スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『DAYS』 第六話 昨日と明日

DAYS

「M市を滅ぼしやがった俺達の宿敵からだ。今から、そいつを倒してくる」
そう言い放つシュウジの顔は、イオリが今まで見たことがない険しい表情をしていた。持っていた携帯電話を持つ手にも力がこもり、握り潰してしまいそうだった。
彼はイオリに背を向けるとその場から去ろうとする。
「待って!」
イオリはその背中に声をかけていた。もし、立ち止まったとしても、何を言えばいいのか判らない。だが、その背中を見た時、不意にそんな言葉が口から飛び出た。
「何だよ?」
立ち止まったシュウジは顔を向けずにイオリに問う。
「聞きたいことがたくさんあるの。家族っていう言葉が嫌いなのは、シュウちゃんの家族に関係があることなの?それに、“災害”があったあの日、シュウちゃんの家では何があったの?」
「お前には関係ねぇだろ?」
「関係あるよ!」
そう言ってイオリはシュウジの背中に抱きつく。これには不意をつかれ、歩き出していた彼は歩みを止めた。
「だって……、私達は家族だよ」
「俺はそう思ったことはない」
「あたしはそう思ってる。シュウちゃんも、ミチちゃんも、トーマス君も大事な家族だって」
「それに、俺の嫌いな言葉だ」
「これから好きになってもらう。あたしががんばって好きにさせてみせる。だから、話して。もし、少しでもあたしを大切だと思ってくれるなら」
しばらく沈黙が続いた。イオリからシュウジの表情を見ることはできない。覗きこもうとすればそれは可能なのかもしれなかった。だが、その勇気がなかった。
「判ったよ」
諦めたような口調でシュウジが言った。
「今から、お前に教えてやる。俺の最低の家族のこと。それと、あの日、何があったのか。俺が見たM市の“災害”について話そう」

第六話 昨日と明日
それは去年の秋のことだった。夏の名残とも言える残暑の気配も消え、少しずつ気温が低くなっていた。シュウジの住んでいる地方では、半袖ではなく長袖を着る人の数が急激に増えていき、温かい食べ物が恋しくなっていた。
その頃のシュウジは、アルバイトを辞めてきたばかりだった。大学を中退してから、地元で三件のアルバイトをしたが、どれも続けられなかった。元々この地方の出身ではないシュウジに向けられる余所者意識が伝わってきて職場にはいづらい雰囲気だった。「お前は余所者なのだ」という他人からの無言の圧力は、ねちっこくまとわりついてくる。
隣に住んでいる小岩エミコだけは違った。彼女は、母親の里帰りの時に数回会っているし、こちらに住んでからはシュウジとよく話をしている。
「やっぱり、シュウジは私がいないと駄目ね」
この言葉も幼馴染のエミコが発するとシュウジを心配しているように見える。だが、シュウジはその裏にある感情に気付いていた。その言葉を発する時のエミコの目は確かな優越感を憶えていた。シュウジが大学進学のために上京した時やアルバイトを始めた時は不機嫌になり、大学を中退したりアルバイトを辞めたりした時は機嫌がよくなった。シュウジの世話をするということで優しい自分を演じ、シュウジが手元から離れそうになるとそれに怯えているのだ。
二階にある自分の部屋でシュウジは父親の声を聞いていた。彼はシュウジが家族という言葉を嫌いになる原因を作った男だ。
「あの馬鹿がアルバイトすらできないのは、お前のせいだ!お前の教育が悪かったからなんだ!」
母に向かって言っていた。二階でもはっきりと聞こえる怒鳴り声だった。近所の家の住人も同じようにこの罵声を聞いているに違いない。シュウジは安普請の家の防音構造を呪った。
父親は元々、教職についていた。問題を起こして辞職することになったのが、八年前だ。教師を辞めるほどの問題だ。当然、桜庭一家は逃げるようにして東京を去り、小学校を卒業したばかりのシュウジは本来、通うはずだった中学ではなく引っ越し先の中学校に通うことになった。
M市に移り住んでから、父親は駄目な人間になっていった。引っ越した直後は、再起のために行動をしていたが、うまくいかなかった。東京で起こした問題が噂として広まっていったからだ。
人が持つ好奇心は、時に、毒液のように様々なものを侵食して人を傷つける。まともではない人間という目で見られた父親に再起のチャンスはなかった。心は折れ、周囲が噂をする通りのまともではない人間になっていった。母親が働いた金で酒を飲むようになり、シュウジの教育が悪いと怒鳴るようになった。
この頃から、シュウジは父親を憎んでいた。殺意を抱いていたと言ってもいい。父親は東京にあった自分の居場所を奪い、母親を傷つけ続ける最低の人間として彼の目に映った。小学生の頃は父を尊敬していただけに、余計に憎く思えた。
薄い布団を頭からかぶり、体に伝わる情報のシャットダウンを試みる。だが、一枚の布団が加わったところで、怒鳴り声や音や振動から完全に逃れる術はない。嵐が過ぎるのを待つようにじっとしていながらシュウジは呟いた。
「殺してやる」
小さな声だった。だが、彼にはそれが部屋中に響き渡ったように感じた。彼は家の中全てにその呪いの言葉が浸透するように祈っていた。
怒りや敵意をこめたその瞳は虚空を睨みつけている。父親に手をかけない理由が自分でもよく判らない。殺意は今でも自分の体のコントロールを奪いそうなほどに溢れていた。
下から怒りに満ちた怒鳴り声と共に、非常に大きな音がした。何かを強くぶつけるような音だった。それと共に、一瞬、父親の声が止まった。
「おじさん、どうかしたんですかー?」
ドアが開き、隣にいるエミコの声が聞こえて来た。シュウジは帰れと祈り、口の中で小さく呟き続けた。近所だからという理由で、家族のことに首を突っ込む彼女の無神経さが嫌いだった。エミコの家は大きな問題を抱えていないように見える。そんな彼女が家に来る時、シュウジは“父親”という問題を抱えていることに劣等感を覚えるのだ。
「これは……っ!」
エミコの驚いた声を聞いた時、シュウジは一瞬、気が遠くなるのを感じた。気を失ってしまったのかもしれない。
それがどれくらいの間だったのか、憶えていない。長くはなかったように感じる。しかし、本能的に何かが変わったのを感じていた。
まず、音が消えたのを感じた。生き物が生活する上で色々な音が空気の中に満ち溢れる。そういった生活の音が全て消えていた。不気味なほどの静けさがシュウジに覆いかぶさる。さっきまで父親やエミコの発する声や音が煩わしく感じていたはずだった。今は静寂に恐怖を感じる。
耳が聞こえなくなったのかと思い、枕を叩く。気の抜けた柔らかい音が耳に届いた時、少しだけ安心した。
シュウジは左胸に手を当てて、部屋を出る。手で押さえていないと、過度の緊張による激しい鼓動を繰り返す心臓が骨や皮膚を突き破って外に飛び出してしまいそうだった。静寂が与える刺激によってこんなに緊張をするとは思わなかった。
いや、静寂だけではない。よく判らない恐怖が内側からシュウジの心を侵食している。
廊下に出たシュウジは震える足で階段を下りる。慣れた階段のはずなのに、怖く感じた。足の震えはどうやっても止められないもので、踏み外さないようにするために神経を集中していた。一階まで下りた時、大きな呼吸をし、額にかいた汗を拭うほどだった。
シュウジは廊下の奥にあるリビングを見た。ドアは開いていて、投げ出された母の足が見える。その時、彼の頭は何かが切れるのを感じた。怒りで頭の中が真っ赤に染まったのではない。何かを失ったことを理解して、絶望したのだ。涙を流してしまいそうだった。それでも、心の一部でそれを否定してリビングに向かう。さっきまで震えていたとは思えないほど動きが速い。
「……あ、あぁ」
床に寝転がっている母親を見た時、阿呆のように口を開けていた。そこに父親がいたら、「そんな風に口を馬鹿みたいに開けているんじゃない!」と、顔を真っ赤にして怒鳴っていただろう。その時は父親がそこにいなかったので怒鳴られる心配はなかった。
見ただけで判った。母は事切れていた。
それを理解した時、シュウジの感情は完全に暴走した。よく判らない言葉を叫び、周囲を睨み、犯人を探した。家の中を隅から隅まで走った。その時のシュウジの中で轟く感情は怒りや敵意や殺意といった簡単な言葉で表せるものではなく、衝動的なものだった。突き動かす感情と勢いだけで動いていたシュウジは、家の中に誰もいないことが判ると外に出た。
外にも音がなかった。
それに気付いた時、シュウジは少し冷静になった。自分の足音以外、何故、何も聞こえないのか疑問に思える程度には感情という暴れ馬を押さえつけることができた。
人間が一人もいない。野良猫すら見かけなかった。何かがおかしいと思ったシュウジはそのまま、町の中を歩き続けた。
二十分ほど歩いても、誰も見かけなかった。誰もが家の中に隠れていると思い、コンビニに行ったが、そこに店員はいなかった。
「なんだよ、サボりかよ……。誰もいなかったら盗み放題じゃねぇか」
乾いた声だった。声も震えが止まらない。
そうやって彷徨っていると、町外れに来た。そこには、一人の女の子が座って泣いていた。やっと人に巡り合えた。その感動と同時に煩わしさを感じた。
シュウジは、人と話すのが苦手だ。泣いている子供にどう接すればいいのか、判らない。助けを求めるように周囲を見回したが、誰もいない。子供の親がいる気配すらなかった。
「誰かいないのかよ!」
その声に答える者はない。シュウジも判っていたはずだった。
「誰か!」
それでも、震える声で叫ぶ。女の子の涙は止まらない。困ったシュウジは舌打ちすると女の子に近づく。座り込んで目線を合わせるとぶっきら棒な口調で聞いた。
「どうしたんだ?」
その言葉はこの状況に対して言っていたのかもしれない。人が消えた世界と母親の死。狂いたくなるような現実に「どうした?」と問いかけたかった。

「それがミチだ。その“災害”の日におふくろは死んで、町から人が消えた。俺とミチだけが残っていた理由は判らない」
イオリはシュウジが語った出来事に無言で聞き入っていた。
「それから俺は家に戻って旅に出る準備をした。最初はミチの両親を探す旅をしていた。だけど、見つからなかった。それでも、五ヶ月くらい近くの町で探し続けたけれど、見つからなかった。その後、俺はスポンサーに言われて東京を目指して旅をしながらインスタントを倒していった」
「スポンサー?」
「俺にカードを与えた女だよ。何を考えているのかよく判らねぇが、インスタントを倒せば倒した数に応じて金をくれるからな。俺はそれで生活していた」
それは、シュウジにとってもミチにとっても辛く悲しい生活だったに違いない。それを想像するだけで、イオリの目に涙が溢れて来た。
シュウジはそっと彼女の手に触れた。その感触がイオリを現実に引き戻す。
「もういいだろ?俺は奴を倒しに行く」
「行っちゃダメ!」
自分でも驚くほど大きな声だった。そして、自分の主張を強調するようにシュウジの体を強く抱きしめる。
「何でだよ。あいつはM市を滅ぼした奴だ。お前の伯父さんの仇でもあるんだぜ?」
「でも、今、シュウちゃんが行ったら二度と……、二度と会えなくなる気がする!だから、待って!行かないで!」
「急がないと大変なことになる。それは聞けねぇよ」
シュウジはイオリの腕を振り払って進み始めた。それを見たイオリは歩き出す。シュウジの横に並んだ。
「何だよ?」
「行くんだったら、あたしもついていく。それくらいはいいでしょ?」
「勝手にしろよ」
シュウジはイオリの顔を見ることなく、吐き捨てるように呟いた。

「やれやれ。ここまで追い詰められるとは思わなかった。君ってコガネって奴の部下の中では強い方なのかな?」
トーマスは大袈裟な仕草で両肩を上げながら赤い帽子の少年を見る。
彼が出した進化クリーチャー《永遠のジャック・ヴァルディ》によってクリーチャーは破壊され、速攻によってシールドは叩き割られた。クリーチャーもシールドもゼロという不利な状況にも関わらず、芝居がかったその仕草には余裕すら感じられる。
「それ聞いて何になるんだ?もうお前は終わりなんだぜ?」
彼の場には《ジャック・ヴァルディ》の他に、ブロックされない《封魔ハリセンモン》がいる。今からブロッカーを並べても間に合わないだろう。彼が言うように、終わりに近い状況だった。
「でも、問題なさそう。だって君は手札ないし、ブロッカーもシールドもない。ここでクリーチャーを出して殴れば勝てるんだもの」
「は?何言ってんだ?お前はシールドもクリーチャーもなし!マナのカードだって五枚じゃないか!それで勝てるかよ!」
「確かに、シールドがないのは僕も同じさ。だからいい!これがいいんだよ!このチャンスを待っていたんだ!」
そう言ったトーマスは持っていたカードを扇子のように広げて顔に持っていく。そこから一枚を選び、マナをタップせずに場に出した。それと同時に金色の光と共にクリーチャーが現れる。
例えるなら、天使であり女神。数多の手で様々な命を救い、様々な罪人を断つような機械の女神像とも言える。
「なんだよ、それは……」
光に目が慣れてきた黒い帽子の少年は、異常な事態を見て呟いた。それに対してトーマスが答える。
「綺麗な女神様だろう?《光姫聖霊ガブリエラ》っていう名前なんだ」
「クリーチャーの名前を聞いているんじゃない!何で、コストを支払わずにクリーチャーが出ているんだ!」
「G・ゼロさ。条件を満たした時に、ノーコストで出せる能力だよ。《ガブリエラ》の条件は自分のシールドがないこと。これを満たしていれば、僕の《ガブリエラ》のコストは羽毛のように軽くなる!そして……、追撃だ!」
トーマスは《ガブリエラ》のカードに一枚のカードを重ねる。《ガブリエラ》の肉体が金色の光に包まれた後、玉のような形に変化する。その玉を中心にして、空からスマートなシルエットの鎧が集まってくる。人型に鎧が形成された時、白い翼が広がり、両目が青く光った。
「さあ、行くよ!僕の一番星!《聖霊王エルフェウス》!」
《聖霊王エルフェウス》は一度、公園の地面を蹴ると黒い帽子の少年に向かって跳躍し、翼を広げて加速した。
「これが僕のお星様《エルフェウス》さ。今はその真の力を活かせないけれど、贅沢は言わない。進化クリーチャーだから、召喚酔いせずに攻撃できる!」
《エルフェウス》の足が黒い帽子の少年を空中へと蹴りあげる。蹴飛ばされた箇所から黒い炎に包まれながら少年の肉体は霧散していった。
『complete』
ボックスの発する電子音声を聞いたトーマスの前で、彼が使ったカードが黒い炎に包まれる。彼の頭上からは少年の肉体を構成していた裏面が赤いカードが紙吹雪のように降って来た。
「あの子……、フミカちゃんは!?」
トーマスがフミカの姿を見た時、彼女と赤い帽子の少年の戦いも決着がつく頃だった。
「《無頼勇騎タイガ》を召喚!そして、攻撃です!」
『よっしゃ、行ったれー!』
《タイガ》は勢いよく駆けた後、赤い帽子の少年を地面に押し倒し、その上に馬乗りになる。右腕のマシンガンを突き付けると、ゼロに近い距離で連射した。
『complete』
少年の断末魔の叫びを遮るように、電子音声が響く。二人の敵が倒れたため、トーマスは滅亡時計を見た。漆黒の忌々しい時計塔は主を失って、力を失い、砕け散る。
トーマスは滅亡時計の中に閉じ込められていたクミコに近づくと、彼女を見た。気を失っているが、呼吸はしている。
「ちょっと失礼」
トーマスは血色のいい彼女の頬を軽く叩いた。不快そうに眉を動かした後で、クミコは目を覚ます。
「あれ、私……?」
「また会いましたね。僕、二度も滅亡時計に閉じ込められる人は初めて見ましたよ。それじゃ!」
トーマスは気に入った女性にだけ見せる笑顔を作った後、クミコに背を向けた。
「待って!」
その背中にクミコが言葉をぶつけて立ち上がる。トーマスが振り返ったのを見た彼女は持っていたバッグからスケジュール帳と取り出した。
「それは……?」
「インスタントになった私の先輩が持っていた手帳。“災害”が起こった日から、私達の前に姿を現すまでのことが書いてあった。これを持って行って!」
クミコはトーマスのことを見つめながら、彼の手に手帳を握らされる。彼は少し戸惑いながら持たされた手帳の表紙を見る。
「こんな大事なものいいんですか?あの人の形見じゃないんですか?」
「そうよ。大事な形見。だけど、私が持っていても、“災害”の発生が原因で起きた色々な事件の真相は解けないと思う。だから、あなたに託すの。あなたとその仲間達を信じて預けるわ」
「OK」
それを聞いたトーマスは笑顔で手帳を受け取り、懐にしまった。
「あ、この手帳って、もしかして刑事さんのケータイの番号も書いてあります?」
「仕事の手帳だからね。書いてあったけど?」
「そりゃありがたい。美人さんの電話番号を知ることができたんだ。今度、電話しますよ」
トーマスはそう言ってクミコに背を向けた。彼女は呆れたように溜息を吐いた後、彼の背中に言う。
「いたずら電話なんかしたら、着信拒否するからね!」
トーマスはその声を聞いて、背を向けたまま手を振った。そんな彼にフミカが駆け寄る。
「ついてくるのかい?」
「うん」
『コガネって奴とその部下をぶっ飛ばすんや!』
フミカの頭上から彼女の右手に移動したファイティングポーズを取って拳を突き出す真似をしている。彼女を見ることなく、トーマスは言う。
「君は来ない方がいい。それと、これ以上は戦わない方がいいよ」
「え?」
フミカは戸惑った顔で立ち止まり、トーマスを見る。そして、彼のジャケットの袖口をつかんだ。
「何?」
彼は少し苛立った様子でフミカを見る。女性相手にこんな表情をすること自体、彼にとっては珍しいことだった。
「戦わないと、フミカの明日がなくなります」
「生活ができなくなるってこと?でも、こんなことで稼がなくても他にも仕事はあるでしょ?」
トーマスの言葉を聞いてフミカは悲しそうな顔でうつむいた。それを見たトーマスの胸に罪悪感が生まれたが、今はシュウジが心配だった。フミカがつかんでいた袖を振り払う。
『フミカには記憶がないんや。憶えている一番古い記憶は二年前。あのストリートミュージシャンの歌を聞いていた時の記憶や』
チャーリーの真剣な声がトーマスをその場にとどまらせる。チャーリーは続けた。
『持っていたのはほんの少しの金とカードが入ったリュックだけやった。ワイと出会ったのはそれから少し後や』
「それ、本当かい?」
トーマスの問いにフミカは首を縦に振って答える。
「フミカには、デュエルしかないからそれで戦わないと明日がなくなる気がするんです。コガネって人に会えば何か判るかもしれないです」
「判ったよ……」
トーマスは溜息を吐いて答えた。そして、右手を差し出す。
「それじゃ、行きましょうか。お姫様」
『キザな奴やなー。今時、そういうことする奴ってモテないんやないか?』
「うるさいよ」
自分に出来るとっておきの笑顔でフミカを見たトーマスはチャーリーの突っ込みに反撃する。フミカはくすりと笑うと左手でトーマスの手を取った。
その瞬間、トーマスの携帯電話が鳴る。
「もしもし?イオリちゃん?シュウジとコガネが戦い始めた!?」
トーマスの言葉を聞いてフミカとチャーリーにも緊張が走る。
「場所は!?……判った。僕達もすぐに行くよ」
トーマスの表情は少し険しい。携帯電話をしまった後、フミカを見た。
「少し急ぐよ。ついてきてくれる?」
「はい」
『急ぐで!』

日比野コガネが指定したのは、閉園になった遊園地だった。『立ち入り禁止』の札がついた柵を乗り越えてシュウジとイオリは中に入る。中心にあるメリーゴーラウンドにその男はいた。
「やあ、桜庭シュウジ君。待つのが退屈だから、先に始めちゃおうかと思ったよ!」
白い馬の上に脚を組んで座っていたのが日比野コガネだ。姿を見るのは初めてだったが、すぐに判った。
日比野コガネはどこかの高校のものらしい詰襟の制服を着ていた。海藻のようなウエーブがかった黒髪を右手の指でいじっている。どこか人を小馬鹿にしたような黒い目を見た時、イオリは彼が電話の男だと理解できた。
「直接会うのははじめましてだね。僕が日比野コガネ様さ!」
コガネは馬から降りた。背は高く、シュウジと同じくらいだった。
「野郎……」
シュウジは彼を睨みつける。それを見たコガネは軽く笑った。
「何を怒っているんだい?犠牲になったM市の人間の仇討ちでもするっての?君、そんな人間には見えないんだけど、思ったより熱くなっちゃうタイプかな?」
「確かに、俺はM市の人間が大嫌いだった。だけど、てめぇみたいな奴はもっと気に食わねぇ!お前みたいに身勝手な元死人は地獄すら生ぬるいぜ!」
「へぇ……、偉そうなこと言ってくれるね。君みたいな弱虫が僕を倒せんの?」
コガネが髪をいじっていた指を離してシュウジに向ける。すると、地中から四体の黄色い球体が飛び出した。《予言者クルト》だ。四体のクリーチャーはシュウジではなく、彼の後ろにいるイオリに向かう。
「戦う場所に女の子連れてくるのが間違いなのさ!ほら、君が弱虫だからまた犠牲者が増えるよ!」
だが、シュウジは焦らない。背後にいるイオリに手を向けて念じる。
「《マキシマム・ディフェンス》物体化(マテリアライズ)!」
その瞬間、イオリの体は青い光に包まれ、彼女の体の周囲に半透明な六角形の物体が大量に現れる。六角形の物体は《クルト》の突進を受けながらイオリの周囲に集まり、強固な壁を形成していく。
「不意打ちが通じるとか思ったか?こんなことをする奴はザコだと相場が決まっているぜ!」
それを聞いたコガネの眉が動き、小馬鹿にしていた笑いが顔から消えた。彼の指先が小刻みに震え始める。
「僕がザコだって……?舐めるなよぉ!魚の腐ったような目をしたゴミ虫野郎がっ!」
「はっ、それがテメェの本性かよ。いいぜ。やってやるよ!」
シュウジとコガネ、二人の前にそれぞれ黒いテーブルが現れる。シュウジはメッセンジャーバッグの中に入っていたボックスを開け、コガネは自分の顔を隠すように右手を当てて額からカードを取り出す。
『stand by』
ボックスの電子音声と共に、二人のカードが宙を舞う。空中でシャッフルされたカードは右手で取れる位置に置かれた。
『shield on』
上部のカードが五枚、横に移動する。それと同時に相手の攻撃から身を守る透明の壁、シールドが出現した。
「《シンカイタイフーン》を召喚!」
シュウジの初手はいつも通りだった。亀に似た姿のクリーチャー《シンカイタイフーン》を使い、墓地にカードを送る。今回は手持ちのカードが良くなかったのか、置かれたのは呪文カードだった。
「はっ、相変わらず墓地肥しかい?弱い奴って本当に芸がないね!」
対して、コガネもクリーチャーを召喚する。鐘の中からヘドロ状の物体が飛び出しているブロッカー《墓守の鐘 ベルリン》だ。
「弱いって根拠があって言ってんのかよ?人を見下していると足元を掬われるぜ」
手元のカードの集まりがよくないと感じていたシュウジは《エナジー・ライト》で手札を増やす。
「根拠ならあるさ。小岩エミコが話してくれた君のデータはちゃんと頭の中に入っている。それとも僕が強すぎて相手が弱く見えるって言った方が判りやすいかな?」
挑発的な言葉と共に、新たなクリーチャーを《ベルリン》の横に並べた。ステンドガラスを組み合わせて作り上げた魚のようなシルエットのイニシエート《剛力の使徒イグナッチオ》だ。
「《イグナッチオ》の基本パワーは3000だ。だけど、他のイニシエートの数だけパワーが2000プラスされる。そして、パワーが6000を超えればW・ブレイカーになるのさ!」
恐ろしい性能だった。たった3コストのクリーチャーが巨大なW・ブレイカーへと変質する危険性があるのだ。シュウジは気を引き締めながらカードを引く。
「《黒神龍ギランド》を召喚!」
シュウジもようやく攻撃できるクリーチャーを召喚した。今にも崩れ落ちそうな外見の腐った龍《ギランド》はコガネのシールドを見ている。
「死にかけのクリーチャーなんかに用はないよ。それっ!《コアクアンのおつかい》だ!」
コガネがカードを場に出した時、金色と黒、二つの球体が宙を舞った。同時に彼の山札が青い光を発して、上のカード三枚がめくられていく。
「これは君の幼馴染が使っていた《セブ・コアクマン》の呪文版さ。三枚めくって光か闇のカードを手札に加える。これで二枚カードをゲット!さらにG・ゼロだ!」
さらに、《イグナッチオ》の隣に馬に乗った騎士のようなクリーチャーが現れる。イニシエートのブロッカー《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》だ。その出現と同時に、《イグナッチオ》の肉体のステンドガラスが淡い色で光った。
「これで《イグナッチオ》のパワーは7000!W・ブレイカーだよ!喰らえっ!」
コガネの合図を受けた《イグナッチオ》の全身が輝く。光を受けてシュウジのシールド二枚にひびが入り、割れていった。
『break』
割れたシールドに対応していたカードにシュウジが触れる。二枚ともシールド・トリガーではなかった。だが、カードの内容を見たシュウジの口元が笑う。
「な、なんだよ、その顔は!気持ち悪い奴だな!」
「しょうがねぇだろ。ブレイクされたシールドの中に俺の切り札があったんだからな」
「切り札だって!?」
うすら笑いを浮かべるシュウジを見て、コガネは恐怖を感じた。彼の脳裏に今までのシュウジの戦いのデータが流れる。どれを出されても碌なことにはならない。
「そして、俺はすぐにそれを出すことができる!その方法がある!」
そう言ってシュウジは一枚のカードを場に出した。空の一部が黒雲に覆われ、そこから髑髏の装飾が施された短剣が雨のように降って来た。それは、コガネの《イグナッチオ》を狙っている。
「《ヤバスギル・ラップ》だ。《イグナッチオ》を破壊するか、俺の切り札の登場か。好きな方を選べ!」
「くぅっ……!」
シュウジの墓地には呪文カードしかない。だが、手札には《エナジー・ライト》とシールドのブレイクによって増えたカードがある。彼が言う切り札が本当にあるのかもしれない。
「ちくしょぉっ!」
大きく口を開けて表情を乱しながらコガネは叫んだ。そして、弾き飛ばすようにして《イグナッチオ》のカードをテーブルの上から捨てる。その瞬間、《ヤバスギル・ラップ》によって生み出された短剣が《イグナッチオ》に襲いかかった。ガラスが割れる音と共に数多の短剣がその肉体に突き刺さる。
「ちっ、やっぱりうまくはいかねぇか。ターンエンドだ」
「当たり前だ!そして、そんなヤバい切り札は捨ててやるさ!」
勢いよくマナのカードをタップしたコガネは一枚のカードをテーブルに叩きつける。すると、場に黒い光が集まり、それが人の形を作っていく。現れたのは黒い服を着て、巨大なカッターのような物体を抱きしめた少女の姿をした人形《解体人形ジェニー》だった。《ジェニー》は持っていたカッターをシュウジに投げつける。それは彼が持っていたカードに当たり、手札全てを空中に弾き飛ばした。
「見てやる!見てやるぞ!一体、どんな切り札を出そうとしたのか……。ああぁっ!?」
空中に散ったシュウジの手札を見た時、コガネは思わず気が抜けた声を出した。シュウジの手札には切り札と呼べるような強力なクリーチャーカードはなかった。ほとんどが呪文カードばかりで、クリーチャーのカードは《シンカイタイフーン》だけだった。
「おいおい……。切り札どころか、ドラゴン・ゾンビすらないじゃないか」
呆れた顔をしたコガネは一枚の呪文に狙いをつける。《地獄門デス・ゲート》のカードがシュウジの墓地に飛んでいき、それ以外のカードは彼の手元に戻っていった。
「僕を騙したな!卑怯者め!」
「命懸けでやってんだ。これくらいで卑怯者呼ばわりするんじゃねぇよ。それに人を見下していたら足元が掬われるって言ったはずだぜ」
シュウジの策に乗せられたコガネは顔を真っ赤にし、奥歯を強く噛みしめながら鬼のような形相で睨みつける。対してシュウジは清流のせせらぎのような涼しい表情でカードを引いた。
「《エマージェンシー・タイフーン》でドローして引いたカードを墓地に!さらに《黒神龍アバヨ・シャバヨ》を召喚!能力で《アバヨ・シャバヨ》を破壊する!」
「くっ、《ブラッディ・シャドウ》を破壊!」
《アバヨ・シャバヨ》の能力によってシュウジとコガネは自身のクリーチャーを一体破壊した。《アバヨ・シャバヨ》の肉体が爆発し、その煙からさらに巨大な黒いドラゴンが現れる。
「そして、ドラゴンが破壊されたことにより、《黒神龍グールジェネレイド》を墓地からバトルゾーンに!どうした、コガネ。これで俺の場にはW・ブレイカーが二体も揃ったぜ?」
「舐めるなぁっ!僕が、お前みたいな弱い奴に負ける訳がない!そうとも、負けはしないんだ!」
コガネの余裕は消えていた。ウエーブがかった髪を振り乱しながら、乱暴な手つきでカードを引いた。

「イオリちゃん!」
イオリから連絡を受けていたトーマスとフミカが到着する。彼の目には《マキシマム・ディフェンス》に包まれたイオリの姿が見えた。二人は彼女の隣に駆け寄る。
「あれが日比野コガネ?」
「うん、そう……。自分でそう言ってたよ」
「そうかい」
トーマスは頷いたが、信じられない部分もあった。以前、聞いた日比野コガネの声や口調から、彼はもっと冷静で人を小馬鹿にする余裕のある人間だと思っていたからだ。今の彼は怒りや焦りで顔を真っ赤に染めていて、余裕があるようには見えない。
《グールジェネレイド》の巨体がコガネの最後のシールドに体当たりをする。そこにシールド・トリガーはない。
「何でだよ……。何で、僕が……、僕がこんな奴なんかに追い詰められているんだっ!」
最後のシールドを手札に加えながらコガネは震える声で言った。もう泣きだしてしまいそうなほどに顔を歪めている。その言葉を聞いたシュウジは舌打ちをしてコガネを見る。
「しつこいぞ、お前。何度も人を見下した言い方しやがって。テメェなんぞに見下される筋合いはねぇよ」
「だって、お前なんか社会的に見ていてもいなくてもいいようなカスみたいな人間じゃないかっ!」
その一言を聞いてシュウジの動きが止まる。コガネは駄々っ子のように叫び続けた。
「エミコからちゃんと聞いているんだぞ!君はどうしようもない人間で、ずっと負け続けて来た男だって!大学を中退して故郷に帰ってきたけれど、バイトすらまともにできないクズだって!引きこもってばかりのクズニートだって!」
「やめろ……」
コガネの叫び声が少しずつシュウジの心を追い詰めていく。敵を攻め続けていた時の勇猛果敢なシュウジは、もうそこにはいない。いるのは、戦意を奪われて青ざめた青年だった。
「もし、君がもっとまともな人間であれば、君のお父上だって君の教育のことで怒らなかっただろうねぇ!」
「やめてくれよ……」
シュウジの声はコガネの叫び声にかき消されていく。コガネはシュウジの生気でも吸い取るように、顔色が良くなっていった。小馬鹿にしたような笑顔も戻っていく。
「シュウちゃん、聞いちゃダメ!」
「シュウジ!」
イオリとトーマスの声を聞いても、シュウジの調子は戻らない。青ざめ、震え、呼吸を乱し始めた。
『なんや、アイツ。何であんなに辛そうにしてるんや』
「判らない……」
シュウジのことをよく知らないフミカとチャーリーは不思議そうな顔で彼を見ていた。
「ねぇ、シュウジ君。君がもっとまともであれば、あの時、君のお母さんも死ななかったかもしれないよ?」
悪魔のような一言だった。シュウジは震えたまま、その場に膝をつく。彼の心は完全に打ちのめされていた。
「君は家族という言葉が嫌いだって言っているらしいね?でも、それは違うんじゃないかな?君は自分に都合のいい存在だけを求めているんだ。でも、家族が自分にとって都合がよくない存在だった。だから、嫌っているんだ。君みたいな負け組に都合のいい人なんているの?いてたまるかって感じだよね。誰も君みたいな人間のことを好きになるわけないよ」
戦意を失ったシュウジをさらに追い詰めるようにコガネが言葉をぶつけていく。そうしながら、戦況と手札を確認していた。
コガネのクリーチャーは《ベルリン》のみ。シールドは全てブレイクされていた。
対してシュウジのクリーチャーは《シンカイタイフーン》と《グールジェネレイド》。そして、一枚のシールドが残っていた。
「君が戦っている本当の理由って何だろうねぇ?M市の人達の仇討ち?違うね。これ以上犠牲者を出さないため?それも違うね。君は戦って誰かを助けることでいい自分を演じているだけさ。そして、死にたいと思っている。自分で死ぬ勇気がないから、誰かの手によって死にたいと思っている臆病者さ!」
「言うんじゃねぇ……。もうやめろ……」
シュウジは頭を抱え、亀の子のように体を丸める。
「いいよ。これでやめてあげよう。そして、お望み通り、君を死なせてやるよ!僕って最高に優しいよね!」
狂気を宿した目つきでコガネはシュウジを見る。彼が手札からカードを引き抜いて場に出した途端、《グールジェネレイド》の肉体が水流に包まれた。カードもシュウジの方に飛んでいき、彼の頭に当たる。
「《スパイラル・ゲート》で邪魔な《グールジェネレイド》をどかす。手札に戻したのなら、さっきみたいにドラゴンが破壊されて墓地から出ることもないよねぇ。そして、G・ゼロ!《ブラッディ・シャドウ》を一体場に!そしてぇ……!」
コガネは残っていたマナのカードを勢いよくタップしていく。《ブラッディ・シャドウ》のカードに一枚のカードを重ねると、にやりと笑った。
「進化!《聖天使クラウゼ・バルキューラ》!」
空から、流線形の鎧のような物が降ってくる。《ブラッディ・シャドウ》の肉体が小型化し、鎧の胴体部分にある赤い玉の中に入っていった。その瞬間、銀色の鎧は動き出し、光を放った。その光を受けて《シンカイタイフーン》が倒れる。
「あれは、進化イニシエートの《クラウゼ・バルキューラ》か!」
「知っているんですか!?」
フミカは突如、現れた進化クリーチャー《聖天使クラウゼ・バルキューラ》の存在に驚き、トーマスの顔を見上げる。
「登場時に相手のクリーチャーを二体までタップできる進化クリーチャーさ。このままではシュウジのシールドを守るブロッカーがいない!」
『なんやて!』
《クラウゼ・バルキューラ》の能力にフミカとチャーリーが驚く。そんな彼らを尻目にコガネの《クラウゼ・バルキューラ》は攻撃を開始していた。
「シールド一枚ってのが気に入らないけれど、まあいいか。これでシールドはゼロ!次のターンで終わりだよ!」
《クラウゼ・バルキューラ》の腕がシュウジの最後のシールドを叩き割っていく。シュウジはそれすら見ずに震えている。
「あっはっは!無様!無様だねぇ!滑稽だねぇ!面白いねぇ!」
両手を広げ、見下した目でコガネは笑い始めた。彼を中心に黒雲が集まっていく。ついさっきまで届いていた太陽の光が遮られた。
『もうダメや!』
「どうして、あんなに苦しんでいるの……?」
チャーリーが叫び、フミカが呟く。自分のボックスを取り出しながら、トーマスが言った。
「過去ってね、人にとって優しいだけじゃないのさ。シュウジの場合、特にそうだったのかもしれないね」
フミカは、全てを理解できた様子ではなかった。不思議そうな顔でシュウジを見た後、口の中でその言葉を反芻している。
「シュウちゃん!」
彼の様子を見て耐え切れなくなったのか、イオリが叫んだ。それを聞いても、彼はまだ震えている。
「今さらこいつに話しかけても無駄さ。もう桜庭シュウジの心は死んだ!これから体もぶっ壊してあげるから、黙ってな」
「好きだよ!」
コガネの声を無視してイオリは叫んだ。彼女は真っ直ぐシュウジの姿を見ている。
「あの日のこと、憶えてる?シュウちゃんが大好きな桜の下で、シュウちゃんがあたしを助けてくれた日!あの日に無理を言ってシュウちゃんに家族になってもらってからずっと好きだった!」
シュウジの震えが止まる。姿勢は亀の子のように丸くなったままだが、恐怖は薄れている。
「シュウちゃんは住むところがあればいいって思っていただけかもしれない。だけど、あたしはシュウちゃんに救われているよ!シュウちゃんが一緒にいてくれるだけで心が痛くないよ!シュウちゃんが好きなのはあたしだけじゃない!ミチちゃんだってそうだよ!ここに来る前だって元気がないシュウちゃんを励ますために何かしたいってミチちゃんが言っていたんだもん!好きじゃない人のためにこんなことできないよ!」
シュウジはそれを聞いて顔を上げた。自分を照らす光を見るように空を見上げる。
「シュウジ!僕だって君のことを気に入ってるよ。国を出てこっちに来てから友達を作れるか少し不安だったからね。だから、君が一緒にいてくれて本当に良かったと思ってるんだ!僕が馬鹿やってもちゃんと反応してくれる!君は僕の大事な友達さ!」
シュウジは立ち上がる。その背中を見た時、イオリとトーマスは安心した。
「おいおいおい!何、やる気になっちゃってるのさ!君は僕にやっつけられればいいんだよ!やる気なんか出さなくていいんだよ!」
「テメェの言うことは聞かねぇ。さあ、汚ねぇ花、散らせよ!」
そう言ったシュウジが破られたシールドのカードに触れると、それが黒い光を発した。その瞬間、黒雲を切り裂き、空から巨大な龍が飛んでくる。
全身に張り巡らされた金属を思わせる銀色からまるでシルバーアクセサリーを思わせる肉体。背負った八本の剣は、切っ先が様々な方向を向いていた。
その龍《黒神龍ダンチガイ・ファンキガイ》は着地と同時に背中から二本の剣を引き、片方を地面に、もう片方の切っ先をコガネに向けた。
「馬鹿な……!何をしたんだ!」
「シールド・トリガー、《インフェルノ・サイン》だ。これで墓地から《ダンチガイ・ファンキガイ》を呼んだ。さあ、行くぜ、相棒!」
シュウジの声を聞いた《ダンチガイ・ファンキガイ》の胴体の傷口が紫色の光を放った。同時にシュウジが自分の山札の上をめくってコガネに見せる。コガネも同じようにして自分の山札の上のカードを見せた。
「お、同じ数……!」
コガネはそれを見て悔しさで顔を歪めた。
《ダンチガイ・ファンキガイ》は攻撃時にガチンコ・ジャッジを行う。ガチンコ・ジャッジは行ったプレイヤーと相手プレイヤーのめくったカードのコストが同じであれば引き分けとならずに勝ちとなる。これで《ダンチガイ・ファンキガイ》の特殊能力が発動する。
「だけど、これで僕の負けと決まったわけじゃない!墓地にある除去ができるドラゴン・ゾンビなんて《アバヨ・シャバヨ》くらいしかないじゃないか!それを出したとしても、僕はブロッカーの《ベルリン》は選ばない!」
「俺は《アバヨ・シャバヨ》を出すなんて一言も言ってない。出すのはこいつだ!」
《ダンチガイ・ファンキガイ》が目の前の空間を、紫色に光る剣で切り裂く。空間には紫色の穴が開き、そこから《ダンチガイ・ファンキガイ》を超えるほどの巨体の龍が出てくる。
「《偽りの名(コードネーム) ヤバスギル・スキル》だ。登場時に墓地からドラゴンかコスト7以上のクリーチャーを手札に戻せば、相手のコスト6以下のクリーチャーを一体破壊できる。俺はこれで墓地の《アバヨ・シャバヨ》を手札に戻し、《ベルリン》を破壊する!」
《ヤバスギル・スキル》の胴体にある龍の頭が緑色の炎を吐き出す。《ベルリン》はその炎に包まれて燃え尽きていった。
「これで終わりだ!日比野コガネ!」
もうコガネを守る者などない。《ダンチガイ・ファンキガイ》が持っていた剣を彼に振り下ろす。肩を裂き、体に到達した時点で剣の先は動くのをやめた。
「くそう……。ちくちょう……。何で僕がこんな……、こんな奴に……」
コガネの傷口は、他のインスタントと同じように黒い炎に包まれた。そこから、裏面が赤いカードがぼろぼろ地面に落ちていく。
「お前みたいな奴は駄目だ……。駄目な過去がある奴にまともな明日が来るはずがない……。それに死にたがりが碌な人生を送れるはずがないよ……」
黒い炎は燃え広がり、コガネの肉体全てを包んだ。彼の体を構成していたカードはその場に散らばっていく。
「確かに、俺は駄目人間だ。だけど、こいつらといる内は……、しばらくはひどい明日を迎えることはなさそうだぜ」
『complete』
ボックスの電子音声と共に、シュウジのカードは青い炎を発して消えていった。ボックスを手に取った彼は静かに息を吐いて振り返る。そこにいる者達は笑っていた。イオリが彼に向かって右手を伸ばす。
「シュウちゃん、お疲れ様!家に帰ろう?」
“家に帰る”という言葉がシュウジの心に染みた。それが幸せな言葉であり、彼が本当に求めていた家族にとって大事な言葉だと思いだしたからだ。
「ああ、帰ろう。ミチを待たせてるからな」
だから、シュウジも手を取ってそう返す。
「よし、それじゃ僕達も行こうか」
そう言ってトーマスはフミカの手を取った。フミカは驚いた顔で彼を見上げる。
「トーマス君、その子は?」
「記憶喪失の音無(おとなし)フミカちゃん。悪い子ではないから、連れて帰ってもいいよね?」
「お前なぁ。子供が捨て犬や捨て猫を連れて帰るみたいに言うんじゃねぇよ。イオリだって反対するだろ?」
シュウジがそう言ってイオリを見る。彼女は屈託のない笑顔で
「いいよ!家族は多い方がいいもの!」
と、返した。
「やったね!ありがとう!ほら、フミカちゃんもチャーリーもお礼言って!」
「あの……、ありがとうです」
『ええの!?ほんまにええの!?』
「うん、いいんだよ!」
女神のように慈悲のある微笑みを見てトーマス達は喜んでいた。
「よし!じゃあ、誰が一番先に帰れるか競争だ!フミカちゃん、チャーリー、僕についてきな!」
「あ、待って……!」
『待たんかい、ザコB!』
勢いよく走りだしたトーマスをフミカが追いかけた。それを見たシュウジは静かに溜息を吐く。
「おい、本当にいいのかよ?フミカは何を考えているかよく判らねぇし、チャーリーはクソクマだぜ?」
「本当にいいんだよ。それにシュウちゃんも何だか嬉しそう」
イオリに言われてシュウジは驚き、自分の顔に手を当てる。表情が緩んでいたことに自分でも気付かなかった。
「そうだな。確かにいいかもしれねぇな。こんな家族だったら、俺も好きだ」
その言葉を聞いた時、イオリはきょとんとしていた。少し遅れて満開の笑顔を見せる。
「急ごうぜ。トーマスに先を越されるのは何となく気に入らねぇ」
「そうだね!早く帰ろう!」
シュウジはイオリの手を取ったまま歩き始める。
嫌な過去を持つ人間でも少しだけましな明日への希望を持つ。シュウジも今日よりも少しだけましな明日を信じながら、帰り道を歩いていた。

第六話 終

次回予告
コガネを倒しても戦いは終わらなかった。シュウジ達の前に現れたのは、上級インスタントの日比野兄弟だった。長兄、日比野イチタロウはシュウジ達を抹殺するために三男のヒダネを戦いに出す。特殊能力を持つヒダネの猛攻にシュウジ達が追い詰められた時、エコーさえも予想していなかった謎の戦士が現れる。
第七話 炎と不死身
それは、彼らがつづった日々の物語。
スポンサーサイト

コメント

この小説大好きです!続き待ってます!

Re: タイトルなし

貴さん、コメントありがとうございます。
自分のペースでがんばります。
非公開コメント

Twitter

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。