スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『DAYS』 第四話 動物と音楽

DAYS

紺色のローブを纏った少女、エコーは自分の隠れ家にいた。小さいテーブルを挟んで向かいにいる同じ年頃の少女を見つめる。
『なんやねん。そんなに見つめられたら照れるやないかい!』
そう言ったのは、目の前にいる十代半ばの少女ではない。目の前の少女は眠っているらしく、目を閉じていた。両手を動かしながらエコーに話しかけるのは、少女の右手にあるクマのハンドパペットだ。緑色のスカーフを首にまいたそのハンドパペットは、持ち主の少女とは対照的にせわしなく動いている。
『このチャーリーが日本一のイケメンクマやからって惚れたらあかんで、お嬢ちゃん!』
「チャーリーと言ったな。黙っていろ。私は君ではなく、音無(おとなし)フミカと話している」
エコーの冷たい言葉が効いたのか、チャーリーはうなだれる。表情は変わらないが、その顔には哀愁が漂っていた。
『うぅ……。どーせ、ワイなんて……』
「チャーリーをいじめちゃダメ」
かわいらしい声を口から発して、チャーリーの主、音無フミカは目を開ける。
その少女は、数回、まばたきすると頭を振って眠気を振り払おうとした。同時にブラウンのお下げ髪が左右に揺れる。カジュアルなデザインで胸に黒い猫がプリントされたセーラー服に、キャラメル色のキュロットスカートを組み合わせている。その下には、赤いカラータイツを穿いていた。
服装以上に特徴的なのは、彼女の持ち物だった。動物のぬいぐるみのようなバッグやポシェットをいくつも提げていて、右手にはクマのハンドパペットがついている。そして、彼女の頭部には武骨な黒く大きいヘッドホンがある。
小さな口を開けて欠伸をした後、エコーを見る。
「君が最初から話を聞いていてくれたら、このクマと話す必要もなかった。もう一度説明する」
「大丈夫。エコーの言うこと、フミカはちゃんと聞いてた」
フミカは立ち上がり、左手で天秤の皿にあった数十枚のカードを受け取る。首と体を横に三十度ほど傾けて考えた後、彼女はそのカードの束をワニのぬいぐるみのようなバッグにしまった。
「ちゃんとやれる。心配しないで」
「心配はしていない」
互いに言葉を交わすとフミカは右手を自分の顔の位置まで持ち上げる。クマのチャーリーが再び、動き出した。
「さよなら、エコー」
『またな!魔女!』
フミカはエコーに背を向けると左手でドアを開けて去っていく。廊下からは彼女の足音と共に、優しい歌声が聞こえて来た。エコーは体の力を抜いてその歌声に耳を傾ける。
「これで、揃った」
思わず口から出た一言は、煙のように空気中に溶けて消えていった。

第四話 動物と音楽
「シュウジ、僕とバンドを組もう」
六時を回った早朝のことだった。
トーマスはシュウジの前に透明のボウルに入った物体を置くとそう言った。シュウジはテーブルの自分のスペースに置かれたピンクと白が混ざった液体と固体の中間の物体を見ながら言う。
「二つ質問させろ。これはなんだ。それと、何でバンドなんか組む?」
「よくぞ聞いてくれました!」
トーマスは手を叩くと紙のパッケージを手に持ってシュウジに見せる。
「僕の大好物、フルーチェいちご味だ。たくさん買ってあるから、遠慮せずにおかわりしてね!まさか……、僕のフルーチェが食べられないなんて言わないよねぇ?」
トーマスは前半部分を笑顔で説明し、後半はシュウジをじろじろ睨みながら言った。食べないという選択肢は存在しないらしい。
「お前は絡み酒をしてくるアルハラ上司か。まあ、嫌いじゃないからもらっておくぜ。だけど、おかわりまではいらねぇ」
大きなボウルに大量のフルーチェを用意していて、シュウジがおかわりと言い出すのを待っていたトーマスは残念そうに眉の端を下げる。飼い主に叱られた子犬のようだった。シュウジはそんな彼を見て欠伸をすると、スプーンを手に取った。
桜庭(さくらば)シュウジは二十一歳の青年だ。このマンションの一室を間借りさせてもらっている。家賃を払っていないため、居候と言ってもいい。
細く背が高い男で、髪が黒く非常に短い。穿いているのは安物のジーンズだが、着ているシャツはこだわりがあり、桜が描かれた和柄のデザインのものだけ身につけている。ただ、今はお気に入りのそのシャツも皺が寄っている。
「フルーチェ作った人は最高にクールな天才だよ。僕がもし、大金持ちになったら豪邸を立ててフルーチェが出る水道を設置するね」
自分のフルーチェを口に含みながら幸せそうな顔をしているこの青年の名は、トーマス・スターライト。小学生時代のシュウジの友人で、最近、日本にやって来た。
金髪碧眼が目立つ男で、白の綿のパンツ、赤いTシャツに青いジャケットとトリコロールの服装をしている。
二人はインスタントと呼ばれる奇妙な敵から人々を守るために行動している。インスタントは、昨年秋にU県M市で起こった“災害”の被害者達の姿をしている。一部の記憶や思考も残しているらしく、生前、知り合いだった者のところに姿を見せる習性がある。彼らの目的は滅亡時計と呼ばれる装置を使って自分の仲間を増やし、人々の命を吸い取って自分の命を再生させることだ。
それを止められるのは、シュウジやトーマスのようなデュエル・マスターズカードを扱える者達だ。インスタントは体の中にいくつものデュエル・マスターズカードを内蔵していて自由にその力を使うことができる。それに対抗するためには同じ力を使うしかない。
二人は徹夜でインスタントとの戦いを終えて疲れていた。トーマスは徹夜のせいかテンションが高くなっていて、シュウジは疲れで不機嫌な顔をしていた。
「不思議だと思わねぇか?」
フルーチェを食べ終えたシュウジは、懐から一枚のデュエル・マスターズカードを取り出して呟く。トーマスは大きなボウルから自分用の小さいボウルにおかわりを入れる手を止めてシュウジを見た。
「何がだい?秘密基地がなくなったこと?」
「そうじゃねぇ。俺達がデュエル・マスターズカードで戦ってることだよ。お前も覚えてるだろ。これ、クラスの中で流行ったカードゲームだったじゃねぇか」
「そうだね。今でも覚えてるよ。十一年前に発売されて半年も経たずに消えてしまったはずのカードゲームだ」
「そうだよな。俺の勘違いじゃねぇよな」
シュウジは手元のカードを見ながら自分の記憶を掘り起こしていた。シュウジとトーマスは間違いなく、十一年前にこのカードゲームで遊んでいた。だが、トーマスが言うようにカードの販売は中止され、すぐに世の中から消えてしまったはずだった。
「勘違いなんかじゃないさ。ネットで調べたら、どこも懐かしの玩具扱いをしているよ。それに戦いで使うカードの中には十一年前に僕らが使ったカードだってある。ほとんどは僕らの知らない新しいカードばかりだけどね」
「まあ、考えてても仕方ねぇか。十一年前、これで遊んでたおかげで俺達は戦える。気になることが多いけれど、それで良しってことにしておこうぜ」
「そうだね。フルーチェもおいしいし」
そう言った後、トーマスも大きな欠伸をした。シュウジが時計を見ると、時計の針は六時半を指していた。
「ん、おはよう。二人とも早いんだね」
リビングと廊下を隔てたドアを開けて、イオリとミチが入ってくる。二人とも、眠そうな目をしていた。
「お前だって早いな。いつもこの時間に起きてるのか?」
「遅く寝て遅く起きるのはよくないんだよ。ミチちゃんのためにも、早寝早起きしなくちゃ、ね?」
「気をつけるよ……」
イオリに軽く睨まれたシュウジは欠伸をしながら答える。
園城イオリは、このマンションの部屋の元々の主だ。両親と姉と共にここに住んでいたが、家族を失い、家族の代わりをシュウジやミチに求めた。
今はパステル調の色のパジャマ姿だった。
「シュウちゃんもトーマスさんもすごい眠そう……」
イオリの隣で二人の男を見上げたのは、田原(たはら)ミチだ。
去年の秋頃にU県M市で起きた“災害”の生き残りで、今までシュウジと一緒に旅をしながら暮らしていた。普段はオーバーオールを着ているが、今は有名なキャラクターもののパジャマを着ている。
「あ、フルーチェ!」
テーブルの上にあったフルーチェを見て、ミチが嬉しそうに言う。眠気は消えたらしく、目を輝かせるとトーマスの近くに走り寄った。
「食べるかい?」
「うん!」
そう言うと、ミチはトーマスの横に座った。
「ミチ、フルーチェもいいけど、先に朝ご飯だぞ。イオリ、頼んでいいか?」
「判ったよ。フルーチェと合わせるんだったら、トーストでいいかな?」
イオリはシュウジの注文を聞いてキッチンに向かう。ミチはシュウジに言われたことをきちんと守り、目の前に置かれた自分のフルーチェをじっと見ていた。
トーマスは小さいボウルにイオリの分のフルーチェを入れた後、大きな欠伸をする。対面していたシュウジに喉の奥まで見えてしまいそうなほどだった。
「あ~、眠いね。フルーチェは食べたいけれど、ちょっと眠気には勝てそうにないな。僕、もう寝るね」
トーマスは半分閉じた目で、名残惜しそうに大きいボウルを見た。ボウルいっぱいだったフルーチェはもうほとんど残っていなかった。
「さよなら、僕のフルーチェ。そしておやすみ、みんな」
「もう充分食べただろ?俺も寝るかな?」
トーマスが立ち上がった後、シュウジも彼に続いた。イオリとミチに挨拶をした後、二人揃って洗面所で歯を磨き、それぞれの部屋に向かった。
「じゃ、シュウジ。夜にまたね。インスタントが次に現れそうな場所、目星をつけてあるんだ」
「判った。だけど、たまには夜に寝て朝起きる生活をしたいぜ。ここんとこ、夜ばかり活動してたからな」
「それもそうだね」
トーマスが自分の部屋に入るのと同時にシュウジも自分の部屋に入った。寝巻き代わりにしているジャージに着替えると、倒れるようにして布団の上に寝転がった。
「そう言えば、トーマスの奴、何でバンドを組むなんて言ったんだ?」
シュウジは欠伸をした後で呟いた。既に寝床に入ったトーマスを起こす気にはなれなかったシュウジは起きてから聞こうと思い、ゆっくり自分の目を閉じていった。

フミカは噴水が見える公園のベンチに座っていた。暖かい春の日差しを浴びながら、ヘッドホンから流れる音楽に聞き入る。左手には、CDのケースを持っている。黒を基調にしたジャケットには銀色の文字でサインが書かれていた。
『なあ、フミカ。決心はついたんか?』
右手のチャーリーが優しい声で聞く。ただの黒い丸でしかないその目は、フミカを心配するような優しさが混じっている。
「うん……、大丈夫。この曲を聞いて思った。やっぱり、フミカが止めなくちゃって……」
『他のインスタントと戦う時より、つらい気分になるで。本当にええんやな?』
「大丈夫。だから、チャーリーもサポートお願いね」
『任せとけ。ワイのサポートは世界一や!ワイがいればどんなインスタントも朝飯前やで!』
フミカの右手でチャーリーが暴れる。ファイティングポーズを取ったり、拳を突き出してシャドーボクシングをしたりしていた。
それを見たフミカは安心したように微笑むと、音楽に集中するように静かに目を閉じた。

夜が近づいていた。
自らの力を誇示するように赤く照らす太陽がビルの谷間に沈んでいくのを、シュウジとトーマスは電車の中で見ていた。窓からは、その日最後の自然の光が差し込む。
「トーマス。目星つけてたって言ったよな?自信はあるのか?」
「あるよ。これを見て」
トーマスは携帯電話の画面をシュウジに見せる。それは何かのブログの記事だった。内容を要約すると半年以上、活動を休止していたストリートミュージシャンが路上ライブをやるというものだった。
「この男、高瀬(たかせ)ヨウタ。通称ヨーって呼ばれてるんだけどね、ブログの更新が久しぶりなんだ。この路上ライブの告知の前の記事はU県に旅行に行くって内容だった。それを書いたのが去年の秋だよ」
「去年、“災害”に巻き込まれたこいつがインスタントになって復活したってことか。ライブを告知してファンを集めて滅亡時計の生贄にする……。こいつ、ファンいるのか?」
「メジャーデビューしてない人にしては多いんじゃないかな。U県で失踪した後、心配するファンの書き込みが百件を超えているもの。中には後追い自殺するなんていう過激なファンのコメントもあったね」
「怖ぇ話だ」
「そんな奴だから、滅亡時計を起動させるための生贄も選びやすいんじゃないかな?自分のために死んでくれるようなファンがいるくらいだからね。僕らがこいつを止めようとしたらファンに殺されちゃうかもしれないよ」
トーマスは恐ろしい事実を笑いながら話す。それを聞いたシュウジは額に皺を寄せ、頭を抱えた。
「お前な、そんなこと楽しそうに言うんじゃねぇよ。怖くなってくるだろ」
「心配することないって。ほら、着いたよ」
電車が停車し、二人は自動ドアから外に出る。目的地は改札を出て少し歩いたところにあった。
車道の上にある幅の広い橋の近くだ。
周りに多くのファンが集めていた。若い女性が多い。ファンの背中に隠れていて、高瀬ヨウタ本人の姿は見えない。憧れのミュージシャンの出現にファンは黄色い声をあげている。
「おのれ!女の子に黄色い声をあげさせるのは僕の得意技だ!負けてたまるか!」
「馬鹿みたいなことで張り合ってどうする」
「シュウジ、僕達も楽器を持って音楽で勝負だ。朝、組んだバンドだけど負けはしないさ!」
「朝、バンドがどーとか言ってたけど、理由はそれか!馬鹿野郎!俺達はデュエルで勝負するんだよ!」
シュウジは、肩を怒らせ鼻息を荒くしながら歩くトーマスの肩をつかむと頭を叩いた。トーマスは立ち止まり、不機嫌そうな顔でシュウジを見る。
「何かな?僕の闘志を遮るようなことはしないでくれないか?」
「俺はバンドなんか組むつもりはないぜ」
「げ!朝、組んだと思ったら夜に解散なんて!これが音楽性の違いって奴なの!?」
「組んでねぇんだから、解散もクソもねぇ!大体、お前楽器持ってるのか?」
その一言を聞いたトーマスは口を開けてシュウジを見る。シュウジは舌打ちすると目をそらして「こっち見んな」と、言った。
「みんな!今日は来てくれてサンキュー!半年以上待たせてごめんよ!」
高瀬ヨウタのものらしき声が聞こえた。本人の声か判断できないシュウジはトーマスを見る。アイコンタクトだけで通じたのか、彼はヨウタのファン達を見ながら
「彼の声だよ。ブログにあった彼の歌を聞いたから間違いない」
と、答える。
「熱い声援ありがとう!悪いけど、みんな!邪魔なあの二人をどうにかしてくれないか。俺のライブの邪魔をしに来た連中なんだ!」
それを聞いてファンの列が割れる。奥にいるギターを持った男の姿が見えた。
黒いギターに黒い革の服の男だった。髪は銀色に染めていた。トーマスが見せたブログのプロフィール画面の画像と一致する。
ヨウタは舌舐めずりをすると、首を軽く傾けて右手の人指し指をシュウジ達に向けた。その直後、大勢のファンが大声をあげてシュウジ達に向かってくる。ファン達はシュウジの前方から来るだけでなく、横や後ろからも来た。
「まずいぞ、シュウジ!待ち伏せされてたんだ!」
「くそっ!生身の奴を《クエイク・スタッフ》で斬る訳には行かねぇよな!」
躊躇したのは二人にとって最大の失敗だった。多くの手につかまれ、二人の体は硬い地面に叩きつけられる。いくら若い女性が相手とはいえ、大勢で組みつかれたら勝てる訳がない。
行動不能になった二人を見るため、ヨウタがやってくる。彼は満足したような顔で何度も頷いていた。
「コガネから聞いた情報通りだぜ。ライブの情報を公開すりゃ、釣られてくるってな。そこで黙って見てな!俺の復活ライブを!」
そう言ったヨウタが両手を広げると、彼の隣にいた女性の体が黒い煙に包まれていく。煙はすぐに固まり、シュウジ達がよく知っている滅亡時計に変化した。
「てめぇ!コガネって誰だ!」
「これから滅ぶ奴に教えるわけねーだろ!それじゃ、一曲目行くぜ!」
ギターを弾きながらヨウタは唄い始める。それを聞いてファン達も騒ぎ始めた。驚いたシュウジとトーマスは周囲を見た。ファン以外の人間は滅亡時計のせいで倒れている。普通の人間は滅亡時計の周囲では動くことなどできないはずだ。
「トーマス!これはおかしいぜ!」
「判ってる!でも、どうしようもない!」
シュウジとトーマスはそれぞれ三、四人の女性に取り押さえられている。全力で暴れても引きはがすのは不可能だ。
「これまでかよ……ッ!」
シュウジが悔しそうに奥歯を噛みしめ、地面を強く叩いた。トーマスは、気持ち良さそうに演奏するヨウタを睨みつける。
曲はサビに突入しようとしていた。観客の興奮も最高潮に到達しようという時、シュウジを取り押さえていた女性の一人が倒れた。
「え?」
シュウジが驚いてその女性を見ていると、数発の銃声と共に、二人を拘束していた女性は全て倒れた。
「おい、どういうことだ?」
シュウジはまだ何が起こったのか理解できないでいた。しかし、戦う準備だけはしているため、再び、襲いかかってきた女性達に捕まることはなかった。トーマスも同じで、巨大な金色のシールド《シャイニング・ディフェンス》を物体化(マテリアライズ)して持ち、女性達の攻撃を受けながら少しずつ後退する。
『うおーっ!』
彼ら二人が防戦を続けていると、奇声と共に茶色いものが一人の女性の背中に飛びついた。飛びつかれた女性が背中に手を回すよりも先に茶色いものが別の女性の背中に飛んでいく。茶色いものが離れた女性は気を失ったようにその場に倒れた。
「シュウジ、あれ、クマだ!」
「ああ?クマな訳……、あ、クマだ」
トーマスの言葉が信じられなかったシュウジは自分の目でじっと茶色いものを見た。それは確かにクマのぬいぐるみだった。緑色のスカーフをなびかせたクマのハンドパペットだ。
「何で、クマが意思を持って行動してんだよ……」
『何ぼーっとしとんねん!背中や!』
クマのハンドパペット、チャーリーはシュウジに向かって怒鳴った後、女性の背中に貼りついていた物を剥がして飛び去る。チャーリーが持っていたのは裏面が赤いデュエル・マスターズカードだった。それが剥がれた瞬間、女性はその場に倒れた。
「言いたいことは判ったぜ。ファンの女にだけ、デュエル・マスターズカードを貼り付けて滅亡時計の周辺でも動けるようにした。さらに、命令を聞くようにしたんだな!《クエイク・スタッフ》、物体化(マテリアライズ)!」
シュウジの右手で裏面が青いデュエル・マスターズカードが光る。彼の右手には金色の瞳と巨大な牙が生えた口が特徴的な大鎌、《クエイク・スタッフ》が握られている。彼はうまく距離を取りながら、女性の背中に周ってカードだけを切り裂く。
「シュウジー!こっちも!」
《シャイニング・ディフェンス》で攻撃を受け続けていたトーマスが泣きそうな声で助けを呼んだ。それに気付いたシュウジが彼に近づくよりも先に、銃声と共に女性達が倒れる。
シュウジが後ろを向くと、そこにはフミカが立っていた。右手には様々な装飾をつけた重い銃《クリムゾン・ライフル》を持っている。
「それじゃ」
「おい、待てよ!」
シュウジを少しだけ見たフミカは方向転換してすぐに別の方向に向かう。彼女が向かった先にはヨウタがいた。その周辺にいた女性は全て倒れている。
『よっしゃ!フミカ!ここからが本番やで!』
チャーリーは女性の上からフミカの頭に飛び乗ると、彼女の頭上で寝そべる。
「判ってる。デュエルで決着をつける!」
フミカがヨウタの前まで来ると、空気の流れが止まった。ファンの女性が暴れていたさっきまでの空気とは違う。一歩、動くのもためらわれるような重い空気が漂っている。
「お嬢ちゃん、邪魔しないでくれるか。もう少し待ってくれれば俺は新しい命を手に入れて、またギター弾いて唄えるようになるんだ」
「駄目。フミカは、絶対にあなたを止めます」
「仕方ないって……、奴か!」
ヨウタはギターケースの中から裏面が赤いデュエル・マスターズカードの束、デッキを取り出した。彼の前に現れた黒いテーブルに置くと、一番上のカード五枚が横に移動する。そのカードから力を得て透明な五枚の壁、シールドが現れた。シールドに守られながら五枚のカードを引いた。
「お嬢さん、ここは僕に任せてくれないか」
デュエル・マスターズカードに操られていた女性達は全員動きを止めた。トーマスはフミカの肩に手を置いて提案する。フミカは彼の顔を見ることなく首を横に振った。
『なんや、お前ら!さっきまで手も足も出なかった奴は黙っとれ!ここはフミカのターンや!』
「ちょっと待った!話だけでも!」
手を伸ばすトーマスを見ることなく、フミカは一歩、前に進み出た。ワニのぬいぐるみ型のポシェットから流れる不似合いで武骨な電子音声と共に、彼女の前に黒いテーブルが現れる。
『stand by』
「音無フミカ……、突撃します!」
フミカはヘッドホンを耳に当てるとワニのぬいぐるみ型のポシェットから四十枚のカードを取り出した。
『shield on』
デッキの上から五枚のカードが横にスライドし、透明な壁、シールドに力を与える。さらに、上から五枚を引いて二人のデュエルが始まった。
「シュウジ、あんなふわふわした女の子で大丈夫かな?」
「さあな」
心配そうな顔でフミカを見るトーマスと気のない返事をするシュウジ。二人の目の前でフミカはカードを動かし、一体目のクリーチャーを召喚する。
「召喚。《無頼勇騎タイガ》です」
綿菓子のように柔らかい声と共にフミカが宣言してカードを出す。すると、彼女の場には、右手に機関銃を装備した虎の毛皮のような模様の人型クリーチャーが現れる。《無頼勇騎タイガ》は姿を現してからすぐにヨウタのシールドの前に近づくと右手の機関銃を向け、乱射した。シールドは多数の銃弾によってひび割れ、破られていく。
「ターンエンドです」
そう言ったフミカは足で地面を叩きながらリズムを取っていた。ヘッドホンから流れる音楽を聞きながら調子を整えているのかもしれない。
「スピードアタッカーか。なかなかロックなカードじゃないか!」
先生攻撃によってシールドを一枚失ったにも関わらず、ヨウタの表情は笑顔だった。口笛を吹いてフミカの行動を褒めると、マナゾーンのカードを全てタップして行動を開始した。
「《幻緑の双月》召喚!」
ヨウタの場に、彼の性格に似つかわしくないような可愛らしいフェレットのようなクリーチャーが現れる。そのクリーチャー《幻緑の双月》が葉っぱを持って踊ると、ヨウタの手札のカードが一枚、緑色の光を発した。彼はそれを引き抜き、マナゾーンに置く。
「《幻緑の双月》は手札をマナにする!お嬢ちゃんが俺のシールドをブレイクしてくれたお陰で手札が増えたから楽できたぜ!」
ヨウタは白い歯を見せてフミカに笑いかける。《幻緑の双月》では《タイガ》のパワーには勝てないが、そんなことを気にしている様子はなかった。
『ええで!フミカ、このまま速攻や!』
「判ってる。これをこうして……、はい!」
フミカはゆっくりとした動きで自分のカードを操る。《タイガ》のカードに一枚のカードを重ねて場を見た。
《タイガ》の姿は炎に包まれ、空から巨大な鉄球と鎧が降ってくる。燃え盛る《タイガ》の肉体に鎧がフィットし、両腕には巨大な鉄球が取り付けられた。最後に炎が消え、《タイガ》とは別のいかつい男の顔をした進化ヒューマノイドとなる。
『《機神装甲ヴァルボーグ》や!一気に攻め落とすで!』
フミカの頭上のチャーリーが両腕でパンチを繰り出すと、シールドの前に近づいた《機神装甲ヴァルボーグ》も鉄球のついた拳を突き出す。周囲の地面に響く音と共に突き付けられた拳は二発。それによって二枚のシールドが割れていった。
「彼女、思ったよりやるじゃない!任せても大丈夫だね」
「さっきとは言ってることが違うじゃねぇか」
心配していたトーマスだが、今では彼女の戦いぶりを食い入るように見ていた。シュウジも心配していなかった訳ではない。だが、フミカの戦い方を見て安心していた。
「ヒュー、ロックな戦い方じゃないか。嫌いじゃないぜ、そういうの!だがな!」
ヨウタはブレイクされたシールドの一枚に触れる。そのカードが青い光を発した。
「攻撃はリスクが伴うもんだぜ!シールド・トリガー《アクア・サーファー》!」
ヨウタがそのカードをめくると、《ヴァルボーグ》の頭上から大量の水が押し寄せてくる。バケツをひっくり返したような水に乗って液体で出来た人型のクリーチャー《アクア・サーファー》がボードを駆って場に現れた。これにより、場の《ヴァルボーグ》のカードは力を失い、フミカは二枚のカードを手札に戻す。
「ここからは俺の番だぜ!《クゥリャン》を召喚してドロー!そして、《幻緑の双月》と《アクア・サーファー》でブレイクだ!」
パワードスーツを纏ったようなクリーチャー《クゥリャン》以外の二体が動く。《幻緑の双月》は走り寄って頭突きでシールドを割り、《アクア・サーファー》は地面を水面のようにサーフボードで駆け抜け、ボードの先でシールドを突いた。
『break』
「シュウジ!ヤバいよ!」
「さっきは大丈夫だって言ったじゃねぇか!」
『そこの外野、いちいちうるさいで!』
二人の焦りが通じたのか、チャーリーが振り返って怒鳴った。フミカだけは動じていないらしく、最後にブレイクされたシールドに触れる。そのカードが緑色の光を発した。
「シールド・トリガー《クラッシャー・ベア子姫》!」
地面が緑色に光ると、ぬいぐるみのクマのようなファンシーな姿のクリーチャーが現れる。そのクリーチャー《クラッシャー・ベア子姫》が緑色に光る爪を振るうと、ヨウタのクリーチャー三体は緑色の光を発しながらその場に溶けていった。
「《クラッシャー・ベア子姫》は登場時に相手のパワー2000以下のクリーチャーを全てマナ送りにするシールド・トリガークリーチャーだったな」
「高瀬ヨウタの《幻緑の双月》、《アクア・サーファー》、《クゥリャン》はどれもパワー2000以下だった。だから、全滅したんだね!」
戦いを見ていた二人はフミカの逆転の仕方に感心する。彼女は足でさらに早くテンポを刻むと再び、《タイガ》を召喚した。
「攻撃です」
『よっしゃ、行くでー!』
フミカの命令とチャーリーの号令を聞いて、先に《クラッシャー・ベア子姫》が飛び出した。緑色の爪でシールドを貫く。さらに、その隣のシールドを《タイガ》が機関銃で打ち抜く。
『どうや!フミカの攻撃はすごいやろ!もうこれでお前はシールドゼロや!』
チャーリーはヨウタに向かってそう言った後、首だけシュウジとトーマスに向ける。
『お前ら二人の出番はないから、もう帰ってええで』
そう言ってあしらうように手を振った。
「何だと、このクマヤロー!」
「シュウジ、落ち着いて!殴りたいのは判るけど、まだデュエルの途中だから!」
さすがにその態度が気に食わなかったのか、シュウジが拳を握りしめてチャーリーに近寄ろうとする。それをトーマスが後ろから羽交い締めにして止めた。
「離せ、トーマス!大体、何でハンドパペットなのに動けて喋れるんだよ!おかしいだろうが!」
『それはワイがイケメンクマだからや!イケメンクマは何でも許されるんや!』
「うぜぇ!一発殴らせろ!」
怒りに燃えるシュウジが一歩、足を踏み出した時、青い光がその場を包んだ。シュウジは怒りを忘れて場に目を向ける。
ヨウタの場には杖を持った紫色の神官のようなクリーチャーが現れていた。《封魔ベルアリタ》だ。
《ベルアリタ》は、布のような右腕で何もない空間を隠し、フミカ達から見えないようにする。そして、杖で右腕を軽く突いた。その後、右手を上げた時には何もなかった空間に《幻緑の双月》が立っていた。
「手品……?いや、違う。連鎖能力か!」
「そうだね。《封魔ベルアリタ》は連鎖を持つシールド・トリガークリーチャー。登場時に山札の上を見て、自身のコストよりもコストが小さいクリーチャーだったら出せる奴だ」
『くっそー!タダでクリーチャー出すなんて卑怯やで!』
チャーリーの言葉を聞いたヨウタは鼻で笑うと、一枚のカードを裏向きのまま全員に見せた。
「余興の手品はお気に召さなかったみたいだな。OK。だけど、このロックな切り札はきっと気に入ってくれると思うぜ!」
ヨウタは白い歯を見せて笑い、そのカードを《幻緑の双月》の上に重ねた。その途端、《幻緑の双月》は小動物めいた外見に似つかわしくない低く重い雄叫びをあげる。肉体は少しずつ巨大化し、目つきが鋭く凶暴になっていく。空から降ってきた刀をつかむと、赤い髪を振り回し、深く息を吐いてフミカを威嚇した。
「進化クリーチャーで俺のロックな切り札《諸肌の桜吹雪(フキスサブ・ハナフブキ)》!こいつで一気に決めるぜ!」
《諸肌の桜吹雪》は天まで届くような雄叫びをあげると、刀を肩にかついで走る。シールドの前まで来ると持っていた刀を叩きつけるようにしてシールドを割っていった。その威力は強烈で一度に二枚のシールドが割られてしまう。
『break』
『げっ!W・ブレイカーやて!なんて凶悪なんや!』
「まだ終わりじゃないぜ。おらよっ!」
最後に《ベルアリタ》が持っていた杖でシールドを殴る。
『break』
最後のシールドもシールド・トリガーではない。シールドブレイクを告げる電子音声だけが虚しく響いた。
「あれ?でも、シールドがないんだから、攻撃すれば勝てるんじゃない?」
トーマスが疑問を口にした時、ヨウタは声を上げて笑った。
「残念だったな!俺の《諸肌の桜吹雪》は完璧な切り札だ!こいつがタップされていて相手のクリーチャーが攻撃する時は、《諸肌の桜吹雪》を攻撃しなくちゃならない!つまり、《諸肌の桜吹雪》がいる限り、俺の身は安全だってことだ!攻撃は最大の防御ってのは本当だな!」
ヨウタがギターを構えると、《諸肌の桜吹雪》は刀を肩でかついで大見得を切る。
「諦めな、お嬢ちゃん。俺のギターの音色と歌声をレクイエム代わりにしてやるからよ!」
「違う」
ギターの弦にピックが触れた時、フミカは静かに呟く。リズムを刻んでいた彼女の脚はいつの間にか止まっていた。
「違うって、俺の歌じゃレクイエム代わりにならないってことか?」
「そうじゃなくて、今のヨーさんの歌は違うんです。フミカが聴いていたのは終わりの歌じゃなくて明日のための歌」
フミカはテーブルの空いたスペースに手札を置いた。
「あの子、戦いを放棄するつもりか!?」
『外野は黙っとれ!』
トーマスが思わず呟いた時、チャーリーが後ろを向き、威嚇する。二人のやり取りを気にせず、フミカは子犬の顔をモチーフにしたような可愛らしいバッグから一枚のCDを取り出す。そのジャケットを見た時、ヨウタは口を開けて驚く。
「それ……。俺が出したCDじゃん。しかも、サイン入りのって二年前のか」
「大好きなんです。今、聞いてるのもほら」
フミカは頭部のヘッドホンを外すと音量を上げる。そこからはアップテンポの曲が流れていた。ヨウタが演奏していたのと同じものだ。
「二年前からのファン……。俺が今ほど人気じゃなくて音楽を諦めかけていた時に、俺のCDを買ってくれた子がいた。嬉しくてジャケットにサインをしたのも憶えてる。憶えていたはずなんだよ……」
ヨウタはその場に膝をつく。そして、両目から涙を流した。
「俺、何やってるんだ……。こんな風に俺を大事にしてくれたファンを犠牲にして音楽を続ける意味なんて……」
『おいおい。そんなこと言っていていいのかい?』
その場の空気を切り裂くように若い男の声が聞こえる。それは近くに設置されていたスピーカーから聞こえた。ヨウタは驚いて声を上げる。
「コガネ!」
『そうだよ。君に仮初めの命を与えてやったコガネ様さ。がんばりなよ、ヨウタ君。もう戦わなくてもいいからさ。もう少しだけそこにいてよ。そうすれば滅亡時計の針が一番上に行って色んな奴が僕らの仲間になるんだからね。あっはっはっは!』
癇に障る笑い方だった。シュウジは思わずスピーカーを睨みつけて怒鳴る。
「てめぇか!てめぇが色々な人をインスタントにしやがったのか!」
『あ~、その声は桜庭シュウジって奴かな?これから死ぬ奴に何も教えてやるつもりはないよ。あり得ないけれど、もし、生き残って僕の前に来るようなことがあったら教えてやってもいいかな?じゃあね!』
ノイズと共に声が途切れる。シュウジが場を見ると、戦闘を放棄した主の意思とは反対に、《諸肌の桜吹雪》は目を血走らせてフミカを威嚇していた。滅亡時計の針はその間も進んでいて、あと五分程度で頂点に到達する。
「ファンの女の子にこんなことを頼むのも悪いんだけどな……。お願いだから、俺を止めてくれ!音楽をやりたいからってこんな悪事に手を染めた俺を何としてでも止めてくれ!」
ヨウタの口から悲痛な叫びが漏れる。それを聞いたフミカは女神のように優しい表情で微笑んだ。
「判りました。でも、こっちのお願いも聞いてください。最後まで弾いて唄ってください。あの日に聞いた曲を最後まで聞きたいです。最後の五分間で悔いの残らない最高の演奏をしてください」
それを聞いてヨウタは顔を上げる。彼は救いを感じ取り、立ち上がる。手に力をこめてギターを握り弾き始めた。フミカもそれを聞いてステップを再開する。
「大丈夫かな?」
「いいんじゃねぇか」
心配するトーマスに対して、シュウジは穏やかな声で答えた。それを聞いたトーマスははっとした顔をする。
「シュウジ、今、すごく優しい顔してたね」
「そんなもんか?さっきと同じ曲かもしれねぇけど、今の曲聴いてるといい気分になるんだ」
いつの間にか、シュウジとトーマスはフミカと同じように体でリズムを取っていた。四人が歌を楽しむ中、《諸肌の桜吹雪》だけが苛立っていた。
『フミカ、今やで!』
曲がサビに突入した時、チャーリーが叫ぶ。フミカは手札から一枚のカードを引き抜くと天へ掲げた。
「これで止めてみせます!」
そう言ったフミカは、《タイガ》のカードにそれを乗せる。《タイガ》は空に向かって吠えると右手の機関銃を上に向けた。緑と赤の光を発しながら肉体が巨大化していく。空からは緑色の巨大な大砲とオレンジ色の長い槍が降ってくる。《タイガ》の右腕に大砲が取りつき、増えたもう一本の右腕でそれを支える。二本に増えた左腕は槍を支えた。腕の色は赤く変色し、胴体は緑色になっていった。最後に大きな角のついたヘルメットが空から降って来て頭部にフィットする。変化した姿で大砲を振り回した後、砲口を《諸肌の桜吹雪》に向けて雄々しく叫んだ。
『進化完了や!これがフミカの切り札《機神勇者スーパー・ダッシュ・バスター》やで!』
《機神勇者スーパー・ダッシュ・バスター》は大砲を地面に固定して構える。《スーパー・ダッシュ・バスター》の全身が赤く輝くのと同時に大砲は緑色の光を発していた。腰を入れ、両脚に力を入れた《スーパー・ダッシュ・バスター》が吠えた時、大砲が発射される。
中から飛び出した緑色の光弾は《諸肌の桜吹雪》の肉体を包むと完全に消し去った。刀が宙を舞った後、地面に突き刺さる。
『どや!《スーパー・ダッシュ・バスター》は出た時に相手のコスト5以下のクリーチャー二体をマナに変えるんや!これで邪魔者はおらんで!フミカ!』
「判ってるよ、チャーリー。そして、曲ももう終わる」
フミカが手を伸ばした時、一曲唄い終えたヨウタはフミカに向かって叫んだ。
「ありがとう!」
その顔に迷いは感じられない。最後の一曲で彼はファンのために全てを出し切ったのだ。それを見てフミカも優しく微笑む。
「ありがとう、ヨーさん。……さようなら」
《スーパー・ダッシュ・バスター》が槍を振り回し、愛用の黒いギターと共にヨウタの胴体に突き刺す。彼は痛みをこらえながら握った右手を出し、親指を立てて笑った。その瞬間、彼の体は赤い光に包まれてその場には裏面が赤いカードだけが残った。
『complete』
戦いの終わりを告げる電子音声を聞いたシュウジが滅亡時計を見ると、頂点に到達する少し前で止まっている。滅亡時計も戦いに使われた黒いテーブルも消え、フミカが使っていたカードは青い炎を出して消えていった。
フミカは裏面が赤いカードを全て拾うと、ワニのポシェットにしまった。そして、ヨウタが使っていたギターを手に取る。《スーパー・ダッシュ・バスター》の槍が貫いた跡があり、もう弾けそうにない。
「それ、持っていくのか?」
シュウジが彼女の背中に聞くと彼女は首を振ってギターケースの中にそれをしまう。
「もったいないな。今ならみんな気絶してるから持って行っても誰も怒らないよ?」
「いいんです。他のみんなもヨーさんの音楽が好きだったはずだから」
『そうやそうや!フミカはお前さんみたいな自分のことしか考えてない人間とは違うんや!』
「何だって!このかわいくないクソクマ!」
チャーリーの言葉にトーマスが怒るとフミカが口元に手を当てて笑った。それに毒気を抜かれたのか、トーマスは溜息を吐く。
「それじゃ、さよなら」
『ほなな~』
チャーリーを右手にはめると、フミカは二人に頭を下げて去っていった。それを見たシュウジはその場で大きく伸びをして言う。
「俺達も帰るか」
「そうだね。それにしても、あんなかわいい子がファンになってくれるんだったら、僕もギター始めようかな?」
「お前は動機が不純だから駄目だろ」
軽い冗談を口にして二人は去る。待つ人がいる彼らの家へ。

着信音に気付き、その女は携帯電話を取り出す。
「もしもし、コガネ?」
二十歳前後に見える彼女は弾んだ声で通話を始めた。
『そう。コガネ様だよ。君が言っていた奴、ちゃんと見つけてあげたよ。僕に感謝しなさいよね』
「うん、感謝してる!ちゃんとシュウジを見つけてくれたんだね!」
『そうだよ。しぶとく生き残ってる。ヨウタ君が失敗したら君が桜庭シュウジをやっつけるって話、ちゃんと憶えてるよ。約束だから、君と彼が戦う場を準備してあげるよ。だからちゃんとやっつけてよね?』
「もちろん、判ってるよ!シュウジの相手は私!そう決まってるの!」
通話を終えた彼女はバッグから一枚の写真を取り出した。そこには笑顔の彼女と無表情のシュウジが写っていた。
「シュウジ、待っててね。あなたを誰よりも愛している小岩(こいわ)エミコが迎えに行くから」
エミコは穏やかな中にほんの少しの狂気を孕んだ笑みを浮かべて写真から顔を上げた。

第四話 終

次回予告
過去の傷を話し合ったシュウジとイオリ。ある種の哀しさを感じ取ったシュウジは、イオリがさらわれたことをミチから聞く。
イオリを連れ去ったのは、シュウジの幼馴染、小岩エミコだった。自分を知りつくしたエミコに翻弄されるシュウジ。さらに、エミコの背後には上級インスタント、日比野コガネが控えていた。
第五話 愛と罰
それは、彼らがつづった日々の物語。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

Twitter

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。