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『DAYS』 第五話 愛と罰

DAYS

昨年の秋に起こったU県M市の“災害”。
一部の街の住人が全滅するというセンセーショナルな災厄だったが、人々の記憶から急激な勢いで忘れ去られていった。何故なら、“災害”が起こった地域には何人たりとも入ることができなかったからである。
“災害”が地域とそうでない地域を隔てるように、見えない透明な壁に遮られているのだ。“災害”が起こった地域を見ることもカメラなどで撮影することもできる。だが、そこには“災害”が起こる前と同じ風景があるだけだ。
痛々しい災害の爪痕を期待していたマスコミ達はこの話題を避け始めた。情報を伝える側も受け取る側も日常的な別の事件の話題を追うようになったのだ。この“災害”を憶えているのは、これによって知人を失った者だけとなった。
そんな残された者達の間で噂になっていることがあった。それは“災害”に巻き込まれた者が生き返り、生前、大切に想っている者の前に姿を現すというものだ。目撃証言などもあり、この噂は都市伝説として広まりつつあった。同時に、“災害”に巻き込まれた者に出会うと死ぬという都市伝説も広がっていた。
室井クミコは、そのどちらも噂話ではなく事実だと知っていた。“災害”に巻き込まれて故人になったはずの先輩、渋谷ヨシフミと再会したし、(自覚はないが)彼によって殺されかけたのも事実だ。
クミコは手元にある紺色の手帳を見る。ヨシフミが愛用していたスケジュール帳で、去年の秋までのページは仕事のメモがびっしりと書かれている。そこから先は空白ばかりだった。ある程度進んでから、彼がU県M市で体験したことについての記述があった。
「先輩……」
彼が遺した真実はクミコに伝わった。しかし、彼女ではこの事件をどうすることもできない。手も足も出ない。故に、あの場所にいた二人の若者にこれを託すしかない。
「確か、トーマス・スターライトって言ってたっけ」
あの場所で名乗った金髪の青年の名前を思い出す。彼の名前も顔もきちんと記憶している。居場所は判らないが、それだけの情報があれば見つけるのは不可能ではない。難解だったとしてもやり遂げてみせる。
それが、クミコがヨシフミのためにできる唯一のことなのだから。

第五話 愛と罰
「うわあぁっ!」
布団から飛び起きた桜庭(さくらば)シュウジは血走った目で周囲を見る。右を見た直後に、左を見る。そして、振り向いて後ろを睨みつけた。震えた奥歯が鳴り、握りしめていた拳は嫌な汗をかいていた。心臓は持てる全ての力を使って胸の中で暴れた。息は荒く、マラソンをした後のように激しい呼吸を繰り返していた。誰が見ても尋常ではないと判る様子だった。
そうやってしばらく何もない暗闇の空間を見つめた後で、彼は拳を開き、大きく息を吐いた。
「くそっ、またあの夢か……」
舌打ちをした後で窓から外を見ると、まだ夜だった。寝直す気にならなかった彼はドアを開けて部屋から出る。
廊下に立った彼は、ふとリビングから光が漏れていることに気付いた。その光に吸い寄せられるようにリビングの入り口に行くと、テーブルにイオリがいた。自分自身を抱き止めるように自分の腕を押さえていた。その目は何も置かれていないテーブルだけを見ている。シュウジに気付いている様子はない。
しばらくそうやって彼女を見ていたシュウジは、喉の渇きを感じた。入りづらい雰囲気を感じたが、意を決してリビングに入る。
「眠れないのか?」
シュウジの声を聞いたイオリは、びくりと震えた。しばらくして頭を上げてシュウジを見た。頬には涙の痕が見える。何を言おうか迷っているのか、数回、口の開け閉めを繰り返した後、彼女は夜の闇に消え入りそうな静かな声で言った。
「……ひどい顔」
「それはお互い様だろ。後で顔を洗って寝ろよ。……何か飲むか?」
シュウジはキッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。イオリは何も言わないので、ペットボトルに入った緑茶を取り出し、棚からグラスを取る。自分の分を入れた時に、イオリの注文が聞こえた。
「あたたかい紅茶がいい」
彼女の声は震えていた。シュウジが見ると、瞳の端に涙が溜まっている。すぐにこぼれ落ちてしまいそうだった。
「待ってろ」
低い声でそう言ったシュウジはグラスに入れた緑茶を飲み干すと、薬缶に水を入れて湯を沸かし始めた。もう一度、グラスに緑茶を入れた後、準備をして湯が沸くのを待つ。
シュウジもイオリも口を開かない。ティーポットやカップが立てる硬さを持った音だけが、無音のリビングに響いた。音の存在を許さないような重苦しい空気がシュウジを苦しめる。沈黙という名の空気に耐え切れない彼は、せわしなく色々な場所に目を動かした。
「暗い話……、してもいい?」
薬缶の笛が吹いた時、イオリが呟くように言った。湯が沸いたうるさい音にかき消されてしまいそうな小さな声だったが、シュウジの耳にはしっかり届いた。
「交換日記にも書けないような、そんな話なんだ」
シュウジはティーポットに湯を入れ、カップと共にテーブルに持っていく。自分の分の緑茶を取ってから戻ると、イオリの前に座った。
「話してみろよ。こんな状況じゃ、話すな、なんて言えねぇし」
その時、シュウジは自分がどんな表情をしているのかよく判らなかった。もしかしたら、面倒臭いことが始まったという気持ちやこの状況から早く逃れたいという気持ちが顔に出ていたのかもしれない。それでも、今のイオリから逃げ出すことなどできなかった。今、シュウジとミチがこの家で快適な生活ができるのは彼女のおかげだった。こうして、彼女の話を聞くのは家主への配慮と言ってもいい。
イオリは紅茶を少し口に含み、息を吐いた。
「ありがと」
呟いた後、しばらく言葉を選んでから話が始まった。
「怖い夢を見たんだ」
その一言を聞いた瞬間、シュウジは心臓をつかまれたような錯覚を感じ、目を見開き、言いようのない気持ちに震えた。
「あたしにとってはすごく怖い夢」
続きを聞いた時、シュウジは息を飲んだ。彼が深い眠りから無理矢理叩き起こされて不快な思いをしているのも悪夢のせいだったからだ。
あたたかく柔らかい唇で、イオリは何かを読み上げるような淡々としたリズムで話を続けた。
「あたしの家族がいる夢。お母さんもお父さんもお姉ちゃんもいる夢。三人がいてくれてあたしはすごく嬉しくて、何をしていいか判らずにいたんだ」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。それならば、嬉しい夢ではないのか。
そう感じたのが表情に出ていたのか、シュウジの顔を見たイオリは力なく首を横に振った。
「それだけで終わっていたら、怖い夢じゃないよね。覚めた時に悲しくて寂しい気分になって耐えられなくなるかもしれないけれど、怖い夢じゃない。でも、あたしのは怖い夢だった」
イオリの両手がティーカップを強く握る。包みこむようにしていたその手は震えていた。
「三人とも楽しそうに笑ってたの。幸せそうだったの。そんな表情を見ていたら、あたしもすごく嬉しい気分になって三人に近づこうとしたんだ。でも、体が動かなかった」
イオリは震える手でティーカップをテーブルの上に置いた。カップはバランスを崩してその場に倒れ、イオリは両手で顔を隠すように押し当てる。
「腕も脚も動かなかったんだ。指先だって動きやしなかった。体を動かそう、みんなに近づこうと思っている内に、みんな、あたしを置いてどこかに歩いて行っちゃうの。それが嫌だったから、待って、置いて行かないでって叫んだ!叫んだはずだったのに、声も出ない。待って欲しいのに、一緒にいたいのに……、あたしの家族はあたしを置いてどこかに行っちゃったんだ。きっとあたしは、いつも家族に置いて行かれちゃうんだって思った」
シュウジはまだ声をかけられずにいた。何も言わずに、ただ、イオリの震える声を聞くだけだった。
「冬になると、家族があたしの前からいなくなっちゃうんだ。だから、シュウちゃんもミチちゃんもトーマス君も冬になったらいなくなっちゃうんじゃないかって思って、怖くて……」
「いなくならねぇよ」
低い声でシュウジが返す。その声を聞いてイオリは顔を上げた。前に座っている男の顔を見る。
「期待してるような言葉じゃなくて悪い。俺達は本当の家族じゃねぇからな」
「うん、そうだよね……」
ほんの少しの希望を感じ、膨らみかけたイオリの気持ちがしぼんでいく。間髪入れずにシュウジは言った。
「別に本当の家族じゃなくてもいいじゃねぇか。それなら、いなくなっても悲しくならないし、俺もまだ許容できる」
それを聞いてイオリは思い出す。シュウジは家族という言葉を嫌っていた。今も、家族という言葉を言う時、吐き捨てるような口調だった。
「それでも、いなくなったら悲しいと思う」
イオリは右手で自分の涙を拭った。少しは気分が軽くなったように感じる。しぼんだ風船の中に充分な空気を詰め込んだような感触だった。
「シュウちゃんのお陰で少しは楽になれたかな。シュウちゃんはどうして今、起きているの?」
気持ちが軽くなったことでイオリは口を滑らせた。軽快な口ぶりで発した言葉を聞いて、シュウジの目に動揺の色が走る。
「俺も、悪夢を見たんだ」
普段のシュウジなら、「何でもない」と言って話さなかったかもしれない。しかし、イオリが自分の胸の内を語ったのを見て彼も口を開く気になったのだ。しばらく迷った後、話を続けた。
「多分、他の人にとってはどうでもいいことかもしれないんだろうけど、俺にとっては……すごく怖くて死にたくなる夢だ」
シュウジは目を閉じて不快で気持ち悪くなるあの夢の光景を思い出していた。
視界にどす黒いねばねばした物が貼りついたような光景。それが彼の見ていた夢の景色だった。
「俺が住んでたM市の夢だ。まだ“災害”が起きる前のことなんだと思う。地元の大学に通って真面目に勉強して、バイトもして、友達と遊んで……、っていうそんな夢だ。俺は、そんな光景を見ながら、うまくやれてる、大丈夫だって思ったんだ」
「え……?」
イオリはシュウジの言葉の意味がよく判らなかった。シュウジの夢の中の光景は普通の大学生の生活の光景だ。一つおかしいのは「うまくやれている」とか「大丈夫だ」と言った感想を持っていることだった。まるで、失敗を極度に恐れているようだった。
話を続けるシュウジの眉は痙攣でもしているかのように震えていた。精神の緊張が目に表れているせいだ。
「俺は、東京の大学に通って一年で中退しているんだ。勉強もうまくできず、バイトもまともにできず、友達も作れなかった。それで親のいるM市に逃げ帰って来たんだ。だから、夢の中みたいに、まともな大学生活を送るなんてことはあり得ないんだよ!」
吐き出すような口調だった。その言葉を言った途端、シュウジの目に怯えの色が見えた。見えない何かに怯えるように眼球だけを動かしてせわしなく周囲の様子を伺っている。
「それに気付いた途端、周りの人間が俺を指して笑うんだ。負け犬、負け犬、負け犬って……。確かにその通りだ!だけど、誰も俺の味方をしてくれない!家族もだ!」
シュウジは頭を抱え、その場にうずくまるようにして叫んだ。それは見えない何かからの罵声や嘲笑から身を守るようにした防御の姿勢のようだった。
「俺はな、今でも、あの街の人間が怖いし嫌いだ。心温まる故郷なんかじゃねぇ。誰がやったのか知らないが、消えちまって清々しているくらいだ」
イオリは何も言えなかった。彼女にとって故郷や家族はかけがえのない素晴らしいもので、普遍的な価値を持つものだと信じていた。
しかし、シュウジはそれとはまったく逆の考えを持っていた。故郷にも家族にも嫌われ、憎しみと恨みのこもった気持ちを抱くことしかできない。彼が家族という言葉を嫌う理由が少しだけ理解できた。
「そんなことを考える自分が嫌いになる時だってあるぜ。だけど、そう考えちまうんだ。あいつらが嫌いで俺自身が嫌いだ。だけど……、だけどな……」
シュウジは顔を上げた。話をしている数分だけでやつれて、ひどく老けこんだように見える。数十年も歳を取ったように見えるその男は呟くような言葉で言った。
「真人間になりたい。俺だって、まともな人間になりたい。せめて、ミチの前ではちゃんとした人間でいたいんだ」
そう言った後、うつむく。そして、絞り出すような声でこう言った。
「多分、まともな人間ならこんなことじゃなくて、あの日の“災害”のことを夢で見るんだろうな。やっぱり、俺はおかしい」
「そんなことない。大丈夫だよ」
春の日差しのように穏やかな声がイオリの口から飛び出す。それを聞いたシュウジの目に、少しずつ光が戻っていった。
「シュウちゃんはちゃんとミチちゃんのことを思ってくれてる。その気持ちと行動はちゃんと伝わってる」
「そうか」
認められたことで背負っていた重荷から解放されたのか、シュウジは気が抜けたような声を出す。救われたような気分でイオリを見ていた。
「それに、ここにはシュウちゃんを嫌う人なんていない。君を好きな人しかいない。だから、今は怖がらなくていいよ」
イオリは笑顔を作ってシュウジを見た。胸の奥底にあったこびりついた泥のように嫌な気持ちと冷たい氷のような嫌な気持ちが少しだけ消えていく。これからはゆっくり眠れそうだった。
二人はグラスとカップを片づけると、それぞれの部屋に戻ろうとした。
「交換日記にも書けないようなこと話して悪かったな」
去り際にシュウジがそう言った。イオリは振り返って首を振る。
「いいよ。あたしも暗い話を聞いてもらったし。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
シュウジは部屋に入り、再び寝床につく。目を閉じてから、自分の考える家族とイオリの考える家族の違いについて、意識が消えるまで考えていた。

朝から昼に変わろうとしていた。イオリはミチと共に、商店街までの道を歩いていた。
悪夢を見た後にしては穏やかな自分の気持ちに気付いたイオリはシュウジに感謝していた。そして、隣にいるミチの優しい言葉や気持ちに振れたことも、イオリの心が落ち着いている理由の一つと言える。
「シュウちゃん、また怖い夢を見たの?」
朝食の席でミチはぽつりと言った。シュウジはまだ眠っていて、トーマスは朝早くから出掛けていた。
「またって、今までもこういうことがあった?」
イオリの問いに、ミチは首肯する。
「時々、悲鳴をあげて起きることがあるの。そんな時のシュウちゃんは怖いけれど、シュウちゃんの方がもっと怖い想いをしていると思うの。わたしがびっくりしてると、ごめんって謝って寝ようとするけれど、その後もうなされることがあるの」
ミチの前ではちゃんとした人間でありたいと願うシュウジにとって、悪夢に怯える姿を見られるのはどんな気持ちだったのか。無様な姿を見せないように、ミチを怖がらせないように、歯を食いしばって自分を侵食する悪夢と戦っていたに違いない。
「ここに来てからは大丈夫だったんだよ。もう怖い夢で怖がらなくてもいいって思ったの」
続けて言ったミチの言葉でイオリは少しだけ嬉しくなった。彼女がシュウジの存在に助けられていたように、彼もこの家にいることで心が休まっていたのが判ったからだ。
「でも、またこうなっちゃった」
ミチが沈んだ声で言った時、イオリは彼女に向かって微笑みかける。
「大丈夫。それじゃ、シュウちゃんを励ますためにおいしいものでも作ってあげよっか」
それは自分でも驚く一言だった。シュウジ達とは、あくまで同じ家で暮らしているだけであって、家族ではない。だが、これは本当の家族のような会話だった。
「ほんと?」
それを聞いたミチは嬉しそうな顔でイオリを見る。イオリはすぐに首を縦に振った。
こういった経緯があり、二人は今、外を歩いている。空から降り注ぐ陽光が心地いい。
「シュウちゃん、何作ったら喜んでくれるかな?」
シュウジからもらっていた小遣いを手に、ミチはイオリを見上げて聞く。イオリは普段の交換日記の内容を思い返して、彼の好みを探ろうとするが、食事の好みに関する情報はなかった。古本屋で読んだマンガの話か、桜の木や桜の花の話ばかりだ。
(好きな食べ物のことくらい書いておいてよ)
心の中で悪態をついた後、シュウジの食事風景について考えてみた。何が好きで何が嫌いなのか、そういう話をしたことはなかった。
さらに考えた結果、イオリの頭に妙案が浮かぶ。
「トーマス君に聞いてみようか。シュウちゃんと友達だったみたいだから、知ってるんじゃないかな」
「そうだね!」
そんな話をしている内に商店街に着いた。ここも他の様々な商店街と変わりなく、シャッターが下りている店舗が多い。半分近くは常時シャッターが下りている。
入口付近の店は右側も左側もシャッターが下りていた。左側のシャッターの前に見慣れない三人の男女の姿が見える。
三人の内、二人は男でどちらも同じような顔だった。少年と表現する方が正しい。上下デニムで、二人とも目深に帽子をかぶっている。一人は赤でもう一人は黒だ。
女は二十歳程度の年齢に見えた。白地に桜の花が描かれたブラウスに七分丈のパンツを合わせている。帽子から覗く髪は黒で胸の辺りまでの長さだった。表情のない冷たい顔をしている。
三人はイオリとミチをじっと見つめていた。不気味に思ったイオリは早く通り過ぎようとして脚早に進む。
すると、三人が二人の行く手を阻むように立ちふさがる。赤い帽子の男がイオリの手を引っ張った。
「痛い!」
「イオリお姉ちゃん!」
黒い帽子の男が下りていたシャッターを開ける。赤い帽子の男はイオリの手を引っ張ったまま、その中に連れ込んだ。ミチが彼女を追おうとすると、女はミチを軽く突き飛ばされた。軽く小突いた程度とは言っても、大人の力だ。ミチは尻餅を突き、目に涙を浮かべる。
「泣くんじゃないよ。あんたにはやってもらわなくちゃならないことがあるんだ」
女は乱暴な手つきでミチの手を引っ張るとその手に紙を握らせた。
「今すぐ園城シュウジにその手紙を届けなさい。そうすれば、あの女に手は出さないわ」
ミチは生まれたての小鹿のように震える脚で立ち上がると、泣きながら女に背を向けて走った。渡された紙は両手で強く握り締めている。
その様子は見た女の顔に初めて表情が生まれた。凍っていたものが一瞬で溶けてお湯になったように、緩みきったものに変わる。
「待ちわびた。待ちわびたわ、シュウジ!あんな女も訳の判らない女の子もいらないでしょ!?私が来たのよ、シュウジ!だから早く私の前に来て!」
商店街の入り口から叫ぶように言ったその女、小岩(こいわ)エミコは開いたシャッターの中に入っていった。

「おや、君もいたんだ。びっくりだよ!」
関係者しか近寄らぬエコーの隠れ家に入ったトーマスは、そこにいた人物を見て肩をすくめて大袈裟な声を出した。部屋の主であるローブを纏った仮面の少女、エコーの他に、ふわふわした雰囲気の少女、音無(おとなし)フミカがいた。
『あーっ!お前はこの前のザコBやな!』
そう言って叫んだのはフミカではない。フミカの右手で暴れるクマのハンドパペット、チャーリーだ。主はきょとんとした顔でトーマスの顔を見ている
「その憶え方はなんだよ、このクソクマ!僕は、常在戦場にして常勝無敗の男、トーマス・スターライトだぞ!BってことはシュウジがAか!」
『そうや!あの死んだ魚みたいな目をした男がザコAや!』
「この人、誰?」
「憶えてくれてないのかよ!」
トーマスが驚いた声で叫んでも、フミカは首を傾けたままだった。彼の顔をじっと見つめている。二つの黒い瞳に吸い込まれそうになったトーマスは助けを求めるようにしてエコーを見る。
「もう音無フミカと会っていたのか」
「この前、会ったのさ。また会えるとは思わなかったけどね」
振り返ったトーマスはフミカに対して、自分にできる最高にいい笑顔で微笑む。普通の女性であれば、どきりとするほどの微笑みだった。
「会ったっけ?」
「会ったってば!」
トーマスは頭を抱えた後、フミカとの意思の疎通を諦め、エコーに向き直る。
「今日は何の用だ。カードなら、この前、充分渡したはずだ」
「カードじゃない。聞きたいことがあって来たんだ」
そう言うトーマスの口調も顔も真剣そのものだった。数秒前とは違い、茶化すことも冗談を言うことも許されないような空気が流れる。その雰囲気を感じ取ったのか、フミカもチャーリーも言葉を発しない。
「何で、シュウジにカードを渡したんだい?」
彼は、彼に出せる精一杯の低い声を出して問い詰める。
「シュウジ自身がそれを望んだからだ。彼が“災害”に巻き込まれたあの日に、インスタントに襲われていた彼が、私に戦うための力を求めたから渡したんだ」
「シュウジは、ルールを知っているのかい?カードを得るためには……」
そこで言葉を切った彼は、横目でフミカを見る。彼女は静かに頷き、チャーリーが答えた。
『フミカもカードを得るためのルールは知っとる。蝋燭一本につき、寿命一ヶ月。つまり、一日の寿命を引き換えに二枚のカードを得られる。そして、一度、使ったカードは消えてしまう。それを承知でフミカも戦ってるんや』
「君はそうなのか」
ふわふわした少女が自分の命をすり減らして戦っていることに、トーマスは驚いた。よく考えたら、トーマスは彼女のことをまったく知らないのだ。彼女なりの事情があるのかもしれない。
「でも、シュウジは……!」
トーマスはエコーを睨みつける。仮面の少女は呆れたように溜息を吐いてトーマスに答える。
「寿命と引き換えにカードを得ることも彼は知っている。私はこのルールを知らない者にカードを与えたことは一度もない」
「だけど……、シュウジは巻き込まないで欲しいんだ」
反論の言葉を考えていたトーマスの口から、やっと出て来たのはその言葉だった。シュウジの意思を無視しているのも判る。だが、彼のことを心配しているトーマスは言わずにはいられなかった。
「シュウジの考えを無視することはできない。それより、上に行ってくれないか。ここを探っている者がいるようだ。数は二人。倒せたら、ボーナスをやろう」
「判ったよ」
はぐらかされたような気分を感じながら、トーマスは自分のボックスを持ち、部屋を出て上に向かう。フミカもそれに続いた。

自分を揺する振動に起こされたシュウジが見たのは、ミチの泣き顔だった。それにより、ただならぬものを感じた彼は、すぐに起き上がった。
「ミチ、どうしたんだ!?」
「シュウちゃん、イオリお姉ちゃんが捕まって……、これ……」
ミチは泣きじゃくりながらそれだけ説明すると、手に持っていた紙を渡す。聞きたいことがあったが、シュウジは紙を受け取ってそれを見た。そこに書かれていた内容を読む前に、その文字を見て彼は愕然とする。さらに、恐怖で体が震えた。
吹雪の中に放り込まれたように震えるシュウジは、勇気を出して手紙の内容を読む。
『久しぶりに遊ぼうよ。場所はここね。小岩エミコ』
それだけ書かれた文章と、商店街のシャッターが下りた店の手書きの地図が載っていた。シュウジも商店街に行ったことがあるので、場所は判る。
「小岩……、エミコ」
シュウジの脳裏に過去の記憶が蘇る。彼女もシュウジをつらい気持ちにさせた者の一人だ。思い出すだけで吐き気がこみ上げ、頭痛がする。
「シュウちゃん?」
ミチが心配するような声を出した。シュウジは無理矢理息を吐き出して自分を落ちつけようとした。ミチの頬に手を当てると
「大丈夫だ」
と、呟くように言う。
「イオリは連れて帰る。でも、もし、俺が帰ってこなかったらトーマスに電話をかけてくれないか?」
シュウジの言葉を聞いてミチは驚き、頬に当てられていた手に触れた。“災害”があったあの日以降、何度も触れたあたたかい手がそこにあった。それが離れていく。もう二度と会えないような恐怖がミチの脳裏を駆け巡った。
「待って!シュウちゃん!」
「行ってくる。必ずだ。必ず、イオリを連れて帰るからな」
シュウジはミチを安心させるように言うが、ミチは首を横に振った。それでも、シュウジはミチのために立ち止まることをしなかった。立ち上がると、部屋を出て行った。
「怖いよぉ……。すごく怖い……」
主のいなくなった部屋でミチは大声をあげて泣きじゃくる。家具が少なく広い部屋だけがその泣き声を聞いていた。

エミコが指定した商店街の一角はすぐに判った。いつもは閉まっているシャッターがこの時だけは開いていたのだ。シャッターがある位置にエミコが立っている。エミコはシュウジの姿を見つけると、嬉しそうに両手を広げた。
「シュウジ!久しぶりね!」
「クソッ!てめぇとは、二度と会いたくなかった」
舌打ちをしたシュウジは、周囲に警戒しながら一歩ずつゆっくりと足を踏み出す。ここに呼び出したのは、何かの罠を仕掛けているためだとしか思えない。いつ、どの方向から敵が来てもいいように気を配っている。
そんな様子を見て、エミコは口元に手を当ててくすりと笑った。
「何を警戒してるの?大丈夫だよ。邪魔な奴はいないって。こっちに来て」
エミコは手招きすると、店舗の跡地に入る。まだ警戒を解いていないシュウジは緊張した面持ちでその中に入った。
その中は、薄暗かった。外からの光のおかげでかろうじて、中の様子が判る程度だ。古びたコンクリートの地面も壁もひび割れている。中には棚のような店の名残を感じさせるようなものは一切なく、窓際に椅子があるだけだった。その椅子にイオリが縄で拘束されている。
「シュウちゃん!」
シュウジの存在に気付いたイオリが叫んだ。それを聞いた瞬間、隣に立っていたエミコが彼女の頬を叩く。
「気安く人の幼馴染の名前を呼ぶんじゃない!私のシュウジなの。判る?誰のものでもない。私のものなの!」
エミコはイオリの頭をつかみ、自分の方を向かせる。息使いが聞こえる程度まで顔を近づけてギラギラした目で彼女を睨みつけ、威嚇した。
「い……、イオリを離せよ。関係ないだろ、そいつは」
「声が震えてるよ」
シュウジの声を聞いたエミコは、彼に向けて笑顔を作る。シュウジはその笑顔を向けられたまま、動けずにいた。荒い呼吸を繰り返しながら、そこに固定されているように棒立ちになっている。
「そうだね。関係ないから、死んでもらっちゃおうか!」
楽しいことでも話すような口調で言い切り、イオリの頭に手を置くと、その体から黒い光が発せられる。エミコが一歩、横に動いた瞬間、イオリの肉体は滅亡時計に包まれた。一本しかない針が少しずつ動き出す。
「てめぇ!」
こうなると、怯えよりも怒りが勝つのか、シュウジはメッセンジャーバッグからカードが入ったボックスを取り出した。それを見たエミコは満足そうに笑い、自分の額に手を当てる。額にスリットが現れ、そこから四十枚の裏面が赤いデュエル・マスターズカードが出て来た。
二人の前に、それぞれ黒いテーブルが一台現れる。
『stand by』
シュウジのボックスからカードが飛び出し、空中で混ざり合うとテーブルの上に置かれた。そして、上のカード五枚が横に移動する。
『shield on』
ボックスから響く電子音声と共に、透明で見えないがそこにあることが判る不思議な壁、シールドが設置される。五枚のシールドのセットを終えたシュウジはシールドと同じ数のカードを引き、エミコを睨みつける。
「へぇ……、幼馴染に対してそんな目をするんだ」
「幼馴染なんかじゃねぇ!M市に移り住んだ中学の頃から一緒だったってだけだろ!」
「その前も何回かあってるから、幼馴染だよ。大事で大切な私だけの幼馴染。食べちゃいたいくらいかわいい私のシュウジ」
エミコは舌舐めずりをして彼を見た。その目つきを見た瞬間、シュウジは背筋に冷たいものを感じ、怒りは急激な勢いで冷凍されていく。
蛇に睨まれた蛙のようになったシュウジを見ながら、エミコは濡れた唇で言う。
「ねえ?始めるの?始めないの?」
それを聞いたシュウジは機械的な動作でカードを動かす。エミコもそれに対応して動いた。
「《シンカイタイフーン》を召喚する」
青い竜巻と共に、灰色の体の亀のようなクリーチャーが現れる。シュウジの最初のアクションは、墓地利用のためのクリーチャーの召喚だった。手札と山札が青い光に包まれる。彼はカードを引いて、手札から一枚を捨てた。
「ふーん、墓地を増やすんだ。それじゃ、お手伝いしてあげる!」
シュウジのアクションを見たエミコは自分の手札を確認してから一枚のカードを出す。すると、コンクリートの床がひび割れ、そこから水と共に女性型のクリーチャーが飛び出す。高いヒールを履き、髪を振り乱したそのクリーチャー《腐敗麗姫ベラ》がシュウジの山札を指すと、そこに向かって不気味な魚のような生命体が飛んでいった。二尾の生命体が一枚ずつシュウジの山札のカードに噛みつき、跳ねまわる。
「へぇ、《地獄門デス・ゲート》と《黒神龍グールジェネレイド》ね。それじゃ《デス・ゲート》を捨てるわ!」
魚はくわえていたカードを吐き出す。一枚は墓地に飛んでいき、もう一枚は山札の上に置かれた。それを見て《ベラ》は声を立てて笑い出した。
それを見てシュウジは何も言わない。引いた《グールジェネレイド》をマナに置き、《ボーンおどり・チャージャー》を使って墓地とマナを増やすだけだった。
「あー、怖い顔してる。じゃあ、こうしたらどうかな?」
黒い光と共に、エミコの二体目のクリーチャーが現れた。コートをベルトで固定しているような人型に近いシルエットのクリーチャーだった。両肩には火がついて溶けかけた蝋燭があり、背中から伸びた鎖の先には黒い口がついている。いくつもある黒い口はぶつぶつと何かを呟いていた。それがまるで呪いの言葉のように聞こえる。
「《虚構の影バトウ・ショルダー》。墓地の呪文の数だけ呪文のコストを増やすクリーチャーよ。もしかして、呪文を使おうと思ってた?残念ね」
「うるせぇよ」
舌打ちと共に、シュウジは一体のクリーチャーを召喚する。腐敗して、今にも崩れ落ちてしまいそうな姿の黒い龍《黒神龍ギランド》だった。一度のバトルで破壊されてしまうが、今のシュウジの墓地には《グールジェネレイド》が一枚置かれているので、破壊されることには何の問題もない。
「ふふっ、怖いなぁ。でも、大丈夫。手札があれば何とかできそうだもの。召喚!」
水流と共に一つ目の水で出来た子供のクリーチャーが現れる。《セブ・コアクマン》だ。《セブ・コアクマン》は長い腕をエミコの山札に向かって伸ばす。青い光に包まれたエミコの山札の上のカード、三枚を見て、一枚を墓地に捨て、二枚を主に差し出した。
「いい子でしょ?これで闇文明のカード、二枚をゲットしちゃった」
余裕めいた表情のエミコとは違い、シュウジの表情は今も険しい。カードを引くとテーブルに叩きつけるようにして出す。
「うるせぇ。これで終わらせてやる!《黒神龍アバヨ・シャバヨ》召喚!」
ひび割れから噴き出した黒い煙と共に、体の一部を鎖や銀色のリングで拘束した黒い龍が現れる。《黒神龍アバヨ・シャバヨ》は悲痛な叫びと共に爆発する。首から下げていた銀色の剣は《ベラ》に向かって飛び、その体を貫いた。
「まず、一体。そして、俺の墓地が動きだす!」
《アバヨ・シャバヨ》が破壊された場所が動きだし、黒い影が飛び出す。その影は龍の姿を形作り、エミコのシールドを睨みつけた。種族にドラゴンを持つ《アバヨ・シャバヨ》が破壊されたので《グールジェネレイド》が飛び出して来たのだ。
「これで俺の場には、W・ブレイカーが二体。一気に攻め落とす!」
シュウジの掛け声に呼応して《ギランド》が動く。腐った肉片を周囲にまき散らしながら移動し、体当たりでエミコのシールド二枚を粉砕していった。
「あーあ、つまらない。やる気になったシュウジなんか見てても面白くないよ」
不満そうに言った彼女が破られたシールドのカードに触れた時、そのカードが青い光を発する。それをめくった時、《グールジェネレイド》の体が水流に包まれた。大量の水に吸い込まれた《グールジェネレイド》は水の中に溶けて消えていった。
「シールド・トリガー《スパイラル・ゲート》。墓地じゃなくて手札なら怖くないよね?大丈夫。《ギランド》もちゃんとやっつけてあげる」
攻めるチャンスだと思っていたシュウジは、この逆転を見て唖然としている。それを見たエミコはまた笑った。
「うん、いい!やっぱり、シュウジはそういう顔をしている方がいいよ!そうやって抵抗できずに途方に暮れているシュウジの顔、好きだな!そういう顔をしたシュウジのこと、私はちゃんと守ってあげる」
狂気を孕んだ笑みだった。麻薬のような邪悪さと花のような微笑みを浮かべ、エミコはカードを引いた。

隠れ家の上にある公園に立ったトーマスとフミカは、全く同じ姿をした二人の男を見つけた。帽子の色だけが違う。商店街でエミコと共に行動していたのと同じ少年だ。
赤い帽子の少年が近くのベンチを指す。そこには一人の女性が倒れていた。トーマスはその姿に見覚えがある。
「あれは、この前の刑事さん!」
倒れているのがクミコだと気付いた瞬間、その体は黒い光に包まれる。彼女の姿は滅亡時計によって拘束された。
「命令なんだ。俺達と戦ってもらう」
赤い帽子の少年はそう言うと、自分の前に現れた黒いテーブルに自分のデッキを置いた。
「僕はあなたを足止めします」
青い帽子の少年はフミカの前に達、黒いテーブルの上にデッキを置いた。
「命令って何だろうね?この前のコガネって奴かな?」
「よく判らないけど、あの人、助けます」
『stand by』
トーマスとフミカの前にも黒いテーブルが現れる。ステッカーが大量に貼られたトーマスのボックスとワニのぬいぐるみのような形のフミカのポシェットからカードが飛び出し、空中でシャッフルされる。
『shield on』
ボックスから響く電子音声と共に、上のカード五枚がスライドして動き、透明な壁シールドに力を与えた。フミカは頭の上にチャーリーを乗せ、ヘッドホンで彼を固定してカードを引く。トーマスも同じように五枚のカードを引いた。
「まずは俺達からだ!《熱湯グレンニャー》召喚!」
「《腐敗電脳メルニア》を召喚します」
先に動いたのは帽子の少年達だった。赤い帽子の少年は赤と青の体色のクリーチャー《熱湯グレンニャー》を召喚し、カードを引く。黒い帽子の少年の場には紫色の体色でナイフを持った人型のクリーチャー《腐敗電脳メルニア》を召喚して威嚇する。
「速いデッキだな。だけど、僕は自分のペースで行くよ!」
既に攻撃可能なクリーチャーを出した赤い帽子の少年を見ながらトーマスは一枚のカードを場に出す。地中からたくさんの芽が吹き出すビジョンと共にトーマスの山札が緑色の光を発した。彼は山札の上のカードをつかむと、マナゾーンに置く。
「《フェアリー・ライフ》さ。マナを増やして、僕のお星様の出番を待つ!」
『こっちのお星様はもう出る準備は出来てるで!フミカ!』
「うん!」
チャーリーの声に返事をして、フミカは最初のクリーチャーを召喚する。虎のような縞模様の服装で、右腕に機関銃を取りつけた人型クリーチャー《無頼勇騎タイガ》だ。《タイガ》は黒い帽子の少年のシールドを右腕の機関銃で狙い撃つ。
『先制攻撃や!先制って言っても、学校の先生とはちゃうで!』
「コガネの情報通りだ。予想以上に素早いですね」
黒い帽子の少年は表情のない顔でそう言うと、カードを引いた。コガネの名を聞いたフミカはトーマスを見る。その目の言うことを理解したトーマスは頷いた。
「よく判らないけど、コガネって奴は僕らをやっつけるために本気を出して来たみたいだね。もしかしたら、シュウジも危ないかもしれない。早くやっつけるよ!」
トーマスは自分の中にあるほんの少しの焦りを自覚しながら相手を見た。赤い帽子の少年は不敵な笑みを浮かべながらカードを引く。
(間に合ってくれよ、シュウジ……!)

シュウジの手札にあるカードが宙を舞った。それを見たエミコが声を上げて笑う。
「どう?見た?これが私の切り札《デビル・マーシャル》の力だよ!」
エミコの場にいる赤いマントを纏った悪魔の神官《邪悪の魔黒デビル・マーシャル》によってシュウジは追い詰められていた。
シールドの数がゼロのエミコに対し、シュウジのシールドは一枚。その数では勝っている。だが、クリーチャーの数が違った。切り札の《デビル・マーシャル》とブロッカーの《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》を出しているエミコに対し、シュウジのクリーチャーはゼロ。墓地に《グールジェネレイド》があるわけでもないので、何らかの方法で一気にクリーチャーを増やすこともできない。さらに、《デビル・マーシャル》の効果で手札も失っていた。効果的にカードを使って手札を減らしたエミコとの差は大きかった。
「ほら、手札がなかったら何もできない!無様よね。その顔、見ていてそそるわぁ!」
「黙ってろ!手札がなかったら引けばいいだけだ!」
追い詰められた獣のような表情で吠えたシュウジは引っ手繰るようにしてカードを引く。溜息を吐いた後、その呪文を使った。
「《ブレイン・チャージャー》だ。これで、何か……」
それによってシュウジは新たに一枚のカードを引く。そして、チャージャーの効果によってマナも増えた。使えるようになったマナ、四枚をタップして《アバヨ・シャバヨ》を呼び出し、自爆させた。
「お前のシールドはゼロだ。どうする。ブロッカーの《ブラッディ・シャドウ》を殺したら、お前を守る壁がなくなるぜ!」
《シャバヨ》の忘れ形見の銀色の剣は、エミコのクリーチャーの前で止まった。剣の先が《ブラッディ・シャドウ》と《デビル・マーシャル》の間で揺れる。
(頼む……。頼むから《デビル・マーシャル》を選んでくれ……。攻撃クリーチャーさえいなくなればまだ俺にも勝機が……)
シュウジは祈るような気持ちでエミコを見ていた。もちろん、顔には出さない。心の奥底で《デビル・マーシャル》を選ぶことを願っていた。
「そうだよね。一度攻撃されたら、終わりだものね」
エミコの目が《デビル・マーシャル》を見た。シュウジは、静かに息を吐いた。
「でも……、そんなことしない」
彼女の左手が《ブラッディ・シャドウ》のカードをつかみ、投げ捨てる。すると、《ブラッディ・シャドウ》は自ら剣に突っ込み、自害した。
「な……!」
その選択にシュウジは目を見開いて驚く。悪魔的なバランスの微笑を浮かべたエミコは、歌でも唄うような優雅さで解説をした。
「だって、誘導が見え見えなんだもの。それに、幼馴染だから心の表情が見えるの。そんなに《デビル・マーシャル》を選んで欲しかった?でも、選ばないでしょ?シュウジのクリーチャーが出てから攻撃するまでに1ターンはかかる。その間にまたブロッカーを出せばいいだけの話。だから、攻撃できる《デビル・マーシャル》を選ぶなんて絶対にありえないの」
それを聞いたシュウジは肩を落とし、うつむいた。勝利へのビジョンを潰され、目の前が真っ暗になった彼の耳に、エミコの歪んだ笑い声が突き刺さる。
「ほら、行くよ!《セブ・コアクマン》を召喚!これでカードを二枚手札に!しかも、その内の一枚は《光牙忍ハヤブサマル》だよ!これで私が負けるわけない!防御も充分!やっちゃえ、《デビル・マーシャル》!」
《デビル・マーシャル》が動き、最後のシールドに拳を突き立てる。
『break』
シールドのブレイクを告げる電子音声と共に、最後の壁は破られた。それはシールド・トリガーではない。
「諦めちゃった?でも、それでいいんだよ」
エミコは顔を変形させるほどの狂気に満ちた笑いを止め、穏やかな笑顔で聖母のような声で語りかける。
「シュウジは何もできなくてもいい。どこにいても何もできない人だけれど、大丈夫。私がちゃんと見守ってあげる。駄目なあなたのことを大事にしてあげる。滅亡時計を使って新しい命をもらったら、シュウジも同じようにインスタントにして蘇らせてあげる。ほら、見てよ」
自分の背後にある滅亡時計の文字盤を指した。時計の針はもう円の四分の三を過ぎた。一番上までもう少しだ。
「もうすぐ私は生まれ変わる。二人とも新しい命を貰ったら、幸せだよね。そしたら、二人で結婚しよ?私、あなたのために何でもしてあげるから」
「違う!」
滅亡時計の中から叩くような音と共に、イオリの声が聞こえた。それを聞いたエミコは不機嫌そうな顔で舌打ちをする。
「何の用?死ぬまでじっとしててよ」
「あなたの言ってることは目茶苦茶だよ!シュウちゃんに優しい言葉をかけてるつもりかもしれないけど、そんなの優しさなんかじゃない!本当に好きだったら、そんなひどいことは言わない」
エミコは口の端を震えさせると握った拳を滅亡時計に向かって叩きつける。硬い物を叩いた音と共に、彼女は叫んだ。
「黙ってろ、この泥棒猫が!私のシュウジなの!私のものなの!私のものにするために手足をもいだっていいの!シュウジ、シュウジ、シュウジ!ずっと大好きなの!絶対、誰にも渡さない!私のやり方で愛してあげる!だから、一緒にする!そして、一緒になるの!二人で新しい命を貰って新しい家族を作るの!世界中の誰よりも素晴らしくて幸せで完璧な私達二人の家族!お前は地獄でそれを見ていればいいのよ!」
血走った目で吠え続ける。彼女は何度も滅亡時計を叩き、その度に喉の奥から狂った想いがほとばしる。
「シュウちゃんと家族になりたいの?」
穏やかな声でイオリが聞いた。それを聞いてエミコは鼻で笑う。
「そうよ!羨ましいでしょ!」
「あなたはシュウちゃんと家族にならない方がいいと思う」
「嫉妬?もう死んじゃうあんたが、これから生き続ける私に嫉妬して言ってるんでしょ?」
「そうじゃないよ。あたしだったら、好きな人にそんなひどいことは言えない。家族になろうと思ってる人に対して言う言葉じゃないよ」
「黙れ!」
エミコは力を込めて滅亡時計を殴りつける。その手には血がにじんでいた。
「家族って言ったな……」
息を吐くような声を聞いて、エミコはシュウジを見た。彼の瞳は鋭い光を放ちながら彼女を睨みつけている。恐怖と怒りの感情の中で怒りが打ち勝っていた。
「どいつもこいつも俺の一番嫌いな言葉を使いやがって。でも、これではっきりしたことがある」
シュウジはエミコを指す。その指先を見たエミコは震えていた。これから続く言葉が自分にとって受け入れがたい言葉だと判るからだ。
「エミコ、俺はお前が嫌いだ。お前もM市の他の人間と同じように俺を負け犬呼ばわりした。俺の味方はしてくれなかった」
「だって、それはシュウジを愛していたからだよ!何もできないシュウジを守ってあげられるのは私だけだって!」
「傷ついた人間に罵声を浴びせてさらに傷つけるのが守るってことなのか?違うな。少なくともそれは家族になろうとする人間にすることじゃねぇ。俺はそんなことしねぇし、する奴を家族にする気もねぇ」
シュウジが淡々と告げる言葉を聞いてエミコは涙を流していた。拒絶の意思を感じて、怯え、震えている。
「そんなひどいこと言わないで!シュウジの口からそんな言葉聞きたくないよ!」
「ひどいことを言うな、だと?その言葉、そっくりそのまま返すぜ!」
「うわあああぁっ!シュウジ!」
エミコはカードを持ったまま、両手で顔を覆う。大量の涙が指の間から漏れた。
「だけど、だけど……っ!無駄だよ!無駄なんだよ、シュウジ!今から何をしてもシュウジが勝てる訳ないもの!クリーチャーもいない!もし、進化クリーチャーを出してもニンジャ・ストライクのブロッカーが手札にあるもの!もういい!このまま、何もできない屍に変えて、ずっと私のものにする!ずっと私が世話してあげる」
「そんなのは、死んでも御免だぜ」
シュウジは祈るような気持ちでカードを引いた。薄い紙すら吹き飛ばせないような小さな息を吐き、裏面のままそれをエミコに見せる。
「生きることに執着なんかねぇが、まだ俺は死ななくていいらしいな。この一枚でお前を葬る」
「できっこないって!」
「できないかできるか、決めるのは俺自身だ!召喚!」
シュウジが置いたカードが黒い輝きを発する。同時にコンクリートの床に真っ黒な魔法陣が現れた。
「《シャバヨ》!《ギランド》!出番だぜ!」
シュウジの墓地も同じような黒い光を発した。実体を持った《シャバヨ》二体と《ギランド》が墓地から飛び出して、魔法陣に飛び込んでいく。男のものらしい低い笑い声が部屋の中に響き、朱色のマントで身を隠した漆黒の悪鬼が魔法陣から飛び出す。そのクリーチャーはマントを広げると、両手に持った銃と剣が一体化した武器をエミコに向けた。歯をむき出しにした口元からは低い笑い声が、胸にある龍の口からは雄叫びが響いていた。
そのクリーチャーの存在を見てしまったエミコは泣くのをやめ、怯えた顔をしていた。
「な、なんなの?なんのよぉ、それはぁ!」
「《大邪眼B(ビギニング)・ロマノフ》。俺の切り札の一つだ。墓地進化のクリーチャーだから、召喚と同時に攻撃ができる」
それを聞いたエミコは乾いた声で笑う。絶望の中に一つの希望を見出した気分だった。
「大丈夫!だって言ったでしょ!私の手札には、《ハヤブサマル》があるもの!ニンジャ・ストライクのブロッカーがあれば、バトルゾーンにブロッカーがいなくても防御が――」
エミコが自慢するような表情で自分の手札を裏向きにしたまま、見せた時、持っていた全てのカード三枚が銃弾によって弾き飛ばされていた。《大邪眼B・ロマノフ》の銃剣から硝煙が上がっている。
「え……?」
「《B・ロマノフ》が攻撃する時、進化元を墓地に送ることで相手の手札を捨て山札の下に叩きこむ。頼みの綱の《ハヤブサマル》もこれで消えたぜ」
《B・ロマノフ》とシュウジは氷のような冷たい瞳でエミコを見た。
「さあ、汚ねぇ花、散らせよ!」
《B・ロマノフ》が床を蹴って飛び、エミコに近づく。その体を蹴りあげると天井に叩きつけた。その体が落ちるよりも先に再び跳躍。両の手に持っていた銃剣の切っ先をエミコごと天井に突き刺して固定する。
「ストップだ!《B・ロマノフ》!そいつにはまだ聞かなくちゃならないことがある!」
《B・ロマノフ》がトリガーに指をかけようとした瞬間、主の声が響いた。シュウジは天井に固定されたエミコを見上げる。
「エミコ。俺はどうしても気になっていたことがある。一つだけ教えろ」
「何……?」
敗北して弱り切ったエミコは抵抗しない。弱々しい声でシュウジに反応した。
「M市を“災害”が襲ったあの日、おふくろを殺したのはお前か?」
真剣な声だった。彼の言葉以外の全ての音がかき消される。しばしの静寂の後、エミコは狂ったように笑い出した。
「あはは!最後に何を聞くかと思ったら私のことじゃないんだね!」
「質問に答えろ!」
シュウジの恫喝を聞いてエミコは大人しくなった。目を閉じて口を開く。
「いいよ。最後だもん。嘘は言わない。本当のことを教えてあげる。それは私じゃない」
「……っ!」
それが予想外の回答だったのか、シュウジは目を見開き、数歩下がった。肩で息をして髪をかきむしった。
「あの日、私がシュウジの家に行った時にはおばさんは死んでいた。それが私が見た真相だよ。嘘は言ってない」
「判った……」
まだ動揺しているシュウジはエミコに向かって手を伸ばした。《B・ロマノフ》はそれを合図と見て、トリガーに指をかける。
「じゃあね、シュウジ!地獄でずっと待ってる!今度こそ、一緒になろうね!」
《B・ロマノフ》は何度もトリガーを引いた。一発撃つごとに、エミコの体が跳ね上がり、天井に頭をぶつける。銃声と狂った笑い声が混ざり合い、奇妙な合唱が続く中、シュウジは何かを拒絶するようにその場に座り込んで下を見ていた。
『complete』
対戦の終了を終える電子音声が聞こえてもシュウジは動かない。イオリが彼の前に立った時、初めて顔を上げた。心配そうな目つきをした少女が眼前に立っている。
「怖いの?震えてるよ」
シュウジはそれに答えない。弱々しい顔で彼女を見ただけだった。
もう一度、イオリがシュウジに話しかけようとした時、部屋の隅で携帯電話が鳴った。鮮やかなパールピンクの女性らしい色使いのものだ。イオリはそれを取り、画面を見る。そこには『コガネ』という名前と電話番号が映っていた。
「もしもし」
『その声はエミコじゃないね。まあいいや。シュウジ君に代わってよ』
イオリは心配した表情でシュウジを見た。彼は「大丈夫だ」と言ってイオリに近づく。彼女は彼に携帯電話を渡した。
『やあ、園城シュウジ君!しぶとく生き残っているみたいだね!この日比野(ひびの)コガネ様と通話できるのを光栄に思いなさいよね』
耳元から聞こえる声がシュウジの神経を覚醒させた。早鐘を打つ心臓の鼓動。濁流のように血液が高速で循環する。
『何も言わなくてもいいから、僕の話を聞いていてもらうよ。この前、生き残ったら君の質問に答えてあげるって約束したからね。まさか、エミコまで倒しちゃうとは思わなかったな。幼馴染も殺せるなんて、君って本当に最高で最悪な冷酷冷血殺人鬼だね、はっはっは!』
癇に障る声だった。それでも、シュウジは何も言い返さずにコガネの言葉の続きを待つ。
『君は僕が色々な人をインスタントにしたかって聞いたね。その通りだよ。答えはイエスさ。君が住んでいたU県M市に滅亡時計を作って多くの人を葬ってインスタントにしてやったのは僕さ』
元凶がいた。この携帯電話の向こうに宿敵がいる。野生の獣のように荒い息を吐き、怒りに震えながら相手にかける言葉を考える。それよりも先にコガネが話した。
『君はどうしてインスタントにならないんだろうね?気になるから僕が指定する場所に来てよ!嫌とは言わせない。滅亡時計を作って待っているからね!』
一方的な通話を終えると、メールが送られてくる。そのメールにはコガネが指定する場所の地図情報が付属されていた。
「どんな電話だったの?」
見守っていたイオリが口を開いた。シュウジは深呼吸して気持ちを整えながら、イオリを見ずに答える。
「M市を滅ぼしやがった俺達の宿敵からだ。今から、そいつを倒してくる」

第五話 終

次回予告
滅亡時計を使ってM市の“災害”を引き起こした黒幕、日比野コガネ。挑発に乗ったシュウジは彼との一騎打ちを決意する。
あの日、あの場所で何が合ったのか明らかになり、一つの戦いが終わりを告げる。
第六話 昨日と明日
それは、彼らがつづった日々の物語。
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