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『DAYS』 第二話 夜と交換日記

DAYS

「もうあたしには……、誰もいない。だから、お願い!あなたがあたしの家族になって!伯父さんの代わりになって欲しいの!」
シュウジは後ろから抱きついて懇願するイオリを振りほどかなかった。ただ、気だるそうな声で返す。
「断る。俺は誰かの代わりじゃねぇ。代理扱いなんて御免だね。それに、俺は家族って言葉が死ぬほど嫌いなんだ」
「どうして……」
「気に入らねぇのに、理由がいるか。理由があっても話さねぇよ。話す方も聞く方も胸糞悪くなるだけだ」
シュウジの口から発せられる言葉には、苛立ちや怒りや憎しみのようなものが混じっていた。イオリは自分にとって大事なものに対して負の感情を突き付けられたことに戸惑いを覚える。腕の力が抜け、シュウジを放した。
シュウジは少しだけ歩くと振り返る。彼の目には、その場にへたり込んだイオリの姿が映った。顔を伏せているので表情は読み取れない。だが、彼には悲しんでいる彼女の顔が容易に想像できた。シュウジは軽く舌打ちをした後、彼女を見て言う。
「家族なんて言葉は気に入らねぇ。ただ、話くらいは聞いてもいいぞ」
イオリは顔を上げた。驚いた顔をしている。彼女は何から話すべきか迷いながら、呼吸する金魚のように口の開閉を繰り返す。しばらく考えた後、ゆっくり息を吸い込んでから彼女は語り始めた。
「実は……」

第二話 夜と交換日記
数分に及ぶたどたどしい説明をシュウジは黙って聞いていた。イオリは時々辛そうに顔を歪める。まだ辛い気持ちを引き摺っているのだ。
「最後の家族だと思った伯父がインスタントでどうしていいか判らない。そういうことか?」
「そうなの。伯父さんがいればもう一人じゃないって思えた。少しだけ元気になれたのに……」
「くだらねぇ」
吐き捨てるようなシュウジの呟きを聞いた時、イオリは非難するような目で彼を見た。その目に気付いたのか、彼は視線を逸らしてから言う。
「何で、そんなこと!」
「誰だってずっと一緒にいられるわけじゃねぇ。一人じゃないなんてくだらない幻想だ。家族だっていつかは離ればなれになるんだよ」
シュウジはそう言うとイオリに背を向けた。彼女は急いで立ち上がると、もう一度後ろからシュウジに抱きつく。
「お願い!一人は怖いの!一緒に住んでくれるだけでいいの!」
「年頃の娘が名前すら知らない男を家に入れるのか?死んだ親御さんが見たら悲しむぜ」
「じゃ、教えて」
「何を?」
「名前、あなたの名前を教えて。あたしは園城(そのしろ)イオリ」
シュウジは横目で背中のイオリを見る。彼は答えるのも億劫だという態度で口を開いた。
「名乗るほど大層な名前じゃ――」
「それ、伯父さんと戦ってる時に聞いた。あたしはそんなのじゃなくて、名前を聞いてるの」
「名前なんか聞いてどうするんだよ?」
「そうすれば、名前知らない男の人じゃないから……、一緒に住んでも大丈夫、だと思う」
「そういうもんじゃねぇよ」
イオリはどうやってもシュウジを放すつもりはなさそうだった。力ずくで引きはがすこともできたが、シュウジはそれをしない。
住居の提供はシュウジにとって嬉しいことだった。イオリが信用できる人間であるならば、彼女と一緒に住むのも悪い話ではない。シュウジにはイオリが信用に足る人間か一瞬で判断するような能力はない。
リスクとリターンを天秤にかけた後、シュウジは少しだけ力を込めてイオリを引きはがす。そして、何も言わずに歩き出した。すると、イオリも同じペースでついてくる。走っても同じだった。
「何だよ」
一度立ち止まると、シュウジはイオリを見ずに聞いた。
「ついて行くの。一緒に住んでくれるって言うまで」
「クソがっ!勝手にしろ!」
シュウジは近くにあった空き缶を見ると、それに怒りをぶつけるように蹴飛ばす。その後は、イオリがついてくることに対して何も言わなかった。

シュウジとイオリが去った約一時間後、一人の女が公園の入り口に立った。
とにかく、派手な外見の女だった。
赤いジャケットとセットされた長い金髪が目を引く。ショートパンツから伸びる足は蝶のタトゥータイツで覆っている。
彼女は、釣り目がちの鋭い目で桜が舞う公園を見ている。恐怖を体験した人々が去ってしまったのか、それとも、夜が遅いせいか人の気配はない。
女が観察をしていると、手に持っていた小さなバッグの中で彼女の携帯電話が鳴った。真っ赤なネイルの手で大きなストラップをつけた携帯電話を取り出して女は通話を始める。
「もしもし。ああ、ついたよ。あんたが言っていたインスタントは失敗したんじゃないのか?え?何で判るのかって……、何となくだよ。あんたもそれくらい判りそうなもんだろ?」
女は苛立たしげな声で話すと、髪をかき上げた。入口では中の気配が判らないのか公園の中まで入っていく。公園の中には誰もいない。
「おい、あんたが言ってたインスタントってどんな奴だっけ?え?男?中年のスーツ着た男?そんなのいないぞ」
女は遠くまで見ながら電話の向こうにいる相手に答えた。
「つーか、誰もいねーじゃねーか!人っ子一人いないって奴だよ!え?もっとよく探せ?ふざけんな!そんなに言うんだったら自分で探せ!」
女は金色の髪を振り乱しながら携帯電話に向かって怒鳴る。そして、通話を終えた。女は踵を返すとそこから移動し始めた。しばらくして、携帯電話がさっきとは違う音で鳴る。女は急いで携帯電話を耳に当てると、立ち止まって通話を始める。
「もしもし、クニヒコ!」
さっきまでとは打って変わって嬉しそうな声だった。表情からも気分の違いが伺える。
「メール見てくれたんだな!うん!判ってる!すぐに会いに行くよ!うん!直接会って話したいんだ、それじゃ!」
女は通話を終えると携帯電話を胸の辺りで抱きしめた。「クニヒコ……」と通話相手の名を静かに呟いて歩き出した。

シュウジは電車に乗って数駅移動した。イオリはシュウジのすぐ近くにいるが、彼はそれに対してもう何も言わなかった。
シュウジはある駅で降りると駅ビルから出て少し歩いた。マンションが並ぶところから少し外れたところに向かっている。そして、何の変哲もないビルの前で立ち止まって振りかえった。それはビジネスホテルだ。
「今から連れを呼んでくる。連れがお前のことを信用したら、お前と一緒に住む。それでいいな?」
「そう言って……、逃げたりしない?」
「面倒くせえ奴だな!バッグ置いていくからこれでいいだろ!?」
シュウジはバッグをその場に置くと、ホテルの中に入った。
数分後、シュウジは約束通り戻って来た。彼が言っていた“連れ”を見てイオリは驚く。
それは未就学児と思われる女の子だった。
子猫のようなふわふわした白い帽子をかぶり、白いダウンジャケットで寒さをしのいでいた。ダウンジャケットの下は黄色い厚手のトレーナーとオーバーオールだった。その女の子はおどおどしたような表情でイオリを見ている。
「この人……?」
「そうだ、ミチ。この人の家に住みたいか、お前が決めるんだ」
ミチと呼ばれた子供に話しかけるシュウジの口調は優しい。それを聞いたミチはしばらく考えた後、イオリに近づいて帽子を取った。ピンク色のゴムで留めたこげ茶色の髪が揺れる。
ミチはイオリの目を見た後、右手を差し出した。
「田原(たはら)ミチです。よろしくおねがいします」
「ミチ!?」
ミチの行動が予想外だったらしく、シュウジは驚いて目を丸くしている。何か言いたそうに手を伸ばしていた。
「シュウちゃん。この人と一緒に行こう」
「だけど、いいのかよ!?そいつを見て一分も経ってないんだぞ?」
「この人の目、すごく哀しそう。誰か一緒にいないと折れちゃいそう。だから、一緒に行くの。シュウちゃんがわたしを助けてくれた時みたいに、わたしがこの人を助けるの」
そこまで聞いた時、イオリはミチを抱きしめた。イオリは何も言えずに涙を流す。ミチもそれを受け入れていた。
「あたし……、あたしは……!園城、イオリ……。よろ、しく……お願いします!」
ミチは泣いているイオリの頭を優しく撫でる。母がそうやっていたのを真似するかのように慈愛に満ちていた。
それを見ていたシュウジは置いていたバッグを拾って肩にかけると二人に近づいた。イオリに手を伸ばして言う。
「桜庭(さくらば)シュウジ」
彼のぶっきら棒な自己紹介を聞いて、イオリは呆けたように口を開けていた。彼の行動の意味が判らずにしばらくそうしているとシュウジは
「何だよ。名前知っていれば一緒に住めるんだろ?」
と、聞いた。イオリは手で涙を拭うとシュウジの手を握る。
「うん!よろしくお願いします!」
しばらくした後、三人は駅に向かった。イオリはタクシーを見つけると、助手席に座って行き先を指示する。
どこに行くのか判らないと、シュウジは警戒していたが五分もしたら眠くなり、まぶたが降りて意識が消えかけた。そうやって眠りと目覚めを繰り返しているとタクシーが止まった。隣に座っていたミチは眠ってしまったため、背中におぶっていく。
「着いたよ」
先に車から降りたイオリが言った。シュウジは寝ぼけた頭を振ると、視界に飛び込んだその建物を見る。それはシュウジの人生には一生縁がなさそうな高級マンションだった。
「……あ?」
それを見た時、まだ寝ぼけているのかと思い、目を閉じてもう一度開けた。それでも目の前の建物は変化しない。
理解しようとしても、脳が理解を拒み、思考が追いつかない。助けを求めるような視線でイオリを見ると、彼女はエントランスの前にある防弾ガラスの扉の前に立っていた。
「ほら、早く」
そう言って手招きしている。シュウジは意を決して彼女に近づいた。
「本当にここなのか?なんか……、想像以上に豪華なんだが。億ションって言うのか?」
「そう……、かも。でもいくらだったかは覚えてないよ」
イオリが暗証番号を入力するとガラスの扉が開く。ホテルのロビーを思わせるエントランスを通り過ぎると、エレベーターに向かった。彼女は迷わず最上階を押す。
「最上階って一番高いんじゃないのか?」
「一番高いところにあるから最上階なんだよ」
「位置じゃねぇ。値段のこと言ってるんだよ!高いだろ?」
「そうなのかな?判らないよ」
無頓着なイオリの言葉を聞いてシュウジの驚きは加速する。
彼女には常識がない。正確に言うと、シュウジのような庶民が持っている金銭感覚を持っていない。全く別の感覚で生きている。
その時、彼はイオリの伯父について思い出した。二時間ほど前に倒したインスタントは、元々、地元の名士だった男だ。親戚のイオリが金持ちだったとしてもおかしくはない。
エレベーターを降りた三人は廊下を歩く。イオリはドアの前に立つと、鍵を錠に差し込んで回し、暗証番号を入力して開けた。
「お邪魔……、します」
イオリの後に続いて入ったシュウジは緊張しながら呟くような声でそう言った。
「これからはただいま、でいいんだよ」
慣れた手つきで電灯のスイッチを入れながらイオリは言った。シュウジは、その感覚には慣れないだろうと思った。
中は想像以上に広かった。
玄関から、テレビドラマのセットでしか見たことがないようなリビングとステンレスの光沢が眩しいキッチンが見える。置かれている調度品も高級そうなものだった。物の値段がまったく判らないシュウジの目から見ても、それが安物でないと判るほどだ。
リビングの奥には窓があり、その先には広いベランダがあった。取ってつけたような狭いベランダではない。椅子とテーブルを置いて、夜景でも見ながら食事くらいはできそうな広さだった。
豪華絢爛。玄関から目に入る光景だけでも、そんな言葉が当てはまる。それでも、どこか寂しい印象を与えるのは住人がいないせいだろうか。
「こっち来て」
スリッパを履いたイオリが手招きする。シュウジは足元に置かれていた男性用の青いスリッパを見た。
「これ、いいか?」
「いいよ、履いて。履いたらこっちに来て」
スリッパを履いたシュウジはイオリの後についていく。彼女は玄関から見て右側に向かっていた。そこには充分過ぎるほどの広さの廊下がある。廊下の右側にはバスルームと洗面所とトイレがあった。左側にはいくつかの扉があった。その内の四つを素通りすると五つ目の扉を指した。奥にもまだいくつかの部屋がある。
「ここを使って。手前の三つの部屋は駄目。あたしの部屋とあたしの……、家族の部屋だったところだから」
「あんたの家族の部屋に勝手に入るつもりはねぇよ」
そこの言葉を聞いてイオリは頷く。彼女は五つ目の部屋の扉を開けて電灯を点けた。
そこは八畳ほどの部屋だった。フローリングの床の上には何も置かれていない。リビングとベランダをつなぐ窓ほどの大きさはないが、窓がある。窓からは夜景が見える。
「ここを使って。ミチちゃんには隣の部屋を使ってもらうから」
「ここ、俺一人か!?」
想像以上の待遇にシュウジは驚いて声を上げる。それを見てイオリは口に指を当てて注意した。
「気をつけて。ミチちゃんが起きちゃう」
「ああ、悪い」
シュウジは、一週間か一ヶ月ほど借りられる一部屋だけの安いアパートを探すつもりでいた。ここはシュウジが考えていた場所よりも広く清潔で快適だ。
「気に入ってくれた?」
シュウジが驚いて何も言えずにいると、イオリが心配そうな目で彼を見る。
「もちろんだ。想像以上で驚いた」
シュウジはミチを背負ったまま、肩にかけていたドラムバッグを降ろす。
「ミチちゃんは隣ね」
「一部屋でいいんだぜ。贅沢は言えねぇ」
「ミチちゃんにもプライベートっていうものがあると思うの」
シュウジに言い聞かせるように言いながらイオリは扉を開けてシュウジを案内する。二人が隣の部屋に入った後、イオリは部屋から出た。しばらくすると布団を持って戻ってくる。
「布団敷くからその上に寝かせてあげて」
「悪いな」
シュウジは白い布団の上にミチを寝かせる。布団の上に下ろした時、少しだけ声を出したが目を覚ますことはなかった。眠っているのを確認して二人は部屋から出る。
「悪いなんて思わないで。これから家族になるんだから」
「家族にはなれねぇよ。だから、ちゃんと毎月家賃は払う。俺に払える分だけってことになるけどな」
家族にはなれないという言葉を聞いた時、イオリは泣きそうな顔をしていた。シュウジはそうなることを予想はしていたが、この部分だけは譲れなかった。
「やっぱり……、家族は駄目だよね……。でも、ずっといて欲しいな。家賃なんかいらないから」
イオリは真っ直ぐな視線でシュウジを見る。その目に射抜かれたシュウジは目を逸らした。
「できる限りいるようにするぜ。住み心地は良さそうだし、ミチはあんたを信用してる。ミチが信用した人間を俺は信用するからな」
そう言った後、シュウジは大きな欠伸をした。
「俺も布団、借りていいか?眠くなってきた」
「うん!ちょっと待ってて」
イオリは廊下の一番奥にある部屋へと向かう。シュウジとミチが一緒にいてくれることが判ったせいか、少しだけ笑顔を取り戻していた。シュウジはそんな彼女を見てもう一度欠伸をすると、部屋の中に入った。

翌日。窓から差し込む暖かい光を浴びてシュウジは目を覚ました。携帯電話の画面を見て時刻を確認すると、既に正午を回っていた。これだけ長時間眠ったのは久しぶりだった。彼もそれに驚いていたが、頭が寝ぼけていたのか表情に変化はなかった。
数回頭を振った後、周りを見る。
「ここはどこだ?」
そう呟いた後、昨日の記憶が蘇ってくる。ここが、今のシュウジの住まいなのだ。
「あー、っと一応、連絡入れておくか」
シュウジは携帯電話を操作してエコーへ電話をかけた。数回のコール音の後、彼女が出る。
『そろそろ連絡が来る頃だと思っていた。次の住まいの話か?』
「いや、その必要はなくなった」
『それはどういうことかな?』
シュウジはエコーに昨日の事件のあらましと、その後に起きたことについて説明する。
「そんなわけで、俺は今、昨日のインスタントの姪のところにいるんだよ」
『事情は判った。そこに住むつもりならそうするといい』
「そうするぜ」
『驚いたな。君が誰かの家を間借りするとは思わなかった。その娘が気に入ったのか?』
それを聞かれた時、シュウジは黙る。そして、しばらく考えていた。
『もしもし?』
シュウジの反応がなくなったのを気にしてエコーが聞いた時、シュウジは「あ、悪い」と言って会話を再開した。
「何で一緒に住むことになったかって言われてもな。ミチがその姪、イオリって奴のことを信用したからかな。ミチはイオリの目を哀しそうだって言っていた」
『それは君が保護している子供がイオリという娘と住もうと思った動機だ。君自身の動機ではない。君も成人男子なのだから、走ってその娘を振り切ることだってできたはずだし、追い払うことだってできた。それをしなかった理由を知りたいな』
シュウジは溜息を吐いた。その後、しばらく迷ってから口を開く。
「後ろから抱きしめられたって言ったよな?」
『そう聞いた』
「その時にな。背中に……、その……、二つの胸が当たってだな……」
『今、何て?』
「俺の背中に胸を当てられた。かなり大きくて……、あれに逆らえる男はいない。あれをやられたら正常な判断力なんか失っちまうし、それに、その……、優しい気分になるっていうか、俺みたいな奴でも少しは人に優しくしたくなるっていうか……」
『君は最低だ』
シュウジの耳に冷たい声が突き刺さる。耳が痛かった。
「そんなこと言われたって仕方ねぇだろ!?当てられたら、誰だって立ち止まって話を聞くって!男ならみんなそうなんだ!何を怒ってんだよ」
『怒ってなどいないさ』
そう主張するエコーの言葉の端は刺々しい。怒りを隠し切れてなどいなかった。
「ああ、そう言えばお前、ローブで体全体を隠しているけれど、それって胸がないからなんじゃねぇのか。だから、嫉妬してるんだろ?」
『……』
それに対してエコーは何も言わない。無言の圧力をかけたまま、電話を切った。突然、切られたことに驚き、シュウジは耳元から携帯電話を放す。そして、画面をじっと見ていた。
「やっぱり、嫉妬か」
納得したシュウジはその場で大きく伸びをすると、枕元に携帯電話を置いて部屋を出た。

都内にある安アパートの一室でその金髪の女は目を覚ました。一人暮らしの住まいには丁度いい大きさの家具やテーブルが置かれた部屋だ。壁際にある本棚には、映画に関する雑誌や評論が大量に入っている。そこだけに入り切らないらしく、その近くには似たような雑誌が入った段ボール箱が二箱積まれていた。
「ミカ、起きたの?」
扉が開き、ミカと呼ばれた金髪の女と同じくらいの年齢の男が部屋に入ってくる。
優しそうな表情の男だった。白い長そでのシャツにジーンズというありふれた格好をしている。ミカとはまるで正反対だ。
「悪いな、クニヒコ。ベッド借りちゃって」
「いいんだよ。気にするなって」
クニヒコと呼ばれた若者はテーブルの上にバターを塗ったトーストとゆで卵、野菜サラダを乗せる。クニヒコとミカの二人分だ。
「コーヒーでよかったよね?今、用意するよ」
「ありがと」
湯気の立つコーヒーがテーブルの上に並んだ時、二人は遅い朝食を食べ始めた。
「ミカ、本当に良かった。また会えてうれしいよ」
「あたしだって本当にうれしいよ!あの日であたしは、いや……、あたし達は本当に終わりだと思ったんだ」
クニヒコとミカはそれぞれ半年前のことを思い出していた。
二人は元々、U県の人間だった。クニヒコは数年前に上京し、ミカはU県に残った。遠距離恋愛は長続きをしないと言われているが、この二人ではそんなことはなかった。むしろ、それ故に燃え上がったとも言える。
半年前、ミカが災害に遭った時、クニヒコは東京にいた。ニュースで得体の知れない災害のニュースを知らされたのだ。
「半年前にM市で災害が起こったって聞いた時、僕は本当に心配したんだ。M市で何が起こったのか、地元の友達に聞いても誰も教えてくれなかったし。今でも、あの日何があったのか知りたい」
食事をしながらクニヒコは真剣な顔で聞く。
「まあ……、いずれ話すよ。もうどこへも行かないからさ。時間は充分あるんだし!」
ミカは笑顔でそう言い返す。クニヒコは釈然としないものを感じながら「そうだね」と言う。
「そうだ!今日はどこ行くよ?」
「ミカが行きたいところでいいよ。どこがいい?」
「あー、そんなんじゃいけないんだって!」
クニヒコが笑顔で言った時、ミカは彼の頭を軽く叩く。そして、彼を指差してこう断言した。
「お前、そうじゃないだろ!俺についてこいって感じで聞けって!」
「僕はそういうキャラじゃないよ。だから、聞くんだ。どこがいい?」
「あー……」
ミカはまた「こいつ、判ってない」とでも言うように頭をかきむしる。だが、その後、笑顔でクニヒコを見た。
「判ったよ。クニヒコはこういう奴だもんな。じゃあ、映画館だ。そこで映画観ようぜ。クニヒコだって何か観たいのあるだろ?」
“映画”という単語を聞いた時、クニヒコの目の色が変わった。それを見たミカは彼が自分の思惑に乗ったことに気付き、心の中でガッツポーズをする。
「行こう!気になってるのがあるんだ。早く!」
食事を中途半端に残しながら、クニヒコは立ち上がる。それを見たミカは笑った。
「クニヒコ、気が早いって。映画は逃げていかないだろ?」
「判るけれど、気になるんだ。意識したら、何だかそわそわしてきちゃって」
「おいおい……。じゃ、映画とあたし、どっちが好きなんだ?」
「うーん……」
「悩むなよ!悩まないで即答してくれよ!」
「え……、ミカだよ」
「映画って言いかけた」
「ミカの方が好きだって!」
「絶対、今、映画って言いかけただろ!」
「そんなことないさ!ミカはかわいいし、優しいし、僕のことよく判ってくれるし、僕の夢を応援してくれるし……」
ミカが不機嫌そうな顔をすると、クニヒコは必死になってなだめようとする。
「本当?」
上目遣いでミカがクニヒコを見た。クニヒコは座ると「本当だよ」と、言った。
「そうだよな。クニヒコがあたしのこと好きなの、ちゃんと判ってるよ。映画も同じくらい好きだってことも知ってる」
「いや、ミカの方が……」
「さっきのは冗談だよ。同じくらいでいい。だから、映画も真剣に好きになれよ」
二人は笑い合った。それは、本当にどこにでもあるような幸せな風景だった。

昼と夕方が過ぎ去り、夜になった。シュウジはドラムバッグの中にしまってあったメッセンジャーバッグと大量のカードを入れた箱を取り出す。箱をメッセンジャーバッグの中に入れると、自分の部屋を出た。
既にミチは眠っている。リビングには紅茶を飲んでくつろいでいたイオリがいた。
「どこか行くの?」
シュウジを見て彼女は立ち上がる。心配した目つきだった。
「ああ、仕事だよ」
「仕事って、何の?」
そう聞いた直後、イオリはシュウジの“仕事”の内容を悟る。それを説明する前にシュウジは玄関へ向かった。
「待って!」
背中に向かって投げつけられた言葉を無視してシュウジはドアを開けて出ていく。
「ねえ、待ってってば!」
マンションから出たところでイオリの足音と声が耳に届く。シュウジはそこで立ち止まると振り返った。
「何だよ?」
「仕事って、昨日みたいに戦うの?」
「そうだよ。半年前のあの日から、俺はこうやって金稼いでるんだ。邪魔すんなよ」
説明を終えたシュウジは彼女の前から去ろうとする。その手をイオリがつかんだ。
「行かないで。あなたがいなくなったら、あたしは半年前の災害のことを知ることができなくなると思う」
「負けると決めつけてんのか?」
「そうじゃないけど、怖いから」
「いいか?」
シュウジは軽く舌打ちをした後、イオリを見ずに説得を始める。その口調から面倒臭さを感じているのが伝わってきた。
「俺はいなくならねぇ。だって、ミチがいるからな。とりあえずは、一緒にあの災害で生き残ったアイツの面倒を見るのが今の俺の役目というか使命だ。それをやらずに死ぬわけにはいかねぇ。そろそろ行くぜ」
シュウジはイオリの手を乱暴に振りほどいて歩き出した。それを見たイオリはシュウジの歩幅に合わせて彼の横を歩く。
「何だよ?」
「邪魔はしない。だけど、ついていくよ。何をしているのか知りたいから」
「やめておけ。危険だ」
「危ないのはそっちも同じ。それにあたしは自分の意思で行くからいいの」
「勝手な奴だ」
シュウジは一度立ち止まると、メッセンジャーバッグから箱を取り出す。箱を開けると、その中から一枚のカードを引き抜いてイオリに渡した。彼女はそれを受け取ると、月明かりにかざすようにして見る。
「これは何?」
「俺が戦うのに使ったカードだ。持ってろ。危なくなったらそのカードの力を使って守ってやるから」
それだけ言ってシュウジは歩き始める。守られているということに嬉しくなってイオリは少しだけ表情をほころばせた。

ミカとクニヒコのデートは続いていた。
映画を観て、ウインドーショッピングをして、外食をして帰るという金のかからないものだったが、二人はそれを大いに楽しんだ。
夜になり、二人は帰路についた。二人は手をつないでクニヒコのアパートまでの道のりを歩く。横に並ぶのは平凡な住宅。街灯だけが二人を見ていた。
「なあ、クニヒコ」
会話が途切れたところでミカが呟くように言う。ミカの元気な姿ばかりを見てきたクニヒコは彼女の口調に戸惑う。
「何?」
「ちょっとだけ目をつぶっててくれよ」
「どうして?」
「いいから!」
首をひねった後、クニヒコは言われたように目を閉じた。暗い視界の中でまぶたに当たる街灯の光だけが白い。
「愛してる」
ミカの声の直後、自分の唇に触れる者に気付いた。クニヒコはその感触に逆らうことなく、身を預けている。しばらくして唇から離れた時、クニヒコは目を開いた。
「え……?」
彼は絶句した。真っ暗な場所に閉じ込められている。さっきまで自分達を照らしていた街灯の光すら見えない。疑問に思って手を伸ばすと硬い物に触れた。それは壁のようだった。
「ミカ!」
「ごめん、クニヒコ。今でも愛してる」
壁の向こうからミカの声が聞こえた。その時、クニヒコの頭上で時計の針のような音が聞こえた。
「判らない……。僕には、判らないよ!何が起きてしまったんだ!?」
クニヒコは自分の前にある壁を叩いた。壁が壊れることも、ミカが話しかけてくれるわけでもない。何が変わるわけでもなかったが、何かせずにはいられなかった。

ミカはクニヒコを使って生み出した滅亡時計を見る。一本しかない時計の針は頂点の『0』から動き始めている。十分もすれば、あの針は再び頂点に戻り、あの日の災害をこの場で繰り返す。
「ごめん、クニヒコ。今でも愛してる」
謝罪するかのように、もしくは、懺悔するかのようにミカは呟いた。
「勝手なこと言うなよな。だったら、その中にいる奴を出してやれよ」
自分を非難する男の声を聞いてミカは振り返った。そこには、桜の花が印刷されたシャツを着た男、シュウジとイオリが立っていた。
「お前ら、滅亡時計の近くで動けるのか?いや、そんなことはどうでもいい!邪魔をするな!」
ミカは額を右手で覆うと、そこから四枚のカードを取り出した。裏が赤いカードを右手で持つと宙に向かって投げる。四枚のカードは空中で赤い光を放つとトカゲの顔を持つ人型の化け物へと変化した。金属のような鋭い爪を持ち、ドレッドヘアーを振り回すそのクリーチャーの名をシュウジは知っている。
「《凶戦士ブレイズ・クロー》か。対した相手じゃねぇ。《クエイク・スタッフ》物体化(マテリアライズ)!」
シュウジは右手の袖に仕込んでおいたカードを取り出すとそのカードに力を与える。カードは黒い光と共に巨大な金色の目と口がついた大鎌、《クエイク・スタッフ》に変化した。シュウジが両手で振り回すだけで二体の《ブレイズ・クロー》が両断される。
「あっ!」
イオリの声が聞こえて、シュウジは振り返った。シュウジの横を通り抜けた二体がイオリに襲いかかる。
「《マキシマム・ディフェンス》、物体化(マテリアライズ)!」
舌打ちをしたシュウジはイオリに向かって手を伸ばした。
すると、イオリが手に持っていたカードが青い光を放つ。彼女の周囲に半透明の六角形の物体が大量に現れる。それは壁を形成し、彼女を《ブレイズ・クロー》の攻撃から守るように集う。
一体の《ブレイズ・クロー》が勢いをつけてその壁を殴りつけた。すると、反動で《ブレイズ・クロー》の体は後ろに吹き飛び、赤い光を出しながら消えていった。
「だから、危険だって言ったろ?でもまあ、それがあれば一応、大丈夫だ」
「……今までずっとこんな危ないことしてたの?昨日も?」
「そうだよ。それが俺の仕事なんだ」
シュウジは片手で《クエイク・スタッフ》を振り回すと最後の《ブレイズ・クロー》を切り裂いた。
「邪魔者は片づけたぜ。あんたもこいつに斬られたいか?」
振り向いたシュウジは《クエイク・スタック》をミカに向けた。《クエイク・スタッフ》は不気味な笑い声をあげると舌舐めずりをする。
「ひょろい奴だから弱いと思ったけれど、やるじゃんか。あたしの未来のためだ。相手になってやるよ!」
ミカは再び、額に右手を当てる。今回、額から出たカードは四枚ではなかった。四十枚ある。黒いテーブルがミカの前に現れ、彼女はそのテーブルに四十枚のカードを置いた。その上の五枚が横に並び、ミカの前に透明な五枚の壁、シールドを形成する。
その直後、滅亡時計を中心に、半径二十メートルは色を失った。この空間だけは、この世界によく似たパラレルワールドへと変化した証しだ。
「何が未来だ。そんなもん、クソくらえだ!」
シュウジもメッセンジャーバッグから箱を取り出す。箱を開けると、その中から四十枚のカードが飛び出した。ミカが使っている裏が赤いカードとは違う。裏が濃い青のカードだ。
『stand by』
箱から電子音声が流れ、シュウジの前にも黒いテーブルが現れる。ミカの時と同じように四十枚のカードが右手で取れる位置に置かれた。
『shield on』
上の五枚のカードが横に移動する。そのカードから発せられるエネルギーがシュウジを守る透明な壁、シールドを生み出した。
シュウジはシールドの設置を確認した後、山札の上、五枚を引く。それを見た後、ミカを見て言った。
「さあ、汚ねぇ花、散らせよ」
「勝てると思ってんのか?かかってこいよ!」
先に動いたのはミカだった。手元にあったカードを一枚、空中に放り投げる。すると、緑色の光と共に穏やかな風が吹いた。暖かい春の日の下に吹くような優しい風だった。
すると、ミカの山札が緑色の光を発する。
「《フェアリー・ライフ》だ。こいつで山札の上のカードをマナゾーンにチャージ!」
「マナを増やしてきたか。ならば、俺も……!」
シュウジも同じように自分のカードを空中に放り投げる。それが黒い光を発すると、陰気な笑い声が周囲に響いた。《フェアリー・ライフ》の風の穏やかさを切り裂くような邪悪な声に誘われるようにシュウジの山札が黒く光り、二枚のカードがどこかへ飛んでいく。空中に放り投げたカードはシールドの手前にある空間、マナゾーンに置かれた。
「《ボーンおどり・チャージャー》だ。これで俺は山札の上のカードを墓地に送り、チャージャーの効果でマナを増やした」
「墓地利用って奴か。墓地を増やすのを協力してやってもいいぜ」
ミカは歯を見せて笑うと、シールドの奥へ一枚のカードを置いた。すると、地面が緑色に輝く。輝いた地面から、緑色の美しい毛を持つ鳥が現れ、飛び立った。
「《エコ・アイニー》だ。これで山札の上をマナに!それがドラゴンだから、もう一枚マナだ!」
「げっ」
思わず、シュウジの口からそんな言葉が漏れる。これにより、ミカのマナゾーンのカードは既に六枚になっていた。
「こいつは少しヤバいな。だが、こうだ!」
ミカがクリーチャーを召喚したように、シュウジもクリーチャーを召喚する。巨大な灰色のドラゴン《黒神龍ギランド》だ。肉体が脆いせいか、今も体の一部が腐り落ちている。
「W・ブレイカーか。だったら、ここはこうだ!」
ミカがカードを放り投げた瞬間、《ギランド》の足元から緑色のツタが伸びていく。その数は一本ではない。《ギランド》の体を包み込むように様々な太さのツタが大量に伸びていった。
「《ナチュラル・トラップ》だ。これで《ギランド》をマナ送り!」
「墓地を増やすのに協力してくれるんじゃなかったのか?」
シュウジはマナゾーンに置かれた《ギランド》を見ると溜息混じりの声で呟く。それを聞いたミカは
「敵に頼るなよ、青瓢箪(あおびょうたん)。自分で何とかしな」
と、言い返す。
「そんなことは判ってる」
シュウジはそう言うと、新たに一枚のカードを出した。それは二体目の《ギランド》だ。
「お前、とことん腐ってやがるな。あたしは腐ったものと納豆が嫌いなんだよ!」
《ギランド》が気に入らなかったのか、怒りで顔を赤くしたミカは《エコ・アイニー》の横に新しいカードを置いた。
地面が赤い光を発する。それと同時に高熱が周囲を包んだ。
飛び出して来たのは何かの体の一部を思わせる龍だった。騎士の兜のようなもので覆った頭部に比べて巨大過ぎる赤い翼と、鳥の鍵爪を思わせる足。その足は何かの口のようにも見えた。その龍の口は突如、火を吹く。すると、シュウジのマナに置かれたカードの内、一枚が爆発と共にどこかに飛んでいった。
「マナに置かれた《ギランド》のカードがやられた!?」
「約束守ってやったぞ。あたしの《龍神メタル》で墓地利用を手伝ってやったぜ」
炎でシュウジのマナゾーンを攻撃した《龍神メタル》は煙の混ざった息を吐いた。それを見たシュウジは大きな音で舌打ちする。
「俺はな、マナのカードをぶっ壊されるのが嫌いだ。それがてめぇの切り札なら、こうしてやるよ!」
シュウジの場に黒い門が現れる。怨念のような声と共にその門が開くと、牙が生えた触手が門から溢れだした。触手は《メタル》に噛みつき、肉体を喰らっていく。《メタル》の肉体が完全になくなると、触手は門の中に戻った。
「何すんだ!」
「俺の呪文カード《地獄門デス・ゲート》だ。タップされていない相手のクリーチャーを破壊。そして、そのクリーチャーよりコストが小さいクリーチャーを墓地からバトルゾーンに出す」
低い声でシュウジが解説すると、《デス・ゲート》の門から一体の黒い龍が翼を羽ばたかせて飛び出して来た。一部、赤い筋肉がむき出しになった痛々しい肉体。灰色の肌と一部に巻き付いた銀色の装飾。そして、今にも滅びそうな胴体に突き刺さった金色の槍。そのドラゴンの異様さにミカと、戦いを見守っていたイオリは息を飲んだ。
「《黒神龍バラス・ランス》だ。攻撃時に墓地を増やすW・ブレイカーだ」
「くそっ!W・ブレイカーが二体も!」
「そうだぜ。その二体の内、一体が今、お前を襲う!」
崩れ落ちそうな体を引きずって《ギランド》がミカのシールドに近づく。灰色の腕を振り回すと、一枚のシールドを砕いた。同時に《ギランド》の腕が粉砕する。腐りかけた龍は構わずもう一本の腕でシールドを殴る。攻撃を終えたら、粉砕した腕の代わりに新しい腕が生えてきた。
「シールド・トリガーなしか。だけど、手札が増えた。あたしにはマナだってある!」
そう言ってミカはにやりと笑った。その顔を見た時、シュウジは眉をひそめる。
「あたしにはあるが、あんたにはいらないよな。代わりに墓地を増やしてやるよ」
宣言の直後、ミカは新たなクリーチャーを召喚する。緑色の光と共に飛び出したその龍は、太く長くしなやかな体で水中を泳ぐようにして空を飛び、持っていた剣を地面に突き刺した。すると、シュウジのマナゾーンのカード二枚がどこかへ飛んでいく。
「《緑神龍ザールベルグ》か。またマナをやりやがったな!しかも、今度は二枚も!」
「そうだぜ。それがあたしの戦略だ。そして、《エコ・アイニー》で《ギランド》を攻撃!」
《エコ・アイニー》は弾丸のようにものすごい勢いで飛び、《ギランド》に突っ込む。体の中に異物を取り込んだ《ギランド》は黒い光を発して、爆発した。《エコ・アイニー》もその体内で消えてしまった。
「くっ、《ギランド》はバトルの後、破壊されるクリーチャー。《エコ・アイニー》相手でも相討ちになっちまうのは困りもんだ。だけどな……」
シュウジがミカのシールドを見た時、彼が操る《バラス・ランス》が動き出す。体に突き刺さった金色の槍が輝く時、山札の上にあるカードが二枚、どこかへ飛んでいった。
「《バラス・ランス》はパワー7000でバトルの後も破壊されない!パワー5000の《ザールベルグ》なんかに負けるかよ!」
《バラス・ランス》は両腕を振り回してミカのシールド二枚を破っていく。そこに、シールド・トリガーはない。
「ターンエンドだ。確かに、俺のマナは少なくなった。だが、戦えないほどじゃねぇ。それに《バラス・ランス》だけで攻撃力は充分だ。増やした墓地を使うまでもなかったな」
「そんな余裕ぶっていいのかよ?」
シールドが一枚になったのに、ミカは妖しい目つきで微笑んだ。圧倒的不利な状況にも関わらず、余裕すら感じさせる。
「お前、ただのひょろい男じゃないな。気に入ったよ。あたしが見た男の中じゃ二番目にいい男だ」
「そいつは喜んでいいのかよく判らねぇな。一番は誰だ」
彼女が手札から一枚のカードを引き抜いた時、シュウジは身震いするのを感じた。軽口を叩いている間、彼の目はずっとミカの手の中にあるカードを見ていた。
「クニヒコに決まってるだろ。あたしはこの力でクニヒコの命をもらって、ずっと一緒に生きるんだ。だから、あんたも邪魔しないで死んでくれ」
ミカは、少しだけ寂しそうに笑う。彼女が自分の場にあった《ザールベルグ》のカードに一枚のカードを重ねた瞬間、コンクリートの道路がひび割れ、炎が噴き出した。その炎は《ザールベルグ》の体を包んでいく。しばらくすると炎は消え、そこに巨大な岩が現れた。しばらくすると、岩はひび割れ、雄叫びと共に鎖がついた鉄球が宙を舞った。鉄球は放物線を描きながら飛ぶと、シュウジのマナゾーンに突っ込んだ。
「何っ!」
鉄球には回転がかかっていた。マナゾーンに着地した鉄球が回転すると、何枚かのカードがふっ飛ばされていく。シュウジが手を伸ばした時、鉄球はその場から離れた。
「残ったのはドラゴンのカードだけ。まさか、そいつ……!」
岩が割れて中から龍が姿を現す。鈍い鉄の色をした肉体。胴体から現れた三つの赤い龍の頭。巨体を支える足が地面に触れた瞬間、人工の道路は陥没し、ひび割れていく。尻尾が振り回される度、勢いよく風が吹く。
「進化ドラゴン《超竜バジュラズテラ》だ」
《バジュラズテラ》は持っていた鉄球を振り回すと《バラス・ランス》に向かって投げつけた。それは《バラス・ランス》の胴体を直撃し、刺さっていた金色の槍を完全に粉砕する。
「《バジュラズテラ》のパワーは12000だ。パワー7000なんか、目じゃないんだよ!」
《バラス・ランス》の体は震え、粉々に砕け散った。これで、シュウジのクリーチャーは全滅。そして、マナゾーンのカードは残り三枚となった。
「確かに、これはヤバい。だけど、《バジュラズテラ》は全てのマナゾーンにあるドラゴン以外のカードを破壊する進化クリーチャー。お前だってノーダメージじゃねぇ」
「よく見てみろよ」
ミカに言われて彼女のマナゾーンを見たシュウジは絶句した。彼女のマナゾーンには七枚のカードが置かれている。
「デッキを組む時に自分のダメージを最小限に抑える方法くらい考えるさ。さあ、ランキング二位。もっとあたしを楽しませろよ!この罪の痛みを忘れさせるくらい、激しく立ち向かってこい!」
「勝手なことばかり言いやがって。てめぇ、やっぱり自分のやってることに疑問を感じているんじゃねぇか」
シュウジの低い声に怒気が混じった。彼は山札の上に自分の右手を叩きつけると、乱暴な手つきでカードを引く。それを見た後、シュウジはカードをマナゾーンに置いた。
「チャージしかできることはねぇな。一つ言っておくぜ。俺はお前の痛みを消し去るために戦うんじゃねぇ。愛だの何だの言って、それで全て許されると思ってる奴が俺は嫌いだ。俺はそういう身勝手でむかつく奴を叩き潰すためにここにいる。ターンエンドだ」
「威勢がいいのは口だけかよ!だったら、減らず口も叩けないようにしてやるよ!」
ミカは《バジュラズテラ》の上に一枚のカードを重ねる。《バジュラズテラ》の肉体が炎を吹き出しながらひび割れていく。音を立てて、体が砕け散る。すると、中から赤い肌の龍が飛び出してきた。
《バジュラズテラ》と同じように鎖つきの鉄球を持ち、胸からは三つの龍の頭が伸びたドラゴンだ。
「《超竜バジュラ》だ。攻撃時に相手のマナ二枚を破壊する最強のT・ブレイカーだ!」
《バジュラ》が投げた鉄球はシュウジのシールドに向かって伸びると、それを貫く。その余波で隣にあった二枚のシールドまでひび割れ、砕けていった。
『break』
「シールドブレイクなんかどうでもいい。それよりマナだ!」
シュウジはテーブルの上に置いた箱から聞こえる電子音声に答えるように言う。勢いが止まらない鉄球はシュウジのマナゾーンに叩きこまれる。その勢いで二枚のカードが吹っ飛んでいった。
「シールドのマナも残り二枚だな。どうする?それで何ができる?」
「判らねぇな。ただ、マナのカードが全部なくなっても、俺にはできることがあるぜ」
シュウジは怒りのこもった目でミカを睨む。ミカは扇子のように広げた手札で自分を扇ぐと鼻で笑った。
「そんな死んだような目で睨まれても怖かないね。半年前のあの日と、今、自分がやってることに比べたら全然怖くない!」
シュウジは何も言わない。マナゾーンにカードをチャージすると、一枚のカードを放り投げた。
「《エマージェンシー・タイフーン》だ。これで二枚引いて一枚捨てる」
シュウジは何もない空間に向かって一枚のカードを投げ捨てた。溜息を吐いた後、ターンの終わりを宣言した。
「何もできないじゃねえか!強いと思ったけれど、間違いだったな!《メタル》を召喚!」
二体目にメタルが場に現れる。口から吐き出された炎を受けてシュウジのマナゾーンが爆発する。
「これで残り二枚!そして、こいつでマナ全滅だ!」
ミカが赤いネイルの人差指でシュウジを指す。《バジュラ》は鎖つきの鉄球を振り回すと全力で投げつけた。その勢いは止まらない。シールドを砕き、マナゾーンに叩きつけられ、バウンドしてシュウジの眼前まで迫る。彼の顔にもう少しで触れるところで止まると、引き戻された。
「何だよ。偉そうなこと言って、結局、何もできてないじゃないか!口だけかよ!止めてみせろよ!あたしがクニヒコを犠牲にするのを止めてみせろよーっ!」
ミカの怒声が夜の住宅街に響く。最後は泣き声のようにも聞こえた。
シュウジの顔に表情はなかった。何を考えているのか判らない顔でミカを見つめる。
「お前はどっちなんだ。滅亡時計に閉じ込められている男と周りにいる大勢の人を殺して生きたいのか、それとも、俺に殺されたいのか。どっちなんだよ」
淡々とした口調だった。それを聞いてミカははっとなって口を広げる。バツが悪そうな顔で目を背けた。
「判らない。あたしには判らない。どうすりゃいいんだか判らない!」
赤いネイルが目立つ指で、派手な金髪の頭をかきむしる。彼女は、まるで駄々っ子のように頭を振りながら叫んだ。
「本当はクニヒコにも助かって欲しい。あたしも生きていたい。誰も犠牲にしたくない!だけど、脳の奥で何かが蠢くんだ。滅亡時計の中に誰かを閉じ込めて仲間を増やせって。それを止めようとしても、止まらないんだ!」
「俺はお前の望みを全部叶えられるような都合のいい正義の味方じゃねぇ。だから、一番楽で一番被害が少ない方法を選ぶ」
「お前にそれができんのかよ!」
「今やっている」
シュウジは破られたシールドのカードに触れる。すると、そのカードが黒い光を発した。
『shield trigger!』
電子音が告げるのと共に、黒い門が現れる。その門が開いた時、ミカはシュウジがやろうとしていることに気付いた。
「《地獄門デス・ゲート》か!それでお前、墓地を使うつもりだな!」
「そうだ。俺は《メタル》を破壊し、墓地からこいつを出す!」
《メタル》のエネルギーを吸いつくした門から飛び出してきたのは紫色の肌の小型の龍《黒神龍アバヨ・シャバヨ》だった。想像以上に小さいクリーチャーの登場にミカは拍子抜けする。
「お前、そんな弱そうな奴で何をするんだ?」
「黙って見てろ。《シャバヨ》、頼む!」
《アバヨ・シャバヨ》はゆっくり頷くと黒い光を出して爆発する。断末魔の叫びと共に飛び散った銀色の剣が《バジュラ》を貫いた。
「これで《バジュラ》の破壊に成功した。第一段階は成功。ここからが本番だぜ」
地面に飛び散った《アバヨ・シャバヨ》の亡骸が少しずつ動いていく。それは黒い大きな影へと変化していった。影は地獄の底から響くような声と共に、地中から姿を現す。
黒い巨体、悪魔のような二本の角、申し訳程度につけられた翼。そして、その怪物が動くことで発せられる邪悪な臭気。死骸から、二体の巨大な黒い龍が現れた。
「《黒神龍グールジェネレイド》。俺のドラゴンが破壊される時、墓地から出てくるドラゴンだ。てめぇのマナ破壊と《エマージェンシー・タイフーン》で墓地に送っておいた」
シュウジが手を伸ばすと一体の《グールジェネレイド》がミカのシールドに近づく。羽根を動かしながら突進した《グールジェネレイド》は最後のシールドに体当たりして粉砕した。
「シールド・トリガーが出たとしても問題はねぇ。次のターンで仕留める!」
ミカが最後のシールドに触れると、首を横に振った。それを見て、シュウジは残っていた《グールジェネレイド》に命令を下す。
「《グールジェネレイド》……。あの女を……」
シュウジは最後にもう一度ミカを見た。彼女は儚げな顔で弱々しく微笑む。それを見たシュウジは舌打ちをして命令を再開した。
「あの女を終わらせろ!」
《グールジェネレイド》が大きく口を開いてミカに近づく。小さい腕で敵をつかむと口の近くまで持ち上げた・目を閉じたミカは抵抗することなく、それを受け入れる。最後に彼女は
「ごめんな、クニヒコ。本当にあたしは、あんたを……、愛しているんだ」
と、呟いた。《グールジェネレイド》は彼女を口に入れ、咀嚼する。
『complete』
箱の電子音声がその場に響くと、周囲の色が元に戻った。
シュウジが使っていたカードは青い炎に包まれて消えていく。《グールジェネレイド》の肉体も煙のように消え、空からはミカの肉体を形成していた大量のカードが降ってきた。シュウジは地面に落ちたそれらを拾う。
「おい!」
その途中、怒鳴り声を聞いてシュウジは顔を上げた。彼の顔を握り拳が捉える。シュウジは鼻血を出しながら吹っ飛んだ。
鼻を押さえて立ち上がると、そこにクニヒコが立っていた。肩で息をしていて、顔は怒りで真っ赤に染まっている。
「なんだよ!何でだよ!何で、ミカを殺したんだ!」
クニヒコはもう一度拳を振り上げた。シュウジは舌打ちをすると、彼の顔に向かって思いっきり頭突きをする。今度は、クニヒコが鼻血を出しながら吹っ飛んだ。
「あの女を放っておいたら、大勢の人間が死ぬ。お前は知らないかもしれんが、あいつはもう生きていた頃のあいつじゃねぇ。多くの人間の命を食いものにしないと生きていけねぇ化け物になっちまってるんだ」
「構うもんか!僕は、例え世界を敵に回したってよかった!誰を犠牲にしてもよかった!ミカのために、誰が犠牲になったって知ったことか!」
「……んのクソ野郎ォォッ!!」
シュウジは持っていた地面に箱を投げつけると右の拳を強く握り締めてクニヒコに近づく。倒れているクニヒコに馬乗りになると、彼の顔を強く殴りつけた。
「犠牲になる奴のことを考えたことがあんのか!?親、失って泣くガキだって出てくるんだぞ!?」
シュウジの怒りの叫びを聞いたイオリは、ミチのことを思い出した。シュウジは詳しく話してくれなかったが、ミチは両親を半年前の災害で失ったのかもしれない。
「お前みたいな奴だって出てくるんだ!どいつもこいつも嫌な気分にしかならねぇんだよ!それなのに、それなのに犠牲になってもいいとか言うんじゃねぇっ!」
シュウジはクニヒコの胸ぐらをつかんでもう一度右手を振り上げた。怒りと力を込めて振り下ろそうとした時、その腕が止められる。不思議に思ったシュウジが後ろを見ると、イオリが立っていた。泣きそうな顔をして、両手でシュウジの腕をつかんでいる。
彼女が首を横に振ったのを見た時、シュウジの体から力が抜けた。彼は立ち上がると、イオリに対して一言「悪い」と言って投げ捨てた箱を拾い、メッセンジャーバッグにしまった。それから、クニヒコを見ることなく、その場を去っていった。
「もっとミカと一緒にいたかった。話したかった。抱きしめたかった!夢を語りたかった!」
倒れたままのクニヒコは叫んだ。その叫びを受け止める者はいない。想いが空気中に消えていくだけだ。寂しそうな顔でそれを見た後、イオリはシュウジを追いかけて走った。
「だから、見せたくなかったんだ。インスタントになっちまった奴はどんなことをしても助けられねぇ。退治するしかねぇ。だけど、そうすることで必ず誰かが不幸になる。俺はそれが辛い」
シュウジは前を見つめて話す。イオリと目を合わせないように、前だけをじっと見つめている。
「死んでいくインスタントから感謝されることもない。生きている奴から感謝されることもない。俺の仕事はそんなもんだ。だけど、誰かがやらなくちゃならねぇ。そうしないと、生きている奴が減ってみんなインスタントにされちまう」
シュウジが淡々とした口調で言った時、イオリは立ち止まった。それを感じ取って、シュウジも立ち止まる。
「どうした。俺を追い出したくなったか?」
シュウジがイオリの顔を見ずに聞いた時、彼女は口を開いた。シュウジの姿を見つめてこう言った。
「ありがとう」
驚いたシュウジは振り返って彼女を見た。イオリは真剣な顔をしていた。
「何で……」
「今日、多くの人を助けてくれてありがとう。昨日は、あたしと大勢の人を助けてくれてありがとう」
イオリは口元をゆるめて笑顔を作ろうとした。その時、シュウジは溜息を吐いて空を見上げる。
「感謝されたのは初めてだ。いいもんだな」
そう言うと、シュウジは再び、歩き出す。その横にイオリが並んだ。
「ねえ」
「何だよ」
「帰ったら色んなことを話そう。あたし達三人で、楽しいことや嬉しいことをいっぱい……。そうだ、交換日記しようよ。それで思い出を共有するの」
「俺はそんなの御免だね」
「でも、ミチちゃんがしたいって言ってたの。もっとシュウちゃんと一緒に話したいって。シュウちゃんの色々なことを知りたいって」
「ミチがそう言っていたのか」
シュウジがミチのことを気にかけているというイオリの予想は当たっていた。ミチがそう言っていたのは事実だ。言い出すタイミングを見計らっていた。
「あたしもあなたのことを知りたい。全部じゃなくていいの。見せてもいいことだけ見せる交換日記をしよう?」
「ミチのためだって言うのなら仕方ねぇな。判ったよ」
シュウジはイオリを見る。彼女もシュウジの顔を見上げた。
静かな夜の住宅街。桜吹雪の下で、しばらく二人はそうしていた。

第二話 終

次回予告
ミチと共に、イオリのマンションで暮らすことになったシュウジ。小学生時代の思い出が眠る場所を訪れた彼は旧友と再会する。再会を喜んだのもつかの間、インスタントが彼らの前に姿を見せる。シュウジが戦おうとしたその時、デュエル・マスターズカードを使って戦い始めたのは旧友、トーマス・スターライトだった。
第三話 英雄と星空
それは、彼らがつづった日々の物語。
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