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『DAYS』 第三話 星空と英雄

DAYS

夜はどの街にも平等に訪れる。だからと言って、夜に休む義務はない。眠らない街もある。
その青年は東京駅に降り立った。赤レンガの駅舎に背を向け、青い瞳で空を見上げる。周りがせわしなく動く中で彼だけが動こうとしない。人々は彼を避けて歩くことで流れを維持している。
「お久しぶり、東京。相変わらず星が見えないところだね」
感慨深そうな声でそう呟く。ようやく彼は動き出し、ステッカーがたくさん貼られた彼のスーツケースも動いた。歩みに合わせて彼の金髪が揺れる。
真っ白なカーゴパンツで脚を包み、真っ青なジャンパーの下からは真っ赤なTシャツが覗いている。完全なトリコロールだ。
彼は額に指を当てたと思ったら、今度はその指を折って数を数えている。
「ああ、そうだ。十年ぶりくらいか」
その数字に納得すると、再び、夜空を見上げる。彼が言うように星は見えない。
「秘密基地、まだ残ってるといいな」
何かに期待するように呟き、その青年は眠らない夜の街を歩いた。

第三話 星空と英雄
『半年前のU県M市の災害について話したいことがある。指定する場所に来て欲しい』
室井クミコの携帯電話にそのメールが届いたのは昼頃だった。普段の彼女なら、悪戯だと考えてメールを削除しているところだが、今回はそうしなかった。メールのアドレスが渋谷ヨシフミ、半年前にU県で疾走した彼女の先輩のものだったからだ。
室井クミコは刑事になって二年目の二十三歳。渋谷ヨシフミは三十近い男で、新米のクミコに半年間仕事のやり方を教えてくれた先輩だった。極めて有能というわけでもなく、頼りがいがあるというわけでもなかった、だが、優しく誠実な男だった。クミコは彼を恋愛対象として見ていなかったが、彼の人柄は好きだったし、尊敬していた。
だから、半年前に彼が行方不明になった時、クミコは心の中に穴が開いたように空虚な気分になった。
ある事件の捜査のため、他の刑事と一緒にU県に向かった彼は、捜査が終わってからU県M市を散策していた。そのせいで“災害”に巻き込まれ、行方が判らなくなった。その日から、クミコは何度も電話をかけた。しかし、つながることはなかった。
“災害”について他の刑事や上司に尋ねたが、情報が入ってこない。不審に思い、非番の日にU県M市に向かったこともある。しかし、現場付近の道路は雄さされていて、入ることができなかった。“災害”と言われているが、具体的に何が起こったのか、それすら判らないのだ。
クミコは仕事に身を任せ、忙しさでヨシフミを忘れようとしていた。彼からのメールが届いたのはそんな時だ。
自宅に戻ったクミコは考えを整理するため、シャワーを浴びた。ヨシフミからの連絡が来たという喜びで我を失っていたと反省する。同僚にも上司にもこの事は話していなかった。
冷静になって考えると、あのメールがヨシフミのものだという保証はない。だが、彼の携帯電話を持っている人物からヨシフミの手掛かりを得られる可能性は高い。行動する価値はある。
バスルームから出たクミコはバスタオルを身につけ、ドライヤーで髪を乾かしながらもう一度メールを見る。
明日は非番だ。呼び出しに応じる時間はある。
クミコが行動を決意する頃には、彼女の短い髪は乾いていた。

その男、桜庭(さくらば)シュウジはいつも正午に起きる。布団の中で目覚まし時計代わりの携帯電話のアラームを止めると、腰から上を起こす。体は起きているが、頭脳が本格的に活動していないのか、目が半分閉じられていた。
身長は高く、体は細い。髪は黒で短かった。今の彼はTシャツにジャージといった楽な服装だ。
ようやく、目が覚めたシュウジは周囲を見た。十畳ほどの広さがあるフローリングの部屋だ。普段、使っているメッセンジャーバッグとスポーツメーカーのロゴが入ったドラムバッグ以外にはほとんど自分のものが置かれていない部屋だ。そのせいか妙に広く感じる。
シュウジは起き上がると着替え始める。ジャージを脱ぎ、ジーンズを履く。Tシャツの上から羽織るのは白地に桜の花が描かれた和風の柄のシャツだ。彼は自分の服装には全くこだわりがないが、桜のシャツを着ることだけはこだわり抜いている。
着替えを終えたシュウジは部屋を出る。廊下を挟んで向かい側にある洗面所に向かうと鏡を見た。不機嫌そうな顔で自分の額を見た後、指先で短い前髪をつまんだ。
「蘇らなくてもいいけれど、これ以上死ぬなよ、俺の毛根」
祈るような口調で言うと、彼は洗面所を出た。左に向かって歩くとリビングが見えてくる。六人程度の人間が一緒に食事できるテーブルがあり、そこで二人の人物が食事を取っていた。
「シュウちゃん、おはよう」
先にシュウジに気付いたのは、田原(たはら)ミチだ。
白いトレーナーに着なれたオーバーオールで行動している。朝の挨拶と共に、ピンク色のゴムで縛っていた髪が揺れる。
半年ほど前にU県を襲った“災害”に巻き込まれて生き残った人物の一人で、シュウジと一緒に行動していた。シュウジもミチも“災害”について詳しい話をしたことはない。
「おはよう。何か食べる?」
シュウジの姿を見て、園城(そのしろ)イオリは腰を上げた。
白く透き通るような肌を持ち、肩で切りそろえた黒髪の少女だ。クラシカルな印象のブラウスにロングスカートを穿いている。
彼女はこの家(正確にはこのマンションの部屋)の家主だ。かつては家族と一緒にこの家に住んでいたが、昨年の冬に家族を失った。事件に巻き込まれ、シュウジに命を助けられた彼女はシュウジとミチを家族の代わりにこの家に招き入れた。
高校生だが、学校に行っている様子はない。シュウジもそれは咎めない。
「紅茶だけくれ。起きたばかりの時は食べる気がしねぇ」
「判ったよ」
イオリはそう言うとリビングの近くにあるキッチンに向かった。
シュウジとミチがイオリの家にやって来てから三週間が経過した。豪華なマンションでの生活に、最初は戸惑っていたシュウジだったが、少しずつ慣れていった。
ここでの暮らしに明確なルールは存在しない。イオリに最低限の家賃を渡すこと(イオリはいらないと言っている)と交換日記を読み、書くことだけだ。同居人に迷惑をかけない限り、何をしてもいい。家事はやろうと思った者がやっている。掃除は基本的にシュウジの当番で洗濯はイオリの当番だ。料理は決まっていない。シュウジがすることもあれば、イオリがすることもある。
「そうだ。交換日記、忘れてた」
「書いてないの?」
昼食のオムライスに手をつけていたミチが顔を上げる。口の周りにはケチャップがついていた。
「いや、そんなことしねぇよ。取ってくる」
始めは交換日記に関するルールを嫌っていたシュウジだが、今では従っている。三日に一度は何かを書くということに頭痛を覚えることもあったが、自分の番を欠かしたこともない。
それは、他愛のない話ができることが嬉しいからだ。『交換日記は楽しいことを書く』とイオリが決めたルールがよかったのかもしれない。そのせいか、シュウジは交換日記に書くための楽しいことを探すようにしていた。尤も、彼が書くことと言ったら近所の古本屋で読んだマンガの感想ばかりなのだが。
シュウジが交換日記のノートを手に戻ってくると、既に彼の紅茶が用意されていた。着席するとイオリにノートを渡す。
「ほらよ」
「ありがと。見せてもらっていい?」
イオリが尋ねるとシュウジは目を逸らしながら言った。
「ここじゃなくて、後で読めよ。恥ずかしい」
「どこで読んでも同じだと思うけど」
「目の前で読まれるのがきついんだよ。だから、今は読むな」
シュウジはむすっとした顔で紅茶に口をつける。
「判ったよ。後でね」
イオリはテーブルの端に交換日記のノートを置いた。いつ読まれるか気が気でないのか、シュウジは急いで紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「ちょっと出かけてくる」
「お仕事?」
イオリがそれを聞いた時、ミチが少しだけ不安そうな顔でシュウジを見た。
「いや、ただの散策だ。昔、この近くに住んでいたことがあったからな。思い出の場所がどうなったか見に行こうと思う」
そう言うと、シュウジは部屋に向かって歩いていった。メッセンジャーバッグを取ると、部屋から出て玄関に向かう。
「夕飯までには帰って来てね」
「俺は子供かよ」
背中に向けて投げかけられた言葉を聞いて少しだけ笑いながら彼は出て行った。

家を出たシュウジは散策の途中でエコーの隠れ家に寄っていた。インスタントとの戦いで得た裏面が赤いデュエル・マスターズカードを渡し、報酬を受け取る。その後で自分が使う裏面が青いデュエル・マスターズカードを受け取った。
「ところで、エコーって昔からこんなことしてるのか?」
カードを受け取ったシュウジはそれをメッセンジャーバッグの中の黒い箱に入れながら聞く。
彼の対面に座っているのは、この場所の主、エコーだ。顔以外の全ての部分を紺色のローブで覆っている。ローブで隠れていない顔は口だけが露出した白い仮面で隠していた。少女であるということ以外、全てが謎に包まれている。
「それはどういう意味かな」
「お前にも子供の頃とかあっただろ?昔からこんな風に魔女みたいだったのか?」
魔女のような少女は椅子に深く腰掛けながらシュウジを見た。心の奥底まで見透かされているように感じ、シュウジは視線を逸らして近くにある蝋燭の炎を見る。
「質問に答えよう。私は十年ほど前からこんな生活をしていたよ。子供の頃から今のようなインスタントと戦う者の手助けをしていた」
「昔からこうだったのかよ。じゃ、お前子供の頃からこんな風に魔女みたいだったってことか。暗いな……」
シュウジは顔をひきつらせながら言った。それを見たエコーは彼の態度を鼻で笑う。
「君はいつも失礼な人間だな。そう言うが、君だって明るい人間ではない」
「それくらい判ってる。それじゃ、俺はそろそろ行くぜ。この近くに小学生だった時、好きだった場所があるんだ」
シュウジは椅子から立ち上がると、背後にあるドアを開けて去っていこうとした。
「最後に十年近く魔女をやっている人間として忠告してやろう。君のような暗い人間を大事にしてくれる人間は少ない。大切にするべきだ」
「それも判ってるつもりだ」
シュウジが出て行って、エコーは一人だけ部屋に残される。数え切れないほど多くの蝋燭だけが彼女を見ていた。
「そうだろうな。君は自分で認めた人間には優しくできる人間だ」
エコーは仮面の下で微笑むと立ち上がった。奥へ向かおうとしてドアに背を向ける。
不意にドアが開く音がして、何者かが入ってきた。
「まだ何かあるのか?」
振り向いたエコーはそこに立っていた人間を見て驚いた。シュウジではない男だった。
日本人ではない。西洋系の顔立ちで金髪碧眼だった。ジャンパーの青、シャツの赤にカーゴパンツの白とトリコロールの装飾だ。
年齢はシュウジと同じくらいに見える。周囲に発している気がシュウジとは正反対だ。
その青年はエコーを見ても驚くことなく、屈託のない笑顔で微笑みかけた。
「まだと言うけれど、僕はあなたに会うのは初めてじゃないかな?初めまして。僕は常在戦場にして常勝無敗の男、トーマス・スターライトさ」
トーマス・スターライトと名乗った西洋人はスーツケースを引いて中に入るとドアを閉めた。エコーに言われる前に椅子に腰かける。
「面白い自己紹介の仕方だな。私に名はない。呼びたければエコーとでも呼べばいい」
「じゃあ、エコーちゃんだね」
「ちゃん?」
言葉に怒りを乗せ、口の端をひきつらせながらエコーはトーマスを見る。彼は笑顔で彼女を見ていた。
「そう、エコーちゃん。こんなに可愛らしい女の子なんだから、ちゃん付けで呼びたくなるものじゃないかな?」
「好きにするといい。何を言っても無駄だろうからな」
エコーの返事を聞いた時、トーマスは拍子抜けした顔をしていた。数回瞬きして、再び彼女を見つめる。
「もう少し拒否してくると思ったんだけどな。予想外だ」
「君は拒否しても聞いてくれそうにないと判断しただけだ。トーマス・スターライト。予想はできるが、ここに来た要件を聞こう」
「君をデートに誘いに」
「……」
エコーは答えない。ローブの中から携帯電話を取り出すと、三ケタの番号を押し、耳に当てた。
「もしもし、警察ですか」
「ちょっと待って!何でデートに誘っただけで警察呼ばれなくちゃならないの!僕が知っている日本の警察はそんなことじゃ来てくれないから!お願いだからやめて!というより、そんなキャラなの!?もっと厳かなキャラだと思ってた!僕は驚いたよ!」
トーマスは椅子から立ち上がると慌てふためいた顔でエコーを説得する。彼女は彼を見上げながら携帯電話をしまうと
「冗談に決まっているだろう」
と言った。トーマスはそれを聞いて放心したような顔で椅子に体重を預ける。
「ひどい冗談だ」
「その言葉はそのまま返そう。トーマス・スターライト、本当の要件は何だ」
「僕みたいな人間がここに来る要件は一つしかないじゃないか。……デートのお誘いじゃないよ」
誤解されることを恐れたのか、トーマスは付け加えるように言うとスーツケースを開けた。中からシュウジが持っているものと同じような工具箱に似た形の箱を取り出す。彼の性格や好みを現しているらしく、青い箱だった。スーツケースと同じように色々なステッカーが貼られている。
「この辺りでカードの交換をしてくれるところってここでしょ?前に師匠に教えてもらったことがあるんだ」
「最初からそう言えばいい。カードを見せてもらう」
「どうぞ」
トーマスは箱を開けると中を見せた。箱の八割近くが赤い裏面のカードだった。エコーは白い手袋をはめた手でそれらのカードを取ると、背後にある黒いタンスに持っていった。天秤を手にして戻ってくると、いくつもの蝋燭が乗った台車が彼女の元へやって来た。
「どれだけ持っていく?」
「必要な数があればいいさ。とりあえず、蝋燭六本分かな」
「了解した」
エコーは台車の上に乗った火の点いた蝋燭をつかみ、天秤の片方の皿に乗せる。天秤の皿に乗った蝋燭は青い炎を出して一瞬で燃え尽きる。もう片方の皿が青い炎に包まれる。炎が消えると、そこに裏面が青いカードが乗っていた。蝋燭一本につき、その数はおよそ六十枚ある。
「ありがとう。また来るよ」
蝋燭六本分のカードを見るとトーマスは笑顔で例を言ってカードを受け取る。カードを全て箱にしまい、スーツケースに入れるとエコーに背を向けた。
トーマスが出て行って一人になったエコーは近くにあった蝋燭の炎を見つめる。ほんの少しの風に揺られるその儚げな光を眺めながら、エコーは静かな声で呟く。
「ようやく一人来たか」
オレンジ色の光に照らされる彼女の口が静かに笑った。

クミコが待ち合わせの場所に向かった時、そこにヨシフミはいなかった。しかし、クミコ宛ての手紙が入った封筒が地面に置かれていた。そこには、ヨシフミの文字で待ち合わせ場所の変更を謝る文章が書いてあった。急いでいるのか、走り書きだった。それを懐に入れたクミコは急いで彼が指定した山の中へ向かう。
スーツ姿で来たクミコは、心の中で山を待ち合わせに指定したヨシフミに文句を言っていた。山登りをするとは思っていなかったからだ。足が痛い。
ヨシフミが指定したのは川の近くだった。目印として立て札が立っていたので、間違えることはなかった。
「先輩?」
クミコは、彼女に背を向けて川を眺めている男に声をかけた。切り株に腰掛けていたその男は立ち上がるとクミコを見る。
背が高く、横にも広い塗り壁を思わせる体型と人懐っこい犬のような顔。間違いなく、彼女が知っている渋谷ヨシフミだった。その顔を見た途端、彼女は安心して頬を緩める。
「室井。来てくれたんだね」
「当たり前じゃないですか!先輩、無事でよかった……」
クミコはバランスを崩さないように気をつけながら急いでヨシフミに近づく。彼に触れられるところまで来た時に、突然、視界が黒く染まる。自分に起こったことが理解できなくなり、立ち止まったクミコは手を伸ばした。手が壁のような物に触れる。頭上からは歯車のような音まで聞こえてきた。
「室井、これがあの日にU県で起こった“災害”の正体だ」
「え?」
ヨシフミが言っていることが理解できない。自分の視界や行動の自由が奪われたことと“災害”が関係すると言われても共通点が見当たらない。
「今は詳しいことを説明している暇はない。もし、君がそこから無事に出られたら真実を知るためのヒントを渡そう。それが無理なら、また別の方法を考える」
「無事に……、って先輩、何を言っているんですか?」
「俺ではどうすることもできない。だけど、無事を祈る」
「先輩!悪ふざけはやめてください!」
いつものヨシフミの声だった。それ故、クミコは背筋に寒気を感じる。
暗闇からの脱出を試みて黒い壁のようなものを叩く。何度ものヨシフミに呼び掛ける。だが、彼の反応は帰ってこない。
「先輩、どうして……」
自分が到達しようとした真実の一端に触れたクミコは力なくうなだれる。その場に座り込むと上を見上げた。歯車の音に混じっていくつかの機械が動く音が聞こえた。あれは何なのか、思考を放棄しかけた頭でぼんやりと考えていた。

滅亡時計が現れたのを見たヨシフミは、再び、切り株に腰を下ろした。そして、頭を抱える。
「やってしまった……」
吐き捨てるように言うと、勢いよく髪をかきむしる。少しだけ顔を上げた時、彼の目には悲しみの色が浮かんでいた。
「後悔するようなら、最初からするんじゃねぇよ」
枯葉や枯枝を踏む音と共にヨシフミの耳に届く男の声があった。彼が立ち上がると、桜が描かれた和柄のシャツを着た男が近づいてくるのが見える。シュウジだ。
「君は何者だ。俺はできるだけ人を巻き込まないためにこの山を選んだんだ。帰れ!」
「人を巻き込まないため?そんな偽善くせぇ言葉を聞くために来たんじゃねぇ!俺はお前達がやろうとしている事を全部ぶっ壊すために来たんだ。《クエイク・スタッフ》物体化(マテリアライズ)!」
シュウジの右手でカードに描かれた武器が実体化していく。巨大な瞳と口を持った大鎌《クエイク・スタッフ》を右手で構えるとヨシフミ目掛けて走った。
「帰れと言っているんだ!」
ヨシフミが叫ぶのと同時に、近くの川から何者かが飛び出してくる。巨大な頭と、牙を持つ口のような手をした水色の怪物《アクア・ガード》だ。《アクア・ガード》はヨシフミを守るように立つと、《クエイク・スタッフ》の一撃を受け止める。すると、もう一体の《アクア・ガード》が川から飛び出し、シュウジの背後に近寄った。
「後ろ!?」
シュウジは《クエイク・スタッフ》を手放して攻撃から逃れようとするが、それより一瞬早く《アクア・ガード》が彼の右腕をつかんだ。
「てめぇ、放せ!」
空いている左手で《アクア・ガード》を殴りつけるが、そんなことでクリーチャーにダメージを与えられるはずはない。逆にシュウジの左手がダメージを受け、皮がすりむけて血がにじんでいた。
息使いが聞こえるほど近くに《アクア・ガード》が近づいていた。振り向かなくても居場所が判る。自分の最期を覚悟してシュウジは目を閉じた。その時、鈍い音と呻いたような声がした。一瞬遅れて何かが枯葉の上に倒れる音も聞こえる。
「何だ?」
シュウジが目を開いた時、彼の右腕を拘束していた《アクア・ガード》も何者かの攻撃を受けて倒れる。《アクア・ガード》に打撃を与えた物体が眩い光を放ったため、シュウジは目を細めた。
「二人も邪魔が……。こんなこと、予想外だ!」
シュウジだけでなく、ヨシフミも驚いていた。二人はその人物が持っている巨大な金色の盾しか見えない。彼は持っていた盾を地面に置くと、シュウジに向かって微笑みかける。金髪碧眼の青年、トーマスだった。
「男を助ける趣味はないんだけれど、今回は特別だよ。ここに来る人とは友達になれそうだからね。その前に、悪い奴をやっつけないと」
トーマスは一度地面に置いた盾《シャイニング・ディフェンス》を構えるとヨシフミを見た。
「そこにいる彼は手を怪我しているから戦うのは無理みたいだね。僕が戦うよ。この常在戦場にして常勝無敗の英雄、トーマス・スターライトがね!」
トーマスは右手の親指を自分に向けながら言った。それを見たヨシフミは残念そうに頭を振った後、頭部から大量のカードを取り出す。彼の前に黒いテーブルが現れ、準備を始めた。
「やる気みたいだ。それじゃ、さっさとやっつけて秘密基地探しの続きをしないとね!」
トーマスは懐から箱を取り出すと、蓋を開けた。そこから四十枚のカードが飛び出し、空中でシャッフルされる。彼の前にも黒いテーブルが現れ、デッキとシールドの設置が完了した。
「最後に五枚引いて、これでOK!さあ、かかって来なさい!」
自信に満ち溢れた声で彼がそう言った時、シュウジは右手で彼の肩を叩いた。トーマスは振り返ると
「何?今、いいところなんだよ」
と、抗議する。
「お前、トーマス・スターライトか?」
シュウジは不思議そうな顔をしながら彼に聞く。トーマスは溜息を吐いた後でシュウジに返した。
「僕はさっきそう言って自己紹介したよ」
「そうじゃねぇ!十年くらい前にこの近くの小学校に通っていたトーマスかって聞いてるんだ!覚えていないか。俺だよ、桜庭シュウジだ!」
シュウジの言葉を聞いたトーマスはじっと彼を見つめる。「あ!」という言葉と共にトーマスは目を見開いた。そして、嬉しそうに笑う。
「シュウジ!シュウジだ!額の毛根が残念なことになっているから判らなかったよ!」
「額のことは言うんじゃねぇ。それより、何でお前が戦ってるんだ?」
「それは僕が聞きたい台詞だ。お互いに聞きたいことはたくさんあるけれど、先にやるべきことをやらないとね」
五枚のカードを手に取ってトーマスはヨシフミを見る。
「お待たせ。あなたの中にいる悪魔を祓いに来たよ」
彼の目はシュウジやエコーと話していた時のように笑っていない。突き刺さる刃物のような鋭い視線で相手を射抜き、口元を引き締めている。
「俺だって、やりたくてこんな事をやっているんじゃない。それでも悪魔と言うのなら、とことん悪くなってやろうじゃないか!」
デュエルが始まった。
ヨシフミは自分のマナゾーンに二枚目のカードを置いた時、行動を起こす。地面から青くて大きい泡のようなものが飛び出す。それが割れるとアンバランスな体型の怪物が出て来た。
上半身は水の妖精か水の小悪魔とも表現できるような表面が液体の子供のような姿をしている。その下半身は別の怪物の体のようだった。下半身なのに、腕がある。首なしの怪物の上に無理矢理液体の子供の上半身をつけたような姿だ。
「《電磁封魔ロッキオ》だ」
《電磁封魔ロッキオ》が場に出た瞬間、ヨシフミの山札が青い光を発する。彼は山札の上のカード二枚を見ると、好きな順序でそれを元に戻す。
「気をつけろ。冷静に流れを組み立てるタイプだぜ」
「冷静なのはこっちも同じさ。だけど、僕はもっと華麗に綺麗に戦うよ」
トーマスも自分のマナゾーンに二枚のカードが置かれたのを確認した後、一枚のカードを場に出す。
「芽吹け、命よ。《フェアリー・ライフ》ッ!」
穏やかな風が吹き、一瞬、枯葉まみれの地面がたくさんの花に覆われた。それに誘われるようにトーマスの山札が緑色に輝き、一枚のカードが弾けてトーマスのマナゾーンに飛んでいった。
「トーマス、お前は自然を使うのか」
「サポートに使っているのさ。メインは自然文明じゃないよ」
そう言うとトーマスは挑発的な視線をヨシフミに投げつける。
「引けるカードが判っていれば戦略を立てるのも容易いさ。マナをチャージして《クゥリャン》を召喚!」
《ロッキオ》が現れた時よりも少し大きな泡が現れる。そこからは巨大なマシンに乗った液体の子供が現れた。工業的なデザインのマシンに乗ったサイバーロード《クゥリャン》は青く輝く山札を指した。それを見てヨシフミは手を伸ばして引く。
「速攻で決める!《ロッキオ》でシールドを攻撃!」
《ロッキオ》の下半身の肉体が足音を響かせながら走る。上半身の液体の子供は振動に身を任せ、面白そうに笑っていた。下半身の腕を大きく振り上げると、トーマスのシールドに向かって力任せに振り下ろした。
『break』
「おっと、あーっ!シールド・トリガーじゃないか」
箱が発した電子音声を聞いた後、トーマスは破られたシールドに対応していたカードに触れる。指先から伝わる情報を感じ取って大袈裟なポーズで落胆した。
「まあ仕方ないね。まだ戦いは始まったばかり。それじゃ、僕はこうだ」
トーマスは引いたカードを見ると、手札から一枚のカードをマナゾーンに置いた。そこにあるカードを見てシュウジとヨシフミは声をあげる。
「お前、水文明も入れていたのか」
「そうだよ、シュウジ。僕は縁の下の力持ちは好きなんだ。彼らがいるから僕の大好きなスターが輝ける。そういう訳だから、最初に召喚するクリーチャーは縁の下の力持ちのこいつだ!」
トーマスが場にカードを出した時、彼の場が金色の光を放つ。そこから、蓮の花に乗った仏像のようなクリーチャーが現れる。その頭部は象の鼻のような物が二本生えていた。
「《悟りの精霊ガガ・シャウラ》ッ!マナの流れに反応してクリーチャーの召喚コストを下げてくれるいい奴だよ」
「だが、まだ攻撃はできない。俺の速攻にはついて来られないさ!」
新たに二体目の《クゥリャン》を召喚したヨシフミは相手のシールドを指して攻撃を命じる。
「やれ!」
《ロッキオ》が腕を振り下ろし、《クゥリャン》が乗っていた機械で体当たりをする。ブロッカーでない《ガガ・シャウラ》はその攻撃を防ぐことはできない。それを見ても、トーマスは微笑むだけだった。
「トーマス、笑ってる場合か!シールドが残り二枚になっちまったぞ!」
「ノープロブレム。待っていたシールド・トリガーもようやく来たからね」
トーマスはそう言うと、破られたシールド一枚に触れる。すると、地面から突如水が吹き出し、召喚されたばかりの《クゥリャン》を包む。さらに、その水流に乗ってサーフボードに乗った液体人間が地中から飛び出して来た。
「ナイス!《アクア・サーファー》!これでタップされてない奴を手札に戻して、残った二体は殴り倒せばいい!」
チャージを終えたトーマスは、《ガガ・シャウラ》のカードに一枚のカードを重ねる。《ガガ・シャウラ》の肉体が光に包まれ、どこからともなく飛んできた金色の鎧がその体に融合していく。そのプロポーションは蓮の花の上に座っていた時のものとは違い、細く長いものだった。最後に空から落ちて来た金色の盾を受け取ると、背中から白い翼を広げてその聖霊は的を見る。
「来たよ、進化!《聖霊王エルフェウス》!」
全身を金色の鎧で包んだエンジェル・コマンド《聖霊王エルフェウス》は翼を羽ばたかせて優雅に飛ぶと、《クゥリャン》を踏みつける。続いて《アクア・サーファー》がボードの端で《ロッキオ》に体当たりする。トーマスのクリーチャーの攻撃によって二体のクリーチャーは簡単に倒されてしまった。
「《エルフェウス》はパワー9500のW・ブレイカーだよ。倒せる?」
トーマスが挑発的な視線で聞くと、ヨシフミはむすっとした表情でカードを引き、叩きつけるようにしてクリーチャーを召喚した。地中から線路が飛び出し、その線路に乗って汽車に髑髏をつけたようなクリーチャーが現れる。煙突から出た煙がトーマスの手札を包んだ。
「《汽車男》だ。手札を一枚捨てる」
煙が消えた時、トーマスの手札のカードが一枚宙に向かって弾け飛ぶ。それを見上げたトーマスは「あーあ」と言っていた。
「あーあ、なんて言ってる場合かよ。お前、墓地利用のデッキじゃないだろ?大丈夫なのか?」
「シュウジはいちいち心配しすぎだよ。確かに、捨てられたカードはいいカードだった。だけど、既に報復は済ませてるんだ。見てよ」
トーマスは顎でヨシフミの場を示す。そこにはレールから脱線した《汽車男》が転がっていた。
「そんな……。立て、《汽車男》!」
「ああ、無駄だよ。《エルフェウス》が場にいる間、君のクリーチャーはタップされた状態で場に出る。凶悪な奴もそうでない奴も無抵抗だから倒しやすいよね!」
トーマスはさらに一体のクリーチャーを召喚する。体の周囲にいくつもの手が浮かんでいる精霊《知識の精霊ロードリエス》だ。
「捨てられた手札は増やすしかない。《ロードリエス》は自分のブロッカーが出た時にドローさせてくれるのさ。《ロードリエス》自身もブロッカーだから、一枚ドロー!」
カードを引いたトーマスは《汽車男》を見る。《アクア・サーファー》がボードでその上にのしかかる。その上を《エルフェウス》が飛び、ヨシフミのシールド二枚を蹴り飛ばした。
「さあ、どうするの?何を出しても《エルフェウス》が止める。僕のお星様は無敵だよ」
「タップされるだけだ。だったらこれで!」
ヨシフミは顔を赤くして二体のクリーチャーを召喚する。レシプロ機に顔をつけたようなクリーチャー、《飛行男》と巨大なヘルメットをかぶった水の子供、《エメラル》だ。
どちらも出るのと同時にその場に倒れる。だが、《エメラル》が輝いた瞬間、ヨシフミのシールドが一枚増える。そして、それとは別の青い光を発したシールドが消えた。
「《エメラル》でシールドを入れ替えた。《エルフェウス》のパワーは高い。能力も厄介だ。しかし、場から離れないわけじゃない。それに……」
ヨシフミは倒れた《飛行男》を見る。その肉体からは泥のようなものが流れていて、枯葉の上に流れている。
「《飛行男》は破壊された時に相手の手札を捨てるクリーチャー。それでも、破壊するかい?」
それは《エルフェウス》を使うトーマスに対する脅迫とも取れる言葉だった。さすがに彼も迷ったのか、額に皺を寄せ、腰に手を当てて考える。
「ふむ。破壊はしない。手札、捨てられたくないし」
それを聞いた時、ヨシフミの口元が微笑んだ。だが、その直後にトーマスが言った言葉でその笑みも消える。
「だから、《飛行男》は破壊せずにどかす。《魂と記憶の盾(エターナル・ガード)》!」
トーマスが場にかざしたカードによって《飛行男》の肉体は光に包まれ、その場から消える。その直後、ヨシフミの場に金色に光るシールドが現れた。そのシールドは眩い光を発した後、透明な壁とも言える普通のシールドに変化した。
「《魂と記憶の盾》は進化じゃないクリーチャー一体をシールドに変える呪文。一枚しか入れられない困った時のための切り札だね」
涼しい顔をしたトーマスは手を動かすと、一体の目玉と口だけで体が構成されたようなクリーチャーを召喚した。地面から水と共に現れたそのクリーチャーは巨大な一つ目でトーマスの山札を見て、口からでたたくさんの舌で地面を叩く。その振動によって山札の上のカード三枚が宙に飛んだ。トーマスは右手を出してその中のカード一枚をつかむ。
「《スペース・クロウラー》さ。マナゾーンに置かれた文明の数だけ山札の上のカードを見て、その中から一枚を手札にするブロッカーだよ。だから、《ロードリエス》の能力で一枚ドロー!そして……!」
引いたカードを確認したトーマスは右手を伸ばし、掌を相手のシールドに向けた。
「行っけー、僕のクリーチャー達!」
そして、攻撃の号令をかける。まず、《アクア・サーファー》が乗っていたボードを器用に動かし、ボードの端を《エメラル》に叩きつけた。《エルフェウス》は今回も優雅に空を舞うとシールドに近づいた。
「《エルフェウス》、狙うのは《飛行男》じゃないシールド。それと、《エメラル》で入れ替えていないシールドだ!」
シールドの前に立った《エルフェウス》は主の指示に頷くと、指定された二枚のシールドを拳で殴りつけた。すると、二枚目のシールドに拳を打ちつけた時、地中からいくつもの黒い手が伸びてきて《エルフェウス》の体をつかむ。翼や鎧が圧倒的な力によって引き裂かれていく。
「シールド・トリガー、《デーモン・ハンド》。その天使は無敵じゃない」
「やってくれたね。これはちょっと効いたよ……」
切り札を失ったトーマスは意気消沈したように息を吐いて相手を見る。彼は少し落ち込んでいるようだったが、それでも有利な状況に変わりはない。シールドの枚数は二人とも二枚だが、トーマスの場には攻撃可能な《アクア・サーファー》の他に、ブロッカーの《ロードリエス》と 《スペース・クロウラー》がいる。クリーチャーがいないヨシフミの方が不利な状況は誰の目から見ても明らかだった。
「ちょっと、か。なら、もっと効く一撃をプレゼントだ。《エルフェウス》がいなければ、君は怖くない!」
ヨシフミは目を血走らせてトーマスを見た。その気迫にトーマスだけでなく、後ろで戦いを見ていたシュウジも驚いて気圧される。
ヨシフミは《ロッキオ》を召喚した後、そのカードの上に一枚のカードを重ねた。《ロッキオ》は地中から噴き出した水に包まれ、体を変化させていった。続いて《飛行男》によって地面に流れた泥が宙に浮き、形を変化させていく。それはまるで様々な形の船のようだった。いくつもの船に変化した泥は《ロッキオ》の手足に飛んでいく。全ての融合が終わった後、そのクリーチャーは鋭い目でトーマスを見て笑った。
「進化完了!《超電磁妖魔ロメール》!」
「すごい!合体ロボだ!」
「馬鹿野郎、喜んでる場合か!」
ヨシフミの切り札を見て、トーマスは喜んでいた。ピンチの状況にあるまじき表情にシュウジは驚いて声をあげる。
「彼の言う通りだ。喜んでいる暇などはない!《ロメール》で《アクア・サーファー》を攻撃!」
《ロメール》の腕の一つとなったドリルつきの船が分離し、トーマスの《アクア・サーファー》を狙う。それを見たトーマスは腕を組んだ。
「《ロメール》のパワーは5000。僕の《ロードリエス》は4000で《スペース・クロウラー》は3000だ。《アクア・サーファー》は破壊されたくないけれど、ブロックしたら一体失ってしまうな。さて、ここは――」
そう言ってトーマスが迷っている間にドリルはボードごと《アクア・サーファー》を貫く。ダメージを受けて液体になった《アクア・サーファー》の体が飛び散り、枯葉を濡らした。
「考えるだけ無駄だ。《ロメール》がいれば、俺のサイバーロードとヘドリアンはブロックされなくなる。もちろん《ロメール》自体も例外ではない!」
ヨシフミの自信に溢れた言葉を聞いたトーマスは自分のブロッカーを見た。ブロックされないのであれば、この二体の存在意義がなくなるとも言える。
「なるほどね。でも、ブロッカーを召喚するのはやめないよ。《真実の名(トゥルーネーム) バウライオン》を召喚!」
金色の光と共に、すらっとした人型の体型の天使が現れる。鎧に包まれた姿は人型のスーパーロボットのようでもあった。四本の腕と獅子を連想させる頭を持ったエンジェル・コマンド《真実の名 バウライオン》は空に向かって吠える。すると、空から二枚のカードがトーマスに向かって落ちてきた。
「《バウライオン》が出た時、僕は墓地から呪文を二枚、手札に戻せる。これで《魂と記憶の盾》を手札に戻したよ。さらに《ロードリエス》でドロー!」
「《魂と記憶の盾》では《ロメール》は倒せない。それにブロッカーなど無駄だ!」
ヨシフミは《ロッキオ》を召喚し、《ロメール》に進化させる。二体もブロックされない進化クリーチャーが揃ってしまった。
「これにより《ロメール》のもう一つの能力が発動する。それは自身以外のサイバーロードとヘドリアンのパワーは2000プラスする能力!これで二体の《ロメール》のパワーは7000になった。行け!」
《ロメール》のドリルつき潜水艦が外れ、トーマスのシールドに突っ込む。《ロメール》二体の攻撃によって彼のシールドは0になった。
「君の負けは決まった。俺は手札に進化元のクリーチャーと《ロメール》を持っている。だから……」
ヨシフミは真っ直ぐな目でトーマスを見た。それは、今、悪行を行っている者とは思えない澄んだ目だ。
「だから、君達はデュエルを中止して今すぐここから逃げなさい。早く!」
「勝手なことを言うんじゃねぇ!インスタントはどいつもこいつも身勝手なことばかり言いやがって!」
その言葉が逆鱗に触れたのか、シュウジはメッセンジャーバッグから自分の箱を取り出し、一歩踏み出した。
「トーマス、俺と代われ!俺がそのインスタントを消す!」
「シュウジ、君は手を怪我してるから駄目だ。それに、僕はもう勝っている」
トーマスは穏やかな笑顔でシュウジに言った。その一言の意味が理解できずにシュウジもヨシフミも目を丸くして彼を見ていた。
「何を言っているのか判らないっていう顔だね。無理もない」
トーマスは山札からカードを引くと、マナゾーンにカードを置いた。この時点で九枚のカードがそこに置かれている。
「僕はあなたの悪魔を祓いに来たと言った。その言葉に偽りはないし、不可能でもない。決めるよ、僕の一番星!」
トーマスはマナのカードを全て使った後で、手札のカードを一枚宙に投げる。それはゆっくり落下すると、《ロードリエス》のカードの上に落ちた。
《ロードリエス》の背中からは巨大な翼が広がり、自身の体を包んだ。空から光が差し込み、翼に隠れた天使を照らす。再び、翼を広げた時、そこには人型の鎧を纏った巨大な精霊が立っていた。
頭上には天使の輪。左手には巨大な剣。枯葉や枯れ枝を照らすほどの光を発する豪華絢爛な鎧の装飾。そして、獅子を思わせる兜飾り。
その姿を見て眩しさに目を細めたシュウジとヨシフミの頭に二つの単語が浮かんだ。それは『獅子』と『星』だ。光を見ても眩しいと思わないのか、トーマスは目を大きく開いたまま、右腕を天高く突き上げ、切り札の名を叫ぶ。
「決めるぞ、僕の一番星!《真実の精霊王(トゥルーエンジェル) レェェオ・ザ・スタァァァ》!!」
《真実の精霊王 レオ・ザ・スター》と呼ばれた彼の切り札も大きく右腕を突きあげる。そして、剣を両手で握ると空に向かって掲げた。翼を羽ばたかせ、ヨシフミのシールドに近づく。
「必殺!天空横一文字!」
《レオ・ザ・スター》はトーマスの叫びに呼応して雄々しく吠えると、持っていた剣を横に振るって二枚のシールドを切り裂く。まるで、紙でも切り裂くように二枚のシールドは容易く切り裂かれる。だが、その内の一枚が裂かれた時、《バウライオン》の足元から黒い手がいくつも伸びた。
「《エメラル》で仕込んでおいた一枚だ。シールド・トリガー《デーモン・ハンド》!」
ヨシフミがその呪文の名を告げた時、黒い手は一斉に《バウライオン》に襲いかかる。
「ああ、終わりだ」
シュウジは気だるそうに呟いて、攻撃可能な最後のクリーチャーを見た。《バウライオン》以外にヨシフミにとどめを刺せるクリーチャーは存在しない。そして、ここでの攻撃が成功しなければ、次のヨシフミのターンでトーマスは敗北する。
「僕の一番星の真の力はこんなもんじゃないさ」
だが、トーマスは《デーモン・ハンド》を恐れない。この状況を見て微笑みを浮かべている。
すると、《バウライオン》の体が金色の光に包まれる。その光によって《デーモン・ハンド》の黒い手は煙を発しながら消えていった。
「《デーモン・ハンド》が消された!?何が起こったんだ!」
「バリアーさ」
トーマスは笑いながら言うと腕を胸の前で交差させた。その仕草を見てヨシフミは首を傾げる。
「おや、ご存じない?どんな攻撃も防げるバリアーだよ。《レオ・ザ・スター》はそのバリアーを自分以外のエンジェル・コマンドに与える。それによってバトルゾーンを離れるようなことがあった時、離れる代わりに場にとどまる!」
「くっ!」
あまりの強烈な効果にヨシフミはのけぞる。腕を解いたトーマスは右の拳を突き出して《バウライオン》に命じた。
「《バウライオン》、とどめだ!」
《バウライオン》は翼を広げて飛ぶと、持っていた剣をヨシフミに向かって振り下ろす。袈裟切りにされたヨシフミの体の断面から金色の光が噴き出した。
「星、か。これも運命かな……」
ヨシフミは最後の力を振り絞り、懐から封筒を取り出す。それを地面に置いた時、彼の全身が金色の光に包まれる。光が消えた時、そこには大量の裏面が赤いカードが置かれていた。
『complete』
電子音声が戦いの終わりを告げた時、トーマスのカードは全て青い炎を出して燃えていった。全てのカードが燃え尽きた時、黒いテーブルも消える。
滅亡時計は消え、それがあったところには放心したクミコが座っていた。トーマスはヨシフミが残した封筒を拾うと彼女に近づいた。
「これ、あの人が置いていったものですよ」
「そう……」
クミコはそれを受け取ると顔を伏せる。トーマスは赤いカードを拾うと彼女の前から去った。シュウジも彼に続く。
「子供の頃の秘密基地を探しに来ただけなのに、大変なことになっちゃったな」
「秘密基地?あ……!」
シュウジはそれを聞いて、小学生の頃を思い出した。
トーマスと一緒に遊んでいた頃、この山に木で作った小さな家を置いていて、授業が終わると遊んでいた。シュウジとトーマス、そして彼らの共通の友人達はその場所を秘密基地と呼んでいた。
「懐かしいな。でも、何で秘密基地を探してたんだ?」
「泊まる場所がないからね。僕の記憶だとこの辺りだと思ったんだけど、違ったかな?」
シュウジは静かに溜息を吐くと
「あんなもんがいつまでも残ってる訳ねぇだろ。十年も前の話だぜ」
と、言った。トーマスはそれを聞いて立ち止まり、振り返る。
「嘘……。じゃあ、僕は今日からどこに泊まればいいんだよ。野宿?」
「それじゃ、きついだろ。俺が今、厄介になってるところに頼めば、もしかしたら一晩くらいは何とかしてくれるかもしれねぇ。下りたら聞いてみるぜ」
「助かるよ。それじゃ、早く下りよう!近くの公園にスーツケース置き忘れてきちゃったから心配なんだ!」
心配と言ったトーマスの顔は笑顔だった。今晩の宿が見つかったからかもしれない。
「やれやれ……」
それを見たシュウジはまた溜息を吐く。
トーマスには聞きたいことがいくつもあった。デュエル・マスターズカードを使えるようになった理由も聞かなくてはならない。
(俺以外にも戦える奴がいたなんて話は初耳だ)
今後の戦いが少しは楽になるかもしれない、と期待しながら彼は枯葉に覆われた山道を下りていった。

切り株に座ったクミコは何もせずにそこにいた。日が落ちて、周囲は暗くなりかけていた。
「先輩……」
クミコは震える手で封筒を開ける。
最初に中から出て来たのはプレートがついた鍵だった。プレートには近くの駅の名前が印刷されている。駅の中にあるコインロッカーの鍵だった。
次に出て来たのは手紙だった。携帯電話のライトを使って照らしながら読む。
『この鍵の場所に、俺が見た事実を書いた手帳を入れてきた。もう俺の体は俺の思い通りにはならない。だから、俺の口で真実を伝えることはできない。手帳のメモを見て真実を見つけて欲しい』
それはヨシフミが残した遺言だった。それを読んだ時、体中が重くなるように感じた。今まで自分を振り回しておいて最後に頼みごとを残されたことに気分が悪くなった。
クミコが封筒の中に手紙をしまおうとした時、彼女は中にまだ何かが入っているのを見つけた。紙のようなものだ。
彼女はそれを引き抜いた時、驚いて声をあげた。それは星空を映した写真だった。満天の星空とは言い難いが、都会に比べて多くの星が煌く夜空だ。クミコはしばらくその写真に見惚れていた。裏を見ると、そこには『U県M市の星空』と書かれている。
「先輩……」
クミコは封筒の中に入っていたものを全て封筒に戻した。封筒を握りしめると、彼女は立ち上がる。
ヨシフミの遺志を継ぐと決めた。星空の写真を見た時、そう思えたのだ。
山を下りるために一歩踏み出した後、クミコは空を見上げる。都内の他の場所よりも空に近いせいか、ほんの少しの星が彼女の目に映った。

第三話 終

次回予告
U県M市で行方不明になった伝説のストリートミュージシャンが路上ライブをするという情報が流れた。彼がインスタントである可能性を考え、シュウジとトーマスは動く。だが、ヨーと呼ばれるそのストリートミュージシャンは二人が来るのを予想していた。彼が仕掛けた罠が二人を狙う時、三人目の戦士が姿を見せる。
第四話 動物と音楽
それは、彼らがつづった日々の物語。
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