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『デュエマ族』 第五話

『デュエマ族~一と新之助は奇妙な部活に入るようです~』

第五話 謎の美少年

入学してからひと月近い時間が過ぎたが、ここに来るのは何度目だろうか。
顔立ちがはっきりしたその美少年はそんな事を考えながら目の前のドアを見る。他の教室のドアとは違う茶色い重厚な造りの扉には、『生徒会室』と黒い文字で書かれた白いプレートが貼られていた。
少年は生徒会の役員ではない。この学校では素行の悪い生徒を更生させるのは生徒会と風紀委員会の役割だが、彼は問題を起こした事はなかった。
少年がドアをノックすると「入りなさい」という凛とした声が返って来た。少年がドアを開けて中に入ると交響曲のメロディが彼を歓迎するかのように室内に流れた。
「これは……、ブラームス交響曲の八番ですか。珍しいものを聴いてますね」
少年は曲名を思い出しながら窓側のデスクに深く腰掛ける少女に行った。
「ところで、準備はもうできているのかしら?」
その少女、生徒会長神足綾音は少年の言葉に答えない。少年もそれに慣れているのか「ええ」と静かに返事をして報告する。
「彼らの行動の解析は終わりました。一人、調子に乗っていて倒しやすそうな奴がいます。明日、デュエマ部に乗りこんで行動を開始しますよ」
そう言うと少年は不敵な表情で微笑んで見せる。その手にはデッキケースが握られていた。綾音は少年を見つめると、こう返す。
「ご武運を祈ってあげますわ。でも、あなたも初心者なのだから、気をつけなさい」
「気をつける?僕が?何故です?」
綾音の忠告をくだらない事でもあるように少年は鼻で笑ったような声を出す。その態度を見て綾音は、むっとしたように眉をひそめた。
「大丈夫ですよ。デュエマは初心者だけど、負けません。なんたって、僕は『ゲームの達人』ですから」

「《ヘブンズ・ゲート》で《パーフェクト・マドンナ》二体を場に!さらに、《ロードリエス》の能力でドローだ!」
ある日のデュエマ部の部室。ここで彼らは多くの挑戦者と戦っていた。
数日前から、『デュエマ部の部員を倒せば、部員になれる』というデマが流れていた。そのため、一日に数人のデュエリストが彼らに挑んでくる。話が通じる者にはそれがデマだという事を教えて帰らせるのだが、世の中冷静な人間だけとは限らない。諦められない者が半分くらいいて、毎日相手をする。と言っても戦うのは静貴、健人、義男の三人だけで、一年の一と新之助は見学だ。先日の大会で優勝した一は自分も戦いたいと言っていたが、他の四人に説得されて渋々諦めた。今も、退屈そうな顔で見学している。
「くっ、こいつぁ、ヤベェな……」
義男は自分の手札を睨みながら呟く。シールドは無傷の五枚だが、安心はできない。
義男のコントロール下にあるクリーチャーは《邪眼皇ロマノフI世》一体だけだ。開いてのシールドはないが、その前にいるブロッカーが厄介だった。
《パーフェクト・マドンナ》。パワーマイナス以外の能力や効果では何があってもバトルゾーンを離れないブロッカーだ。それ二体と《ロードリエス》が一体。この壁を壊すのは容易ではない。義男の手札の中には《デーモン・ハンド》も《デス・ゲート》もある。そのどちらも《パーフェクト・マドンナ》には通用しないのだ。
「どうだ!お前のカードでこの鉄壁を崩せるか!」
「俺の手札じゃ無理だな」
引いたカードを含めて吟味した義男は諦めたように言う。険しい顔をしていた対戦相手の男子生徒の頬が緩んだ。
「よっしゃ!後は《アルカディアス》出して押し切れば俺の勝ちだ!これで俺もデュエマ部に――」
「俺の手札じゃ無理だとは言ったが、勝てないと言った覚えはないぜ?闇を含む七枚をタップ!」
低い声で告げ、義男は行動を開始する。怯えた相手の前で二体目の《ロマノフI世》を召喚した。
「何かと思ったら《ロマノフ》かよ!クリーチャーの数を増やして殴り切るつもりか?」
義男の選択を見て相手は吹き出す。義男がクリーチャーを並べる前に勝つ自信があったからだ。既に手札には切り札の《アルカディアス》が握られている。防御を《パーフェクト・マドンナ》に任せて《アルカディアス》で攻撃に専念すればいい。
「そうじゃねぇ。お前はもうおしまいだ。今のお前は安物の推理小説でいう追い詰められた犯人みたいなもんだぜ。証拠がないって喚いて逃げきろうとしている愚かな負け犬みたいなツラをしてやがる」
義男は《ロマノフ》の効果で山札を見た。その中から一枚の闇のカードを墓地に置く。置かれたカードを見て相手の表情が凍りついた。さながら、安物の推理小説で犯人が証拠を突き付けられた時のように。
「《ロマノフ・ストライク》を墓地に置いた。そして、俺は召喚酔いしていない《ロマノフ》で攻撃!《ロマノフ》の能力を使い、墓地に置いた《ロマノフ・ストライク》を唱える。すると、どうなるか判るな?」
《ロマノフI世》が墓地の《ロマノフ・ストライク》を唱えた時、相手のクリーチャー全てのパワーを5000マイナスする。これで《パーフェクト・マドンナ》二体も《ロードリエス》も破壊された。
「詰めが甘かったな。《ロマノフ》で直接攻撃して逮捕だ!」
「何でだよ……。何で、このタイミングでそんないいカードを出せるんだよ。山札の中に何があるかなんて判らないだろ」
敗北した相手は呆然としていた。そんな相手にとどめを刺すように義男は言う。
「俺は山札の中に《ロマノフ・ストライク》があるのが判っていた」
「馬鹿言うな!見ずに山札の中が判るもんか!まさか、デュエマ部部員の座を失うのが嫌でイカサマしたのか!」
「イカサマなんかじゃねぇ。一体目の《ロマノフ》を召喚した時に一度山札を見た。その時に入っているカードを覚えただけだぜ」
「くそっ!」
相手の完全な敗北だった。彼は肩を落として部室から出ていく。その後ろ姿を見て、義男は懐からタバコチョコを取り出し、口元に持っていく。
石黒義男はデュエマ部に所属する二年生だ。『学園デカ』を自称していて、厄介な揉め事には自分から首を突っ込むタイプだ。そんな彼でも、今の状況には辟易していた。
「デカチョー。こんな風に毎日来られるとどうにもなりませんぜ。今は勝ってますが、こっちのデッキや戦略だって研究されてます。いつかは、誰かが負けちまいますぜ」
義男はサングラスの奥の瞳を静貴に向けた。彼女は対戦相手を下すと、涼しい顔で義男を見る。
「義男にしては随分と弱気じゃない?男の子なんだから、泣き事言わずにがんばって!それに、風紀委員長の川田君が噂の出所を探してくれているんでしょ?噂を流した張本人に、変な噂を流すのをやめさせるまではがんばるの!それに、あたしはどれだけ挑戦者が来ても負けるつもりはないわよ!?」
阿部野静貴は三年生でこの部活の部長だ。同時に、テレビで見ない日はないと言うほど活躍しているアイドルでもある。制服の上からでも判る抜群のスタイルと白く綺麗な肌、流れる絹糸のような美しい黒髪が特徴的な少女だ。
美しい外見を持ち、部を仕切る能力まで持ち合わせ、デュエマの腕も一流だ。今日も、挑戦者の撃墜数が一番多いのは静貴だった。健人と義男はほとんど同じで、健人の方が少しだけ多い。
「そう言われるとがんばるしかないですね。俺は弱い奴だと思われるのは嫌だ」
「でも、義男の言う事も一理あるよね」
挑戦者が全員いなくなったのを見て、一と新之助の相手をしていた健人が話に加わる。
彼、三島健人は静貴と同じ三年だ。黒縁の眼鏡をかけた真面目そうな風貌の少年だ。性格も外見から予想されるように真面目なため、個性が強い静貴や義男に振り回されている。性格は戦い方にも表れていて、基本を守ったデッキの構築や戦い方を好んでいる。
「どんなに強いデッキでも、弱点を徹底的に狙われちゃうと脆いからね」
「えっ……!強いデッキにも弱点ってあるんですか?」
新之助が驚いた声で聞く。
永瀬新之助はこの春にデュエマ部の新入部員になった一年生だ。弱気なところがあり、健人と同じように真面目なところがある。外見は、小さくかわいらしく、少女に間違われる事もあるくらいだ。
デュエマ部に入部する時までデュエマをやった事がない初心者だった。今では、少しずつ成長している。
「そうだよ。どんなデッキにも弱点は存在する。そして、特定のデッキの弱点を突く事に特化したデッキもあるんだ。他のデッキには弱くなるけれど、対策したデッキには絶対勝てるっていうくらい強くなるよ」
「でも、本当に強いデッキなら、それでも何とかなるんじゃないスか?」
声を上げたのは基礎の練習に飽きていた一だ。
彼、松野一も一年生だ。身長はクラスだけでなく、学年でも低い方だ。
よく走りまわっているため、小動物のように見える。お気に入りなのか、常に野球帽をかぶっていた。新之助とは正反対の性格で興味を持ったものであればどんなものであっても突撃していく性格だ。
一も新之助と同じタイミングでデュエマ部に入部した。デュエマの試合をテレビ中継などで観た事はあっても実際にプレイした事はなかったが、入部と同時に始めた。まだ初心者の域は出ていないが、根拠のない自信に満ち溢れた行動と粗暴とも言える大胆さのせいか、成長は早く、先日は非公認の大会で優勝した。
「じゃ、今日は特定のデッキの対策について勉強しようか」
「みっちゃん先輩の言う事も判るんスけど、俺ならもう大丈夫ッスよ!この前の大会だって優勝したし!」
「それもそうなんだけどね……」
非公認の店舗大会レベルとはいえ、一が優勝したのは事実だ。だが、一の基礎ができているとは言えないのも事実である。
どんな言葉で一を説得すれば納得させられるのか健人が考えていると部室のドアが開いた。
まだ新しさを感じさせる制服を着た少年に部員達は目を向ける。
「アイドル部の部室はここじゃないぜ」
闖入者に対して最初に声をかけたのは義男だった。
彼が言ったのは、男女問わずアイドルを目指す者が集まる部活だ。学園でも選りすぐりの美男美女が揃っている。静貴も勧誘された事がある部だ。目の前にいる少年は、アイドル部で活動するのが似合うような雰囲気を漂わせている。
美少年は義男の言葉に微笑むと首を横に振った。
「先輩、面白い事を言いますね。でも、僕が用があるのはアイドル部なんかじゃなくて、このデュエマ部ですよ」
美少年は懐からデッキケースを取り出した。良く言えば映画のワンシーンのように優雅な、悪く言えば気取った動作だった。
「君も挑戦者かしら?」
静貴が言った途端、緊張した顔で義男が美少年を見た。サングラス越しの眼光は鋭く、すでに臨戦態勢に入っている事がうかがえる。連戦を終えてぼやいていた時とは別人のようだった。
「挑戦者……、とも言えますね」
曖昧な返事をした美少年は、静貴と義男の横を通り、真っ直ぐ一の元へ向かった。
「な、何だよ。俺とやるのか?言っとくけど、挑戦者とのデュエマは禁止されているからできないぞ」
強張った声で一が言う。挑戦者相手にも負けないと豪語していた彼だが、実際に対峙した事でプレッシャーが生まれていた。そんな彼の緊張を解きほぐすように、美少年は笑顔を見せる。そして、デッキを持っていない手で一の手を握った。
「はじめまして!僕は一年E 組の小早川卓(こばやかわすぐる)といいます。この前の大会で優勝したのを見て一君のファンになったんです!」
「え?俺のファンだって!?」
一は目を丸くしていた。彼だけではない。全ての部員が予想外の一言を聞いて思考停止していた。
「そうです!僕はあの日、友達にデュエマをやらないかと誘われてカードショップに行ったんです。最初は気乗りしなかったんですが、一君の戦いを見てデュエマをやる事にしました。僕はあなたのようになりたい!」
「そうかそうか。ハッハッハ!」
「早速ですが、僕と対戦して下さい。挑戦者とかじゃないんです。勝ったらデュエマ部に入れるという噂が嘘なのは知っていますから」
「あら、そうなの」
意外そうに静貴が呟く。最近、部室に来る生徒は挑戦者ばかりなので警戒していたのだ。
「強くなれるように一君に稽古をつけて欲しいんです。お願いします、チャンピオン!」
「よし、まっかせなさーい!」
「一君、そんな約束していいの?」
「はっはっは、俺の才能に嫉妬すんなよ」
今の一の言葉を聞いて、さすがの新之助もむっとした表情を隠しきれない。高飛車になった一はそれに気付かずに着席する。卓も彼と向かい合うように着席した。
本当は卓も挑戦者の一人ではないかと疑っている義男と健人は、美少年の行動を注意深く観察していた。だが、彼の動きはぎこちない。シャッフルは慣れているようだが、シールドのセットは不慣れな印象を受けた。五枚のシールドがそれぞれ別の角度で曲がっていた。
「お前、本当に素人なんだな。見ろ!俺の真っ直ぐなシールド!」
「さすがチャンピオン!シールドを並べるのも上手なんですね」
「まあな!お前もこれができるようになるまで頑張れよ!」
気を良くした一は、五枚のカードを引いて見た。その後、にやけた顔で卓を見る。
「よし、今の俺は気分がいいから先攻は譲ってやろう」
「ちょ、ちょっと一君!」
さすがに黙っていられないと思ったのか、健人が口を挟む。しかし、その肩を静貴がつかんだ。
「止めるの?」
「一応、一君は優勝した事もある経験者よ。このくらいのハンデは必要だと思うわ。一君、正々堂々とチャンピオンの名に恥じないデュエマをしなさいね!」
「もちろんですよ!」
静貴の後押しを得た一は、目を輝かせて対戦相手を見た。それを見ていた健人と新之助の表情は正反対で心配するような目をしている。
「静貴は一君が勝てると思ってるんだね。でも、僕は心配だよ」
「あら、あたしは一君が勝つなんて一言も言った覚えはないわよ」
「ええっ!?」
静貴が囁くような声で言った言葉を聞いて、健人が大声で驚く。それを見た静貴は人差し指を口に当てた。健人もその行為の意図を理解したのか、口に手を当てる。ギャラリーが一を見たが、一と卓はこちらの行動など気にしていないようだった。
「先攻をもらえるなんて得した気分だなあ。それじゃ、僕は《魔光王機デ・バウラ伯》をマナにチャージ。置いたばかりの《デ・バウラ》をタップして《蒼天の守護者ラ・ウラ・ギガ》を召喚します。ターンエンドです」
「お、こっちにクリーチャーいないのにブロッカー出しちゃうの?甘いな。それは素人の戦法だぜ」
「え?そうなんですか。困ったなあ」
得意そうな顔で解説する一の言葉を聞いて、卓は苦笑する。ミスを指摘されて慌てているようには見えなかった。
一が言うように、相手のバトルゾーンに攻撃できるクリーチャーがいないのにブロッカーを召喚するのはいい手とは言えない。手札の浪費につながるからだ。ブロッカーの召喚は必要最小限にとどめるのが良い。一と新之助は健人にそう教わっていた。
「でも、いいですよ。ターンエンドって言ったんだからやり直さないです」
「おお!正々堂々してていいじゃねぇか!デュエマってのはそういう思い切りの良さが大事なんだよな!お前も俺と同じように大胆な行動をしろ。そうすれば強くなるぞ」
「はい、チャンピオン!」
また卓に褒められた一は「えへへ、チャンピオンだって」と呟いてマナゾーンに《弾け山のラルビン》をチャージした。一の手札には1ターン目から出せるカードがないため、ここでターンを終了する。
「ねえ、静貴。一君は確かに調子に乗ってるかもしれない。だけど、僕が教えた事は忘れてないみたいだよ。心配しすぎじゃないかな」
「俺は、今のイチには勝ち目がねぇと思っている」
義男も真剣な顔で二人のデュエマを見ていた。充分な実力を持った彼も静貴と似た評価を下した事に健人は驚く。
「みっちゃん先輩もあいつの手札を見たはずだぜ。最初にマナチャージをした時、どう思った?」
「……僕なら別のカードを置いていたと思うよ」
一がターンを開始し、ドローした一枚を加えた時、彼の手元には六枚のカードがあった。その内の五枚が火文明のカードで、一枚は火と自然の多色カード《無頼勇騎ゴンタ》だった。1ターン目にクリーチャーの召喚ができないのであれば、最初にマナゾーンに置くカードは多色のカードが良い。多色のカードはチャージしたターンはマナを出せないが、次のターンにはマナを出すために使えるようになるからだ。
「あいつ、次のターンに自然のカードを引く事を期待してやがるのさ。いい手じゃねぇ」
「そんな……!それじゃ、一君に教えてあげた方がいいんじゃないの!?」
「今、あたし達がアドバイスを言っても無駄よ。それに健人は少し過保護すぎるわね」
「ん……、そうかな」
自分に飛び火したのが予想外だったのらしく、健人は首をひねって自分の指導法について考えた。
「転んで痛みを覚えるのも強くなるのには必要だ。イチの場合、このデュエマがそれだな」
「じゃ、一君が負けるのを黙って見ているんですか?」
同時期にデュエマを一が初心者に負けるのを見るのが耐えられない。そう感じた新之助が悲痛な声で言う。
「シン、今の調子に乗ったイチには負けるのもいい薬だ」
「でも……」
静貴が義男の言葉を打ち消すように言う。快活な彼女にしては珍しく、その後に言葉を続けなかった。彼女の作り出した沈黙に耐え切れなくなって健人が口を開く。
「そこで止めないでよ!続き、気になるから」
「まだ何も言えないわ。変な気がしただけ」
「う~ん」
健人は、静貴の答えに納得できずにいたが、諦めて観戦に集中する。
卓は2ターン目のマナチャージを終えて《光陣の使徒ムルムル》を召喚していた。マナゾーンには《DNA・スパーク》が置かれている。
「おいおい、またブロッカーかよ。パワー2000の弱っちい奴を何体出しても無駄だって」
「一君!」
我慢できなくなって声を上げたのは健人だった。静貴と義男を見て「これはアドバイスじゃないよ」と断りを入れてから続ける。
「《ムルムル》は他のブロッカーのパワーを3000プラスするブロッカーだ!小早川君の《ラ・ウラ・ギガ》のパワーは5000だよ!」
「げっ!5000だって!?」
健人の解説を聞いた一は驚いた顔で《ムルムル》と挑戦者の顔を見た。彼の視線と表情にさっきまでの余裕はない。チャンピオンの威厳もなかった。
「そうなんです。チャンピオンみたいに豪快に戦えませんからね。憶病だからこんな戦いしかできないんですよ」
「俺の戦い方が豪快か。いや~、照れるな~」
一度は余裕を失った一だったが、それを聞いて再び顔が緩む。
「よし!ならば俺らしい豪快な戦いを見せてやる。まずは2ターン目から出るとは思えない軽量パワフルクリーチャーだ!」
大見栄を切ってドローする。しかし、引いたカードを見て表情が凍りついた。
「あ、えっと……、《ブレイズ・クロー》をマナに置いて火含む2マナをタップ!《ジェロン》を召喚だ!」
「さすが速攻デッキ!でも、ジェロンってそんなにパワフルじゃないですよね」
「うおっほん!たまには俺でもうまくいかない事もあるのだ。ターンエンド」
図星をつかれた一は何とか威厳を保とうとわざとらしい咳払いをしてターンを終えた。
「予想していた結果になったな」
義男の言葉に静貴と健人が無言で頷いた。一が今、引いたカードは《ブレイズ・クロー》だった。《ゴンタ》を召喚するのに必要なマナが揃わなかったのだ。
そんな一のミスを知ってか知らずか、卓は一を褒め千切る。
「そういう事もあります。弘法も筆の誤りといいますもんね」
「そうそう、そういう事。だけど、デュエマはまだ始まったばかりだ!これから俺の強さを見せてやるよ」
「それを期待しています!アンタップしてドロー!」
ターンの最初にすべき動作を終えて、卓は行動を開始する。三回目のマナチャージで初めてマナゾーンに水文明のカードが置かれた。置かれた水のカードを含めた全てのマナをタップして呪文を唱える。
「《コアクアンのおつかい》を使います。山札の上から三枚まで表向きにして、光か闇のカードを全部手札にできる呪文ですよ」
「おいおい。それじゃ、全部光か闇以外のカードだったら一枚も手札にならないじゃないか。勿体ない事するな」
一の言葉を聞いて、卓は曖昧な表情で微笑む。
《コアクアンのおつかい》を唱えると、一が言うように表向きにしたカードが全て墓地に置かれるような事もある。しかし、デッキを作る時点で光か闇のカードが多くなるようにしているはずなので全て墓地に置かれるような事は少ない。もしくは、その効果を活かしてわざとカードを墓地に送る事もできる。
「えいっ!あー、残念。二枚しか手札補充できませんでした」
心底、残念そうな顔で卓は水のカードを一枚墓地に置き、手札に二枚の光のカードを加えた。その二枚もブロッカーだった。マナを使い切ったので、ターンを終えた。
「だから言っただろ。勿体ないな~。次から《エナジー・ライト》にしろよ」
一はまだ自分に迫る危険に気付いていない。健人は目を見開いて全力で一に訴えかける。だが、健人に背を向けている一がそれに気がつくはずがない。
「アンタップしてドロー!《森の指揮官コアラ大佐》をマナに置いて、《無頼勇騎ゴンタ》を召喚!見ろ!2コストでパワー4000だぜ!」
「おお!軽いのにパワフルですね~」
「ああ、まあな」
ようやく一は自然文明のカードをマナに置けた。しかし、既に主導権を卓に握られている。パワーでも、速度でも負けていた。
「それじゃ、僕は《エナジー・ライト》をマナに置いて《魔光王機デ・バウラ伯》を召喚します。さっき使った《コアクアンのおつかい》を手札に!」
「げっ!墓地のカードを回収できるのか!?」
一は今まで墓地のカードを回収する能力を持っているカードは全て闇のカードだけだと思っていた。自分の全く知らない戦術を見たせいで、もう余裕を保てない。
「ああっ!もう見てられないよ!一君、前に教えたでしょ!墓地回収は闇文明だけじゃないって!光文明のカードは墓地から呪文を回収できるのが多いんだ。それに、相手のデッキをよく見てよ!これは、げふっ!」
説明の途中で健人の腹部に静貴の拳が突き刺さっていた。健人は白目を剥いたまま、数センチ宙に浮いていた。静貴はにこやかな顔で対戦中の二人に手を振ると
「健人、疲れて寝ちゃったみたいね。保健室に連れて行って休ませてあげるわ」
と、言って健人をかついだまま部室を出て行った。
「ま、まあいいや。アンタップしてドローして……、マナをチャージしてから自然文明を含む3マナをタップ!《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》を召喚だ!山札の上をマナに……、って嘘だ!やっちまった!」
真っ青になった一は、《青銅の鎧》の能力でマナに置かれた《独裁者ケンジ・パンダネルラ将軍を見る。彼は『切り札はデッキに一枚だけ』というポリシーを持つため、これ以外に《ケンジ・パンダネルラ将軍》を入れていない。焦ったような顔をして卓を見る。
「な、なあ、やり直してもいいかな?」
「チャンピオン、ケチな事言わないでくださいよ。やり直しなんてできるわけないじゃないですか」
チャンピオンの威厳など完全に消えた一の言動を見て、卓は呆れた声で返す。その目にも、口調にも小馬鹿にしたようなものが混じっていた。
「大丈夫ですよ、チャンピオンなんだから。切り札なんかなくても、大胆にいつも通りにやっていれば勝てるでしょう?」
「う……、判ったよ。ターンエンドだ」
「そうですか。それじゃ、アンタップしてドローして《コアクアンのおつかい》をマナゾーンにチャージ」
回収したばかりの《コアクアンのおつかい》をマナゾーンに置いたのを見て、一はほっとした。これ以上、手札を増やされる事がないと思ったからだ。だが、彼の甘い期待はすぐに裏切られる。
「光と水を含む5マナをタップして《知識の精霊ロードリエス》を召喚です!そして、《ロードリエス》の能力で1枚ドロー!」
「げっ!ドローできるクリーチャーなのか!」
「ただのドローできるクリーチャーじゃありませんよ。ブロッカーが出れば1枚ドロー。それがこの《ロードリエス》の能力です!」
「ちょ、超強ぇ……」
序盤からブロッカーを増やして防御を固め、手札が減って来た頃に手札補充の《ロードリエス》を召喚する。考えられた戦術だった。
かつてない強敵を見て、一の表情が引き締まる。相手が初心者であるとか、自分がチャンピオンであるといったことは思考から追い出した。ただ、目の前の戦いを勝つ方法だけを考えた。
「アンタップしてドロー……、よし!」
唯一の切り札、《ケンジ・パンダネルラ将軍》が失われた今、勝つ術はないと思っていた。しかし、念の為用意しておいたもう一枚の進化クリーチャーが姿を見せた。一にとってそれは地獄にたらされた蜘蛛の糸のように感じられた。
すぐさま、マナチャージを終え、自分の持てるマナゾーンのカードを全てタップしてその進化クリーチャーを召喚する。
「自然入れた5マナをタップ!行くぜ!《ジェロン》を《ホメロス》に進化だ!どうだ、強いだろ!」
穏やかな笑みを浮かべていた卓だったが、ここで初めて動揺した顔を見せた。
満を持して一のバトルゾーンに現れた《大作家ホメロス》はパワー9000のW・ブレイカーだ。ドリームメイトの中ではトップクラスのパワーを持っている。そして、卓のバトルゾーンにこのパワーを超えるブロッカーは存在しない。
「行くぜ!《ホメロス》でW・ブレイク!」
「う……、ブロックはしません。受けます」
卓は、一が選んだ二枚のシールドを一枚ずつ手札に加える。どちらもシールド・トリガーではなかった。それを見た一は小さくガッツポーズをする。
「ここからが本番だぜ!ターンエンドだ!」
「《ホメロス》。強いですね。本当に強い」
マナチャージを終えた卓は自分の手札を見た。顔つきや目つきは焦っている。しかし、義男は手札に隠れた口元が笑っているのが見えた。押し殺した笑いが漏れているようだった。
(イチ、まずいぞ!)
アドバイスをするのを禁じていた義男は目で一に訴える。だが、《ホメロス》を出したことで安心しきっていた彼にそれは通じない。
「うーんと……、《ラ・ウラ・ギガ》を二体召喚します」
「お、それで《ホメロス》をブロックして時間を稼ぐつもり?攻撃する手段も考えとけよ。ブロックするだけじゃ勝てないからな」
「そうですね。チャンピオンのおっしゃるとおりですよ」
卓は残っていたマナゾーンのカード三枚を全てタップした。そして、手札から一枚のカードを引き抜いた。
「まさか、切り札?」
対戦をずっと見ていた新之助は相手の動きを見てそれに気付く。一は、まだ気付いていないようだった。
「3マナの切り札なんかあるわけないって。それに、俺シールドは無傷なんだぜ?相手も攻撃できないクリーチャーばかりだから負けるわけないって」
「それじゃ、お見せしましょう。僕の切り札《ダイヤモンド・ソード》です!」
卓が持っていた呪文カードが場の中央に置かれた。「え?何それ?」と効果が判っていない一はテキストを読み始める。
「《ダイヤモンド・ソード》は、一ターンだけ相手プレイヤーを攻撃できないのを解除する呪文だ。さっきまで新人の場にシールドを攻撃できる奴は一体もいなかった。だが、これで六体全てがシールドへの攻撃ができるようになった」
「げっ!嘘っ!」
義男の言葉を聞いて一は青くなる。卓が《ラ・ウラ・ギガ》の上に指を置いた時、一は慌てた声で言った。
「ちょっとタンマ!」
「見苦しいですよ、チャンピオン!《ラ・ウラ・ギガ》で攻撃してシールドブレイク!」
「うぅっ……!」
最初のシールドはシールド・トリガーではなかった。休む事なく卓は攻撃を続ける。
「《ラ・ウラ・ギガ》でシールドブレイク!《ラ・ウラ・ギガ》でシールドブレイク!《ムルムル》でシールドブレイク!次が最後のシールドですね。《デ・バウラ》でブレイク!」
「シールド・トリガー、来てくれ!」
悲壮な声で一は最後のシールドを表向きにした。それは《スーパー炎獄スクラッパー》だった。
「よし!《スクラッパー》ならパワー5000まで破壊できる!これでパワー4000の《ロードリエス》を破壊だ!」
「イチ!無駄だ!相手の場にはブロッカーのパワーを3000プラスする《ムルムル》がいるのを忘れたのか!」
義男に言われて一は《ムルムル》の能力を思い出す。この時までその能力を完全に忘れていた。
「《ロードリエス》を破壊できないのは判りましたか?それじゃ、《ロードリエス》でとどめです!」
「俺が……、負けた?チャンピオンの俺が……?」
一は自分の場と卓の場を見比べていた。何度も見ているが、内容など頭に入っていない。敗北という現実から逃避するための理由を探しているのだ。そこで、卓が口を開く。
「落ち込まないでくださいよ、まぐれなんですから」
「まぐれ?」
その言葉を聞いて、一は顔をあげる。もうショックから立ち直っているようだった。
「ええ、ビギナーズラックですって。もう一度やってみますか?」
「ああ!今度こそ、チャンピオンの俺の実力を見せてやるぜ!」
一は明るい表情でカードをシャッフルする。それを見ながら、義男は新之助に耳打ちする。
「シン、よく見ておけ。あいつのデュエマはどこか妙だ」
「そう言えば、どこかおかしいですね」
卓は初心者だと言っていた。だが、一を完膚無きまでに叩きのめしたのだ。何かおかしい。だが、その『何か』が判らない。
二戦目の終盤、一は《ケンジ・パンダネルラ将軍》の召喚に成功する。しかし、その時には既に卓はブロッカーの大量展開を終えていて一戦目と同じようにやられてしまった。諦めきれない一は、卓に対してもう一度再戦の申し込みをした。
「しつこいなぁ。これで終わりですよ」
その頃には、卓は一に対して媚びた表情はしていなかった。自分よりも弱い者を見る目で一を見ていた。
「判った!本当にこれで最後だから!」
チャンピオンとしておだてられ、調子に乗っていた一は再戦をお願いするという下の立場になっていた。一自身、それに気付いていない。
三戦目は、緊迫した勝負になっていた。卓のシールドは残り二枚で六体のブロッカーがいた。一戦目と二戦目でそうしたように一のシールドに対して一斉攻撃を仕掛ける。しかし、最後のシールドはシールド・トリガー《ナチュラル・トラップ》だった。これで決めるつもりだった卓は、狼狽したような表情を見せる。
「よし!防御はガラ空き!今度こそ……、今度こそ決めてやるぜ!自然含む5マナをタップ!ありがとな!お前がシールドをブレイクしてくれたおかげでこいつが来た!《ジェロン》を《ケンジ・パンダネルラ将軍》に進化!」
一のクリーチャーは《ケンジ・パンダネルラ将軍》だけではない。《ゴンタ》、《青銅の鎧》も控えていた。
「《ケンジ・パンダネルラ将軍》でシールドに攻撃!攻撃時の能力で山札の上をめくって……、やった!《リンパオ》を場に!」
誰が見ても一の勝ちだと思っていた。シールド二枚がシールド・トリガーで一のクリーチャーを除去したとしても、一体は攻撃できるクリーチャーが残る。デュエマ部のメンバーはそう信じていた。
卓は、ブレイクされたシールドの一枚目を見て息を呑んで目を見開いた。恐怖や絶望に襲われている表情だ。彼は震える手で最後のシールドに触れる。そして、目を閉じたままそれを表向きにする。
「あっ!」
「くっ!来たみてぇだな」
新之助と義男の声を聞いて卓は目を開けた。最後のシールドは《DNA・スパーク》だったのだ。
「よしっ!これで残りのクリーチャーを全てタップ!そして、山札の上から一枚をシールドとして追加します!」
「そ、そんな~」
一は心底残念そうな顔で自分のクリーチャーをタップしていく。全てのクリーチャーをタップした後で、卓の場を見た。あのブロッカーを全て倒せばまた攻撃できる。そう思いながらターンを終える。
「マナをチャージ。これで7マナですね。全てタップして、《ラ・ウラ・ギガ》を《白騎士の開眼者ウッズ》に進化します!」
「ブロッカー進化か!それに《ウッズ》だと!?」
義男だけはこれで一が敗北したことに気付いた。だが、一だけはその進化クリーチャーが何なのか判っていない。
「イチ、お前の負けだ!《ウッズ》はブロッカーから進化できる進化クリーチャーだ!こいつは召喚酔い以外の全てのブロッカーが相手プレイヤーを攻撃できないのを打ち消す!」
「その通り。まあ、《ウッズ》の特殊能力がなくても充分ですよ。でも、弱っちい奴は一番弱いクリーチャーでやっつけないとね。《ラ・ウラ・ギガ》でとどめです!」
三連敗だった。三回も負けたら、もうまぐれではない。一よりも卓の方が実力が上だ。
卓は自分のデッキを片づけるとデッキケースにしまった。そして、敗北のショックで下を向いている一を見て言う。
「初心者なんですよ、僕?その初心者に負けちゃうんですか。デュエマ部の部員でチャンピオンの癖に強くないんですね。本当に優勝したのかな?」
それだけ言うと、卓は去って行った。
彼がいなくなってしばらくすると、一は机の上に自分の手札を叩きつける。そして、顔を上げると大声で泣いた。
「うわああああ!」
勢いよく立ちあがって椅子を倒す。そのまま、何も見ずに部室を出て行った。
「一君!」
「追うな、シン!」
すぐに追いかけようとした新之助を、義男の厳しい声が止める。彼は、一のデッキを片づけていた。床に落ちたカードは拾って、手で埃をはらっている。
「でも、一君が!」
「負けた理由の一つはあいつが調子に乗っていたからだ。相手を下に見て負けた。自業自得だ」
「でも、可哀想ですよ」
義男は新之助のその言葉には答えなかった。ただ、険しい表情で一が去った部室のドアを見ている。
「義男先輩……?」
「シン、イチだけじゃなく、俺達は全員、あの新人に騙されていたのかもしれねぇ。何か目的があってイチと対戦した可能性もある」
「え?でも、勝ってもデュエマ部に入れないのは判っているってあの人も言ってたじゃないですか!」
「ああ、そうだ。だが、どうも引っかかる。へりくだった態度に、イチの弱点を突くのに特化したデッキ。気に入らねぇ……。何か事件に巻き込まれちまった気がするぜ」
苛立たしい口調で呟くと、義男は新しいタバコチョコを取り出して口に運んだ。

第五話 終

次回予告
「こんちは、健人です。僕が倒れている間に一君が負けちゃってたなんて……。それにショックを受けて一君がデュエマをやめる!?それで卓君が入部希望だって!?静貴は一君と卓君を対戦させて勝った方をデュエマ部として入部を認めるって言うけど……。え?新之助君、そのカードは!?かくして美少年との再戦が始まる!次回『第六話 美少年の正体は?』次回も読んでくださいね!」
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