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壮大な話を書くな

 登場人物
・ネギ博士
このコラムを書いている人。
・わん太ちゃん
ネギ博士の脳内にいるラブラドール・レトリーバーのわんこ。

ネギ博士「マジ寒いです!誰だ、「懐が?」って聞いてくる奴は!」
わん太ちゃん「わんわん(訳:誰も聞いてないよ……)」
ネギ博士「寒くなってきたせいか、ブログ二つ書いているせいかネタが急激な速度でなくなってきたぜ。後の事を考えないとこうなる。幸いな事にこっちはまだ書く事が大量にあるから大丈夫だけれど。それでも、記事レベルまで仕上げるのは簡単ではないね」

◆君に壮大な話が書けるか?◆
ネギ博士「壮大と打ち込んでも早大と出てきます。早稲田がそんなに好きか?さて、今回は「壮大な話を書くな」というテーマで書いてみる。「書くな」と命令口調でいるあたり偉そうだ。何様のつもりかと突っ込まれても困るが、忠告の意味を込めて命令口調で書いてみる。
さて、「やれる」と「やりたい」が違うように「書ける」と「書きたい」は違う。小説では「書きたい」と「書ける」のギャップが大きくてショックを受ける人が多いんじゃないだろうか?DM小説を書き始めてすぐにやめてしまう人がいるが、そういう人がやめてしまう原因の一つにも「書きたい」と「書ける」のギャップがあると推察している。慣れていない人ほど自分の「やれる」以上の事をやろうとして「やりたい」もののスケールを途方もなく大きくしてしまいがちなんだ。これは他の創作活動にも言える事だと思う。初心者ほど自分の力を過信している」
わん太ちゃん「わんわん(訳:でも、自分がどれくらいの小説を書けるかなんて最初は判らないよ)」
ネギ博士「そう、判らない。だから、最初は「書きたい」ものを大きくしすぎない方がいいんだ。多くの人がやれると思って壮大なストーリーを頭の中で組み立てて楽しむ。ここで終わらせておいた方が無難だし、ショックも受けずにすむ。それを小説で書こうとすると、書けない。書くために必要な能力が備わっていないからだ。備わっていないのは文章力かもしれないし、構成のノウハウかもしれないし、演出力かもしれない。足りないものが多いって事だ。だから、壮大な話は書いちゃいけない。「書きたい」が「書ける」という確信に変わるまでは」

◆でも「書きたい」人はどうすればいいの?◆
わん太ちゃん「わんわん(訳:そんな事言っていたら、誰も小説書けなくなっちゃうよ。書き手がいなくなったら、博士も困るんじゃないの?)」
ネギ博士「そうだね。DM小説の書き手がいなくなったらものすっげぇ困るね。じゃあ、どうするか。壮大な話が駄目なら、短いストーリーを書けばいいんだ」
わん太ちゃん「わんわん(訳:単純な解決法だね)」
ネギ博士「単純だが、ものすごく意味がある。短い小説を書きまくれば、壮大な話を「書ける」ようになるための実力をつける事ができる。文章力だったり構成だったり演出だったり。
短い小説を多く書く事で最も養われるのは物語を終わらせる能力だ。物語をうまく終わらせる能力を持っている人は少ないと思う。「終わりよければすべてよし」っていうでしょ?終わりだけよくても駄目だけれど、終わりがうまくないと「最後の最後でこれはなんだよ!ふざけんな!」って思われてしまうかもしれない。物語を終わらせる能力は大事。とにかく大事」
わん太ちゃん「わんわん(訳:なるほどー。でも、うまくなるのは終わらせ方だけ?)」
ネギ博士「それだけじゃない。例えば、起承転結。ストーリーを作る上で基本となるこの四つも大量に物語を作る上で学んでいけるだろう。物語を多く書けば、自分の書き方のスタイルも判ってくるし」

◆おわりに◆
ネギ博士「今回の「壮大で長い話じゃなくて短い話を多く書け!」ってのは多少書きなれた人にも言える事かもしれない。短いのを多く書くのは勉強になりまっせ。
「一度、書いた事があるんだけれど挫折してしまった」というそこのあなた!そのプロットを短く圧縮して無駄を減らして短い話にして書いてみませんか?短い話で書けば書ける!」
わん太ちゃん「わんわん(訳:何度も書いている内にもっとおもしろい話が浮かぶかもしれないね)」
ネギ博士「うん。「最後まで書けた」っていうのは創作者としてものすごく力になるしうれしいからね。「終わった」という達成感を味わうためにも短い話を書きまくる事をすすめるよ」
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