スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『TOKYO決闘記』最終話 勇騎

『TOKYO決闘記』
戦うための変化を終えた世界で、赤城勇騎と千秋千里が対峙している。彼らの前には五枚のシールドが現れ、五枚のカードが手札として飛んでくる。全ての準備を終えた時、勇騎が口を開いた。
「お前は悪趣味な奴だな」
「そう思うかい?彼らは彼らの戦いをする。私達は私達のデュエルをする。それだけだ。彼らを気にしている暇はないよ」
勇騎は自分の手札に意識を集中させようとする。その時、スクリーンの中から声がした。博成の声だ。スクリーンに目を向けると、千里の部下の一人が『ブランク』を取り出したところだった。それを博成に向かって投げようとしている。
「一ノ瀬!」
勇騎が叫ぶのと同時に『ブランク』は博成に向かって飛んでいった。

最終話 勇騎

一ノ瀬博成は両手を広げて立っていた。
勇騎に言われた事を忘れたわけではない。最初は彼も地下シェルターの中で待っているつもりだった。だが、妙な胸騒ぎがして様子を見るために外に出た。勇騎と共に行動していたせいで、感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれない。
様子を見に来た彼の目に映ったのは灰色のデッキを持った大勢の男達だった。
「こいつ、やる気か?そこをどけよ」
「ど、どかないよ!」
自分の中にある勇気を振り絞りながら声をあげる。だが、震えているのが自分でも判った。まるで怯えた小動物が敵を威嚇するような弱さを感じさせる声だ。
そんな博成を見て、目の前にいる男達は笑った。取るに足らない相手を見た時に出る馬鹿にした笑いだ。
その中の一人がカードを取り出した。イラストの部分に絵が描かれていない。テキストにもカード名にも何もない。枠組みだけが作られた空白のカード『ブランク』だ。
「残念だったな。お前みたいな奴じゃ時間稼ぎにもなれないんだよ!」
『ブランク』がその男の指から離れた。そのカードは博成に向かって一直線に飛んでいく。
博成は硬く目を閉じた。この時、彼の脳裏には勇騎と始めて出会った時の事が浮かんでいた。あの日も博成は『ブランク』の脅威に晒されていた。『ブランク』に封じられた者がどうなるのか、『ブランク』を持つ者の目的は何なのか、それすらも判らずに消されてしまうような恐怖に怯えていたあの時だ。あの時は勇騎が助けてくれた。今はここに勇騎はいない。
(大丈夫。ここで僕が閉じ込められても勇騎君は必ず僕を助けてくれる。千秋千里を倒して約束を果たしてくれる)
博成は覚悟を決めていた。だが、『ブランク』は彼に触れる事はなかった。博成は、自分が気付かない内に『ブランク』に吸収されてしまったのではないかと思い、目を開ける。彼の前にはよく知った男がいた。雪と同じように白いスーツを着たその男のコートが冷たい風になびいた。
「この世には二種類の人間がいる。かっこいい奴とかっこ悪い奴さ。君は前者だよ。よくがんばったね。博成君」
「金城さん!」
博成の目の前にいた男が振り返る。そこにいたのは保持者の一人、金城豪人だった。シャツの首元から包帯が覗いている。怪我を負っているようだった。左手で大きなスーツケースを持っている。
「君がこいつらの気を引いてくれたおかげでうまく行った。奇襲は成功だよ」
そう言って豪人は右手で持っていたカードを見せる。それは千里の部下達を封印した『ブランク』だ。二十枚近い。
「貴様は千里様の手にかかって倒れたはず!何故、生きている!」
「僕は光の保持者だよ。なめてもらっちゃ困る」
そう言うと、豪人はスーツケースを開けた。灰色のデッキケースがすし詰めになっている。彼はその中の一つを手に取って千里の部下達を見た。
「僕を倒せる自信のある奴はかかって来い。それ以外のザコは帰るんだ!」
千里の部下達は顔を見合わせた。『ネオウエーブ』を持っていないとは言え、相手は保持者だ。しばらくして、一人が前に出た。
「保持者が手負いでやってきた。今なら倒せるかもしれねぇ。こいつを倒せば『試験官』に昇進だ!」
目の前にあるチャンスを見て男は震えていた。対して豪人はリラックスしているように見える。呼吸も落ち着いていた。
「金城さん、本当に大丈夫なんですか?千秋千里に負けたって……」
「それは事実さ。あと、大丈夫なのも事実。明日、役所に婚姻届を出さなくちゃいけないし、妻が待っているからね。負ける理由がない」
「え?金城さん、結婚するんですか?おめでとうございます!でも、誰と?美和さんは?」
博成の問いかけを聞いた豪人は頭を抱えた。白い息を吐いた後に彼を見て言う。
「君は鈍いね。美和と結婚するんだよ」
「ええーっ!」
「さてと、おふざけはここまでだ。行くよ!」
豪人が灰色のデッキを握って強く念じた時、世界は戦うための世界へと変わっていった。

「金城豪人め……」
モニターの映像を見て、千里は舌打ちをした。恨めしそうな表情をしている。
彼はモニターから目を逸らし、勇騎を見る。その顔は既に貼り付けたような笑みに戻っていた。量産された笑顔の仮面のような表情だ。
「あれくらいは許してやろうか。最後の悪あがきだ。世界の全ては滅ぶ。私と君が見た未来に間違いはないよ」
千里は撫でるような手つきでマナのカードに触れた。そして、手札にあるカードの束から一枚のカードを引き抜く。
「『霞み妖精ジャスミン』を召喚しよう。そして、自爆させる」
千里の場に可愛らしい妖精が現れ、淡い光と共に消えていく。それから一瞬の間も置かずに勇騎も緑色の光を発するカードを場にかざした。
「『フェアリー・ライフ』でマナを増やす」
「お互い、最初にやる事は同じか。では、これはどうかな?」
黒く光るカードを千里が取り出す。そこから飛び出した枯れ枝のように細く黒い腕が勇騎の手札のカードを弾き飛ばしていった。赤い保持者の目は墓地に落ちていく『コッコ・ルピア』を見ていた。
「君は『ゴースト・タッチ』は好きかい?おや、お気に召さなかったようだ」
微笑む千里の挑発に乗る勇騎ではない。山札の上のカードを引き、『コッコ・ルピア』が捨てられた時のために用意しておいた別のカードを繰り出す。緑色の光の中から、新緑の翼を持つカラフルな小鳥が現れた。
「『エコ・アイニー』を召喚し、能力で山札の上のカードをマナに。それがドラゴンだったので、もう一枚をマナにする!」
勇騎のマナゾーンが突如、赤と緑の光に包まれた。千里は目を細めながらそれを見ていた。
「ほう、『コッコ・ルピア』だけに頼るつもりはないということか。だが、いくらマナを増やしても手札がなくてはね!」
黒い煙と黄金の光が千里の場に現れる。その中から、『腐敗聖者ベガ』が現れる。『ベガ』は腕の先を勇騎の手札に向けると煙を吹きつけた。それと同時に『ベガ』の背後が光り、新たなシールドが形成される。
「いいクリーチャーだろう?『腐敗聖者ベガ』だ。シールドを追加し、さらに敵の手札まで捨ててくれる。さあ、どうした?金城豪人の戦いのデータを見て私の戦い方は知っているはずだろう?対策もなしにここまで来たのかな?」
「手札がなくても山札がある。召喚!」
赤い光と共に硬い鱗を持つ竜が現れた。鋭い目つきをしたそのクリーチャーは主と共に敵対者のシールドを睨みつけた。
「『紅神龍バルガゲイザー』だ。俺はこのクリーチャーの力を使い、山札の上からドラゴンを呼び出す」
「九重九十九と戦った時から進歩していないようだね。ドラゴンデッキで私に勝てるかな?」
千里は自分のシールドに向かって一枚のカードを投げつける。緑色の光と共に、巨大なパンダの頭部が現れた。
「準備はできた。『ハッスル・キャッスル』の要塞化が成功した今、私に怖いものはないよ。手札があれば何でもできる。君を葬ることなどたやすい」
『ハッスル・キャッスル』のパンダは勇騎の『紅神龍バルガゲイザー』を睨みつけて威嚇する。獣のように闘志をむき出しにしていた。
「手札も策も使う時間を与えなければいい。数で攻める!」
勇騎の場に二体目の『エコ・アイニー』が現れる。マナが増えたのを確認したあと、『バルガゲイザー』に攻撃の指示を出した。
「行くぞ!『バルガゲイザー』で攻撃!」
勇騎は山札の上のカードに触れ、それを上空へと投げる。それは赤い光と共に龍へと姿を変えた。鋼の鎧を纏ったその龍『ボルシャック・NEX』が着地し、吠える。すると、勇騎の山札から一枚のカードが場へと飛んでいった。
「『ボルシャック・NEX』が場に出る時、『ルピア』とつくファイアー・バードを出す事ができる。俺が出すのは『コッコ・ルピア』だ」
巨大な『ボルシャック・NEX』の足元に二体の『エコ・アイニー』と一体の『コッコ・ルピア』が並んだ。それを横目で見た『バルガゲイザー』は自分の体を叩きつけて千里のシールドを破る。それを見た千里の口元が緩んだ。
「いい攻撃だ。礼を言わせてもらうよ」
千里が指を鳴らす。すると、破られたシールドが金色の光を発した。瞬きする間もなく、巨大な塊が空中に現れる。重力に引かれて落下したそれは衝撃波を発しながら砕けた。その衝撃波を浴びて二体の『エコ・アイニー』と勇騎のマナのカード二枚が緑色の光と共に消えてしまった。
「しまった!マナが!」
「シールド・トリガー、『天使と悪魔の墳墓』だよ。『フェアリー・ライフ』も『エコ・アイニー』も確かにいいカードだ。だが、山札の上からマナゾーンに置くというランダム性も持っている。それ故、同じカードが固まる事もある」
豪人と千里の戦いでも『天使と悪魔の墳墓』は使われていた。それを知っていた勇騎はマナゾーンに置くカードにも気を配っていた。だが、ランダムに置かれるカードだけはどうしようもない。
「さあ、私のターンだ。『エコ・アイニー』が寂しくないように、お友達を連れて行ってあげよう」
千里がバトルゾーンに一枚のカードをかざす。すると、『コッコ・ルピア』の周囲に黒い煙が現れ、小さな体が飲みこまれていった。そして、空中に巨大な青い剣が現れ『バルガゲイザー』の体に突き刺さる。
勇騎が千里のバトルゾーンを見ると、そこには馬に乗った骸骨の貴族のようなクリーチャーが立っていた。
「『超次元ミカド・ホール』を使って『コッコ・ルピア』を破壊。『時空の凶兵ブラック・ガンヴィート』を出して『バルガゲイザー』を破壊した。おっと、ドローも忘れずに行っておこうか」
倒れる『コッコ・ルピア』と『バルガゲイザー』を見て笑っていた『ハッスル・キャッスル』は千里の声を聞いて主を見た。そして、口からカードを吐き出す。千里は右手の人差指と中指でそのカードを取り、手札に加えた。
「うん、いいカードだ。私だけこんなにいい思いをして悪いね。だが、決闘だから仕方がない」
「挑発のつもりか?その程度の事で俺が……」
勇騎が言いかけた時、彼は激しい頭痛を感じた。
その直後に『プロミネンス・ネクスト・レベル』で見た未来のビジョンが脳裏に浮かぶ。それも一瞬の事だった。次の瞬間に彼の脳裏に浮かんだのはここに来る前に行った博成とのデュエルの映像だった。
能力が暴走しているのか、脳裏に浮かぶ映像は次々と移り変わっていく。博成、日芽、豪人、美和、ゆかり、ヴェルデ。仲間の姿が浮かんでは消えていった。
勇騎自身が脳内の映像を処理しきれないと思った時、全てが元に戻る。目の前にあるのは目まぐるしく変わっていく記憶ではなく、戦うための世界だ。
「どうしたんだい?私が攻撃する前に自滅するなんてつまらない事はしないでくれよ」
勇騎は何も言わずにカードを引いた。
死ぬ前は過去の出来事が映像として脳裏を走ると言う。自分に起こったのがそれでない事を祈りながら、戦略を構築していった。

戦いに勝利した豪人は、敗れた敵に『ブランク』を投げる。倒れた相手からは黒い煙のようなものが出て来て、『ブランク』に吸い込まれていった。
豪人が握っていた灰色のデッキは保持者が持つ強大なエネルギーに耐え切れずに壊れる。豪人は残骸を投げ捨てるとスーツケースから新しいデッキを取り出した。
「次は誰だ!」
豪人は鋭い目で敵を睨み、白い息を吐き出しながら荒々しい口調で聞く。千里の部下達は一斉に顔を見合わせる。
ここにいるのは『試験官』や『球舞』にも劣るような連中だ。それでも、豪人に挑んだのは部下達の中ではトップクラスの実力者だった。既に、その実力者がたった一人の保持者を相手に五人も倒されてしまった。その事実に部下達は怯えている。
「誰も来ないなら……、こっちからリクエストするよ。そうだな……」
豪人が腕を組んで考えようとした時、彼の体が揺れる。彼の上半身が重力に引き摺られて前に倒れる。
「金城さん!」
豪人は何とか膝をついて耐えた。だが、彼は激しくせき込んだ。口からは一筋の赤い血が流れている。
「大丈夫。ちょっとがんばり過ぎただけさ。心配いらないから、早くシェルターに戻りなよ。美和に『金城豪人は最後まで佐倉美和を愛していた』って報告してくれないか……」
「そんな事……、自分で伝えてください!自分で美和さんの前まで行って直接言ってください!そんな報告なんかしたくありませんよ!」
博成は声を震わせる。それを聞いた豪人は頭を振って立ち上がる。
「やれやれ。君に渇を入れられるとは思わなかったよ。もう少しやってみるか」
豪人の目には激しい闘志が宿っている。だが、弱っているのも事実だった。彼の様子を見て、千里の部下の一人が前へ出る。
「保持者だって無敵じゃない!弱っているんだ!今なら、俺だってこいつを倒せる!」
「なめるなって。僕は保持者なんだから……」
新たな挑戦者を見て、豪人はデッキに力を込めようとする。だが、その手からデッキが落ちた。再び、バランスを崩してひざまずく。
豪人は歯を食いしばって立ち上がろうとするが、体に力が入らない。もう限界だった。地面にうっすらと積もった白い雪の上に赤い血が落ちた。
それを見て千里の部下達は『ブランク』を取り出す。
「こいつに戦う力は残っていない。あっけないな!保持者!」
千里の部下の一人が『ブランク』から手を離す。そのカードは豪人に向かって一直線に飛んでいった。豪人はそれを見たが、抵抗する力は残っていない。小さく息を吐いて覚悟を決める。
だが、それは豪人に触れることはなかった。豪人の前に現れた人物によって止められていたからだ。
豪人は顔を上げて彼女を見る。彼女は何事もなかったかのように『ブランク』を捨てると手に持っていたひょうたんの中身に口をつけた。
「酒の礼を忘れていたよ。恩返しはちゃんとしないと酒がまずくなる」
亀島美土里(かめしまみどり)だった。彼女は振り返って豪人を見る。
「式はいつだい?酒が出るならあたしも出るよ」
「まず『おめでとう』って言うもんじゃないかな?」
戦友が来たことでリラックスしたのか、豪人は微笑んだ。自然に冗談めいた言葉も出る。
豪人は立ち上がろうとして脚に力を入れたが、よろめいた。倒れかけた彼を一人の男が支えた。長い銀髪のその男を見た時、豪人と博成は驚いて目を見開いた。
「ヴェルデ君……。君が、どうして?」
「あの女に呼び出された。力を貸すぞ」
豪人の体を博成に預けると、銀髪の保持者、ヴェルデはスーツケースに手を伸ばす。それ以外にもう一人、スーツケースからデッキを取る者がいた。
「委員長……」
デッキを取ったのは青海ゆかりだった。彼女は手に持っていた紺色の仮面をかぶると、博成を見る。
「私は君達が知っている青海ゆかりではない。私は怪盗アルケー。蘇った怪盗だ」
「嘘だ!アルケーは勇騎君がやっつけたはずなのに……」
「仮面の中に意識の一部を移していたのさ。万が一の時のためにバックアップだ。時間に限りはあるが、この娘の姿を借りるくらいのことはできる」
「借りるって……?」
アルケーは博成の問いには答えない。ヴェルデを見て空を指した。
「時間がないのは、君も同じか」
空には緑色の光を発する穴が開いていた。その穴は少しずつ小さくなっていく。
「あたしがこじ開けたのさ。閉じるまで十分もない。それまでの間、こいつらの相手を手伝ってくれるかい?」
「それだけあれば充分だ。仲間は俺が守る」
「今日のターゲットは美しくないな。だが、この雪に免じて許してやろう」
二人の保持者と美土里が敵に向かって走る。恐怖した千里の部下の一人が叫んだ。
「何でいないはずの保持者が出てくるんだ!それに増援が来るって話だろ!そいつらはどうした!」
「知るかよ!もう勝てるわけがねぇ。俺は逃げるぞ!」
千里の部下の中には保持者に背を向けて逃げ出す者もいる。場に残っている者の中にも逃げるか戦うか迷っている者がいた。それを見た博成はこの場の戦いに勝利したと感じていた。

確かに、増援は豪人のマンションに向かっていた。だが、彼らはそこまでたどり着けなかったのだ。
道に多くの男達が倒れている。その中心に一人の男が立っていた。体の多くを包帯で隠した保持者、墨川一夜(すみかわかずや)だ。
彼は地面に倒れた男の一人を蹴飛ばすと空に向かって吠えた。
「クソがァァァツ!この程度か、お前らァァァツ!こんなザコが、俺とゼロ号の殺し合いを邪魔して火炎瓶を投げやがったのか!」
倒れた男達の中には、勇騎と一夜の決闘が終わった後、彼らに向かって火炎瓶を投げた者もいた。勇騎に敗れた時から、戦いを邪魔した者を探していたのだ。
心底不機嫌そうな顔をした一夜は、ある一点を見た。そこにある気配を感じ取ると満足したように歯を見せて笑う。
「ゼロ号か。あと、俺の『エクスプロード』を使ってる奴がいるな」
一夜は地面に倒れた男を踏みつけながら戦いの気配がする方向へ進んでいった。

「そろそろギブアップしたらどうかな?」
千里の場に新たなサイキック・クリーチャー『時空の封殺ディアスZ』が現れる。彼のバトルゾーンには、他に『時空の凶兵ブラック・ガンヴィート』と『時空の不滅ギャラクシー』が並んでいる。シールドは四枚だ。
「そんなことをする気はないな」
勇騎の記憶の混乱はまだ続いている。荒い息を吐きながら彼は相手を見た。
勇騎の場には『コッコ・ルピア』とドラゴンに無限の命を与える『インフィニティ・ドラゴン』が立っていた。シールドは無傷の五枚だ。千里は間違いなく勝てると判断した時までシールドを攻撃しないタイプの人間だった。
「それでは最後までお付き合いいただこう!」
突如、その場を光が包んだ。同時に勇騎の場にあった『コッコ・ルピア』は姿を消し、シールドが一枚増えていた。
「『超次元ガード・ホール』だ。これで君の『コッコ・ルピア』を消し去った。そして、私の切り札が降臨する!拍手で迎えてくれ!『時空の支配者ディアボロスZ』!」
天井に巨大な黒い穴が開いていた。そこでは絶えず稲光が轟く。
稲光を遮って巨大な何かが穴から降りて来た。龍の頭部らしきものが見えた時、勇騎はそれがドラゴンなのかと思った。
だが、それは違った。複数の龍の頭部などはそのクリーチャーの体の一部に過ぎない。長い尾。巨大な大砲。そして、中央に存在する鬼神の体。そのサイキック・クリーチャー『時空の支配者ディアボロスZ』は持っていた槍の先を勇騎に向けた。
「まだ攻撃はしない。私の切り札が覚醒してからが本番だ」
勇騎はドローしたカードを見る。そのカードは『ディアボロスZ』を倒せるカードではなかった。
だが、勇騎は迷うことなくそのカードを場に出す。炎が竜巻となって『ブラック・ガンヴィート』に襲いかかる。そして、勇騎の場に巨大な火柱が現れ、そこから一体の龍が飛び出した。
白い鎧を身に纏い、二本の剣で武装したサイキック・クリーチャー『時空の神風ストーム・カイザーXX』だ。
「俺は攻撃をしない。これでターンを終える」
覚醒前の『ディアボロスZ』はブロッカーである。『インフィニティ・ドラゴン』での攻撃は通らない。
自分のターンになったが、千里は行動しない。表情を隠すように顔に手を当てて小刻みに震えている。勇騎が注意深く彼を観察した時、彼の口から洩れた声が聞こえた。
「くくく……あはは、はーはっはっは!」
千里は体を揺らして愉快そうに笑った。作られたような笑顔しか見せなかった男が大声で笑っている。彼が指を鳴らすと『ディアボロスZ』の龍の頭部が三方向に伸びた。一つは『時空の不滅ギャラクシー』に、もう一つは千里のマナゾーンに、最後の一つは勢いよく伸びると勇騎の頬をかすめて彼の後方へ飛んでいった。切れた頬から少しだけ血が流れる。
「おやおや、失礼!そっちではない。こっちを狙っていたんだよ!」
龍の頭部が千里のマナのカードに食らいつく。龍の頭部はマナと『時空の不滅ギャラクシー』から光る球を取り出した。すぐに『ディアボロスZ』の中心を形成する鬼神へと運ぶ。
「マナかクリーチャーの命を捧げることで私の『ディアボロスZ』は覚醒する!その前に……」
命を奪われた『時空の不滅ギャラクシー』の外装がひび割れていく。そこから真っ白な光と共に巨大な精霊が飛び出す。
「『時空の不滅ギャラクシー』は命を奪われることで覚醒する!ごらん、これが『撃滅の覚醒者キング・オブ・ギャラクシー』だ!」
『撃滅の覚醒者キング・オブ・ギャラクシー』が発する白い光によって昼間のように明るくなっていった。だが、それも一瞬の出来事だった。
『ディアボロスZ』の体から発せられる黒い煙が光を打ち消していく。
煙の中からは、最初に金色の龍の頭部が飛び出してきた。溢れる力をコントロールできないのか、出鱈目な方向に首を伸ばして暴れている。その後で煙から出て来た巨大な存在があった。
「来たね!待っていたよ!私の切り札!」
千里が髪をかきむしって狂喜乱舞する。血走った目でそこにある最強の切り札を見ていた。
その姿は、歴戦の勇者の勇騎さえ身震いするほどだった。龍の頭部がつながった巨大なオブジェを背負い、鬼神が姿を現す。
「覚醒完了だ。『最凶の覚醒者デビル・ディアボロスZ』だよ。もう君に未来はない。世界が滅ぶよりも先に、消えてしまえ!」
千里は『不滅の精霊パーフェクト・ギャラクシー』を召喚すると、『最凶の覚醒者デビル・ディアボロスZ』を見る。勝利を確信し、嬉しさで歪んだ顔をした彼は自分のクリーチャー達に命じた。
「やれ!彼を八つ裂きにし、『プロミネンス』を奪うんだ!」
最初に動いたのは『デビル・ディアボロスZ』だった。背中のオブジェから伸びた龍の頭部が極太の光線を吐きだし、『ストーム・カイザーXX』を襲う。その光線を『インフィニティ・ドラゴン』が受け止めた。
「俺の『インフィニティ・ドラゴン』はドラゴンが破壊される時に山札の上のカードをめくり、ドラゴンかファイアー・バードであればそのカードを犠牲にして救う能力を持つ。クリーチャーへの攻撃は無駄だ!」
「かまわないよ。どうせ、君はここで滅びる運命なんだから。それくらいは気にしないさ!」
極太の光線が勇騎のシールド一枚を貫いた。勇騎の頭に鋭い痛みが走り、脳裏に仲間の姿が浮かぶ。
「どうした。まだ一枚だよ!」
二枚目、三枚目と破られていくシールド。その中にシールド・トリガーはない。
手札となったカードを見ようとしても、勇騎の目にはカードが映らない。彼の視界は完全にシャットアウトされていて、目の前で何が起こっているのかすら判らなかった。
(何が起こっている。ここまで来て……、こんな……)
彼の目に映るのは戦況ではない。仲間達と自分がいる光景だ。『試験官』も『球舞』もいない平和な世界の映像が見える。
「四枚目。これで『デビル・ディアボロスZ』のブレイクは終わりさ。君自身の命ももうすぐ終わる!」
四枚目のシールドが破られたのを肌で感じた。それと同時に勇騎の脳裏に新たな映像が流れてくる。それを見た勇騎の脳内で、全てが綺麗につながった。
(そうか……!今までのは記憶の混乱じゃない。俺が見ていたのは過去じゃない!これは……!)
突如、室内が赤い光で包まれる。『デビル・ディアボロスZ』が現れてからずっと笑顔だった千里の表情が凍りついた。
「な、何が起こったと言うんだ!シールド・トリガー……?いや、違う。光を発しているのはシールドじゃない。これは……」
勇騎の足元に歯車のような火文明のマークが現れる。光を発しているのは勇騎だ。赤い光の中で、勇騎は静かに目を開けた。
「俺は未来を見た。未来の世界にお前はいない。俺は明日へ進む!」
「明日などはない!君は倒れ、『プロミネンス』は私の物となる!ここに揃った五つのデッキで私は世界を滅ぼし、世界の終わりをこの目で見るのだよ!」
千里が『ディアスZ』を見て勇騎のシールドを指す。『ディアスZ』が槍を振り回すと、勇騎と千里の墓地にあったカードが山札の中へ飛んでいく。その直後、『ディアスZ』の手から黒い光線が飛び出した。
「『ディアスZ』の殲滅返霊は相手の手札からクリーチャーを山札の下に置く能力!さあ、どちらを選ぶかね」
「迷う必要はない。俺はこうする」
勇騎は自分の手札二枚を引き抜くと、投げ捨てた。それに光線が当たり、二枚のカードが消滅する。『ディアスZ』は勇騎のシールド目掛けて槍を投げた。それを見ていた勇騎は確かな声で宣言する。
「俺の残りのシールドは二枚。一枚は『超次元ガード・ホール』によって閉じ込められた『コッコ・ルピア』、もう一枚は『ナチュラル・トラップ』だ。俺はこの『ナチュラル・トラップ』で『キング・オブ・ギャラクシー』をマナに送る!」
「何っ!?」
勇騎の宣言に千里は困惑する。彼はまだ見ていないシールドの中身を言い当てたからだ。
槍がシールドに触れる直前、『キング・オブ・ギャラクシー』の体をツタが拘束した。それから一瞬遅れて槍が二枚のシールドを貫いた。勇騎の宣言通り、破られたシールドの一枚が緑色の光を発してそれが『ナチュラル・トラップ』であることが判った。
『キング・オブ・ギャラクシー』が倒れたのを見て、千里は困惑していた。だが、すぐに笑い出す。
「驚かされたよ!だが、仕掛けが判ればどうということはない。君は一度、自分の山札の中を確認している。だから、シールドの中に『ナチュラル・トラップ』が入っているのを知っていた。それだけのことさ!」
「俺の山札の上のカードは『バルキリー・ドラゴン』だ」
千里の笑みが消える。今度は、勇騎が山札の上のカードを宣言したからだ。勇騎が山札の上のカードに触れるよりも先に『ストーム・カイザーXX』の体がオレンジ色の光を発する。その後、勇騎は山札の上のカードに触れ、それをめくった。彼の宣言通り、それは『バルキリー・ドラゴン』だった。
「馬鹿な!どんな方法でそれを仕込んだというんだ!」
「仕込んでなどいない。未来を見て、言い当てているだけだ。断言しよう。お前に未来はない」
勇騎の前で『ストーム・カイザーXX』の姿が変化していく。炎の色にも似た強固な鎧を身に纏い、巨大な拳で戦う龍『奇跡の覚醒者ファイナル・ストームXXNEX』へと覚醒した。
「俺は『バルキリー・ドラゴン』を召喚する。そして、『奇跡の覚醒者ファイナル・ストームXXNEX』で『ディアスZ』へ攻撃!」
『ファイナル・ストームXXNEX』の背面のブースターが火を吹く。千里が捉えきれないスピードで『ディアスZ』の前まで移動し、その拳を腹部に打ち込む。赤い炎を上げて『ディアスZ』は爆発した。
「それだけかい。かわいい攻撃だ。さて……」
千里が山札の上のカードに触れる。だが、彼の体は金縛りにでもあったかのように動かなくなっていた。指一本さえ、動かす事ができない。
「な、何が起きているんだ!まさか、そのドラゴンの力か!?」
「気付くのが遅すぎたな。俺の切り札『ファイナル・ストームXXNEX』は、攻撃時に山札の上をめくる。それがドラゴンであれば、もう一度自分のターンを行う事ができる」
勇騎の言葉を聞いて千里は目を見開いた。そして、自分の手札を見る。そこには『光牙忍ハヤブサマル』や『光牙王機ゼロカゲ』があった。
(大丈夫だ。これだけあれば、まだ耐えられる。ターン追加とは言っても、必ずできるわけではない。守り切って必ず勝ってみせる!)
千里の視線が手札から勇騎に移った。彼は二枚のカードを場に投げる。すると、その二枚が融合し赤い光を発してドラゴンに変化していった。鉄や岩の色にも近いそのドラゴンは持っていたハンマーを振り回し、千里のマナゾーンに叩きこむ。彼のマナは一瞬で全滅していた。
「馬鹿な……!私のマナに何があった……!」
「『超竜バジュラズテラ』だ。ドラゴン以外のマナを破壊した」
「そんな事は見れば判るんだよ!何でまだそんな強力なクリーチャーを持っている!いつ出したんだ!」
「『ボルバルザーク・エクス』を召喚し、『ボルバルザーク・エクス』から進化させた。ニンジャ・ストライクの防御で時間を稼ぐつもりなら無駄だ。お前のターンは二度と来ない!」
勇騎は自分のバトルゾーンを見た。『インフィニティ・ドラゴン』、『バルキリー・ドラゴン』、『超竜バジュラズテラ』、そして、『ファイナル・ストームXXNEX』。四体の龍と目を合わせた勇騎は深呼吸をした。その目を宿敵、千秋千里に向ける。
「何故だ……!私の能力『ジ・アンサー』は未来を見る能力!その力で未来を見たはずだ!私が見たのは滅びの未来!私が理想とする最高の未来だ!」
「俺の能力『プロミネンス・ネクスト・レベル』は未来を見る能力。俺もそう思っていた」
勇騎の眼光が千里を捉える。宿敵は恐怖に怯えて目を逸らした。
「この力の本質は未来を見ることではない。未来を見て、俺以外の誰かが望んだ未来に書き換える能力だ。墨川一夜に破壊され、復元したことで進化した。そして、一ノ瀬のおかげで、俺は書き換えるべき未来と真の力を見つけた」
勇騎の脳裏に何度も現れた仲間達のビジョンは過去の記憶ではなかった。勇騎と博成が望んだ未来のビジョンだ。勇騎が進む未来は、千里が望んだ破滅の未来ではない。
「そんな事が……、そんな事があってたまるか!私が見たのは世界が滅ぶ未来だ!その未来が変わるはずがない!」
「ならば、その能力を使って今すぐ未来を見てみろ!」
勇騎に言われて、千里は自身の能力を発動させる。だが、彼には何も見えない。見えていた破滅のビジョンすら見えなくなっていた。その事実に千里は怯え、震えた。
勇騎は彼に対して何も言わない。千里のシールドを指して宣言する。
「お前のシールドの中には『デーモン・ハンド』が一枚入っている。だが、それで俺の『ファイナル・ストームXXNEX』を倒すことはできない。『バジュラズテラ』でシールド三枚をブレイク!」
「そうはさせん!」
命令を受けて『バジュラズテラ』が全力でハンマーを投げる。シールドに向かったハンマーを『パーフェクト・ギャラクシー』が受け止めた。その横を二体のドラゴンが通り過ぎる。
瞬きする間もなく、三枚のシールドは粉々に砕け散り、中から黒い手が伸びてくる。勇騎の予言通り、『デーモン・ハンド』が飛び出したのだ。
「確かにこのデュエルは私の負けだ。だが、その忌々しいドラゴンの命だけは頂く!くたばれ!『ファイナル・ストーム』!!」
「倒せないと言ったはずだ!」
『インフィニティ・ドラゴン』が翼についていたミサイルを発射する。『デーモン・ハンド』の黒い手はそれに撃ち抜かれて消えていった。
「あ、ああ……!」
怯えた千里は、一歩ずつ後ずさる。その体は窓ガラスに触れて止まった。
「俺達は未来を求める。これが俺の……、俺達の真実だ!『ファイナル・ストームXXNEX』で千秋千里に直接攻撃!」
『ファイナル・ストームXXNEX』の右の拳が炎に包まれる。腰を落とし、脚に力を込めて踏み込んだ。そのまま、背面のブースターで勢いをつけて拳を突き出す。燃え上がった拳が千里を捉えた。
彼は窓ガラスを突き破り、外へ飛ばされていく。世界は、通常の世界へと戻っていった。
「奴はどうなった?」
勇騎は『ブランク』を持ってベランダへと走る。彼の姿はベランダにはない。下を見ても、千里の姿はなかった。
だが、勇騎はまだ千里の持つ邪悪な気配を感じていた。彼が放つ圧倒的な気配は消えていない。
一度、室内に戻った勇騎は千里が用意したアタッシュケースに『プロミネンス』と『エクスプロード』をしまう。ついに五つのデッキが揃ったのだ。
「先に奴を確認しなければ……!」
勇騎はアタッシュケースを持ってその部屋を出た。

千里はベランダの手すりをよじ登った。ベランダから室内に入るとその場に倒れる。呼吸が荒かった。自分の体が自分のものではないように感じる。心臓の鼓動がコントロールできない。
「負けた、か……。だが、負けただけだ。まだ、彼からデッキを奪うチャンスはある」
うつ伏せの状態で倒れた千里は右手を伸ばす。その手を踏みつける者がいた。彼女は冷たい目で千里を見つめると吐き捨てるように言った。
「そんなチャンスはないわよ、クズがっ!せっかく集めたデッキを失うなんてとんでもないゴミクズだわ!」
彼女の罵声を聞きながら、千里は信じられない物でも見るような目で彼女を見た。そこにいたのは一夜に倒されたはずの蝶野香寿美(ちょうのかすみ)だった。一夜に倒されてから姿を見せなかった彼女がそこに立っていた。
「何故、君が……。これは夢か?」
香寿美は千里の問いには答えない。代わりに彼の頭部を蹴飛ばした。千里は痛みで頭部を押さえる。
「あんたを泳がせていたのよ。墨川一夜から『エクスプロード』を奪い取った後、『ブランク』に入っていた私は部下の手で蘇った。五つのデッキが揃ったらあんたから奪い取るつもりでいた。うまく行けば邪魔な保持者もいなくなった!それなのに!」
苛立った香寿美は千里の腹を蹴飛ばす。せき込んだ後、千里は香寿美を見た。
「泳がせていた……?どういうことなんだい?」
「この組織が全部、あんたのために動いていたと思った?あんたは実験台に過ぎない。この世界で生まれた保持者という名の兵器の試験体。私はその性能を確かめる試験官。あんたは私を部下だと思っていたかもしれないけれど、そうじゃない。あんたが、私の部下だったのよ!」
香寿美はポケットからスイッチのような物を取り出す。そして、「さよなら」と言ってボタンを押した。
「これはあんたを廃棄処分するためのスイッチよ。改造手術をした時にあんたの体に自爆装置をつけている。これを押せば、それが作動するってわけ。でも、これだけじゃつまらないわ」
香寿美は拳銃を取り出した。銃口を千里に向けるとためらわずに引き金を引く。乾いた音と共に弾丸が飛び出し、千里がうめき声をあげた。
「無様ね。でも、おじいちゃんはもっと無様な死に方をした。あんたのせいでひどい死に方をした!」
「そうか……。やはり、君は私の前に組織を管理していた蝶野老人の孫か……」
「そうよ!これから、『試験官』は私と蝶野派の人間が引き継ぐ。五つのデッキを手にして、世界を手にしてみせる!」
それを聞いた千里は大声で笑った。満足そうに、愉快そうに笑っていた。
「何がおかしい!」
「おかしいんじゃない!嬉しいんだ!私の『ジ・アンサー』は未来を見る能力!その未来に間違いはなかった!」
突然、千里が立ち上がった。そんな体力が残っていた事に驚き、香寿美の反応が遅れる。彼女は千里に銃口を向けるが、彼はそれよりも早く彼女の腕を取って抱きしめる。
「何のつもり!?離しなさいよ、ゴミ虫が!」
「離さない。好きな人を抱きしめているんだ。離す理由がない」
「はぁ!?」
呆れる香寿美を抱きしめたまま、千里は近くのテーブルまで歩く。ワインの栓を開けると、中身をグラスに注いだ。血の色にも似た赤い液体がグラスを満たしていく。
「私と香寿美だけの小さな世界だが、それが終わっていく。これが世界の終わりか。私は満足しているよ。世界の終わりを見ながら、香寿美と一緒にいられる。予知と同じで君は怒っている。全てが揃っていて幸せだ。もう私には何もいらない」
穏やかな声だった。作られたような笑みではなく、穏やかな微笑が浮かべ、ワインに口をつける。
「離せ!今すぐ離せ!」
香寿美は千里の腕の中で暴れていた。だが、異変に気付いて動きが止まる。千里の体温が異常なほどに上昇しているのだ。
「熱い!千里……、あんた!」
「自爆装置がつけられたことは知っている。世界の終わりに取り残されて生き残ってしまったら、これを使って滅びるつもりだったからね。自分で自爆装置が発動するタイミングをコントロールできるようにしてあるんだ。怖がらなくていい。君と一緒にもうすぐ爆発するんだから」
「いやーっ!離して!お願いだから!今なら何でも言うことを聞いてあげる!新しい組織の中であんたに相応しい場所も用意するから!」
香寿美は泣いて喚いていた。彼女の口からは嗚咽と共に絶叫が飛び出す。だが、それは千里の耳には届かない。
勇騎に負けたことで、彼の感覚は少しずつ失われていた。まず、聴覚が消える。そして、今度は視界がぼやけていった。お気に入りだったワインも味がしなくなっている。それでも、香寿美の体温だけは腕から伝わって来た。
「好きだよ、香寿美。世界中の誰よりも好きだ。愛している。だから……、一緒に逝こう」
千里は穏やかな笑みを浮かべたまま、目を閉じた。

勇騎はマンションを出た。千里が落ちたと思われる場所に向かったが、そこには誰もいない。薄く積もった雪の上を見ても、何かが落ちた形跡はなかった。
突然、何かが爆発する音が聞こえた。驚いた勇騎は頭上を見上げる。勇騎と千里が戦った最上階の部屋から煙が出ていた。それを見た時、勇騎は千里の気配が消えたことに気付いた。
「終わった、か……」
勇騎は力が抜けたように、その場に座り込んだ。そして、アタッシュケースを開ける。五つのデッキは勇騎を主と認めたのか、赤、緑、金色、青、黒の光を発した。この力を使えばどんな事でもできる。
「俺は望む。一ノ瀬が見せた未来を。俺が求めた真実を」
勇騎の脳裏にあるビジョンが浮かぶ。そのイメージを強く描いたまま、彼は五つのデッキに手を伸ばした。

季節は巡り、春になった。世間をにぎわせていたはずの東京連続失踪事件も、人々の記憶から消えようとしていた。
その日、博成は様々なイベントが行われる大型のビルに向かっていた。彼の手にはデュエル・マスターズのデッキケースが握られている。
「博成君、狙うはもちろん優勝だよね!」
赤城日芽に問われた博成は苦笑する。
「どうかな?このデッキは自信があるけれど、優勝できるかどうかは判らないよ」
「何言ってんの!男なら、優勝目指してがんばりなさい!」
青海ゆかりが彼の背中を叩く。佐倉、いや、金城美和が微笑みながらその光景を見ていた。
「いてて……。豪人さんは大会、出ないんですか?」
「遠慮しておくよ。僕は保持者だからね。お遊びの大会でデュエルはしないんだ」
豪人は美和と籍を入れてから白いスーツを着るのをやめた。今は落ち着いた色のジャケットを着ている。
保持者という言葉を口に出した時、豪人は少し寂しそうだった。もう彼には戦う相手がいない。そして、自分以外の保持者の姿を見ることもないからだ。
あの日、千里の部下達は突然、戦う力を失った。戸惑い、逃走する彼らは「千里が敗北した」「組織は終わりだ」というようなことを言っていた。
戦いの終わりを確認した後、ヴェルデは元の世界に戻り、ゆかりの体を借りていたアルケーは意識を失った。体を借りると言った言葉に偽りはなかった。その日からアルケーはゆかりの体を使うことはなくなり、怪盗アルケーが何かを盗むこともなくなった。ゆかりの体を返し、完全に消えてしまったようだった。
あの戦いの後で知った話だが、千里の部下の増援はすぐそばまで来ていた。だが、彼らは一人の人物に倒された。増援部隊は全員口を閉ざし、誰に負けたのか語ろうとしなかった。
「怯えていたよ。その話はしたくない。思い出したくもないって感じだった」
千里の部下から話を聞いた緑はそう言っていた。あの戦いの後、彼女は博成達の前から去っていった。千里の部下が力を失ったのと同じように彼女も戦う力と能力『スタンド・バイ・ミー』を失っていた。しかし、今でも占いは続けている。良く当たると評判らしい。
奪われた『ネオウエーブ』は豪人の元へ戻って来た。何者かが小包で送ってきたのだ。博成達は送り主の正体を知っている。そして、彼の無事を喜んだ。
だが、彼は、赤城勇騎は博成達の前に姿を見せる事はなかった。
「お、多分こっちっすよ!」
少年のものらしい声を聞いて博成の意識は現実に引き戻される。
「すんません。デュエル・マスターズの大会の会場はこっちすか?」
「うん、そうだよ。……あっ!」
背後から聞こえた少年の問いに、博成は振り返って答える。その少年を見て彼の顔が強ばった。
そこに立っていたのは『球舞』のメンバーの一人、三ツ沢二古(みつざわふたご)だったからだ。彼も博成と豪人の顔を見て立ちすくむ。恐怖とも怒りとも言えない感情を抱いていた。
「五色(ごしき)、もうすぐ会場だ」
「ごぉさん、お腹……すいたれすよぉ~。大会とかはいいれすから何か食べたいれすよぉ~」
三ツ沢の背後から二つの声が聞こえた。そこにいたのは三ツ沢と同じ『球舞』のメンバー、四天王寺五色(してんのうじごしき)と五箇条一個(ごかじょういっこ)だった。この二人も豪人の存在に気付いて立ち止まる。
「何で?『球舞』はみんなやっつけたはずじゃなかったの?」
「あなた方はまだ戦う力を持っているのですか?」
ゆかりが沈黙を破り、美和がそれに続く。三人を代表して五箇条がそれに答えた。
「間違いなく『球舞』は滅んだよ。気がついたら『ブランク』から解放されていたんだ。あれは雪の降る寒い日だったね。コートがなかったから、寒さに震えていた。誰が解放してくれたのかは知らんが、気が利かない奴だ。コートと煙草くらい用意しておいてもらいたい」
「勇騎君が千里と戦った日だ」
博成の言葉には耳を貸さずに五箇条は続けた。
「戦う力も能力も失っていた。だから、今の私達はただの凡人さ。私は医者。二人は私のアシスタントとして生活しているよ」
五箇条が説明を終えた後、博成が一歩前に出た。それを見て三ツ沢が警戒して彼を見上げた。
「何すか?やるっていうんすか?喧嘩でもあんたなんかに負ける気はしねーっすけどね!」
博成は優しい顔で首を横に振った。
「そうじゃないよ。今日はデュエル・マスターズの大会に出場しに来たんだよね?」
「そうっすよ」
「『球舞』にいた時のようにひどいことはしないね?」
「するわけがないっすよ。確かにおれっちは『球舞』で暴れていたけれど、デュエル・マスターズが好きだって気持ちに嘘はないっす」
それを聞いた博成は笑顔で右手を出す。
「じゃ、一緒に行こう!もうすぐ受付が始まるよ!」
「え……、いいんすか?」
三ツ沢は差し出された手を見て戸惑っていた。博成の気持ちをどうやって受け止めればいいか判らない。
「いんだよ。だって、君はもう悪いことはしないって言った。僕はそれを信じるよ」
三ツ沢は博成の手を握る。そして、頭を下げた。
「あの……、ありがとうっす」
三ツ沢の声を聞いた博成はその手を引く。二人で受け付けに向かって駆け出していた。
美和は持っていたバッグから風呂敷に包んでいたものを取り出した。風呂敷を開けると、そこには弁当があった。ラップで包んだおにぎりを取ると、四天王寺の前に差し出す。
「どうぞ」
「はわ、いいんれすかぁ~。おいしそう~」
「そうだよ!美和さんは料理上手なんだよ!」
感激する四天王寺に日芽が言う。四天王寺はすぐにおにぎりを口に入れて
「わかりますぅ~。とっても、とってもおいしいですよぉ~!」
と、感激して喜んでいた。
「いいのかい?君達の食事だろう?」
喜ぶ四天王寺を見た後、五箇条は豪人に視線を移す。彼は微笑みながら
「いいんだよ」
と返した。
「敵だった相手だ」
「過去形にできる。今は違うよ。多分、戦うことにしか興味がないような奴がこんな未来を選んだのさ。だから、それでいい。もし、九重九十九が復活していたとしたら、彼は表を歩くことなんかできないだろう。それは仕方がない。彼にはそうやって自分のしたことの罰を受けなくちゃならない」
「だとしても、初七日の奴がついていくさ。きっと、どこまでも」
「だろうね」
「ごぉさ~ん、受付が終わっちゃいますよぉ~!」
四天王寺達は先に入口に行っていた。豪人と五箇条はそれを追う。
「戦うことに興味がない奴と言ったな。お人よしになったみたいだな」
「それも博成君の影響だね」
突然、風が吹いた。豪人は近くに勇騎がいるのではないかと思い、周りを見た。
(ここに来いよ。博成君は君に会うのをずっと待っていたんだ)

デュエル・マスターズ大会会場の電気室。会場内の電気をコントロールするその部屋の中に場違いな者がいた。
十代前半の少年のような風貌で和服を纏っている。額に皺を寄せたような不機嫌そうな表情で彼は歩いていた。右手には灰色のデッキケースを持っている。
彼は、目の前にいるもう一人の場違いな存在を見て立ち止まる。
そこにいたのは高校の制服に身を包んだ少年だ。余計な筋肉のついていない引きしまった体躯のその少年も同じようなデッキケースを持っている。
「『養老』。様々な方法で寿命を伸ばし若い体を維持し続け、通常の人間では考えられないほど長い間、日本を支配しようと企む組織。そして、倉間雷同(くらまらいどう)。『養老』のリーダー。組織の最年長でありながら、十代の少年のような容姿をした男。多くの人間が一つのものに集中した時、集中した人間を操り、洗脳する能力『ルーツ・オブ・ザ・キング』を持つ」
「よく勉強しているな。何者だ」
倉間雷同と少年の周りの空気が変わっていく。空気だけでない。そこにある様々なものが現実の世界とは違う別の世界の同一のものと入れ替わっていく。戦うために変質した世界に二人は立っていた。少年は持っていたデッキを赤く輝かせて答えた。
「赤城勇騎。お前を倒す者だ!」

博成は決勝戦まで勝ち進んでいた。自分の勝利が信じられないのか、何度も瞬きを繰り返している。
「決勝の相手はあんたっすか。手加減はしねーっすよ」
同じく決勝まで残ったのは三ツ沢だった。彼の他に四天王寺も参加していたが、空腹を理由に決勝トーナメントの一回戦で棄権している。
「僕だって全力で行くよ!このデッキ、勇騎君の戦い方を参考にしたデッキなんだ。今なら、誰にだって勝てる気がする!」
「言ってくれるじゃないっすか。でも、真似だけじゃ保持者には近づけねーっす」
互いにシールドと手札の準備を終えて礼をする。博成の先攻でデュエルが始まった。
「行くよ。『凶戦士ブレイズ・クロー』を召喚!」
「うお!速いっすよ!」
三ツ沢は博成の行動の素早さに驚きながらカードを引き、マナにカードを置く。残念ながら、彼には1ターン目から使えるカードはなかった。
博成は三ツ沢のターンが終わったのを見て動く。『ブレイズ・クロー』の隣に二体目のクリーチャーを置いた。
「『無頼勇騎タイガ』だ。『ブレイズ・クロー』でシールド攻撃!シールド・トリガーじゃないみたいだね。『タイガ』でも攻撃!」
「そ、そんな……!」
三ツ沢は何もできない。自分のターンになって『フェアリー・ライフ』を使っただけでターンを終えてしまう。博成は鋭い目で三ツ沢を見た。三ツ沢は過去の経験から彼の切り札が出ることを予測する。
「来て!僕の切り札!『機神装甲ヴァルボーグ』!」

「『タイガ』を『機神装甲ヴァルボーグ』に進化させる」
勇騎の場に現れたのは、切り札の『ヴァルボーグ』だった。両手に巨大なハンマーを持つヒューマノイドだ。勇騎と『ブレイズ・クロー』『ヴァルボーグ』は同時に雷同のシールドを見た。二体のクリーチャーは目にも留まらぬ速さでシールドに飛び付くと残っていた三枚のシールドを叩き割って行く。その中にシールド・トリガーはない。
「馬鹿な!儂がここまで追い詰められるだと!?認めん、認めんぞ!」
「お前に認めてもらう必要はない。まだお前達のような組織が残っていたのは予想外だった。だが、問題はない。全て倒せばいいだけの話だ」
「なめるなよ、若造が!」
雷同は大声で吠えるが、できることは何もなかった。勇騎の『ヴァルボーグ』が腰を落として構える。右腕のハンマーに炎が集まっていく。
「『機神装甲ヴァルボーグ』で倉間雷同に直接攻撃!」
『ヴァルボーグ』が踏み込み、雷同に飛び付く。右腕のハンマーで雷同の腹を殴りつけた。衝撃に耐え切れず、雷同の体は後方へ吹っ飛ぶ。
決着がついたのを確認して勇騎は『ブランク』を取り出す。それを持って倒れた雷同の側まで歩いていった。
「お前……、儂を倒しただけで何か終わると思うか?『養老』が消えるだけだ……。『球舞』や『試験官』を潰れても……、他の組織がそのデータを受け継いで動く。儂の『養老』もその一つ……。儂と『養老』を潰しても何も変わらんぞ……」
「それでも構わない。俺はあの日、一ノ瀬が見せてくれた世界を守るために戦う。あの場所にい続けるために、どんな敵が相手でも戦い続ける。それが俺の真実だ」
勇騎の言葉を聞いて雷同は満足したように笑った。
「自分で選んだ運命によって殺されるがいい……。保持者、赤城勇騎よ……」
勇騎は何も言わずに『ブランク』を彼の体の上に落とした。

大会は終わって一時間が経った。会場から参加者はほとんどいなくなり、残っているのは博成達の他に数えるほどだった。優勝トロフィーを受け取った博成だが、どこか釈然としない表情をしている。
「なんすか!嬉しくないんすか!」
博成の表情を見て三ツ沢が叫ぶ。優勝を狙って本気で戦ったのに勝てなかったのが悔しいのだ。だが、彼も準優勝の賞品をもらった時は悔しさなど忘れて喜んでいた。
「嬉しいよ!ただ……」
この会場に勇騎はいなかった。もし、大きな大会に出れば勇騎に会えたかもしれない。そう思ってこの大会に出たのだ。
そんな博成の肩を豪人が軽く叩く。
「そんな顔をするもんじゃないよ。胸を張って歩きな。祝勝会を開いてあげよう」
豪人に連れられて博成達は会場の外に出た。期待に胸を膨らませて来た道を歩き出す。
「赤城勇騎のことがそんなに気になるんすか?」
休憩中に保持者と『試験官』の戦いについて聞いていた三ツ沢が口を開く。博成は首を縦に振った。
「僕は勇騎君が千里と戦う前に約束をしたんだ。戦いが終わったら、ただのカードゲームのデュエルをするって」
「死亡フラグを立てたってわけじゃなさそうっすね。で、戦いが終わって二ヶ月も経つのに姿を現さないどころか連絡一つ寄こさねーんすか」
「うん」
戦いの後、勇騎がしたことは豪人に『ネオウエーブ』を送ったことだけだ。電話をかけてくることもメールを送ってくることもない。
大きな大会に出れば勇騎が出てくると思っていた。だから、今日の大会に参加したのだ。
「約束を忘れてるんじゃないっすか?」
「勇騎君は約束を忘れるような人じゃないよ。だから、今もどこかで戦っているんだと思う」
「どこか、じゃない。ここにいる」
博成はその声を聞いて顔を上げた。後ろから聞こえたその声の主を探して振り返る。
歩いてくるのは、博成達と同じ立法高校の制服を着た少年。短い黒髪で意志の強そうな瞳の彼を博成達は知っている。
「勇騎君!」
勇騎の姿を見つけて博成は飛び出す。豪人達もそれに続いた。勇騎の前まで行った博成は彼の手を取る。そして、ゆかりが勇騎の体に抱きついた。
「もう!今までどこに行っていたのよ!一ノ瀬ちゃんはずっと待っていたのよ!その……、あたしもだけど……」
「すまない。戦いの後始末をしていたんだ。『球舞』や『試験官』に似た組織が他にも存在し、それらと戦っていた」
勇騎は近寄ってきた日芽の頭に手をおいて言う。それを聞いた博成は不安そうな顔をした。
「じゃ、また戦いが始まるの?」
「心配いらない。もう敵はいない。戦いが終わったから俺はお前に会いに来たんだ」
勇騎は懐からデッキケースを取り出す。それは彼がいつも使っていたデッキ『プロミネンス』ではない。どこにでもあるような市販されているデッキケースだ。
「待たせたな、一ノ瀬。約束を果たしに来た」
「もう大会終わっちゃったよ。でも、いいよ。これが本当の決勝戦!今から始めよう!」
勇騎と博成は近くのベンチに移動する。豪人達もそれに続いた。シールドと手札の準備を終えて二人は礼をする。勇騎と博成の目が合った。
「始めるぞ、一ノ瀬」
「いいよ。前は負けちゃったけれど、今度は勝ってみせる!」
「それじゃ、デュエル開始の合図はみんなでしようか」
豪人が提案し、周りにいるメンバーが目を合わせる。彼が手を叩くのと同時に彼らの声が重なった。
「デュエルスタート!」
暮れかけた春の日の下で、彼らの本当のデュエルが始まった。

『TOKYO決闘記』 完
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

Twitter

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。