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『TOKYO決闘記』第三十四話 豪人

『TOKYO決闘記』
私、一ノ瀬博成は東京連続失踪事件の謎を調査した高校二年生だ。
生き残るために金城豪人(かねしろごうと)の姿を利用する事を考えた白峰敦也(しらみねあつや)は佐倉美和(さくらみわ)と亀島美土里(かめしまみどり)を誘拐して豪人を呼び出す。豪人と対峙した白峰は、彼が持つ能力『スウェッティング・バレット』の弾丸を使い、豪人の戦略をコピーした。しかし、豪人は『ネオウエーブ』の真の力『ネオウエーブ・ワンワールド』を用いて『スウェッティング・バレット』の能力をガードする。そして『ボルシャック・ウルフェウス』の能力を駆使して白峰を撃破した。
命からがら逃げ出した白峰は千秋千里(せんしゅうせんり)によって存在を消される。千里は圧倒的存在感で豪人にプレッシャーを与えて立ち去ったのだった。
20XX年 一ノ瀬博成

第三十四話 豪人

久しぶりに家に戻って休もうとしていた勇騎は、豪人の知らせを受けて家を飛び出した。白峰敦也と遭遇し、戦ったというのだ。彼は、自らを『試験官』最後の一人と言っていたらしい。
今後の相談をするために、勇騎は豪人のマンションへ向かっていた。マンションへ着いた時、エントランスで見知った顔を見つけた。美土里だ。
彼女は紐のついたひょうたんや大きなバッグを持っていた。
「行くのか?」
「千里が動き始めた。あたしをターゲットにしてくるかもしれないんだ。もう、ここにはいられないさ」
「そうか」
二人の会話はそれで終わると思っていた。しかし、二人がすれ違う瞬間、美土里が口を開く。
「あんたの未来は見えない。あんた自身がどんな未来を見ていたとしても、あたしはそれを否定する」
「それは占いか?」
「そう。料金はサービスにしておく。あんたの中にはまだ未来に挑む意思があるんだよ」
美土里はそれ以上何も言わなかった。それが最後の会話となり、二人は別れる。
数時間ぶりに足を踏み入れた豪人の部屋に違いはなかった。
ただ、豪人の表情が変化していた。何かを背負った男の顔がそこにあった。
「今後の相談があると言ったな」
「ああ、そうだよ。僕は千秋千里と戦うことに決めた」
「何?」
唐突な言葉に勇騎は戸惑う。どう返せばいいか判らなかった。勇騎の答えを待つことなく豪人は続ける。
「彼は宣戦布告をしているんだ。僕らに存在を感知できるくらい近くまで来て挑発しているんだ。もう僕らに選択肢や逃げ道なんてものはないんだよ」
「奴が来たのか」
「ああ、そうさ。僕に興味がなかったのか、すぐに去って行ったけどね。奴の存在に怯える生活は嫌だ。だから、戦うんだ」
「本気か?」
「本気さ。僕が決着をつける。ただ……」
豪人はその後の言葉を慎重に選んでいた。そして、勇騎の目を見て言う。
「明日の朝まで僕と美和を守ってくれないか。半日でいいから僕は時間が欲しい」
「半日だと?何をするんだ?」
「覚悟をする時間が必要なんだ。戦いに行く覚悟と美和と離れて生きて行く覚悟。それだけの覚悟をする時間がいる」
豪人は真剣な表情で勇騎の目を見ていた。勇騎も真っ直ぐ豪人の目を見て彼の意思を受け止める。そして、その言葉の真意を考えていた。
「お前……」
「何も言わないで欲しい。イエスかノーか。その返事だけ聞きたい」
しばらく迷ってから勇騎は首を縦に振った。それを見て豪人が微笑む。
「ありがとう。それじゃ、急がないといけないな」
「亀島はお前の未来を見たのか?」
「さあね。「好きにしろ」とは言っていたよ。彼女に言われたからそうするわけじゃないけれど、好きにさせてもらう。半日だけわがままを貫かせてもらうよ」
「本当に半日だけでいいのか?」
「いいんだよ」
答える豪人の表情に偽りはない。そして、悔いや後悔も感じているように見えなかった。
それでも、彼の言うことに納得できなかった勇騎は、再び、問いかける。
「半日だけ好きにするのか?お前のスタイルじゃない。お前はもっと好き勝手をして生きる男だ」
不意をつかれた豪人はしばらく真顔で勇騎を見ていた。少しして笑う。
「君にそう言われるとは思わなかったな。じゃあ、やるべき事が終わったら好きなように生きるよ」
豪人は勇騎の前から去るとクローゼットに向かった。大量にある服から、今日着る服を選んでいる。豪人の持っている服は、勇騎の持っている服の数十倍はあった。
「君はどの服がいいと思う?」
「俺にそんな事を聞くな」
「その通りだね」
屈託のない笑顔で豪人は勇騎に微笑みかける。勇騎は、豪人の裏表のない笑顔に疑問を感じていた。

自分の部屋から出て美和の部屋に行く途中で、豪人はここまでの道のりについて考えていた。
この世界に飛ばされる前の豪人は、他の四人の保持者と同じようにクリーチャーの世界の研究施設『アカシック・マイナ』で作られた融合クリーチャーだった。イニシエートとリキッド・ピープルの融合クリーチャーとして作られた彼は、同族のイニシエートをまとめて施設を抜け出すプランを練っていた。準備は滞りなく進み、もうすぐプランを実行に移せるというところで事件は起きた。
それは、後に墨川一夜(すみかわかずや)と名乗る融合クリーチャーの反乱だ。それによって施設は壊滅状態に陥った。施設の崩壊に巻き込まれて豪人は同族の半分を失った。彼は、一夜を止めるために彼のいる場所へ向かった。そこで、五つの力の一つ『ネオウエーブ』を手に入れ、故郷の世界から離れ、人間の世界へ飛んだ。
肌身離さず持っている勾玉のような形のアクセサリーは同族を忘れないという意思の表れであると同時に、自身が何者だったか忘れない為の証だった。クリーチャーの姿をしていて時よりも、人の姿をして生きている時間の方が長く感じられるのだ。そのせいで、クリーチャーだった頃の事が記憶から抜け落ち始めている。
ヴェルデを助けたのは彼に興味を持ったからだ。彼の心には仲間の思い出が強く刻みつけられている。豪人が失いかけていたものを手放さないから、助けたくなった。
この世界に来た豪人は、とある富豪の跡取りの替え玉として行動した。本物の跡取りが事故で死亡した時、跡取りの問題が片付くまでという条件付きで、富豪の都合で豪人が成り済ましたのだ。今ではその問題も片付き、豪人は自由の身になっている。彼が金に不自由しないのは、その時に替え玉をやった事の口止め料をもらっていたからだ。それを資金にして金を増やしていた。
美和の部屋のドアの前まで来た。
豪人はこの世界でも上から数えた方が早いほど上等で裕福な暮らしをしている。今、無理をしてこの生活を手放さなくてもいいのではないかと思った。まだ、戻れるかもしれない。
自分の中に生まれた考えを打ち消す。それは怯えだ。そんな平穏は、巨大な悪意によってすぐにかき消されてしまうかもしれない。だから、戦うのだ。
過去を思い出し、全てを決めた豪人は美和の部屋のドアノブをつかんだ。

夕方から夜に変わろうとしていた。
勇騎にボディガードを頼んでまで豪人がした事はいつもの彼がやっている事と変わらなかった。美和と共に車に乗ってレストランで食事をしていた。この世界に来た豪人が何度もやっていた事だ。
窓から見える二人を勇騎は眺めていた。
「う~、二人だけで食事なんてずるいわ。いつもみたいにアタシ達も呼んでくれればいいのに!一ノ瀬ちゃんもそう思うでしょ?」
「いや~、毎回おごってもらうのは悪いよ、委員長」
勇騎が博成に電話をしたところ、彼とゆかりも着いて来た。勇騎は、豪人と美和だけでなく、この二人も守る事になった。
「ちょっと文句言って来ようかしら。アタシ達も混ぜなさいって!」
物陰から出ようとしたゆかりを勇騎が手で制する。何も言わずに首を横に振ったところ、ゆかりは目を輝かせて「オッケー!」と言って納得する。
「え?何がどうしたの?」
「一ノ瀬ちゃんは鈍いわね。だから彼女ができないのよ」
「放っといてよ!」
頬を膨らませたまま、博成はレストランを見た。二人は和やかに談笑しながら食事していた。いつもと違い、自分達を誘ってくれなかった事に少しの疑問を抱いていた博成だったが、誰かに説明されなくても理解できた。今の二人を邪魔することなどできない。
「幸せそうだね……」
いつの間にか博成の頬が緩んでいた。見ているだけで、こちらまで幸せな気分になってくる。不思議な二人だった。
異世界のクリーチャーとこの世界の人間。数奇な運命によって出会った二人が恋に落ちた奇跡。博成の脳裏にそんな文章が浮かんでいた。
「見張り、頑張らないとね。僕、何か買ってこようか?」
「食事なら用意している」
勇騎は自分のバッグを開くと、カロリーメイトの箱とトマトジュースのペットボトルを取り出した。カロリーメイトは三人分用意されていた。勇騎は一つずつそれを手渡す。
「あ、ありがと、勇騎ちゃん……。ところで、博成ちゃんは何を買いに行くつもりだったのかな~」
ゆかりが勇騎から目を逸らしながら博成を見る。
「あんぱんと牛乳だよ。張り込みの基本だよね!」
「じゃ、缶コーヒー買ってきて!お願いね!」
博成が去ったのを見ると、ゆかりはカロリーメイトの封を開けて口に運んだ。想像していたほどひどい味ではなかった。
「体は何ともないか?」
豪人達の様子を見守りながら勇騎が聞いた。勇騎はまだ、ゆかりの体の事を心配していたのだ。
「アタシなら大丈夫!勇騎ちゃんが守ってくれたんだから何も問題ないわ!」
ゆかりは一歩、足を踏み出すと勇騎の腕に抱きついた。彼は振り向くこともしなければ、腕を振り払うこともしなかった。
「そう。勇騎ちゃんはヒーローなんだから。今までもこれからもみんなをちゃんと守ってくれる。アタシも守ってもらえたから大丈夫なんです!」
「そうか……」
いつもと変わらないような勇騎の声だったが、かすかに安堵感が混じっていた。ゆかりもようやくこの微々たる違いが判って来た。
「保持者とか『試験官』とかどうなっちゃうのかしらねー?ヴェルデ君がいなくなって、怪盗アルケーもいなくなって、保持者って残っているのは金城さんと勇騎ちゃんしかいないんでしょ?悪い奴の『試験官』も全滅しちゃって、残るはボスの千秋千里とかいう奴だけで……、その千秋千里も何をしてるのか判らないのよねー。『球舞』みたいに派手な事はしてこないし」
「奴らの企みは判らない。だが、一つ言えることがある。この戦いはもうすぐ終わる」
「あ、勇騎ちゃんお得意の真実って奴ね!」
「ああ、そうだ」
今度の勇騎の声には強張ったようなものが混ざっていた。さっきの勇騎の声に混じっていた柔らかくて肌触りがいい感触とは違い、硬くて触れにくい感触があった。いつもの勇騎が口に出す「真実」という言葉にあった刃物の鋭さはなく、代わりに石ころのようにゴツゴツしたようなものがあった。
勇騎の様子に戸惑ったゆかりが次の言葉を迷っていた時、博成が走って来た。手には近くのコンビニの袋を持っている。
「お待たせー!コーヒー買って来たよ」
「お、サンキュー、一ノ瀬ちゃん」
「ほら、勇騎君も。温かいものを飲んだ方がいいよ」
「ありがとう」
ゆかりは、博成が来てから勇騎が安心している事に気付いた。彼といる方がリラックスしていると言ってもいい。
怪盗アルケーがいない状態ではデュエルで手を貸す事もできず、彼の悩みを受け入れる事もできない。自分の自信がなくなっている事に気付いた。
(こんな事だったら、アタシもデュエル・マスターズの勉強をしておけばよかったな)
そんな事を考えながら、勇騎と博成を見ていた。

レストランでの食事を終えた豪人と美和はホテルの一室にいた。夜空も夜景も同時に眺められるような最上階の部屋だ。
そっと窓に手を当てる。窓には緊張している美和が映っていた。緊張だけではない。期待もある。
豪人は美和を愛していた。美和も同じように豪人を愛している。二年前に彼に巻き込まれた時からずっと一緒だった。いつだって、美和の想像を超えた事をする紳士だった。
今日という日が来るのを、美和はずっと待ち望んでいた。豪人の美和に対する想いや行動は恋人に対して向けられるものだというのは判っている。しかし、豪人はどこかでそれをセーブしていた。来るべき時までは一線を超えないように己を律していたのだ。それが、今日、終わる。
どんな心境の変化があったのか、美和にはまだ判らない。しかし、どんな変化があっても美和は豪人の全てを受け入れる。今までそうして来たように、これからもそうするのだ。
「お待たせ、美和」
豪人の声が聞こえて振り返る。彼は最後の準備のためにしばらく出かけていたのだ。
いつもと同じ紳士的な笑顔を見せた豪人は、美和に近づく。美和も同じように彼に歩み寄った。
「今日は突然どうされたのですか?外で博成さん達が見ていましたよ?」
「勇騎君にボディガードを頼んでいたんだけれど、彼らまで来てしまったみたいだね。彼らにはちょっと悪かったかな。でも、やるべき事が終われば、またみんなで集まれるさ」
やるべき事。
きっと、それは『試験官』のリーダー、千秋千里との決戦だ。豪人は、自分で決着をつけようとしている。『試験官』の一人、白峰敦也が豪人と美和を狙って行動したことで、豪人は炊きつけられたのだ。
「行ってしまうのですか?」
今まで自分を満たしていた期待が、空気の抜けた風船のようにしぼんでいくのを感じた。豪人の頭の中にある一番の問題は千秋千里なのだ。それが判っていたのに、思い出しただけで悲しくなってくる。
「戦えるのは僕か、勇騎君しかいない。墨川一夜は行方不明、ヴェルデ君は故郷に帰っていった。怪盗アルケーもいない。だから、戦える者がやらなくちゃならないのさ」
豪人の笑顔はいつでも優しい。それ故に卑怯だ。逆らい難い。
だが、美和はこの時、豪人の言葉に抗った。それは美和にとって数少ない出来事だった。
「だったら、戦うのは勇騎さんでもいいじゃありませんか!無理して豪人様が戦う理由なんて……、そんなものはどこにも……」
「この世には二種類の人間がいる」
それは豪人の口癖。彼の信条や真理について語る時の言葉だ。
「苦難に挑む者と苦難から逃げる者だ。苦難に挑む者は得られるものも、それに伴う危険も大きい。苦難から逃げる者は安全だけど、何も得られない。どちらが正しいのか、それは僕にも判らない。だけど、ここで苦難から逃げて何もしなかったら全てが目茶苦茶にされてしまう。僕は、それだけは嫌なんだ。愛する人や大事な人がいるから、僕は千里のやろうとしていることを止めなくちゃならない。彼の存在を知ってしまったから、戦わなくちゃならない」
その瞳は美和だけを見つめている。悲しみの感情を吸い取ってしまいそうな目をしていた。
「美和、今までありがとう。君はもう、僕の所有物ではなくなった」
豪人はポケットから小さな箱を取り出した。ゆっくりとそれを開ける。
美和には、中身が想像できていた。だが、驚きもしたし、感激もした。涙が流れ、笑顔を見せた。
「美和、君にこれを贈る。僕と、結婚してください。これからは所有物ではなく、人生のパートナーとして僕のそばにいて欲しい」
美和は豪人に渡された指輪を受け取る。そして、プロポーズの返事として、豪人を強く抱きしめた。

窓から朝日が差し込んでいた。
多くの愛を受け取った豪人は、それによって戦う力を得た。今までにない強い力が体の中に満ち溢れている。
白いジャケットを羽織った彼は、ベッドに近づく。そこには指輪をはめた美和が眠っていた。
その頬に優しくキスをして、豪人は呟く。
「美和、行ってきます」
覚悟をした男は、今、戦場へ向かった。

千里の住むマンションには簡単に辿り着けた。場所を指定されたわけでもなければ、案内されたわけでもない。千里が今朝から発している強大な気配を追っていたらここに着いたのだ。
建物の中に入り、エレベーターが上昇すると気配はさらに強く感じられるようになった。周りには誰もいないのに監視されているような気分だった。
最上階に着いた豪人はそこにあった一つしかないドアを開ける。鍵は掛かっていなかった。
その部屋は非常に広く、体育館くらいの大きさだった。床はフローリングでほとんど何も置かれていない。奇妙な空間だった。
「私のデュエルのためだけに作らせた部屋だ。いい部屋だろう?」
部屋の奥から主の声が聞こえた。椅子に腰かけ、コーヒーを飲んでいる。
少し派手なシャンパンゴールドのネクタイを締めている事以外は特徴的な部分がない三十代前半の男。それが豪人の抱いた千秋千里の外見の印象だった。今までの敵と比べると、驚くほど普通に見える相手だ。
しかし、今までの相手とはにじみ出るプレッシャーが違う、そして、使うデッキも別物だった。豪人は彼が手にしたデッキに見覚えがあった。
「これが私の『エクスプロード』だ。『試験官』が使っているレプリカではない。本物だよ」
「それが君に扱えるとは思えないな」
「扱えるさ。ほら」
千里が指を鳴らすと『エクスプロード』が黒く輝く。そして、何もない所から巨大なデーモン・コマンドが現れた。一体や二体ではない。十体はいる。部屋を埋め尽くすように現れたクリーチャー達は、皆、豪人を見ていた。殺意のこもった瞳だ。
「『試験官』を倒したことで君の実力は証明された。一次試験は合格だ。次は二次試験だよ」
千里が言い終わるのと共に十体のデーモン・コマンドが豪人に襲いかかる。しかし、豪人は微動だにしない。先頭にいたデーモン・コマンドが両腕で斧を振り下ろす。その両横にいた者達は黒い剣を突き出した。
しかし、その全てが豪人に触れる前に止まる。そして、デーモン・コマンド達も黒い光となって消えていった。
「九重九十九と同じ事をやれば勝てると思った?甘いんじゃないかな?」
豪人の足元には金色に光る光文明のマークが現れていた。『ネオウエーブ』が持つ能力を発動させていたのだ。
「僕の『ネオウエーブ・ワンワールド』は九重九十九の『球舞王(ゴー・オーバー)』のように圧倒的力ってわけじゃない。でも、彼が到達したレベルなら、僕だって既に辿り着いている。いや、追い越していると言うのが正しいね」
「そして、私との力の差もほとんどないということか。非礼を詫びよう」
千里は『エクスプロード』を持ったまま立ち上がる。豪人も『ネオウエーブ』を懐から取り出した。
世界は人々に気付かれることなく、戦うための世界へと変わる。シールドを設置すると互いの目が合った。
「愛する人がいるからね。負けないよ」
「戦う前に愛を語るか。恋だの愛だのと言った者は負けて死んでしまうよ」
「古いね」
そう言って豪人は指を振る。そして、マナを溜め、行動の準備をした。
「最近は愛する人のために勝つようなハッピーエンドが主流なのさ。だから、僕が負けるはずがない!」
互いに『フェアリー・ライフ』『ジャスミン』でのマナブーストを終える。その直後に豪人が動いた。
「『スペース・クロウラー』を召喚!これで手札を増やす」
一つ目で長い下を持つ『スペース・クロウラー』が召喚された瞬間、『スペース・クロウラー』は銅との山札に向かって舌を伸ばした。舌で三枚のカードをつかんで豪人に向かって投げる。豪人は飛んできたカードの一枚をキャッチした。
「何を取ったのか判らないが、私にとって嫌なものなのは間違いない。捨ててもらおう」
『青銅の鎧』でマナを増やした後、残ったマナを使って『ゴースト・タッチ』を唱える。カードから伸びたか細く黒い手で豪人の手札を弾き飛ばしていった。墓地に置かれたのは『知識の精霊ロードリエス』だった。
「ドローのためのカードか。これで一安心だ」
「安心するのはまだ早いよ」
豪人の場に二体目のブロッカーが現れる。
それは多くの腕を持つ青い精霊『ロードリエス』だった。手札には二枚の『ロードリエス』があったのだ。
「能力で一枚ドロー。こいつで切り札を引き当ててみせるよ」
「なるほど。ドローのためのカードが一枚のはずがないな。ならば、私はこうする」
千里のシールドが変化し、巨大なパンダの頭部がついた城へと変わっていった。そのパンダは焦点の合わない目をしていてケタケタ笑っていた。
「『ハッスル・キャッスル』で要塞化した。君と白峰のデュエルで起きたことだ。今回は逆に、君が使われる立場になったね」
豪人は千里の言葉に答えず、相手のマナゾーンを見た。彼が使っているのは光、闇、自然で長期戦に向いた配色だ。
豪人はマナに置くカードを慎重に選ぶと、『我牙の精霊 HEIKE・XX』を召喚してターンを終えた。
「おや、『アルカディアス』でも出すのかと思ったが違うようだね。なら、こうしよう」
千里が一枚のカードを場に投げた瞬間、それは鎧を纏った黒い煙の人型クリーチャーへと変わる。そのクリーチャーから発せられる煙は黒い手となって豪人の手札に伸びた。そして、その中の一枚を弾き飛ばす。
「『腐敗聖者ベガ』だ。相手の手札を捨て、さらにシールドも追加してくれる」
見ると千里のシールドは六枚になっていた。
その後、豪人は自分の墓地を見た。そこに置かれていたのは『魂と記憶の盾(エターナル・ガード)』だった。『ハッスル・キャッスル』のパンダがけたたましい声で笑う。
「妨害と挑発か。嫌な奴だな」
「手札補充も忘れていないよ。さあ、君の番だ」
豪人はマナのカードを全てタップした。すると、『スペース・クロウラー』が金色の光に包まれる。
変化した後の『スペース・クロウラー』は巨大な翼を広げた精霊の姿をしていた。その姿を見た『ハッスル・キャッスル』のパンダは怯えて奇声を発する。
「『白騎士の聖霊王ウルファス』だ。ブロッカーから進化できるし、ターンの終わりにアンタップできる!」
巨大な進化エンジェル・コマンド『白騎士の聖霊王ウルファス』は千里のシールドに手を向ける。腕から発せられた行撃破が二枚のシールドを叩き割った。
その中にシールド・トリガーはない。その後、『ウルファス』は右手の指先を『ハッスル・キャッスル』に向けた。
「そのイカレたパンダもすぐにやっつけてやるよ」
豪人の宣言に恐怖し、『ハッスル・キャッスル』のパンダは青い顔をして震えた。それを見た千里がなだめるような口調で言う。『ウルファス』を見ても、彼の顔から余裕の笑みは消えない。
「怖がる事はない。こちらにも進化クリーチャーがいる。私の『アルカディアス』を見せてあげよう!」
「『アルカディアス』だって!?」
突如、『ベガ』の鎧が我、中に収まっていた煙が噴き出した。煙の量は徐々に増えていき、『ウルファス』の体調と同じくらいになった。黒い煙の中から金色の光が溢れる。光と共に現れたのは女性的なラインの体を持つエンジェル・コマンド『聖鎧亜クイーン・アルカディアス』だった。
「私の『聖鎧亜クイーン・アルカディアス』は多色でない呪文を封じる能力を持つ。君が持っている多くの呪文はこの一枚で止めよう」
『クイーン・アルカディアス』が腕を組んで豪人のシールドを見ている。それを見て『ハッスル・キャッスル』のパンダは震えるのをやめ、大人しくなった。
「嫌な切り札だ。だけど、パワーなら負けていない!」
豪人は持っていた『エナジー・ライト』をマナに置き、これからの戦い方について考えた。

窓から差し込む光で起きた美和は、ベッドの上でしばらくぼうっとしていた。体中のあらゆる部分に豪人の体温が残っているような気がした。そして、昨夜の事を思い出し、顔を赤くする。
しばらくして身支度を終えると部屋を出てチェックアウトした。ラウンジに向かうとボディガードを任されていた勇騎がいた。勇騎は美和に気付くとコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「金城に言われてタクシーを用意した。お前が家に着くまでが任務だ。行くぞ、佐倉」
勇騎は美和に向かって手を伸ばす。美和はその手を受け取って微笑んだ。
「ありがとう、勇騎さん。でも、今日からは……、これからは私の事も金城と呼んでください」
美和の言葉の意味が判らず、勇騎は戸惑う。しばらく考えた後、こう言った。
「了解した。金城夫人」
勇騎の言い方がおかしかったのか、美和はくすくすと上品な仕草で笑う。そして、彼の後についてタクシー乗り場へ向かった。

「『超次元ホワイトグリーン・ホール』で『時空の霊魔シュヴァル』を出す。そして、手札からシールドを追加するよ」
残り二枚だった千里のシールドが三枚に増えた。自分が破壊される可能性が減って安心したのか『ハッスル・キャッスル』のパンダは下卑た声で笑う。千里はまだ余裕の表情を浮かべていた。
三枚のシールド以外に彼を守るものはない。攻撃用に並んでいるクリーチャーは『クイーン・アルカディアス』と『時空の霊魔シュヴァル』だけだ。
千里に攻撃する意思はないのか、豪人のシールドは無傷の五枚である。バトルゾーンには二体の『HEIKE・XX』が置かれていた。
「余裕みたいだね。それもこれで終わりだ。『HEIKE・XX』を進化!」
豪人の『HEIKE・XX』が金色の光を発しながら巨大化する。その体は部屋に収まり切らないくらいの大きさになっていた。進化後の精霊を見て、敵である千里も「おお……」と感嘆の声を漏らす。
そこに立っていたのは数多の剣を数多の腕で振るう究極のエンジェル・コマンド『聖霊王アルファディオス』だった。
「光以外の呪文、クリーチャーは全て封じた。喰らえ!」
『アルファディオス』が剣を振るい、千里のシールドが全て破られる。『ハッスル・キャッスル』のパンダは断末魔の叫びと共に消えていった。
「怖い顔だ。鬼気迫るとはこういう状態を現すのだろう」
シールドが一枚も残っていない状態まで追い詰めた。しかし、千里の顔は余裕そのものだ。まるで、コーヒーでも飲みながらテレビでやっている映画を観ているような穏やかさがある。微笑の仮面が貼り付けられたように変化がない。
「シールドは破られた。だが、これはどうかな?」
『ハッスル・キャッスル』がついていたシールドが金色の光を発する。そこから、一体のクリーチャーが飛び出して来た。
「シールド・トリガークリーチャー『霊騎コルテオ』だ。こちらのクリーチャーの数だけ相手クリーチャーをタップできるのだが、選ばれないクリーチャーが相手では意味がないね」
そう言って千里はカードを引いた。逆転の可能性を潰された男とは思えないほど落ち着いた動きだった。
「君は光以外のクリーチャーが出せないから私が勝てないと思っているようだが、それは違う。『アルファディオス』は強力だが、全能ではない」
千里が一枚のカードを頭上に放り投げると、『コルテオ』がシールドへと変化した。そして、千里の頭上に黒い穴が開く。
「例えば、超次元呪文。光の超次元呪文を使って光以外のサイキック・クリーチャーを出す事は可能だ。こんな風にね」
黒い穴からは巨大な人型クリーチャーが雄叫びと共に降りて来た。着地の衝撃で、赤いマントがなびいている。両手に持つのは、柄に龍の頭部を模した彫刻を施した剣。胴体と両膝の龍の頭は、わめくように吠え続けている。
「『超次元ガード・ホール』を使い、『時空の邪眼ロマノフZ』を場に出した。そして、『シュヴァル』が覚醒する」
『クイーン・アルカディアス』と『時空の邪眼ロマノフZ』の間にいた『シュヴァル』の肉体が変化していく。より凶暴でより凶悪なオブジェのような姿へと変化していった。それは見る者を恐怖させ、魅了させる美しさと醜さが調和した姿だった。
「『霊魔の覚醒者シューヴェルト』だ。さあ、君の番だ」
豪人の目は、突如現れた闇のサイキック・クリーチャー『ロマノフZ』に釘付けになっていた。パワー7000のクリーチャーなら今の豪人にとって強敵ではない。だが、タップして倒す手段がなかった。
迂闊な動きはできない。何故なら『霊魔の守護者シューヴェルト』がいる時、クリーチャーを召喚すれば千里のシールドが回復し、呪文を唱えれば豪人のシールドがブレイクされるからだ。
「二体までなら何とかなるかな?『HEIKE・XX』を二体召喚する!」
場に新たな『HEIKE・XX』が並ぶ。一体でも強固な守りがさらに硬くなった。同時に『シューヴェルト』の体が光を発する。その裏で新たな二枚のシールドが生まれていた。
「回復されてもまたブレイクすればいい!『アルファディオス』でT・ブレイク!」
『アルファディオス』は持っていた剣を振るって千里のシールドを全て叩き破る。再び、『コルテオ』が姿を現した。
「はっきり言おう、金城豪人。それは外れだ。君らしくないミスをしたね」
「何っ!?」
千里が指を鳴らした。すると『ロマノフZ』の肉体が変化していく。
「覚醒だ。私の切り札の姿を見よ!『邪眼の覚醒者ロマノフ・Z・ウィザード』!」
変化が終わった『ロマノフZ』の肉体は覚醒前よりも細く見えた。だが、周囲を漂っている妖気の量は覚醒前よりも増している。持っていた剣は四本となり、妖刀のような光を帯びていた。千里と同じように危険な気配を漂わせるサイキック・クリーチャー、それが『邪眼の覚醒者ロマノフ・Z・ウィザード』だ。
「僕がミスをしたとはどういう事だ!」
「今から教えてあげよう。その前にマナをチャージだ。おっと、『超次元ガード・ホール』を置いてしまったぞ。これでは唱えられない。困ったな」
わざとらしい言葉だった。肩を震わせて笑っている。挑発しているのか、それとも本当にこの状況を楽しんでいるのか、豪人には判断ができなかった。
「仕方がない。諦めてこれを使おう」
千里が一枚の呪文を唱える。すると、豪人と千里の場の間に黒い鉄の塊が降って来た。それが地面に激突した時、場に衝撃波が走る。豪人の『HEIKE・XX』二体は衝撃波を受けて粉々になってしまった。
「『天使と悪魔の墳墓』を唱えた。同じ名前のカードは墓地に行ってしまう。そして、私の『ガード・ホール』も今は墓地にある」
千里が指した墓地には二枚の『ガード・ホール』が置かれていた。それを見た豪人はすぐにその意味に気付く。
「判っているだろう?私の『ロマノフ・Z・ウィザード』は攻撃する時に墓地の闇呪文を唱える事ができる。さあ、楽しもうじゃないか!」
『ロマノフ・Z・ウィザード』が持っていた四本の剣を妖しく振るう。すると『コルテオ』が再びシールドに戻り、千里の頭上に黒い穴が開いた。
「また『ガード・ホール』だ。だが、出すのは『ロマノフ・Z』ではないよ。これだ」
黒い穴からは馬に乗った貴族のような姿のデーモン・コマンドが現れる。そのデーモン・コマンドは持っていた二本の剣を『アルファディオス』に突き刺した。それが突き刺さった途端、『アルファディオス』は倒れ、崩れ落ちていく。
「『時空の凶平ブラック・ガンヴィート』だ。タップされているクリーチャーならどんなクリーチャーでも破壊できる。これでクリーチャーは全滅。次はシールドだ!」
クリーチャーを滅ぼした後も『ロマノフ・Z・ウィザード』は容赦しなかった。四本の剣で豪人のシールドを三枚砕いていく。豪人は期待した目でシールドを見たが、その中にシールド・トリガーはない。
「まだ終わりではないよ。『クイーン・アルカディアス』でW・ブレイク!」
『クイーン・アルカディアス』が豪人のシールドに手を向ける。指の先から発せられる黒い二条の光線が豪人のシールドを貫いていった。
「残念だったね、金城豪人。私のクリーチャーをタップするか、名前が違うブロッカーを用意していればこんな事にはならなかった。己の判断ミスを呪うといい」
「いや、まだ大丈夫だよ」
最後のシールドが強い光を発した。
そこから人の姿をしたクリーチャーと、巨大な銛が飛び出す。その銛は勢いよく飛んでいき、『シューヴェルト』の胸元を突き刺した。息絶える瞬間、『シューヴェルト』は光を発して千里のシールドを回復していった。
「シールド・トリガー『ミスター・アクア』だ!場に出るとサイキック・クリーチャーを超次元ゾーンに戻す事ができるブロッカーだ!まだ僕は負けていない!行くぞ!」
豪人の手札には『光牙忍ハヤブサマル』があった。それを確認してから自分の山札を見る。長期戦で少なくなっていた。それを見て豪人は山札の中にあるカードを思い出す。引きたいカードは上に来ているはずだ。
「まずは『スペース・クロウラー』を召喚!山札の上三枚を見る!」
豪人は『スペース・クロウラー』の能力によって飛んできた三枚を祈るような気持ちで見る。その中に求めていたカードはあった。
それを受け取るとすぐに行動を始めた。マナをタップして、求めていたそのクリーチャーを召喚する。
「『デ・バウラ伯』を召喚!墓地の『魂と記憶の盾』を手札に加える!」
これで手札を含めて三体のブロッカーがいる事になる。千里の攻撃を受け切れる量だ。
次のターンで『魂と記憶の盾』を使い、千里の『ロマノフ・Z・ウィザード』を撃破し、どちらかのブロッカーを『ウルファス』に進化。『クイーン・アルカディアス』が攻撃をしていたらタップされた『クイーン・アルカディアス』を攻撃し、無理なら防御に徹する。
豪人がそこまで考えた時、千里の持っていたカードから巨大な黒い鎌が飛んできた。それは豪人の手札に強い衝撃を与え、全て弾き飛ばして行く。呆然とする豪人の頭上を『ハヤブサマル』や『魂と記憶の盾』が舞っていた。
「『ロスト・ソウル』だ。魂は砕けたかな?」
『クイーン・アルカディアス』が動く。豪人は咄嗟に『スペース・クロウラー』に指示を出してブロックしていた。それと同時に『デ・バウラ伯』が黒い煙に覆われて腐食していく。見ると、『威牙の幻ハンゾウ』がいた。
「最後に教えてあげよう。デュエル前から使っていた私の能力『ジ・アンサー』は全ての答えを見る能力。それは未来を見る能力だ。この戦いの終わりも判っていた。『ジ・アンサー』で見た未来と同じだ。私の勝ちだ!」
『ロマノフ・Z・ウィザード』が剣を振り上げた。その瞬間、豪人は声を上げて笑った。それを見て初めて千里の顔から余裕の笑みが消える。
「何故、笑っている?判らないな」
「判らないのも無理はないよ。このデュエルだけを見るなら君の勝ちだ。だけど、僕も自分の勝利条件は満たしている」
豪人の目に宿る光は強いものだった。嘘や偽りを言っている目でもなければ、狂って出鱈目を言っている目でもない。
「勝利条件を満たした?敗北しているのに?『ジ・アンサー』で見た未来と同じ状況になっているのに?」
千里には豪人の考えが理解できなかった。余裕の仮面をかなぐり捨てて豪人に問い詰める。
今は逆だった。追い詰められていたはずの豪人が余裕の笑顔を見せている。
「君の『ジ・アンサー』も勇騎君の『プロミネンス・ネクスト・レベル』と同じで未来を見る能力か。だが、忘れていないか?僕の能力を。僕の『ネオウエーブ・ワンワールド』を」
デュエルの前に豪人は『ネオウエーブ・ワンワールド』を発動させていた。千里はそれを『球舞王(ゴー・オーバー)』の能力と対等に並ぶ程度の能力だと考えていた。豪人はまだ、能力の説明をしていない。
「僕の『ネオウエーブ・ワンワールド』は僕が選んだ能力から、僕と美和を対象にさせない能力。君が未来を見る能力を使っても、僕と美和の未来を見る事はできない。未来を見るという因果に関連する能力だから完全にシャットアウトはできない。しかし、ある程度でいい。見てごらん。君の能力で見る未来の僕はどんな姿をしている。どんな姿で君に負けているか具体的に言ってみろ!」
そこで、千里は初めて気付く。
豪人に勝つという結果はイメージできている。しかし、具体的なビジョンが見えない。勝った自分がどんな表情をしているのか、それが判らなかった。
「だが、それが何になるというんだ。君が負けた事に変わりはない!」
「もう一つ忘れている。未来を見る事ができるのは君だけじゃない。勇騎君も未来を見る事ができる。彼には千里と戦う事と、この作戦の全てを伝えた。今頃は能力でこの全てを見て、君を倒す策でも考えているだろうね」
豪人は指を立てる。それは敗北者の仕草ではない。勝利者の仕草だ。
「この世には二種類の人間がいる。小さな勝ちで満足する者と大きな勝ちで満足する者だ。君がどちら側の人間で僕がどちら側の人間か、もう判っているだろう?」
「負け惜しみを言うなっ!」
その一言で千里が激昂する。ついに『ロマノフ・Z・ウィザード』の剣が振り下ろされた。赤い光を帯びた剣が床に叩きつけられる。衝撃と共にカードが舞った。
それだけではない。金色に光るボタンが宙を飛んでいる。それが豪人の上着のものだと判った時、千里は声をあげて笑った。世界が元の姿に戻ってからもしばらく笑っていた。
笑うのをやめてから、千里は客人がいた場所を見る。そこにはもう誰もいない。消え去ってしまったからだ。主を失って灰色になった『ネオウエーブ』が豪人の忘れ形見のようにそこに置かれていた。
「小さな勝利も大きな勝利も私のものだ。これは私の計画のために使わせてもらうよ」
もう千里の顔に怯えや恐怖はない。余裕の仮面を貼り付けて『ネオウエーブ』を手に取った。

ボディガードの役目を終えた勇騎は、自宅にいた。
豪人の予想通り、勇騎は能力を使って全てを見ていた。豪人が戦うと彼に言った瞬間に、勝敗は判っていた。しかし、言う事ができなかった。
まだ覚悟ができていない人間は、覚悟をした人間に言葉をかける資格を持たない。勇騎にはそれが判っていた。
それでも、覚悟をしようと努力はしている。改めて破滅の未来のビジョンを見た。全てが破壊し尽くされ、灰色の光景が広がった廃墟の世界だ。それを回避するために、豪人は戦ったのだ。
「……っ!これは、何だ?」
突如、未来のビジョンにノイズが走る。そして、テレビの電源をオフにした時のようにビジョンが消えてしまった。九十九との戦い以来、こんな事は一度もなかった。
「あの時の後遺症か……?」
勇騎の能力『プロミネンス・ネクスト・レベル』は墨川一夜の能力『エクスプロード・フルフォース』によって破壊されている。彼を倒した後に能力は元に戻ったから気にしてはいなかったが影響があったのだ。
仲間を失い、能力も失った。敵は万全の準備を終えて勇騎を待っている。逃げるという選択肢はない。逃げても無駄な相手だ。
行き先が判らず、勇騎が考え込んでいると携帯電話が震えた。博成からメールが来ていた。
『近くのお店にデュエルに行かない?僕とデュエルしようよ!』
そんな内容のメールだった。こんな時に何を言っているのかと思いながら勇騎は立ち上がる。何も考える事なく、家を出た。

第三十四話 終

第三十五話予告
未来への希望を残して豪人は千里に敗北した。その思いを受け止めた勇騎の中にはまだ迷いがあった。博成はそんな彼を誘い、ただの遊びとしてのデュエルを始める。
「勇騎君は強いんだ。だから、きっと大丈夫」
ただの遊び。されど、遊び。その先に勇騎が見たものとは。
第三十五話 博成
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