
いくつかの角を曲がり短い信号を無視しながら二人は走る。一に引っ張られる新之助は彼の目的地を知らない。
昨日の夜、一から「明日デッキを持ってC駅の前に集合な。いっぱいデュエマしようぜ!」というメールを受け取った新之助は彼の言うC駅に来た。待ち合わせ場所で行き先を聞こうとしたが、それより早く腕をつかまれてしまったのだ。
「も……もうダメ……かも……!」
運動が苦手な新之助が音を上げそうになった瞬間、一が急に止まった。彼の背中にぶつかりそうになるが、何とか立ち止まり肩で息をした。
「着いたぞ」
何も説明せずに一は近くにある建物に入って行こうとした。
それは街のどこにでもあるようなコンビニくらいの大きさの建物だった。全てが新品で出来ているようなその建物の上を『カードショップ・クロックアップ』と書かれた真新しい黄色の看板が飾っている。
「カード屋さん?」
「言ってなかったっけ?」
息を吐きながら呟いた言葉を聞いて一は立ち止り、振り返る。それを見て新之助は首を横に振った。
「聞いて……ないよ」
「そうか。ここ、今日オープンなんだよ!オープン記念大会とか、レアカードくじとかあるんだぜ!もちろん、大会に出るよな!?俺とお前でワンツーフィニッシュだ!」
「大会!?いや、僕はいいよ!恥ずかしいから!」
新之助は顔の横で両手を振って拒絶する。それを見て、一が首をかしげた。
「何で出ないんだ?変な奴だな。まあいいや。俺が優勝するとこ、見ててくれよな!」
それだけ言って一は肩で風を切るようにしてカードショップに入って行く。新之助もそれについていった。
初めて入るカードショップは綺麗だった。天井も床も壁も真新しく、店内にある什器も新品だった。
ガラスケースの中には高価そうなカードが所狭しと並べられている。ジュエリーショップのショーケースに並べられた宝石にように見えた。レジ近くの壁には拡張パックの見本や、デッキケース、スリーブなどの周辺機器がかけられている。
デュエマ以外のカードもあったが、新之助にはデュエマのカード以外は目に入らなかった。
ショーケースの中も拡張パックも見た事がないカードばかりで、それらを眺めていた新之助は時間が経つのを忘れていた。
「買うつもりはなかったけど、ちょっとくらいなら……」
目の前にあるカードの誘惑に負けた新之助は、拡張パックの見本を一つ手に取った。そして、それの表と裏をよく見て吟味する。本当はショーケースの中にあるレアカードが欲しかったのだが、高くて手が出せなかったのだ。
時間をかけていくつかの見本を手にしてレジに向かうと、レジの脇に『カードショップ・クロックアップ特製パック!』と書かれた棚があるのが目に付いた。そこにはデッキ一つくらいの厚みのカードの束がいくつも並んでいた。たくさんのカードが手に入る事。そして三百円という値段の安さにつられて新之助はそれを手にする。
レジで会計を済ませると、買ったパックと一緒に「レアカードくじだよ。いいカードが当たるといいね」と言って店員が小さな透明のケースに入ったカードを入れてくれた。一にレアカードくじがあると言われていた事を思い出す。どんなカードが入っているのか開けてみようとした時、一が言っていた事を思い出す。
「そうだ。一君、大会に出てるんだった!」
店員に大会をやっている場所を聞き、新之助は奥にある対戦スペースへ向かった。
対戦スペースでは部室にあるような長いテーブルと椅子が置かれていた。大会参加者の多くは、一と同じくらいの身長の小学生だった。一が混じっていても違和感がない。壁にトーナメント表が貼られている。既に決勝戦が始まっていた。参加者の半分近くは決勝を観戦していて、残りの半分は空いているテーブルでデュエマをしていた。
「あ、一君、決勝まで残ってたんだ」
一番奥の席で決勝が行われていた。
一の相手は長袖のシャツを着た少年だ。歳は一や新之助と同じくらいに見える。黒い富士山のようなワイルドな髪型とは対照的に、肌は白かった。
「お前、やるな!やっぱり、決勝戦とかクライマックスはこうじゃないとな!」
一も対戦相手も残りのシールドは一枚。しかし、一のバトルゾーンには三体のクリーチャーが並んでいた。
(あの子、楽しそうじゃないな)
一の対戦相手は無表情だった。追い詰められたからそんな顔をしているのかと思い、新之助は対戦相手を見ていた。
「俺のターンは終わりだ!お前のターンだぞ!」
一にうながされた少年はアンタップをして山札の上のカードに触れる。その時の対戦相手の行動を見て、新之助は思わず声を上げそうになった。
少年は最初のドローをした瞬間、袖に隠していたカードを山札の上に置いた。一も、周りで見ている幼いギャラリーもそれに気付いていない。
その行動の意味が判らず、新之助は固唾をのんで戦況を見守る。
「水含む7マナタップ。《サイバー・T・クラウン》召喚」
対戦相手の行動の真意はすぐに明らかになった。
《サイバー・T・クラウン》は連鎖という能力を持つクリーチャーだ。連鎖を持つクリーチャーが出る時、山札の上のカードを見る。それが出したクリーチャーよりコストが小さいクリーチャーなら場に出す事ができる。
「それがお前の切り札か。だけど、その効果でどんな奴を出しても俺の勝ちだぜ。なんたって、俺には三体もクリーチャーがいるんだからな!」
自信に満ち溢れた声で一が言う。
新之助には判っていた。連鎖で出るのは間違いなく、勝利に直結する能力を持ったクリーチャーだ。
「連鎖で《シルヴェスタ・V・ソード》を出す」
「ゲッ!進化クリーチャーかよ!?」
《サイバー・T・クラウン》に重ねられたのは火と水の進化クリーチャーだった。パワーは一のどのクリーチャーよりも高い。
「でも、一体だ。まだ何とか――」
「《シルヴェスタ・V・ソード》の効果で相手のパワー3000以下のクリーチャーを全て破壊」
「ゲゲッ!俺のクリーチャー全滅!?」
「破壊したクリーチャーの数だけドロー」
「そこまでできるのかよ!」
少年の切り札、《シルヴェスタ・V・ソード》はパワーやシールドブレイク数だけで見ると普通の進化クリーチャーだ。その真価は出た時の効果にある。
淡々とした口調で効果を告げた対戦相手は《シルヴェスタ・V・ソード》をタップした。
「シールドブレイク」
「くそっ!シールド・トリガー……じゃなかったな」
その後、一は《早食王のリンパオ》を召喚するが、最後のシールドをブレイクするのが精一杯だった。
対戦相手の少年の優勝で大会は幕を閉じた。
「やったー!二位の賞品だー!」
表彰式の最中、一は両手で賞品として貰ったパックを掲げて喜んでいた。しかし、優勝した少年は対戦中と同じように無表情だった。
(優勝したのに、嬉しくないのかな?)」
喜びに満ち溢れた表情の一とは対照的に新之助は浮かない顔で表彰式を見ていた。

その翌日、浮かない気分を引きずった新之助は重い何かを腹に抱えたままデュエマ部部室のドアを開けた。一は掃除当番でまだ教室に残っている。
「こんにち――」
「《ボルシャック・メビウス》でとどめよ!」
「ギャー!また負けたー!」
部室に入った新之助の声を遮るように、部員達が対戦する活気ある声が聞こえる。二人の生徒が対戦していて一人がそれを見ていた。
「やれやれ。みっちゃん先輩はこれで五連敗か」
タバコチョコを口にくわえ、大きな黒いレンズのサングラスをかけた男子生徒が言う。
彼は二年の石黒義男(いしぐろよしお)。学園デカを自称していて、よく見回りと言って部室を飛び出す事がある。
「健人(けんと)。まだまだ詰めが甘いわね」
腰に手を当てて対戦相手を見ている美少女は、三年で部長の阿部野静貴(あべのしずき)だ。
絶世の美少女と言うべき美貌の持ち主。その外見の良さを活かしてテレビで女優としても活躍している。
天は二物を与えるもので、美貌だけでなくデュエマの腕も与えられている。部の中では最強だ。
「くっそ~。昼休みにクラスで友達とやった時は全勝だったんだけど……」
デッキを抱えて落ち込んでいる眼鏡の男子生徒は三島(みしま)健人。
静貴と同じ三年生だ。個性が強いメンバーがいるデュエマ部をうまくまとめている部のナンバー2とも言える存在だ。面倒見がよく、一年でデュエマ初心者の一と新之助にデュエマの基礎を教えている。
「どうだ、シン。お前もみっちゃん先輩とやってみるか。今ならスランプだから簡単に倒せると思うぜ」
「やめてくれよ、義男!本当に連敗しそうだ~」
二人の先輩が話すのを、新之助はじっと見ていた。健人がそれに気付く。
「どうしたの?僕の顔に何かついてる?」
「何でもないんです。ただ、すごく楽しそうだな、って思ったんです」
「当然よ!だって、デュエマは楽しいんだもの!ね、健人?」
デッキを片づけた静貴は健人に同意を求める。健人は腕を組んで
「そうだね。……連敗にならなければもっと楽しいけどね」
と、苦い顔で答えた。
「シン、何かあったのか?」
新之助の表情の変化を感じて義男が聞く。少し迷った後、新之助は口を開いた。
「実は……」
カードショップのオープン記念大会に一が出た事。決勝の対戦相手がイカサマをしていた事。対戦中も表彰式の最中もずっと対戦相手の少年がつまらなさそうな顔をしていた事。それらの出来事を一は順序立てて話した。
「イカサマか。気に喰わねぇな」
最初に感想を漏らしたのは義男だった。心の底から不快感を表すように呟く。
「うん、僕もいい気分じゃないな。今度からイカサマを見たら、お店の人を呼んでジャッジしてもらうといいよ」
健人のアドバイスは現実的だった。新之助はそれに気付かなかった事を悔やんだ。
「それもそうだけど、その店ってオープンしたばかりでしょ?ジャッジとかは期待できないんじゃないかしら?」
「う……それはそうかもしれない」
「でしょ?ジャッジはこれから覚えてもらうとして……。それに新之助君が気に入らないのはイカサマなんかじゃない。本当はその子がつまらなさそうにしてたのが気になったんじゃない?」
静貴の言葉を聞いて、新之助は目を見開く。昨日から感じていたやるせない気持ちの正体が判ったからだ。
「そうなんです。デュエマは楽しいものなのに、何で大会に出てまであんなにつまらなさそうな顔をしてるんだろうって……」
「どんな顔してデュエマしててもそいつの勝手だけどな」
「義男!そういう事言うなよ!」
「そいつの勝手だが、そういう奴からは色々な奴が離れて行くもんだ。お前が気にする事じゃねぇよ」
そう言って、義男は新之助の肩を叩いた。だが、新之助はまだ納得できないという表情をしている。
「離れて行ったら、その人はどうなるんですか?」
「誰も対戦してくれなくなるから一人ぼっちになるね」
「デュエマをやめる事になるだろうな。自業自得だ」
「そんなのダメです!」
義男の声を打ち消すように新之助が叫ぶ。驚いた顔で自分を見る三人の視線に気付いて、小さく「あ、ごめんなさい」と謝った後、話を続けた。
「デュエマは楽しいのに、その楽しさに気付かないまま、つまらないまま終わっちゃうなんて絶対にダメです!」
「そうね。じゃ、その子にイカサマもつまらない顔もさせないためにはどうしたらいいと思う?」
静貴に聞かれて新之助はしばらく考える。そして、こう言った。
「来週、同じお店でまた大会があるんです。それに出て説得します」
「イカサマ野郎が出るとは限らないぜ」
「あ……」
義男の言う通りだった。相手はたまたま『クロックアップ』に立ち寄ったのかもしれない。来週の大会にも出てくるとは限らない。
それを見た義男はフォローするように言う。
「そんなに気にすんな。俺が見かけたら、お前の代わりにイカサマもつまらない顔もすんなって説得してやるよ」
「僕も見かけたらそうするよ。ところで、その子はどんな子なの?」
「えっと……山みたいな髪型の人なんです」
「山、みたいな?」
それを聞いた健人が繰り返し、額に皺を寄せて考える。その後「もしかしたら……」と呟いた。
「おーっす!こんちは!」
その時、勢いよくドアを開けて一が入って来た。バッグを空いているテーブルの上に下ろし、デッキを取り出す。
「俺、昨日、カード屋のオープン記念大会で準優勝になったんすよ!すごくないですか?」
と、胸を張って言った。
「準優勝!?すごいじゃないか!」
まず、健人が前に出て一を褒めた。既に新之助から大会の話を聞いていた彼だが、初めて聞いた事のように振舞う。
「今はイカサマの事は忘れて。一君の準優勝を祝いましょ」
困惑する新之助の肩に手を置いて静貴が耳打ちするように言う。
「始めたばかりだっていうのに準優勝か。お前、みっちゃん先輩を超える日も近いな。俺とデカチョーにはまだ及ばないがな」
「ちょっと義男!」
義男も満足そうな顔で一の頭を撫で回す。一は嬉しそうな顔で「そうなんすよ~。俺、才能あるのかも~」と言っていた。
「よし!それじゃ、今日は一君の準優勝デッキ相手に組み手を挑んでみましょうか!」
「面白い。俺の予想が正しければ、負けるのはみっちゃん先輩だな」
「やめろよ、義男!……連敗してるから本当に負けそうな気がするんだよ~」
三人がデッキを取り出したのを見て、新之助も慌ててデッキを取り出す。
「一君、僕も……」
「お、そうだな。昨日の大会、お前も出てたら俺の決勝での相手はお前だったかもしれない。じゃ、ここで次の大会の決勝戦みたいな事やってみようぜ!」
「ええっ!僕は出ないからいいよ!」
その日の部活は、その後も他愛のない話や対戦で盛り上がった。それでも、新之助と彼の話を聞いた三人の心の底にはイカサマをしたプレイヤーの存在が、踏んでしまって靴底に張り付いたガムのようにこびりついていた。

「そうだ。思い出した」
帰りのバスの中で、健人が呟いた。バスはもう動き出し、周囲の景色が緩やかな速度で後ろへと過ぎ去っていく。
「どうした。学校に忘れ物でもしたのか」
「そうじゃないよ。義男、新之助君が言ってたイカサマデュエリストの事、憶えてる?」
「あんな胸糞悪い話をすぐ忘れる訳がねぇ。それがどうかしたのか?」
「多分……僕はそのイカサマをした子の事を知ってる。昔、一緒に遊んだ事がある子だ」
そう言って健人は三年前の事を話し始めた。
当時、小学六年生だった健人は受験勉強の合間を縫ってデュエマをしていた。その時健人が通っていた塾では毎週日曜日にテストがあるのだが、月に一度はテストをサボって大会に行く事もあった。小学生のデュエマ仲間の間ではトップクラスの実力で、中学生を相手にして勝つ事もあった。そんな彼の仲間の一人が生島正也(いくしままさや)。件のイカサマ少年だ。
当時から山のような髪型をした彼はデュエマを初めて半年ほどの経験を持っていた。実力は低く、大会では下から数えた方が早い順位だ。仲間内でビリの実力という事からいつしか、一部の者からは『負け正』と呼ばれるようになっていた。
「正也君も勝ちたいって言ってた。何度も負けて『負け正』って言われるのが悔しかったんだね。だから、僕は正也君が強くなるための手伝いをしたんだ」
健人は親身になって正也にアドバイスをした。健人以外の正也の友人も彼のために力を貸した。それでも正也は強くならなかった。
彼は口癖のように「負けるデュエマはつまらない。勝ちたい、勝たなきゃ楽しくなれない」と言うようになっていた。
「それからしばらくしての事だったと思う。正也君が急に強くなったんだ」
「努力が実を結んだんじゃねぇのか?」
「そうだったら、僕も嬉しかったんだけどね」
健人は苦い顔をして過去の話を続けた。
正也は頭角を現したかのように強くなっていった。その実力は健人とほぼ互角だったと言ってもいい。彼を『負け正』と呼んでからかう者はいなくなり、同級生も上級生も、誰もが彼を尊敬と羨望の眼差しで見ていた。
勝利という栄光と、周囲の憧れを手に入れた正也だったが、対戦時の彼はつまらなさそうな顔をしていた。
「その時は、僕は受験勉強で忙しかったからあまりデュエマをしてなかった。だから、正也君の強さの秘密が判らなかったんだ。受験が終わって卒業する少し前だったかな。彼がイカサマをしているのを見たんだ」
正也が急に強くなったのはイカサマに手を出していたからだった。カードをドローする時には二枚のカードを重ねて引き、相手の目を盗んでマナにカードを置いた。偶然ではない。健人はその光景を何度も見ていた。
デュエマを愛している健人はこの事について悩んだ。悩んだ末、正也を傷つけないで諭す方法を選択した。彼を呼び出し、イカサマを糾弾してやめさせる事にしたのだ。
「周りには誰もいないところで、二人だけで話をしたんだ。イカサマなんかして楽しいのかいって聞いた」
「そしたら?」
健人は残念そうに首を振った。その顔には後悔の念が見える。
「僕の言った事は聞いてもらえなかったよ。負けるよりもイカサマをして勝った方が楽しい。負け正なんて呼ばれるよりはマシだって言われちゃった。最後には喧嘩別れみたいになっちゃったんだ……」
「卒業してから、そいつには会ってないのか?」
義男の問いに、健人はもう一度首を横に振った。
「中学生になってデュエマ部に入ってからは一度も会ってないよ。他の子とは対戦する事もあったけれど、正也君はデュエマをやめちゃったってみんな言ってた」
「そうか……」
耐えがたく、重い沈黙が流れる。しばらくして義男がこう言った。
「生島正也。調べてみる必要がありそうだな」
「え、調べるって……」
「言葉通りの意味だ。みっちゃん先輩が卒業してから今まで、どこでどんなデュエマをしてきたのか調べる」
「義男は学園デカだろう?学校の外の事まで判るの!?」
「学園デカを舐めちゃいけねぇ」
そう言った義男は自信にあふれた顔で指を振る。その表情が、行動が、彼の余裕を現していた。
それを見て健人も安心する。義男はふざけたところがある人間だが、できない事をやるとは言わない少年だ。健人には想像もできないが、調べる方法があるのだろう。
「義男!頼んだよ!」
「ああ、任された。報酬は……そうだな。ハムカツ一週間分で手を打とう」
「えっ!?お金取るの!?」
「当たり前だ。俺はタダで仕事はしない主義だ」
健人は悩みながら財布の中身を見る。そして、溜息を吐いて義男に聞いた。
「義男……。ハムカツ三日分じゃ駄目かな?」
健人の情けない声が後部座席に響いた。

新之助がイカサマを目撃してから数日が経った。彼の中ではまだもやもやした気持ちが残っている。掃除当番の一を置いて今日も一人で部室の扉を開けた。
「こんにち……うわぁっ!?」
部室に入った新之助は、中の光景を見て思わず声を挙げた。
部室の中央の椅子に一人の部外者が座っていた。一の前でイカサマを行った生島正也だ。特徴的な山のような髪型を、たった数日で忘れるはずがない。
部外者がいるだけなら新之助も驚かない。問題なのは彼が椅子に縛られ、口をガムテープでふさがれているという事だ。新之助が入って来た事に気付いたのか、視線で助けを求めてきた。
周りを見ると腕を組んだ静貴、穏やかな顔の一ノ瀬、そして不安そうな顔の健人がいた。
新之助が部室に入って来たのに気付いた健人は開口一番「僕だけは反対したんだよ!」と弁明するように言った。
「あの……一体、どうしたんですか?」
「こんにちは、新之助君。彼に楽しいデュエマを知ってもらうためにご招待しました」
にこやかな顔で一ノ瀬が説明する。しかし、これは新之助が知っている招待とは違うものだった。誘拐や拉致という言葉の方が似合っている。
「生島正也君だっけ?ごめんね~、あたしのマネージャーが君を荒っぽいやり方で招待して」
静貴は謝りながら正也の口のガムテープをはがす。口調やうるんだ瞳、上目遣いの表情など、普通の十代の少年なら心奪われてしまいそうな表情だった。ただし、縛られていなければ、の話だが。
「い、一体、何なんですか!」
正也は怯え、震えながら静貴を見て裏返った声で叫ぶ。
「うちの部のあの子とデュエマして欲しいの」
そう言って、静貴が指したのは新之助だった。
「え?僕ですか?」
「そうよ。この前の大会で負けた一君の仇打ち。頑張ってね!」
そう言うと、静貴は正也を拘束していたロープを素手で引きちぎり、正也を立たせた。登山用の丈夫なロープが目の前で引きちぎられたのを見て、正也は唖然としながら用意されていた席につく。
新之助は向かいの椅子に座った。
「はい、これ。君のデッキだよね。悪いけど、鞄の中から出させてもらったよ」
健人がテーブルの上に正也のデッキケースを置く。健人と正也の目があった。
「正也君。君と会うのは久しぶりだね。あの時も言ったけれど、同じ事をもう一度言わせてもらう。イカサマなんかしてやるデュエマは楽しいかい?」
正也は自分のデッキを奪うようにして取ると枚数を確認した。健人と目を合わせずにこう返す。
「あの時と同じ事をもう一度言わないと判らないんですか?負けるようなデュエマはつまらないですよ。勝つ方が何十倍も楽しいに決まってる……」
「だからって……!」
「はい、そこまでよー」
エキサイトしていた健人の肩を静貴がつかむ。彼女は笑顔で正也を見た。
「生島正也君、だっけ。イカサマをしてもいいけれど、それなりのリスクがあるって事は判ってね。今からやるデュエマでイカサマをしたら大変な事になるからね」
正也は何も言わずにシャッフルを始める。新之助も戸惑いながらデッキを取り出してシャッフルを始めた。
(手品師とかカジノのディーラーとかはこういうところでイカサマの仕込みをするんだよね)
正也のシャッフルにおかしなところはない。しかし、新之助はそれを注意深く見ていた。
デッキを交換してカットを終えた後はシールドの設置だ。山札の上、五枚を取ってシールドとして並べた瞬間、正也が奇妙な声を出して立ち上がった。泣きそうな顔で周囲を見た後、右手で自分の尻を撫でた。
「な、何をしたんですか!?」
恐怖と怒りが混ざったような声で正也は静貴に抗議する。彼女の手には白いリモコンのようなものが握られていた。
「何って、電流を流したのよ。バラエティでよくあるでしょ。アレ」
「電流!?」
新之助と正也の声が重なった。そして、怯えるような声で健人が抗議し始める。
「電流なんか駄目だよ、静貴!何かしてたと思ったらそんな事してたの!?もし、この電流のせいで正也君の体に後遺症が残ったらどうするのさ!」
「心配ご無用です、健人君。今回の罠は全て私が設置しました。弱いものですから、流れたら少し痛いと感じる程度のものです。人体に害はありません」
慌てる健人を落ち着かせるように一ノ瀬が穏やかな口調で言った。
「まあ……一ノ瀬さんがそう言うんだったら大丈夫みたいですね」
「何を言っているんですか!何で、電流が流れるんですか!デュエマをするのを妨害しないで下さい!」
次に抗議したのは正也だった。電流に害がないと判った途端、恐怖が消えて怒りだけが表に出て来た。それを見た静貴は涼しい顔で答える。
「何でって……。言わなかったかしら。イカサマをしたらそれなりのリスクがあるって。君がイカサマをすると、椅子には電流が流れるのです!」
「ええっ!」
正也と新之助が同時に驚く。注意深く見ていたはずなのに、新之助は正也がイカサマをした事に全く気付かなかった。
正也が驚いたのはイカサマを見抜かれた事だった。イカサマの中でも、シールドへの仕込みには絶対の自信があった。上級者でも大人でも彼のシールド・トリガーの仕込みを見抜いた者はいない。過去に正也のイカサマを見抜いた健人だってこれだけは見抜けなかった。静貴だけは唯一の例外となった。
「電流に耐えればイカサマをしても大丈夫だと思ってる?そうじゃないわよ。上を見なさい」
新之助と正也は天井を見る。二人の頭上では、大きな金色のタライが一つずつ揺れていた。
「何度もイカサマをしたらあのタライが落ちてくるわ。ちなみに、このタライの発案者はあたしよ」
「ドリフかよ!つーか、何で新之助君の頭上にもタライがあるんだよ!新之助君がイカサマなんかするはずないでしょ!」
「それはあたしも判っているわ。でも、片方だけ電気椅子とかタライを仕掛けるのは不公平じゃない。だから、新之助君の椅子にも電流が流れるようにしてあるし、タライも仕掛けてあるの。イカサマをしたらこのスイッチで遠慮なく電流流しちゃうから気をつけるんだぞ!」
教育番組のお姉さんのような口調で説明した静貴は可愛らしく二人に微笑む。二人はまだ座ろうかどうしようか迷っているようだった。
「イカサマをしないでちゃんとデュエマをして勝った子には賞品としてレアカードをプレゼントするわ。一ノ瀬君、用意してあるわよね?」
「ええ、もちろんです」
一ノ瀬は近くに置いてあったアタッシュケースを取ると、開いて中身を見せた。その中には何枚ものレアカードが入っていた。新之助がカードショップのウインドウで見た物と同じだ。高くて手が出せなかったカードが目の前にある。
正也にとってもそれは魅力的だったらしく、彼もカードから目が離せずにいた。
「最初からレアカードが賞品だって事を言ってくれればいいんですよ」
愚痴るように言った後、正也は着席した。デッキを切り直して、新之助に渡す。着席した新之助はそのデッキをカットして正也に返した。正也が二度目のシールドの設置とドローを終えた時、デュエマが始まった。正也の先攻だ。
当然、1ターン目からカードが出せる訳もなく、正也はマナに《アクア・スーパーエメラル》をチャージしてターンを終えた。
「そのカード、君が初めてデッキを作っていた時に入っていたカードだね」
健人はマナに置かれたカードを見て正也に行った。彼は何も答えない。
「僕は《超絶神ゼン》をマナに置いてターンエンドです」
新之助は正也の戦いを一部しか見ていない。彼が使うデッキの動きも知らなかった。
だから、相手に合わせた動きではなく、自分の切り札を早く出す戦い方を優先した。自然を含んだ《超絶神ゼン》をマナゾーンにチャージしたのも、次のターンに《フェアリー・ライフ》を使うためだ。マナに置かれた《ゼン》を出す方法はあるので、置いていても問題はない。
アンタップとドローを終えた正也は火のカードをマナに置いた。そして、水と火のマナを使い、《熱湯グレンニャー》を召喚する。
「《グレンニャー》でドロー。ターンエンド」
「速い……!」
それはかつて戦った長作や一とも違う速攻だった。二人の速攻はクリーチャーを並べるスピードが速い代わりに手札も消費しやすいという弱点があった。だが、正也はクリーチャーを出しつつ手札も増やしている。弱点が見当たらない、と新之助は思った。
「僕は《フェアリー・ライフ》をチャージして《光陣の使徒ムルムル》を召喚します。ターンエンドです」
相手の戦い方が速攻なら躊躇している事案はない。このターンで使おうと思っていた《フェアリー・ライフ》を諦めてチャージ。そして、ブロッカーの召喚を優先した。
それを見た正也は眉一つ動かさずにマナのアンタップとドローを終える。
「《タイガーグレンオー》をマナにチャージ。《ソンクン》を召喚して《グレンニャー》を手札に」
「えっ?クリーチャーを戻した!?」
「新之助君、マーシャル・タッチだ!火文明の一部のクリーチャーが持つ特殊能力で、場に出た時に発動する!出したクリーチャー以外のクリーチャーを一体手札に戻せば効果が使えるんだ!」
「えっ……。それじゃ……!」
正也の戦略が速攻だという新之助の推理は外れていた。そのショックから体勢を立て直すよりも先に正也のカードが牙をむく。
「《ソンクン》のマーシャル・タッチで《ムルムル》破壊。ターンエンド」
「軽いクリーチャーなのに、そんな事まで……!」
《ソンクン》は3コストのクリーチャーだ。だが、マーシャル・タッチを使えばどんな巨大ブロッカーでも一撃で破壊できる。新之助はその性能の高さを見て、再びショックを受けた。
「へぇ……、イカサマしなくても充分強いじゃない」
手の中でスイッチをいじりながら静貴が感心したように呟く。その目はイカサマの常連を見る軽蔑した目ではなく、自分と同じようにデュエマを楽しむ者を見る目だった。
「《エナジー・ライト》をマナにチャージして、《エナジー・ライト》を使います。二枚ドロー。G・ゼロで《ブラッディ・シャドウ》二体を召喚!ターンエンドです」
自分のターンが来てから新之助が考えた末、出した結論がこれだった。
正也のブロッカー破壊は手強いが、一体しか破壊できない。ならば、複数のブロッカーで守ればいい。
ブロッカー破壊を避けるためにブロッカーを出さないという方法もあった。それもいいが、既にバトルゾーンにある正也のクリーチャーに攻め込まれる危険性もある。
攻撃を防ぎ切って《ゼン》と《アク》さえ出せれば勝機はある。それまで耐えなくてはならない。
(大丈夫。手札には《アク》がある。正也君のデッキに闇は入っていないから、手札が捨てられる事はないはず!)
ブロッカーが並んでも正也は表情を変えない。マナに《ソンクン》をチャージしたのを見て、新之助は正也がブロッカー破壊を諦めたのだと思った。
現実は非常である。
「水と火含む4マナタップして《レッド・スコーピオン》召喚。能力で《ブラッディ・シャドウ》と墓地の《エナジー・ライト》、《ムルムル》を山札の下に置いてターンエンド」
「また、ブロッカー破壊だ。しかも、何も戻さずに……!」
《機動電影レッド・スコーピオン》。場に出るだけで、相手のブロッカー一体と墓地のカード二枚を相手の山札の下に移動させる能力を持っている。
新之助にとって驚く点は二つあった。
一つは、《ソンクン》からコストが1増えて多色になっただけで何のリスクも負わずにブロッカーを破壊できるようになった事。もう一つは、ブロッカーだけでなく墓地のカードも移動されてしまった事だ。次のターンで《デ・バウラ伯》を召喚し、《エナジー・ライト》を回収しようと覆っていたのでこれは痛い。
「《デーモン・ハンド》をチャージします。……《ムルムル》を召喚してターンエンドです」
それでもめげずに新之助はブロッカーを召喚する。手札は残り少なくなっていた。それを嘲笑うかのように正也は二体目の《ソンクン》を召喚する。
「《ソンクン》のマーシャル・タッチで《レッド・スコーピオン》を手札に。効果で《ブラッディ・シャドウ》を破壊。《レッド・スコーピオン》が離れたから、《ムルムル》と墓地の《ブラッディ・シャドウ》を山札の下に」
「離れた時も……、同じ事を……!」
バトルゾーンに出る時も離れた時も同じ能力を使えるクリーチャーを見るのは初めてだった。出る時も離れる時も使える能力があるという事は、マーシャル・タッチとの相性も最高だという事だ。
「《ソンクン》でシールドブレイク」
正也の指が新之助の真ん中のシールドを指す。ついに彼の攻撃が届いてしまった。新之助は泣きそうな顔でそのシールドを見る。
「これでターンエ――」
「いや、シールド・トリガー!《デーモン・ハンド》!タップされていない《ソンクン》を墓地へ!」
突然の事に正也は驚いて動きが止まった。《ソンクン》が一体破壊されるのは正也にとって恐ろしい事ではない。これがなくても手札にある他のマーシャル・タッチのクリーチャーで能力を使い回せるからだ。
彼が驚いたのは、追い詰めたと思っていた新之助の顔に闘志が戻ったからだ。数秒前までの泣きそうな顔は消えていて、自分のデッキで勝つ事を信じる顔に変わっていた。
「た、たかが《ソンクン》一体です。ターンエンド!」
絞り出すような声でターンを終えた正也は息を吐きながら新之助の動きを見ていた。彼はしばらく手札を見て考えていた。三十秒ほど考えた後、《エナジー・ライト》で手札を増やしただけでターンを終える。ただ、それだけの行為なのに正也には、とても恐ろしい事が起こる前触れのように見えた。
「まだ勝ってる。勝ってるんだ……!」
自分に言い聞かせるように呟きながら、正也はカードを引いた。

部室の裏口から新之助と正也の見つめる二つの人影があった。一と義男だ。真剣な表情だった。
「本当にあいつがイカサマをしてたんすか?」
室内から目を逸らさずに一が聞く。
部屋の中では、正也がシールド入れ替えのペナルティとして椅子に電流を流されているところだった。
「そうだ。この前の大会だけじゃねぇ。色々な非公認大会やフリーデュエルでイカサマをしていた。公式の大会でやらないのはジャッジの目が厳しいからだな。それに、公式でイカサマをやっているのがバレたら一発で失格。それ以降の大会は無期限出場停止になる」
調査結果の一部を話した義男は、一の反応を見る。彼の顔には変化が現れる事はなく、無表情だった。
「どうして、イカサマなんかするんだよ……」
独り言のように一が呟いた。
誰に対して問いかけたのかは判らない。自問自答なのかもしれない。
義男は調査結果の続きを話す。
「負けるのが嫌だったんだろうな。誰だって負けるのは嫌だが、奴は他の奴とは比べられないくらい負ける事を嫌っていた。そうなるのも理由がある。あいつはデュエマを始めた事からずっと負け続けていたみたいだ」
義男は正也の小学生時代の同級生から聞いた話を思い出していた。話の大筋は健人から聞いた話と同じだった。正也はある時期までずっと負け続けた。一部の優しい者は負け続ける正也に同情して知恵やカードを貸した。
だが、彼を『負け正』とからかう者もいた。正也がからかわれ始めてひと月ほど経ったある日、彼は別人のように強くなった。必ず勝つとまではいかないが、彼を『負け正』と呼んで馬鹿にした者には一度も負ける事がなかった。
「奴がイカサマをやっている事に気付く奴もいたよ。それを注意する奴だっていた。だが、注意された生島正也は謝る事も悪びれる事もなく怒鳴ったらしいぜ。僕が勝てなくなってもいいのか、って。それは普段の奴からは想像もできないほどの殺気だった表情だって聞いた」
それは健人が受験勉強のためにデュエマから離れている時期に起こった事だった。イカサマを注意された正也は仲間から離れていった。彼のデュエマ仲間も彼から離れていった。虚構の勝利の代償は大きい。
「デュエマは負けたって楽しい。だが、ずっと負け続けていたらどうなのか判らねぇ。負けた時の悔しさが溜まり続けたらどうなるか、俺には想像する事しかできねぇ」
義男はそう言って一の肩に手を置いた。
「今、シンが奴に本当のデュエマを教えている。その後はお前のやりたいようにしろ」
「判りましたよ」
一は義男の顔を見る事なくそう言った。

正也は怯えるようにプレイしていた。新之助がシールド・トリガーのデーモン・ハンドを使ってから、ずっと怯え続けている。仕込みもせずにシールド・トリガーを出したという事実に恐怖を隠せなかった。正々堂々という戦い方に心が負けてしまっていた。
序盤の数ターンで作り上げたリードという貯金を崩すように正也の優位性は崩壊していた。彼のプレイは目茶苦茶になっていた。
「水と闇を含む7マナをタップして《究極神アク》を召喚!」
新之助は切り札の一つ、《究極神アク》を召喚する。
シールドは二枚、クリーチャー一体と危機的な状況に変わりはないが、彼は自分の勝利と自分の戦い方を信じていた。
正也は震える手でマナゾーンのカードをタップする。シールドは無傷の五枚でバトルゾーンには攻撃できる《グレンニャー》がいる。だが、その守りも砂上の楼閣のように脆弱だった。
「《サイバー・T・クラウン》を召喚。連鎖で……あっ!」
山札の上を見た正也は思わず声を上げた。そこにあったのは彼のデッキで唯一の呪文カード《スパイラル・ゲート》だった。諦めた正也はそれを山札の上に置き、《グレンニャー》に指を添える。
「グ、《グレンニャー》でシールドを攻撃!」
正也が指定したシールドはシールド・トリガーではなかった。だが、そのシールドを見て新之助は小さく「よしっ!と呟く。ターンが回って来た時、彼はすぐに行動を開始した。
「《パラ・オーレシス》をマナにチャージ。闇と自然含む6マナをタップして《大地と永遠の神門》!効果でマナの《超絶神ゼン》をバトルゾーンに!」
呪文の効果で二枚の切り札が場に揃った。リンクした《ゼンアク》が動き出す。
「《ゼンアク》で《グレンニャー》を攻撃!攻撃時の能力で《T・クラウン》を破壊!」
《ゼンアク》の最初の攻撃で正也の場は壊滅した。
正也は自分の判断ミスを呪った。《グレンニャー》で攻撃しなければ、《大地と永遠の神門》で《ゼン》を出される事はなかった。殴り返しで二体のクリーチャーを失う事もなかった。
イカサマに守られている時ならば、絶対にしないミスだ。
「僕は《ゼンアク》をアンタップしてターンエンドだよ」
リンクした《ゼンアク》は工房一体のクリーチャーだ。簡単には倒せない。
「《スパイラル・ゲート》で《ゼンアク》を手札に……!」
今の正也にはそれしかできなかった。クリーチャーを出しても破壊されてしまう。
新之助は《ゼン》を戻した。ブロッカー破壊を恐れたからだ。追撃に備えるために身がまえたが、正也はそれだけでターンを終了してしまった。
「光と自然を入れた7マナをタップして《ゼン》召喚!ゴッドリンクしてシールドを攻撃!」
相手のバトルゾーンにクリーチャーがいないのならば、やる事は一つだった。《ゼン》を再召喚して攻撃する。《ゼンアク》の攻撃で正也のシールドが一度に四枚吹き飛ぶ。その中にシールド・トリガーはなかった。
「これで僕と君のシールドの数は同じだ!《ゼンアク》をアンタップしてターンエンド!」
正也の握りしめた拳に爪が食い込む。もし、最初に行ったシールドの仕込みが気付かれていなければ、ここで逆転できた。
イカサマを使わないと勝つ事ができない。その現実が自分の胸にのしかかる。怯えた顔の正也はアンタップをしてカードを引いた。ここから、どうやって戦えばいいか判らない。
「た、ターンエンド……」
正也は震える声でそう言うと、振り向いた。訴えかけるような目で背後にいた健人を見る。
「もういいでしょう?イカサマをした事が気に食わないからこんな事をしたんですか?罰なら充分受けました!負けるのがみじめだっていうのも思い出しましたよ!こんな事して楽しいんですか!?」
「まだ終わっていないよ。どちらかが勝って、どちらかが負けるその時までデュエマは続くんだ」
「まだ続けろって言うんですか?あなたは残酷だ!全然負けた事がないからそんな事が言えるんですよ!」
「正也君、僕は君が思っているほど強くはないよ。勝ちまくっているわけじゃない。君よりも負けた数は多いだろうね」
「えっ……」
健人の発した言葉を聞いた正也は絶句するしかなかった。健人は自分とは違い、連敗など知らないデュエリストだと思っていたからだ。
「嘘を言わないで下さいよ。健人さんは、僕達の仲間の中では最強だったじゃないですか。それなのに、僕よりも負けた数が多いなんて……」
「嘘じゃないよ。戦った数が多いから勝った数も負けた数も多い。連敗する事だってある。負けた数が多いから、失敗を学んで勝ち方を覚えるんだ」
「負けた数が多いから、勝てるようになるんですか?」
「そうだよ。負けてもいいんだ。負けを受け止めて勝てるようにがんばればいい」
健人とのやり取りを終えて正也は対戦に戻る。
長い寄り道をしてきたが、彼も本当のデュエマをやる覚悟ができた。これが彼の負けを受け止めるための最初の戦いだ。
新之助は正也がターン終了を宣言してから自分のカードに手を触れていなかった。彼が自分を見たのを確認してから行動を開始する。
「アンタップ、ドロー。《ゼン》を召喚してゴッドリンク。そして《ムルムル》を召喚!《ゼンアク》で最後のシールドを攻撃!」
正也は残されたシールドを触れる。その手には震えも怯えもない。初めてデュエマをやった時のような新鮮な喜びがあった。
「僕はこれでターンを――」
「シールド・トリガー」
正也が静かに宣言する。ターン終了を告げようとした新之助を急襲するように、一枚のクリーチャーが場に出た。
「《アクア・サーファー》を召喚します。《ゼンアク》を指定」
「うっ……!」
このまま勝てると思っていた新之助は思わぬ攻撃に言葉を失う。一瞬、迷ったがセオリー通り《ゼン》を手札に戻した。
彼がターンを終えたのを見て、正也はカードを引いた。それを見た時、彼は目を見開いた。彼の手元に来たカードは《サイバー・T・クラウン》だった。これを使えば連鎖でクリーチャーを出して勝てるかもしれない。
「あ……」
そう考えた正也は新之助の場を見て自分の考えが甘かったと考える。一枚のシールドと《ムルムル》が正也の攻撃を阻んでいたからだ。《ムルムル》を除去、あるいはブロックをスルーできたとしても、シールドが待っている。攻撃できるのは《アクア・サーファー》のみ。これでは勝つ事はできない。
そう思った時、健人が正也の肩に手を置いた。彼は微笑んでいる。
「大丈夫。デッキを信じてみようよ。勝つためにやれる事を全部やって戦う。これが上手に負けるためにやるべき事だよ」
健人に後押しされた正也はマナのカードをタップした。駄目で元々だ。試す価値はある。
「水含む7マナをタップ。《サイバー・T・クラウン》を召喚。連鎖で……ああっ!」
正也の声と共に、そこにいた者達がめくられたカードを覗きこんだ。それは進化クリーチャーの《シルヴェスタ・V・ソード》だった。
「僕は……、僕はもうイカサマしてないですよ。これは本当に偶然出たんです……!」
「判ってる。僕らが証人さ」
正也が興奮しながら話し、健人がそれに頷く。《シルヴェスタ・V・ソード》のカードが《サイバー・T・クラウン》に重なる。
「召喚時の効果で相手のパワー3000以下のクリーチャーを破壊し、破壊したクリーチャーの数だけドロー」
「そんな!《ムルムル》が!」
新之助の守りの要が消えてしまった。最後の頼みの綱は残された一枚のシールドだけだ。
正也はそのシールドに狙いを定め、《アクア・サーファー》の上に指を置く。
「《アクア・サーファー》で最後のシールドを攻撃します!」
新之助は祈るような気持ちで最後のシールドを見た。それは、シールド・トリガーではなかった。がっかりしたように彼が溜息を吐くと、本当の勝利を知った正也が笑顔で宣言した。
「《シルヴェスタ・V・ソード》で……とどめ!」
正也が勝った。それは、イカサマをせずに正々堂々と戦った初めての勝利だった。
「すげぇじゃないか!」
突如、裏口が開いて小柄な人影が部室に入り込む。それは一だった。正也の前まで走り寄ると、彼の右手を強引につかむ。
「すごい逆転だったな!お前、やっぱり強いんじゃないか!」
「あ、あの……!」
正也は、自分の手をつかんで振り回しているのが、この前、イカサマをやって負かした相手だったのを思い出して立ち上がる。そして、彼に向かって頭を下げた。
「この前はごめんなさい!僕はもう二度とイカサマなんかやりません!」
彼なりの誠意をこめた謝罪だった。その気持ちが伝わり、一は正也の肩を軽く叩いてこう言った。
「気にすんなよ。それより、お前も来週、あそこの大会行く?今度は負けないからな!決勝で勝負だ!新之助ももちろん出るよな!」
正也に笑顔を見せた一は、新之助にも話をする。突如、話を振られた新之助は自分の顔の前で両手を振って言う。
「いや、僕はいいよ!恥ずかしいから!」
「遠慮すんなって!俺達で一位から三位を独占してやろうぜ!」
イカサマをして自分から勝利を奪った相手にも友人のように接する。そんな一を見ながら、静貴達が笑った。
「タライの出番がなくてよかったわね。あの子、連れて来られた時からは想像もできないほどいい顔してるわ」
「拉致されたら誰だっていい顔はしないよ!でも、良かった。これからは、正也君もちゃんとしたデュエマができるよね」
「全くだ。いいもの見させてもらったぜ」
義男も部室の中に入ってくる。タバコチョコをくわえたまま、一達三人を見ていた。

その週の日曜日。
約束通り、一と新之助と正也の三人は『クロックアップ』に集まっていた。一と正也は大会に参加したが、新之助だけは大勢の前でデュエマをするのが苦手なので参加しなかった。
大会は既に決勝戦。前回と同じように一と正也の対戦となった。
「お、始まってるみたいだね」
観戦している新之助の横に健人がやってきた。彼も正也の様子が気になって見に来たのだ。
「正也君、どうだった?もうイカサマはしてないよね?」
「大丈夫ですよ。正々堂々、立派に戦って決勝まで勝ち進みました。それだけじゃないんですよ。見て下さい」
正也は楽しそうに笑っていた。イカサマを覚えてからの無表情な彼とは明らかに違う。イカサマという呪いから解放されたのだ。
「楽しんでいるんだね。よかった」
それは健人が望む最良の結果だった。
一と正也の周りには、大会参加者が集まって二人を応援していた。白熱した試合がギャラリーを虜にしている。
「《シルヴェスタ・V・ソード》に進化!クリーチャーを蹴散らしてシールドを攻撃!」
「シールド・トリガーは……、なしか。だけど、《ゴンタ》が残ってる!《リンパオ》を召喚して《リンパオ》で最後のシールドを攻撃!《ゴンタ》でとどめだ!」
決勝戦は一が制した。正也は負けてしまったが、満足した笑みを浮かべていた。
「いい戦いをさせてもらったよ。ありがとう!」
「俺も楽しかったよ!ありがとう!」
二人が右手を差し出して握手する。理想的な光景を見て健人はほっとしていた。
「心配はいらなかったみたいだな」
健人に続いて義男もやってきた。今はタバコチョコを口にくわえていない。
「義男も心配して見に来てくれたの?」
「ああ、アフターケアは大事だからな。それと……」
義男は健人を見て右手を差し出す。犬に「お手」をさせる時のように掌を上に向けていた。
「調査代金を貰うのを忘れていた。ハムカツ三日分、今すぐおごってもらうぞ」
「えっと……、正也君の再出発記念って事でタダにならないかな?」
「駄目だ。デュエマ部の仲間だから一週間分を割引して三日分にしてやったんだ。ケチる男は大きくなれないぜ」
義男のサングラスのレンズが怪しく光った。それを見た健人は義男に背を向けて逃げ出す。
「待ちやがれ!」
「勘弁してくれよ~!」
カードショップに、大会を楽しんだ者達の笑い声と健人の情けない声が響いた。

第四話 終

次回予告
「みんな!こんにちは!阿部野静貴です!デュエマを楽しんでくれる人が増えて本当に嬉しいわ!みんなもデュエマをする時は正々堂々やるんだぞ!さて、次回は……デュエマ部の前に現れる様々な刺客。彼らはデュエマ部のメンバーを倒せば自分達が代わりにデュエマ部のメンバーになれるという噂を聞きつけてやってきた生徒達だった。そんな生徒達に混じって初心者の少年が現れた。一君を指名して対戦する彼の目的とは何か!?かくして謎の美少年の作戦が始まる!次回『第五話 謎の美少年』!次回も読みなさいよ!」
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